2016年10月06日

ヤクニンは「言い値の4倍」がキホン

【東京五輪開催費、3兆円超=競技施設大幅見直しを提案−都調査チーム報告】
 2020年東京五輪・パラリンピックの関連予算を検証している東京都の調査チームは29日の都政改革本部(本部長・小池百合子知事)の会合で、競技施設の整備費や警備コストなどが膨らみ、今のままでは大会開催費の総額が3兆円を超えるとの推計を明らかにした。調査チームは同日公表した報告書で、経費を縮減するため、都が整備するボート競技場など3施設について、都外の施設活用に変更するなどの大幅な見直しを求めた。これを踏まえ、都は具体的な検討に着手する。小池氏は席上、「大変重い提言だ。ベストのソリューション(解決策)を見つけていきたい」と表明。「レガシー(遺産)のある東京大会ができると確信しているし、成功させなければならない」と語った。
 開催費は招致段階で7340億円と見積もられていた。しかし、報告書によると、新国立競技場など競技施設や周辺インフラの整備だけで経費は7640億円。このうち、約800億円と見込んでいた仮設施設(大会後に撤去)の建設費が2800億円程度に膨らむ。
 さらに、大会中の警備や輸送などに1兆2000億〜1兆6000億円の費用が掛かると試算。割高な工事発注など、都の予算管理の甘さの影響でコストがさらに増え、全体では3兆円を超える可能性があるという。
 このため調査チームは、大会後も活用する恒久施設として、都が新たに建設する七つの競技会場のうち、3施設の大幅見直しを提案。(1)ボートやカヌーの会場となる「海の森水上競技場」(整備費491億円)は、「復興五輪」の観点からも宮城県登米市のボート場活用などに変更(2)競泳会場の「アクアティクスセンター」(同683億円)は、近くの東京辰巳国際水泳場の改修や規模縮小で対応(3)バレーボール会場の「有明アリーナ」(同404億円)は、既存の展示場改修や規模縮小で対応−の検討を求めた。いずれも、五輪後の利用者数などの見積もりが過剰で、費用対効果が不透明だと指摘。ただ、既に着工している施設もあり、計画を見直す場合は、国際オリンピック委員会(IOC)などとの協議が必要となる。また、組織委員会が受け持つとしている仮設施設の整備をめぐる役割分担見直しも提案。自転車競技会場の「有明BMXコース」など都内に建設する5施設は都が整備費を負担し、他県に立地する施設は地元自治体が国の財政支援を受け整備するよう求めた。
(時事通信、9月29日)

東京五輪運営費の見積もりが7300億円から3兆円超に。この業界では歴史的に「ヤクニンの見積もりの4倍」が相場である。
日清戦争の開戦に先だって、陸軍は「平時編制の一個旅団2千人」を朝鮮に派兵すると説明、伊藤博文首相は「多すぎる」と躊躇するもこれを説き伏せて、実際には戦時編制8千人を出して清国軍に襲いかかった。伊藤よりも慎重派だった明治帝はいい面の皮で、「朝鮮に派兵しても決して戦争にはなりません」と説明されていたにもかかわらず、いざ戦端が開かれるとすぐに宣戦詔書案が持参され、怒り狂っている。

日露戦争時に外債の募集に当たった高橋是清は、最初に戦費にいくら掛かるか聞いたところ、「4億5千万円」と説明され、税収が2億円に満たない当時、「集まるわけが無い」と悲痛な思いで渡航した。今日の金額に直せば、「戦費120兆円かかるから、よろしく頼むよ」と言われるような話で、絶望的になるのは当然だった。だが、実際に掛かった戦費は19億円に及び、外債だけで8億円となった。その負債は、借り換えに借り換えを重ね、完済したのは終戦から80年後の1986年のことだった。

シベリア出兵に際して、外交調査会で出兵兵力と展開先を尋ねた犬養毅は、外務省から「平時編制一個師団、ウラジオストク周辺に限る。ただ、チェコ軍救援の必要が生じれば、もう一個師団をシベリア方面に送るかもしれない」と説明を受けたが(平時2個師団は最大1万8千人)、現実には戦時編制4個師団、実兵力7万4千人が、シベリア全土、イルクーツクに至るまで展開するところとなった。
これも陸軍の計画では、沿海州に2個師団4万3千人、ザバイカル方面に5個師団10万8千人の、計7個師団15万人超を展開させ、さらに6個師団を内地に待機させることになっていた。
「米国と協調してチェコ軍団(3万4千人)を救援する」という名目は建前で、シベリアを支配、ないしは属国をつくることが真の狙いだった。

健全かつ一定の強度を持った野党が存在しないと、官僚の暴走に歯止めを掛けることは出来ないのだが、どうも日本史上、まともな野党が存在した試しがないのではないかと思われて仕方ない。
東京五輪の私物化と暴走は、一義的にはイシハラ知事と自民党と都官僚の共謀(凶暴?)によるものだが、本来それをチェックして歯止めを掛けるべき有力な野党が存在せず、その役を担うべき民主党が、五輪開催に同調してしまったことにこそ真の問題がある。代議制民主主義の不在である。

例えば、ヴィルジニア・ラッジ・ローマ市長は、「1960年のローマ五輪の負債すら完済していないのに、また大借金するのか!」と立候補を取り下げた。健全な民主主義が機能するというのは、こういうことである。
日本政治はすでに腐海の底に沈んでいる。
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2016年09月21日

被災者から利息取る国

【<熊本地震>災害利息免除、国が難色 援護資金特例】
災害によって損壊した住宅の再建費などを融資する公的制度「災害援護資金」を巡り、熊本地震の被災者に利息免除の特例措置を求める熊本県の要請に政府が難色を示している。2011年の東日本大震災では特例措置を取ったが、内閣府は「大震災とまでは言えず、議論が必要」と否定的だ。識者は「どんな災害でも大震災と同様の条件を設けるべきだ」と法改正を促している。
災害援護資金は「災害弔慰金の支給等に関する法律」に基づき運用されている。負傷したり住宅が全半壊したりした被災者に150万〜350万円を貸し付ける制度で、原資は国が3分の2、都道府県や政令市が3分の1を負担し、市町村が貸付窓口になる。返済期間は10年で、うち3年間の返済猶予期間(期間中は無利息)がある。利率は3%で連帯保証人が要る。
 東日本大震災では、▽利率は連帯保証人がいれば0%、いなければ1・5%▽返済猶予期間を3年間延長▽経済状況に応じた免除規定を設ける−−という特例措置がとられた。計2万9178件に約523億8544万円(今年7月末現在)が貸し付けられている。
 一方、1995年の阪神大震災では、兵庫県内で5万6422件に総額約1308億7263万円が貸し付けられた。特例は当時なく、昨年4月の通知で破産時などに限り返済が免除されたが、未返済額は6217件、88億8287万円(今年3月現在)に上り、21年が過ぎた今も利息が被災者に大きな負担となっている。
 熊本県は6月、「利息0%(連帯保証人が必要)」と「貸出枠の拡充」を内閣府に求めた。県健康福祉政策課は「3%の利率は一般金融機関に比べても高く、非常に利用しづらい。被災者からのニーズがあり、対応してほしい」と訴える。
 これに対し内閣府の被災者行政担当は取材に「熊本地震の被害規模は、特例を検討する大震災でないと考えている。法改正が必要で、3%が高いという認識はあるが、ただちに対応はできない」と回答した。
 被災者の生活再建に詳しい民間研究機関の「兵庫県震災復興研究センター」(神戸市)の出口俊一事務局長は「災害の全体規模は個々の被災者に関係ない。あらゆる災害で東日本並みの対応ができるよう、法改正すべきだ。これでは公平性は担保されない」と指摘している。
(9月12日、毎日新聞)

おいおい、マイナス金利やってるのに被災者からは3%も利息取るとか、どんだけブラック国家なんだよ、という話。金利の恩恵にあずかれる銀行や大企業だけがウハウハで、庶民は負債ばかり増えてゆく構図。放置すれば、国家そのものへの信頼が揺らぐだろう。
今どき住宅ローンも0.5%程度な上、税優遇があり、自動車ローンですら2〜3%というのに、自然災害の被災者に公共が貸し付けるものに金利3%というのは、全く妥当性というか、公共性に欠けるだろう。どこまでも「持てる者」が優遇されるとなれば、デモクラシーの基盤である階級融和構造を瓦解させる恐れがある。
だが、選挙で選ばれず、試験で選抜されるだけの官僚には、それが理解できないのだ。法改正が必要なら、政治家に法改正を促すのが、公共に奉仕する「公僕」の使命である。
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2016年09月15日

自らの役割を放棄する公共

【穴水町立図書館が寄贈図書廃棄】
 穴水町の町立図書館が、地元の研究者から寄贈された歴史や民俗学などに関する1800冊あまりの図書を、価値をよく理解しないまま誤って廃棄していたことが分かり、町は本の寄贈者に謝罪しました。穴水町立図書館では、11年前の平成17年に、漆器や民俗学の研究者で県輪島漆芸美術館の館長・四柳嘉章さんから2179冊の図書を寄贈されました。
しかし、9年前の能登半島地震で図書館の建物が大きな被害を受けたため、町は、すべての図書を役場の倉庫などにいったん移しました。
穴水町によりますとその後、新しく建てられた今の図書館に移設するまでに、当時の職員が寄贈された図書のうち1878冊を、利用頻度が低いなどという理由から廃棄したということです。この際、職員は本の価値を理解しておらず寄贈者の四柳さんにも廃棄の相談や連絡をしていませんでした。 四柳さんによりますと、廃棄された図書の中には日本民俗学会の会員しか購入できない会報や、亡くなった妻が所有していた「芥川龍之介全集」の初版本など今では入手が困難なものも含まれていたということです。
ことし7月になって四柳さんが自分の寄贈した図書が見当たらないことに気付き、廃棄が発覚したということで、穴水町教育委員会は四柳さんに直接謝罪したほか、町の広報誌におわびの文章を掲載しました。町では今後、パソコンによる図書の管理を徹底し、職員の教育を強化するなどして再発の防止に努めたいとしています。
穴水町教育委員会の布施東雄教育長は「貴重な本を寄贈してくれた四柳さんに大変申し訳ないことをした。2度とこのような過ちがないように管理を徹底したい」と話しています。
一方、寄贈した図書を廃棄された四柳嘉章さんは「歴史的に価値の高い本や大切な妻の遺品も寄贈したのに廃棄され憤りを覚えている」と話していました。
(9月5日、NHK)

問題の根源には、地方の財源不足に伴う「行政の効率化」がある。5年前の記事になってしまうが、再掲しておきたい。
1990年から2010年までの20年間で、公立図書館数は約1900から3170へと50%以上も増えている。にもかかわらず、図書館職員の正規雇用は1万3千人から1万2千人へと減り、このうち司書は6750人から6150人へと減少している。逆に、非常勤・臨時職員は2900人から15300人へと激増、さらにゼロだった派遣社員が7200人にもなっている。つまり、いまや図書館職員のうち正規(専任)職員は3割強しかいないということだ。
さらにショックなのは、司書が不在の図書館が全体の35%以上を占めていることである(07年4月)。図書館法も何もあったものではない。図書館一館あたりの正規職員数は、1990年の約7人が2010年には3.8人に減り、非常勤・臨時職員は1.5人から4.8人へと増えている。
(中略)
大学図書館の場合、1991年に9200人いた専従職員が2010年には5550人に、非常勤・臨時職員は3660人から4810人へとなっている。
専従職員の割合は、71.5%から53.5%にまで減少している。
この間、大学数自体が増えていることを考慮すれば、職員数全体が減っている上に、専従職員は大幅にカットされていることが分かる。

派遣社員を除いた割合で言っても、公立図書館における非常勤・臨時職員の割合は56%に及び、大学図書館でも46.5%になっている。
雇用全体における非正規雇用の割合が約33%であることを鑑みても、図書館における非正規雇用者の割合は相当際立っている。
(中略)
正規・専従職員の減少と非常勤・臨時職員の増加は、図書館業務における技術やノウハウ・知識の蓄積・継承を困難なものにする。
同時に、管理体制や責任の所在が疎かになることを意味する。
図書館職員の不安定な身分と劣悪な待遇は、優秀な人材を遠ざける結果しかもたらさず、結果的に図書館サービスを劣化させていくことになるだろう。

自治体によっては、図書館長が「体のいい天下り先」となっているケースも少なくなく、そういうところでは「ベストセラーを並べておけばいいんだろ」くらいの感覚で運営されてしまう例もあるという。
図書館の非正規職員問題、2011.8.11)

現状は、これよりも悪化していることはあっても、改善されている可能性は極めて低い。地方財政は悪化の一途にあるからだ。
地方財政が悪化している原因は、産業の空洞化と人口流出による税収減によるところが大きいが、もう一つは過剰なインフラ整備による固定維持費の高止まりがある。歳入減と固定費の高止まりは、人件費を抑制することでリスク回避が図られるが、世間的にはこれが「行政改革」と奨励される。地方の図書館は、所属が自治体そのものではなく、教育委員会に所属しているがために、こうした「ツケ」が最も大きく回されたケースとなっている。生活行政とは異なり、苦情が出にくいことも拍車をかけただろう。
同時に、「行政の効率化」は、「サービス」の側面を重視するあまり、「便利さ」や「利用頻度」などの表面的な指標ばかりが評価され、「民間ではできない、あるいは困難な事業」を行うという行政の本来の役割が軽視される傾向を強めている。今回のケースで言えば、「個人では保存、継承が難しい蔵書の保管と公開」がこれに当たる。民営化された図書館がレジャーランド化していることも、同様に説明可能だ。

記事の穴水町のケースでも、恐らく常駐の司書がおらず、職員も徹底して減らされ、そのくせ館長だけは天下りの名誉職で、専門知識も無いまま、「利用頻度が低い」として貴重な蔵書を大量に廃棄してしまったものと推察される。だが、これは特異な例ではなく、たまたま発覚しただけの話で、同様のケースは全国で山ほどあると考えられる。
上の記事で、教育委員会は対応策について、「パソコンによる図書の管理を徹底」などと説明しているが、蔵書の価値を判断するのはあくまでも人間であり、適正に評価できるのが司書であることを考えれば、全く的外れな対応をしていることが分かるし、連中が何も反省していないことを示している。
posted by ケン at 12:30| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

国家から見た五輪開催の意義

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NHKの朝のニュースが「五輪開催のメリット」を解説している。
それによると、

@ 国威発揚
A 国際的存在感
B 経済効果
C 都市開発
D スポーツ文化の定着


とのこと。まさに1940年の「幻の東京五輪」と全く同じ「民族の祭典」の発想であることが分かる。国威発揚を目指す国家と、資本の独占を目論む企業群の融合だ。そこには、市民の生活や個人の生き方と調和させて、人間の尊厳と平和な社会を創造してゆこうというオリンピズムの精神は微塵も感じられない。

五輪憲章はオリンピズムを以下のように説明している。
A.オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。
B.オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し、スポーツを人類の調和の取れた発展に役立てることにある。
C.オリンピック・ムーブメントは、オリンピズムの価値に鼓舞された個人と団体による、協調の取れた組織的、普遍的、恒久的活動である。
D.スポーツをすることは人権の1つである。
E.スポーツ団体はオリンピック・ムーブメントにおいて、スポーツが社会の枠組みの中で営まれることを理解し、自律の権利と義務を持つ。
F.このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない。
G.オリンピック・ムーブメントの一員となるには、オリンピック憲章の遵守およびIOC による承認が必要である。

つまり、五輪憲章を遵守する意思のない日本国や東京都には、そもそも五輪運動の一員たる資格が無いのである。
東京五輪はいますぐに開催権を返上すべきである。

なお、ケン先生は五輪廃止論者である。

【追記】
2020年の東京五輪に向けて建設ラッシュが進んでいるが、他方で1964年の東京五輪時に建設したインフラ群が耐用年数を超え、更新が進まずに急激に老朽化率が上がっている。数年前に起きた御徒町駅の大陥没事故や中央道トンネルの崩落事故はその象徴と言える。東京の場合、下水化率100%と巨大な首都高が徒となっているわけだが、その更新がどうなっているのか、五輪開催で予想される2兆円からの赤字問題も含めて地元都議に説明要求しているが、なしのつぶて。やはりミンチン党など要らないのではないかと思ってしまう。
posted by ケン at 12:54| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

久しぶりのモノクロプリント

10年ぶりに位にモノクロ写真をプリント。
ペーパーを買いに行ったところ、RCペーパーでも6切100枚で1万4千円と目が飛び出るくらい値上がりしていて超ビックリ。後で聞いたところでは去年くらいから値上がりして、今年初めに一段と上がったらしいので、「もっと早くやっておけば良かった」と後悔。
とはいえ、プリントできるラボも少なくなっているだけに、そうそう機会があるわけでもなく、致し方ない。

今回は横浜の「ダークルーム」にてプリントした。
2年前にフランスで撮影したものと、50年前に祖父が撮影して文字通りお蔵入りしていたネガを引っ張り出してプリントしたもの。

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アルザス地方のコルマールにて。宮崎駿の『ハウルの動く城』のモデルにされた街。カラーと比べてみるとかなり印象が違うのがわかるだろう。

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中世の街並みがそのまま残されている。印象的にはフランスというよりも南ドイツだ。

1971fj-mc001s.jpg
まさかの顔出し!半世紀近く前の父と私。撮影者は祖父。

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50年以上前の祖母。京都にて。小津安二郎の世界そのもの。保存状態が良く、全く問題なくプリントできた。それもこれも几帳面な祖父がきれいに保存していたおかげ。
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2016年08月12日

スパイを擁護するということ

【拘束の男性、30年以上日中交流関与 11日に北京入り】
 日中友好団体幹部の日本人男性が7月中旬に訪中したまま連絡が取れなくなっていた問題で、日本政府は28日、男性が北京市内で当局に拘束されたとの通報が中国側からあったことを明らかにした。詳細は不明だが、スパイ行為に関わった疑いを持たれている可能性もある。拘束された男性は日中友好の重要性を訴え、30年以上にわたり日中交流に関わってきた人物だった。菅義偉官房長官は28日午前の記者会見で「今年7月に北京市で邦人男性1人が中国当局に拘束された旨、中国から通報があった」としたうえで、詳細については「事柄の性質上、コメントすることは控えたい」と述べるにとどめた。関係者によると、男性は中国でのシンポジウム開催などについて中国側と協議するため7月11日に北京に入り、15日まで滞在する予定だったという。男性は1980年代から日中交流事業に関わり、頻繁に中国を訪問。90年代末から00年代初めにかけて北京の大学で客員教授を務めたこともあり、中国共産党関係者らに幅広い人脈があった。10年に青年交流の推進を目的とした団体を設立し、植林事業や学生交流などを手がけてきた。
(7月28日、朝日新聞)

親しい同志が救援運動に加わると言うので、やんわりと止めたのだが、聞き入れられなかった。その同志も日中関係に深入りしており、中共関係者との接触もあるだけに、向こうがスパイ認定している者を擁護するということは、自分がその仲間であることを認めるのと同義になる。少なくとも向こうの当局はそう判断し、疑惑を深めるだけだろう。少なくとも、今後も日中関係に関わりたいなら、スパイを擁護するようなことは決して行ってはならず、縁切りするか、むしろ中共側に情報提供して協力姿勢を示すのが吉となる。逆に「友人」を助けるつもりなら、今後は中共と敵対するか、中国に行った際は自分も拘束されるくらいの覚悟を持つ必要があるが、彼にその覚悟があるのかどうか。

彼はまだ経済自由化の途上にあった中国に留学しており、ソ連最末期に留学した私と同様、「全体主義を知る」最も若い世代であるはずなのだが(北朝鮮に留学したコリアンは除く)、全体主義国家や共産党に対する恐怖心や警戒心は、どうも私の方がはるかに敏感なようだ。そして、これは属人的、個人の資質の問題では無く、他の中国留学生を見てみても、全体的に「中国帰り」の人の方がより親中的で、全体主義に対する警戒心が弱いように感じられる。
少なくとも、私の周囲の「ソ連・ロシア帰り」で、知り合いが当局に拘束されて、性善説に基づいて救援運動を行う者は多くないと思われる。ロシア業界は、非常にシビアかつシニカルな世界なのだ。

1978年、ソ連のロジネルという作家がイスラエルへの移住を決めたとき、友人の物理学者アリトシューレルが「なぜ今出て行くんだ」と問い詰めたところ、「そりゃ君のせいさ。だって君はサハロフを擁護しているから、いずれ逮捕されるだろう。そうしたら、今度は僕が君を擁護するために奔走することになるから、僕も逮捕される。だから、君のために僕が逮捕されないよう、いまソ連を出るんだ」と答えたという。
「筋を通す」人間は、遅かれ早かれこういう事態に巻き込まれる。それは、ソ連でも中国でも変わらないし、日本も遠からずそうなるだろう。政治、外交に関わる者は、権力に対してあらゆる感覚を研ぎ澄ます必要がある。

【参考】
・ダブルスパイの末路 

【参考2】
権力の恐ろしさを実感したのは、やはりロシアだった。
モスクワからパリに行く汽車に乗った際には、蘇波国境のブレスト駅で同じ客室に乗って一緒にコニャックを飲んでいたロシア人が、AKをぶら下げた軍警に連行された。
夜、街を歩いていて、突然パトカーに連れ込まれたかと思うと、民警に堂々と賄賂を要求されたこともあれば、グルジア・マフィアに銃で脅されたこともある。
が、極めつけは、国内線の飛行機から降りてきたところ、制服の民警が5、6人待ちかまえていて、そのまま連行され、空港の中にある鉄格子の中の取調室に入れられ、尋問されたことだろう。ほとんど小説か映画の世界である。

「俺いつからそんな大物になったんだ?」
「スパイ容疑で強制収容所送りか?」

と思ったものの、よく考えてみれば、相手が本気なら私服が出てきて車を用意しているはずなので、大したことはないだろうという判断に至った。
案の定、ビザ関係書類の不備と手続き不足の問題で、冷静に対処することができた。とは言え、下手な対応をしていたら、官憲が余計な容疑を加えてきた可能性は否定できない。
もちろん、逆に権力側に顔が利く場合、何でも思いのままになる。通常、数週間かかるビザが2、3日で出たこともあれば、飛行機の席がなくて、パイロット室に乗せてもらったことさえある。
ロシアで生きていくためには、ロシア語能力だけでは全く不足で、相当の個人的リスク管理能力が要求されることになる。ソルジェニーツィンやドストエフスキーの作品は、ロシアで生きていくためのバイブルでもあるのだ。
法治主義の伝統が存在しないロシアでは、現在でも権力は剥き出しの刃物のようである。
客観的に見れば、ロシアはマジで恐ろしい国で、私も散々酷い目にあってきたのだが、どうにも嫌いにならないのは、我ながら面白い限りだ。
愚劣な決断は想像力の欠如から) 
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2016年07月29日

ダブルスパイの末路

【日中友好団体幹部の日本人男性「中国が拘束」官房長官】
 中国を訪問中の日中友好団体幹部の日本人男性が、連絡が取れなくなっていることがわかった。菅義偉官房長官は28日午前の記者会見で、「今年7月に北京市で邦人男性1人が中国当局に拘束された旨、中国から通報があった」と述べた。ただ、詳細については「事柄の性質上コメントすることは控えたい。邦人保護の観点から、在外公館などを通じて適切に支援をしている」と話すにとどめた。この幹部は7月11日に北京入りし、15日まで滞在する予定だったが、27日になっても帰国しておらず、同団体の関係者は「連絡がとれない」としている。携帯電話もつながらない状態が続いている。関係者によると、中国でのシンポジウム開催などについて、中国側と協議する目的での訪中だったという。中国では昨年、日本人4人が相次いでスパイ行為に関わったとの疑いで拘束され、その後に逮捕されたことが明らかになっている。4人のうち1人は、今年5月に起訴されたことが判明している。
(7月28日、朝日新聞)

これは、どうやら私も知っている人で、明らかにスパイだった。スパイと言っても、『ジョーカー・ゲーム』に出てくるような有能なプロフェッショナルではなく、大した能力も無く、ただ「どこにでも入りこんでゆく」特異な能力の持ち主という程度の小者だった。まぁせいぜい「協力者」というレベルだが、本人は大物のつもりだったようだ。

日中友好団体幹部の肩書きを持ちつつ、様々な議員事務所に出入りし、秘書をやっていたこともあるし、国会の調査局の非常勤職員だったこともあるようで、某大学の講師も務めている。だが、どのケースでもせいぜい「周辺をうろついている」程度な上、露骨に「中共の協力者」臭を漂わせていただけに、国家機密の核心部に辿り着いたとはとても思えない。

私の周辺でも、「彼は中共のスパイだったんでしょ?どうして中国で逮捕されるの?」という声が聞かれるが、中国のことは多少知っていても全体主義の構造は知らないものらしい。我々のような、ソ連学徒からすれば、スターリン体制下でコミンテルンのスパイがどれだけ粛清されたか、すぐに想像付くからだ。

拘束されていると思われるS氏の場合、日本の内調や公調とも関係を持っており、情報だけで無く金銭の授受も行っていた節があり、日本の情報を引き出すために、中国側の情報を流していた可能性が高い。傍証だけは山ほど耳にする。もともと「あの人、何で食っているんだろう?」と思われているような人なだけに、色々なところからカネを得ていたと見て良い。
公安が放置していたのは、小者であるのと同時に、彼らの協力者でもあったからだろう。
要は、分類するとすれば、「札付きの小者」なのだ。

にもかかわらず、私の周囲の中国関係者の間には激震が走り、「中国も恐い国になった」「自分も中国に行ったら拘束されるかもしれない」などと口々に述べている。それを聞いている私などは、「こんなに中共の協力者が多いのか、ネトウヨが騒ぐのもよく分かる」と思ってしまうほどだ。

だが、必ずしもそれだけではないようだ。我々のようなソ連学徒には、ソ連がロシアになったからと言って、デモクラシーや人権が守られる国になったと思う者はまずいないが、どうも中国学徒には中国に対する信仰があるようで、「昔とは違う」と考えている人が多いようだ。だが、一党独裁を堅持する中国は、ロシアよりも非人道的で、人権の価値など全く認めない国であることは明白だ。
上記のS氏の場合、ダブルスパイの嫌疑が掛けられるに十分なネタが上がっているだけに、スパイ活動に従事していない一般人が大騒ぎするのは、やはり不可解ではある。
恐らくは、例えば日露友好団体の某氏がモスクワでFSBに拘束されたからといって、ロシア関係者はここまで騒がないだろう。誰も「ロシアはそういう国」と思っているからだ。その意味では、中国はイメージ戦略に成功し、ロシアは失敗しているとは言えるが(笑)

S氏も無警戒に過ぎたところがある。聞くところによれば、今回の訪中は、日本の米国系シンクタンクを案内してのものだったという。中国でもロシアでも、「米国関係のNGOは必ず米国諜報機関の手が入った出先機関」と見られており、それはほぼほぼ正しい認識なのだ。そこへ、かねてよりダブルスパイの嫌疑が掛けられているS氏が、日本人とはいえ「米帝の手先」を連れて訪中したのだから、当局の人間が「ちょっくらお灸を据えてやるか、ついでに裏切り者を全員あぶりだしてやろう」くらいのキモチになるのは当然だろう。
細かいところでは、どうも中共内の勢力争いも影響しているようだが、そこまで書くと収拾が付かなくなるので止めておこう。

【追記】
興味深いことに、S氏は「小者ダブルスパイ」な上に、淫行や痴漢あるいは結婚詐欺などの容疑で何度も逮捕され、そのたびに示談で逃げてきた「札付きの小者ワル」であるにもかかわらず、私の周辺では、恐ろしいくらいに同情論が強く、「救難運動」まで立ち上がるという。私などからすれば、「殺されても自業自得」と思うだけに、やはりスパイというのは、特異な魅力を持つ者がやるものらしい。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする