2017年01月13日

駐韓大使召還という愚

【駐韓大使帰任「現時点では決まらず」…菅氏】
韓国・釜山(プサン)の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置された問題を巡り、安倍首相は10日午前、9日に一時帰国した長嶺安政・駐韓大使、森本康敬・釜山日本総領事を首相官邸に呼び、今回の経緯や韓国内の状況について報告を受けた。政府は韓国側の対応を慎重に見極め、長嶺氏らの帰任時期などを判断する方針だ。面会は約30分間で、杉山晋輔外務次官らが同席した。首相に先立ち、菅官房長官にも報告を行った。面会後、長嶺氏は「首相、官房長官に報告した。内容は申し上げることはできない」と記者団に語った。  菅氏は10日午前の記者会見で、長嶺、森本両氏の帰任について、「現時点では決まっていない。今後の諸状況を総合的に判断して検討していきたい」と述べた。長嶺氏らは「1週間程度は日本に滞在する」(外務省幹部)とみられる。
(1月10日、読売新聞)

韓国政府の対応を批判するのは良いとしても、「いきなり大使召還は無ぇだろっ!」というのが第一報を聞いての感想だった。一般的に大使召還は「国交断絶の一歩手前」であり、外交関係を維持する上で「最終カード」に相当する。通常、外交関係が悪化するに際してはいくつかの手順が踏まれる。例えば、

1.駐日大使を呼んで抗議
2.非難声明
3.各種外交協議の中止
4.外交官の一部召還
5.大使召還


などが考えられるが、今回は3から5まで一度にやってしまっている。言うなれば、日本政府は手持ちの外交カードを、相手の手番を見ずに、一度に全部出し切ってしまったようなもので、仮に「日本側の本気を見せつけるため」としても、非常に稚拙だった。
外交は一種のキャッチボールであって、いかに相手が暴投しようとも止めてしまったら「それきり」になってしまう。本ブログでは、これまでも例えば「日露開戦の代償」において、満韓交換論に基づく日露協商が成立寸前まで行っていたのに、それを放棄してロシアに宣戦布告した経緯を追った。日露開戦に際し、ロシア側は全く日本から宣戦されるとは思っていなかった。

また、「紛争解決に交渉は不可欠」では、1937年の日華事変の事例を挙げた。休戦交渉中に敵国首都への直接攻撃を命じ、占領後に虐殺事件を起こした挙げ句、休戦条件のハードルを上げて千載一遇のチャンスを失い、8年にわたる泥沼の戦争を余儀なくされ、戦後も「侵略国」の不名誉をほしいままにした。

いずれのケースも外交的にほとんど解決しかかっていたのに、手間を惜しむと同時に、より多くの成果を期待して武力行使を選択したために起きている。日露戦争は最終的に「勝利」したために十分な検証がなされなかったと言えるが、日華事変の事例はよくよく吟味されるべきなのに、今日でも殆ど注目されない。左右ともに「虐殺の有無」で不毛な論争を戦わせており、「歴史的知見を後世に活かす」ことが忘れられている。

今回の韓国大使召還でも、仮に日本側に理があるとしても、「いきなり大使召還はやり過ぎ、子どもじみている」との批判は免れない。そもそも韓国側に課されているのは「可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」という努力義務であって、日本側としては「努力」を見守り評価する必要があるはずで、いきなり大使召還は、度が過ぎている。
今回の日韓合意自体、「下からの積み上げ」が無いところに、宗主国アメリカの強い意向で「10億円やるから、今後一切口にするな」と韓国側の屈従を強いた格好だっただけに、韓国側で強い反発が出る可能性は高かった。市民の反発に対し、韓国政府にただ合意の履行を求めてみたところで、「火に油を注ぐ」ことにしかならず、むしろ比較的親日的な朴体制の寿命を縮める結果に終わるだろう。朴政権が瓦解して、より反日的な親中政府ができて困るのは日本であるはずなのに、安倍政権はそう仕向けているようにしか見えない。
韓国政府はすでに詰んでいるかもしれない。韓国はアメリカとFTAを結んだことで、経済的に従属下に置かれているが、国内では経済格差の拡大に伴う不満が高まっており、その不満を日本に向けることでこの間、政権を維持してきた。その日本では、嫌韓感情が高まって在日コリアンに対する差別・排斥運動が強まっている上に、年々軍備も強化され、武力行使の自己規制も解除する方向に進んでおり、韓国から見れば、その脅威は日本人の想像を超えるものがある。対日脅威と対北脅威の双方を解決するために、韓国政府は政治的に対中傾斜を強める選択をしていた。そこに宗主国アメリカから、対日宥和を命じられた格好だった。
本来であれば、問題の当時者たる慰安婦支援団体と調整した上で、日本政府と交渉しなければ、真の解決にはならないはずだが、今回は調整なしで日韓合意を事後報告している。これは、「当時者と話したら合意は無理」と韓国政府が判断したことを意味しており、このことも「宗主国の命令」を暗示している。しかし、命ぜられて日本政府と合意はしたものの、当時者を排除してのものであり、同時に「反日カード」の使用を制限されてしまった韓国政府は、今後民意を抑えられなくなる恐れがある。「今すぐ」ということではないが、意外と近い将来、大衆が蜂起して現体制が瓦解、親中政権が発足し、西側陣営から離脱するところまで行くかもしれない。

根本的なことを言えば、戦後補償と歴史認識の問題は、一方が謝罪して終わるものではなく、「負の遺産」を共有しながら継承してゆく姿勢が無ければ、相互理解は得られない。今回の日韓合意は、言うなれば加害者側の日本が、被害者側の韓国に「10億円やるから二度と文句言うなよ!」と凄んでいるだけの話であり、暴行傷害などの一般的な刑事犯罪を想定してみれば分かりやすいが、これで被害者側が納得(理解)できるはずがない。
実のところ謝罪自体はそれほど重要ではなく(形式的に必要だが)、より重要なのは、日本による植民地支配や従軍慰安婦の実情がどのようなものであったかを解明しつつ、日韓両国・国民が納得できる歴史を後世に継承してゆくことにある。
その意味で、韓国側が「日本悪玉論」を反日カードとして利用し、日本側が「旧軍潔白神話」を掲げて軍拡を進める現状にあって、今回の合意をもって日韓関係が修復されることは無い、というのが私の見立てである。
(2016.1.5 慰安婦問題は解決するか

日本は韓国政府の対応を慎重に見守り、最終手段としては「10億円の返還」を求める程度に止めておくべきだった。韓国側としても、「詐欺」呼ばわりされたくないだろうから、その程度の返還には容易に応じるだろう。放置することで初めて「韓国側は合意した努力を怠っている」との非難が成立し、日本側の主張に正当性が生じるのだから。
また、今回の「いきなり大使召還」は、例えば相手が中国やロシアだったらやらなかったに違いない。この辺、政府に限らず、どこまでも朝鮮・韓国を見下す日本人の「蔑視」が感じられ、その点も韓国側を刺激し、親中寄りに追いやっている。こうした態度が、アジア全体における日本の評価を下げてしまうのは避けがたく、色々な意味で悪手を打っていると言えよう。
posted by ケン at 13:07| Comment(6) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

プーチン氏訪日首脳会談を評価する

【プーチン露大統領 北方領土「主権はロシアだ」 平和条約締結「簡単ではない」】
 ロシアのプーチン大統領は20日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の開催地リマで会見し、北方領土問題をめぐり「(北方四島は)国際的な文書によりロシアの主権があると承認された領土だ」と明言した。インタファクス通信が伝えた。
 平和条約締結問題をめぐっては、日本側と「複数の案が可能だと話し合っている」と明らかにする一方で、条約締結後の歯舞、色丹2島引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言については、「どのような根拠で、誰の主権の下に置かれ、どのような条件で返還するかは書かれていない」と発言した。
 プーチン氏はこれまでも同様の主張を行っており、12月に予定される訪日を前に自身の考えを改めて明示することで、領土交渉の早期進展に期待を強める日本側を強く牽制(けんせい)した格好だ。プーチン氏は日露間で平和条約が結ばれていない状態は「時代錯誤であり、両国関係の発展を阻害している」と述べつつ、「平和条約(締結)への道は簡単でもない」と語り、早期の条約締結の可能性に対し否定的な見通しを示した。
 プーチン氏はまた、19日に安倍晋三首相と行った日露首脳会談において、北方四島での経済、人道分野に関わる活動について話し合ったと明らかにした。ただ、「この問題に関する合意はできていない」とも語り、交渉が難航している状況を示唆した。一方、露経済発展省のボスクレセンスキー次官は20日、プーチン氏の訪日の際に両国間で覚書を含め30の経済協力に関する文書に署名する予定だと述べた。同氏によると日露両政府は18日の協議で、第三国市場に輸出する製品を共同で開発する計画も話し合ったという。
(11月21日、産経新聞)

ロシア・プーチン大統領が来日し、12月15〜16日に行われた日露首脳会談について、左右を問わず厳しい評価が上がっている。その多くは、「プーチンに騙された」「食い逃げされた」など感情論が先行したもので、批判の内容自体は話にならないが、数量的には圧倒的多数を占めており、馬鹿にはできない。

これとよく似ているのが「日比谷騒擾」(焼き打ち事件)である。日露戦争に際し、政府は戦争の実態を隠蔽し、大勝利の宣伝を続けてきた。それは不足する戦費を内外債にて補うために致し方ないことではあったが、現実には日本人の多くが、ロシア皇帝を屈服させられるくらいに考えていた。ところが、講和条約交渉が始まると、ロシア側は想定外に強気の姿勢に出て、日本側は財政的にも軍事的にも限界に来ており、交渉地となった米国内の世論は対日警戒論が高まっていたため、日本政府は交渉妥結を優先した。結果、ポーツマス条約の内容を知った日本国民は、「賠償も取れないとは何たる国辱」とばかりに激高し、日比谷に集結、暴動に発展し、明治政府初の戒厳令が敷かれるに至った。

今回はそこまで関心は高くなく、左右を除外すれば、「まぁこんなもんじゃね?」くらいの評価が多いように思われる。右翼が騒ぐのは「いつものこと」とはいえ、ふだん善隣外交を唱えているような左翼人が、こと北方領土問題でロシアが相手となると、とたんにナショナリストと化してヒステリックな言動を露出させているのは噴飯物だ。
そこで、肝心の首脳会談の成果を見てみよう。

・領土問題には触れず
・平和条約交渉の継続を確認
・「2プラス2」などによる安全保障対話の再開確認
・経済協力の促進確認(3千億円の投融資)
・国際情勢の認識共有
・エネルギー開発の協力確認


という辺りだろう。結果だけを見れば、「領土問題は進展せず、平和条約の締結合意に至らず、金だけ取られた」という評価になりがちだが、冷静に見てみよう。勝敗判定は以下の要素から定義される。

1.物理的事実
2.自陣の認識
3.敵方の認識


事実認定は、共同声明がなされず、具体的な成果がなかった点で成功とは言いがたい。

日本側(官邸)は、当初「領土問題を解決して平和条約の締結合意」と謳っていただけに、達成水準を大幅に下げたことになる。だが、「2プラス2」や経済協力は、今後の交渉の土台、前提となるものであり、「良い形で次に繋げた」(次回交渉にプラス修正)とは言える。評価としては「失敗とは言えない」程度だろう。それも官邸が最初にブチ上げ過ぎたためであり、専門家の評価としては「十分」のレベルにある。米国や日本国害夢省の妨害を考慮すれば、なおさらだ。
「十分」と言うのは、いまだ米国の覇権が存続する中で、日露枢軸を形勢するのは困難であるだけに、将来的に向けて友好関係の構築と外交交渉の基盤をつくることができれば、「現時点では十分」という意味である。
ちなみに批判者は「3千億円食い逃げされた」と騒いでいるが、経済協力の多くは日系資本が事業を受注することが前提なので、「日本人の税金でロシアのインフラを整備するのか」とは言えるものの、投下された資金は日本企業が回収する上、シベリアなどのエネルギー開発に投じられるのだから、日本側にも十分見返りはあると見て良い。アフリカや中東の小国にバラ巻くのとは少し違うだろう。

ロシア側は、上記の記事の通り、以前から今回の交渉の到達点を見切っており、プーチン大統領も記者会見で「これらの島々(北方領土)は、ロシアと日本の不和の原因にならず、寧ろ結び付ける可能性があります。我々は単に経済関係構築に興味を持ち、平和条約締結を延期しようとしているのではありません」と述べていることからも長期戦を覚悟しつつも、将来的な日露枢軸の可能性に期待していることを臭わせている。
ロシア側としては、「欧米の包囲網の打破」「対中依存度の低下」こそが主目的であり、制裁に加わっている日本がプーチン氏を招待し、自ら経済協力を申し出て、安全保障協力の継続を確認できたのだから、交渉が遅々としてしか進まないことについては内心「時流に乗り遅れるぞ」と思っているかもしれないが、やはり「現時点ではこんなところか」と現実的な評価に傾いているものと想像される。
プーチン氏が、「シリア問題への対応」を理由に遅刻し、同じ理由から会見後のランチを断って早々に帰国したのも、傍証としては十分だろう。

後の評価は読者に任せたいが、ケン先生としては「成功とは言えないまでも十分」と考えたい。だが、強い支持基盤を有する右派の安倍政権のうちに解決しなければ、今後、日露交渉はさらに難しくなる可能性が高いことは指摘しておきたい。

【追記】
冒頭の記事にあるように、プーチン氏は日ソ共同宣言について「どのような根拠で、誰の主権の下に置かれ、どのような条件で返還するかは書かれていない」と述べており、これに対し、左右ナショナリストが「ロシアはそもそも領土を返す気が無い」などと気勢を上げている。だが、プーチン氏は「返さねぇよ、バ〜カ!」と言っているわけではなく、法律家として冷徹な目で共同宣言を読み、事実を指摘しただけに過ぎない。その意図するところは、「共同宣言に明記されていない以上は、この点についても日露交渉の対象である」という点にある。この点については、別途記事にしたいとは思うが(大変そうでイヤなんだけど)、例えば、日清媾和條約(下関条約)には「C國ハ左記ノ土地ノ主權竝ニ該地方ニ在ル城壘兵器製造所及官有物ヲ永遠日本國ニ割與ス」と領土割譲に際し、「土地の主権」を明記しているが、これも漢文(等しく正文)には「土地の権」と書かれているという。また、日露講和条約(ポーツマス条約)には、南サハリンについて「完全ナル主權ト共ニ永遠日本帝國政府ニ讓與ス」と書かれている。これに対し、日ソ共同宣言は条約ではあるが、「ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国の要請にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」となっており、主権も施政権も明記されていない。この点で、プーチン氏を非難するのは、自らの無知と無定見をさらすだけにしかならない。
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

日露交渉が上手くいかないワケ

【日露首脳会談、共同声明の発表予定なし…露高官】
 ロシア外務省高官は15日のプーチン大統領の訪日を前に、読売新聞などの取材に対し、今回の安倍首相との首脳会談では、平和条約締結に向けた決意などを盛り込んだ共同声明を発表する予定はないと明らかにした。この高官は、2013年4月の安倍首相の訪露のさいに共同声明を発表したものの、その後、日本がウクライナ情勢をめぐり対露経済制裁を導入し、日露間の対話が凍結したことで「履行されていない状態にある」と指摘。その上で、「履行されていない以上、新しい共同声明を採択するのは理屈に合わない」と述べ、新たな共同声明を出す必要はないとの考えを強調した。
(12月14日、読売新聞)

日露交渉を急ぐワケ」とかぶる部分が多いが容赦されたい。
共同声明が見送られたということは、発表できるだけの成果が無いことを意味する。日本のマスゴミは、「トランプ氏が当選してロシアが態度を変えた」などという外務省発のプロパガンダを垂れ流しているが、そのような事実は見受けられない。
実際、私は本ブログ9月7日付けの記事で以下のように書いている。
(日露交渉に関する)情報が少ない理由は、「情報自体が存在しない」と考える方が妥当だ。つまり、日ロ間で従来の交渉内容を覆すような特別な交渉は行われておらず、ただ経済協力をめぐる交渉のみが進んでいる、という認識である。
(領土交渉はネタでしょ?) 

日本のマスゴミは、やたらとプーチン大統領にインタビューしたり、ロシア外務省の高官や大使館員に話を聞きに行って、そればかり報じている。が、実は日本人にとってより重要なのは、日本政府・安倍政権が「どのようなスタンスで日露交渉に臨み、何を獲得目標にするのか」だったはずだが、それについてはロクに報道されていない。つまり、マスゴミは官邸や霞ヶ関が恐くて聞きに行けないため、公式発表を垂れ流しているだけになっている。

日露交渉が上手くいかないのは、その大半が日本側に原因が求められる。
ロシア側は日露交渉の価値を、

@ 安全保障
A 経済協力
B エネルギー提携


に求めており、それは「領土交渉はネタでしょ?」と「日露交渉を急ぐワケ」ですでに説明している。

これに対し、日本側の交渉方針は、

主:領土交渉
従:経済協力


であり、その経済協力もどちらかと言えば「領土交渉で妥協を引き出すため」という側面が強い。これでは、話がかみ合わないのは当然だろう。
本来であれば、ロシアが持ちかけている交渉内容は、どれも日本と利害を共有できるものだった。

安全保障で言えば、「日米安保後」を見据えた「日露枢軸」は中国の脅威から独立を維持する上で不可欠のものだ。
経済協力は、アベノミクスの無制限金融緩和で銀行や企業に溢れかえってしまっている資本の投下先として有望なものと言える。
エネルギー提携は、化石燃料の中東依存からの脱却、あるいは原子力政策を進める上で不可欠の要素となる。

常識的な国家であれば、これらの要素と領土問題の重要性や得失を計算して、前者が勝れば後者は捨てるなり凍結するなりするはずだ。日本側は殆ど報じていないが、プーチン大統領は「必要ならミサイル技術の供与もやぶさかではない」とまで述べており、日本側報道とは真逆にやる気満々にしか見えない。しかし、日本の外交は現実的利益よりも観念を先行させる伝統があり、今回も「領土交渉を前提とした経済協力」に固執したあまり、何の成果も挙げられなかったものと推測される。

ロシア・ソ連学徒の視点で言えば、順序として上の3つの要素で日露が強い協力体制を築き上げ、「日露枢軸」を構築できれば、領土問題は自然と良い方向での解決に向かうものと見られるが、日本は入口でそれを拒否してしまっているのだ。

過去にも、日本は満韓交換論を前提として日露協商を自ら否定して宣戦布告したり、日独伊三国同盟に替わる日ソ不可侵条約(日ソ同盟)を自ら取り下げて日ソ中立条約にしたりと、ことごとく(我々的には)「何故そっち?」という選択肢を採ってきたが、今回も日本は大きな魚を逃すことになりそうだ。

【参考】
日露開戦の代償 
posted by ケン at 12:42| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

日露交渉を急ぐワケ

今週末、ロシアのプーチン大統領が来日する。領土問題ではほぼ進展がないだろうと推測されているが、経済協力とビザ要件の緩和などを先行して、外交関係の改善を進める方針に変更は無いと見られる。
官邸の見込みとしては、領土問題でも一定の成果を挙げて、日露平和条約への道筋を付けたことで、解散・総選挙に打って出るつもりだったようだが、そこまでの成果は難しいだろう。それをカバーするために、急遽ハワイ行きが決められ、「米ロの橋渡し役」を強調することで、成果を代替するつもりなのかもしれない。それが「成果」になるのかは分からないが、内閣支持率が圧倒的高位にある現在、「それっぽい」ものであれば何でも良いのだろう。

官邸が目測を誤ったのは、外務省が米大統領選の観測を誤ったことに起因している。外務省は早々に「クリントン勝利は確実」と判断し、安倍総理に大統領選挙の最中にヒラリー氏と会談させた上、トランプ氏が当選すると狼狽して、就任前のト氏に土産を持って会いに行かせた。ところが、日本と異なり、米国では政治家への「土産」は「買収」と見なされるだけに迷惑以外の何物でもなかった。また、大統領就任前に次期大統領を詣でたことは、現オバマ政権の幹部や国務官僚を激怒させ、改めてハワイに行くハメに陥った。ゲーマー視点では、「恥ずかしい」失点を重ねている。
外務省の望まない日露外交を進める官邸に対する、外務省の「意趣返し」という見方も可能だが、それにしては自分のクビを締めているとしか思えないので、単純に外務省の無能がなせる業と見て良い。

とはいえ、安倍総理・官邸が外務省や米国の強い反対を無視して、日露交渉を強行する理由については、専門家の間でも見解が分かれている。基本的には以前書いたものと変わりは無い。
では、なぜ安倍政権はロシアにこだわるのか。一つは、安全保障上の理由で、日本が「対中封じ込め策」を採る以上、最大のカギは「ロシアを中国側にやらない、最悪でも中立状態にさせておく」こととなる。ところが、現状では米英がロシアを「私の敵は貴公でござる」と宣言してしまい、EUが同調している以上、ロシアとしては中国と手を組むほか無い。だが、それは完全に日本の国益に反しているため、日本としてはロシアの「100%中国寄り」を、80%にでも70%にでも下げておきたいのが本音なのだ。そのためには、「日ソ共同宣言」の休戦ではなく、「日ロ平和条約」で最終講和を結ぶ必要がある。だが、それは日米安保上許されないため、少しでも講和状態に近い状態にしたいのだろう。結論としては、「平和条約は結ばないけど、実質的には講和と同じ状態」を目指しているものと推察される。

第二は、経済上の理由だろう。「アベノミクス」が完全に行き詰まりを見せているが、これは「金融緩和して市場に大量にカネをバラ巻いたけど、誰も使わない」ことに大きく起因している。この点については、改めて近いうちに説明する。安倍政権としては、銀行や企業内に滞留する巨額の資金の投資先を用意しなければ、早晩「アベノミクス」が破綻をきたすだけに、その投資先として、安全保障上の理由や同じ権威主義政権のよしみもあり、「ロシア」が選ばれたと考えるのが妥当だろう。
領土交渉はネタでしょ? 2016.9.7)

実はもう一点あったのだが、本ブログで指摘するのは穏当では無いと判断し除外していたものの、他に指摘している論者が見当たらないので、敢えて触れておく。
日露交渉を強行する第三の理由、それは核政策である。
アメリカによる「西側陣営の解体〜アジア・欧州からの撤退」が現実味を増す中、日本としては日米安保に替わる安保政策が必須となっているが、代替案としては、

1.日中同盟(対中従属)
2.東アジア共同体による集団安保
3.武装強化による自主防衛路線


が挙げられる。霞ヶ関は頭から全否定しているため、対米従属に血道を上げているが、それは政策転換のコストを高めるだけで、行政であっても政治とは言えない。だが、代替案のうち、1と2は、これまで政府が進めてきた反共・入欧政策に反するため、国民の理解と支持が得られない構造になっている。結果、第三の自主防衛路線を採るほかないが、国力が低下の一途を辿り、急速に少子化が進んでいる今、強兵路線は現実的ではない。となると、核武装した上で現行水準の武装を維持する程度が「ギリギリ」の選択肢になると考えられる。
日本がNATO並みの「防衛費対GDP比2%」を実現した場合、5兆円が増額されることになり、現在米国が負担している駐留経費の6千億円など余裕で支払えるのだ。また、トランプ氏が言うように、独自に核武装する場合も、もちろん規模によるが、英仏並みで考えた場合、開発費で3〜4兆円、維持費で年間3〜5千億円程度と見られるだけに、これも「お釣り」が来てしまう。対外リスクを全く考慮しなければ、実は核武装は費用対効果が高い。
現状、日本は「2千億円の思いやり予算」で、固定経費8千億円分の米軍を駐留させることで、自国の軍事費を大幅に低減させ、その分を自国経済に投じている。歳出の1%強を防衛費増額に充てれば(現状の5%を6%にする)、米側が負担している在日米軍駐留費の6千億円などすぐに手当できるにもかかわらず、それを拒否して「横暴、暴論」と騒いでいる。客観的に見て霞ヶ関や自民党議員らの主張は全く妥当性を欠いている。
もっとも、対GDP比2%を実現するとなると、税収が55兆円という現状では、防衛費5兆円の増額など夢の話に過ぎず、本気でやるなら大増税が必要となる。それが恐ろしいからこそ、自民党議員も霞ヶ関もトランプ氏を非難することしかできないのだろう。
米軍駐留費の妥当性について、2016.5.11)

この安保政策と併行して考慮されなければならないのが、原発政策である。世界最大級の原子力事故を起こした日本では、自民党政権ですら遅々としてしか再稼働を進められないでいる。また、核技術についても、第四世代原子炉の前提となる高速増殖炉の開発が頓挫し、原型炉である「もんじゅ」の再開は不可能になっている。政府としては、フランスと技術提携しつつ、原型炉の次の段階である実証炉の建設を決めている。核技術の進歩が止まった場合、原子力政策そのものを中止せざるを得なくなる。
核開発競争に失敗しているのに「次」のステップに進めること自体、相当な無理筋だが、それを強行するのは(利権もあるが)安保政策上の要求があるためだ。ところが、高速増殖炉の開発は、すでに米英独が放棄しており、西側陣営で残っているのはフランスだけだが、そのフランスの技術は非常に不安定で、連携してみたところで成果を挙げる見込みは低い。フランスも衰退著しく、その財政負担はすでに限界に来ている。

この分野で唯一成果を挙げ、技術的に先行しているのはロシアだ。ロシアは、チェルノブイリ事故とソ連崩壊を経たものの、巨大な国土を防衛する上で、通常軍備の負担を減らすためには核政策を取りやめるという選択肢を持たなかった。1920〜30年代に飢餓輸出して、工業化と軍備拡張を実現した経験を活かして、90年代以降も国民が飢える中で核開発を進めた。権威主義国家ならではだろう。
結果、ロシアでは高速増殖炉の最終段階である実証炉「BN-800」が今年商業運用に入っている。この実証炉の次は「商業炉」なので、実証炉の商業運転が順調に行けば、商業炉として量産体制に入る。この点、ロシアは「化石燃料後」と「安全保障」の2つの要求を同時に実現するという無理筋を通そうとしている。

ここまで説明すれば十分だろう。日本が自主防衛路線を採り、核政策を放棄しない以上、ロシアとの連携(実質的にはかなり従属)という選択肢は「一択」のものでしかない。ロシアと連携すれば、日本中の原発のプールに溢れかえって、再稼働すれば数年後には満タンになってしまう核廃棄物の最終処分先も、シベリアの永久凍土に求めることができるので、「一石二鳥」(失うものも大きいが)なのだ。

日本では、民主党鳩山政権が「東アジア共同体」路線を採り、同時に原子力政策をフェイドアウトする方向で検討していたが、鳩山政権が半年で潰え、親米・日米同盟路線の菅政権が成立、その後、福島原発事故が起こり、脱原発路線に舵を切った。ところが、日米安保はすでに賞味期限切れで、代替案として「親中」も「共同体」も採れない以上、「核抜きの自主防衛」という選択肢は不可能だった。2012年に自民党が政権に復帰し、原発再推進に舵を切ったのは「当然の流れ」だったのだ。

安倍政権の問題点は、「いま何故ロシアなのか」を全く説明せずに外交を進めていることにある。他方、民進党は安保・外交政策も核政策も明確な路線を打ち出さないで、ただ自公政権を非難するだけになっている。自民党が「親米、後に自主防衛、核武装」を考えている以上、野党としては「脱米後に親中ないし共同体、核抜き」を主張しない限り、対立軸にはなり得ないのである。

【追記】
こんなこと言ったら、またぞろ「あの人、本当に左翼なんですか?」と言われちゃうでしょ〜〜

【追記2、2016.12.14】
プーチン氏は「ミサイル技術の供与」を示唆していることからも、日本側の真意を見抜いているものと見られる。
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2016年10月25日

陸上自衛隊観閲式 2016

陸上自衛隊の観閲式に出席する。場所は朝霞駐屯地、埼玉県新座市、朝霞市と東京都練馬区にまたがる地域。副都心線ができたおかげで新宿から東武東上線に乗り入れることが可能になり、駅から駅なら1時間で行けるようになった。30分近く早くなったのではないか。
海自空自海保と参観してきただけに、これで「四軍制覇」となる。
陸自は火力演習を見ているので「観閲式はいいかな」と思っていたが、今回思うところがあり、参観を決めた。外国では、軍のパレードは良く見られるが、日本では見られないだけに、「軍隊行進」を見るならば、ここに来るしか無いからだ。

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相変わらず、式典開始が10時半であるにもかかわらず、7時開場で、我々が入ったのは9時半。すでに仮設席のかなりの部分が埋まっていたが、2人だったこともあり、幸いにして最上段の席に座ることができた。とはいえ、ひな壇の対面なので、式典中は後ろ側になってしまう。

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黒い制服は明治のかほり・・・・・・高等工科学校学生隊

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防衛大学学生隊

基本的には、総司令官たる総理大臣が訓辞を述べ、陸自の各部隊が行進し、謁見を受けるだけなので、護衛艦に乗る観艦式や、航空機の離発着が間近で見られる航空観閲式に比べると地味な印象は否めない。
とはいえ、陸自の各部隊の制服を見て、隊列や行進を見て練度を推測する楽しみは、ややマニアックではあるが、興味深いものだった。また、各種展示も火力演習時より充実しており、いろいろ勉強になった。特に陣地、掩体壕のモデル展示や、戦車の動的展示が面白い。車体を上下させ、砲塔を回すのを間近で見ると、イメージを超える収穫があった。

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モノクロだととたんに旧軍色が醸し出される。

今年は隊員約4000人、戦車など車両約280両、航空機約50機が参加している。
隊員は、意外と学生の比重が大きく、防衛大学生隊、高等工科学校生徒隊、防衛医大学生・看護学生隊がかなりの人数を占めている。
議会関係者(野党)の立場で見ると、高等工科学校の生徒は国際条約における少年兵の規定に抵触する恐れがあり、こういう場に列席させるのは大丈夫なのかという危惧を抱いてしまう。
入場から退場まで1時間半ほどだったと思うが、学生隊、特に看護学生隊の中には、貧血で座り込んでしまう者が続出しており、これも大丈夫なのかと思ってしまった。
また、主役と言える普通科隊や空挺団を見てみると、想像以上に老兵(30歳以上?)が多く、まさに「百聞は一見にしかず」だった。防衛省が躍起になって若年層の開拓に血道を上げるわけだ。

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相応に風が吹いていたけど、狭いところに空挺降下。

余談になるが、現代戦は昔のようには体力勝負ではなくなっているので、個々の年齢はさほど重要では無い。例えば、近年のウクライナ紛争やカラバフ紛争を見ても、「むしろ老兵の方がヤバイ」と言われるのは、40歳代ならユーゴ、チェチェン帰り、50代ならアフガン帰りの戦場慣れした連中が戦闘力を担保しているためだ。とはいえ、実戦経験の無い自衛隊の場合、この原理は通用せず、不安要素であることは否めない。

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陸自婦人部隊。ハンドバッグってなんだかなぁ。ロシア軍の婦人部隊は強そうだったけど・・・・・・

また、やたらと女性部隊が強調されていたが、これは安倍政権の「女性活躍」の影響なのだろうか。ロシア軍を何度も見ている私からすると、残念ながら背は低いし、全体の体格も微妙感があり、あまり「頼もしい」という感じは受けなかった。まぁあまりやる気満々でも困るのだが。
全体の行進も整ってはいたものの、ロシア軍を見慣れている私からすると、足の上げ方が足りず、やはり物足りなさが感じられた。まぁあまり強そうに見えても困るのだろうが。

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あえて87式自走高射機関砲。

興味深かったのは、「祝賀部隊」として参列した米軍部隊。デジカメのバッテリーが切れてしまって写真は無いが、オスプレイ(海兵隊展開部隊)とストライカー旅団の二つ。
観閲式なので、都市部にもかかわらず、オスプレイもかなりの低空を飛ぶわけだが、巷間言われているほどの騒音はなく、むしろCH−47(チヌーク)より静かだったように思われた。
ストライカーは、米軍の新型装甲車だが、高価すぎるせいか米軍以外には普及していない。見るのは初めてだったが、恐ろしいまでの静粛性があり、本当に350馬力のエンジンかと驚かされた。やはりアフリカや中東での苦戦を受けて、車輌の静粛性が求められるようになっているのだろうか。

色々「百聞は一見にしかず」を実感させられた1日だった。また機会があれば、支援者の皆さんを連れて参観したい(仕事ですからね!)。
posted by ケン at 12:03| Comment(3) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月20日

トップ会談だけで合意するのは無理?

【ロシア、2島で幕引きも=プーチン氏の姿勢一貫―日ソ共同宣言60年】
 日本とソ連(当時)が、平和条約締結後に北方領土の歯舞群島と色丹島の2島を引き渡すことを明記した日ソ共同宣言に署名して19日で丸60年を迎える。「引き分け」による領土問題の解決を目指すロシアのプーチン大統領は「両国が署名・批准した唯一の文書」と共同宣言を重視する姿勢で一貫。安倍晋三首相が「新しいアプローチ」で譲歩を示唆する中、ロシア側は2島返還で事実上の幕引きを図りたい考えとみられる。
 1956年10月、当時の鳩山一郎首相ら日本政府代表団は、モスクワの外務省迎賓館を交渉の拠点とした。今月13日、ここで12月のプーチン氏訪日を前に日ロ戦略対話が開かれ、杉山晋輔外務事務次官は「平和条約がない異常な状況が続いており、早期解決の必要がある」と訴えた。プーチン氏は9月、記者団に「ソ連は長く粘り強い交渉の結果、日ソ共同宣言に署名した。そこには2島を引き渡すと書いてある」と改めて強調。国後、択捉2島は交渉の対象外とする考えを示唆した。対象内の歯舞、色丹2島については、引き渡し方法や日ロどちらの主権に属させるかが検討課題だと述べた。
 プーチン氏の持論は、2島からロシア側がさらに譲歩する「2島プラスアルファ」どころか、2島返還にさえ条件を付けるものだ。ザハロワ外務省情報局長も「(四島は)第2次大戦の結果、ロシアに帰属しており、ロシアが主権を持つことに疑問の余地はない」「平和条約締結問題の進展に向けた前提条件は、日本が大戦後の領土を含む現実を認めることだ」と主張した。日ソ中立条約を無視したソ連の対日参戦を不法と見なすかどうかという歴史認識も影を落とし、問題を複雑にしている。
事態を打開すべく、安倍首相は5月のソチでの首脳会談で、平和条約締結に向けた新しいアプローチを提唱。プーチン氏に、経済分野など8項目の協力プランを提示し、全面的な日ロ関係の発展と、首脳間の信頼に基づく領土問題の解決に強い意欲を示した。両首脳はファーストネームで「君と僕」の間柄で呼び合い、9月のウラジオストク会談に続き、11月にペルーでも政治対話を重ねる。ロシア側には、プーチン氏の訪日時に領土問題で合意に達しなくても「今後の交渉の進め方やガイドラインで合意することは可能」(識者)と冷静に見る向きもある。一方、日本側ではこのところ「2島先行返還論」が再び熱を帯び、世論調査でも容認する意見が5割近くに上っている。しかし、仮に歯舞、色丹2島が返還された場合も、ロシア側が残る国後、択捉2島の交渉継続に応じる保証はない。「平和条約が締結されれば、領土問題は終わり」(外交筋)という声も出ている。 
(10月18日、時事通信)

【北方領土 日米安保適用外に 返還後想定 ロシア要求】
 日ロ両政府が進めている平和条約締結交渉で、ロシア側が北方領土の島を引き渡すことで合意した場合、引き渡し対象となる島を日米安全保障条約の適用地域から除外するよう日本に求めていることが分かった。日ロ間で北方領土の「返還後」をにらんだ議論が具体化していることが明らかになった形だが、安保条約の「適用外地域」を設けることには、シリア情勢などでロシアと対立する米国が反発する可能性もあり、安倍晋三首相は難しい判断を迫られる。複数の日ロ外交筋が明らかにした。日米安保条約は第5条で、適用地域を「日本国の施政の下にある領域」と定めている。北方四島は現在、ロシアが実効支配しているため条約の適用外だが、返還が実現して日本の施政権が及ぶようになれば条約上は米軍が活動できるようになる。日本政府高官は「特定の島だけ日米安保条約の対象外とすることは極めて考えにくい」と話す。
(10月15日、北海道新聞抜粋)

これは良記事。とかく日本側の事情や希望的観測ばかりが垂れ流されているが、ロシア側が何をどう考えているかについては殆ど記事が無いだけに貴重。
この辺から考えても現実には、アメリカの了承が無いところで日露のトップ会談だけで妥結する可能性は非常に低いと思われる。そもそもこの間の日露外交は、安倍総理が外務省を除外して官邸主導で進めてきた観があり、外務省を支配する北米課からすれば、苦々しい思いと同時に対米外交上の危機感を強く抱いているはずだ。

現状、日米安保は日本国内で施政権が履行されているところが対象にされており、故に北方領土や竹島は除外されている。現実には、色丹島に米軍基地ができて、米軍機が飛び交う可能性は殆どないわけだが、米国と対立しているロシアにすれば現実的なリスクであり、放置できないのは当然だろう。かと言って、記事にもある通り、安倍氏が勝手に適用除外にできるものではなく、アメリカと交渉するとなれば、日本国外務省も米国側につくので、まず間違いなく米国は了承しないだろう。

12月のトップ会談で十分な成果が出なかった場合、安倍氏も解散を躊躇する可能性が出てくる。そうなると、来年6月には東京都議選があり、その前後はKM党が絶対に拒否するので、解散は来秋以降になるだろう。だが、来秋以降の選挙は与党に厳しいものになりそうであり、難しい選択を迫られそうだ。
posted by ケン at 12:07| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

二島返還で決着??

【北方領土、2島返還が最低限…対露交渉で条件】
政府は、ロシアとの北方領土問題の交渉で、歯舞群島、色丹島の2島引き渡しを最低条件とする方針を固めた。平和条約締結の際、択捉、国後両島を含めた「4島の帰属」問題の解決を前提としない方向で検討している。安倍首相は11月にペルー、12月には地元・山口県でロシアのプーチン大統領と会談する。こうした方針でトップ交渉に臨み、領土問題を含む平和条約締結に道筋をつけたい考えだ。複数の政府関係者が明らかにした。択捉、国後については日本に帰属するとの立場を堅持する。その上で、平和条約締結後の継続協議とし、自由訪問や共同経済活動などを行いながら、最終的な返還につなげる案などが浮上している。
(9月23日、時事通信)

官房長官は全力で否定しているが、全力で否定しているところと、ネタ元が「ヨミウリ」というところがますます信憑性を高めてしまっている。

60年間主張し続けてきた四島返還論の虚偽性(日ソ共同宣言の否定)をどう説明するのか(たぶん何も言わない)。それ以上に、大統領選という、米国が外交的に麻痺状態に陥っている最中に「対露単独講和」するという手法が、果たして宗主国に許されるのか。「ダレスの恫喝」の有効性を含めて興味深い。世論調査上は「二島返還でOK」が多数を占めているので、日比谷焼き討ち事件のようなことは起きそうにない。そして、日露平和条約の道筋をつけて、来年1月に解散・総選挙となる見込みが強い。自民党は三度大勝して、一党優位体制を決定づけるのか。

和田春樹、望月喜市先生から私に列なる「二島プラスアルファ」派としては「ほら、言わんこっちゃ無い、さっさとこうしておけば良かったんだ」という感じだが、ずっと四島返還を唱えていたキムラ、ハカマダ、シモトマイら主流派が何と言うのか気になるところ。我々の案を鼻で笑ってきた外務官僚はすぐにクビにしてやりたいところだ。
北方領土問題は、本ブログ開設間もなく(2006年頃)から継続的に触れてきたが、そのスタンスはずっと「二島プラスアルファ」である。

まずはおさらいしておこう。北方領土問題は、日ソ共同宣言さえ見ておけば十分で、特に90年代以降の交渉を追う必要はない。まずは【賠償・請求権の放棄】を見よう。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、千九百四十五年八月九日(ソ連の対日参戦の日)以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。

ここでソ連は日本に対する(戦勝国としての)賠償請求権を放棄した。さらに、日本・ソ連は相互にソ連参戦以降に生じた戦争結果に対するすべての請求権を放棄している。日本はすでに「不法に北方領土を占拠した」ソ連(ロシア)に対する領土請求権を自ら放棄しているのだ。

もう一つ【平和条約・領土】を見て欲しい。
日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。
ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。

これは、法的拘束力を持つ条約で、領土問題よりも平和条約を優先することを自ら規定していることを意味する。つまり、「領土問題解決後に平和条約を」と言う従来の日本政府の主張は、自ら条約違反あるいは条約反故を宣言しているようなものなのだ。

日ソ共同宣言以前の衆議院の決議などを見ても、二島返還を求めるものはあっても、四島を求めるものは存在しない。
昭和27年7月31日 衆議院決議 
領土に関する決議

 平和条約の発効に伴い、今後領土問題の公正なる解決を図るため、政府は、国民の熱望に応えてその実現に努めるとともに、時に左の要望の実現に最善の努力を払われたい。
 一 歯舞、色丹島については、当然わが国の主権に属するものなるにつき、速やかにその引渡を受けること。
 二 沖縄、奄美大島については、現地住民の意向を充分に尊重するとともに、差し当り教育、産業、戸籍その他各般の問題につき、速やかに、且つ、広い範囲にわたりわが国を参加せしめること。なお、右に関して奄美大島等については、従来鹿児島県の一部であつた諸事情を考慮し特別に善処すること。
 三 小笠原諸島については、先ず旧住民の復帰を実現した上、教育、産業、戸籍その他各般の問題につき、速やかに、且つ、広い範囲にわたりわが国を参加せしめること。
  右決議する。

ところが、日ソ平和交渉当時のダレス米国務長官が「沖縄不返還」をちらつかせて、日ソ平和条約の締結に難色を示す。そこで用いられたのが「固有の領土」論だった。以降、日本政府は方針転換して、日ソ平和条約の締結を断念し、それを糊塗するために「北方領土返還運動」に邁進しくことになる。
(前略)米国は、歴史上の事実を注意深く検討した結果、択捉、国後両島は(北海道の一部たる歯舞群島及び色丹島とともに)常に固有の日本領土の一部をなしてきたものであり、かつ、正当に日本国の主権下にあるものとして認められなければならないものであるとの結論に到達した。米国は、このことにソ連邦が同意するならば、それは極東における緊張の緩和に積極的に寄与することになるであろうと考えるものである。

日ソ交渉に対する米国覚書  1956年9月7日

北方領土問題についての様々なスタンスについても説明しておこう。
上に行くほど強硬路線で、下に行くほど柔軟・現実路線である。

四島一括返還論:最右派、右翼の大半が主張するものだが、現実に四島を実効支配するロシアが一括返還するメリットも理由も全くない。研究者では、木村汎氏や袴田茂樹氏らがここにいる。

四島返還論:政府の主張。四島の日本への帰属が明確にされるのであれば、返還の時期などについては柔軟に対応する、というもの。自民党も公式的にはこのスタンスであり、旧民主党は2009年の政策転換で「一括返還」から軸足を移している。研究者では、下斗米伸夫氏を筆頭に多数派を占める。

段階的返還論:鈴木宗男氏や佐藤優氏らの主張(森元首相も?)。二島を先行返還させた上で、残る二島は「交渉継続扱い」とするもの。しかし、鈴木氏らは「我々こそが真に実現性のある四島返還論者なのだ」という旨を述べており、分かりにくい構図になっている。

二島引き渡し+α論:和田春樹先生、望月喜市先生からケン先生に列なるロシア・ソ連研究者非主流派の主張。日ソ共同宣言を忠実に履行し、日ロ平和条約を締結して二島引き渡しを受ける。但し、平和条約締結に際し、国後・択捉の共同利用や共同開発、そして漁業権・資源採掘などについて、同時に付帯条項あるいは協定を結ぶ、というもの。

その他に「三島返還論」とか「領土二分割論」などが存在するが、これはまったく勢力になっておらず、ほとんど「思いつき」の域を出ない。
「領土二分割論」(フィフティ・フィフティ論)は、中ロの珍宝島・ダマンスキーでの国境紛争における最近の解決方法を参考にしたもの。しかし、この島は、ウスリー川の「川中島」に過ぎない島であり、一度洪水でも起これば川の流れ自体も容易に変わりかねない領域である上に、交渉の基礎となる条約もなく、純粋にパワーバランスと経済効果の観点から、ロシア側が譲歩する形で国境が確定している。

今回の政府の政策転換は、公式上(官房長官は否定しているが)は「四島返還論」から「段階的返還論」に移行するものだが、現実の平和条約交渉では限りなく「二島プラスα」に近づいてくるものと推測される。たとえ「潜在的」であっても国後島と択捉島の日本側主権について、ロシア側に認めさせるだけの条件を、日本側が提示するとは考えられないからだ。現実には「継続交渉という名の棚上げ」という形でしか交渉は成立しないだろう。

日本側は、対中包囲網、北朝鮮の脅威、エネルギー確保などを考慮して、対露平和条約の価値が未だかつて無いほど高まっている。一方、ロシアとしては対露経済封鎖によって対中依存が高まっているだけに、中国以外の有力国との連携が非常に重要となっており、シベリア油田の輸出先としても日本が有力視されている。
非公式の世論調査でも、すでに「二島返還でOK」とする回答が「絶対四島」を大きく上回っており、ポーツマス条約締結後に起きた日比谷焼き討ち事件が再現される可能性は極めて低い。

だが、日本がロシアと平和条約を結ぶということは、宗主国であるアメリカからすれば「単独講和」以外の何物でもなく、明らかな「裏切り」と写るだろう。現在のアメリカにとって、最大の脅威はロシアとイスラム国(ジハーディスト)であり、その次にイランが来て、中国は5番目以下でしかない。この脅威認識のギャップが、日本政府をして「単独講和」に向かわしていると思われる。
ただ、米国では大統領選挙が始まろうという時機であり、外交的に麻痺状態にあるところを狙って「単独講和」を図る安倍政権に対し、アメリカが「天罰」を下すのか、「ダレスの恫喝」
が再現されるのか、最も興味深いところである。

12月の安倍・プーチン会談で平和条約への道筋が付けば、経済危機でも起きない限り、1月早々に解散・総選挙が打たれるだろう。民進党をはじめとする野党にはすでに対抗できる力は無く、自民党は再び300議席以上を得て、結党以来初の「衆院選三連勝、国政選挙五連勝」を実現することになりそうだ。

【参考】
北方領土問題についての基本的理解 
北方領土論争における立ち位置 
posted by ケン at 12:45| Comment(2) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする