2018年09月19日

プーチン提案に外務省がクレーム?

昨日の続き。

【モスクワ共同】ロシアのペスコフ大統領報道官は16日放映のロシア国営テレビのインタビューで、プーチン大統領が12日に前提条件なしの年内の日本との平和条約締結を安倍晋三首相に提案したことに関連し、安倍氏本人からの反応はなかったと語った。
 安倍氏は16日のNHK番組で、プーチン氏の提案があった後に2人でやりとりを交わし、北方領土問題を解決して平和条約を締結するのが日本の原則だと直接反論したと明らかにしたが、ペスコフ氏の説明とは食い違うことになる。
 ペスコフ氏は、プーチン氏の提案後に「実際に安倍氏本人から反応はなかった。東京と外交官から反応があった」と話した。
(9月17日、共同通信)


要するに安倍総理は直接的には答えず、外務省の本省とウラジオストク領事館もしくはモスクワの大使館から強烈なクレーム(外務省を通さずに外交するな!)が付けられた、と考えるのが妥当だろう。

どこまでも害夢省である。
posted by ケン at 19:24| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月18日

プーチン提案の現実味について

【安倍首相「変化球恐れぬ」=プーチン氏提案に】
 安倍晋三首相は17日のフジテレビの番組で、前提条件なしで日ロ平和条約を年内に締結しようとのプーチン・ロシア大統領の提案について「変化球」との認識を示した上で、「恐れていたのでは駄目だ。それを手繰り、ほぐしていくことが必要だ」と語った。
 提案を前向きに捉え、北方領土返還につなげるべきだとの考えを示した発言だ。これに対し、自民党総裁選で首相と争う石破茂元幹事長は「振り出しに戻ったという見方ができるだろう。(日ソ共同宣言に引き渡しが明記された歯舞、色丹)2島はおろか、全く返って来ない(恐れもある)」と語った。
(9月17日、時事通信)

ウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムにおいて、ロシアのプーチン大統領が壇上で突然、「前提条件なしで日ロ平和条約を年内に締結しよう」旨の提案を行ったことに対し、安倍総理がその場で拒否することなく、即答を避けたことについて、批判が上がっている。興味深いことに、特に左派・リベラル系からの批判が強いように見られる。

これは、右派が安倍氏のやることについてほぼ無条件で支持するのに対し、左翼リベラル系は安倍氏のやることなすこと全てについて非難する傾向が顕著であることを示している。
この辺り、日本の左翼リベラル系が多数の支持を得られない大きな原因になっていると思われるし、ケン先生もそれに見切りをつけて政界を去った側面もある。

詳細は本文を読んでもらいたいが、本ブログでは何度も繰り返しているとおり、いわゆる「四島返還論」は、日本がソ連と友好関係を築かせないために、アメリカが仕組み、当時の日本政府が日ソ平和条約を締結しない理由としてでっち上げたネタに過ぎない。
改めて軽く説明しておこう。

北方領土の問題は、本来1956年に締結された「日ソ共同宣言」(条約)の時点で「二島返還」で合意している。日本政府は、二言目には東京宣言やらクラスノヤルスク合意を持ち出すが、これらは当時の政府間の合意に過ぎず、交渉の方向性を示す程度のものでしかない。
日ロ間の領土問題を語るにあたっての法的根拠となるものは、第一に「日ソ共同宣言」が来るというのが国際法上の常識だ。そのポイントは2つ。
【賠償・請求権の放棄】
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、千九百四十五年八月九日(ソ連の対日参戦の日)以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。

ソ連は日本に対する(戦勝国としての)賠償請求権を放棄。さらに、日本・ソ連は相互にソ連参戦以降に生じた戦争結果に対するすべての請求権を放棄している。日本はすでに「不法に北方領土を占拠した」ソ連(ロシア)に対する領土請求権を自ら放棄しているのだ。
さらに、
【平和条約・領土】
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。

これは、法的拘束力を持つ条約で、領土問題よりも平和条約を優先することを自ら規定していることを意味する。つまり、「領土問題解決後に平和条約を」と言う日本政府の主張は自ら条約違反あるいは条約反故を宣言しているようなものなのだ。

松本俊一の『モスクワにかける虹−日ソ国交回復秘録』(朝日新聞社、1966)には、日ソ交渉の経緯と日ソ平和条約案が載っているが、
第四条(日本案)
 ソヴィエト社会主義共和国連邦は、歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すものとする。

第四条(ソ連案)
1 ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望に答え、かつ日本国の利益を考慮して、小千島列島(歯舞諸島及び色丹島)を日本国に引き渡すものとする。
 本条に掲げる諸島嶼の引き渡し方法は、この条約に付属する議定書により定めるものとする。
2 ソヴィエト社会主義共和国連邦と日本国との国境は、付属地図に示すとおり、クナシルスキー海峡(根室海峡)及びイズメーナ海峡(野付海峡)の中央線とする。

というものになっている。
もっとも、日本政府は、同書に掲載されている「日ソ平和条約案」など四点の文書について、「今後の交渉に支障を来すおそれがある」として、あるともないとも答えていない。
→ 「一九五六年の日ソ国交回復交渉に関する質問主意書」(平成十八年二月二日提出 質問第四三号 提出者:鈴木宗男)

ところが、例の当時のダレス米国務長官が「沖縄不返還」をちらつかせて、日ソ平和条約の締結に難色を示した。そして、そこで用いられたのが「固有の領土」論だった。
(前略)米国は、歴史上の事実を注意深く検討した結果、択捉、国後両島は(北海道の一部たる歯舞群島及び色丹島とともに)常に固有の日本領土の一部をなしてきたものであり、かつ、正当に日本国の主権下にあるものとして認められなければならないものであるとの結論に到達した。米国は、このことにソ連邦が同意するならば、それは極東における緊張の緩和に積極的に寄与することになるであろうと考えるものである。
(日ソ交渉に対する米国覚書  1956年9月7日)

その覚書にしても、「国後・択捉が千島列島に含まれない」とは書いておらず、米国のしたたかさを表している。
なお、『モスクワにかける虹』では、ロンドンのホテルで松本俊一氏が耳にした、ダレス米国務長官との会見を終えた重光葵外務大臣の発言を紹介している。
重光外相はその日ホテルに帰ってくると、さっそく私を外相の寝室に呼び入れて、やや青ざめた顔をして、『ダレスは全くひどいことをいう。もし日本が国後、択捉をソ連に帰属せしめたなら、沖縄をアメリカの領土とするということをいった』として、すこぶる興奮した顔つきで、私にダレスの主張を話してくれた。

だが、日本政府は、ダレス・重光会談の事実は認めているものの、その内容については、「今後の交渉に支障を来すおそれがある」として公開を拒否している。→ 上記の鈴木宗男氏の質問主意書

以降、日本政府は方針転換して、日ソ平和条約の締結を断念し、それを糊塗するために「北方領土返還運動」に邁進してきた。外交的失敗を覆い隠すための宣伝が何十年となされた結果、国民のほとんどがそれを信じる事態になっており、いまもって日ロ交渉の最大の弊害となっている。

プーチン氏の提案は、「自分が大統領で、かつ日本で史上最強の権力を有する安倍氏が総理である間に平和条約を締結しないと、今後さらに悪い条件にしかならないだろう」という意図を含んでいる。
左派・リベラル派は、「プーチン大統領が日ソ共同宣言を守って、二島返還するとは思えない」などと叫んでいるが、プーチン氏は何度も「日ソ共同宣言が交渉の土台である」と述べており、その氏が平和条約締結後に共同宣言=条約を反故にしたとなると、締結した日露平和条約そのものが価値を落とすことになり、それはロシアにとって何も良いことはない。
ロシアが日本と友好関係を保ちたいのは、欧州と対峙し、中国が際限なく強大化する中で、日本とは利害を共有できる関係にあるからだ。それは日本にとっても同じである。今さら日本の敵はロシアではないからだ。

かといって、ロシアは妥協するつもりもない。仮に共同宣言を逸脱して国後、択捉を日本に引き渡した挙げ句、そこに米軍基地ができて、長距離ミサイルでも配備された日には、ロシア国内が収まらなくなるだろう。日本政府の対米従属度とアメリカの反ロシアを考えた場合、それは非常に現実的な脅威であり、現物を持っているロシアがそこまで譲歩する理由はどこにもない。

結果、日本はアメリカの顔色を伺いながら、半永久的に領土交渉を行い、平和条約を締結しないか、虚飾だらけの領土交渉を放棄して、すぐさま平和条約を締結するかの二択しかないことになる。時間をかければかけるほど、日本の国力は低下する一方、ロシアと中国の国力は増長し、いずれ日本は極東の小国になってしまう可能性が高い。
確かにプーチン氏は、ロシアにとって最大の利益を考えているだろう。だが、それは日本にとっても「他に選択肢はない」はずなのだ。

いや、つくづく左派・リベラルの連中とは手を切ってよかったと思う。

【参考】
北方領土問題についての基本的理解 
日露交渉さらに困難に 
posted by ケン at 19:00| Comment(3) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月31日

現状維持すら難しい自衛隊

【自衛官採用年齢引き上げへ=30歳上限、人材確保厳しく―防衛省】
 防衛省は21日、主に高卒者を対象とする自衛官候補生などの採用年齢を引き上げる方向で調整に入った。
 現行18〜26歳までの採用年齢について上限を30歳程度とすることを視野に検討する。少子化や景気回復を背景に優秀な人材の確保が厳しさを増していることを踏まえた措置で、陸海空各自衛隊との調整が付けば、2019年度から実施する。
 年齢引き上げは1990年4月に当時24歳だった上限を26歳にして以来、実現すれば約30年ぶり。採用年齢を定めた自衛隊法施行規則などを改正する。
 防衛省が17年度に採用した自衛官1万4090人のうち、自衛官候補生と一般曹候補生が全体の約9割を占める。ただ、近年、応募者数は減少傾向にある。
 特に自衛官候補生の採用数は12年度の9963人をピークに5年連続で減少しており、17年度は7513人にとどまった。同省関係者は「景気回復に伴い、優秀な人材は民間企業に流れている」と危機感を示す。
 今回、年齢引き上げを検討するのは、自衛官候補生と一般曹候補生の2職種。自衛官候補生は任期制で、教育期間を含め陸上自衛隊が2年、海上・航空自衛隊が3年。任期終了後に継続するか否か選択できる。一般曹候補生は終身雇用が原則で、部隊勤務などを経て、自衛隊の中核を担う人材となることが期待されている。
 同省は、高校などを卒業し、いったん民間企業や官公庁に就職した優秀な人材を獲得したい考えだ。担当者は年齢引き上げにより「自衛隊で再チャレンジができるよう門戸を広げたい」と語る。 
(7月21日、時事通信)

このご時世に下士官の定年が53歳という自衛隊に30歳になろうという人が入隊を希望するとすれば、それはかなり高確率で「食いはぐれ」なのではなかろうか。以前海自の方から「現在保有する全艦艇を動かすにもギリギリの人数しか確保されておらず、平時でも事故が増えており、とても長期の戦争などできる態勢にはない」旨の話を聞いた。自民党などが希望する軍拡は、徴兵制にでもしない限り、非常に厳しい情勢にある。
posted by ケン at 12:38| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月12日

中国の物は中国に?

【漢籍4000冊超を中国に寄贈】
 細川家に伝わる文化財を保管・展示する永青文庫が漢籍4175冊を中国国家図書館に寄贈する式典が26日、北京市の同図書館で行われた。写真は寄贈の署名を行い、握手を交わす細川護熙元首相(左)と韓永進館長。
(6月26日、時事通信)

日本でもらってくれるところが無いから、ついに「中国のものは中国へ」ということに(推測)。
日本にあるからこそ戦火から守られてきた側面もあるはず。中国の場合、例えば一度の太平天国の乱で信じられないほどの文物が失われている。今回二度訪中した際も、「日中戦争で失われた」よりも「太平天国で焼失した」という記述の方がよほど多く見られた。

しかし、日本を見た場合、図書館はどこも満杯で、寄贈しても倉庫に放置されればまだマシという現状がある。他に司書関連の大幅人員削減で、全く管理ができなくなっている問題もある。下手すると天下りの館長が唯一の正規職員みたいになっていて、結果、寄贈されても鑑定、分類、管理できないのが常態化している。
大政治家や大学者が死亡しても、遺された資料、文物の引き取り手がなく、そのまま散逸、廃棄されてしまうケースが非常に多くなっていると聞く。

一部の中国文学者によれば、「在庫一掃セール」的なもので、文書群自体は国内の古文書店でも入手できる程度の価値のものが大半だという指摘もあり、「中国側が喜ぶなら、それでいいじゃないか」「安いカードで歓心を買う高効率」外交カードとしての評価も見られ、一概には判断すべきではないのかもしれないが、モヤモヤ感の残る話である。
posted by ケン at 11:59| Comment(3) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月26日

日本は人権外交で攻勢にさらされる?

【河野太郎外相「日韓合意の精神に反する」 韓国の「慰安婦問題を人権問題に位置づける」計画準備に不快感】
 河野太郎外相は19日午前の記者会見で、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相が慰安婦問題を国際社会で人権問題として位置づける計画を準備していると公表したことについて「日韓合意の精神に反するものだ」と不快感を示した。そのうえで「先方の真意をしっかり確認したい」と語った。
 河野氏は、康氏や文在寅大統領と14日に会談し、未来志向の関係構築を確認したばかりだったことに触れ「いぶかしく思っている。このようなことが続けば、せっかくの日韓パートナーシップ20周年を前向きに祝い、未来志向の関係を作っていくことが難しくなるのは先方も分かっているはずだ」と語った。
(6月19日、産経新聞)

これまで韓国政府が、戦後補償問題で国内の反発を抑えて日本側に妥協してきたのは、南北対立の最前線にあって、米韓日の軍事同盟が不可欠かつ最優先事項であったためだ。しかし、南北板門店会談と米朝会談を経て、朝鮮戦争の終結が現実性を帯び、中長期的には中華帝国の成立が視野に入りつつある今となっては、韓国政府が国内世論を抑えつけて日本側に妥協する必要が失われつつある。

逆に日本側を見た場合、北朝鮮による拉致問題の交渉を進めるに当たり、戦後補償問題の解決は避けて通れない課題であり、日本は戦後補償問題で非難される立場にある。国際的にも、日本における女性の人権状況は「イスラム諸国と同レベル」という評価にある上、戦後補償問題に対する後ろ向きの姿勢や、にもかかわらず国連大使が「世界一の人権大国」と叫んでしまう夜郎自大ぶりが、日本に対する評価を著しく低下させており、この分野で日本に味方する国は殆ど無い。
この点でも、韓国政府としては反転攻勢に出る良い機会となっている。

日本側はただでさえ財政難の上、明治帝政や昭和ミリタリズムを推奨することで支持を集めた安倍政権であるだけに、今さら戦後補償問題で妥協することはできず、妥協すれば組閣の正統性を失うだけのことである。
また、戦後補償問題で日本が後ろ向きの姿勢を続けた場合、中朝韓に「共通の敵」と見なされ、下手をすれば「人権外交」で対日包囲網が形成される可能性がある。問題が問題であるだけに、日本の肩を持つ国はまず無いと見て良い。

ここで安倍政権が「中朝韓何するものぞ!」と突っぱねた場合、いよいよ日本海が冷戦の最前線となり、国内のタカ派世論も同調、軍拡・核武装論が浮上、東アジアの緊張が急上昇するかもしれない。
そう考えた場合、やはり安倍政権はそろそろ「賞味期限切れ」だと思われるのだが、自民党内にも人がおらず、9月の自民党総裁選で安倍氏が三選した場合は、厳しい展開を覚悟しておく必要がある。
posted by ケン at 12:23| Comment(5) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月22日

第二次日中戦争の現実味について・下

前回の続き
財政的にも日本は、現状でさえ毎年税収の2倍もの歳出予算を組んでおり、収支を改善する見込みはなく、低成長、技術的退潮、貧困化の下で、今後さらに悪化させて行く可能性が高い。この点でも、「開戦するなら早いほうが良い。戦時景気とインフレで財政赤字を解消できる」という認識を抱いたとしてもおかしくはない。
国力的には、2010年に中国のGDPが日本を追い越して、2017年には中国の12兆ドルに対して日本4.8兆ドルと対中4割近くにまで差が付いている。偶然なのか歴史のいたずらなのか、この「対中4割」はまさに1937年のそれと同じで、これまでの勢いでは中国の成長が続かないとしても、日中間格差が拡大の一途にあることは間違いない。

政治的にも、今の自民党と霞ヶ関は危機的な状況を迎えつつある。自民党・霞ヶ関とアメリカの関係は、冷戦期の東欧諸国共産党とソ連の関係と酷似している。ソ連邦の共産党と軍は、そのヘゲモニーの上に東欧諸国に共産党政権を成立させたが、それが撤退すると同時に瓦解した。
戦後日本のデモクラシーと議会政治は、占領軍支配下で昭和帝が下した欽定憲法(現行憲法)に基づいて成立しており、市民・国民が熱望して、あるいは血を流して獲得したものではない。現実に、議会選挙の投票率は国政で50%強、地方では30%前後という状態が続いており、デモや集会は警察の許可制、マスメディアは政府に従属、大学などの高等教育に対する政府統制も強化される一方で、およそ自由民主主義の実質を伴っていない。
在日米軍の撤退は、戦後体制における統治上の正統性の喪失を意味し、国民的支持が失われたままだと、現行の統治システムそのものが機能不全に陥る可能性がある。
これを回避するためには、大国と戦争して勝利することによって、独自の正統性を確立すると同時に、体制支持率(内閣支持率では無く)を回復させる必要がある。「アメリカがアジアから手を引いて孤立無援になる前に、対中戦を仕掛けて勝利しなければ、現行体制が維持できない」と政治家や官僚が考えたとしても不思議は無い。

また、経済的な行き詰まりから、資本の要請で1990年代以降、国民・市民に対する収奪が強化されつつあるが、これが国民統合力を低下させている。結果、統合を維持するために、政府はナショナリズムを称揚する傾向を強めているが、これが大衆の間で中朝韓やアジア蔑視を強化する方向に働いており、ひとたび戦闘が発生した場合、日露戦争や日中戦争が生起した際のように国論が沸騰、戦争支持が国を支配するだろう。日本政府としては、「小規模の国際紛争における勝利が望ましい」と考えても、国民が全面戦争を望む可能性がある。

以上の話は、個別的には荒唐無稽かもしれないし、「あり得ない」と一刀両断に処することもできようが、感情の底流にある一要素として何時どこで噴出するか分からない存在であり、歴史的には常に「あり得ない」可能性がいつの間にか現実のものになっていたことを忘れてはならない。例えば、日清戦争の前に、日清戦争後10年でロシア帝国と全面戦争をするなどと言ったところで、誰も本気で相手にしなかっただろう。イギリスとアメリカと中国と同時に全面戦争するなど、1935年の段階ですら、誰も本気で取り合わなかったに違いない。
少なくとも、第二次日中戦争の可能性は、確率論的には対英米中仏ソ戦争が起こる確率よりも高いと考えるのが妥当である。それは、現在の政治家と官僚、あるいは市民・国民が、80年前よりも賢くなっているという保証が何一つ存在しないことから説明できる。
だからこその「亡命」でもあるのだ。

だが、現実には憲法と国連憲章上の理由から日露戦争や太平洋戦争で行ったような先制奇襲攻撃が難しく、日本が中国側に対して何らかの開戦理由をこじつけて自衛権を発動する必要があるだけに、選択肢としてはなかなか成立しがたい。とはいえ、突発的に国境紛争が発生し、国論が沸騰して世論が対中戦争を支持する可能性は十二分にあると考え、確率を残してある。

より現実的な選択肢としては、既存のプルトニウムを利用して核弾頭を生産、核武装をもって中国に対して体制と領土(特に沖縄)の保証を要求するという、北朝鮮モデルが考えられる。
この場合、アメリカは在日米軍の撤退と引き替えに日本の核武装を容認する可能性が高まりつつある一方、中国の習近平主席は「中国は日本の核武装に関しても、一貫して反対の立場を強調してきた。これは今後も変わらない中国の外交方針だ」「(日本の核武装を阻止するためには)戦争も辞さない」との姿勢を示している(2017年11月の米中首脳会談にて)。
これは、一歩やり方を間違えると、国連憲章の旧敵国条項が適用されて安保理の許可無しで(例外規定)、軍事的制裁・介入が行われる可能性を示している。敗戦国で核武装したケースが無いだけに、現実的と考えるのが妥当だろう。この点、日露戦争では「長引けば列強が和平仲介してくれるはず」、太平洋戦争では「ソ連は中立条約を守るはず」などと常に楽観的であるのが日本エリートの特徴であり、今回も「敵国条項が適用されることはあり得ない」と判断すると見て良い。

ただし、日本側からすれば、「対中限定戦争よりはマシ」「財政負担も通常戦力増強より軽い」「国内にプルトニウムが余ってる」との理由から、「他に選択肢は無い」「北朝鮮は成功した」との判断がなされる可能性が高い。

他方、中国側からすれば、日本は現状でも「帝政」「デモクラシー」というイデオロギー的に相容れない存在である上に、世界有数の軍事力(予算レベルで7位前後、海軍力で世界第二位)を持つ「東洋最大の脅威」であるだけに、日本の核武装は中国の安全保障上、最大の脅威となるだろう。

最も平穏な道は、日本が核武装をちらつかせて実行する前に、中国側から体制保証を引き出す、という筋書きが考えられる。その場合でも、日本側は天皇制ないし議会制民主主義の放棄と人民解放軍の進駐が求められるかもしれない。
いずれにしても、非常に険しい道であり、現行の政治家や外交官に担える難易度では無いように思われる。

【追記】
もう一つ考えられるパターンは、ナチス・ドイツ型がある。極度の財政的緊張に陥った日本にポピュリズム政権が成立、緊縮財政を放棄して超規模の財政出動を行って大軍拡とインフラ整備を行うと同時に、排外主義を煽ることで破綻しかけた国民の再統合を図るというもの。この場合も、周辺国との摩擦が強まり、些細なことで戦争が勃発する恐れが強くなる。現在の日本が全体主義を求める理由については、近く見解を述べる。
posted by ケン at 00:00| Comment(14) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月21日

第二次日中戦争の現実味について・上

ケン先生は、日本が短中期的に中国と戦争する確率について、今のところ3〜5%程度だが、今後30〜40%程度にまで上がるのではないかと見ている。「まさか」と思う人も多いだろうが、1920年代や30年代初めに「日米戦争は不可避」と言えば大体同じような答えが返ってきただろう。

まずイデオロギー的に、日本は君主国家である上、一応形式上は議会制民主主義の態をとっているが、このいずれも現代中国からすれば「危険思想」「自国の体制を否定しかねない脅威」であり、共存の難しい体制である。
しかも、戦後日本は在日米軍のヘゲモニーの上に天皇制の存続と旧体制の温存が認められた擬制デモクラシーの国家・衛星国であるだけに、東アジア冷戦の終結によって在日米軍が撤退した場合、現行の霞ヶ関・自民党の支配体制は統治の正統性を失うことになる。
米国覇権の後退に伴って誕生する新中華帝国(仮称)と日本の現行制度の共存が困難である以上、日本政府は中国に対して遠からず「体制保証」を求めることになるだろう。それは、限定戦争を行って部分的勝利(例えば冬戦争におけるフィンランド)を得るか、核武装した上で北朝鮮がアメリカに対して行ったようなチキンレースを行うかでしか実現し得ない。さもなければ、1989年の東欧諸国のように自民党と霞ヶ関は自壊してゆくことになるだろう。
ケン先生的には、現時点の数字では無いが、最終的にその確率は、日中戦争が3割、核武装が5割、自壊プロセスが2割程度になるのではないかと推測している。

先にも述べたが、近代日本の戦争は、その大半が「やられる前にやれ」の発想に基づいて日本側から攻撃を仕掛けている。そもそも明治帝政成立に際しての戊辰戦争=倒幕戦からして、「このままでは幕府軍の近代化が進んで、数年後には太刀打ちできなくなってしまう」という判断から、薩長と王政復古派の公家が陰謀を巡らし、偽勅をつくってまで開戦に持ち込んでいる。

日清戦争は、外交交渉の中で浮上してきた天津条約案が「清国側に有利すぎる。このままでは朝鮮半島は清にとられてしまう」と日本側に判断され、危機感を覚えた日本政府は半島の軍事バランスを修正するために混成第9旅団を派兵する。この際、伊藤博文総理は平時編制の2千人程度を想定していたが、陸軍の川上操六参謀次長は戦時編制の8千人にして送ってしまう。派兵を決した伊藤にしても、不平等条約改正問題で非難にさらされる中で衆議院解散を控えて、「人気取り」あるいは「タカ派を抑える」という判断が働いていた。ところが、いざ派兵してみると、朝野のマスコミ、輿論が沸騰、さらに衆議院でも開戦論が圧倒的多数を占めるに至り、閣内でも大山陸相と陸奥外相が開戦を迫って伊藤は決断を余儀なくされた。

つまり、日清戦争は政策担当者の主観的には外交交渉の敗北を軍事的勝利をもって上書きすることを目的とし、政治的には朝鮮半島から清国の影響力を排除して日本の単独的影響力を確立することを目的として始められた戦争だった。実際、開戦に先だって日本軍が行ったのは朝鮮王宮の制圧と、李王家の確保だった。
ただし、大衆的には全く異なる文脈で受け止められており、キリスト者の内村鑑三ですら「日支那の衝突は避べからずと、而して二者衝突して日本の勝利は人類全体の利益にして世界進歩の必要なり」(1894年7月27日、国民新聞)という具合に「近代国家と封建国家による文明戦争」と捉えていた。

日露戦争は、もともと満韓交換論で妥結寸前にあった日露交渉について、日英同盟が成立したことを受けて、日本政府が満州利権を要求した結果、紛糾、日本側では「ロシアはいたずらに交渉を引き延ばしている」「ロシアがシベリア鉄道や満州のインフラ整備を進めた場合、日露が開戦した際、日本軍は戦力的に勝てなくなる」との見解が大勢を占め、早期開戦論が高まった。
日本国内の世論はすでに開戦に向けてヒートアップしつつあった。1903年10月下旬の『東京朝日新聞』の社説を見ると、「百戦、百勝の成算、我国にあること疑ひなし」(10/23)、「無期的に此痛苦を忍ぶは、有期的に戦争の痛苦を忍ぶに如かず」(10/24)、「帝国自身に和乎戦乎を決するの時機既に熟したり」(10/28)とばかりに、早期開戦を連呼している。
こうした状況下にあって、露清交渉のもつれから、駐満ロシア軍が奉天を再占領するという事件が起き、日本側の不信感をさらに煽ってしまった。逆に韓国では、11月に入って、ロシアの外交官や軍人が日本人居留民に襲撃される事件が相次ぎ、露日間の国民感情は悪化の一途を辿った。
明治帝は、1904年2月6日に開戦の勅命を下すが、ロシア側が全面譲歩した外交回答が東京に到着したのは、翌2月7日のことだった。

太平洋戦争については、ここで説明するまでも無いが、「国内の石油備蓄が尽きる前に開戦しなければ、一方的に屈服する他なくなる」という理由から、真珠湾に対する無通告奇襲攻撃を行った。無通告問題については以下を参照されたい。

・真珠湾攻撃はハナから無通告のつもりだった? 

ここで疑問に上るのは、「過去はそうだとしても、今の日本が中国と戦争する必要は無いだろう」というもの。だが、過去の戦争は、いずれも「外交的失敗を軍事力で覆す」「ジリ貧に陥る前に起死回生の一発を撃つ」に端を発しており、今日の日本が置かれた状況に似通っていることが分かる。

先に始まった米朝和解のプロセスにより、朝鮮戦争の終結が視野に入った結果、冷戦の最前線は北緯38度線から日本海に移りつつある。これは朝鮮半島が、世界システムとしての新中華帝国に組み込まれることを意味し、日本はほぼ単独で新帝国と対峙せねばならなくなる。
これに対し、旧帝国であるアメリカは、中国との直接対決を回避するため、前線をグアム線ないしはハワイまで下げる意向を強めている。この場合、軍事的には「在日米軍が撤退する前に、中国に先制攻撃を加えて、その勢力を削いでおくべきだ」と考えるのが、「合理的」となる。
自衛隊の充足度で考えても、現状でさえ定数を満たしておらず、隊員の質は年々低下する一方にあると言われており、「開戦するなら早いほうが良い。遅れれば、保有する全艦艇を動かすこともままならなくなる」という判断になるだろう。
中国軍の近代化については言うまでも無く、「開戦が遅れれば遅れるほど、自衛隊に不利になるから、尖閣で一戦を交えるなら、できるだけ早いほうが良い」という議論が自衛隊でなされているという報告を受けた。軍人としては当然の帰結であろう。
(以下続く)
posted by ケン at 12:25| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする