2020年03月19日

パラサイト 半地下の家族

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『パラサイト 半地下の家族』 ポン・ジュノ監督 韓国(2019)


「殺人の追憶」「グエムル 漢江の怪物」「スノーピアサー」の監督ポン・ジュノと主演ソン・ガンホが4度目のタッグを組み、2019年・第72回カンヌ国際映画祭で韓国映画初となるパルムドールを受賞した作品。第92回アカデミー賞でも外国語映画として史上初となる作品賞を受賞したほか、監督賞、脚本、国際長編映画賞(旧外国語映画賞)の4部門に輝くなど世界的に注目を集めた。キム一家は家族全員が失業中で、その日暮らしの貧しい生活を送っていた。そんなある日、長男ギウがIT企業のCEOであるパク氏の豪邸へ家庭教師の面接を受けに行くことに。そして妹ギジョンも、兄に続いて豪邸に足を踏み入れる。正反対の2つの家族の出会いは、想像を超える悲喜劇へと猛スピードで加速していく……。共演に「最後まで行く」のイ・ソンギュン、「後宮の秘密」のチョ・ヨジョン、「新感染 ファイナル・エクスプレス」のチェ・ウシク。

話題の映画を少し遅れて鑑賞。
ソン・ガンホを久しぶりに見て懐かしい感じ。
スラムの半地下のアパートに住む一家が、ひょんなことから金持ちと縁を持ち、次々と「寄生」していくという文字通りの話。
韓国の貧困層の生活ぶりや格差社会を描く社会性とサスペンス調の娯楽性の組み合わせが見事ではあるが、この組み合わせをエンターテインメントとして「消費」して良いのかという疑問がある。貧困層の描き方もいささか通俗的で、ラストの過剰な演出についても疑問を覚えるところもあった。
確かに設定といい、見せ方といい、良くできているとは思うのだが、やはりケン・ローチや彼を師と仰ぐ是枝裕和監督の手法の方が、やはり「あるべき」正統派なのだろうと思う。
特に否定はしないし、ダメ出しするつもりもないのだが、世間で言われるほどの評価は理解できなかった。
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2020年03月10日

ドラマ トロツキー



Netflixで放映している、ロシアのПервый канал(第1チャンネル)が制作した歴史ドラマ。
まぎらわしいことにロシアには「ロシア1」という国営放送局があり、混同されがちだが、「1チャン」は民間テレビ局である。とはいえ、現在ではロシア政府の方針でその株式の51%は政府が保有している。

日本風に言えば「なんちゃって民間」なのだが、それでもソ連期には「背教者」とされたトロツキーをドラマにするくらいには自由を保っていると言える。
しかも、その描き方が半端ない。これはむしろ民間だからだろう。
名作『エカテリーナ』は国営放送局のロシア1がかなり丁寧に、かつできるだけ史実に忠実に作り込んでいたのに対し、本『トロツキー』は敢えて史実に忠実であろうとはしていない。
にもかかわらず、圧倒的な迫力とある種のリアリティを感じさせるのだ。
それは、本作が「あくまでもトロツキーの主観」の再現に重点を置いているからだろう。

本作は1940年、暗殺される直前にトロツキーが過去を回想するという方式を採っている。
これ自体はありがちすぎる設定なのだが、この「ありがち」を逆手にとって、「トロツキーの目で見たロシア革命」をトコトン再現している。
そのため、歴史ドラマにもかかわらず「オレ最強」「自分以外全員敵」「文句あるヤツは皆殺し」「でも正義のためだからOK」と完全に突き抜けてしまっている。
普通なら歴史ドラマとして成立しないレベルであり、実際にロシアの歴史家たちからは酷評されているのだが、「いえいえ、最初から史実では無く、革命家トロツキーの主観を再現しようという試みですから!」と居直ってしまっている。そして、ある程度ロシア革命史を知っている者ならば、「トロツキー視点ではそうなるよねぇ」「だってトロツキーだもん」と納得できる完成度になっている。
実際のところトロツキーは、恐ろしく自信家で、他人を人と思わず、自分の信念を信じて疑わず、敵には容赦なく、およそ仲間というものを作ることのできない人間だった。それだけに、トロツキーの評伝を読めば、「トロツキー視点なら仕方ない」と納得がいくのだ。

そして、個々の映像や表現は非常に優れていて、帝政期や革命期のペテルブルクの再現度は非常に高く、当時のモノクロ写真に色を付けたかのような再現度になっている上、トロツキーを始めレーニンやスターリン役の役者の演技も素晴らしく、声のトーンや話し方まで史実の再現を試みている。レーニンも演説などの録音が残っていて、私も聞いたことがあるが、高い粘着質なトーン・話し方まで再現されており、「やべぇ、本物だ!」と思ってしまった。レーニンとトロツキーの微妙な関係の描き方も非常に良い。これも「トロツキーの目から見たレーニン」なのだろうが、今まで見た映像作品の中で一番納得の行くレーニン像だった。
他にも帝政期の軍服もカッコ良く見えてしまうところも凄い。黒コートが欲しくなってしまう。
ただ、日本語訳はけっこういい加減で、参考程度にしかならない。

ロシア好きにとっては『静かなドン』『ドクトル・ジバゴ』とともに、革命期ロシアの貴重な資料として見ておくことをお勧めしたい。
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2020年03月02日

Netflix ウィッチャー

今回帰国して(もう一ヶ月以上前なのだが)最初にやったことの一つはNetflixに加入して『ウィッチャー』を見ることだった。



ちょうど年末に配信が開始されたので、見ずにはいられなかったというか、今回の帰国に際し、最も楽しみにしていたものの一つだった。
残念ながら中国ではNetflixは配信されていない。
もともとゲームの『ウィッチャー3』自体、あまりに完成度が高く、わざわざ実写化する必要を感じないほどの出来だったわけだが、「そこはそれ」で、やはりドラマとして客観的に見たいという気持ちもあったし、どうドラマ化するのかという期待も少しあった。
とはいえ、今もって「人生最高のRPG」と思っているだけに、どうしても評価は厳しくなってしまう。



基本的には原作を忠実に再現しているようで、むしろゲーム版の方が独自解釈が入っているようなのだが、ドラマ化された部分は日本語未訳だそうなので、私も設定でしか知らない部分だった。つまり、ゲラルトがイェネファーやシリに出会う前の話を、各キャラクターの視点から描いている。
そのため、視点や時間軸が飛び飛びになって、原作の設定を知らないと分かりづらいところがあるのは否めない。
また、一部のキャラの名前も原作に忠実にポーランド名にしているが、ゲーム版は英語名なので、この点も最初は戸惑うかもしれない。
ストーリー的には原作に忠実に善悪とは無縁の世界観を描こうとしているようだが、どうしても所々にアメリカンな「悪即斬」的解釈が入ってしまい、「頑張ってはいるんだが、やっぱりそうなっちゃうのか」観は避けられなかった。アメリカ人はどうしても話を善悪の方に持って行きたがるところがダメなんだよなぁ。
キャストだが、ゲラルト役のヘンリー・カヴィルは「いかにも」な感じでゲーム版と違和感ないのだが、他の配役はゲーム版に慣れすぎた私からすると違和感が多いし、どうしてもアメリカ寄りで原作のスラヴ文化っぽさが失われているように感じる。演技やドラマ性は悪くないのだが。。。
戦闘やアクションも再現性は悪くないのだが、中途半端に実写とCGが併用されているだけ、どうしても作り物っぽさが強調されてしまい、ゲーム版のようなリアリティ(ホンモノっぽさ)は感じない。

全体としては良いできだし、かなり頑張っているとは思うのだが、やはりゲーム版の完成度には達しておらず、厳しめの評価になってしまうようだ。とはいえ、シーズン2が完成したら、もちろん見る予定である。
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2020年02月25日

T-34 レジェンド・オブ・ウォー ダイナミック完全版


『T-34 レジェンド・オブ・ウォー ダイナミック完全版』 アレクセイ・シドロフ監督 ロシア(2019)

基本はソ連映画の名作『鬼戦車T-34』のリメイクなのだが、制作者たちは明言していない。
認識的には、「同じネタから別の作品をつくった」ということなのだろう。
徹底的に「戦車アクション」に特化した映画で、「ここまでやれば文句ねぇだろ」くらいに突き抜けている。
共通するのは、「赤軍捕虜がドイツ軍の実験用戦車を奪って収容所を脱出する」だけとも言える。

とにかく「戦車ファンサービス」全開の映画で、冒頭部分はT-34/76で独軍三号戦車相手に無双、主要部はT-34/85で独軍五号戦車相手に無双する。
確かに結論だけ述べれば、あり得ないくらい無双するのだが、個々の描写は恐ろしくリアル。
CGや特殊効果を使って戦車内の密閉空間の恐ろしさも見事に表現している。
戦闘シーンについても、非常によく考えられており、「ダイス目が爆発すればこんな感じかも」くらいになっている。
従って、結果的には「え〜」と思うところがあっても、見ている間はまさに「手に汗握る」展開と描写なのだ。
本作を見てしまうと、改めて『フューリー』の駄作っぷりが強調されるだろう。

戦車もT-34は本物だし、ドイツ軍の戦車もなんちゃってではなく、こちらは張りぼてとCGを使っているものの、ちゃんと三号と五号に見える。
主役はもちろんT-34なのだが、ガルパン並の機動を見せ、とにかく速い。
音にも拘りを見せており、戦車内の跳弾音とか、マジで聞いているだけで心臓に悪い。
色々な映像、見せ方があざとい(わざとらしい)側面はあるものの、割り切ってしまえば楽しめるはずだ。

ケン先生が見たのは「ダイナミック完全版」で、通常の「海外公開版」に26分が追加されたものとのことだが、どこが追加されたのか分からないくらい自然だった。元々はこちらがオリジナルなのだろう。
この手の映画にしては長めだが、全く気にならない。
DVD(出たら)は完全版で買うべきだ。
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2020年02月21日

タンク・ソルジャー 重戦車 KV-1


『タンク・ソルジャー 重戦車KV-1』 コンスタンティン・マクシモフ監督 ロシア(2018)

相変わらず突っ込みどころ満載のロシア製戦車映画。
笑いながら突っ込みつつ、「生KV-1さえ見られるなら、後はどうでもいい」人向け。
ストーリーも恋愛要素も取って付けたような話で、女性整備士の婚約者設定とか別にいらねぇんじゃね?と思うものの、まぁそこは重要では無いのだろう。
とにかく「KV-1を主役に据える」ことを目的とした作品で、いっそ心地が良いくらいだ。
メンテは大変だし、部品は足りないどころか、「戦場戻って漁ってこよう」だし、駆動系は重くて言うこと聞かないし、走ってもノロノロなのだが、前面装甲の分厚さだけは無敵で、笑えるくらい独軍の戦車砲を跳ね返して無双するのである。主役以外の赤軍戦車が次々と撃破されるのは、ロシア映画のお約束。跳弾音のリアルさだけでもお腹がいたくなってきそうだ(笑)

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ただ、ドイツ軍の戦車は「なんちゃって四号H型」なのだが、見た目的には六号にも見えてしまい、「出てくる戦車はみなタイガー」なのはアメリカもロシアも同じらしい。残念なことに、出てくるT-34が全て85型であるのはいただけない(2年近く早すぎる)。
ドイツ軍の戦車にしても、KV-1の装甲が圧倒的だったのは、三号と四号が短砲身だったためで、長砲身の四号に対して無双するのは無理筋だろう(確かに正面や砲塔はガチガチなのだが)。

と突っ込みどころは満載なのだが、そんなものはどうでもいいと思えるくらい、KV-1の魅力に溢れた作品であるのは間違いない。


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2020年02月14日

『彼らは生きていた』


『彼らは生きていた』 ピーター・ジャクソン監督 英(2018)

「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン監督が、第1次世界大戦の記録映像を再構築して製作したドキュメンタリー。第1次世界大戦の終戦から100年を迎えた2018年に、イギリスで行われた芸術プログラム「14-18NOW」と帝国戦争博物館の共同制作により、帝国戦争博物館に保存されていた記録映像を再構築して1本のドキュメンタリー映画として完成。2200時間以上あるモノクロ、無音、経年劣化が激しく不鮮明だった100年前の記録映像にを修復・着色するなどし、BBCが保有していた退役軍人たちのインタビューなどから、音声や効果音も追加した。過酷な戦場風景のほか、食事や休息などを取る日常の兵士たちの姿も写し出し、死と隣り合わせの戦場の中で生きた人々の人間性を浮かび上がらせていく。


第一次世界大戦の記録映画を最新技術で着色すると同時に、読唇術をもって登場人物の台詞まで再現した労作。当時のモノクロフィルムの恐ろしいまでのシャープさに驚かされる。彩色も非常にナチュラル。記録映画なので、内容自体は退屈なところもあるが、作り物ではない、当時の生の映像と証言は非常に貴重。惜しむらくは人の入りが良くないようで、早々に終わってしまう可能性があること。

15歳で軍に志願し、連隊本部で年齢を聞かれ、「15歳です」と答えたところ、「15歳では志願は受け付けられんな、でもう一度聞くが、年齢は?」と聞き返されるなど、非常に生々しい。
他にも「早く志願しないと戦争が終わってしまう」とか「戦争が終わって帰国したら、今までどこに行ってたんだ?と言われた」とか、当時の人々の貴重な生の証言を聞くことができる。
映像的にはマークT戦車の質感が素晴らしく、動いてるだけでも感動物だし、音の再現も半端ない。

決して「面白い」わけではないが、他では得られないものがある貴重な作品である。
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2020年02月12日

山口つばさ『ブルーピリオド』

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山口つばさ『ブルーピリオド』(講談社、既刊六巻)

昨年読み始めた漫画の中で最も「刺さった」作品で、すでに何度も読み直してしまった。そんな漫画は最近珍しい気がする。

ちょっとヤンキー入ってるけど、成績は良い高校生の主人公。しかし、特にやりたいこともなく、今ひとつ生の実感がわかずに空虚な生活を送っている。
そこに絵画と美術部に出会い、一気にアートの世界に目覚めて行くが、「芸術大学に行く」「芸術大学に入る」という難関にぶち当たる。

この作品が非常に斬新なのは、「少年が自分の才能に目覚めて、努力して数々の難関を乗り越えてゆく」という少年漫画やスポーツ根性物の「王道」をアートの世界を舞台にして描いていることが一点。同時に、『ドラゴン桜』のような受験ネタを美大受験に置き換えている点も、非常に面白い。東大が東京芸大になっているのだ(漫画家本人も東京芸大出出身、なお東京芸大は日本で唯一の国立美大で、大阪芸大は私立)。
美大を舞台にした漫画だと、やはり「ハチクロ」が鉄壁かもしれないが、恋愛要素は今のところ非常に薄く、アートに関するオタク的知識が満載されている点も、男性寄りに偏っていると言える。
しかし一方で、性的指向に悩む女装の男性が準主人だったり、男性なのか女性なのかわからないキャラがいたり、少年漫画では描かれない繊細なジェンダー観も非常に読ませてくれる。

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内容的に色々詰め込みすぎな感じが現代的ではあるのだが、それが苦痛にならずに、むしろ色々考えさせてくれる点が秀逸なのだ。
そして、数々の名台詞が超カッコ良く、これまた何度も読みたくなる衝動に駆られてしまう。

また、個人的に高く評価しているのは、先生の描き方が非常に丁寧であること。登場する先生たちは、生徒一人一人を見て、生徒が何を求め、どう導いて行くか、あるいはどう気づかせて行くか、真摯に考え、対応している。いささか理想主義的なのだろうが、それが嫌みでは無く、教員の一人として読んでいて、気づかされる点も少なくない。
「先生が良い」なんて思わせてくれる作品は今日では非常に珍しいのではなかろうか。

私の場合、アートとはあまり縁の無い世界で生きてきた割に、幸いにも周囲に美大出身者が何人かいるので、色々想像できる点も良かった。
今後も大事に見ていきたい作品である。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする