2018年06月18日

ジューコフ元帥回顧録

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部屋を整理中に発掘されたジューコフ元帥の回顧録、1983年版、50コペイカ。
ジューコフの回想録は、ソ連・ロシアの歴史を象徴する一つである。

ジューコフは農村の靴職人兼農家の家に生まれるも、父があまり働かなかったため、家は常に貧しく、三年間の初等教育のみを経て毛皮職人に徒弟入りした後、一次大戦に一兵卒で従軍、ロシア革命を迎え、赤衛軍に参加した。内戦終結時には、26歳で騎兵連隊長になっているが、殆ど銀英伝のような話である。この間も騎兵学校で半年ほど学んだのと、1929年冬から翌30年春までの半年間、陸軍大学で学んだことだけが、ジューコフが受けた教育らしい教育だった。ちなみに、同僚のイワン・コーネフに至っては初等学校すら出ておらず、同じく一兵卒から赤衛軍民兵を経て軍人となり、元帥まで昇進している。

にもかかわらず、本人は恐ろしいほどの勉強家で、78歳で死去した際には数万冊からの蔵書があったという。回顧録を書き始めたのは、70歳近くなってからで、一年間国防省公文書館に通い詰め、1500点以上の資料を引用、「回顧録自体が歴史書として成立するほどの精度をなしている」というのがロシアの歴史家の評価だ。
だが、この精確さが逆に災いし、当局の厳しい検閲にさらされ、1969年の初版発行に際しては、全体の約半分が当局によって削除、修正されたとされる。
また、1974年のジューコフの逝去に際しては、回顧録を執筆していた別荘をKGBが襲撃、原稿を回収すべく、徹底的な家捜しを行った。しかし、それを予測していた本人が予め親族に原稿を渡して隠すことで、難を逃れている。

その後、ペレストロイカ・グラスノスチを前後して、当局の検閲も緩和され、1980年以降、版を重ねるごとに修正部分が減り、オリジナルに近づいていった。ソ連崩壊後の1992年発行の第11版は、初版の752ページに対して、何と1159ページもあることだけを見ても、どれだけ検閲が入っていたか分かるだろう。ちなみに、写真の1983年版は第5版984ページで、ゴルバチョフが登場する前から「雪解け」が始まっていたことを伺わせる。
なお、2010年の第14版が「完全版」とされるが、960ページしかない。出版社は否定しているようだが、現政府の要求があったのか、自主規制しているのかを示唆している。

朝日新聞社が出した同回顧録の翻訳は、初版に基づいているため(全文では無い)、ソ連学徒としては、1992年の11版か95年の12版を日本語に再訳して欲しいと切に願っている。
posted by ケン at 12:43| Comment(2) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月15日

終焉に向かう東アジア冷戦・下

前回の続き)
霞ヶ関と自民党は、冷戦期における東欧諸国の政府と共産党と相似形にあり、宗主国アメリカの庇護がなければ本質的に存続し得ない。彼らの統治者としての正統性は、アメリカによって担保されているに過ぎないからだ。確かに日本では形式的に選挙が行われているものの、投票率は国政選挙で5割、自治体選挙で3割という始末で実態を伴っていない。その支配の正統性の担保が在日米軍であり、その撤退はアジア冷戦構造の終焉と、衛星国日本の体制崩壊を意味する。
それだけに、安倍政権と外務省は必死になって米朝会談の妨害を行ってきたが、失敗に終わった。

さらに近代日本の歴史を俯瞰した場合、日清、日露、シベリア(出兵)、太平洋戦争、さらには見方によっては日中戦争を含めて、帝政日本が起こした戦争の殆どは「やられる前にやってしまえ!」の発想に始まっていた。行動経済学的には、「10%でも損失ゼロにできる可能性があるならやるべきだ」という損失回避の法則から説明できる。

日清戦争の「勝利」を検証する 
日露開戦の代償−開戦経緯を再検証する 

日本では「シベリア出兵」として知られる「極東介入戦争」の場合、1917年の二月革命と十月革命によってロマノフ朝が瓦解し、ボリシェヴィキ政権が樹立する。ロシアの大戦からの脱落と東部戦線の崩壊を恐れた連合国は、ボリシェヴィキ政権を打倒すべく、軍事介入を決断する。日本は日本で、朝鮮と満州の利権を確立しつつ、シベリアに影響力を拡大、さらにロシアとの緩衝地帯を設けるべく、シベリアに傀儡政権を打ち立てることを視野に、宣戦布告無しでシベリアに侵攻した。日露戦争で排除しきれなかったロシアの軍事的脅威を完全に排除する目途もあった。「ロシアが復讐してくる前に先に仕掛けるべきだ」という議論は、当時も盛んになされた。
日本では学校でまともに教わることも無く、しかも「出兵」などとされているが、ロシア人的には全く言われ無き侵略であり、その死傷者は民間人を含めて50万人以上に上った。

現行の政府は明治政府の後継者であり、帝政や敗戦の反省を経ずに成立しているため、基本的な行動様式や思考パターンは継承している。従って、現状のまま米朝和解と朝鮮戦争の終結が進んだ場合、霞ヶ関や自民党は「アメリカがアジアから手を引く前に中国に仕掛けるべきだ」と考えるのが妥当だろう。その可能性は、以前なら0.1%以下だったものが、今では5%程度には上がっているはずで、その確率は今後さらに高まってゆくものと考えられる。
同時に、北朝鮮で核廃棄が(たとえゆっくりでも)進められる一方で、日本国内では急速に核武装論が浮上してくると見られる。単独で中朝韓と対峙する選択を採る以上、まず避けられそうにない。つまり、北朝鮮が脱重武装を進める一方で、日本が重武装と独裁を強めて行く可能性が非常に高い(今のところ7割くらい)。ケン先生が先手を打って亡命を決断した一因でもある。

現実に話を戻すと、冒頭の記事にあるように、アメリカと北朝鮮には核廃棄の資金を自前で出すつもりはサラサラなく、韓国と日本に丸投げしようとしている。韓国側では大きな問題にならないかもしれないが、日本側では「拉致問題が解決してないのに泥棒に追銭をくれるのか!」と世論が激高する恐れがある。そもそも、日本政府は米朝和解の可能性から目をそらし続け、会談も失敗すると言い続けてきた経緯があるだけに、どのように説明しても苦しいものにしかならない。
本来であれば、南北対立の終焉と武装解除をもってミサイル防衛システムも不要となるのだから、アメリカから買い付けているMDの予算を転用すれば良いだけのはずである。だが、霞ヶ関にとってはアメリカの歓心を買い続けることこそが至上命題である以上、「ミサイル防衛を止めます」とは言わないだろう。
その場合、財政難の政府としては増税で対応する他ないが、世論の納得を得るのは至難だろう。場合によっては、倒閣運動が起こって、より好戦的な内閣が成立する可能性もある。この点、ソ連・ロシアに対する敵意を煽り続けた結果、北方領土問題で妥協できなくなっている日露関係とよく似ている。

今回の米朝会談は、個別の議題や結果に囚われすぎることなく、「アメリカ覇権の衰退」「グローバリズムの終焉と地域ブロック化」「日本の衰退と孤立」などの大きい視点から俯瞰しないと、全体像を見失うことになるだろう。
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2018年06月14日

終焉に向かう東アジア冷戦・上

【非核化費用「韓国と日本が」 トランプ氏が会見で強調】
 トランプ米大統領は12日、シンガポールで行われた米朝首脳会談後の記者会見で、北朝鮮の非核化で必要となる費用について、「韓国と日本が大いに助けてくれる」と述べた。
 北朝鮮は制裁を受けており、費用を払えるのかと記者が質問。トランプ氏は「韓国と日本が大いに助けてくれると私は思う。彼らには用意があると思う」と答えた。さらに、「米国はあらゆる場所で大きな金額を支払い続けている。韓国と日本は(北朝鮮の)お隣だ」と強調した。
 トランプ氏は先月24日、米朝首脳会談の開催を取りやめるといったん発表した際にも、「不幸にも米国が軍事作戦を取る場合、韓国と日本はあらゆる財政負担を喜んでしてくれる」としていた。
(6月12日、朝日新聞)

日本国内では米朝会談・セントーサ合意は「失敗」「成果無し」と評価する向きが強いが、これは政府あるいは官邸の意向を忖度したものと見るべきだろう。
・相互に信頼し、非核化を進める
・新しい米朝関係を築く
・平和体制の構築に努める
・4月の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は非核化に努める
・両国は捕虜や行方不明兵の遺骨回収に努める
・米朝首脳会談は画期的で新しい未来を始めるものだと認識する
・ポンペオ米国務長官と北朝鮮高官がフォローする交渉をできる限り早く開く
(朝日新聞より)

確かに合意文書は具体的内容に欠けている。だが、例えば1989年12月にソ連のゴルバチョフ書記長と米ブッシュ大統領が行ったマルタ会談では、「冷戦の終結宣言」以外に特段の具体的合意は交わされなかったが、現実に東西冷戦の終結を象徴するものとなった。今回の米朝会談も「儀式に過ぎない」「トランプ氏の目立ちたがりだけ」などの批判が多く見られるが、政治はそもそも宗教儀式の延長として生まれた概念であることを鑑みても、ショー的要素は意外と重要なのだ。
例えば、今回の合意にある「板門店宣言を再確認」で考えた場合、
北と南は、停戦協定締結65年になる今年に終戦を宣言して停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための北・南・米の3者、または北・南・中・米の4者会談の開催を積極的に推し進めていくことにした。
(4月28日、朝鮮中央通信)

とあるように、明確に「朝鮮戦争の終結」を謳っている。再確認したということは、今年中に終戦宣言を行って、平和条約を締結する方針に変わりは無いことを意味する。それが今回の会談で行われなかったからと言って、騒ぎ立てるほどのものではない。

また、記者会見に際してトランプ大統領は、「戦争ゲームをやめる。膨大な量の金を節約できる」と述べ、米韓軍事演習の停止を宣言、将来的な在韓米軍の縮小、撤退の可能性にも言及した。
トランプ大統領の目的は、北朝鮮の核廃棄によって自国の安全を担保しつつ、同時に東アジア全域におけるアメリカの軍事的負担を縮減することにあると考えられる。これは、ゴルバチョフ氏が、財政上の理由から、東欧全域よりソ連軍を撤退させた経緯と酷似している。
米中間の敵対関係が望ましくない以上、アメリカにとってアジア諸国にある米軍の存在はリスクでしかなく、そこに重い財政負担が掛かっているのであれば、真っ先にリストラすべき対象なのだ。ビジネスライクに考えれば、なおさら妥当な判断である。
その決断が、従来できなかったのは、オバマ氏やヒラリー氏のような米民主党系人脈の方が、軍産複合体と近かったことに起因していると考えられる。
なお、在韓米軍は朝鮮戦争に際して介入した国連軍の一部ということで、停戦監視の名目で駐留しているだけに、朝鮮戦争の終結によって駐留の根拠が失われることになる。

極論すれば、南北朝鮮が平和裏に統一を果たすか、安定的な共存体制ができて、中国の影響圏に入って核兵器も中国のコントロール下に置かれるのであれば、実際に朝鮮半島から核兵器が撤去されるかどうかについては、米国の利害には関係ないところとなる。トランプ氏が、いわゆるCVIDにこだわらないのは、実はそこは最重要ではないと考えるのが自然なのだ。

ところが、これが日本(自民党・霞ヶ関)にとっては最悪の状況となる。
本ブログでは何度も触れているが、朝鮮戦争の終結は冷戦構造の変化を意味するもので、冷戦の最前線が北緯38度線から日本海に移ることになる。従来は、韓国を盾となして、米軍が矛となって中朝軍を撃退する戦略が採られており、日本は後方基地の役割をなすだけで良かった。そのため、韓国のような重武装を持つ必要は無く、軍事負担を軽くしたまま国内のインフラ整備と産業振興に予算を回し、高度成長の基礎を築いた。
その後、冷戦構造の変化によって、1990年代より海外派兵能力を持つようになり、2000年代に入ると中国の隆盛を受けて海空戦力の強化に努めるようになった。しかし、いずれの場合も、あくまでも従来の構造を前提としており、朝鮮戦争の終結は想定していなかった。

朝鮮戦争の終結は、在韓米軍の撤退と朝鮮半島の中国圏(新中華帝国)入りに直結する。韓国は従来、北朝鮮などとの対抗上、日本に戦後補償などについて大きく譲歩してきたが、南北対立が解消した場合、中華圏入りによって日本よりもはるかに大きい市場を獲得できることもあり、日本に遠慮する必要が無くなる。一方、日本は衰退傾向の中で、中国や朝鮮に対する差別意識を一層強めており、日本と朝韓間の対立は今後さらに激化して行くものと見られる。
1980年代までは、日本は有効な海軍力を持たないソ連を仮想敵とし、90年代後半から2000年代始めには北朝鮮、2000年代後半以降は北朝鮮と中国を仮想敵としていた。しかし、今後は韓国が同盟から抜けて中国側に付き、日本は中朝韓と単独で最前線を維持する必要が生じている。だからこそ、安倍政権は必死になってロシアの抱き込みを図っているのだが、ロシア側に足下を見られると同時に、日本側の不誠実もあって、上手くはいっていない。
以下続く
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2018年05月22日

永田町から見た南北朝鮮問題・下

前回の続き)
もっとも、この点について各国の利害は一致していない。中国に権限を委ねて東アジアから手を引きたいアメリカに対し、経済発展を優先させたい中国は安全保障のコストを上げたくないことから消極的スタンスを保つものと見られる。また、北朝鮮と韓国は、中国の影響力増大を恐れることから、米中のバランスが保たれることを望むだろう。

いずれにせよ、米朝和解とそれに続く朝鮮戦争の終結は、冷戦構造の継続と対米従属(衛星国)を切望する霞ヶ関・自民党にとっては悪夢でしか無い。
霞ヶ関と自民党というのは、冷戦期における東欧諸国の共産党と同質のもので、覇権国であるアメリカによる世界支配の正統性の下で、封土統治の権限が認められ、議会選挙や公務員試験などは形式的・儀礼的なものでしかない。それは、日本の義務教育において、デモクラシーやリベラリズムに基づいた主権者教育がなされてこなかったことが証明している。
冷戦の最終盤において、ソ連が財政上の理由から東欧の覇権を手放した瞬間に、東欧諸国の共産党はハンガリーを除いて瓦解、解体してしまうわけだが、それは彼らがソ連共産党の権威の下でのみ統治の正統性を持ち得ていたためだった。かろうじてハンガリーだけは、体制内改革を進めていたこともあって、社会主義労働者党が存続し得たが、例外的なケースだった。

日本の霞ヶ関と自民党もまた、体制内改革を否定し、東アジア内での和解を拒否して強硬姿勢を貫き、国内にあっては親露、親中、親朝、あるいは国連連携派を弾圧してきた結果、対米従属に基づく緩い開発独裁国家から抜け出す術を持たず、中国を中心とする東アジア新秩序体制に参加するだけの政治的資源が無いという情況に陥っている。
例えば、現在の外務省には北朝鮮と交渉するパイプがなく、今頃になって自民党などの政党幹部が朝鮮総連を訪問する事態になっている。中国については、若干マシとはいえ、尖閣沖で漁船衝突事件が起きた際、外務省にも民主党にも中国側と本格的に交渉するパイプがなく、事態を悪化させ続けたことがある。これらは、圧力・強硬外交一本槍のツケと言える。

対北外交については、日本は1990年の金丸訪朝団と2002年の小泉首相訪朝の二度、大きな転機を迎えていたが、どちらの場合も帰国後に国内の強硬世論が沸騰、日本側から和解を拒否してしまった。この二度については、北朝鮮側も大きな譲歩を示していただけに、「首領様」の権威を大きく傷つける格好となり、「日本は一切信用できない」という話になっている。昨今でも、経済制裁などで最強硬路線を唱え、在日朝鮮人に対する差別や弾圧を放置してきた日本政府を信用する理由は、北朝鮮側には無い上、貿易ゼロの日本と交渉するメリットも失われてしまっている。日本側がよほど巨額の戦後補償を用意しない限り、日朝交渉は進みそうにない。
同じ傾向は日露外交にも見て取れる。政府が60年にわたって四島返還を主張し続けた結果、領土問題でロシア側と妥協することができなくなってしまっている状況がある。

なお、日本政府や有識者は、「日本の経済制裁が北朝鮮を屈服させて、外交交渉のテーブルにつけた」などと臆面も無く述べているが、現実の北朝鮮は仮想通貨とインターネット上の仮想企業を駆使して取引しており、米ドルと数年前の紙媒体の資料に基づいた経済制裁は、控えめに言っても十分に機能していない。
実際のところ、北朝鮮では中国を見習って国内のイントラネットが整備されつつあり、スマートフォンも全国で10〜20%、平壌に限れば30%以上の保有率になっているとの情報もある。だが、日本人の大半は1990年代後半の飢餓で痩せこけた子どものイメージしか無い。

日本は、外交的には孤立、盟主から見放されつつある中で、国内では貧困化が加速している。霞ヶ関と自民党は、改革によってアジアシフトと経済再生を進めるのではなく、外交的強硬路線を継続しつつ、国内では収奪と権威主義化を進めることで、体制の存続を図ろうとしている。トランプ米大統領と安倍総理の関係は、ソ連のゴルバチョフと東独のホーネッカーを彷彿させるものすらある。
朝鮮半島の和解は、日本にとって「ベルリンの壁崩壊」に相当する大きな変動の始まりとなるかもしれないが、体制転換を望んだ東欧の市民と異なり、日本人は市民意識が低く、東欧で見られたような自由社会への憧憬に相当するものが中国型モデルに対しては存在しないこともあって、現状維持を望む声の方が大きい可能性もあり、その場合は緩慢なる死を迎えることになるだろう。逆に、貧困化の進行が国民を好戦的にするケースもあり、この場合、満州事変のような陰謀が政府内で画策される可能性もゼロでは無い。

なお、日米の民間で行われた世論調査(2017.12)によれば、対朝軍事侵攻に賛成するのは、日本20.6%、米32.5%、反対するのは日本48.3%、米44.2%だった。イラク戦争時に米国内で9割の支持があったことを思えば、米国人の内向き化が指摘される。また、日本国内でも思ったよりは、朝鮮紛争の勃発を望む声は多くなく、今のところは理性が働いていると見て良い。但し、この手の世論調査は参考にしかならない。例えば、1937年の日本を見た場合、盧溝橋事件が起こる前と起きた後では、世論の反応が大きく変化している。

今日の外交的孤立を招いた主な原因は、オルタナティブ(別案)を用意すること無く、冷戦構造と対米従属を盲信し続けた霞ヶ関と自民党にあるが、国際情勢を読み解くだけの情報が無かったことも大きい。日本は憲法上の理由と対米配慮の点から対外情報機関を設置してこなかったが、それは結果的に諜報分野における対米依存を強め、アメリカにとって有利な情報しか入ってこない状況を生んでいる。国家の自立という点で、優秀な情報機関は必要不可欠だが、保守派は対米配慮、リベラル・左翼は「戦前回帰」を恐れて、議論してこなかったことが、危機的状況を生んでいる。この点でも戦後体制は制度疲労を起こしており、ケン先生が「待機主義」に移行した理由にもなっている。
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2018年05月21日

永田町から見た南北朝鮮問題・上

【北朝鮮非核化は「リビア方式」にしない トランプ米大統領】
 ドナルド・トランプ大統領は17日、北朝鮮の非核化について、いわゆる「リビア方式」は適用しないと発言した。非核化後に体制が覆されたリビアの経緯を知る北朝鮮の、懸念緩和が目的とみられる。2003年に当時のリビア指導者、ムアンマル・カダフィ大佐は核兵器の放棄に同意した。しかし、2011年には西側諸国が後押しする反体制勢力によって殺害されている。ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が北朝鮮の非核化で「リビア方式」の適用に言及したことで、北朝鮮は懸念を強めていた。北朝鮮は16日、来月12日に予定される米朝首脳会談を見送る可能性を警告。一方のトランプ大統領は17日、会談は今でも予定通り開かれるとの考えを示した。
(5月18日、BBC)

先日訪中した際に、朝鮮半島問題について話してもらいたいとの依頼を受け、専門分野ではないので、「永田町から見た南北問題」のテーマで現地の日本研究者を相手に講演した。いかんせん急な話だったため、簡単なハンドアウトしか作れなかったことと、情勢もめまぐるしく変化しているだけに、踏み込んだ話はできなかったものの、「日本側の視点」は抑えられたと思われる。

日本では、大手紙も有識者の多くも、「米朝首脳会談は失敗に終わり、アメリカが軍事行動を起こす」観測を示している。これは、彼らの情報源が外務省あるいは首相官邸であることに起因しているが、根拠のある話というよりも、「日本が数年耐え抜けば、ドイツがヨーロッパを制覇してイギリスも屈服する」類いの願望に近い話であろう。

日本の霞ヶ関と自民党は、根源的なところで冷戦体制の存続を希望しており、そこに60年以上の既得権益がからんだことで、他の外交的選択肢を潰してきた経緯がある。
安全保障論や地政学的なところから入ると、日本は北緯38度線を最前線とする東洋の冷戦構造下で、長いこと後方支援の地位に甘んじてきた。戦争状態を抱えたまま重武装し続けねばならなかった韓国に比して、はるかに軽い軍事的負担で済んだことは、日本の高度成長の主要因でもあった。

1990年代以降、日本は国際社会から経済力に見合った軍事的負担を求められるようになり、海外への軍事投射能力を少しずつ育成し始め、2000年代以降には中国の台頭によるシーレーン防衛が課題となったほか、米国の中東シフトが顕著となったことを受けて、独自の防衛力強化に乗り出さざるを得なかった。
米国側はすでに1990年代半ばには、日本に対して自主防衛を求めてきたが、冷戦構造そのものが既得権益化していたことと、霞ヶ関と自民党が「アメリカから支配の正統性を付与された」ことがあって(白井同志の言う「菊と星条旗」)、特に外務省はアジアから手を引こうとしているアメリカの裾を掴んで放さない挙に出ている。結果、アメリカ側の要求は高まる一方となり、あり得ない価格のミサイル防衛システムや航空機などの購入も、イラク戦争への派兵も受け入れざるを得なくなっている。

もし仮に今回の米朝会談が成功した場合、それは朝鮮戦争の終結を意味するものとなる。一部の報道では、米朝会談と同時期に中国の習近平主席が同地(日本報道ではシンガポール)を訪問するということだが、これは米朝会談で「手打ち」が決まった場合、そのまま中国代表を交えて、休戦協定が結ばれる可能性を暗示している。
意外と知られていないことだが、朝鮮戦争の休戦協定は「国連軍代表=アメリカ、北朝鮮、中国」の三国で締結されており、韓国側は代表者を送っただけでしかない。この休戦協定を平和条約に転換する場合も、必要なのは米朝中の三カ国のみであり、韓国側は同意さえあれば十分で、文大統領には拒否する理由が無い。

だが、現状における朝鮮戦争の終結は、在韓米軍の撤退と韓国の中国覇権入りを意味し、日本が冷戦継続を臨む場合、日本海が冷戦の最前線となることを意味する。すでに米国には、中国と覇権を争う意思はなく、できれば日本からも撤兵して、東アジアの安全保障から手を引きたい意向が強い。ただし、米国の中には、いまだ覇権主義者も少なくないため、日本政府などの懇願もあって、実現していないが、大きな流れとしては「パックス・アメリカ−ナの終焉」は時間の問題となっている。

冒頭の記事は一つの象徴とも言える。北朝鮮の非核化を言う場合、検討されるのは主に「リビア方式」と「イラン方式」で、前者は「核兵器が完全に撤去されたことが確認されたら、経済制裁を解除して支援を行う」であり、後者は「撤去段階を見極めながら、経済制裁を緩和して行く」ものを指す。
この「リビア方式」の場合、完全に撤去したリビアは西側諸国の煽動による「アラブの春」で瓦解、カッザフィー氏は見殺しにされた。また、イラクでは「大量破壊兵器の完全撤去が確認できない」と難癖を付けられて、アメリカなどの多国籍軍が侵攻、フセイン氏も殺害された。北朝鮮的には絶対に認められない方式である。
この間、日本の「専門家」「有識者」やマスゴミは、「アメリカがイラン方式を容認することはあり得ない」「米朝会談は高確率で失敗し、アメリカは軍事行動に出る」旨を主張し続けてきたが、早速ボロが出ている。連中は、自らの願望を述べているだけで、国際情勢の何をも反映していないのだから当然の結果だった。

さらに日本側が懸念するのは、米朝会談においてアメリカ側が妥協して、長距離弾道弾の破棄で手打ちして、核兵器の廃棄についてはウヤムヤにしてしまう恐れがあることだ。この「ウヤムヤ」は、核廃絶の実証が困難であることに起因している。先に挙げた2003年のイラク侵攻の口実を思い出すと良い。アメリカを中心とした査察団による厳密な検証を強行した場合、米国内や日本の好戦派が査察を妨害して、イラクの二の舞となる可能性が高い。
トランプ大統領の考え方はビジネスマンのそれなので、国際政治も効率優先で考える傾向が見られる。それだけに、朝鮮半島問題には深入りせず、戦線を整理縮小する方向で動いており、米国を中心とした核査察体制にはしたくないと考えているだろう。そして、可能な限り、中国を引き込み、場合によっては査察団の主役に据えることで、責任を押しつけた方が話が早い(反対するのは日本だけ)。
アメリカからすれば、要は核弾頭が米本土に届かなければ「十分」であり、あとは交渉材料でしかない。下手に時間をかけて情勢が悪化し、軍事介入の声が高まる方が、トランプ氏的には悪夢だろう。極論すれば、北朝鮮の核兵器は、中国吉林省の国境を越えたところに移送して隠してしまうだけでも、形式上は「廃棄」にできる(中国にとっては迷惑千万な話だが)。北朝鮮は北朝鮮で、核兵器製造のデータと体制保証さえあれば、実物は中国やロシアに移管されても問題ない。
以下続く
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2018年04月21日

自由を守るために独裁強化する中国のパラドクス・下

前回の続き)
もう一つは、日本と同じ「少子高齢化」と「貧困」で、恐らくは国防問題よりも深刻だろう。
日本でもよく知られる「一人子政策」を続けた結果、中国は人口激増からは解放されたものの、経済成長に伴う公衆衛生の向上も相まって、日本以上の少子高齢化が懸念されている。
例えば、先日お目に掛かった大学教授の場合、車椅子で生活する90代前半の父君、半入院中の80代後半の母君、亡くされた妻の両親、そして一人娘の面倒を一身に背負っておられるという。都市部の中間層では、ごくありふれた光景だというから、日本と全く同じ問題を抱えていることが分かる。現代中国には、「未富先老」という言葉があり、これは「豊かになる前に年を取ってしまった(ロクな年金も無い)」という貧困高齢者の深刻な悩みと不満を象徴している。

中国では、改革開放路線の中でそれまで職場単位で運営されていた社会保障制度を解体して、統一的な制度(国家基金)へと移行が進められた。その結果、1990年代から2000年代にかけて、病院へ行くと入口に、各医師の顔写真と診療報酬額の一覧が掲げられ、病院はもちろんのこと、診てもらう医者によって診察料が異なるという状態が現出していた(ある意味では非常に合理的なのだが)。
近年、医療機関等は大都市部ではかなり整備が進んだものの、今度は日本と同じで、社会保障費の高騰を招き、少子化によって一人当たりの負担額は今後も急増してゆくものと見られる。

【参考】 医療費9年連続最高記録更新中

また、中国では急速なスピードでインフラ整備が進められている。例えば、上海市にはすでに18本もの地下鉄路線があり、杭州市は現在3本走っているが、今後あと7本の路線が計画されている。だが、これも日本と同じで、インフラ整備中は経済成長が続くものの、その後巨大な維持費が生じた際に、これを担保する財政が維持できるかどうかが課題となる。

【参考】 水道代は高騰の一途

これに対して中国政府の財政基盤は必ずしも強固ではない。例えば、法人税率は25%と低く抑えられており、個人所得税の課税最低額は3500元(2011年時点)で平均所得の3800元とほぼ同一水準の高さに設定されている。株取引などによる金融取引税も存在しない。土地の私有が禁じられているため、固定資産税に相当するものも無い。日本に居ると分からないが、中国は非常に低負担国家なのだ。
この低負担が故に、大きな経済成長を実現できているわけだが、成長は永続せず、将来を見据えた社会保障制度と税制度改革が求められている。堂々と増税を打ち出した日本の民主党野田内閣が総選挙で大敗したように、どの国においても増税は最大の政治的困難を伴うものであり、それが故に中国では強権が必要とされている。

三つ目は歴史的経緯である。中国共産党は元々「社会主義・共産主義国家の設立」を目標に掲げ、「労働者・農民が持ちたる国」を独裁権力の正統性の根拠となしてきた。だが、1980年代に計画経済が行き詰まり、社会主義を一旦脇に置いて自由市場化を進めた。市場改革に伴って発生した社会的不穏は、権力の集中と弾圧によって鎮静させたものの、長くは続けられないため、戦後日本と同じく「経済成長と社会保障制度の再整備」をもって権力の正統性を担保することにし、今日に至っていると考えられる。だが、経済成長は実現したものの、貧富の格差は拡大する一方にあり、同時に共産党幹部の階層化・身分固定も進んでしまった。社会主義は本来、貧困の撲滅と階級間の平等実現を標榜するものであるため、共産党の名称と実態の乖離は拡大の一途を辿っている。その意味で、中国共産党の権力的正統性は、実のところ見た目ほどには強固では無い。
中国の場合、議会制民主主義のように、選挙によって有権者・納税者の不満を和らげるシステムを持たないため、常に腐敗撲滅運動を進めると同時に、党幹部の特権を監視あるいは透明化する措置の導入が不可欠となっている。「腐敗と戦う強く清廉な最高指導者」というイメージが共有されて初めて、中国共産党は一党独裁を堅持できる構造になっていると言える。実際、中国を行き来しているビジネスマンは、「この数年で賄賂を要求する者がほとんどいなくなった」と口をそろえて言っている。

すっかり長くなってしまったので、タイトルが補足になってしまった。
民族社会の歴史的形成を見た場合、長い専制の歴史を持つ中国の方が、分権的な封建社会が続いた日本よりも、社会慣習的により自由であるという指摘がある。
中国の場合、皇帝に権力を一元化してゆく過程で中間団体の活動を否定する傾向が強く、日本や欧州には古くから存在する職能団体や同業者組合のようなものが存在しない、ないしは恐ろしく緩い組織でしかないという。

例えば、日本では鎌倉・室町期には、市や座といったものが生成され、特定の商品を特権的に扱う権利が確立、他の参入を許さない慣習・システムが生まれていた。町の市場ですら権利者以外は店を開くことが許されなかった。当然、その特権は家名で継承されるため、商家は世襲とならざるを得ず、競争原理が機能しなかった。油商人の出身である斎藤道三は、特権による商業活動の非効率を熟知していたがために、「楽市楽座」を進めたとされる。
これに対して、中国の場合、歴史的に国が定めた法律があるのみで、同業者組合の特権もなければ掟(私法)も無いため、商業活動は日本よりもはるかに自由だった。市場では、誰が何を売っても良く、農民であれ元官吏であれ自分の店を持つことができた。実際、科挙に落ちた地方エリートが商人に転じるケースは非常に多かったという。古代(紀元前)ですら、商家出身の呂不韋が秦帝国宰相に就任している。日本で、庶民出身者が宰相になるのは、1938年の広田弘毅が最初である。

現代においても中国の人民代議員は国家主席の御尊顔を拝していれば、「あとは自由」だが、日本の国会議員は何かにつけて業界団体、同業者組合、労働組合、市民運動などなどから圧力を加えられるため、常に皆の顔色を窺っていなければならない。
庶民生活でも、中国人は当局の顔色さえ窺っていれば良いが、日本人は自治会(町内会)やPTAなどの強制力が非常に強く、周囲の顔色を窺ってからでないと何一つ発言できない。
飲み会の席ですら、中国では共産党や政府批判以外は「何でもあり」だが、日本ではそもそも政治の話を忌避・自粛する傾向が強い。以前ロシアの大学で教鞭ととっていたころ、外国語講師と学長との懇親会が持たれたことがあり、その場で若い女性の中国人講師が「私たちの給料安すぎです!」と学長に食ってかかり、「この場でそれを言うのか!」と驚愕したことがある。
これはロシアの話になるが、ロシアの映画や演劇舞台の現場では、監督・演出と俳優が対等に話し合い、往々にして対立や喧嘩に陥ることがあるのだが、日本では監督や演出家が絶対的な権威を持っており、俳優は奴隷のように従属しているケースが大半を占めている。
実のところどちらの社会の方が自由なのか、軽々には判断できないものがあるのだ。

中国の場合、皇帝に権限を集中することで中間団体の発生を抑制し、ある種の市民生活の自由を守る「伝統」があることを知らないと、生半可な戦後デモクラシーの知識と感覚で中国社会を非難してしまう「愚」を犯してしまうことになる。我々日本人は、自分たちが考えているほど「自由」ではないことに、もっと自覚的であるべきなのだ。

【追記】
中国の市場経済化の過程については、一度きちんと勉強しなければと思いつつ、なかなか実現できない。

【参考】
『専制国家史論 中国史から世界史へ』 足立啓二 筑摩書房(2018)
「中国の社会保障制度と格差に関する考察」 柯隆 『ファイナンシャル・レビュー』119号所収(2014)
「中国の個人所得制改革―税額控除適用によるシミュレーションとともに」 申雪梅 『横浜国際社会科学研究』第17巻6号所収(2013)
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2018年04月20日

自由を守るために独裁強化する中国のパラドクス・上

【中国、14年ぶり憲法改正 習氏の長期政権に道】
 中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)は11日、共産党の指導的役割を明記し、国家主席の任期を2期(10年)までとしていた規定をなくす憲法改正案を可決した。2期目に入った習近平総書記(国家主席)の長期政権に向け、憲法上の制約がなくなった。
無記名投票で2964人が投票し、賛成は2958票で改正要件の3分の2以上を大きく上回り、99・8%に達した。反対は2票、棄権は3票、無効票は1票。改正憲法は即日公布、施行された。
 習氏が兼任する党トップの総書記、人民解放軍トップの中央軍事委員会主席には任期制限がない。全人代は党、国家、軍の規定をそろえることで「習近平同志を核心とする党中央の権威と集中的な統一指導を守るのに役立つ」と説明した。
 中国の憲法改正は2004年以来、14年ぶり。あらゆる公職者の汚職を取り締まる「国家監察委員会」を憲法上の機関として設立する内容も盛り込んだ。
 改正憲法では、第1条に「共産党による指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」と書き込み、共産党の一党支配の正当性を法制度面からもより強固にした。前文には、昨秋の党大会で党規約に書き込んだ習氏の政治理念「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」や習氏が唱えるスローガン「中華民族の偉大な復興」を明記し、「一強」態勢を築いてきた習氏の権威をさらに高めた。
(3月11日、朝日新聞)

ケン先生は中国は門外漢ではあるが、全体主義学徒として一言触れておきたい。
最近あった飲み会で、ロシア学を学んだはずの先輩が「チューゴクが独裁強化、人民弾圧、対外侵略推進の兆候〜〜」などと恥ずかしい話を臆面もなくされていた。中国研究を専門とする同志も「今なぜ独裁強化なのか」と疑問視していたのが印象深かった。やはり地域研究とガヴァナンス(統治形態)の研究者は視点が異なるのかもしれないし、日本で教育を受けるとどうしても既存の価値観(主にデモクラシーとリベラリズム)に基点を置いてしまい、客観視することが難しいのかもしれない。

自分の分野で言えば、例えばレーニンやスターリンが独裁権を求めたのは、革命を護持し、一国の近代化と工業化を強行するためであって、個人的な栄達や権力行使を求めてのものではなかった。日本の歴史で言えば、織田信長や大久保利通がこれに類する。習近平氏が個人的な思惑で独裁権を求めていると考えるのは、歴史軽視も甚だしい。

詳細は「ペレストロイカを再検証する」を読んでいただきたいが、ゴルバチョフがペレストロイカに失敗したのは、計画経済から市場経済に移行するに際し、既得権益層の抵抗が予想されたにもかかわらず、「民主化」と称して共産党と同書記長の権力を分散させてしまったため、体制を維持するために必要な改革が実施できなくなって、時間切れを迎えてしまったことに起因している。
具体例を挙げれば、ペレストロイカは1985年に開始されたが、ソ連崩壊前の1990年時点で、市場経済化の進捗度は「企業民営化率1%、自由価格率5%」でしかなかった。また、改革開始時点で食糧価格調整金と国営企業の赤字補填が、歳出のそれぞれ2割を占めていたが、90年時点でその割合は歳入減も手伝ってむしろ増加する有様だった。
実のところ、ゴルバチョフに必要だったのは、既得権益層である保守派を粛清・排除して市場経済化と民営化を強行するための権力集中であり、そのためには民主派も弾圧する必要があった。

一党独裁を護持したまま市場経済化を実現した中国を見た場合、共産党は1989年に起きた第二次天安門事件を利用して民主派を弾圧するが、今度は相対的に保守派が強化されてしまったため、第一線を引いたはずのケ小平が保守派攻撃に転じて陳雲らを引退に追い込んで、改革開放路線を確立した。そして、保守派の反撃と民主派の再起から同路線を堅持するために、1993年には同一人物が総書記、国家主席、党中央軍事委員会主席を兼任して権限を一元化する現行体制が築かれた。

改革開放路線の確立から25年を経て、中国のGDPは、1993年の4,447億USドルから2017年の11.9兆ドルへと、何と26.7倍にも成長した。確かに奇跡的ではあるが、もともと中国は19世紀初頭には全世界のGDPの半分以上を占めており、1890年代に至ってすら単独トップの座を維持していたのだから、この100年間ほどが異常だっただけの話で、「本来の形」に戻りつつあるというのが正しい見方かもしれない。

だが、中国の場合、急成長したが故に大きな課題も抱えている。改革開放路線の柱の一つだった軍の近代化は概ね達成しつつあるが、(モンゴル帝国を除いて)秦帝国以来最大の版図を実現する中華人民共和国は陸上国境だけで2万2千km、海岸線を含めると4万kmにも達しており、その国防は決して容易ではない。過去百年強を見た場合、中国を侵略したのは英仏露日独米墺伊など列強の大半に及び、現在のロシアが米欧日による挟撃を心底恐れて核戦力の強化に邁進するのも決して他人事では無い。
現代日本では中国の国防費の伸びをもって「侵略の前兆」と危機を煽るものが少なくないが、中国人に言わせれば「お前にだけは言われたくない」ということになるだろう。
なお、1978年にソ連がアフガニスタンに軍事介入する際、参謀本部が反対したのは、「ソ中国境防備が脆弱になる」という理由からであったことは特筆に値する。

例えば、北清事変に介入した列強諸国の2016年時の国防費を総計すると、9500億USドル以上に上るが、中国の国防費は2150億ドルでしかない。1930年から40年代にかけて、開戦時に中国の4割程度の国力(GDP)しか無かった日本が、中国領土の3割以上も占領、海岸線を封鎖して7年も持ちこたえたことは、現代日本人にはまず想像できない衝撃だった。なお、現代日本のGDPはちょうど中国の4割ほどで、中国エリート的には「やっと1937年水準か」と溜息が出る話で、経済力で日本を圧倒するまでは全く安心できないかもしれない。こうした歴史が分からないと、中国側の安全保障観は全くイメージできないのだ。
現代日本人から見える「中国による海洋進出の脅威」も、中国からすれば「日本によって7年間も海上封鎖されたトラウマの克服」という側面があることを、我々は理解する必要がある。現代においても、日本政府が提唱する「インド太平洋戦略」の目的は、「対中封じ込め」にある。これが分からないと「一帯一路」の本質も理解できないだろう。

【参考】ロシア人の安保観を代弁する

ただ、中国が身の丈に合った(4万kmの国境防備)国防力を有するだけでも世界有数の軍事力を必要とするため、そのシヴィリアン・コントロールは非常に難しいものとなる。中国四千年は、軍事力を強化すると地方が軍閥化し、地方軍を縮小・廃止して集権化すると中央軍が弱体化して国防が脆弱になる歴史の繰り返しだからだ。それでも、強大化した軍隊を抑えるためには、相応の強権が必要となるのは否めない。欧米諸国や日本が、中国やロシアを敵対視する姿勢を止めない限り、彼らもまた軍事力の強化に努めるほか無いのだから。
以下、続く
posted by ケン at 13:17| Comment(0) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする