2017年03月13日

増村寛 遺作展

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一昨年昇天された、中学、高校の恩師である増村先生の遺作展。
自分もそんな年になったのかと。「お前はいつ個展やるんだ?」と言われているみたいで、腰が引けるけど・・・・・・
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2017年03月12日

映画 ハーモニー 伊藤計劃

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『ハーモニー』 監督なかむらたかし、マイケル・アリアス 日本(2015)



『虐殺器官』に感銘を受け、この機に他の伊藤作品も見てしまおうと思った次第。
本作も同様にセリフが膨大で、原作を読まずに映画だけ見てもどこまで理解できるか、というレベルになっている。しかも、『虐殺器官』に比べて動きが少なく、ラストを除くと見せ場というほどの場面も無いため、人によっては退屈を覚えるだろう。この難解さと退屈さで評価が下がってしまうのは避けられないが、話についていけさえすれば、必要最小限にまとめられていることや声優の名演に高評価が与えられるはずだ。特にケン先生は榊原良子ファンなので、徹頭徹尾ウハウハだった(笑)ただ、CGが「いかにもCG」になっている点、敢えて非現実、人工感を出す演出だとは思うのだが、違和感を覚えないではいられない。映像美という点では『屍者の帝国』に軍配が上げられるが、ストーリーや全体の空気感における、「美しい悲劇」という点が傑出している。

流れ的には『虐殺器官』後の世界で、先進国では高度に発展した医療福祉社会が構築され、政府の管理下で国民は健康と幸福が保障されている。国民はひたすら「善なる存在」であり、そこには悪意すら存在しない「満たされた」社会が実現している。果たして、そこに人の意志や意識はどこまで存在しうるのか、自由や個性にいかなる価値があるのか、ユートピアと表裏一体のディストピアなどがテーマになっている。テーマとしては、『PSYCHO-PASS サイコパス』によく似ているし、言ってしまえばSFの常套ネタなのだが、同性愛、自殺、テロルなどの組み合わせとプロットが抜群に上手いのだと思われる。突っ込むべきところは色々あると言えばあるのだが、そこは原作を読んでからにしたい。
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2017年03月01日

LUPIN THE 3rd 血煙の石川五エ門

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『LUPIN THE 3rd 血煙の石川五エ門』 小池健監督 日本(2016)



『次元大介の墓標』に続く新シリーズ第二弾。
今回もどこまでもハードボイルド路線を追求し、一片の甘さも寄せ付けない作りになっている。今回は特に暴力度が増しており、とてもTVでは放映できないレベルで、TVアニメ版のルパンとは似て非なるものになっている。登場人物も、ルパンを始め、「全員悪人」だ。だが、本来のモンキー・パンチ原作はこれに近かったはず。
私的には、「公安の銭形警部」という設定が非常に燃えるわけだが、その上非常に優秀で格好良く描かれているところが、さらに満足度を高めている。今回の主人公である五エ門のストイシズムは見てのお楽しみで。
声優さんたちも気合いの入った演技で全編緊張感が保たれており、2話1時間の構成だが、非常に充実している。ハードボイルド好きにはお勧めの一作。
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2017年02月24日

太陽の下で-真実の北朝鮮-

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『太陽の下で-真実の北朝鮮-』 ヴィタリー・マンスキー監督 ロシア、北朝鮮ほか(2015)




ロシア人監督が撮った、北朝鮮の「ドキュメンタリー」映画。括弧付きなのは、監督は普通にドキュメンタリーを撮ろうとしたところ、一から百まで当局の指導と監督が入り、徹頭徹尾「やらせ」になってしまったため、途中からカメラを回しっぱなしにして、いかに「やらせ」が行われているかを撮影するドキュメンタリーに変更、他の部分でも録画しっぱなしにすることで様々な生の映像を収録している。もちろん北朝鮮当局のOKが出るわけもなく、検閲前の録画データを先に外国に持ち出すことで成立している。その結果、監督は北朝鮮の「お尋ね者」になっているのだから、まさに命がけの映画であり、日本のジャーナリストに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
地味に衝撃的なラストがけっこう精神ダメージ入りマス!

以下ネタバレ注意!

8歳の子どもがいる一般家庭の生活を追うはずだったが、当局は両親の職業を偽装し、アパートも平壌市内の超一等地の高級マンションを用意していた。ところが、それらは余りにも不自然で全く生活臭を感じさせないものになっている。だが、カメラが回り続けているので、当局による細かい演技指導を含めて、全て暴露されてしまっている。
小学校における思想教育は「そのまま」なのかもしれないが、子どもに対する洗脳教育の凄まじさを物語っている。子どもは子どもで、教室を掃除しながら「わが祖国ほど高貴で美しい国は、この世のどこにも無い〜〜」などと歌っているわけだが、つい「日本のネトウヨと同じじゃん」などと思ってしまう。
個人崇拝の究極型なのだろうが、考えてみれば戦時中の日本もこんな感じだったはずだ。現代の大阪のとある幼稚園とかも。

個々の映像は、何の加工もせず、説明も最小限にして、淡々と繋ぎ合わされているだけなので、ある種退屈ではあるのだが、細かいところで本音の表情や仕草が見えるので、一定の知識を持って注意してみないと「気づき」が得られないかもしれない。
街並み的には、私が留学した頃のソ連末期とそっくりで、どこまでも無機質で商店や食堂の類いも殆ど無く、広告類はゼロ、巨大なモニュメントとスローガンばかりが目立つという案配で、「あ〜ソ連もこうだったよな〜」的な懐かしさを覚えてしまう。

とはいえ、北朝鮮ウォッチャーや共産趣味者(この場合は個人崇拝マニアか)でも無い限り、何が面白いのか分からないかもしれない。その割に、公開から1カ月後の劇場は半分以上埋まっており、若い人も多く、「この人たちは一体何が見たかったんだろう?」と疑問を禁じ得なかった次第。
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2017年02月22日

映画 虐殺器官

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『虐殺器官』 村瀬修功・監督脚本 日本(2017)



一度満席で断念し、二度目で見られたが、来週で終わってしまうのは惜しい。実は『屍者の帝国』の方が見たかったのだが、この時も一度満席で断念し、次に見ようとしたら終わっていただけに、外せなかった。
伊藤計劃の天才ぶりを見事に映像化している。映像だと情報量(セリフ)が多すぎて脱落者が続出しそうなのが難だが、観客に媚びないスタンスが良い。あの分量を二時間の映画でまとめるのは無理がある話だが、きっちりまとめている観がある。2人での会話シーンが多いのだが、戦闘シーンは戦闘シーンで全く容赦なくリアルに描いており、薬物で人間性を抑えての戦闘がどのようなものになるのか考えさせられる。

原作は2007年だが、「911後のもう一つの世界」を舞台に、自由と暴力の相関性が一つのテーマになっている。ぶっちゃけて言えば、「ある自由を守るためには、ある自由を否定する必要がある、あるいは対価とせねばならない」という対テロ戦争の深層である。
「自由は自由との対価でのみ存在する」とか「内戦と虐殺の普遍化」とか、テーマはまさに「ラビリンス」の世界そのもの。今見ると、リベラリズムの瓦解やトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」を予見させるような展開もあり、その先見性に目がくらんでしまう。

かなり玄人向けの作品なのは間違いないが、ブルーレイを購入して普及に努めたくなる出来だった。
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2017年01月21日

平田弘史展

山岸凉子展に続き弥生美術館で開催されている平田弘史展に行く。やはり原画や原書のパワーは強力なものがあり、しばらく頭にこびりついて離れなさそうだ。

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白土三平(カムイ伝)、小島剛夕(子連れ狼)に並ぶ時代劇画の雄なのだが、2人に比べると知名度は低い。主な作品は『薩摩義士伝』『黒田三十六計』。書家としても一部では絶大な人気があり、例えば大友克洋『AKIRA』、山口貴由『シグルイ』、西尾維新『刀語』の題字がある。
知名度が低めなのは、読者を選ぶ独自路線でとうてい万人に勧められるものではないからだが、逆にそれ故にマニアックな人気を博している。また、漫画作品として見た場合、情念が深すぎてストーリー的に分かりづらかったり、下手すると破綻しているので、とにかく読みづらいのだが、それを上回る画力とパワーが読者を魅了している。
例えば『薩摩義士伝』などは、冒頭の第一話からして、東西二軍に分かれた武士群が死罪人の生肝を血だるまになって奪い合う「ひえもんとり」から入るわけだが、一般の読者は97%くらいの人が第一話を読み終えること無く、本を閉じるだろう。だが、残りの3%の人は熱烈なファンになってしまう。『駿河城御前試合』(原作は南条先生)や『日本凄絶史』もその類いだ。
『首斬り朝』や『子連れ狼』を人に勧めまくった私も、平田弘史先生は勧めづらいものがある。

そして、先生は天才である。
劇画も書も独学で、全て「見よう見まね」でしかなく、伝説では「三年働くと、電池切れして三年休み、困窮を極めるとまた再開する」と言われていたが、「当たらずとも遠からず」よりは当たっていたことが判明。さらに、他人に先駆けて1990年代にPCを導入して作画のフルデジタル化を実現するも、「俺には合わん!」と言って元のペン画に戻してしまっている。

現代の時代劇は映画でもドラマでも、中世の蛮性がそぎ落とされて美麗に取り繕われており、武家出身の私からすると、まったくリアリティが無いだけに、平田先生の作品と画は貴重すぎるものがある。
本ブログでも「リアルな時代劇を求めて〜薩摩健児残酷物語」や「薩摩の蛮性」で中世の蛮性を記してきたが、やはり絵があるのと無いのとでは理解が異なるだろう。
武士や戦国に関心のあるものなら、作品を一読して本展に足を運ぶべきだ。

【追記】
個人的にはリアルな「足軽物語」が一本欲しいと思っている。食い詰めた小作人が足軽になって、「戦場働き」をするが、戦もそこそこに田畑には入って米や麦を勝手に刈り取り焼き払い、民家を襲っては掠奪して主を誘拐し、後日駐屯所に立った「人質市場」で奴隷商人と価格バトルを繰り広げ、提示された値段が気に入らないと斬り殺して遁走、また別の武将に仕え、延々と繰り返してゆく話である。やはり世の中に必要なのはリアリズムである。

【追記2】
「観光」「明治百五十年」「死刑」のキーワードを組み合わせると、自然「ひえもんとり」しか出てこないだろう。いま鹿児島でやれば全世界から観光客が何十万人と集まると思うので、ぜひ官邸か観光庁に進言したい。読者の皆さんもぜひこの機会に、海音寺潮五郎「西南戦争遺聞」、里見ク「ひえもんとり」、平田弘史『薩摩義士伝』を読んで欲しい。
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2017年01月17日

ヒトラーの忘れもの

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ヒトラーの忘れもの』 マーチン・サントフリート監督 独・デンマーク(2015)




終戦後、デンマーク・ユトランド半島に埋設された250万個の地雷処理を強制されたドイツ軍少年兵の物語。背景事情は史実に基づいており、実際に多くの少年兵が地雷撤去作業を強制され、全体で2千人以上が動員され、約半数が死亡、あるいは重傷を負い身体に障害を残したとされる。
第二次世界大戦の最末期、ドイツでは13、4歳の少年も戦時動員された。上は65歳くらいまで動員されたという。「僕、ドイツに帰ったら兄さんと会社興して国の復興の手助けするんだ」などという死亡フラグが次々と立つのだが、自分も子どもがいれば中高生くらいかもしれないだけに、精神ダメージがハンパない。仮に自分が軍人だったとして、自軍が埋設した地雷の撤去を強制されるのは諦めもつくが、自分の子どもにそれをさせるのは、さすがにキツ過ぎるだろう。ドイツでは、下手すると祖父、父、子の三代が戦時動員され、相当の確率で戦死しているからシャレにならない。

本編では説明されていないが、これはジュネーブ条約が適用される「戦時捕虜」ではなく、適用外の「降伏元軍人(Surrendered Personnel)」として扱われ、強制労働が可能という理解がなされた結果の出来事だった。
似たようなことは、例えば英軍がビルマで降伏した日本兵に対し行っており、強制労働と捕虜虐待により1600人から死亡している。会田雄次先生の『アーロン収容所』では、日本兵の収容所がわざわざ糞尿処理場の隣に建てられており、虐待され続けた先生は「もう一度イギリスと戦争するなら、英国人は女子どもまで皆殺し」とまでおっしゃっていたと言われる。

話がそれ続けるが、日本でも沖縄では14歳から動員招集がなされた。例えば、吉村昭『殉国』の冒頭、主人公は沖縄県立第一中学校の3年生(14歳)として3月末に招集されるが、その背後では召集令が出なかった1、2年生たちが「自分たちも兵隊にしてくれ」と涙して懇願し、教員は「先に志願しなかったお前たちが悪い!」と一喝、それを見た主人公は優越感に浸ってしまうのである。これは、12歳、13歳の子どもでも志願し(親の承諾付)ていれば、軍に配属されていたことを意味する。さらに上級生からは「一中健児は全員死ね!」と励まされてしまう。県立工業学校で動員された生徒の死亡率は90%を超えた(死傷率ではない)。

本作でも、デンマーク人はドイツ人に対して容赦ない憎悪を浴びせかけ、それは少年兵に対しても例外では無く、そこが一層映画のリアリティを引き立てている。「ジェネレーション・ウォー」に続く、リアルなキツい戦争ドラマだが、我々は目を背けるべきでは無い。確かに本作を見ると、『この世界の片隅に』が「なんだか戦争が災厄みたいに描かれている」という批判がなされるのも頷けるだろう。
相変わらず邦題は微妙すぎるが(原題は「Under sandet(砂の下)」)。
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