2017年05月05日

メランション候補が訴えたもの

4月23日に行われたフランス大統領選挙は、四候補が得票率19〜24%の中にひしめくという大混戦に終わり、マクロン候補とルペン候補の2者が決選投票に進出した。だが、決選に進んだ二候補が獲得したのは全票のうち45%に過ぎず、しかも両者とも議会に支持基盤を持たないという点で、何重にも危うい状態が続いている。
中でも興味深いのは、当初「泡沫」扱いだった「極左」とされるメランション候補が得票率19%、700万票を獲得した点にある。一位のマクロン候補の得票は865万票に過ぎないことを考えても、フランス人らしい「分かりにくさ」が垣間見える。

社会党のアモン候補は229万票、6.3%の得票に終わっている。これは、フランス社会党のエリート化と、政権慣れして行政官僚との一体化が進み、保守党派との違いが殆ど見いだせなくなったことに起因していると考えられる。
もっとも、その意味では社会党員ながら無所属で出馬したマクロン氏が、より親EUと新自由主義色を前面に打ち出しており、エリート層を中心にかつてのサルコジ支持層を取り込んで勝利を収めている。

フランス社会党の凋落は、新自由主義的要素を取り込んだ「第三の道」路線の限界を示すものと考えられるが、マクロン氏の勝利は、同時に新自由主義がいまだ色あせていないことを意味している。
これを日本に当てはめて考えた場合、民進党の「嘘くさい左派色」と「必死に隠す新自由主義色」はいかにも中途半端な主張で、エリート層からも労働者層からも嫌悪される原因になっているとの仮説が立てられる。そして、むしろ「新TPP」「徹底した規制緩和」「市場開放」などの新自由主義を打ち出すか、そうで無いなら徹底した左翼色を打ち出すのが、合理的な選択となるだろう。

日本の不幸は、小沢自由党や「みんなの党」のような新自由主義政党が必ず政権に擦り寄って自滅していること、そしてNK党や社民党が中途半端に「良い子」になってしまって、社会主義やマルクス色を隠してしまっている点にある。
そこで、一部から「極左ブログ」認定いただいているケン先生としては、メランション候補の政策・主張を参考にして、旧式左翼に替わる新型左翼のモデルを考えてみようと思う。まず、メ候補の主な主張から。

「所得再分配機能の強化=大きな政府」
「フランスの国家主権強化、必要ならEU離脱を厭わず」
「週4日労働=週32時間労働制」
「移民賛成」
「脱原発」
「超規模財政出動、公的部門強化と公共投資拡大」
「年金支給開始年齢の引き下げ」
「NATO離脱、対外戦争反対」
「大統領権限の縮小=第六共和政」


つまり、マルキシズムに親和的な一国社会主義だが、コスモポリタニズムと国際主義は護持するという路線と言える。日本では、旧式左翼が週40時間労働制すらまともに主張できず、連合は訳知り顔で「労働時間インターバル制度」などを唱えている始末で、全て「死なない程度に働けるようにしよう」くらいの主張しかしていない。旧式左翼や既存のナショナルセンターが支持されないのは、政府や資本に遜りすぎて、労働者の権利を十分に主張できていないことに起因していると見るべきだ。
その他、細かいところも抜き出してみてみよう。

「金融取引への課税強化」
「大手銀行の経営責任追及」
「経営陣や株主の法外な報酬の規制」
「時短の実現による350万人の新規雇用」
「GDPの1%を文化と創造(芸術)に」
「音楽、映画、文化コンテンツを合法的に提供するプラットフォームを有するオンライン公共図書館の設立」
「給食、通学費、教材、文具などの無償化」
「男女平等を尊重しない企業に対する罰金と刑事罰、公共調達のアクセス禁止」
「代表機関(政治、行政)における女男間パリティ制度」


確かにやり過ぎ感満載で左翼ポピュリズム的主張が羅列されているわけだが、変に「現実=資本」に妥協して労働者の権利を主張しなくなったことが、日本を含む欧米の旧式左翼が沈む原因になっていることは確かだろう。程度の問題はあれど、我々はメランション候補に象徴される欧米の非従来型左翼に学ばなければならない。

なお、メ候補は決選投票に際してマクロン氏もルペン氏もどちらも推薦しないことを明言している。これもまた従来型左翼には見られなかった現象であり、興味深い。
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2017年04月26日

2017フランス大統領選1次投票

【仏大統領選、決選投票はマクロン氏圧勝の見通し 最新調査】
 23日に公表されたフランス大統領に関する最新の世論調査によると、決選投票では中道系独立候補のエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)前経済相(39)が極右政党「国民戦線(FN)」のマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)党首(48)に圧勝する見通しだ。調査会社のイプソス・ソプラ・ステリア(Ipsos Sopra Steria)とハリス・インタラクティブ(Harris Interactive)がそれぞれ実施した世論調査によると、決選投票が23日に行われたとすれば、親欧州連合(EU)のマクロン氏の得票率は62〜64%と、ルペン氏の36〜38%を大幅に上回るという結果が出た。決選投票は5月7日に実施される。
(4月24日、AFP)

左右二大政党の候補がともに一次予選すら通過できない事態に。既存政党に対する有権者の不信が良く表れている。世論調査では「マクロン氏圧勝」となっているが、マスコミの「反ルペン」補正を考えると、そのまま信じるのは危険だろう。例えば、単純に「EUに対するスタンス」で考えれば、ルペン氏とメランション氏が「反EU」、その他が「親EU」ということで、後者がやや勝っている程度になる。

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年齢別の出口調査の結果もあるので見てみよう。これを見る限り、高齢層のフィヨン、中高年のルペン、若年層のメランション、満遍なく得票しているマクロンという感じに分類できる。この点、ネトウヨの中心層が40〜50歳代にある日本と似ているところがあるし、若年層の左翼好きという点ではアメリカに共通する。米国大統領選において、サンダース支持層がクリントン氏では無くトランプ氏に流れたことを考えれば、今後のルペン氏の主張次第では、マクロン氏に肉薄する可能性は十分にある。
地域で大別すると、都市部のマクロン、地方のルペンと振り分けられ、「EUの恩恵を受けず、発展から取り残された地方」とその逆の都市部との断絶ぶりが見て取れる。

決選投票に進む二候補の政策で考えてみよう。マクロン氏は社会党出身ながら今回は単独で立候補しているが、その掲げる政策は専ら新自由主義で、EUの中で民営化と規制緩和を進めることで経済成長を実現するとしている。優遇されている公務員を始め、既得権益層が大きいフランスで、民営化と規制緩和を行えば、激しい抵抗が起こると見られ、国内の不穏がますます高まるだろう。仮に若干の経済成長が実現できたとしても、ドイツとの競争に勝てない限り、国民の不満は高まる一方かもしれない。
そして、親EUと新自由主義路線は経済格差をさらに拡大するため、国内における排外主義を助長し、脱EU論者をさらに増やすものと見られる。今回はマクロン氏が勝つとしても、その施策は近い将来、国民戦線を大きく飛躍させることになるだろう。基本的には、サルコジとオランド路線の焼き直しに過ぎず、反ロシア・反アサド・対外積極策という点でも、従来の政策に懐疑的な層を説得できる可能性は低い。

ルペン氏の場合、脱EUによって自由貿易から保護貿易に転じ、国内の産業育成に努めると同時に雇用を確保する方向になるだろう。だが、これと言って優位な産業があるわけでもなく、独占的な市場を持つわけでもなく、国内には雑多な規制と劣位産業を抱えている中で、経済成長に必要な改革を実行できるのか不安は大きい。この場合、自前で超規模財政出動を行い、需要を創設する必要があるが、それができるかどうか。それができたとしても、EUの代わりとなる供給先が必要となるが、どこに求めるのか(仏露同盟の可能性)、課題は多い。また、自国人優先のため移民排斥が始まった場合、国内不穏が高まるだろう。ただ、欧州における「ドイツの一人勝ち」の中で、外交方針を転換し、仏露同盟によってドイツを抑え込むというのは、ロシア市場を開拓するという点でも歴史的裏付けを持つ合理的判断と言える。不要な対外政策から手を引くという点でも、国内の支持が得られるだろう。

EUが半ば「ドイツ帝国」となっている中で、「比較二位」のフランスは難しい立場に立たされており、「引くも地獄、進むも地獄」という面があり、デモクラシーそのものの危機にも繋がっている。
また、マクロン氏にしてもルペン氏にしても、議会に全く支持基盤を持っておらず、どうしても「弱い大統領」にならざるを得ず、自分が望む改革を実行できるだけの政治的基盤が無い。結果、政治不信と社会不安が助長される恐れがある。この点でもフランスは厳しい時代を迎えるだろう。
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2017年04月19日

「トランプの戦争」に不安

【NYダウ平均 130ドル余下落 米軍の大規模爆弾初使用で】
 13日のニューヨーク株式市場は、アメリカ軍がアフガニスタンで大規模な爆弾を初めて使用したことなどから、地政学的なリスクが意識されて売り注文が広がる展開になり、ダウ平均株価は、130ドル余り下落しました。13日のニューヨーク株式市場は、取引開始直後は、小幅な値動きが続きました。しかし、アメリカ軍がアフガニスタンで大規模な爆弾を初めて使用したことなどから、地政学的なリスクが意識されて売り注文が広がる展開になりました。このため、ダウ平均株価は前日より138ドル61セント安い2万453ドル25セントで取り引きを終えました。市場関係者は「アメリカ軍による大規模な爆弾の使用によって、今後の北朝鮮の情勢に対する警戒感が高まり、リスクを避けようという動きが広がった」と話しています。
(4月14日、NHK)

トランプ氏的には、ビジネス感覚で「アフガンで兵器見本市を」くらいのつもりだったのかもしれないし、あるいは国防省トップの政治任用が進まない中、軍部の暴走が始まっているんかもしれないが、平素「アメリカの戦争」は株価が上がる傾向があり、それ故に従来の大統領も武力行使への誘惑に耐えるのが大変だった。ところが、シリア攻撃では防衛産業を除く株価は変動せず、アフガニスタンでは新型爆弾を披露したものの、株価を下げてしまっている。

アフガニスタンにおける新型爆弾の使用は、北朝鮮攻撃を視野に置いてのものと見られるが、同時に2001年のアフガニスタン侵攻から15年以上を経てもなお「核兵器一歩手前」の爆弾を使わなければならない戦況にあることも露呈させている。
北朝鮮については、一撃で核とミサイルを無力化するか、あるいは首領の身柄を確保ないし殺害できれば良いかもしれないが、不確定要素が非常に多い。しかも、どちらの場合も、現体制は高確率で瓦解すると思われるが、「その後」の計画があるようにも見えない。北朝鮮は、自分の好きなタイミングで花火を上げられるだけに、今やる必要はなく、ほとぼりが冷めた頃にやれば良いだけに、長期戦に持ち込まれて困るのはアメリカの方だろう。

こうした不透明な大戦略、出口戦略が見えない、行き当たりばったり感が、市場にも反映されているのだろう。
トランプ氏にしても、親米派の皆さんにしても、「アサド、金体制が瓦解して、民主政府が成立して万事解決」みたいなバラ色の未来が見えているのだろうか。だとすれば、是非ともどんな道順なのか示して欲しい。
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2017年04月13日

行き当たりばったりのトランプ政権

【シリア攻撃、米国民の57%が支持…CBS調査】
 米CBSテレビが10日発表した世論調査で、トランプ政権が6日に行ったシリアへの攻撃について、米国民の57%が支持していることがわかった。反対は36%だった。党派別では、共和党支持者の84%が支持。無党派層でも過半数の52%の支持を得た。ただ、民主党支持者の支持は40%にとどまった。また、シリアにおけるさらなる軍事行動について議会の事前承認が必要かどうか尋ねたところ、69%が必要と答えた。共和党支持者でも過半数の53%に上った。トランプ氏の支持率は43%(不支持率49%)で、3月29日発表時の40%(同52%)からやや改善した。34%だった無党派層の支持が42%に上昇したことが主な要因だとしている。今回の攻撃によって支持率上昇の大きな効果は期待できないとの見方が出ている。
(4月11日、読売新聞)

どうにも行き当たりばったり観の強いトランプ政権。今回のミサイル攻撃も、どう見ても脊髄反射であり、それ以上には見えない。いかにも「国内政治が上手くいかないから、ちょっとした火遊びで威信を上げて人気も取ろう」的な思考が見え見えだ。まぁゲーム的と言えばゲーム的だが、およそ戦略的では無い。
もともとトランプ氏は、無人機や誘導ミサイルによる攻撃を推進したオバマ政権と、直接介入を指向したクリントン候補を否定して大統領に当選しており、本来は「ISを打倒した後、中東の覇権から手を引く」という方針だったはずだ。そのISに対して最大の脅威となっているのがアサド政権であり、ロシアとイランはアサド政権を支援してイスラム国を打倒するというスタンスを貫いている。米国防省にとっても、最大の脅威はイスラム国とロシアであり、アサド政権の脅威度などは中国や北朝鮮を下回ってかなり下の方にあった。ISに対して最大の戦力を有するアサド政権を叩いてしまっては、本来「元も子もない」はずだった。また、米ロ関係の悪化により、「ロシアの影響力を使って中東を安定化する」という戦略にも障害が生じている。

「アサド政権による化学兵器の使用」についても、報道写真と衛星写真を見ただけでアサド政権のせいにしてしまっているが、内戦の勝利がほぼ確定している段階にあるアサド側がリスク込みで禁止兵器を使う合理的理由はどこにもない。そもそもシリア政府が持つ化学兵器は、少なくとも公式的には国際監視団の下で廃棄されているはずであり、仮にいまだに保有していることが判明した場合、それこそ国連安保理で非難と武力行使を決議することも可能だったはずで、米国がきちんと証明できるなら、いくらロシアや中国といえども拒否権を行使するのは難しい状況にあった。つまり、アメリカは証明する術を持っていないが故に「やった者勝ち」と判断した可能性が高い。
また、「独裁政権だから何でもやるのは当然」という意見には首肯しかねる。何せ世界で唯一核兵器を実戦使用した上、戦線後方の都市に投下したのは民主国家であるアメリカであり、その米国はベトナム戦争で化学兵器を使用、現在も劣化ウラン弾を使い続けている。逆に中国は朝鮮戦争、ソ連はアフガニスタンでともに化学兵器等の使用を避けている。

そして、アフガニスタンやイラク侵攻に続いて、今回も国連決議を経ずに武力行使してしまったことで、国際秩序そのものがさらに揺らいでいる。今回は単純に「アメリカだから」黙認されただけの話で、仮に「禁止兵器を持っているかもしれない」程度の疑惑で隣国に先制攻撃を仕掛ける国が出てきたとしても、少なくとも公正な反論はできなくなっている。
組織や社会の規模にかかわらず、秩序とは「何となく皆が守っているから、自分からは破りづらい」空気感によって維持されるところが大きい。1930年代には、日本による満州国建設、イタリアによるエチオピア侵攻、ドイツによるヴェルサイユ条約破棄などが積み重なった結果、ヴェルサイユ体制は瓦解したのだ。ユーゴスラヴィア内戦も同じだろう。
米国は自らが「国連が認めない武力行使は認められない」というルールをつくっておきながら、次々と安保理決議を経ない武力行使を行って、自ら秩序の破壊者になってしまっている。「中露が反対すると国連決議は成立しないから、独自攻撃は致し方ない」という意見は、全く歴史を顧みないものだ。

シリア攻撃に戻れば、化学兵器の使用者の話を脇に置くとしても、今回のミサイル攻撃によってアサド政権が「ごめんなさい。僕が悪かったです。もう禁止兵器は使いません」と言うだろうか、いや言わないだろう。少なくともロシアやイランの後ろ盾がある限り、今回の攻撃を奇貨としてアラブの反米勢力からの支持を広め、国内秩序の強化に利用するのが、プレイヤーとして合理的な選択となる。
一方、アメリカ側は、アサド側が「ごめんなさい」すれば良いが、居直る、あるいは無視した場合、さらに大規模の攻撃を行うか、本格的な軍事介入をするかの選択肢しか無くなってしまい、どちらも米露関係を決定的に悪化させることになる。特に後者は、先にロシア軍を退去させない限り、全面戦争に至る恐れがあり、そもそも選択肢として成り立たない。つまり、ミサイルを撃ってはみたものの、「次の手」が無い。GMT「ラビリンス」でも、USプレイヤーが「とりあえず軍事侵攻(体制転換)」したものの、「次に打つ手が無い」という状況に陥ることが散見されるが、まさにこれだろう。

アメリカの攻撃によって、シリア内戦が再び激化し、イスラム国が勢力を取り戻した場合、どう見ても「誰得」な状況に陥るが、少なくとも米国の軍産複合体だけは得をするので、つい陰謀論を考えてしまう。
いずれにせよ、トランプ氏は自らの選択でゲームの難易度を上げつつあることは間違いない。
posted by ケン at 12:24| Comment(6) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

スウェーデンで徴兵制復活

【スウェーデン徴兵制復活 ロシアの脅威に対応、女性も対象】
 スウェーデン政府は2日、2010年に廃止していた徴兵制を復活させると発表した。18歳の男女を対象に来年から兵役に就かせる。ロシアがバルト海周辺で活動を活発化させるなど、世界的な安全保障環境の変化に対応する。
ペーテル・フルトクビスト国防相はAFPに対し「ロシアが(ウクライナの)クリミアを併合した現状がある」と指摘。さらに「ロシアはわが国のごく近傍での演習を増やしている」と警戒感を示した。
 スウェーデンは現代的な軍に必要な条件を満たせないとみて2010年に徴兵制を廃止。志願制に切り替えていた。今年7月1日から、1999年以降に生まれた男女全員が徴兵対象となる。スウェーデンで徴兵制が女性にも適用されるのは初めて。兵役に就くのは来年1月1日からで期間は11か月。7月1日以降、1999年以降生まれの国民は全員連絡を受け、質問票への回答を求められる。回答内容に基づいて1万3000人が招集され、毎年4000人ずつ徴集される。
(3月3日、AFP)

何でもロシアのせいにするのはいかがなものかと思うが、EUの統合力やNATOの統制力の低下が、相対的に個別自衛力の強化に向かわせているのは確か。

本来NATOは「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことを目的として設立された。ところが現状では、アメリカは覇権放棄で撤退近く、フランスは没落してドイツに従属、イギリスは「一抜けた」になりつつあり、第二次世界大戦後に目指された欧州統合の前提条件が瓦解しつつある。
その結果、現状はドイツの一人勝ちになっており、「嫌だけどロシアを引きずり込んでドイツとのバランスをとる」ことで、欧州の安定を保とうという力学が働いている。ハンガリー、ブルガリア、あるいはフィンランドが親露路線に舵を切りつつあるのは、その現れと見て良い。

他方、欧州各国が自衛力強化に走るのは、「ロシアが強いから」ではなく、「欧州の統合力、集団防衛力が弱くなったから」であるにもかかわらず、旧態依然たる「ロシアの脅威が〜」と言い立てるから、おかしいことになっている。この辺は、世界のマスゴミが英米仏に牛耳られ、その国家方針が反映された情報のみが流通していることに起因する。英米仏の意向に反するニュースが「フェイク・ニュース」などと呼ばれているに過ぎず、ニュースの信憑性などはしょせん程度問題に過ぎない。

現代の軍事力が工業力と資本に依存する以上、ロシアが軍事的に優位に立つことはない。例えばロシアのGDPは英仏を大きく下回り、イタリアと同レベル、日本の半分でしかなく(国土面積は日本の45倍)、そのロシアの軍事力を「NATO(欧米共通の)最大の脅威」と言い立てている時点で、「おかしいんじゃね?」と思う感覚こそが、「フェイク・ニュース」を見破る正常な判断を担保するのである。
但し、現状ロシアの合計特殊出生率は1.6を下回る程度だが、回復傾向にあり、これが続くとなると、今後は景気回復と相まって脅威度が上がってゆく可能性は否定できない。

また、この問題はヨーロッパに限った話では無い。むしろ極東地域で対米関係以外は孤立した国際環境にありながら、ロシアとも和解できないまま、反中路線を突っ走る日本こそ、相対的に国防力を低下させており、現状の外交路線を維持する限り、軍拡は避けられない。日本の場合、若年人口の減少が著しく、出生率回復の見込みも立たなでいる。果たして経済徴兵だけで間に合うのか、現状でも定員割れが深刻になっているだけに、徴兵制の現実性は高まりつつあると見て良い。
posted by ケン at 12:39| Comment(3) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月07日

反露政策は収束に向かうか

【フィンランドでロシア脅威論が後退】
 フィンランドでロシアを脅威と見なす国民が半分以下に減っている。世論調査会社タロウストゥトキムスが国営放送Yleの委託で実施したアンケートで、このような現状が明らかになった。それによると、ロシアを脅威と考える人は47%にとどまり、過去最高だった2014年の56%から9ポイント低下。ロシア脅威論を吹聴する地元メディアに、必ずしも同調していないことが浮き彫りとなった。背景には、ウクライナ政権と同国東部を実効支配する親露派勢力の軍事紛争が、フィンランドでさほど報道されなくなったことがあるようだ。またフィンランドでは北大西洋条約機構(NATO)への参加に懐疑的な意見も広がっている。タロウストゥトキムスの最新の世論調査によると、「加盟すべきか分からない」との回答が2014年の16%から28%に増加。加盟賛成は21%にとどまり、反対は51%に上った。
(2月20日、NNA)

欧州情勢は常にある種のバランスの上に成り立っている。「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」という、ヘイスティングス・イスメイNATO初代事務総長の言葉こそが、第二次世界大戦後のヨーロッパ統合の目的と戦略を表している。EUは政治経済、NATOは軍事を代表するもので、若干の相違はあるものの、基本的な構図は同じだ。
ところが、アメリカは勢力衰退に伴って欧州から撤退しつつあり、経済的にはドイツが「一人勝ち」の状態にある。本来は、アメリカの後ろ盾を得たイギリスとフランスが協同してドイツを抑え、統合欧州の核を担っていた。ところが、米の関与が弱まり、フランスは衰退著しく、「ドイツを抑える」ことが難しくなったのを見て、イギリスが「一抜けた!」と宣言したのが「Brexit」だった。
今日では、ドイツのメルケル首相が一人で「ヨーロッパ・リベラル」を守っているような格好になっているが、メルケル氏が一人で頑張れば頑張るほど、「ドイツを抑え込む」という欧州統合の原理が損なわれてゆく。
そして、ドイツの一人勝ちが目立てば目立つほど、「ロシアを締め出す」政策が価値を失い、愚劣に見えてくる。英仏が役に立たない以上、次に来るのは、「ロシアを引き込んで、ドイツを抑え込む」になるだろう。もちろん、現行のEUやNATOにロシアを入れるというのではない。アメリカの不在で、それらは陳腐化しているからだ。
欧州が再分裂を選ぶのか、異なる形での統合を求めるのか、そこはまだ分からない。だが、「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」という形での「戦後和解体制」は間もなく終焉を迎えるものと思われる。
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2017年02月21日

コバちゃんを独裁者と呼ばないで

先の記事で「今どきスターリンを『独裁者』などと書いてしまっているのは、ソ連学徒として噴飯もの」と書いたところ、「なぜスターリンを独裁者と言ってはいけないのか」旨の問い合わせがあったので、ここに記しておく。

まず大前提として、特定の個人を「独裁者」などと呼ぶのはただのレッテル貼りに過ぎず、論者の主観の問題であって、客観的な議論を否定する話にしかならない。例えば、安倍晋三氏を「独裁者」と呼ぶことは、論者の主観的には「正しい」かもしれないが、そこには客観的な議論は存在せず、むしろ議論を否定して「安倍は独裁者である」という認識を強要する意図が感じられる。同時に、そこには「独裁者か否か」の中立的な検討が存在せず、論者が前提条件無しに決めつけてしまっている。
こう言うと「安倍については独裁者かどうか議論があるかもしれないが、スターリンは独裁者で良いだろう」との反論がありそうだ。そこで、少し迂遠ながら自国の例で考えたい。

日本史において「独裁者」と呼ぶに値する指導者に晩年の豊臣秀吉がいる。晩年の秀吉は、周囲の慎重意見や反対意見を排して朝鮮出兵を強行、諫言する者を粛清している。豊臣秀次事件の陰惨さは、まさに一般にイメージされる独裁者そのものだろう。だが、秀吉は最初から独裁的だったわけではなく、むしろ独裁から最も遠いところにいた。若年から壮年に至る秀吉は、とにかく聞き上手で、人の間に入って交渉、裁定するのを得意とした。秀吉が天下人になれたのは、様々な要因があるものの、個性として自己肥大の塊のような戦国諸将をなだめすかし、褒め殺しながら、利害調整する手腕に長けていたことが大きい。つまり、「多数の意見を反映させつつ過半の合意を得る」という民主的傾向が強かったのであって、秀吉個人が超人的な能力をもって暴力的に他者を支配下に置いたわけではない。秀吉が、パラノイア、独裁的傾向を示すのは、小田原征討以降のことだった。
「豊臣秀吉は独裁者だった」と言ってしまうと、晩年については妥当性が認められるとしても、壮年に至る大半のキャリアを否定することになってしまい、妥当性や中立性の点で大いに疑問が生じる。「独裁者」はやはりレッテル貼りでしかない。

なお、戦国期の戦国大名は、今日流布されているイメージと異なり、「地域豪族の取りまとめ役」でしかなく、殆どの場合、自分の意志を通すことすら難しかった。武田信玄が「名君」とされたのは、文字通り朝から晩まで国衆の話に耳を傾け、合意を得ることに長けていたためであり、故に松平元康も領主の範とした。上杉謙信などは、豪族たちのアクの強さに嫌気をさして、何度も出奔したり、引き籠もりしたりしている。

スターリンを論じる前に、ソ連邦における国家意思の形成過程の一例を挙げておきたい。一般的には、全体主義国家の意思決定は独裁的に決せられると考えられている。だが、本ブログでいくつか検証してきた通り、その意思決定は共産党書記長が独裁的に決するものではなかった。詳細は記事を読んで欲しい。

・ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程 
・「プラハの春」−ソ連の対応と誤算 
・ソ連は何故ポーランドに軍事介入しなかったのか 

ブレジネフの例を挙げると、「プラハの春」の前にプラハ入りした際、滞在した48時間のうち40時間を、チェコスロヴァキア共産党の幹部、関係者数十人との面会・ヒアリングに充てているが、とうてい「独裁者」のイメージでは無い。
アフガニスタン介入やポーランド危機と同時期のフォークランド紛争を見た場合、当時のサッチャー英首相は、大多数を占めていた慎重、反対意見を頭から否定して、自らの信念だけで相当強引に開戦に持ち込んでいる。意思決定過程を見る限り、ブレジネフよりもサッチャーの方がはるかに独裁的なのだが、サッチャーを独裁者とする記述は、少なくとも今日ではお目に掛からない。

「肝心のスターリンは?」と言うと、実はこれも同じで、スターリンが独裁的地位を確立するのは対独戦に勝利する前後のことであり、それは「大祖国戦争を勝利に導いた」神話に基づいている。スターリンは1953年に死ぬが、独裁権を振るったのはやはり10年に満たない期間でしか無かった。大粛清の終了をもって「独裁権確立」と判断しても15年に満たない。

そもそもスターリンが、レーニン死後のボリシェビキの後継者レースに勝利したのは、「独裁的じゃ無いから」だった。レーニンの死の前後、オールド・ボリシェビキたちはレーニンの指導力に敬意を表しつつも、その独断的傾向や人の話に耳を貸さないスタンスに嫌気をさしていた。レーニンは、遺書でスターリンを「粗暴」「独裁的」と非難するわけだが、そのスターリンを書記長に就けたのはレーニン自身だった。その理由の1つは、トロツキーではボリシェビキをまとめられず、スターリンなら可能(実務能力が高く面倒見が良い)という判断だったと推察される。能力という点では、トロツキーはダントツだったが、いかんせん自分の能力をひけらかし、他者を見下す傾向があり、特に党内の幹部級から嫌われていた。これに対し、スターリンはとにかく人の話に耳を傾け、容易に自説を主張せず、「仲間」と見込んだ者は必ず守る「男気」があると評価されていた。レーニンはどこかの時点でスターリンの本質を悟ったのだろうが、党内の評価は全く別だった。
スターリンの意思決定は、常に慎重で周囲の意見を丹念に聞き出し、その上で多数派を見出して同意するというものだった。それ故にレーニンやトロツキーらからは蔑視されていたわけだが、人事の妙と相まって、常に多数派を形成していた。

スターリンはレーニンの遺書を封印して党内権力を握るが、その座は不安定で内外に多くの敵を抱えていた。そこで、政敵の排除を始めるが、粛清を進めれば進めるほど、疑心暗鬼が強まっていってしまう。さらに無理な農業集団化や重工業化が祟って、国内の不満が高まり、国際情勢的にも不穏となる中で、「政治統制を急ぐ必要がある」として大粛清が始まる。
直接的な原因は、大衆的人気の高かったセルゲイ・キーロフが暗殺されたことにあり、定説は、スターリンが自らの地位を脅かすキーロフを暗殺し、これを切っ掛けに大粛清を始めたとしている。だが、現実にはスターリンがキーロフ暗殺を指示したという証拠も傍証もなく、むしろキーロフ暗殺の知らせを聞いたスターリンが、周囲も驚くほど狼狽し、放心していたことが確認されている。一般的には、大粛清は「スターリンの妄想に始まった」と理解されているが、スターリン個人が周囲の反対を押し切って粛清を強行したことを示す資料はなく、むしろ周囲の人間が「内なる脅威」を煽り立てた節があるくらいだ。

大粛清の過程で「内なる敵」を徹底的に排除したことで、スターリンの独裁的権力が確立したと考えるのは、おおむね妥当かもしれない。だが、例えば、1941年6月22日、スターリンの予想に反してナチス・ドイツがソ連への侵攻を開始した際、スターリンは呆然自失となり、後事をモロトフに託して別荘に引きこもってしまう。この時スターリンは、完全に自分が粛清されるものとして身辺整理していたのだが、案に反してやって来たのは、「どうか戦争指導を引き受けてください」という党幹部の嘆願だった。
ジューコフは、大戦当時のスターリンについて、「すべての重要な決定にはスターリンの決裁が必要だった」と述べると同時に「われわれのような専門家の意見を率直に聞く耳を持っていた」と評価している。
また、モロトフは一般労働者並みの年金で生活していた晩年にインタビューを受けているが、「レーニンとスターリンと、どちらの方が恐ろしかったか」との問いに対し、「スターリン?ふん、あんなのはレーニンに比べれば羊も同然だ」と応じている。同時代にあったものの印象としては、レーニンの方がはるかに「恐ろしい独裁者」だったのだ。

今日にあっても、西側では「独裁者」と言われるプーチン氏だが、氏をよく知るものたちは皆、「プーチン氏ほどよく人の話を聞く人はいない」と口を揃えて言うという。
先に「独裁者」とレッテルを貼って見てしまうと、無数の視点を見落としてしまうだろう。少なくとも中立性、客観性、学術性を重視するならば、相応の理由や必要性無くして「独裁者」などの言葉は使うべきでは無いのである。
posted by ケン at 12:57| Comment(2) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする