2016年11月09日

ゴルバチョフを選ばないソ連?

今回の米大統領選を見ていると、1985年のソ連を思い出す。
チェルネンコ書記長の後継を担ったのは、当時54歳のミハイル・ゴルバチョフだったが、すでに先のアンドロポフ政権下で実質的な後継指名とも言えるイデオロギー担当書記に任命されており、やや保守的なチェルネンコ政権下でも第二書記の座にあり、改革志向と見なされながらも後継レースの筆頭にあった。
だが、当時政治局の中には、政治局員と書記を兼務する保守派のグレゴリー・ロマノフがおり、ゴルバチョフの立場は盤石とは言いがたかった。ただ、保守派は意思統一が図れず、当時の政治局内で最大の影響力を有していたグロムイコがゴルバチョフを推したことにより、ゴルバチョフ書記長が確定した。共産党中央委員会に至っては、全会一致でゴルバチョフを承認している。かのスターリンですら少なくない反対票が投じられたのに、はるかに自由度が増している80年代に全会一致だったことは驚異に値する。
このことは、当時の共産党にあっても何らかの改革が必要だという認識では、ほぼほぼ一致していたことを意味する。だが、現実にペレストロイカが始まると、反対論とサボタージュが続出し、党内は改革派と保守派に分裂して求心力を失っていった。

ソ連学徒の視点から、今回の米大統領選を見ると、米国内のエリート層はおろか、日本のエリート層までがクリントン氏を推している。クリントン氏は、オバマ路線の継承を謳っているように従来の政策を堅持する保守派である。これに対し、トランプ氏は表現が粗暴ながらも従来路線を大幅に見直し修正しようという改革派だ。
米国が抱えている問題は、予算の15%以上を占めている過大な軍事負担と、新旧自由主義に起因する国内産業の衰退と貧困にある。これに対し、保守派のクリントン氏は、従来の安保政策と自由貿易を堅持しているのに対し、改革派のトランプ氏は、孤立主義への転換による軍事負担の大幅軽減と保護貿易による産業保護を訴えている。
つまり、米国民がクリントン氏を選ぶということは、1985年3月の政治局会議で「ゴルバチョフを選ばない」という選択肢を採ることに等しいのだ。詳細は「ペレストロイカを再検証する」を読んで欲しいが、当時のソ連で「ペレストロイカを発動しない」という選択肢を採った場合、より緩やかながらも、より凄惨な経済破綻を迎えていたことは想像に難くない。
ここでトランプ氏が選ばれない場合、米国はより凄惨な事態となり、将来的にはトランプ氏をはるかに上回る危険人物が大統領となって猛威を振るうことになると思われる。

【参考】
ヤンキーならトランプ選びマス
米軍駐留費の妥当性について 
帝国が衰退する時
アメリカはもはや末期症状?

【追記】
E・トッド先生が指摘しているのは、「平均寿命が上昇から低下に転じた国は衰退する」というもので、1980年代始めのソ連と近年のアメリカを指す。もう一つは「付加価値の労使分配が機能しない国は必ず経済成長が止まる」というもので、アメリカと日本がこれに当たる。
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2016年11月08日

ロシアにおける芸と政治について

ロシア3都市を巡業で回ったという劇団員さん達と飲む機会があり、お話を伺った。
彼らが驚いたのは、500程度の箱で100枚しか前売りがはけていないのに、残りの300〜400が当日券で売れてしまうことだったという。そして、もう一つ感動したのは、どこの劇場にも役者やスタッフを含む従業員用の食堂があり、美味かどうかは別にして安価で食事ができることだった。しかも、この食堂は法律で併設を定めているというから二度驚かされる。どちらもソ連の遺産と言えよう。
ちなみに、ボリショイ劇場の場合、新支配人が就任する際、必ずクレムリンを訪れ、首相ないし副首相から任命され、その場で本人から1時間ほども延々と「ボリショイとは何か」という訓示を受けるという。日本だと、国立劇場の支配人が文科大臣から1時間も訓示を受ける図は、全く想像できないし、そんなことを話せる大臣もいないだろう。

ロシアにおける「芸」の重みや政治性というのは、日本人には想像もつかないものなのだ。ロシアでは、ソ連期を含めて「金は出すが、口も出す」が芸術の基本になっている。特にクラシック音楽、オペラ・バレエ、演劇については濃厚で、ソ連期だと文学が加わる。この関係性は封建制に近いものがある。つまり、芸術家が国家に奉仕する対価として、国は芸術家の地位と生活を保証するのだ。
日本でも江戸期にはこの関係が保たれており、能役者も囲碁・将棋棋士も幕臣として公務員の地位にあった。そして、その対局にあったのが町人向けの歌舞伎や落語だった。
公式的には「公と民」という対立軸が存在しないソ連時代にも、例えばタガンカ劇場のように、創立から250年以上の歴史を持つマールイ劇場(オペラ・バレエの大ボリショイに対する演劇の小)へのアンチ・テーゼとしてつくられた劇場もあり、全体主義だからと言って単純には評価できない。
だからこそ、ソ連や東欧に対する西側史観での評価は控えて欲しいと思う次第。

もう一つ言っていたのは、「ロシアの劇場支配人は殆ど劇場内におらず、行政と企業に金策して回っている」ということ。これは少し補足が必要で、日本の場合、劇場を含む公共施設の館長は全て行政の天下りで、2〜3年で入れ替わるため、大した権限もなく、むしろ「何もしない」ことが推奨されるような環境にある。これに対し、ロシアでは支配人が大きな権限を持ち、10年以上もその地位にあることが珍しくないため、有能でやる気のある人が支配人になれば大成功するが、下手な人間がその地位に就くと大変なことになってしまう。
モスクワのボリショイやマールイのような大国立劇場でも、今日では運営資金の25%程度しか国庫補助を受けておらず、あとは民間資金でやり繰りしているというから、現実にはソ連期よりは劇場の独立性は高まっていると言える。
また、経済制裁を受けているロシアで、なおも芸術熱が高いのは、レニングラードが長期包囲下にあってもコンサートを止めることの無かった伝統の証でもあるのだ。日本の「芸」と比べると、政治家も芸術家もどこまでも真剣勝負で骨太なのだと思う。

【追記】
つい最近でも当局が「シンデレラ」の上演を禁止するという事件があっただけに、「政治家と芸術家の闘争」はいまもなお健在だと言える。
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2016年09月26日

どんどん似てきた日露−ロシア下院選2016

【2016ロシア下院選 プーチン大統領再選に弾み】
 ロシア下院選で政権与党「統一ロシア」が圧勝したことは、欧米の対露制裁などによる経済悪化にもかかわらず、有権者のかなりの部分が政権を支持している現状を示した。プーチン大統領は、2018年春に予定される大統領選に向け、自信を深めたとみられる。一方、今回の選挙では大都市部の投票率が大きく低下し、国民の政治や選挙に対する不信も鮮明になった。
 プーチン氏は19日、政府との会合で下院選の結果に触れ、「たいへん困難な状況で、人々は断固として安定を望み、統一ロシアに依拠する政府を信頼している」と述べた。18日夜には統一ロシアの選対本部で早々と勝利を宣言していた。苦戦の伝えられていた統一ロシアが圧勝した理由としては、まず、特に地方部で権力に隷従する国民心理が根強いことがある。今年は「プーチン時代」で初めて年金の支給額が実質減となり、多くの地方が財政難にあえぐ。しかし、「経済危機だからこそ、政権に救済を求める」(政治学者)という投票行動が起きた。
 11年の前回選では統一ロシアが大きく後退し、選挙不正疑惑に抗議する大規模デモも起きた。この後のプーチン氏は同党から距離を置いていたものの、選挙戦終盤になると同党との密接な関係を誇示してテコ入れした。政権が11年のデモを受けた懐柔策として復活させた小選挙区投票も、選挙区の設定が与党にきわめて有利なものとされた。投票率が48%と下院選史上で最低だったことも与党を利した。モスクワの投票率は前回の66%から35%へ急落。多くの主要地方都市で投票率が3〜4割にとどまったもようだ。政権与党と「親大統領野党」による管理選挙を嫌気し、「選挙では何も変わらない」と諦観する都市部住民の強い政治不信が根底にはある。
 今回の選挙で経済情勢や腐敗に対する国民の不満が解消されたわけではなく、反体制派指導者は「選挙制度が信頼されていない現状は危険だ」と指摘する。選挙不正に関する情報は多数出ているが、11年のような反発が起きる兆候はない。
(9月20日、産経新聞)

長期間にわたる一党優位体制、低投票率、小選挙区・比例代表並立制、整備された市民監視システムなどなど、日本とロシアはますます似てきている。
日本も貧困層が3千万人以上もいて、さらに悪化させる(再分配を弱めて富の集中を図る)施策が採られているにもかかわらず、何度選挙をやってもそれを進める自民党が大勝する構図になっており、この点もロシアとよく似ている。
主だった野党が政府に協力姿勢を示し、半ば与党化して批判力を失っている点も共通している。共産党がほぼ唯一の批判勢力となっている点も似ているが、ロシア共産党は対外・安保政策については政権と共同歩調をとっている。
トップが権威主義的で、大権を振るうところも共通しているが、だからこそ日露交渉が進んでいる(らしい)側面もある。

日本のマスゴミは、欧米のそれの垂れ流しなので、ロシアで選挙と言えば不正選挙と決めつけている。だが例えば、今回選挙制度が改正されて小選挙区制が導入されたロシアでは、各投票所に候補者紹介が大きく貼り出され、プロフィールや政策・主張などの他に、保有資産の一覧についても記載されている。その信頼性はともかく、投票所に名前しか無く、投票の場では何の情報も与えられない日本と違い、投票時に指標となるものを少しでも多く提示しようというロシアの意欲が伺われる。「ロシアにはロシアのデモクラシーがある」というプーチン氏の言にも一理あるのだ。

ロシア人の間には、欧米型の資本主義・民主主義を導入した結果、欧米資本に全土の生産インフラをわずか50億ドルで買い叩かれたことに対する怨念が強く、欧米では人気の高い「市民派・改革派」はこれを再現しようとしているのではないかという根強い不信がある。これが理解できないと、欧米マスゴミが流す陰謀論に傾いてしまうだろう。

また、選挙制度が改正されたとはいえ、小選挙区と最低ラインの高い比例代表制の並立制なので、小政党には圧倒的に不利になっている。これも日本と似ているが、「市民派」の内部対立が激しく、いつまでも一本化できない点も、政権批判層を投票から遠ざけてしまっている原因と推察される。
一党優位体制下で「結果が見えてしまう」小選挙区制が、ますます投票率を下げ、政権党を利するという構図も日露共通のものと言えよう。日本も来年早々に解散総選挙が行われ、自民党が三度大勝、一党優位体制をさらに強固なものにしそうだ。
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2016年06月25日

英国でもエリート不信

【英、EU離脱へ=欧州分裂、大きな岐路に―残留派に僅差で勝利・国民投票】
 英国の欧州連合(EU)残留か離脱かを問う国民投票は、23日午後10時(日本時間24日午前6時)から全国382カ所の開票所で開票作業が行われ、BBC放送によれば、離脱支持票が僅差で残留支持を上回り、過半数に達する見通しとなった。この直撃を受けた東京外国為替市場は大混乱に陥り、「安全資産」とされる円に投資家の資金が逃避。一時1ドル=100円を突破した。英ポンドは売りが売りを呼ぶ暴落状態となった。日経平均株価も一時1300円を超えて暴落した。
(6月24日、時事通信抜粋)


先にフランスにおけるエリート不信の問題について書いたが、英国でも同様の問題が噴出している。
今回の国民投票では、保守党も労働党も党内で議論が分かれ、残留派と離脱派に分かれて双方がののしり合いを展開、党員や市民の政党離れを加速してしまっている。
政党に関係なく、主にエリート層が残留を主張し、「EUを離脱すれば英国は経済破綻して、生活はドン底に」的な脅迫じみたプロパガンダを展開してはみたものの、十分に浸透せず、逆に「金持ちがあれだけ残留を主張しているということは、貧乏人にとっては離脱の一手だ」というエリート不信を加速、離脱派をむしろ後押ししてしまったように見受けられる。

実際、貧困層からすれば、EU加盟に伴って東欧出身の労働者が急増して賃金が低下、さらにアラブからの難民が増えて、低賃金雇用すら危機にさらされている。貧困層を直撃している危機に対し、エリート層は十分な対応策を打ち出せず、むしろ緊縮財政を進めることで、同層をますます追いつめてしまっている。
結果、貧困層からすれば、「EUから離脱したからといってすぐさま生活が良くなるわけではないかもしれないが、少なくともEUに残留し続けるよりはマシだ」ということになっている。これに対し、エリート層は、「離脱すれば、GDPが10%低下し、物価は10%上がる」などと呼びかけるが、貧困層からすれば、「困るのは金持ちであって、財産の無い俺らじゃない」と応じるだけの話で、コミュニケーションが成り立たなくなっている。

ところが、現実には英国はユーロを採用しておらず、独自通貨であるため、混乱はあるにせよ、政治要因であるため一過性に終わるものと考えられる。関税については、新たに条約を締結するコストは掛かるものの、EUが英国を排除する特段の理由もなく、現行に近い低関税になるだろう。エリートが忌避するのは、新たに発生する交渉コストであって、それは貧困層には無縁のものだ。
実は、デモクラシーの点で、EUが難しいのは、民族国家の主権をEUに移譲するも、EU議会の権限は限られていて、顔の見えないEU官僚が大権を握っているため、個々の市民の主権の影響力が著しく小さいものになってしまう点にある。実際、英国市民は、東欧などからの低賃金労働者や無尽蔵に来る難民に対し、いかなる主権も行使できない格好にある。離脱派が「市民に主権を取り戻せ」と主張するのはこのためだが、エリート層にはそれが理解できず、説得不能な状態に置かれている。結果、エリート層が騒げば騒ぐほど、貧困層が不信を強める構造になっている。

もう一つの問題は、国民投票自体の難しさである。「EUを離脱するか、残留するか」という重大な社会的選択を、「イエス、オア、ノー」二択で決めてしまい、しかも超僅差で決定しまったことは、今後の意思決定に重大な禍根を残す恐れがある。具体的には、スコットランドの独立が再燃したり、他のEU諸国でも離脱が加速したりする懸念がある。
国民投票は、デモクラシーを構成する重要な要素かもしれないが、その運用はごく慎重であるべきだと考える。

【参考】 原発国民投票に見る社会的選択のあり方について

【追記】
今回の参院選では野党を中心に「自公が3分の2をとったら大変なことになる」とプロパガンダを打っているが、有権者に十分浸透していないのも、基本的には同じ理由から説明される。平和な現行憲法下で、急速に貧困化が進んでいるのに対し、「平和を守れ」「改憲反対」と主張してみたところで、貧困層からすれば、「その憲法や平和が、オレらの生活を苦しめているのでは?」という反応にしかならず、むしろ「憲法を改正すれば、全て良くなる」式の安倍一派の支持を増やしてしまう可能性がある。ケン先生的には、「貧困解消」と「過剰労働の解消」をこそ争点にしなければ、支持が広がらないと進言しているのだが、全く聞き入れられないのが実情だ。

【追記】
イギリスのEU離脱について、エリート評論家たちがこぞって「ポピュリズム」だの「愚かな選択」だの述べているが、仮に日本がEUに加盟していたら、一方的に緊縮財政を求められ、消費税が即20%になるか、社会保障給付費が半分近くになってしまい、主権者たる国民は蚊帳の外に置かれたまま苦悶していたはずだ。おそらくは数カ月と持たずに怨嗟の声が上がり、「EU離脱」が過半数に及ぶだろう。あの連中は、EUの本質を指摘せずに、ある種の世論誘導を行っているに過ぎない。
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2016年06月21日

ねじれまくるフランス−エリートの退廃

フランスで、政府が議会での採決を経ずに強行成立させた労働法改正法案に抗議する大規模デモやストライキが激化し、3日連続で公共交通機関に支障が出ている。19日には首都パリで1万4000人がデモ行進し、一部が治安部隊と衝突した。抗議行動が2か月に及ぶ中、強硬姿勢を強めるエマニュエル・バルス首相は、港や製油所、空港などでのデモの強制排除に乗り出す可能性に言及。18日に暴徒化したデモ隊が警察車両を襲撃し放火した一件について、「厳しく処罰する」と言明した。労働法改正についてフランソワ・オランド政権は、硬直したフランスの労働市場の柔軟性を高め雇用を創出すると説明しているが、反対派は雇用の安定を脅かすだけだとして反発を強めている。
(5月20日、AFP)

20年ほど昔、私が住んでいた時もよくあったが、パリはストライキでゴミの収集が行われず、そこここにゴミの山ができているという。
社会党の大統領が解雇規制を緩和する労働法改正を大統領権限で強行成立させ、議会の保守派から不信任案を提出されてしまった上、デモ隊やスト参加者を「テロリスト」呼ばわりして強硬姿勢を示すという、ねじれ過ぎてナゾな事態に陥っている。鉄道員・パルチザン上がりのミッテランも草葉の陰で泣いていることだろう。

「フランス人は直接行動が好きだから」という声はあるものの、仮に私がフランス人だったとしても、「サルコジならともかく、なんで社会党のオランドが労働法を改悪するんだよ!」とブチ切れたに違いない。本来、ブルーカラーや公務労働者から支持を得ていたはずの社会党が、解雇規制を緩和する法案を強行してしまったのだから、民意の反映を重視するデモクラシーの原則から逸脱しているのだ。社会党支持層からすれば、「労働者保護」を党に委任したはずが、手のひらを返された上に、テロリスト呼ばわりされたのだから、これで怒らない方がおかしいだろう。
こうした現象が起きるのは、社会構造の変化に対して、既存政党が従来の主張(支持層)を守ることで十分に対応できなくなるためだ。フランスの場合、共和党(旧国民運動連合)が経営者層やホワイトカラー層を代表、かつては地方の商工業者もここに含まれたがFNに奪われている。そして、社会党などの左派は公務労働者とブルーカラー層を代表していたが、ブルーカラー層の票がFNに逃げている。また、地域的には移民の多い南部と鉱工業の衰退が著しい北部において、FNが激しく進出している。
ところが、これに対して既存政党は社会構造の変化を十分に認識せず(知っていながら認めていない可能性もある)、従来の政策を変更して失った支持層の回復に努めないため、国民戦線の伸張を許してしまっている。
フランスの場合、右派ならば移民を規制して地方の商工業の振興策を取り入れるべきだし、左派ならば公務労働重視を是正しつつ、国内企業・工場の保護に重点を置くべきだった。それをせずに、ただFNを「極右」とレッテルを貼って攻撃してみたところで、ワイマール・ドイツの二の舞に終わるだろう。

また、私的に特に問題を感じているのは、フランス社会党が余りにもエリート主義に偏ってしまっている点だ。オランド氏や元首相のロワイヤル女史、オランドと大統領候補の座を争ったオブリー女史など、左右にかかわらず皆ENA(国立行政学院)やパリ政治学院の出身で、官僚や弁護士を務めている。共和党と対抗しつつ、行政府の上に立つ政権担当能力の点では十分な人材が確保されているのだろうが、その反面、社会党の支持層や周辺の有権者のニーズを取り込んで党の政策に反映させる能力が低下しているように思われる。
フランスにおける既存政党の難しさについて

フランスと日本が似ているのは、左右やイデオロギーに関係なく、主要政党の幹部の座をエリートが占めた結果、似たような政策しか打ち出せなくなってしまい、支持層の要求と乖離しつつあるということだ。しかも、フランスのサルコジ氏、日本の小泉氏や安倍氏のように、むしろ右派の方がエリート臭を感じさせない者を前面に出し(実際のキャリアは別にして)、左派の方がオランド(行政学院、会計検査院)、ロワイヤル(行政学院、判事)、岡田(東大、通産官僚)、山尾(東大、検事)氏のようにエリート臭プンプンの者ばかり目立ってしまっている。米国大統領選でも、クリントン女史が蛇蝎のように嫌われているのは、そのエリート臭故だろうと思われる。

エリートの弱点は、有権者・支持者の期待に鈍感であることと、その鈍感さ故に、環境に影響されること無く全体最適を求めてしまう点にあるが、これは「短期的な視野狭窄に陥らず、大所高所から判断できる」強みの裏返しでもある。
民主党政権下で、鳩山・小沢路線を放棄した菅政権が、消費増税とTPPに邁進したのも同じ原理から説明できる。菅直人自身はエリート系ではないが、政権を実質的に支配していたのが霞ヶ関の財務省だったからだ。

今回の英国におけるEU離脱騒動もよく似た構図だが、エリートが「大所高所」から「国民のため」と勧める政策の多くが、大衆にとって、少なくとも現状や短期的将来においてマイナスでしか無いものばかりであるため、大きな齟齬が生じている。
フランスの解雇規制が厳しすぎることは何十年も前から指摘されており、わずかずつながら緩和されてきたが、それが「わずか」で終わっていたのは社会党などの左派が反対していたからだったためで、オランド氏としては「労働市場の循環による経済活性化をしなければ、国際競争に勝てない」を考えて、社会党こそが実行しなければなるまいと信じたのであろうが、国民、特に社会党支持者からすれば「余計なお世話」でしかなく、「お前にそんなことを委任した覚えは無い」と反応するのは避けられなかった。しかも結果として、社会党の支持層の多くが、国民戦線(FN)に流れてしまい、社会党は党勢の維持すら困難になりつつある。

こうしたエリートの発想は、市場原理と経済効率を優先するあまり、大衆の生活水準や階級対立・経済格差に対して鈍感になりすぎる傾向がある。水野和夫先生の説ではないが、利息が極限まで低下し、マイナス金利が常態化している先進国では、もはや中間層や下層から収奪することでしか利益を上げられなくなっており、その結果、経済効率を追求すればするほど、労働収奪が強められることになっている。だが、エリートの鈍感さは、それを「皆さんのためですから」と平気な顔で言わせてしまうため、みなブチ切れて「極右」などに走って行っているのであって、それを「極右」などと非難してみたところで、何も改善しないだろう。

我々、左派こそがエリート主義からの脱却を進めるべきであり、日本の民進党でいえば、岡田氏や山尾氏などに意思決定権を委ねて何度選挙してみたところで、勝利はおぼつかないであろう。
posted by ケン at 15:16| Comment(2) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

孤立回避でロシア頼みも?

【北方領土 菅官房長官「4島帰属問題解決する立場変わらない」 日露首脳会談の「新たな発想」で】
 菅義偉官房長官は9日午前の記者会見で、6日の日露首脳会談後で、安倍晋三首相が北方領土問題について「新たな発想」に基づく交渉を呼びかけたことについて「4島の帰属の問題を解決し平和条約を締結する日本側の基本的立場に何ら変更はない」と述べ、従来通り日本固有の領土である4島の返還を求めていく考えを明らかにした。首脳会談について「非常に充実した会談となり、首脳間の個人的信頼関係もさらに深まったと考えている」と評価。その上で「今までの発想にとらわれない新しいアプローチで、日露2国間の視点だけでなく、グローバルな視点も考慮し、未来志向の考えに立って交渉を行うことで一致した」と述べた。
(5月9日、産経新聞)

トランプ氏が米国共和党の大統領候補となり、「日米同盟」の危機が現実のものとなり、頼みの綱としていた「日豪同盟」も袖にされ、安倍政権・霞ヶ関の対中強硬路線は破綻しつつある。それだけに、「対中包囲網」におけるロシアへの依存度が高まりつつある。
今回の訪ロは、日本側の懇願によって成立しているが、この間ロシア側は「実が無いのに何しに来るんだよ」とずっと言い続けてきた。「ロシアは国際的に孤立しているから、日本からの申し出は涙が出るほど嬉しいに違いない」というのは、日本人の高慢な思い込みに過ぎない。ロシア人にとって外交的孤立は「いつものこと」である上、中国やイラン、インドとの関係を考えれば、「ロシアは孤立している」という認識自体が、西側人の誤った認識に過ぎない。

日露交渉が成立し得ないのは、日本が日ソ共同宣言を実質的に反故にしているからであり、日本側が同条約を忠実に履行する(平和条約締結後に二島引き渡し)と宣言すれば、すぐにも解決する話だ。だが、安倍政権が「四島」と言い続ける限り、それはあり得ない。
とはいえ、例えばトランプ氏が大統領になって米軍がアジアから撤退することになれば、日本は外交自主権を取り戻し、「ダレスの呪縛」に囚われること無く、ロシア側と交渉できるようになり、その時こそ最終解決のタイミングとなるだろう。

岸田外相訪ロの意味 
北方領土問題についての基本的理解 

とはいえ、今日の本題はそこではない。
6日に行われた日露首脳会談。ウラジーミル・ウラジーミロヴィチが「Вы(貴方)」と話しかけたところ、晋三氏は「ウラジーミル(呼び捨て)」「Ты(君、お前)」と返している。前回や前々回もそうだったが、いい加減気づけよと。ロシア語では、「名前+父称」が「親しい仲にも礼儀あり」の呼び方で、公式の場において他者を名前のみで呼ぶ文化はない。しかも、日本側が懇願して訪ロさせてもらっているのだから、礼を尽くすべきは日本側でなければならない。
例えば、ブレジネフの葬儀に際し、アンドロポフ葬儀委員長は「さらば、親愛なるレオニード・イリイッチ!あなたの記憶は決してわれわれの心から消えないだろう」と弔辞を読んでいるが、日本の首相はロシア大統領を呼び捨てにするのかという話である。

クレムリンの記録を見ると、プーチン氏が「尊敬する首相にして、親愛なる友よ!」と呼び掛けたのに対し、安倍氏は「ヴラジーミルとは2014年のソチ以来だな!」と返している。クレムリンが、わざわざ「修正」せずに、呼び捨てを残しているのは、日本側の「無礼」を公式記録に残す意図があった可能性がある。
これだけ見ても、日本の外務省の無能ぶりがよく分かるだろう。

あるいは、外務省は日米関係を保持するために、日露関係を敢えて破綻させるべく、総理に無礼な言葉遣いをさせている可能性も否めない。
以前、ボスが外務委員会で北方領土問題について質問しようとして、現地の新聞報道を根拠にしたところ、質問採りに来た下級ヤクニンが平然と「ロシアの新聞はウソばかりですから」と鼻で笑ったことがある。こういう連中が日本の外交を担っているのだから、何をやっても成功するはずが無いだろう。
posted by ケン at 12:30| Comment(4) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

豪州次期潜水艦選定の背景を考える

オーストラリアの次期主力潜水艦の選定について、「楽勝」と考えていた日本が選ばれず、技術的に劣ると考えられていたフランスが選ばれた。日本側の、特に「軍事専門家」の皆さんは、「技術で他を圧倒している日本を選ばないとかバカじゃ無いの?」位の勢いで口汚く罵っているが、これは専門家が陥りやすい陥穽だ。

日清戦争、日露戦争、日米戦争のどのケースでも、軍事専門家の大半が「戦うなら今しか無い」という判断を下したが、その結果、日清戦争は日本の外交的孤立とロシアとの決定的対立を招き、日露戦争は日本の国家財政を決定的に悪化させた上に、ソ連という新たな大敵をつくってしまった。日米戦争については言うまでも無い。
専門家の視点というのは、非常に狭い分野に限られているため、異なる分野の要素を分析から排除し、長期的な予測を難しくしている。
例えば、日清戦争に際し、日本の軍人は「北洋軍閥には勝てる」との分析を行うが、日本が山海関を超えて中国本土に進撃した場合の対外的影響については全く考慮しておらず、戦勝にかまけて清に過剰な領土要求をしたところ、三国干渉を招いた。また、日清戦争の政治的目的は、朝鮮半島における清国の影響力を排除して日本の影響下に置くことだった。ところが、実際には清国の影響力こそ排除したものの、日本の影響圏に置くことには失敗し、朝鮮王室のロシア傾斜を強めてしまった。今日の歴史評価も、軍事的勝利にばかり焦点が当てられ、その後の政治的敗北については殆ど論じられることがない。それがまた、日本人の軍事傾斜を加速させている。

今回の豪州の兵器選定は、軍事より政治を優先させたものであることは明白で、それはむしろシヴィリアン・コントロールが効いていることを示している。確かに兵器性能という点では、日本の「そうりゅう」型が優れていたかもしれないが、日本を選ぶということは、政治的には「豪米日同盟」を選ぶことを意味し、長期的に同盟関係への依存を余儀なくされる。それは、同時に日本の対中強硬路線に引きずられることを意味する。日本政府は、日米同盟を維持するために、対中・対ロ強硬路線を採っており、アメリカが「アジアからの撤退」をほのめかすほど、対中脅威を声高に主張しなければならず、日中軍事衝突のリスクが高まってゆく。
だが、オーストラリアからすれば、中国との軍事衝突に巻き込まれて良いことなど何一つ無く、逆に最も有力な貿易相手国であり、可能な限り対立は避けたいはずだ。つまり、豪州人からすれば、日本の提案は「オレ様の優秀な潜水艦を売ってやるから、一緒に中国と戦おうや。ヤンキーもやるって言ってるしさ〜」という「悪魔の誘惑」でしかない。喩えるなら、ナチス・ドイツが「三号戦車とメッサーシュミットを提供するから、対ソ戦に加われや」と言っているようなものなのだ。だが、当時のハンガリーやルーマニアと違い、オーストラリアには中国と戦争しなければならない理由もなければ、日本の誘いを断ることで生じるデメリットも無い。

豪州が採ったフランスという選択肢は、「西側陣営には残るけど、豪米日同盟は遠慮します」「中国と戦争するつもりはありません」という方向性を示したものと言える。
軍事面からしか国際政治を語れない「専門家」は、日清・日露・日米戦争と同じ過ちを何度でも繰り返すことになるだろう。
posted by ケン at 12:43| Comment(4) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする