2017年11月28日

オランダのポピュリズム政治

勉強会にてオランダのポピュリズムについて報告を聞く。

オランダは、今年3月に行われた総選挙で小党分立が進んでしまい、連立交渉が難航、オランダ史上初の4党連立(自由民主、キリスト教民主勢力、民主66、キリスト教連合)で新政権が発足したのは先月のことだった。下院定数150に対し、第一党の自由民主人民党が33議席、第二党の自由党(日本では極右扱い)が20議席、第三党の民主66とキリスト教民主勢力が19議席ずつあり、第二党を除外しての連立交渉が難航するのは当然の帰結だった。しかも、4党連立でも議席数は76と、半数を一議席上回るだけで、造反者が2人も出れば何も成立しない綱渡り状態にある。

さらに言えば、第一党の自由民主は総選挙において、自由党票を取り込むため、主張を中道右派からさらに右転回させたが、そこに連立のためとはいえ、中道左派でリベラル色の濃い民主66を加えた結果、移民政策、海外派兵問題、安楽死、同性婚、麻薬使用の拡大など様々な価値観で大きな開きが生じている。

日本の報道では、欧州の右派新興政党を指して「極右政党」と呼ぶケースが多いが、「フランスにおける既存政党の難しさについて」でフランスの国民戦線の政策を見てみたことがあり、日本の自民党や維新と比較して「より右」とは言えないことが判明している。

・移民の制限(排斥では無く、フランスの価値を尊重する移住者は認める)
・フランス国内におけるモスク建設の規制
・死刑復活
・公務員の削減
・減税
・同性パートナーシップ制度の廃止
・国籍の血統主義化
・補助金制度の見直し
・農村社会の重視


主張を見ている限り、日本の自民党と維新を足して二で割ったようなイメージであり、これを極右としてしまうと、日本では極右政党が議会の3分の2以上を占めていることになる。ただし、重農主義を唱えている点で、国民戦線は自民党よりも「伝統重視」と言える。
フランスにおける既存政党の難しさについて

オランダの自由党も概ねこれに近い主張で、基本にあるのは「EU懐疑主義」と「反イスラム」の二つ。EU懐疑論は、EU官僚による経済・財政支配からオランダの自律性と独立性を取り戻すことを目的としており、中央統制に対する反発をもって極右とは言えない。また、「反イスラム」は、イスラム原理主義がオランダ伝統の自由と寛容を阻害し、既存のコミュニティと融和を破壊するものとして反対しているのであり、彼らの主観では「自由と寛容を守る」という意味での保守なのだ。これも単純に極右とは言えないだろう。

オランダの国の成り立ちを考えた場合、その原点は三十年戦争(1618〜1648)あるいはそれ以前において、カトリックによる信教の強要とカルヴァン派の弾圧から、信教の自由と多様性を認めるために、スペインと長い戦争を経て独立を勝ち取ったところに起因している。故に、長いことオランダは政治亡命者を率先して受け入れてきた。出版・印刷業が発展したのは、他国で出版できない内容の本でもオランダでは可能だったからだ。
それだけに、伝統的な「自由と寛容」を守るために、それに否定的なイスラム原理主義を排除するのは、「積極的自由主義」「闘う自由主義」とも言える。

翻って、日本における日本会議や安倍政権が主張する「保守」は、明治帝政に成り立ちの起源を求め、戦後民主主義を否定し、帝権による権威主義を追及するものであって、オランダの自由党やフランスの国民戦線が求める価値とは大きく異なる。

もっとも、オランダ自由党の場合、党首ウィルデルス一人に全権限が集中しており、そもそも党員が党首一人で、候補者は党首の面接で選別され、議員ですら「スタッフ」という括りで党員ですらないという。だが、興味深いことに、候補選定の際には極右思想や他党での活動歴のある者は排除されるともいう。確かに独裁政党ではあるのだが、どこか小池百合子氏に似たところがある。

選挙制度においてもオランダのデモクラシーは際立っている。政党名簿式比例代表制だが、立候補者を出す政党に求められるのは、150万円ほどの保証金と20ある選挙区毎に30人の同意人、計600人の署名だけだという。日本では候補者一人分の供託金にすら足りない。政党は予め順位を振った候補名簿を発表し、投票の二週間前には全有権者に候補者一覧の入った投票用紙が送られ、投票者は好きな候補者にチェックを入れて投票する。名簿順が下位でも得票が一定数以上あると優先的に当選枠に入れられるシステムで、拘束式と非拘束式の中間的なシステムになっている。

日本では、氏名を投票用紙に正確に記すことが求められるが、世界的には候補一覧を見て、投票したい候補の頭にチェックを入れるだけのシステムが圧倒的だ。これは各国の識字率の問題もあるが、高齢者や障がい者などの事情を考慮したものでもある。日本でも、90年代の政治制度改革に際して細川政権がマークシートの導入を決めたものの、自社さ政権下で自民党の主導で記名式に戻された経緯がある。
この点からも、街頭で10日間ほどワアワア騒いだだけで投票所で候補者の氏名を書かせるだけの現行制度が、いかに既存の知名度に依存した体制側に有利な制度であるか分かるだろう。
posted by ケン at 12:23| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

降下兵だった文大統領

韓国の民主化運動出身で弁護士、盧武鉉元大統領の側近にして共同事務所のパートナーだった文在寅大統領は、右派からは「極左」「従北」などと非難されている。だが、文氏が兵役で入隊したのは、特殊戦司令部所属第一空挺旅団という韓国軍でも最強部隊の一つだった。

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韓国の兵役は一定期間内であれば、入隊時期を自分で選べる制度になっているが、軍事政権期には民主化運動家や人権運動家などに対して強制入隊させることが横行していた。一種の懲罰召集である。しかも、文氏は「最も訓練が厳しい」とされた第一空挺旅団に一兵卒として配属される。だが、軍隊内はある種の実力主義で、文氏も肉体的にも精神的にも適合していたらしく、主に爆破任務に従事して高く評価され、司令表彰も受けた上、除隊までに兵長にまで昇進している。兵役期間が3年(当時)であることや出身を考えれば、かなりのものだろう。
しかも入隊期間中の1976年に板門店で南北が一触即発の事態となった「ポプラ事件」にも動員され、まさに休戦中の朝鮮戦争の第一線に居たことが分かる。日本の自衛官上がりの国会議員とはかなり毛色が違うようだ。



その文氏、除隊して40年になる上、もう60代半ばだが、軍の視察に際しては軍服を着てライフルを携行して訓練さながらに行動し、自ら新型ライフルの試射を行い、その腕前は軍幹部をうならせるものだったという。
ちなみに文氏が大統領選で掲げた主な政策は下記の通り。

・財政出動による80万人の雇用創出
・最低賃金を1万ウォン(日本円で1千円)に
・非正規雇用を半分に
・福祉国家5カ年計画
・共に働いて配慮し合う男女平等社会
・幼稚園から高校まで無償教育
・脱原発のロードマップ推進
・平和と共存で繁栄する韓半島


韓国では新自由主義政策が進みすぎて、先進国中最低レベルの法人税率、労働報酬、社会保障となっており、財閥支配もあって経済格差や貧困が日本とは比較にならないほど深刻な状況にある。しかも北朝鮮からの挑発・圧力もあって、軍備を縮小することもかなわず、非常に厳しい環境に置かれている。それだけに、こうした社会民主主義的政策は、日本よりもはるかに支持されているのだろう。
posted by ケン at 12:34| Comment(4) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

マクロン節はどこまで通じるか

【フランスの小学校で少人数学級制スタート、マクロン大統領が公約】
 フランス各地で4日、貧困地域の小学校における教育水準を高める目的で1学級の人数を12人に縮小する制度が始まった。少人数学級制度は、エマニュエル・マクロン大統領が大統領選で公約の目玉の一つとして掲げていた。
 少人数学級制度が「優先的」に導入されたのは、古くから学業成績が低く貧困率の高い地域の小学校で、5〜6歳児の学級が対象。フランス全土の計2500の学級で、児童数が現行の25人から最小で12人まで縮小された。
 マクロン氏は大統領選で教育制度の不平等に取り組むと約束していた。小学校で夏休みが終わり新年度初日を迎えたこの日、同氏は東部フォルバックの小学校を視察に訪れた。
 パリに本部を置く経済協力開発機構(OECD)の学力調査では、フランスの順位は加盟国中27位。調査は15歳を対象に読解力や数学などをテストするもので、フランスの教育制度についてOECDは、優秀な生徒には有効である一方で基礎学力の低い生徒に対応できておらず、学力格差が生じていると分析している。
(9月5日、AFP)

フランスのマクロン大統領の支持率は就任から4カ月で半分以下の24%にまで低下している。提唱した労働改革に対しては、パリなどで大規模デモが発生、国内不穏が高まっている。

貧困地域を中心に超少人数学級への移行を進めるというのは英断ではあるが、「いま優先的にやるべきことか」と考えると、疑問を禁じ得ない。少人数学級の教育的効果は認めるが、そもそも貧困を放置し、むしろ新自由主義政策で貧困を加速させる方向に進めながら、「教育の均等」だけを優先するというのはちぐはぐに思えるからだ。こうしたエリート主義的発想は、今後ますます国民大衆の意思と乖離してゆきそうだ。

もっとも、いまだ一学級40人制(小学1年生だけ35人)を堅持している日本からすると羨ましい限りなのだが、日本ではいまだ大学級制に対する信仰が根強く、少人数学級に対する忌避感(社会性が育たないとか行事に支障がでるなど)も強く、何よりも財政上の都合(OECD諸国で最低の公費負担)から、その実現性は限りなくゼロに近い。
【フランスで改正労働法に反対する初の大規模抗議行動、労組発表で40万人】
フランス各地で12日、エマニュエル・マクロン大統領(39)の経済改革の目玉である改正労働法に反対する抗議行動が行われた。マクロン大統領による企業寄りの経済政策に対する初の大規模な抗議行動となった。
 仏内務省は約22万3000人がデモ行進に参加し、13人が逮捕されたと発表。一方、鉄道労働者、学生、公務員らに約4000のストライキと180の抗議行動への参加を呼びかけていたフランス最大の労組連合組織、フランス労働総同盟(CGT)は計約40万人が参加したとしている。
 抗議行動は、パリで無政府主義者と警察が単発的に衝突し催涙ガスが使用されたほかは極めて平穏に行われた。CGTのフィリップ・マルティネス委員長はパリで記者団に対し「これは最初の抗議行動で、成功だったようだ」と語ったが、鉄道網や航空管制、公共サービスへの影響は限定的だった。
 高止まりする失業率の引き下げを目指している今回の改正労働法が施行されれば、企業は雇用条件について従業員とより柔軟に交渉できるようになるほか、従業員を解雇する際に必要となる費用も減少する。
 企業や投資家らはフランスの制約の多い労働法や強い力を持つ労働組合について以前から不満を訴えていた。マクロン大統領は、フランスを地元企業や外国人投資家にとってより魅力的な場所にしたいと考えている。
 ストライキやデモが行われたこの日は、停滞する経済の立て直しに賭ける若き大統領、マクロン氏にとって試練となった。マクロン大統領は先週、批判勢力を「怠け者や皮肉屋、過激派」と呼び反感を買っていた。
 抗議行動の参加者数はマクロン大統領の経済政策に対する抵抗の尺度となるため精査されている。速報によると参加者はフランスで最近行われたほかの抗議行動よりも少なかった。
 調査・コンサルティング企業ポリングボックスの政治アナリスト、ジェローム・サントマリー氏はAFPに「今日の参加者はあまり多くはなかった」と述べ、労働法改正はマクロン氏が選挙公約で訴えていたことであり、この問題ではマクロン氏が優位に立っていると指摘した。映像は、首都パリで行われた改正労働法に反対する抗議行動。
(9月13日、AFP)

この規模のデモやストライキはフランスでは珍しいことでは無いので、今すぐどうかなるわけではないが、今後の不穏を予測させるには十分であろう。

マクロン氏の新自由主義路線は、さらなる移民や外国人労働者を呼び込んで、国内の労働条件を悪化させ、経済格差や地方の疲弊を加速させる可能性が高く、同時にフランスのドイツ従属(欧州銀行への従属)を強める結果にしかならず、「反EU」「排外主義」「保護貿易」支持層を増やすのは間違いない。EUというのは、域内での経済的自由を保障する一方で、地域の経済的自立を保障せず、かといって日本の地方交付金のような域内の格差を是正するシステムも無いだけに、圧倒的に「強い者が勝つ」システムで、敗者を救済する術を持たない。
オランド政権下で実施された富裕税も、同じ社会党政権下でマクロン氏らの主導によって廃止してしまっており、所得再分配機能も大きく低下している。また、マクロン氏はシリアに対する武力介入を支持、ロシアに対する制裁強化を主張するなど、対外タカ派(介入主義)でもあり、この点でも国内対立を促進させる恐れがある。
マクロン氏の「自由」に特化したリベラリズムは、地域コミュニティや国民統合を破壊する方向に働く可能性が高く、今後フランス国内は混沌化が進むものと見られる。
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2017年09月22日

ロシアで寿命増と乳幼児死亡率低下

久しぶりにロシアネタ。
9月11日のロシア保健省の発表によると、ロシア人の平均寿命が72.5歳と新記録を達成。男性67.5歳、女性77.4歳で、心血管疾患、腫瘍、結核、呼吸器・消化器疾患による死亡率減少に加え、暴力による死亡も減少しているという。
乳幼児死亡率も減少傾向にあり、モスクワとボロネジ州で3.6、チュバシ共和国で3.7(1000人中)と西欧先進国の水準に至っている。同省は、全国43の地域で世界最高の水準に達しているとした。
なお、2000年代前半におけるロシアの乳幼児死亡率は12〜17だった。また、平均寿命は1994年に64歳にまで低下していた。

E・トッド先生がソ連の乳幼児死亡率の増加をもって「10年から30年のうちにソ連は崩壊する」と予言されたのは1976年だった。
1976年に、私はソ連で乳児死亡率が再上昇しつつあることを発見しました。その現象はソ連の当局者たちを相当面食らわせたらしく、当時彼らは最新の統計を発表するのをやめました。というのも、乳児死亡率(1歳未満での死亡率)の再上昇は社会システムの一般的劣化の証拠なのです。私はそこから、ソビエト体制の崩壊が間近だという結論を引き出したのです。
エマニュエル・トッド『最後の転落』

ロシアの乳幼児死亡率低下は、欧米の論者による「ロシア崩壊論」の逆を行く数字を示している。寿命の増加や乳幼児死亡率の低下は、公衆衛生と社会保険制度の整備を意味すると同時に、社会の安定そのものの指標でもある。
特に近年では、あのロシアでも若年層を中心にウォッカ離れが進んでおり、「そもそも酒を飲まない」「飲むのはワインだけ」という者も増えているという。つまり、現在の50代以上の層が寿命を迎えると、さらに寿命が延びる可能性が高いと言えよう。
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2017年09月21日

勉強会でポデモス

私も主宰の一人である研究会で、スペインの新政党「PODEMOS」の報告を聞く。
ちなみに私は以前の回でフランス大統領選挙における左派候補の政策を報告した。

ポデモスは2014年に結成された左翼政党。既存の社会労働者党や共産党(統一左翼)の支持層が高齢化し、若年層を中心とした不満層の支持が得られなくなったことを受け、マドリードのコンプルテンセ大学の教員や社会運動家が中心となっている。デモクラシーと人権の促進と防衛を理念としていることからも、既存の社会主義政党とは一線を画している。
登録された市民(党員のようなもの)がネットなどを通じて直接討議し、平等な投票を行う(一人一票)「市民総会」を最高意思決定機関とし、そこで選出された執行部が党運営を担う。この点、日本の自民党や民進党のような保守政党からは考えられない「デモクラシーの希求」が感じられる。
なお、ポデモスの名称は西語の「Poder」(できる)の一人称複数形で、英語で言うと「We can」になる。同時に「Demos」は古代ギリシア語の市民大衆を指す。

2016年の総選挙では統一左翼(共産党を中心とした左翼連合)と選挙連合「Unidos PODEMOS」を組んで45議席、得票率21%を獲得、他党と会派を組んで第三会派となっている。書記長のパブロ・イグレシアスは39歳、政策委員長のイニゴ・エレホンは35歳という若さである。
総選挙で掲げた政策をピックアップしてみよう。
・累進課税強化
・最低賃金を月800ユーロに引き上げ
・パートタイム労働者の待遇改善
・不公正な解雇からの労働者保護
・ベーシック・インカムの導入
・週35時間労働制
・科学博物館の月1無料開放

・公的保健予算を88億ユーロ増額
・教育予算を137億ユーロ増額
・子どもの宿題を無くして家庭時間を充実
・手話を公用語に
・軍隊、警察における女性へのハラスメント防止
・家事労働者の権利保護
・付加価値税の低減

・予算執行過程における市民監査制度の導入
・NATOにおける自律性の確保
・高速鉄道網整備の一時凍結

基本的には先に紹介したフランス大統領選のメランション候補の主張と良く似ている。
つまり、長く政権党を経験したことで、与党体質がこびりつき、中枢人材がエリート化してしまった既存の社会民主主義政党が大衆の支持を失って社会的不満を増大させていることが共通する背景になっている。こうしたエリート主義は例えば、日本では民進党の「財政再建のために消費増税は不可避」というスタンスに象徴される。
また、社会的エリートが労働貴族と談合して作文した政策と異なり、庶民大衆の声を広く吸い上げたものなだけに、個性的な政策も散見される。こうした「個性的」政策は、従来の支持層から阻害された社会層の利益を反映するものであるため、幅広い連携の基礎となり得る。

日本の場合、フランスの社会党やスペインの社労党に相当する日本社会党が解体して保守中道党に移行、一方で「不服従のフランス」や「ポデモス」に相当する既存の左翼政党が包摂できなかった社会層の政治的意思を反映する政党も存在しないという状況にある。
posted by ケン at 12:22| Comment(8) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月09日

フランスも社会統制強化へ

【シャンゼリゼ突入事件、監視対象だった容疑者が銃所持免許を保持】
 フランスの首都パリのシャンゼリゼ通りで銃器やガスボンベを積んだ乗用車が警察車両に突っ込み、乗用車側の運転手が死亡した事件で、イスラム過激思想を持つ運転手が治安当局の監視対象になっていたにもかかわらず銃所持の免許を取得していたことが分かり、批判が上がっている。
アダム・ジャジリ容疑者(31)は、イスラム過激思想の影響を受けているとして2015年から当局の監視対象になっていた。容疑者の車からは、拳銃2丁とカラシニコフ銃1丁が見つかり、自宅からは複数の銃器の隠し場所が発見された。
 捜査に詳しい関係筋によると、ジャジリ容疑者がイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」最高指導者のアブバクル・バグダディ容疑者に忠誠を誓う手紙1通も見つかったという。
 既に身柄を拘束されているジャジリ容疑者の父親はAFPに対し、息子は競技として射撃の練習をしていたと語っていた。捜査に詳しい関係筋によると、容疑者は複数の拳銃とアサルトライフル1丁を含む、登録済みの9個の武器を所有していたという。
 フランス射撃連盟会長によると、警察当局がジャジリ容疑者の所属する射撃クラブを訪れ、同容疑者について尋ねたことがあるといい、容疑者が銃に強い関心を持っていたことについて、疑いの目が向けられていたことを示唆している。
 今回の事件を受けて、ジェラール・コロン内相は20日、銃所持の免許保持者のうち過激思想の影響を受けているとして当局の監視対象になっている人物に対して調査を行うよう命じた。
 1か月前に発足したばかりのエマニュエル・マクロン政権は、厳格化した新たなテロ対策法を発表する構えだ。またエドゥアール・フィリップ首相は、ジャジリ容疑者が銃所持の免許を保持していたことについて遺憾の意を表した。
 フィリップ首相は仏テレビ局BFMと仏ラジオ・モンテカルロ(RMC)に対し「現段階で私が把握しているのは、この人物が当局の監視対象になる前に最初の銃所持の免許が発行されたことだ」と説明しながらも、容疑者が監視対象となってからも危険な武器を所持できていたことに「納得している人などいない。もちろん私もだ」と述べた。
 フランス射撃連盟のフィリップ・クロシャード会長によると、ジャジリ容疑者は6年前に銃所持の免許を取得したという。また捜査に詳しい関係筋は、容疑者が2月に免許の更新を申請していたと明らかにした。
(6月22日、AFP)

本件といい、ブリュッセル駅爆破事件といい、英国での連続テロ事件といい、どれもが組織的なテロルというよりも、スタンド・アローンによる自発的な個人テロの色彩が強い。
このことは、共謀罪の制定に際して日本政府が「テロ団体等、綿密な計画、犯行合意、準備行為」とした構成要件が当てはまらないことを暗示している。現代のジハーディストの自爆テロは、志願者に自爆用ベストを渡して行き先を指示するだけであり、果たして誰を対象にどこまで要件を成立させられるのか、疑問は深まるばかりだ。これは、政府が1970〜80年代に起きた極左テロを想定して法案を策定したものの、現代のテロリズムには十分に対応できない可能性を示している。そう考えると、日本政府はむしろテロリズムではなく、より単純な労働運動や市民運動に対する弾圧を想定していたと見るべきかもしれない。
一般的にテロリズムと言えば、一連の9・11テロや中東における自爆テロ、あるいは日本の地下鉄サリン事件などが思い出され、社会に対して直接的被害を与えることが目的であるかのように考えられており、政府やマスコミもそのように捉えている。だが、本来のテロルの効用は、文字通り社会・大衆に「恐怖」を植え付け、熱狂を促進させ、価値観の変容を強制することにある。

昭和のテロリズムは、個々の政治家や財界人や学者を死傷させたことではなく、明治憲法に明文化されていない多元支配の構造(明治末年から大正期にかけて理論化された)を否定し、天皇による一元支配と擬装された軍部支配を実現した点に真の効果がある。同じ意味で、大正期の国際協調主義を否定し、軍国主義を促進させた点も大きい。テロルの副次的効果として、マスコミが便乗して大衆を扇動、リベラル派の知識人が沈黙し、官僚が自らこぞって国家主義・軍国主義に転向していった。また、(左翼)テロに対する警戒を理由に治安維持法などが制定されて恐怖支配が正当化された。
テロルの効用について、2014.10.2

ジハーディストによるテロルは、欧州市民を「反イスラム」へと駆り立て、域内に住むムスリムへの差別、弾圧を強めるだろう。そして、その反動としてムスリムの中からジハードへの共感者が増加、テロリスト志願者が増える構図になっている。同時に、欧州諸国を対中東全面戦争へと駆り立て、軍事介入への傾斜を深める方向に働く。軍事介入は、ソ連のアフガニスタンやアメリカのヴェトナム、イラクを見れば分かるとおり、一時的な軍事的勝利は獲得できても、最終的には敗北させ、国家財政や社会基盤に大きな打撃を与えることになる。

仮に為政者が歴史に学んでいても、国民の熱狂に抗して冷静を保つよう訴えるのは難しい。国家権力は、暴力の独占によって成り立っているが、その暴力は国民の生命と財産を守ることを前提としている。言い換えれば、国家は暴力装置を独占する権利を有する代わりに、国民を保護する義務を負っている。故に、テロルによって国民が害されると、国家は義務を怠ったことになり、権力の正統性が揺らぐことになる。結果、国家は暴力を行使してテロルを弾圧するほかなくなるわけだが、弾圧対象をテロリストだけに絞るのは難しく、社会全体に対して統制が強化されることになる。監視カメラ設置を支持する国民が圧倒的に多いことに象徴されるように、国民も統制強化と暴力行使を望む傾向が強まる。

こうした状況は客観的に見ると「誰得」なのだが、この愚かなまでの非合理こそが人間の人間たる証でもあるのでどうしようもない。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月22日

フランス国民議会選挙2017

【仏総選挙第2回投票 マクロン陣営、議席6割 二大政党は惨敗】
 フランス国民議会(下院、定数577)選挙の第2回投票は18日、開票が行われ、内務省の暫定最終結果では、マクロン大統領の新党「共和国前進」陣営が約6割に相当する350議席を獲得した。マクロン氏は安定的な政権運営に必要な議会基盤を固めた。
 フィリップ首相は18日、「議会を新たにしようと望む国民のおかげだ。明白な多数派だ」と勝利宣言。前進は連携する中道政党を除く単独でも過半数(289)を確保。欧州連合(EU)強化や国内改革などの公約実行に大きな弾みとなる。
 内務省によると、前進以外では保守系の共和党陣営137議席▽左派の社会党陣営44議席▽共産党を含む急進左派27議席▽極右の国民戦線(FN)8議席。FNのマリーヌ・ルペン党首は下院初当選を果たした。
 共和党は2012年の前回選挙時から議席をほぼ半減。社会党は8割以上を失う惨敗となり、両党が中心となってきた仏政治の勢力図は激変することになる。
 一方、前進陣営は第1回投票での善戦後、一部で予想された7割以上の議席獲得には至らなかった。他陣営が第2回投票に向けた選挙運動で議会のチェック機能維持のため、前進の「1強」回避を有権者に訴えたことが影響した可能性がある。
 投票率は約43%。11日の第1回投票の約49%よりも落ち込み、第2回投票としては過去最低に近い水準に低迷した。
(6月20日、産経新聞)

フランス国民議会選挙第二回投票が行われ、議席が確定した。一般的な報道だけでは見落とす部分が多いので、補足しておこう。
先にフランス下院選挙の投票制度をおさらいしておこう。学術的には「小選挙区単記2回投票制直接普通選挙」と呼ばれるもので、基本的には単純小選挙区制だが、一回目の投票で過半数かつ登録有権者の25%以上の得票が無かった選挙区では、上位二候補による決選投票が行われるというもの。実際、今回の選挙で第一回投票で確定したのは4選挙区に過ぎなかった。

その意味で、30〜40%程度の相対多数得票で当選してしまう日本の投票制度よりは民意の反映度が高いと言えるが、今回の選挙を見た場合、第一回投票で32%しか得票しなかった共和国前進が6割の議席を得ている。だが、その一方で不服従のフランス17、共産党10、国民戦線8、左派系諸派8、右派系諸派6など、決選投票付きの小選挙区でこれだけの多様性が保たれるのも非常に興味深い。詳細な獲得議席は下記。

また、国民議会の総定数は577。フランス本土から539人、海外県・海外領土から27人、在外フランス人から11人が選出される。「在外枠」という考え方も非常に面白い。棄民傾向が強い日本とは、「国民」に対する考え方が本質的に異なる。共和国ならではかもしれない。
では、党派別獲得票、得票率(第一回)と最終獲得議席数を見てみよう。

極左諸派:175,214票、0.77%、0議席
共産党:615,487票、2.72%、10議席
不服従のフランス:2 497,622票、11.03%、17議席
社会党:1,685,677票、7.44%、30議席
急進左翼:106,311票、0.47%、3議席
左翼諸派:362,281票、1,60%、12議席
エコロジスト:973,527票、4.30%、1議席
諸派:500,309票、2.21%、3議席
諸地域政党:204 ,049票、0.90%、5議席
共和国前進:6,391,269票、28.21%、308議席
民主運動:932,227票、4.12%、42議席
民主独立同盟:687,225票、3.03%、18議席
共和党:3,573,427票、15.77%、112議席
右翼諸派:625,345票、2.76%、6議席
立ち上がれフランス:265,420票、1.17%、1議席
国民戦線:2,990,454票、13.20票、8議席
極右諸派:68,320票、0.30%、1議席


まず、有権者総数4729万人のうち第一回投票者は2317万人で投票率48.7%、うち白票36万票、無効票16万票。第二回投票者は2016万人で投票率42.6%、うち白票140万票、無効票60万票。
見ての通り、フランスとは思えない投票率の低さと白票・無効票の多さがあり、これ自体が「国民全員参加」を大原則とするデモクラシーの危機を表している。同時に第一回投票における有権者総数に対する「共和国前進」の投票率はわずか13.4%に過ぎず、それが全議席の53%を占める結果となっている。言い換えれば、フランス人の8人に1人程度しか投票していない「マクロン大統領派」が議会の過半数を得てしまっている状況にある。「前進」と協力関係にある「民主運動」を加えれば6割の議席になる。
逆にルペン氏率いる国民戦線は299万票で得票率13.2%もありながら、獲得したのは8議席(議席占有率1.3%)に過ぎなかった。これは決選投票で敗北したためだが、ファッショを避けるための制度が議会に対する民意の反映を抑制し、棄権や無関心層を増やす結果に繋がっていると推測される。
メランション氏率いる「不服従のフランス」も同様で、250万票、11%も得票しながら17議席(同3%)に終わっている。もっとも、「不服従のフランス」は大統領選で共産党、エコロジスト、左派系諸派と合同してメランション候補を立てたが、今回は総選挙ということで個別に戦ったことが災いしている。「不服従のフランス」と共産党の選挙連合は、直前まで検討されたが実現しなかったことが大きい。とはいえ、下院選挙で政党連合を組んでしまうと、政党のアイデンティティが問われる事態になるため、そこは単純には評価できない。そうは言っても、「不服従のフランス」と共産党とエコロジストの三者の票を足しただけで共和党を優に超えるのだから、フランスの政治的多様性は面白い。

放置すると超多党制になってしまうラテン的な政治文化を抑制するために小選挙区制度が導入されているのだが、現実に民意が全く議会に反映されず、投票意欲が激しく低下する事態を招いている。「選択肢が無い」日本からすれば非常に羨ましくもあるのだが、フランスはフランスでデモクラシーの危機を迎えている。
少なくとも「マクロン派が勝利した万歳」とは行かないことだけは間違いない。
posted by ケン at 12:22| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする