2017年04月13日

行き当たりばったりのトランプ政権

【シリア攻撃、米国民の57%が支持…CBS調査】
 米CBSテレビが10日発表した世論調査で、トランプ政権が6日に行ったシリアへの攻撃について、米国民の57%が支持していることがわかった。反対は36%だった。党派別では、共和党支持者の84%が支持。無党派層でも過半数の52%の支持を得た。ただ、民主党支持者の支持は40%にとどまった。また、シリアにおけるさらなる軍事行動について議会の事前承認が必要かどうか尋ねたところ、69%が必要と答えた。共和党支持者でも過半数の53%に上った。トランプ氏の支持率は43%(不支持率49%)で、3月29日発表時の40%(同52%)からやや改善した。34%だった無党派層の支持が42%に上昇したことが主な要因だとしている。今回の攻撃によって支持率上昇の大きな効果は期待できないとの見方が出ている。
(4月11日、読売新聞)

どうにも行き当たりばったり観の強いトランプ政権。今回のミサイル攻撃も、どう見ても脊髄反射であり、それ以上には見えない。いかにも「国内政治が上手くいかないから、ちょっとした火遊びで威信を上げて人気も取ろう」的な思考が見え見えだ。まぁゲーム的と言えばゲーム的だが、およそ戦略的では無い。
もともとトランプ氏は、無人機や誘導ミサイルによる攻撃を推進したオバマ政権と、直接介入を指向したクリントン候補を否定して大統領に当選しており、本来は「ISを打倒した後、中東の覇権から手を引く」という方針だったはずだ。そのISに対して最大の脅威となっているのがアサド政権であり、ロシアとイランはアサド政権を支援してイスラム国を打倒するというスタンスを貫いている。米国防省にとっても、最大の脅威はイスラム国とロシアであり、アサド政権の脅威度などは中国や北朝鮮を下回ってかなり下の方にあった。ISに対して最大の戦力を有するアサド政権を叩いてしまっては、本来「元も子もない」はずだった。また、米ロ関係の悪化により、「ロシアの影響力を使って中東を安定化する」という戦略にも障害が生じている。

「アサド政権による化学兵器の使用」についても、報道写真と衛星写真を見ただけでアサド政権のせいにしてしまっているが、内戦の勝利がほぼ確定している段階にあるアサド側がリスク込みで禁止兵器を使う合理的理由はどこにもない。そもそもシリア政府が持つ化学兵器は、少なくとも公式的には国際監視団の下で廃棄されているはずであり、仮にいまだに保有していることが判明した場合、それこそ国連安保理で非難と武力行使を決議することも可能だったはずで、米国がきちんと証明できるなら、いくらロシアや中国といえども拒否権を行使するのは難しい状況にあった。つまり、アメリカは証明する術を持っていないが故に「やった者勝ち」と判断した可能性が高い。
また、「独裁政権だから何でもやるのは当然」という意見には首肯しかねる。何せ世界で唯一核兵器を実戦使用した上、戦線後方の都市に投下したのは民主国家であるアメリカであり、その米国はベトナム戦争で化学兵器を使用、現在も劣化ウラン弾を使い続けている。逆に中国は朝鮮戦争、ソ連はアフガニスタンでともに化学兵器等の使用を避けている。

そして、アフガニスタンやイラク侵攻に続いて、今回も国連決議を経ずに武力行使してしまったことで、国際秩序そのものがさらに揺らいでいる。今回は単純に「アメリカだから」黙認されただけの話で、仮に「禁止兵器を持っているかもしれない」程度の疑惑で隣国に先制攻撃を仕掛ける国が出てきたとしても、少なくとも公正な反論はできなくなっている。
組織や社会の規模にかかわらず、秩序とは「何となく皆が守っているから、自分からは破りづらい」空気感によって維持されるところが大きい。1930年代には、日本による満州国建設、イタリアによるエチオピア侵攻、ドイツによるヴェルサイユ条約破棄などが積み重なった結果、ヴェルサイユ体制は瓦解したのだ。ユーゴスラヴィア内戦も同じだろう。
米国は自らが「国連が認めない武力行使は認められない」というルールをつくっておきながら、次々と安保理決議を経ない武力行使を行って、自ら秩序の破壊者になってしまっている。「中露が反対すると国連決議は成立しないから、独自攻撃は致し方ない」という意見は、全く歴史を顧みないものだ。

シリア攻撃に戻れば、化学兵器の使用者の話を脇に置くとしても、今回のミサイル攻撃によってアサド政権が「ごめんなさい。僕が悪かったです。もう禁止兵器は使いません」と言うだろうか、いや言わないだろう。少なくともロシアやイランの後ろ盾がある限り、今回の攻撃を奇貨としてアラブの反米勢力からの支持を広め、国内秩序の強化に利用するのが、プレイヤーとして合理的な選択となる。
一方、アメリカ側は、アサド側が「ごめんなさい」すれば良いが、居直る、あるいは無視した場合、さらに大規模の攻撃を行うか、本格的な軍事介入をするかの選択肢しか無くなってしまい、どちらも米露関係を決定的に悪化させることになる。特に後者は、先にロシア軍を退去させない限り、全面戦争に至る恐れがあり、そもそも選択肢として成り立たない。つまり、ミサイルを撃ってはみたものの、「次の手」が無い。GMT「ラビリンス」でも、USプレイヤーが「とりあえず軍事侵攻(体制転換)」したものの、「次に打つ手が無い」という状況に陥ることが散見されるが、まさにこれだろう。

アメリカの攻撃によって、シリア内戦が再び激化し、イスラム国が勢力を取り戻した場合、どう見ても「誰得」な状況に陥るが、少なくとも米国の軍産複合体だけは得をするので、つい陰謀論を考えてしまう。
いずれにせよ、トランプ氏は自らの選択でゲームの難易度を上げつつあることは間違いない。
posted by ケン at 12:24| Comment(6) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

スウェーデンで徴兵制復活

【スウェーデン徴兵制復活 ロシアの脅威に対応、女性も対象】
 スウェーデン政府は2日、2010年に廃止していた徴兵制を復活させると発表した。18歳の男女を対象に来年から兵役に就かせる。ロシアがバルト海周辺で活動を活発化させるなど、世界的な安全保障環境の変化に対応する。
ペーテル・フルトクビスト国防相はAFPに対し「ロシアが(ウクライナの)クリミアを併合した現状がある」と指摘。さらに「ロシアはわが国のごく近傍での演習を増やしている」と警戒感を示した。
 スウェーデンは現代的な軍に必要な条件を満たせないとみて2010年に徴兵制を廃止。志願制に切り替えていた。今年7月1日から、1999年以降に生まれた男女全員が徴兵対象となる。スウェーデンで徴兵制が女性にも適用されるのは初めて。兵役に就くのは来年1月1日からで期間は11か月。7月1日以降、1999年以降生まれの国民は全員連絡を受け、質問票への回答を求められる。回答内容に基づいて1万3000人が招集され、毎年4000人ずつ徴集される。
(3月3日、AFP)

何でもロシアのせいにするのはいかがなものかと思うが、EUの統合力やNATOの統制力の低下が、相対的に個別自衛力の強化に向かわせているのは確か。

本来NATOは「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことを目的として設立された。ところが現状では、アメリカは覇権放棄で撤退近く、フランスは没落してドイツに従属、イギリスは「一抜けた」になりつつあり、第二次世界大戦後に目指された欧州統合の前提条件が瓦解しつつある。
その結果、現状はドイツの一人勝ちになっており、「嫌だけどロシアを引きずり込んでドイツとのバランスをとる」ことで、欧州の安定を保とうという力学が働いている。ハンガリー、ブルガリア、あるいはフィンランドが親露路線に舵を切りつつあるのは、その現れと見て良い。

他方、欧州各国が自衛力強化に走るのは、「ロシアが強いから」ではなく、「欧州の統合力、集団防衛力が弱くなったから」であるにもかかわらず、旧態依然たる「ロシアの脅威が〜」と言い立てるから、おかしいことになっている。この辺は、世界のマスゴミが英米仏に牛耳られ、その国家方針が反映された情報のみが流通していることに起因する。英米仏の意向に反するニュースが「フェイク・ニュース」などと呼ばれているに過ぎず、ニュースの信憑性などはしょせん程度問題に過ぎない。

現代の軍事力が工業力と資本に依存する以上、ロシアが軍事的に優位に立つことはない。例えばロシアのGDPは英仏を大きく下回り、イタリアと同レベル、日本の半分でしかなく(国土面積は日本の45倍)、そのロシアの軍事力を「NATO(欧米共通の)最大の脅威」と言い立てている時点で、「おかしいんじゃね?」と思う感覚こそが、「フェイク・ニュース」を見破る正常な判断を担保するのである。
但し、現状ロシアの合計特殊出生率は1.6を下回る程度だが、回復傾向にあり、これが続くとなると、今後は景気回復と相まって脅威度が上がってゆく可能性は否定できない。

また、この問題はヨーロッパに限った話では無い。むしろ極東地域で対米関係以外は孤立した国際環境にありながら、ロシアとも和解できないまま、反中路線を突っ走る日本こそ、相対的に国防力を低下させており、現状の外交路線を維持する限り、軍拡は避けられない。日本の場合、若年人口の減少が著しく、出生率回復の見込みも立たなでいる。果たして経済徴兵だけで間に合うのか、現状でも定員割れが深刻になっているだけに、徴兵制の現実性は高まりつつあると見て良い。
posted by ケン at 12:39| Comment(3) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月07日

反露政策は収束に向かうか

【フィンランドでロシア脅威論が後退】
 フィンランドでロシアを脅威と見なす国民が半分以下に減っている。世論調査会社タロウストゥトキムスが国営放送Yleの委託で実施したアンケートで、このような現状が明らかになった。それによると、ロシアを脅威と考える人は47%にとどまり、過去最高だった2014年の56%から9ポイント低下。ロシア脅威論を吹聴する地元メディアに、必ずしも同調していないことが浮き彫りとなった。背景には、ウクライナ政権と同国東部を実効支配する親露派勢力の軍事紛争が、フィンランドでさほど報道されなくなったことがあるようだ。またフィンランドでは北大西洋条約機構(NATO)への参加に懐疑的な意見も広がっている。タロウストゥトキムスの最新の世論調査によると、「加盟すべきか分からない」との回答が2014年の16%から28%に増加。加盟賛成は21%にとどまり、反対は51%に上った。
(2月20日、NNA)

欧州情勢は常にある種のバランスの上に成り立っている。「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」という、ヘイスティングス・イスメイNATO初代事務総長の言葉こそが、第二次世界大戦後のヨーロッパ統合の目的と戦略を表している。EUは政治経済、NATOは軍事を代表するもので、若干の相違はあるものの、基本的な構図は同じだ。
ところが、アメリカは勢力衰退に伴って欧州から撤退しつつあり、経済的にはドイツが「一人勝ち」の状態にある。本来は、アメリカの後ろ盾を得たイギリスとフランスが協同してドイツを抑え、統合欧州の核を担っていた。ところが、米の関与が弱まり、フランスは衰退著しく、「ドイツを抑える」ことが難しくなったのを見て、イギリスが「一抜けた!」と宣言したのが「Brexit」だった。
今日では、ドイツのメルケル首相が一人で「ヨーロッパ・リベラル」を守っているような格好になっているが、メルケル氏が一人で頑張れば頑張るほど、「ドイツを抑え込む」という欧州統合の原理が損なわれてゆく。
そして、ドイツの一人勝ちが目立てば目立つほど、「ロシアを締め出す」政策が価値を失い、愚劣に見えてくる。英仏が役に立たない以上、次に来るのは、「ロシアを引き込んで、ドイツを抑え込む」になるだろう。もちろん、現行のEUやNATOにロシアを入れるというのではない。アメリカの不在で、それらは陳腐化しているからだ。
欧州が再分裂を選ぶのか、異なる形での統合を求めるのか、そこはまだ分からない。だが、「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」という形での「戦後和解体制」は間もなく終焉を迎えるものと思われる。
posted by ケン at 12:07| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

コバちゃんを独裁者と呼ばないで

先の記事で「今どきスターリンを『独裁者』などと書いてしまっているのは、ソ連学徒として噴飯もの」と書いたところ、「なぜスターリンを独裁者と言ってはいけないのか」旨の問い合わせがあったので、ここに記しておく。

まず大前提として、特定の個人を「独裁者」などと呼ぶのはただのレッテル貼りに過ぎず、論者の主観の問題であって、客観的な議論を否定する話にしかならない。例えば、安倍晋三氏を「独裁者」と呼ぶことは、論者の主観的には「正しい」かもしれないが、そこには客観的な議論は存在せず、むしろ議論を否定して「安倍は独裁者である」という認識を強要する意図が感じられる。同時に、そこには「独裁者か否か」の中立的な検討が存在せず、論者が前提条件無しに決めつけてしまっている。
こう言うと「安倍については独裁者かどうか議論があるかもしれないが、スターリンは独裁者で良いだろう」との反論がありそうだ。そこで、少し迂遠ながら自国の例で考えたい。

日本史において「独裁者」と呼ぶに値する指導者に晩年の豊臣秀吉がいる。晩年の秀吉は、周囲の慎重意見や反対意見を排して朝鮮出兵を強行、諫言する者を粛清している。豊臣秀次事件の陰惨さは、まさに一般にイメージされる独裁者そのものだろう。だが、秀吉は最初から独裁的だったわけではなく、むしろ独裁から最も遠いところにいた。若年から壮年に至る秀吉は、とにかく聞き上手で、人の間に入って交渉、裁定するのを得意とした。秀吉が天下人になれたのは、様々な要因があるものの、個性として自己肥大の塊のような戦国諸将をなだめすかし、褒め殺しながら、利害調整する手腕に長けていたことが大きい。つまり、「多数の意見を反映させつつ過半の合意を得る」という民主的傾向が強かったのであって、秀吉個人が超人的な能力をもって暴力的に他者を支配下に置いたわけではない。秀吉が、パラノイア、独裁的傾向を示すのは、小田原征討以降のことだった。
「豊臣秀吉は独裁者だった」と言ってしまうと、晩年については妥当性が認められるとしても、壮年に至る大半のキャリアを否定することになってしまい、妥当性や中立性の点で大いに疑問が生じる。「独裁者」はやはりレッテル貼りでしかない。

なお、戦国期の戦国大名は、今日流布されているイメージと異なり、「地域豪族の取りまとめ役」でしかなく、殆どの場合、自分の意志を通すことすら難しかった。武田信玄が「名君」とされたのは、文字通り朝から晩まで国衆の話に耳を傾け、合意を得ることに長けていたためであり、故に松平元康も領主の範とした。上杉謙信などは、豪族たちのアクの強さに嫌気をさして、何度も出奔したり、引き籠もりしたりしている。

スターリンを論じる前に、ソ連邦における国家意思の形成過程の一例を挙げておきたい。一般的には、全体主義国家の意思決定は独裁的に決せられると考えられている。だが、本ブログでいくつか検証してきた通り、その意思決定は共産党書記長が独裁的に決するものではなかった。詳細は記事を読んで欲しい。

・ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程 
・「プラハの春」−ソ連の対応と誤算 
・ソ連は何故ポーランドに軍事介入しなかったのか 

ブレジネフの例を挙げると、「プラハの春」の前にプラハ入りした際、滞在した48時間のうち40時間を、チェコスロヴァキア共産党の幹部、関係者数十人との面会・ヒアリングに充てているが、とうてい「独裁者」のイメージでは無い。
アフガニスタン介入やポーランド危機と同時期のフォークランド紛争を見た場合、当時のサッチャー英首相は、大多数を占めていた慎重、反対意見を頭から否定して、自らの信念だけで相当強引に開戦に持ち込んでいる。意思決定過程を見る限り、ブレジネフよりもサッチャーの方がはるかに独裁的なのだが、サッチャーを独裁者とする記述は、少なくとも今日ではお目に掛からない。

「肝心のスターリンは?」と言うと、実はこれも同じで、スターリンが独裁的地位を確立するのは対独戦に勝利する前後のことであり、それは「大祖国戦争を勝利に導いた」神話に基づいている。スターリンは1953年に死ぬが、独裁権を振るったのはやはり10年に満たない期間でしか無かった。大粛清の終了をもって「独裁権確立」と判断しても15年に満たない。

そもそもスターリンが、レーニン死後のボリシェビキの後継者レースに勝利したのは、「独裁的じゃ無いから」だった。レーニンの死の前後、オールド・ボリシェビキたちはレーニンの指導力に敬意を表しつつも、その独断的傾向や人の話に耳を貸さないスタンスに嫌気をさしていた。レーニンは、遺書でスターリンを「粗暴」「独裁的」と非難するわけだが、そのスターリンを書記長に就けたのはレーニン自身だった。その理由の1つは、トロツキーではボリシェビキをまとめられず、スターリンなら可能(実務能力が高く面倒見が良い)という判断だったと推察される。能力という点では、トロツキーはダントツだったが、いかんせん自分の能力をひけらかし、他者を見下す傾向があり、特に党内の幹部級から嫌われていた。これに対し、スターリンはとにかく人の話に耳を傾け、容易に自説を主張せず、「仲間」と見込んだ者は必ず守る「男気」があると評価されていた。レーニンはどこかの時点でスターリンの本質を悟ったのだろうが、党内の評価は全く別だった。
スターリンの意思決定は、常に慎重で周囲の意見を丹念に聞き出し、その上で多数派を見出して同意するというものだった。それ故にレーニンやトロツキーらからは蔑視されていたわけだが、人事の妙と相まって、常に多数派を形成していた。

スターリンはレーニンの遺書を封印して党内権力を握るが、その座は不安定で内外に多くの敵を抱えていた。そこで、政敵の排除を始めるが、粛清を進めれば進めるほど、疑心暗鬼が強まっていってしまう。さらに無理な農業集団化や重工業化が祟って、国内の不満が高まり、国際情勢的にも不穏となる中で、「政治統制を急ぐ必要がある」として大粛清が始まる。
直接的な原因は、大衆的人気の高かったセルゲイ・キーロフが暗殺されたことにあり、定説は、スターリンが自らの地位を脅かすキーロフを暗殺し、これを切っ掛けに大粛清を始めたとしている。だが、現実にはスターリンがキーロフ暗殺を指示したという証拠も傍証もなく、むしろキーロフ暗殺の知らせを聞いたスターリンが、周囲も驚くほど狼狽し、放心していたことが確認されている。一般的には、大粛清は「スターリンの妄想に始まった」と理解されているが、スターリン個人が周囲の反対を押し切って粛清を強行したことを示す資料はなく、むしろ周囲の人間が「内なる脅威」を煽り立てた節があるくらいだ。

大粛清の過程で「内なる敵」を徹底的に排除したことで、スターリンの独裁的権力が確立したと考えるのは、おおむね妥当かもしれない。だが、例えば、1941年6月22日、スターリンの予想に反してナチス・ドイツがソ連への侵攻を開始した際、スターリンは呆然自失となり、後事をモロトフに託して別荘に引きこもってしまう。この時スターリンは、完全に自分が粛清されるものとして身辺整理していたのだが、案に反してやって来たのは、「どうか戦争指導を引き受けてください」という党幹部の嘆願だった。
ジューコフは、大戦当時のスターリンについて、「すべての重要な決定にはスターリンの決裁が必要だった」と述べると同時に「われわれのような専門家の意見を率直に聞く耳を持っていた」と評価している。
また、モロトフは一般労働者並みの年金で生活していた晩年にインタビューを受けているが、「レーニンとスターリンと、どちらの方が恐ろしかったか」との問いに対し、「スターリン?ふん、あんなのはレーニンに比べれば羊も同然だ」と応じている。同時代にあったものの印象としては、レーニンの方がはるかに「恐ろしい独裁者」だったのだ。

今日にあっても、西側では「独裁者」と言われるプーチン氏だが、氏をよく知るものたちは皆、「プーチン氏ほどよく人の話を聞く人はいない」と口を揃えて言うという。
先に「独裁者」とレッテルを貼って見てしまうと、無数の視点を見落としてしまうだろう。少なくとも中立性、客観性、学術性を重視するならば、相応の理由や必要性無くして「独裁者」などの言葉は使うべきでは無いのである。
posted by ケン at 12:57| Comment(2) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月15日

ルペン氏が快進撃中

【極右政党ルペン氏が図るフランス革命、ユーロ離脱と「新フラン」発行】
フランス極右政党、国民戦線(FN)のルペン党首は、大統領選で当選すればユーロの通貨同盟を離脱し、金融政策を国家の手に取り戻して新たな通貨を発行する計画だ。同氏の主任経済顧問が明らかにした。
 アドバイザーのベルナール・モノ氏は4日にリヨンで開かれた集会に際して、ルペン氏の政策を説明。米国でドナルド・トランプ氏を勝利に導いた大衆迎合主義にならい、「金融の主権を取り戻す」ことがルペン氏の政策の重要な柱だと述べた。4月23日に行われる第1回投票についての世論調査では、ルペン氏が支持率首位を保っているが、決選投票での勝利を示唆する調査結果はない。
 ルペン氏は当選した場合、直ちに欧州連合(EU)首脳と欧州中央銀行(ECB)の会議を招集し、かつての欧州通貨単位(ECU)のような各国通貨のバスケットを採用してユーロに代えるよう要請する考えだという。フランスの通貨は恐らく「新フランス・フラン」という名称になり、当初はユーロと等価に設定され、その後はEU通貨バスケットに対する変動幅を20%までに制限すると、モノ氏は述べた。
(2月7日、ブルームバーグ)

フランス大統領選は、極右と強硬右派の二択になりそうだったが、フィヨン氏がスキャンダルで脱落しそうな状況にあり、「中間派」と言われるマクロン氏が浮上してきたが、「社会党の新自由主義者」との批判もあって有力候補と見なされるには至っていないし、スキャンダルも出ているようだ。現状では、決選投票になってもルペン氏が有利な状況にあり、よほど「反ルペン」が結集して大運動化しない限り、ルペン氏が集票を強める流れにある。なお、政権与党である社会党を中心とする左翼連合は、社会党のアモン氏を大統領候補に選出したが、その支持率は10%強でしかなく、「選挙に出るだけ」の状態にある。
とはいえ、トップのルペン氏にしても、現状の支持率は25〜30%でしかなく、決選投票になると厳しい闘いになるのは間違いない。だが、フランスでは、既存政党や既存政治家に対する不信と不満が蔓延しており、アメリカの「トランプ現象」と同様の空気が社会を覆っており、「共和国の理念を信じるフランス人がルペンに投票する訳が無い」などという発想は、「クリントン圧勝」神話と同じ過ちに直結する。

今回の大統領選挙で25%以上の支持率を有し、2014年の欧州議会議員選挙では25%の得票で74議席中24議席を獲得した国民戦線(FN)だが、国民議会における議席はわずか5でしかない。これは、選挙制度によるもので、フランス国民議会は小選挙区制を採用、ただし一回目の投票で過半数を獲得した候補がいない場合、決戦投票が行われる仕組みになっているため、日本のように相対多数で勝利できない。結果、FNの候補者は、一回目の投票でトップに立っても決選投票で落選してしまうケースが多い。2015年に行われた州議会選挙(地方圏選挙)も、似た仕組みが採用されており、FNは一回目の投票で全国平均28%以上の得票をしたにもかかわらず、「敗退」を強いられている。この際、ルペン党首は、「国民戦線を排除するために主要政党が協力し合ったせいだ」「自分たちは嘘と情報操作による実に不当な形で与えられるべき地位を奪われた」と非難声明を出している。

これが示しているのは、「急進主義、過激派を抑えるため」に設置されたシステムが正常に作動した結果、相対多数の民意を反映させられなくなっているという、デモクラシーにとって「不都合な事実」である。より正確さを期すならば、「急進主義、過激派を抑える」というリベラリズムの原理が、「民意を正確に反映する」というデモクラシーの原理を阻害しているのだ。このシステムは、自国でナポレオンを輩出し、隣国で選出されたヒトラーに蹂躙されたことに対する強い反省から生まれたものだが、「自由と民主主義が相反する」事態までは想定していなかったのだろう。
だが現実には、フランス市民の3割もが「自らの主権が政治に全く反映されない」状態に置かれ、しかもその3割が相対多数を形勢している点にこそ重大な問題がある。ルペン氏の主張が「正しい」かどうかは別にして、デモクラシーの原理に反して主権者が疎外されていることは確かなのだ。そして、リベラリストはこの点について口を閉ざしたまま、極右勢力を声高に非難し続けるため、彼らの「リベラル嫌い」を加速させた上、デモクラシー不信を強めてしまっている。つまり、リベラリストが、自由と民主主義を転覆させる意志、あるいは暴力主義の根を育てている側面があるわけだが、自由主義者はそれを認めないがために事態を悪化させている。
あとは補足。

西側諸国では、長いこと「自由と民主主義こそが豊かさの源泉である」と喧伝されてきた。ところが、ソ連・東欧ブロックが瓦解し、世界の半分が「市場開放」された結果、経済のグローバル化が進むと同時に労働賃金のフラット化が進んだ。
具体的には、ヨーロッパでは工場が東欧に移転し、日本では中国に移転した。同時に、賃金の相対化が進み、非正規雇用や移民労働者の増加によって、雇用環境の悪化や賃金の低下が進んだ。また、高齢化に伴い、社会保障費が急騰して国家財政を圧迫、同時期に東側陣営が崩壊したことも相まって、社会保障の切り下げが始まった。「狡兎死して走狗烹らる」である。
こうして後に残されたのは、「収奪する自由」と「収奪される自由」だった。本来のリベラリズムは、機会均等を実現するために国家による再分配を肯定するが、今日では「経済成長のため」と称して真っ先に再分配機能が削られている。
具体例を挙げるなら、無能な正社員と有能な非正規社員がいるとして、リベラリズムは、正社員のクビをきって他方を正社員に据える「自由」と、正社員から多額の税を取って他方に再分配する「公正」の2つの選択肢を容認する。だが、現実の自由主義国家では、双方とも機能せず、有能な非正規社員はひたすら収奪される存在となっている。
そこで疎外された者たちが自由を怨嗟しているのに、それに対してリベラリストが「自由こそ至上の価値」と高説してみたところで、逆ギレされるのがオチだろう。そして、それがヘイトの原動力となっているのだが、リベラル派は全く自覚が無い。
敵はリベラルにあり・補) 

彼らの不満を解消するには、リベラリズムを否定し、引いては自由貿易を止めて保護貿易に転じ、国内の産業育成に努めると同時に雇用を確保、さらに移民を排斥するか同化を強制して、国民に一定の労働賃金と待遇を保証する必要がある。
「差別はイカン」というのは倫理的には正しいが、自由主義の下で移民が大量に呼び込まれ、賃金の低下に拍車がかかって、国民の生活水準が激しく劣化してしまった以上、それを放置して倫理や道徳を訴えてみたところで、何の力にもならない。彼らは、商店にパンも肉も無いのに、社会主義の「可能性」ばかり訴え続けた東欧の共産党と同じ過ちを犯しているのだ。
敵はリベラルにあり?)
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2017年02月02日

トルコが首相位を廃止

【トルコ国会が改憲案承認、大統領権限を大幅に拡大 国民投票へ】
 トルコ国会(定数550)は21日未明、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領の権限を大幅に拡大する憲法改正案を承認した。今年4月に改憲の是非を問う国民投票が行われる見通しとなった。深夜に開かれた議会で、改憲案は賛成339、反対142で承認された。賛成票は憲法改正を最終承認する国民投票を行うために必要とされている全議員の5分の3に当たる330票を上回った。
 トルコは大統領が国家元首だが議院内閣制を採用しており首相の権限が強い。改憲案は現代トルコで初めて大統領に行政権を持たせる内容で、広範囲に影響を及ぼすとして論争を呼んでいた。改憲案では大統領が閣僚任免権を持ち、トルコ史上初めて首相が廃止される代わりに1人以上の副大統領が置かれる。憲法が改正されれば議会選と大統領選が同時に行われることとなり、改憲案は最初の選挙の投票日を2019年11月3日と定めている。大統領が非常事態を宣言できる条件も緩和されるほか、当初宣言できる非常事態の期間も現行の12週間から6か月に延長される。
 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのトルコ代表、エマ・シンクレアウェブ氏はトルコの改憲案は米国やフランスなどの憲法と異なり、大統領の権力をチェックする機能がないと指摘。トルコ弁護士連合会のメチン・フェイジオール会長はトルコをオスマン帝国時代に引き戻すものだとして改憲案を厳しく批判している。
(1月21日、AFP)

日本のマスゴミはあまり取り上げていないようだが、これは本来相当にセンセーショナルなニュースであるはず。これも同じ目標を持つと思われる安倍政権への配慮かもしれない。

トルコは大統領府を置いてはいるものの、基本的には議院内閣制で、2007年の憲法改正前は議会から選出されていた。その権限は、人事権と拒否権を有してはいるものの、行政権や立法権は極めて限定的なものとなっており、ドイツのような象徴大統領以上だが、ロシアやフランスのような半大統領以下という制度になっている。だが、07年の憲法改正を経て、国会議員20人以上の推薦を得た者が立候補して国民投票で選出される仕組みに変更された。
そして、行政権は大統領の指名と議会の承認を経て就任する首相が担うが、長いこと議会が安定しなかったこともあり、本来強固な首相の権限が十分に発揮されなかった。そのため2度の憲法改正を経て、大統領や司法の権限強化が図られてきた。

今回の改革案は、議院内閣制から完全な大統領制に移行させた上で、さらに非常に強い権限を付与するというもので、大統領というよりも「総統」を思い起こさせる制度になっている。本来、議院内閣制は議会による権力の統制と安定に重きを置き、大統領制は権力の分立とバランス機能に重きを置くシステムなのだが、トルコの場合、安定を求めるがあまり、権力を集中させたまま大統領制への移行が模索されており、非常に権威主義的なシステムになる可能性が高い。今後は、議会の立法権や司法の独立がどこまで担保されるかに焦点が当たりそうだ。

トルコは不安定さを抱えつつも、欧米化と近代化を追求してきた中東の「先進国」だったが、そのトルコがアジア・ロシア的な権威主義に傾倒することになれば、その影響は中東や中央アジアに拡大するものと思われる。
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2017年01月20日

ロシア人とマブダチになるために

【<首相>今年前半の訪露に意欲】
 安倍晋三首相は8日、山口県下関市での地元後援会の会合で、北方領土問題を含む平和条約締結交渉に関連し「今年前半にロシアを訪問したい」と述べ、プーチン大統領との再会談に改めて意欲を見せた。首相は昨年12月の日露首脳会談直後に「来年(2017年)の早い時期にロシアを訪問したい」と語っていた。 首相は日露会談が行われた同県長門市の温泉旅館での後援会会合でもあいさつし、「『平和条約問題を解決する自らの真摯(しんし)な決意を(両首脳が)表明』と(プレス向け)声明に盛り込めた。70年間1ミリも動かなかった交渉に大きな一歩をしるせた」と意義を強調した。首相は昭恵夫人や母の洋子さんと共に、同市内にある父・晋太郎元外相の墓参りもした。その後、記者団に「私の世代で、父の悲願だった平和条約締結に終止符を打ち成果を出したい。この思いを報告した」と語った。首相は7日から3日間の日程で地元の山口県を訪れている。
(1月8日、毎日新聞)

本気でロシア人とトモダチになりたかったら自らのマチスモを示すほか無い。
例えば真冬のロシアに行って、マイナス20度の中、「今日はそんなに寒くないから」(本当の寒さは−30℃から)とプーチン氏と猟銃持って狩りに出て何時間も待って鹿を撃ち、家に戻ってグリルしながら、サウナ(バーニャ)に入って白樺の枝で互いの体を赤くなるまで叩きまくり、熱くなったら裸のまま外に出て雪中に飛び込んで、またサウナに戻り、ウオッカを飲みながら硬い鹿肉を平らげる、ということをすれば、ロシア人は初めて「Наш человек」(死語でマブダチ)と認めてくれる。
まぁアイヌ以外、99.9%の日本人はムリ。
私も仮に自分が総理大臣で日露協商が不可欠となれば仕方ないと思うが、それ以外は謹んでご辞退申し上げる。
posted by ケン at 12:04| Comment(3) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする