2017年09月25日

オン・ザ・ミルキー・ロード

AMOoiCFAj1.jpegborder="0">
『オン・ザ・ミルキー・ロード』 エミール・クストリッツァ監督 セルビア・英米(2016)
戦時中のとある村。ロバに乗って銃弾をかいくぐりながら兵士たちにミルクを届ける牛乳配達人の男は、村の美しい女性に愛されて幸せな毎日を送っていた。ところがある日、謎めいたイタリア人美女と恋に落ちたことで、男の人生は一変する。イタリア人美女の過去が原因で村が襲撃され、2人は危険な冒険の旅へと身を投じる。



アンダーグラウンド』『黒猫・白猫』で知られるセルビアのエミール・クストリッツァ監督の最新作。
一応架空の国という設定のようだが、どう見ても内戦中の旧ユーゴスラヴィア。セルビア語だし。「3つの実話と多くの寓話から構成される」というのが冒頭の説明。
過酷で痛ましい内戦を、ロマンスとファンタジーに仕上げてしまうクストリッツァ監督の手腕は相変わらずだ。しかも今回は本人が主演。ロード・ムービー的でどこか狂騒的であり、動物満載で冗長なところも毎度のこと。
前半部の内戦はどこか「隣村との紛争」のような牧歌的なところがあったものの、ひとたび多国籍軍が介入すると全てが灰燼に帰してしまうところは、非常に象徴的だ。

今までの作品と比べると、より分かりやすくなっている点と、その反面で物語が一直線になっているところが評価の分かれるところかもしれない。まぁ元々観る人を選ぶ監督なので、クストリッツァ・ファンであれば急いで観に行くべきだろう。
posted by ケン at 12:36| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

映画 ダンケルク

Txtd_Intl_Tsr_1sht_DNKRK_master-rev-1-432x640.jpg
『ダンケルク』 クリストファー・ノーラン監督 英蘭仏米(2017)



有名ではあるが、私的には馴染みの無い監督で、「どうしても見たい」というほどでは無かったのだが、母と妹が先に見て「凄く良かった」と言うので、動員前に急ぎ見に行った。しかも妹からは「IMAX限定」との指定もあった。帰りに新宿で見られるから問題なかったが。どうやら娯楽映画の大家らしく、IMAX(70mm巨大フィルムによって撮影された超大画面上映)が前提で撮影されているため、通常の映画館の画面だと撮影された映像の上下約40%が切り取られてしまうのだという。

前にゴジラを見たときにTCXで見て「巨大スクリーン」のイメージはあったものの、それよりもさらに巨大で、真ん中よりも少し後ろの席に着いたものの自分の肉体的視野に収めるのが難しく、「もっと後ろにすべきだった」と思ったほどだった。
同時に音響も巨大であると同時に立体感のあるつくりになっていて、特に銃弾の跳弾音がリアルすぎて恐ろしかった。
また、70mmフィルムの映像は色彩がどこまでも深く、重みがある。言葉にするのは難しいのだが、自分で写真を撮るものなら、見れば感動するはずだ。
TOHOシネマの場合、特別料金で500円増しだったが、まぁ妥当な経費と言えるだろう。全ての映画がそうなると苦しいが。

史上最大の救出作戦と言われる「ダイナモ作戦」が展開された、第2次世界大戦のダンケルクの戦いを描く。ポーランドを侵攻し、そこから北フランスまで勢力を広げたドイツ軍は、戦車や航空機といった新兵器を用いた電撃的な戦いで英仏連合軍をフランス北部のダンケルクへと追い詰めていく。この事態に危機感を抱いたイギリス首相のチャーチルは、ダンケルクに取り残された兵士40万人の救出を命じ、1940年5月26日、軍艦はもとより、民間の船舶も総動員したダイナモ作戦が発動。戦局は奇跡的な展開を迎えることとなる。

多少世界史をかじったことのある者なら「ダンケルク」の地名くらいは聞いたことがあるかもしれないが、「実際に何が起こったのか」までは歴史書や軍事書を読んだことがないと分からないかもしれないくらいのテーマである。
しかも、本作では背景説明が殆ど省略されている上、登場人物の台詞すら極限まで最小に抑えられているため、歴史を知らないものにとっては「脱出サスペンス」でしかないかもしれない(監督自身もそう言っている)。

本作は「陸軍兵士の一週間」「撤退作戦に徴用された民間船の一日」「戦闘機パイロットの一時間」の三つの視点が交互に繰り返される構成になっており、どれも非常に秀逸で厭きることなく緊張感が続く。
駆逐艦は実際のそれを修復して使用、スピットファイアMk.VBも実際の復元機を使用、メッサーシュミットBF109はスペインでライセンス生産された「イスパノ・ブチョン」を改造して使用するなど、恐ろしくレアリア(実物)にこだわっている。スピットファイアのロールスロイスのエンジン音は、作中の登場人物も「美しい音」と言っていたが、確かに感動物だ。

ただ難点を言えば、映像だけでドラマ性が最小限度しかないこと、ダンケルクの街並みが最前線なのに美しすぎること、史実はかなり荒れた天気だったこと、登場する英国軍人がいささか美化されていること(されすぎとまでは言わないが)などが挙げられる。
私の基準では「戦争映画」とは言えないが、これはこれで「超巨大作品」だと言える。

【追記】
撤退してきた兵士に対する政治家と国民の対応、態度を見ると、同じ君主制国家でありながら、天と地ほどの違い(君主制を護持するためだけに自国の8千万国民を何の躊躇無く皆殺しにしようとしていた某国)があったことが分かるだろう。
posted by ケン at 02:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

アルチンボルド展 2017

201706201736460.858122l.jpg
アルチンボルド展 国立西洋美術館にて9月24日まで 

ハプスブルク家、特にルドルフ2世に寵愛された宮廷画家で、マニエリスム期(ルネサンスの次代、16世紀後半)を代表するジュゼッペ・アルチンボルドの展覧会。
リアルな果物、野菜、動植物、本などを寄せ集めた肖像画(寄せ絵、騙し絵)で知られるが、日本では「知る人ぞ知る」レベルで、私などは澁澤龍彦先生に熱狂していたため興味を持っている。

大昔にウィーンの美術史美術館に行ったときにじっくりと眺めて以来だろうか。
実際に生の作品を見ると、印刷や画像で見るのとは全く質感が異なり、肖像画を構成する野菜や動物がいかにリアルに描かれているか驚かされる。絵の発想や構想といった想像力・創造力の部分と、観察や再現にこだわる科学力の部分の融合が、あまりにも見事なのだ。まぁ自宅に飾りたいとは思わないが。。。

その奇抜さから後世の人間からは精神異常を疑われたが、現実には単なる宮廷画家ではなく、帝室式典の企画・運営から衣装デザイン、庭の設計、楽器の開発まで携わった、いわばレオナルド・ダ・ビンチに匹敵する「科学者」だったことが分かっている。

なお、こうした寄せ絵、騙し絵のセンスは、100〜200年後の日本の浮世絵にも見られ、文化の爛熟期の見られる共通の何かなのかもしれない。

展覧会自体も、やはり他の著名な作家のそれほどには混雑しておらず、点数も多くないので、非常に見やすくなっており、お勧めしたい。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

ウィッチャー原作小説邦訳

21125661_1029467860489415_7963859726895828875_o.jpg

Saga o wiedźminie(Wiedźmin) przetłumaczone na język japoński!
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

Cross of Iron(戦争のはらわた)

harawata.jpg
『戦争のはらわた』 サム・ペキンパー監督 英独ユーゴ(1977)
新宿シネマカリテでは9月中旬まで



『昼下がりの決闘』や『ワイルドバンチ』など西部劇映画の名手として知られるペキンパー監督が唯一撮った戦争映画にして、今日に至るまで戦争映画の金字塔と言える作品。
まだまだ連合国視点の戦争映画が主流だった時代に、ドイツ軍の小隊を舞台に末期的な戦闘(まだ43年夏だが)を、善も悪も無くひたすら残酷かつアナーキーに描き切ったことで、極めて鮮烈なイメージを作り出すことに成功している。
技術的には比較にならないほど進化した現在にあっても、『プライベート・ライアン』や『フューリー』のような英雄万歳的な作品が横行していることを考えれば、『戦争のはらわた』の先進性は今後も失われることは無いのでは無かろうか。

1943年夏、東部戦線タマン半島(クリミア半島からケルチ海峡を隔てて大陸側)。前年のブラウ作戦に失敗し、カフカス戦線から退却してきた部隊を収容しながらソ連軍と戦う偵察小隊が舞台となる。主人公のシュタイナーは、老伍長ながら実質的な小隊長で兵卒からの信頼も圧倒的な「頼りになる男」なのだが、とにかく反権力で権威を憎んでいる。そこにプロイセン貴族で「鉄十字章」欲しさにフランスから東部戦線に志願してきた中隊長が赴任してくる。圧倒的な物量と兵力で次々と襲いかかってくるソ連軍を前に、独軍内は士気が弛緩し、腐敗が蔓延していた。

本作の魅力は語り出すと止まらなくなってしまうが、何よりも人物造形と脚本が秀逸で、ジェームズ・コバーン扮するシュターナー伍長(後に軍曹)が、無敵のアンチ・ヒーローを演じ、それを「あり得ない」と思わせないところがまず凄い。
従来の戦争映画がどこまでも不自然なのは、責任感や使命感の強い主人公が無敵である点で、実際の戦場は責任感や使命感の強い「いいヤツ」から真っ先に死んでゆくものなのだ。例えば、「ここは俺に任せてお前は先に行け」とか「行方不明になった部下を助けに行く」などという兵士こそ最も死に近いところにある。戦争が本質的に邪悪であるのは、「いいヤツ」から死なせてしまうところにもあるのだ。

また、技術的にもカットやコマ割が細かく、「見づらい」という人もいるかもしれないが、これが刺激的な仕上がりになっている。今回はデジタル・リマスターできれいに再処理されており、あらためて実感させられた。撮影後も編集に力を割いた作品だったことが分かる。スローモーションの多用も、現在では「わざとらしい」と感じてしまうこともあるが、本作では非常に効果的に使われている。

img_1.jpg

本作では、ドイツ軍人をイギリスの俳優が演じ、ソ連軍はユーゴスラヴィア軍の協力で演じられているため、今日見ると色々違和感を覚えるところはあるのだが、どれも「些末」で済まされるほどの名作なので許される事態になっている。
興味深いのは、70年代後半にあっても旧ユーゴ軍の備蓄兵器として、第二次世界大戦当時の赤軍装備が山積されており、本作の撮影で「大放出」された点にある。従って、本作に出てくるPPShからT34(85の方だが時代考証的には43年には実用化されていない)まで実戦使用可能な「本物」なのだ。主人公らが鹵獲兵器をどんどん使うあたりもリアリティがあって良い。

そして、内容もさながら、冒頭の記録映像に併せて流れる童謡「幼いハンス」(日本では何故か「蝶々」)と、ラストのシュターナー軍曹の高笑いだけでも、鑑賞後も頭にこびりついて夢にも出てきそうなほど強い印象を残してくれる。これだけ徹頭徹尾強烈な印象を残す戦争映画は、岡本喜八先生の『沖縄決戦』くらいではなかろうか。

なお蛇足だが、ブラント大佐役のJ・メイソンは実際の二次大戦では良心的兵役拒否者となり、一族から長いこと勘当されていたという。
posted by ケン at 12:34| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦

20170405-00000005-dramanavi-1-00-view.jpg
『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』 ショーン・エリス監督 捷英仏(2016)

またまたビミョーな邦題が付けられているが、確かに原題の「エンスラポイド」(作戦名)では何の話かサッパリ分からない。映画などの邦題の付け方は何とも難しいものがある。

ナチス・ドイツSSの国家保安本部長官にしてベーメン・メーレン(ボヘミア)保護領副総督(総督は傀儡なので実質総督)だったラインハルト・ハイドリヒを、亡命チェコスロヴァキア政府(在ロンドン)の指令を受けた元軍人らがチェコに落下傘降下して潜入、現地レジスタンスの協力を得てこれを襲撃する計画を立て、実行する。だが、SSによる報復は壮絶を極め、レジスタンス(テロリスト)も追い詰められてゆく。



以下、ネタバレ注意!

できるだけ史実を忠実に再現しており、脚色部分は最小限(恋愛部分)に抑えられている上、演出もレジスタンス(テロリスト)を格別に美化することなく、計画に反対する者や裏切り者、あるいはSS隊員による拷問もきちんと描いており、非常に骨太で冷徹な出来になっている。恐らくはイギリス映画であって、ハリウッド映画ではないことに起因しているのだろう。個人的には高く評価したいが、興行的には心配である。

特に推奨したいのは、いまどき16mmフィルムで撮影された映像美で、全体的にアンダー目で撮られた粗い粒子の質感や抑えられた色彩が、非常に1940年代のプラハのイメージにマッチングしており、微細にまでこだわった当時の街並みの再現度と相まって、まさに当時のプラハで撮影したかのようなイメージを抱かせてくれる。所々で映し出されるプラハの街並みの美しさはひたすら感動物で、これが上手く過酷なストーリーと対称をなしている。確かにこれをデジタルで撮ってしまうと、いかにもセットっぽくなってしまい、逆にリアリティが失われてしまっただろう。

暗殺シーンも結構アッサリしており、その後の隊員の逃亡劇やSSによる追跡もきちんと描かれているのだが、最後の大聖堂に立て籠もっての籠城戦だけはクライマックスだからとはいえ、「盛り過ぎ」の観は否めない。7人対700人で壮絶な射撃戦が繰り広げられ、戦闘描写も巧みで見応えはあるのだが、無謀に突入してくるドイツ兵がバカに見えてしまう。

ちなみに映画では「大聖堂」とか「神父」とか出てくるので、「プラハのカトリック?」と思ってしまう人が多そうだが、実際には「チェコスロヴァキア正教会」で、当時はまだ未独立でロシア正教会の一支部という扱いだった。当時、基本的にバチカンはナチス支持だった。またプロテスタントは原理的に大教会(聖堂)を否定しているので、7人も匿えるような大教会を有しているのは正教会しか無かった。同時に独ソ戦が進行中で、ロシア正教会自体が存続の危機にさらされていただけに、レジスタンスへの協力もなされたものと思われる。
舞台となったプラハ中心部にある聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂には、当時の銃撃戦の弾痕が残されているらしいので、次にプラハに行くことがあれば訪れてみたい。

もう一点残念なところは、SS隊員はみなドイツの役者が演じてドイツ語をしゃべっているのに、肝心の主人公はイギリスとアイルランドの俳優で英語で話している点で、ちょっとチェコ人には見えない。欧州に滞在した経験の無い人なら気にならないレベルかもしれないが・・・・・・

歴史的には、ロンドンにあったチェコスロヴァキアの亡命政府がレジスタンス活動による成果を十分に上げられず、英政府から軽んじられるようになり、目立った成果を上げて自己アピールしたいがために「ハイドリヒ暗殺」命令を下したものと見られる。すでにハイドリヒらの手によって現地レジスタンスは窒息寸前にあったが、暗殺実行に伴う捜査と報復によって完全に壊滅、終戦に至るまで実質的な活動は行われなかった。SSは5千人からの市民を見せしめに殺害、リディツェ村を始め複数の村を「根切り」にし1万人を収容所に送ったが、シュコダを始めとするチェコの生産力は終戦までフル稼働し、ドイツの戦争運営を支え続けた。
「作戦成功」「ナチスによる蛮行」の対価として亡命政府が得たのは、英政府による「ミュンヘン合意の放棄」(ズデーテンランドの帰属確認)だけだった。1945年4月に亡命政府はチェコに戻るが、3年後には共産党独裁に至ってしまった。

現代でも「ビン・ラディン暗殺」を始め、独裁者やテロリストに対する暗殺はたびたび企図、実行されているが、どうも政治的効果以上のものは認められない気がする。もっとも、その政治的効果を最も欲するのが政治家の性分であり、どこまでもタチが悪い。
posted by ケン at 12:11| Comment(3) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月17日

映画『ウィッチ』

DDlK_ysVwAA4fOw.jpg
THE WITCH−ウィッチ』 ロバート・エガース監督・脚本 米加(2015)

ホラー映画なんて超久しぶりに見たけど、これは凄かった。もう一度見たいと思うホラー映画自体、ほとんど記憶にないだけに、日頃ホラーものを嗜まないケン先生としては珍しい。
ピルグリム・ファーザーズ(分離派清教徒移民団)の一家族の末路とグリムなどの残酷童話のモチーフを巧みに組み合わせたサイコ・ホラー。演技も演出も映像も非常にレベルが高い。
若い頃に桐生操先生の残酷童話シリーズに熱狂したことがあるだけに、何十年ぶりかで見ることにしたが、大正解だった。


1630年、ニューイングランド。街を追い出された父ウィリアムと母キャサリンは、5人の子供たちと共に森の近くの荒れ地にやって来た。しかし、赤子のサムが何者かに連れ去られ、行方不明に。連れ去ったのは森の魔女か、それとも狼か。悲しみに沈む家族だったが、父ウィリアムは、美しく成長した愛娘トマシンが魔女ではないかと疑いはじめる。疑心暗鬼となった家族は、やがて狂気の淵に陥っていく・・・。

キリスト教原理主義に支配された家族が、その信仰ゆえに新天地のコミュニティからも追放され、荒野で孤立した生活を余儀なくされるが、その閉じられた空間と信仰ゆえに妄想とヒステリーに陥っていってしまう。確かに画面上の字幕だけ見ていると、戯言や妄想のような台詞が並ぶわけだが、リアルに作り込まれたアメリカ大陸と開拓生活の暗黒面を具現化した映像を合わせると、単純に「狂信者の妄想」と言ってしまうには厳しい現実がある。

ただ、キリスト教の「罪と罰」を土台に、様々な童話や民話のモチーフを盛り込んでいるだけに(盛り込み過ぎなくらい)、キリスト教や欧州文学、あるいはアメリカ移民史についての基本的な知識が無いと、「意味不明なダーク・ファンタジー」で終わってしまう可能性が高い。その意味で日本人にはハードルが高い作品だとは思うが、逆にそれらの知識があれば、巧みに組み合わされて演出されていることに感動するだろう。

ヒロイン役のアニャ・テイラー=ジョイを始め、子役までも迫真の演技で、台詞も古英語(私程度では全然理解できない)なので、映像だけで無く細部にわたるまで作り込まれている感じが良い。山羊や兎までヤバいデス。
posted by ケン at 12:06| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする