2016年09月07日

領土交渉はネタでしょ?

【プーチン氏「北方領土きっと解決」…首相案評価】

ロシアのプーチン大統領は3日、極東ウラジオストクでの「東方経済フォーラム」で、安倍首相が提案したエネルギー分野など日露間の8項目の経済協力について、「唯一の正しい道だと考えている」と高く評価した。そして安倍首相が北方領土問題の解決を呼びかけたことに対し「我々はきっと問題を解決する」と応じた。安倍首相はフォーラムで演説し「私たちの世代が勇気を持って責任を果たそう。70年続いた異常な事態に終止符を打ち、次の70年の日露の新たな時代をともに切り開いていこう」とプーチン氏に呼びかけた。これは首相在任中に領土問題を打開し、平和条約を締結することに強い意欲を示したものだ。
(9月3日、読売新聞)

マスゴミがやたらと「領土問題解決へ」などと煽っているが、その出元はすべて外務省であり、どう見ても情報操作でしかない。ロシア側の報道を見ると、「経済協力進展へ」との論調が殆どで、領土問題に触れていることの方が珍しい。この傾向自体は「いつものこと」なのだが、果たして今回は「特別」なのだろうか。

とはいえ、本件については情報が非常に少なく、以下のことは推論に過ぎない。
まず、「情報が少ない」ということは、可能性としては「当局がしっかり情報統制を行っている」ことも考えられるが、日本の組織はなかなか情報統制できないのが基本で、よほどのトップダウンでない限り、どこからか情報が漏れる傾向にある。今回のケースで言えば、首相官邸が独自にロシア側と交渉しているのであれば、情報が漏れない可能性もあるが、そうではないだろう。となると、情報が少ない理由は、「情報自体が存在しない」と考える方が妥当だ。つまり、日ロ間で従来の交渉内容を覆すような特別な交渉は行われておらず、ただ経済協力をめぐる交渉のみが進んでいる、という認識である。

この認識には裏打ちがある。現在の安倍政権・日本政府は、日米安保への傾斜を深める戦略を採っており、同時に中国を「最大の脅威」と認識している。いくら朝鮮が核を保有していると言っても、放置しておけば向こうからは手を出すことはないが、中国はより直接的な脅威として存在するからだ。もちろん、これは霞ヶ関の認識の話である。
日本が冷戦期ばりの「対中封じ込め策」を採る以上、アメリカへの傾斜は避けられず、それ故に「日米同盟の強化」として集団的自衛権を解禁して、全世界で米国の支援を行えるように政策転換した。
ところが、そのアメリカにとっての最大の脅威は、イスラム国とロシアであり、その下にイランがあり、中国は4番目とか5番目でしかない。その米国が、日本がロシアと「単独講和」して平和条約の締結を認めることが、果たして「あり得るのか」という話である。
つまり、日本が米国への依存を深めるなら深めるほど、「ダレスの恫喝」の効力が高まり、日ロ関係は悪化させたままにせざるを得ないはずなのだ。

今回の訪ロにしても、この間の日ロ交渉にしても、米国側に「単独講和しますのでお許し下さい」と通達している節は全く見当たらない。外務省が米国務省に「日ロ平和条約を結びます」などと言えば、「ふざけるな!ガキが!」と激怒された上に粛清されるのがオチだろう。これは、冷戦期の東ドイツがソ連に「西ドイツと和解して壁を撤去します」と言うような話だからだ。
だが、現実には米国側があまり介入してこないでいる。このことは、あらかじめ外務省が米国側に「ロシアと平和条約を結ぶつもりはサラサラありませんが、経済協力を進める上で、何も言わないと国内世論が収まらないので、大衆向けには領土交渉を前面に出していきますこと、どうかご承知おきください。アメリカに対する日本の忠義は微塵も揺るぎません」と通達していることを暗示している。

では、なぜ安倍政権はロシアにこだわるのか。一つは、安全保障上の理由で、日本が「対中封じ込め策」を採る以上、最大のカギは「ロシアを中国側にやらない、最悪でも中立状態にさせておく」こととなる。ところが、現状では米英がロシアを「私の敵は貴公でござる」と宣言してしまい、EUが同調している以上、ロシアとしては中国と手を組むほか無い。だが、それは完全に日本の国益に反しているため、日本としてはロシアの「100%中国寄り」を、80%にでも70%にでも下げておきたいのが本音なのだ。そのためには、「日ソ共同宣言」の休戦ではなく、「日ロ平和条約」で最終講和を結ぶ必要がある。だが、それは日米安保上許されないため、少しでも講和状態に近い状態にしたいのだろう。結論としては、「平和条約は結ばないけど、実質的には講和と同じ状態」を目指しているものと推察される。

第二は、経済上の理由だろう。「アベノミクス」が完全に行き詰まりを見せているが、これは「金融緩和して市場に大量にカネをバラ巻いたけど、誰も使わない」ことに大きく起因している。この点については、改めて近いうちに説明する。安倍政権としては、銀行や企業内に滞留する巨額の資金の投資先を用意しなければ、早晩「アベノミクス」が破綻をきたすだけに、その投資先として、安全保障上の理由や同じ権威主義政権のよしみもあり、「ロシア」が選ばれたと考えるのが妥当だろう。

ロシアにとっても、米・EUからの経済制裁が長期化し、資源価格が低迷する中、日本からの投資はノドから手が出るほど欲しい。特にシベリア・極東地域への投資は殆ど中国が独占する形となっており、半ば中国資本に占拠されつつあるだけに、何とかバランスをとりたい気持ちがある。
同時にロシアにとっても、ナショナリズムを掲げている以上、領土割譲は「あり得ない」選択肢となっており、日本側の提示する「平和条約は結ばないけど、実質的には講和と同じ状態」は「十分」と判断されるものになっている。

日本側ではド派手に報道されているが、実情はこんなところだろう。

【参考】
・ダレスの呪縛
安倍訪ロをどう見るか―北方領土問題は解決しません
posted by ケン at 12:30| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

日本人は戦争を選択したのか?

【安保法、7割が「理解進まず」=「危険高まった」も過半数−時事世論調査】
時事通信の8月の世論調査で、昨年9月に成立した安全保障関連法の内容について理解が進んだか尋ねたところ、「進んだとは思わない」と答えた人が76.0%に上った。また、同法成立により、日本が海外の紛争に巻き込まれる危険が「高まったと思う」との回答は55.9%だった。同法に対する国民の理解が進まず、懸念が根強い実態が浮き彫りとなった。安保法への理解が「進んだと思う」との回答は全体で9.0%にとどまった。自民党支持層に限っても、理解が「進んだと思う」は15.1%で、「進んだとは思わない」が68・6%と大きく上回った。安倍政権は安保法により「抑止力が高まった」と強調しているが、調査では、海外の紛争に巻き込まれる危険について「高まったとは思わない」と答えたのは27.1%だった。自民党支持層でも「危険が高まったと思う」が46.2%で、「高まったとは思わない」の39.1%を上回った。
 調査は4〜7日、全国の成年男女2000人を対象に実施し、有効回収率は64.3%。
(8月12日、時事通信)

代議制民主主義は、主権者が政策決定を政治家に委任し、委託された政治家が有権者に説明責任を果たすことで成り立っている。だが、安保関連法や、その前の特定秘密保護法では、立法事実や根拠が曖昧なまま、法律の必要性や運用方法についても明快な答弁がなされることなく、成立させてしまった。
有権者から主権を委託された政治家が、政策決定や立法について十分な説明を行わないことは、代議制民主主義の存在意義を脅かしていることになるが、当の政治家たちは認識しておらず、このこと自体がデモクラシーを危機へと導いている。

安保法制をめぐる問題点については、少なくとも本ブログ上では十分に説明していると自負しているが、ここは簡単に繰り返しておきたい。
問題はアメリカの国力と国際的影響力が減退する中で、東太平洋における「対中封じ込め政策」がいつまで機能し、採択され続けるか、である。現時点ではまだパワーバランスが米国寄りで成り立っているものの、米国の優位が保持されるのは時間の問題であり、このバランスが中国に傾けば傾くほど、日米同盟でアメリカが背負うリスクとコストが大きくなってくることになる。

アメリカには、すでに海外に巨大な軍隊を駐留させるほどの国力がなく、日本の防衛は日本が自分で賄うように促してきたが、日本側はこれを「見捨てられ」と解釈して「中国の脅威」と「日米同盟の強化」を謳うようになっていった。
ここで言う「同盟強化」とは、米国側が負っているリスクとコストを日本側が一部肩代わりするというもので、具体的には米軍が世界各地で行っている軍事行動の一部を自衛隊が担うことであり、これを総括して「集団的自衛権の行使容認」と説明されるはずだったが、安倍政権が小細工を弄してとってつけたような説明に終始した結果が、この世論調査に反映されている。
例えば、安保法制の審議に際して、政府・自民党は以下のような答弁に終始した。

「今回容認される集団的自衛権は、(個別)自衛のためのものであって国際法上の集団的自衛権とは別物」

「本法成立で自衛隊員のリスクが増えることはない」

「敵が攻めてきたら自衛隊はすぐに待避するから戦闘にはならない」

「一般的な武力行使はしないが、機雷掃海は例外」

「他国の戦争に巻き込まれることはあり得ない」


などの説明がなされたものの、どれも「そんなワケねぇだろ!」と野党に一括され、より具体的な説明が求められたにもかかわらず、ロボットのように同じ答弁を繰り返すため、ますます反発を強め、審議を迷走させてしまった。

現実には、1999年にアメリカを中心とするNATO軍が、国連安保理におけるロシアの拒否権発動を無視して空爆を強行、2003年には同じくアメリカを中心とする有志連合が、国連安保理の決議を待たずに(否決されそうだったため)イラクに侵攻したことに象徴されるように、武力行使のハードルはむしろ冷戦期よりも低下していると見られ、それだけに「米国との同盟強化」は自衛隊の参戦機会を増やすことはあっても、減らすことは決して無い。結果、「(安保法成立により)他国の戦争に巻き込まれることはあり得ない」という政府答弁は、全く現実性に欠けるもので、主権者に対する説明責任を果たしているとは言えないものになっている。
90年代以降の国際情勢の変化の中で、日本は日米同盟を主軸とした「力による大陸封鎖」路線と、国連協力とアジア協調を主とした「新たな集団安全保障体制の構築」(非対称封じ込め)の二つの選択肢が遡上に上がったものの、90年代半ばには外務省から国連中心主義派がパージされて前者に大きく傾いていった。
「日米同盟堅持」路線は、政策転換にかかるコストが掛からない代わりに、「同盟を維持するコスト」が高まっており、日本(霞ヶ関と自民党)としては同盟コストを支払うために「米国の世界覇権維持に対する協力強化」という選択肢を採ったと考えられる。
この一連の考え方は、私自身は首肯し得ないものの、政策判断としては十分な合理性を備えており、理解は出来る。例えば、

「中国の脅威がかつてなく増大しているが、対抗すべき基軸となる米国はアジア関与を弱めている」

「中国の脅威に対しては、アメリカと連携してこれを封じ込める必要がある」

「だが、米国は衰退傾向にあり、日本はそれを補うだけの軍事的貢献をしなければ、アメリカはアジアから手を引くだろう」

「東アジアの軍事バランスを維持するためには、日米同盟をより強化する必要があるが、アジアから退場しようとしているアメリカを繋ぎ止めておくためには、日本が全世界で積極的にアメリカの軍事行動を支援しなければならない」

という論理で首尾一貫主張していれば、維新や民主のような自民党の補完政党は反論の術を失い、ここまで図に乗ることはなかったものと思われる。維新にしても民主にしても、安全保障政策の基本を「日米同盟基軸」としている以上、対中国戦略として「力による大陸封鎖」路線しか選択し得ないからだ。
自民党は本音で安保を語るべき

同時に議会制民主主義という点では、野党がお粗末だった。
民主党内は超大ざっぱに言って、右派と中間派と左派に3分しており、右派は集団的自衛権行使を容認、左派は反対、中間派は「野党だから反対」という感じで、もし民主党が政権にあったとしたら中間派が賛成に回り、党は「行使容認」を決めたであろう。
その意味で、民主党に期待を寄せる方には申し訳ないが、民主党は「野党だから」反対しているだけで、その内実は非常に無責任かつ無分別だと言わざるを得ない。
繰り返しになるが、「日米同盟は維持します。でも集団的自衛権は認めません、個別的自衛権で対処します。今まで通りの国際貢献は続けますから問題ありません」という民主党の主張は、仮に政権を再奪取したところで早々に米国からクレームが付けられて、鳩山氏が基地移転を撤回したのと同様の大恥をかくことになるだろう。
集団的自衛権行使や海外派兵を本気で回避したいのであれば、NK党か社民党に投票するほか無いと思われるが、NK党の場合は「右翼権威主義を忌避するために左翼全体主義を選ぶ」という選択肢に他ならないし、社民党はすでに政党として機能しているとは言えない状態にあり、これも選択肢になり得ない。党員組織を基盤とする民主的左翼政党の設立は、我々にとって常に大きな課題である。
安保法制衆院通過を受けて雑感

結局のところ、国民は十分な説明を受けぬまま、日本の「参戦」を迎えることになるだろう。だが、徴兵制が敷かれるわけではないため、「カネで雇われた自衛隊がどこか遠くで戦っているみたい」との認識から抜け出せず、政府による情報統制もあって、「本土テロ」でも起きない限り、戦争を実感することは無さそうだ。
だが、昭和の歴史が示しているのは、日支事変・日中戦争の勃発が議会と政党政治に終止符を打ったという事実であり、そこは改めて強調しておきたい。

【参考】
・昭和史再学習A 

【追記】
戦後の造語ではあるが、「大正デモクラシー」の原点は、日露戦争のポーツマス講和条約の内容に反発して起きた日比谷事件などの一連の暴動に起因するという説がある。これは、当時の政治家が十分な説明責任を果たさず、虚偽の戦果報告を行い、条約の締結過程を秘匿したことに対し、有権者が不満を表明したことに始まった。もちろん当時の日本は民主主義体制ではなかったものの、代議制議会が設置されて間もない時機であり、市民が「委任と説明責任」の相互関係を自覚する端緒となった。
posted by ケン at 12:23| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

自衛隊の初交戦近づく

【駆け付け警護付与 11月派遣、南スーダンPKOに 政府方針】
 政府は、今年11月から南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に派遣する陸上自衛隊の部隊に、駆け付け警護など今年3月に施行した安全保障関連法で可能となった新任務を付与する方針を固めた。月内にも防衛省が発表し、任務遂行に必要な訓練に着手する。自衛隊に安保関連法による任務が与えられるのは初めて。複数の政府関係者が7日、明らかにした。新たに付与される任務は、離れた場所で武装勢力に襲われた非政府組織(NGO)職員などを救援する「駆け付け警護」と、治安悪化などによる緊急時に他国軍と協力して宿営地を守る「共同防衛」の2つ。
 南スーダンの首都ジュバは7月に入り、政府側と元反政府勢力の戦闘が再燃。駐南スーダン大使ら日本大使館員が陸自の宿営地に避難する事案や、日本人4人を乗せた国際協力機構(JICA)の車両が走行中に銃弾を受ける事案などが発生している。政府関係者は「いざというときに現地の日本人や宿営地を守るため、自衛隊による新任務の必要性が高まっている」と指摘する。
 安保関連法では、PKO派遣部隊が現地の監視・巡回を行う「安全確保業務」も可能となったが、政府内には「いきなりすべての新任務を与えるのはリスクが高い」(官邸筋)との慎重論もあることから、今回の付与は見送る。派遣する部隊の人数は現状の約350人体制を維持する方向だ。政府は、平成24年から南スーダンPKOに参加。陸自の施設部隊を半年交代で派遣し、幹線道路の整備や避難民への支援活動にあたっている。駆け付け警護などが可能となる安保関連法施行後も「隊員の安全のため慎重の上にも慎重を期す」(中谷元前防衛相)との方針から、表立った訓練を見送ってきた。
(産経新聞、8月8日)

南スーダンでは、すでに戦闘が再開され、反大統領派が部隊を引き連れて首都ジュバを大挙、実質的に停戦合意は反故になっている。従来の「PKO五原則」からすれば、「紛争当事者間の停戦合意」が破られている以上、南スーダンはPKOの対象から除外され、撤退する段階にあるはずだが、近年では「住民保護(難民化抑止)」の立場から、同名目が成立する場合、戦闘も辞さないスタンスをとっており、「三番目の当時者」であることに躊躇しなくなっている。

首都ジュバは、これまで「治安が安定している」と言われ、自衛隊もインフラ整備に携わっていたが、7月8日に戦闘が起こり、政府軍だけで150名以上の戦死者が出た。これを受けて、350人からなる自衛隊部隊は国連施設内に籠城、ごく近隣の道路整備だけ行うのみとなっている。
7月以降、自衛隊の宿営地周辺でも激しい戦闘が行われ、宿営地内にも砲弾が着弾したと言われる。また、ジュバ国際空港に向かったJICAの車両が銃撃を受けるという事態まで発生している。
アフガニスタンでもイラクでも同じだが、非対称戦争においては前線も後方も無く、「首都だから安全」などということはあり得ない。つまり、自衛隊はすでに交戦地域にいるのだ。そこに「駆け付け警護」などとなれば、自衛隊が交戦に参加する確率は飛躍的に上がるだろう。

ところが、現実の自衛隊には不安要素が多い。まず、自衛隊は憲法上「戦力=軍隊」ではないため、交戦規定を有しておらず、今回は便宜的にPKOのものを共有することになるが、その交戦対象は反政府組織や武装集団だけでなく、政府軍や警察、政府側民兵をも含むという幅の広さがあるため、仮に政府軍から銃撃されたとしても、応戦しなければならなくなる。まして、「駆け付け警護」が任務化され、PKOの目的が「住民保護」である以上、適当な理由を付けて戦場から離脱することもままならない。
また、自衛隊には軍事法廷に象徴される軍司法機能が存在しないため、戦闘を始めとする軍事行動に際して犯罪行為や不祥事が起きたとしても、これを取り締まって裁くことができず、現地住民や国際社会に対して説明責任を果たせない。その結果、イラク派兵以降、自衛隊内では不祥事を隠蔽する傾向が強まっているが、今回それが加速する恐れがある。

仮に南スーダンなどで自衛隊が交戦を行ったとしても、政府は憲法上、「武力行使には当たらない」と強弁するほかなく、それは悪しき前例となり、いずれは満州事変のような大規模な軍事行動すら「自衛権の行使で、武力行使(侵略)には当たらない」などと意味不明の説明がなされ、憲法の空洞化を加速させることになるだろう。
posted by ケン at 12:39| Comment(6) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

南シナ海で過熱する日中対立

【南シナ海で日中「痛み分け」…声明巡り駆け引き】
 16日に閉幕したアジア欧州会議(ASEM)首脳会議は、中国の南シナ海での主権主張を否定する仲裁裁判所の判決が出てから初めての首脳級国際会議となった。日本は判決受け入れを中国に促す国際包囲網の構築を図り、中国側はそれを切り崩そうと外交攻勢を強めた。議長声明の文言を巡っては双方、「痛み分け」の形となった。安倍首相は16日午前の首脳会議で、南シナ海問題について「法の支配は国際社会が堅持していかなくてはならない普遍的原則だ」と切り出し、判決受け入れを中国に迫った。会議では他にも数か国の首脳が仲裁裁判の結果に言及したといい、日本政府高官は「会議の中身は満足のいくものだった。包囲網作りはうまくいった」と語った。
(7月17日、読売新聞)

【仲裁判決、無力化に焦り=政府、包囲網づくりは継続】
 岸田文雄外相はラオスで開かれた一連の東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議で、南シナ海をめぐる仲裁裁判所判決を中国に受け入れさせるため、国際的な包囲網構築を試みた。しかし、ASEANの足並みの乱れから、共同声明で仲裁判決への言及が見送られるなど中国への配慮が目立ち、岸田氏の狙いは不発となった。「仲裁裁判は紛争当事国を法的に拘束する。両当事国がこの判断に従うことで問題の平和的解決につながることを期待する」。岸田外相は26日の東アジアサミット外相会議で、王毅中国外相の眼前で、仲裁判決の受け入れを重ねて迫った。
 外務省によると、12日の仲裁判決後、判決について「法的に拘束する」などと明確に順守を求めたのは、日米豪など少数の国にとどまる。このため日本政府は、関連外相会議の声明などに判決を明確に位置付けることで、中国に圧力をかけることを目指した。だが、ASEANが25日の外相会議で合意した共同声明が仲裁判決に触れなかったことで、議論は中国に有利に展開。26日の東アジアサミット会議でも仲裁判決については「法的、外交的なプロセスの尊重」など間接的な言及が多かったという。
 今後、判決無視を決め込む中国の主張が勢いづくことも予想される。外務省幹部は「無理が通れば道理が引っ込むとなってはならない。法的規範を外交力で示さなければならない」と焦りを募らせる。南シナ海問題は、9月上旬に中国・杭州で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議や、それに続くラオスでのASEAN首脳会議でも取り上げられる見通し。王毅外相が25日に南シナ海の秩序維持のための「行動規範」の策定時期に言及するなど、「中国もプレッシャーを感じ始めている」(外務省関係者)との見方もあり、政府は粘り強く働き掛けを続ける方針だ。
(7月26日、時事通信)

国連の仲裁裁判所の裁定を受けて、外務省がすっかりヒートアップしているが、まるで日本が「対中包囲網の主宰者」みたいになってしまっており、冒険主義もいいところだ。
聞くところによれば、日本は米国と共謀して同裁判所の人事にかなりクビを突っ込んでおり、その策謀が成功して判事を反中派で固められた結果、今回の一方的な裁定となったという。本来、同裁判所は、領有権や国家間紛争には関わらず、今回の裁定も直接的には踏み込んでいないものの、実質的には中国側の主張を全否定して、フィリピン側を全面勝訴としたが、国家間を調停する国際裁判でここまで一方的な裁定がなされるのは珍しく、確かに陰謀臭は否めない。もっとも、アメリカは海洋法条約に加盟しておらず、適用外になっている。

いずれにせよ、同裁判所には強制執行権が無いため、中国側が受け入れを拒否すれば終わりになるが、日本はそれを理由に対中非難を強め、東アジアの対立を煽っている。外務省は、配下のマスゴミを使って、反中宣伝に勤しんでいるが、盧溝橋事件や上海事変の前後を彷彿とさせるマッチポンプぶりだ。
これは、やはり米大統領選挙が近づくにつれて、トランプ氏当選に伴う日米安保体制への危機感と、対中強硬派であるクリントン氏に対する応援メッセージなのかもしれない。

だが、フィリピンで政権が反中親米のアキノ氏から、親中派のドテルテ氏に移り、中比交渉が再開される見込みとなっており、今回の裁定自体が無意味なものになる可能性が高く、そうなれば「対中包囲網」など空に帰してしまうだろう。
そもそも、米大統領選でトランプ氏が勝利して、外交方針の転換が図られた場合、反中路線に突き進んできた日本は、外交カードがなくなってしまう。
外務省は、自らの謀略に酔っているようなところがあるが、戦前の「革新官僚」並みの危うさを伴っている。今回の判決だけでも十分な成果であるのに、反中スタンスを明確にして「対中包囲網」の強化に邁進するのは、過剰である。

なお、同判決の原文(英語)には日本の沖ノ鳥島の問題点に関する言及が数カ所あるが、外務省がマスゴミに提供した日本語訳ではその部分が削除されており、日本国内では一切報道されていない。情報統制の一環と、マスゴミの無能を示す例と言える。
また、日本は捕鯨やマグロ漁に関する国際司法裁判所などの判決を無視しており、外務省のダブルスタンダードは否めない。
posted by ケン at 12:58| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

対テロ注意喚起って何?

【留学など注意喚起へ=全国の大学に通知方針―テロなどの事件受け文科省】
 バングラデシュの飲食店襲撃事件で日本人が巻き込まれ、世界各国でテロなどの事件が相次いでいることを受け、文部科学省は4日までに、全国の国公私立大などに対し、夏休みに短期留学や海外旅行などをする学生らへの注意喚起を促す通知を今月中に出す方針を固めた。  通知では、留学予定の学生らに、海外の治安情報などを電子メールで知らせ、緊急事態の発生時には安否確認にも利用される外務省のシステム「たびレジ」への登録を求める。大学などには、留学生が現地で事件に巻き込まれた場合に備え、危機管理体制を整えることを改めて要請する。 
(時事通信、7月5日)

いかにも「何もしないと苦情が来るから、取りあえず何かしないと」的なヤクニン根性の表れだろう。
テロは(素人が)注意すれば避けられるものではなく、当局への登録は監視と一対のものであるだけに、「テロか国家監視か」みたいな二者択一になってしまっている。しかも、登録したからといって、日本の当局が保護してくれるわけでは無く、「テロ被害に遭ったときに管理しやすい」というこれまたヤクニン根性の表れでしか無い。

今回のダッカ事件が起きたのは、外国人しか入れないような高級飲食店であり、これを回避するとなると、今度は治安の悪い地域の飲食店に行くことになるが、別の犯罪者が待ち受けているだけで、根本的解決にはならない。むしろ頻度・遭遇率の点では悪化するだろう。となると、かつての租界やバグダッドのグリーン・ソーンのような要塞を築いて閉じこもる他なくなるが、全く現実的ではない。

今回の事件に際しては、現場で「自分は日本人だ(見逃してくれ)」との声が聞かれたというが、ここに問題の一端が見て取れる。犯人たちはイスラム国の呼び掛けに呼応した現地ジハーディストと見られている。殆どの日本人は、イスラム国との対テロ戦争を行っているのは、アメリカとヨーロッパ諸国と考えており、それ故に「日本人は中立だ」と言いたくなってしまうのは当然だろう。だが、この認識は根本的に間違っている。
日本は、2014年9月にアメリカが主導して結成された「反イスラム国同盟」に参加している、立派な「交戦国」の一員であるが、交戦国と公言しないのは日本国憲法第9条の縛りと、イスラム国を国家として認知していないために過ぎない。対国家でないから、「武力行使」とも「戦争」とも言わない、というのが日本政府の公式見解なのだ。これは、私個人の主張では無く、米国国務省のHPを見れば、誰でも確認できる。

・The Global Coalition to Counter ISIL 

また、今回被害者を出したJICAは、北岡伸一理事長の下で軍事支援を解禁、新たな軍事支援スキームの構築を進めている。名目を「平和構築支援」としている辺りが、安倍政権や外務省と同じくどこまでも姑息だが。
平和構築支援では「軍事」「政治」「社会/経済」の3つの枠組みで行う包括的な取り組みが必要です。紛争を予防、解決し、平和を定着させるためには、軍事的な手段や予防外交などの政治的な手段とともに、紛争の要因となる貧富の格差の是正や機会の不平等などを改善するための開発援助が重要となります。
JICAのHPより)

問題は、日本政府・外務省が「日本は反イスラム国同盟の一員であり、同国と交戦中である」ことをひた隠しにしている点にある。確かに日本は、空爆に参加しているわけでもなければ、無人機を提供しているわけでも無いが、すでに2900億円以上の軍資金を「反イスラム国戦争」に提供しており、イスラム国側からは明確に「敵側の一員」として認定されている。しかし、政府がその事実を公表しないがために、「日本は中立」なる誤認が定着してしまっているのだ。
現代戦が非対称戦争である以上、イスラム国側は、反IS同盟が正規軍を出すイラク・シリア方面で正面から戦うつもりはなく、「後方の脆弱な部分」を攻撃する戦術を採るのが筋であり、それは全ての国家と地域が対象になる。日本本土は「脆弱では無い」から狙われないだけであり、日本人を対象外にしたわけではない。同時に非対称戦争では、非軍人が武器を持って戦闘に加わり、その対象も軍隊に限らず、双方が互いに非戦闘員を巻き込む形となるため、前線も後方も存在しない。

政府がやるべきことは、日本が「対テロ戦争」の遂行国の一員であり、同戦争に前線も後方もなく、全世界にいる日本人がジハーディストの攻撃目標になっていることを、明らかにした上で、個々の責任でリスク管理するように伝えることである。政府が真に国民の安全を願うながら、少なくとも政治的安定度の低い、ムスリムの多い国への渡航自粛を呼び掛けるべきだろう。まして、留学の場合は必要度が高いものではなく、可能な限り自粛させるべきであり、自粛に応じないものについては、コーランの一節をカタカナで書いた紙でも渡して暗記するよう推奨すべきだ。

【追記】
今回の報道を見ていても愚劣なものが多い。例えば「親日国でなぜ」は全く無意味で、テロに遭遇する確率は、ロシアであれ欧米であれ、親日度とは無関係だからだ。また、やたらと犯人の「裕福な高学歴」が強調されているが、日本赤軍やドイツ赤軍の事例からも明らかなように、テロリズムや政治的急進性はむしろ富裕な高学歴層において発現しやすいと言える。ただし、テロリズムを支持する社会的基盤に貧困があることは、ロシア革命期のロシアや昭和前期の日本で証明される。

【追記2】
繰り返すが、日本はイスラム国と戦っている当事国である。現代戦は非対称戦争なので、前線も後方も無く、安全なところなど無い。自分の身は自分で守るしかない。ちなみに、憲法9条と国家認定しないことで、政府は戦争とは言わないだけなので、「自分は日本人だから中立」と言ってみたところで、相手方は聞く耳を持たない。

【参考】
4fd88e3f-s.bmp
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2016年06月22日

ラマダーン中に食事会を開く安倍総理

【首相動静(6月16日)】
午後6時41分から同53分まで、イスラム諸国の駐日大使らとの食事会「イフタール」。
(6月17日、時事通信、抜粋)

当日、東京の日没は午後6時59分。
ムスリムにとって、6月初頭から7月初頭にかけては「ラマダーン」と呼ばれる断食の月であり、日の出から日没までの時間に飲食することが禁じられている。但し、正当な理由があれば免除されるも、その場合でも他の期間に行うことが義務付けられている。

ラマダーン期間中にムスリムを食事に招待するのであれば、少なくとも日没後にするのが礼儀であり、ラマダーンを無視した日本側の対応を彼らがどう見るかは、想像するまでもないだろう。
総理官房の役人は、ラマダーンすら知らないものと見える。また、外務省はこれに対し、無反応だったのだろうか。いったい何のために外交官を務めているのか、そもそも選別基準を間違えているとしか思えない。
そんな連中に、ジハーディストとの対テロ戦争や、人質解放交渉などできるわけがない。

【6月23日、追記】
恩師から、「イフタールは、ムスリムが皆で集まって日没後の会食を楽しむ会だから、断食の義務を負わない総理は本来参加する義務はなく、食事会を提供することに意義があるのでは」との苦言を頂いた。確かに外務省の意図としてはそうなのだろうが、それでもやはり日没前に会を始めて、食事の始まる前に挨拶だけして退席してしまう総理の日程管理には首をかしげざるを得ない。
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2016年05月31日

まずは全面外出禁止令を

【在沖縄米軍、深夜の外出禁止】
 沖縄県うるま市の女性が遺体で見つかった事件を受け、在沖縄米軍は27日までに、米軍人・軍属の深夜0時以降の外出禁止などを決めた。期間は同日から6月24日まで。
(5月27日、毎日新聞)

【米兵、準強姦認める=ホテルで熟睡女性に―那覇地裁】

 那覇市内のビジネスホテルで熟睡していた女性を暴行したとして、準強姦(ごうかん)罪に問われた米海兵隊員ジャスティン・カステラノス被告(24)の初公判が27日、那覇地裁(潮海二郎裁判長)であった。被告は罪状認否で「間違いありません」と述べ、起訴内容を認めた。検察側は冒頭陳述で、カステラノス被告がホテルの廊下で寝ていた女性を見つけ、わいせつなことをしたいと考えたと指摘。「眠ったままの被害者を抱きかかえて自分の部屋に入り、熟睡中で抵抗できないのに乗じて犯行に及んだ」と述べた。起訴状などによると、カステラノス被告は3月13日未明、那覇市のビジネスホテルの廊下で熟睡していた40代の女性を自分の部屋に連れ込み、暴行したとされる。
(5月27日、朝日新聞)

今回の米大統領選の結果にかかわらず、米軍再編による海兵隊の本土撤収は避けられそうに無い。
2016〜20年度の「思いやり予算」は、総額は9465億円で、15年度までの5年間を133億円上回った。交渉の過程で、日本側は、安保法制成立に伴う自衛隊の海外任務の拡大などを理由に減額を求めたが、米国側に妥協した形だった。

こうした流れにあって、「米海兵隊の撤収」を要求するのは、感情論としては理解できるが、米兵・軍属による犯罪への対応、あるいは運動論・戦術としては必ずしも妥当とは言えない。

アフガニスタン、イラク戦争を経て、「対テロ戦争」が長期化する中、米兵・軍属の質的劣化が甚だしくなっている。これは、徴兵を避けた米国が、経済的徴兵(貧困層の志願誘導)を進めた結果、「食い詰め者」類ばかりが軍に集まっているためだ。
かつて帝政ロシアの兵役は20年という超長期間であったため、村ごとに求められる兵役従事者には、村八分にされた者や犯罪者・浮浪者を指名し、首を差し出すように送り出していた。日本でも、戦国期の足軽の殆どは、耕作放棄した食い詰めた農民層であり、低賃金を戦場掠奪で補うほか無かった。
この手の米兵・軍属が、植民地に来て事実上の治外法権(掠奪不問)を手にして遊ぶとなれば、犯罪を起こさないワケが無い。事実、婦女暴行を犯した米兵の8割は逮捕されていないという。

今回の事件への対応としては、我々はまず「全ての米兵・軍属の無期限外出禁止」を求めるべきだ。
現状、米軍の「行動指針」(自主ルール)では、米軍人の夜間外出禁止は、下士官と兵士だけが適用対象で、その時間帯は「午前0時から午前5時まで」でしかない。飲酒については、階級に関係なく「午前0時から午前5時まで」となっている。一年に一回の講習を受ければ、殆どの米軍人に、基地外における自由行動が認められる。だが、いかに講習を受けたところで、実質的な治外法権であることは、犯罪のインセンティブにしかなっていない。「外出禁止」についても、色々な裏技があるらしく、抜け穴だらけで全く実効性を伴っていないと聞く。

米軍基地内には、十分な生活・遊興施設が確保されており、一般的な生活をする上で基地外に出なければならない理由は無い。実際、基地外に一歩も出ること無く、任期を終える米軍人も無数にいるという。
米軍人・軍属の犯罪を野放しにしているのは、米軍を日本に止め、治外法権を有する米兵・軍属の外出を全面的に認めている日本政府の責任に帰せられる。ここで、我々が「米兵・軍属の無期限外出禁止」を求めたところで、「じゃあ、国に帰らせて頂きます」と言われるのが恐い安倍政権としては、米側に伝えることは無理なので、そこで「犯罪者予備軍の外出を放置するのか!」と叩くのが良いだろう。
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