2015年10月14日

ユネスコ分担金:気に入らないからカネ出さない?

【<菅官房長官>ユネスコ分担金「停止・削減を含め検討」】
 菅義偉官房長官は12日のBSフジの番組で、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が世界記憶遺産に「南京大虐殺」に関する資料を登録したことを受け、ユネスコ運営のために拠出している分担金について「政府として停止・削減を含めて検討している」と述べた。菅氏は「(登録は)密室で行われ、法律に基づくものでもない。透明性や公平性をもっと出すべきだ」と述べ、ユネスコに制度見直しを求める考えを示した。南京事件に関しては「確かに南京で非戦闘員殺害とか略奪行為があったことは否定できないが、(犠牲者の)人数にはいろんな議論がある」とも語った。
(毎日新聞、10月12日)

なんかもう「リットン報告は中国寄りで気に入らないから国連脱退」してしまった帝国日本と殆ど同じだな。同報告を今日読んでみると、「どこが不満だったんだ?」と思える辺りも、なにをかを暗示している。

【参考】 リットン報告書をめぐる日本の報道について・下

日本は今年中国と併行して「シベリア抑留資料」を同記憶遺産に登録しているが、ロシア側が「日本側の捏造」「信憑性が疑わしい」などと言い出してユネスコに圧力をかけたら、どう応じるつもりなのだろうか。あるいは広島・長崎の登録に対して、米国が「不適切」「死亡者数については議論がある」などとクレームを付けてきたら、取り下げるのだろうか。
政府は、記憶遺産外でも強制労働の現場だった軍艦島や、テロリスト養成機関だった松下村塾を遺産登録、特攻資料も登録を目指し、ユネスコを政治的に利用して黒歴史の美化を図っているが、官房長官の主張は「日本によるユネスコの政治利用は正しいが、諸外国が利用するのはダメ」というものでしかない。その上、「ユネスコの決定は気に入らないからカネ出すのを止める」と言うのであれば、国際社会における日本の地位は著しく低下するだろう。

これまで中国が記憶遺産に登録してきたのは、清帝国の原資料や本草綱目、黄帝内経といった政治性の低いものばかりだった。ところが、ここに来て歴史的検証が十分とは言えない南京事件の資料を出してきたのはかなり唐突観があり、やはり日本によるユネスコの政治利用や、安倍一派による南京事件否定論が、中国側を煽ったと見るのが妥当だろう。
日本がユネスコを利用しようとすればするほど、中国や韓国も負けじと利用してくる構図になっていることに気づくべきだ。

確かにユネスコの「世界遺産」制度そのものが、商業的あるいは政治的に過ぎるきらいがあり、その上選定プロセスを一切明らかにしないため、閉鎖的な官僚機構とともに不信の対象となっていることは確かだ。だが、それは巨額の拠出者(スポンサー)として、日本がユネスコに機構改革を要求すれば良い話であり、「選定が気に入らないからカネ出さない」というのは余りにも大人げない。あるいは中国が「日本の分も払うからその分の議決権をください」と言ったらどうするのか。行き着くところは「ユネスコ脱退」なのか。
同時に日本は中国側に日中歴史共同研究(報告書は2010年)の遵守とさらなる共通歴史共有に向けて話し合いを提案すべきだろう。

【参考】
【シベリア抑留の世界記憶遺産登録、ロシアが日本を批判】
 世界記憶遺産へのシベリア抑留資料の登録について、「ユネスコを政治利用する試みだ」とロシア側が日本を批判しました。ロシアのユネスコ委員会のオルジョニキゼ書記はロシア通信に対し、日本のシベリア抑留資料が世界記憶遺産に登録されたことをめぐり、「ユネスコを政治利用する試みで、我々は反対だ」との見解を示しました。さらに、「日本はパンドラの箱を開けた。なぜならシベリア抑留資料の登録を申請し、2国間で解決すべき政治問題をまたもやユネスコに持ち込んだからだ」と批判しました。また、オルジョニキゼ氏は、ロシアが日本側に対し、登録申請をしないようすでに働きかけていたことを明らかにしています。一方、日本が問題視している中国の「南京虐殺」資料の世界記憶遺産登録については、「事件が中国国民にとってどんな悲劇だったか理解できる」としながら、これについても「2国間で解決すべき問題だ」と述べました。
(TBS、10月15日)
posted by ケン at 12:56| Comment(7) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

「国連」を理解しない官房長官

【「国連は中立であるべき」…菅官房長官が不快感】
 菅官房長官は31日午前の記者会見で、潘基文(パンギムン)国連事務総長が9月3日に北京で行われる「抗日戦争勝利70年」の式典に出席することについて、「国連は中立であるべきだ。加盟国に対して、いたずらに特定の過去に焦点を当てるのではなく、未来志向の姿勢を取るよう促すべきだ」と述べ、不快感を示した。日本の国連代表部は27日、国連事務局に「中立性を損なう行動」などとする懸念を伝えている。
(読売新聞、8月31日)

菅官房長官は国連の成り立ちをご存じないようだ。知っていて上記のような主張をしているとすれば、国内向けのエクスキューズということになるだろう。
官房長官向けに分かりやすく説明しよう。国連の原語は「United Nations」で、第二次世界大戦中の枢軸国に対抗した連合国=United Nationsと同じくしている。軍事同盟としての連合国は、1945年6月に国連憲章に署名(50カ国)、同年10月には前身の国際連盟に替わる国際機関を発足させた。この時、英語名称は「United Nations」が継承され、前身の「League of Nations」と区別された。
日本の外務省は、軍事同盟を「連合国」とし、新たに設置された国際組織を「国際連合」と訳し、現在に至るまで定着している。これは外務省が国内世論を刺激しないよう、別組織のように見せるための配慮(陰謀)だったと考えられる。実際、新聞などは当初「連合国」と記している。もっとも、中国は軍事同盟を「同盟國」とし、国際機関を「聯合國」と訳している。

日本政府が言う「国連」は、1945年4月25日、連合国主要国だった米英中ソの四カ国が、「連合国憲章」(後の日本政府が言う国連憲章)への参加を求めて、非枢軸国に招請状を出したことが大きな起点の一つになっている。その参加条件は、「1945年3月1日までに枢軸国に宣戦布告をした国」だった。結果、スウェーデン、スペイン、ポルトガル、アイルランドなどの中立国は除外され、発足当初の参加が叶わなかった。この点は、現在の国連憲章第107条の、いわゆる敗戦国条項から確認できる。
第107条〔敵国に関する行動〕
この憲章のいかなる規定も、第二次世界戦争中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。

この日本語訳は分かりづらいので、関連する同第53条等とともに解説しよう。
ポツダム宣言やサンフランシスコ講和条約、あるいは日ソ共同宣言などの休戦・講和条約とそれに伴う各種占領施策は国連憲章に違背するものではなく、常に有効であり、敗戦国がこれらを否定する行動に出た場合、UN加盟国はその企図を粉砕するために自由な(国連憲章に縛られない)軍事的制裁を科すことが許されている。

UNが、二次大戦期の枢軸国側の論理であるファシズム、ミリタリズムとそれに基づく侵略を否定することを大前提に成立している以上、安倍政権や自民党が進めている「東京裁判の否定(疑義)」「侵略行為に対する疑義」「大戦中の不法行為の否定(慰安婦や強制連行)」「領土要求(北方四島)」などは、国連憲章への違背と見なされる。いくら安倍政権の閣僚や自民党員などが「国内で主張しているだけだ」と弁解してみたところで、加盟国から「ファシズム再興に向けた準備行動」と認識されるのは免れがたい。そもそも彼らの「国連には留まりたいけど、講和条約の中身は否定させてくれ」という主張自体、御都合主義でしかないからだ。
戦後日本は、非武装と民主化を実現し、サンフランシスコ講和条約を締結したことで、敗戦国条項付きの「二等加盟国」ながら、UNに加盟して国際社会への復帰を実現した。ところが、その後の日本は、再軍備(世界第7位規模)、海外派兵を進め、今日の安倍政権下では、権威主義の再興を進めつつ、ポツダム宣言と講和条約に対する疑義を提唱するまでに至っているのだから、UNから「加盟資格についてマニュアルを見返してください」と言われるのは当然だろう。

話を戻そう。UNが大戦中の連合国を継承している以上、「連合国議長」が主要国の主催する戦勝式典に参加することは「議長としての務め」であり、官房長官の「国連は中立であるべき」「いたずらに特定の過去に焦点を当てる」という主張こそ、UNが何者であり、UNに加盟する日本の立場を全くわきまえないものなのだ。UNが連合国であり、安倍政権がファッショとミリタリズム(枢軸国の論理)を肯定する立場に立つ以上、両者が相容れる可能性は無いのである。安倍政権は、かような主張を続けたいならば、サンフランシスコ講和条約、日ソ共同宣言、日中共同宣言を破棄すべきだ。

なお、ソ連の対日参戦(中立条約破棄)の合法性については下の稿を参照して欲しい。

【参考】
さすが歴史修正主義者デス 
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2015年08月26日

安保法制で肥大化する軍事費

【防衛費、過去最大5兆911億円 28年度概算要求、中国念頭に強化】
 防衛省がまとめた平成28年度予算案への概算要求の全容が18日、明らかになった。米軍再編経費などを含む総額は過去最大の5兆911億円(27年度当初予算比2・2%増)で、4年連続の要求増。一方的な海洋進出や公海上空での活動を広げる中国を念頭に最新装備を導入し、周辺海域の警戒監視を強化する狙いだ。
 東シナ海での監視・偵察に向け無人偵察機「グローバルホーク」3機(367億円)や新型早期警戒機「E2D」1機(238億円)を導入。イージス艦1隻(1675億円)と「そうりゅう」型潜水艦1隻(662億円)の建造費も盛り込んだ。島嶼(とうしょ)防衛の強化では、垂直離着陸輸送機オスプレイ12機(1321億円)のほか、不法占拠された離島の奪還を担う水陸両用車「AAV7」11両も導入する。
 最新鋭ステルス戦闘機「F35」6機(1035億円)や、戦闘機などの滞空可能時間を延ばす空中給油機も購入する。哨戒ヘリコプター「SH60K」は17機(1032億円)をまとめて発注し、約115億円の調達コストを圧縮する。弾道ミサイル攻撃への対応として、海上配備型迎撃ミサイル(SM3ブロック2A)の日米共同開発費や、地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)部隊の基盤整備費も盛り込む。ヨルダンへの防衛駐在官の派遣や、宇宙監視システムの整備に向けた準備態勢の強化なども計上。28年度当初予算ベースで初の5兆円台を視野に入れる。
(産経新聞、8月19日)

軍事費の膨張を止めるのは、古今東西どの国家・政府にとっても最大の課題の一つだった。それは「適正なる軍備」の定義が決して一定せず、国際環境に左右されるだけでなく、国内世論や権力者の思惑によって一変してしまうからだ。

その最も極端な例がアメリカである。独立戦争によってイギリスから独立を勝ち取ったアメリカは、軍の基幹が義勇民兵であったことと、巨大な中央軍が州の自治を脅かす恐れを重視して、大陸軍を解散してしまった。1812年に再度「米英戦争」が勃発したときに、連邦政府の手元にあった兵(陸軍)はたった1万人足らずに過ぎなかった。さらに南北戦争が勃発した1861年ですら、合衆国軍の規模は陸軍が1万6千人、海軍が8千人に満たない有様だった。それが、今日では大規模戦争が起きているわけでもないのに、150万人とも言われる兵力を常時維持しているのだから、南北戦争前のアメリカを理想とするリバタリアン(レパブリカン)からすれば到底容認できないだろう。

日本の場合、明治維新を経て徴兵制が施行され、常備軍が設立される。日清戦争前は対外戦争が想定されておらず、陸海軍を含めて20万人(陸軍で7個師団)という規模であったが、日露戦争勃発時には30万人(13個師団)、シベリア出兵時には40万人(21個師団)へと膨れあがった。この間、わずか20年足らずである。そこから20年後の1937年、日華事変時には100万人を超え、4年後の日米開戦時には200万人にも達した。日本の財政は、21個師団、40万人態勢ですら耐えきれずに山梨・宇垣軍縮に至ったにもかかわらず、再び軍拡を始め、日中戦争から太平洋戦争へと突入していった。
植民地が増えれば増えるほど、その統治や周辺国・列強との軋轢が過酷になるのは当然の成り行きであり、それに連れて軍も肥大化していった。特に日本の場合、有力な産業や資本を持たないだけに、植民地の開発や市場化が遅れ、その経営は常に赤字状態だった。赤字経営の植民地を維持するために、生産性ゼロの軍隊を肥大化させていったのだから、仮に大規模戦争が起きなかったとしても、遠からず財政破綻しただろう。実際、戦前期のGNPがピークに達したのは日米開戦前の1939年のことだった。

日露戦争のツケ 
朝鮮統治のツケ 

明治から昭和期の軍拡の流れを見ると、「では戦前期の日本における適正な軍の規模はどの程度だったのか?」という疑問がわき上がってくる。同時に、財政と軍の規模の関係(予算に占める軍事費の割合)を検討すると、日本がいかなる近代戦にも耐えられるような財政規模や産業基幹を有していなかったことが分かる。にもかかわらず、日清戦争と日露戦争に勝利してしまったがために、全く身の丈に合わない軍事力を常備し、周辺国との緊張を高め、さらに前進防御という名の侵略を進めていったのだ。満州事変は朝鮮半島を「守る」ための謀略であったし、その満州を「守る」ために熱河作戦を始め、華北分離工作がなされ、日華事変に至った。

興味深いことに、1935年1月22日、広田弘毅外相は衆議院における施政演説で、「万邦協和」を目指す「協和外交」を掲げ、「私の在任中に戦争は断じてないと云うことを確信致して居ります」と宣言しているが、現在の安倍首相と恐ろしいほど被っている。もっとも、当時も正規の戦争がなかっただけで、華北分離工作はガンガン進められていたんだけど。

さて、現代に話を戻そう。日本の自衛隊は元々「自国防衛のための必要最小限度の実力組織」と規定され、国民の中で一定の合意を得てきた。ところが、1992年にPKO法が成立して海外派兵が可能になり、2006年の自衛隊法改正で「本来任務」に格上げされた。そして、今回の安保法制が成立すれば、海外派兵に特別法が不要となり、常時派兵が可能となる。自衛隊は、現在も南スーダンとソマリア沖に派兵されているが、安保が成立すればアメリカなどからの要請が増える可能性が高い。
自衛隊の海外派兵はこれまで30回近くに及ぶが、これらは本来的には「自国防衛のための必要最小限度の実力」であるはずの自衛隊から、必要な部隊を引き抜いて海外に派兵しており、言い換えれば海外に派兵している部分は、「必要最小限度の実力」を満たしていないことになる。
米国などからの派兵要請に応じるためには、日本は派兵用の兵力を捻出せざるを得ないが、それは国内駐留の「必要最小限度の実力」を削るか、「必要最小限度の実力」の定義(自衛隊の規模)を大きくするかの二者択一しか無い。

また、今回の安保法制は中国脅威論を前提とし、離島に上陸した中国軍に対して自衛隊が逆上陸を試み、それを阻止すべく出撃してくる中国海軍を、米日艦隊が撃滅するというシナリオの上に成り立っている。ただ、ゲーム的な表現をすれば、退潮傾向にある米国が本当に中国と戦争するかは微妙で、いざという時に理由を付けて安保条約の履行を拒否する可能性が高まっている(議会が国益を理由に拒否するだけで良い)。
具体的に例えるなら、中国の侵略に際して米軍の参戦がD6(ダイス一個)で「1〜4」のみだとしたら、こんな不安定な同盟を頼りに戦争はできないだろう。この不安を少しでも解消するために、安保法制を成立させて、日本がアメリカの中東・アフリカ戦争に協力することで、好修正をもらい、参戦確率を「1〜5」くらいにしようよ、というのが政府・自民党の狙いなのだ(政府答弁上は100%を前提)。
とはいえ、何と言っても中国はアメリカにとって第二位の債権国であり、米国債を売ってしまえばアメリカは戦費が賄えなくなってしまう。故に日本は必死になって米国債を買って「一位」の座を死守しているわけだが、米中の共依存は日本人の想像をはるかに上回っているのが実情だ。
アメリカ軍の参戦が100%ではない以上、中国との対決を選ぶ日本は独自の防衛力を高める必要に駆られている。

安保の成立により、日本は海外派兵用の戦力と独自防衛用の戦力(名目上は実力)の両方を増やさざるを得ず、日本が「対称型封じ込め」戦略(武力対決路線)を護持する限り、今後も軍拡基調は変わらないものと思われる。

【参考】
同盟のジレンマと非対称性 
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2015年08月21日

朝鮮半島で緊張度上昇

【<北朝鮮砲撃挑発>北、2回にわたり砲撃…韓国軍、30余発で対応】
北朝鮮軍が20日、西部戦線で対北朝鮮拡声器を狙って砲撃を加えたのに続き、48時間内に対北朝鮮心理戦を中断しなければ軍事行動を取ると威嚇した。また、北朝鮮朝鮮中央通信は21日0時40分ごろ、「党中央軍事委員会非常拡大会議が緊急招集される」と伝えた。韓国政府の関係者は「金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が砲撃挑発に関する議論を行うために会議を招集したもの」と述べた。
韓国国防部当局者は「北朝鮮軍総参謀部が午後5時ごろ、国防部宛てに電話通知文を送ってきた」とし「『今日(20日)午後5時から48時間内に対北朝鮮心理戦放送を中止し、すべての手段を全面撤去せよ。これを履行しなければ軍事的行動を開始する』と主張した」と明らかにした。この当局者は「現時点では対北朝鮮放送を継続していく」と述べた。
これに先立ち、北朝鮮は午後3時53分と4時12分の2度にわたって、京畿道漣川郡中面(キョンギド・ヨンチョングン・チュンミョン)一帯に14.5ミリ高射砲と76.2ミリ直射砲を撃ち、韓国軍は155ミリ自走砲で対応射撃を行った。南北が砲撃戦を行ったのは、2010年11月の延坪島(ヨンピョンド)砲撃戦以後4年9カ月ぶり。国防部当局者は「北朝鮮軍が高射砲を撃った直後、味方の対砲兵探知レーダーで砲弾の軌跡を捕らえた」とし「軌跡を分析している間、北朝鮮軍が直射火器で攻撃を行った」と述べた。
この当局者は「正確な原点は把握できなかったが、北朝鮮軍が非武装地帯(DMZ)の中に重火器を持ち込み攻撃したものと承知している」と付け加えた。北朝鮮軍の1回目の砲撃である高射砲弾は、この地域を管轄する韓国軍6軍団の射撃場近隣の山に落ち、直射砲はDMZの中に落ちたため軍や民間人に被害はなかった。
合同参謀本部は北朝鮮軍の砲撃直後に該当地域の対北朝鮮警戒態勢を強化し、全軍に非常警戒態勢を維持するよう指示をした。軍関係者は「人命被害が発生していないことから、休戦ライン(MDL)の北側500メートル地点に北朝鮮軍にわが軍の報復意志を示すために30余発の自走砲を撃った」とし「北朝鮮軍の射撃原点打撃には失敗した」と話した。同日砲撃戦が繰り広げられた地域には対北拡声器が設置されているという。北朝鮮は「南側が36発の砲弾を発射した」とし「そのうち21発は味方の哨所付近に落ちた」と話した。
朴槿恵(パク・クネ)大統領は同日午後6時ごろ、青瓦台(チョンワデ、大統領府)で国家安全保障会議(NSC)緊急常任委員会を主宰して「断固として対応し、軍は万全の対備態勢を維持すると同時に住民の安全と保護に万全を期すように」と指示した。
(中央日報、8月21日)

南北ともに対内的理由から小規模紛争を望む空気があり、意外と戦闘が本格化する可能性を秘めている。北は軍に対する統率強化、南は政権求心力維持への欲求が強いだけに、「ちょっとくらいの戦闘はむしろ好都合」という思惑が働くからだ。
北朝鮮では、この間旧体制派(金正日の側近)に対する粛清が続いており、それが一段落して新体制下で党・軍内における求心力を高める「何か」が欲しいところと考えられる。
韓国は韓国で、朴大統領の求心力が低迷しているだけでなく、対日関係が完全に冷却化しており、米国との関係(米側の対韓関与の現実性)も微妙になっている。ここで北との小規模紛争が発生すれば、小規模な限りにおいていずれの問題も、一時的にではあるが解決する可能性が高いだけに、朴政権にとっては魅力的な選択肢になっている。さらに韓国経済が低迷する中で、軍事産業からも兵器をアピールする機会が望まれている。

史実で言うなら、盧溝橋事件や上海事変、あるいはノモンハン事件や金門紛争(1958年、台湾海峡)などが状況的に類似している。武力を有する二者が緊張状態にあり、かつ両者がともに低強度の紛争を望んでいる(望む有力な勢力が存在する)、という状況である。この場合、偶発的な戦闘が勃発した際にブレーキ機能が非常に弱まるため、本格的な武力紛争に発展する様々な要素が浮上することになる。

常識的に考えれば、「朴大統領は中国(抗日戦争式典)に行くな!」という北朝鮮側のサインなのだろうが、もう少し裏がありそうだ。近々、中国軍による何らかの軍事行動があるのかもしれないし、ウクライナ紛争が再燃するのかもしれない。そこは分からない。ただ、各国諜報機関が「8月24日に大事件が起きる」と血眼になって情報を集めているという話もあり、何かしらの関係があるのかもしれない。
posted by ケン at 12:53| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月18日

安保は憲法に優先するか?

軍事力は国力の重要なコンポーネントの一つであるが、わが国は、もしその必要があるときも、軍事力の行使については、極めて抑制的にそれを行使する。その大原則、方針にかなったものでなければならない。憲法の学者の中では、今回の法案については、憲法違反であるという考えられる方が多いと承っている。(中略)今回の法案はもちろん、憲法上の問題を含んでいるが、同時に、安全保障上の問題である。もし、今回の法案についての意見を、憲法の専門家の学会だけでなく、安全保障の専門家かなる学会で、同じ意見を問われれば、多くの安全保障の専門家が今回の法案に、かなり肯定的な回答をするのではなかろうか。学者は憲法学者だけではないということ。

7月13日の衆議院安保特公聴会における同志社大学長・村田晃嗣氏(KM党推薦)の発言。国際政治学者や軍事・安全保障の専門家には、この手の「国際情勢が大きく変化し、憲法の理念が現実にそぐわなくなってきた以上、現実への対処は憲法に優先される」という説を唱えるものが多く、政府の立法や主張も基本的にこの説の上に成り立っている。

こうした理解は何も最近始まったものではなく、そもそも自衛隊の成立からしてそうだった。
日本国憲法の草案策定に際しては、社会党系の学者(高野岩三郎や森戸辰男など)がつくった草案ですら再軍備を前提としており、非武装や交戦権放棄など全く考えていなかった。ところが、幣原喜重郎らによって、天皇制(国体)を始めとする権威主義を温存する代償として軍備放棄する案が提出され、GHQとの協議を経て平和主義の第9条が成立した。これは自国防衛を放棄したのでは無く、将来成立するであろう国連軍が日本国の防衛を担うことを前提としており、国連軍への参加まで否定するものではなかった。ところが、実際には常設の国連軍は成立せず、米軍が国連軍に替わって日本防衛を担うことになった。そこに朝鮮戦争が勃発し、在日米軍が朝鮮半島に渡ることで、日本に軍事的空白ができると同時に共産革命の脅威(結果的には妄想だった)が発生、米軍の補助部隊として警察予備隊、保安隊を経て自衛隊が成立した。歴史的には自衛隊は「自力防衛の実力組織」であると同時に、「反革命治安部隊」としての色合いがあった。60年安保に際して岸総理が治安出動を要望したことは記憶に新しい。
外部からの侵略に対しては、将来国連が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する。
「防衛白書」2013年度版

その自衛隊が発足する直前の1954年6月2日には、参議院において「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」がなされているが、諸先輩方はすでに今日の事態(拡大適用)を危惧していたことが分かる。
本院は、自衛隊の創設に際し、現行憲法の条章と、わが国民の熾烈なる平和愛好精神に照し、海外出動はこれを行わないことを、茲に更めて確認する。右決議する。
(自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議、1954年6月2日、参議院本会議)

だが、先輩たちの御意思に反して、自衛隊の海外派兵は1991年の湾岸戦争を機に解禁され、2006年には自衛隊法改正によって付随任務から本来任務に変更、以後今日に至るまで、3度にわたる多国籍軍の後方支援(ペルシャ湾、インド洋、イラク)、8度にわたるPKO参加(南スーダンは現在も継続中)を始め、30回近い海外派兵が行われている。
PKO協力法は、湾岸戦争において日本が資金協力に留まったことに対して政府、自民党などから批判が出て、軍事的な国際貢献を積極的に進めるべきだとの主張に基づいて策定された。

ところが、2001年の911テロ以降、米国が国連を無視した独自の武力行使を増やすにつれて、PKO法では対処できなくなると同時に、その都度米軍を支援するための特別法を制定することのリスクや限界が生じていった。特に2007年の参院選で衆参逆転現象が生じてテロ特措法が期限切れに終わり、インド洋における海上自衛隊の給油活動が「中断」するに至り、外務・防衛官僚や自民党安保族を中心に危機感が高まった。彼ら的には、「アフガニスタンに陸自を出すくらいなら、インド洋で給油活動するくらい安いもの」であり、給油中止によって宗主国から「給油しないなら陸自を出せ(ゲリラ討伐に参加しろ)」と言われるのではないかという恐怖感を共有していた。
そして、イラク戦争の失敗とリーマンショックに象徴される、アメリカの国際的影響力の低下に伴い、「米軍のアジアからの撤退」が時間の問題となるに連れて、外務官僚と自民党親米派に「同盟国から見捨てられる」という恐怖感が高まり、「アメリカの国際戦略により積極的に協力しなければ、米側から日米安保を切られる」という主張が霞ヶ関と永田町を支配していった。こうして出てきたのが、今回の一連の安保法制である。

ここまでの流れを見る限り、自衛隊設置にしてもPKO協力法にしても、社会党などによる「軍国主義の復活」「歯止めが利かなくなる」との反対が杞憂だったことは否めない。だが、それはたまたま政府の運用が慎重であったことや、一定の数を持つ批判的野党の存在が歯止めになってきたことも確かだ。そして、同時に自衛隊の戦力(名目上は実力)も拡大の一途を辿り、今日では世界有数(軍事費で世界6〜8位程度)の戦力を有するに至っている。憲法第9条には、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と記されているが、規模にして世界2位とも3位とも言われる海上自衛隊をして「戦力じゃありませんから!」と主張してみたところで、全く説得力が無い。
そして、今回の安保法制が成立すれば、世界有数の戦力を有する自衛隊の海外派兵が政府の判断1つで自由に行われるようになり、米軍などに対する後方支援、兵站支援、弾薬・燃料供給が恒常的に可能になり、しかもその実態については特定秘密保護法によって一切明らかにされないという事態が生じる。これについても、交戦中の軍隊に対する補給活動や、兵站線保持活動をして「これは憲法で禁止されている武力行使には当たらない」という政府答弁になるわけだが、仮にそこで交戦が行われたとしても秘密保護法で隠蔽されてしまえば、議会で問えない仕組みになっている。

最近では総理や官房長官が必死の形相で「非核三原則は守る」「徴兵制はあり得ない」などと主張しているが、つい先日まで「集団的自衛権は憲法違反になるので行使できない」と主張していた政府が「限定容認」に転じたのに、同じ口で非核三原則や徴兵制は守りますと主張してみたところで、全く説得力が無いのは当然だろう。

【追記】
某同志に言わせると、国際政治学という「学問」自体が米国発祥の、米国の覇権に奉仕する学問なのだから、「国際政治学者」を自称する者はすべからくアメリカへの奉仕者であると認識すべきだ、とのこと。
posted by ケン at 12:27| Comment(0) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月11日

軍隊のあり方について続・日本軍の場合

「軍隊のあり方:石破クンは分かって言ってる?」の続き。
自民党や政府は相変わらず「自衛隊は民主的組織」「国民の生命と財産を守る自衛隊」などのプロパガンダを打っているが、いずれも根拠に欠けており、安保法制の説明と同様の胡散臭さを感じている。自民党議員に至っては、戦時中の軍隊についても「国民を守った」というスタンスを採る者が多く、ドイツにおける「国防軍無謬論」や日本の「海軍免罪論」が霞んで見える程だ。

まず戦前の大日本帝国軍のあり方を見てみよう。大日本帝国憲法の記載はシンプルだった。
天皇は、陸海軍を統帥する。(第11条)

日本臣民は、法律の定めるところに従い、兵役の義務を有する。(第20条)

ここから分かるのは、天皇が唯一の統率権(軍事大権)を有することと、主権を持たない臣民が兵役義務を負っていた点だけであり、軍隊が誰のために何を目的として設置されているのか分からない。ところが、明治帝政においては、現代日本の「自衛隊法」やロシアの「国防法」のような根拠法や基本法が存在しないため、法律に根拠を求めるのも難しい。そこで傍証的に、まず軍人勅諭を見ることにしたい。原文は長文の上、旧字体ばかりで文字化けするので、現代文で抜粋代用する。
朕は汝ら軍人の大元帥である。朕は汝らを手足と頼み、汝らは朕を頭首とも仰いで、その関係は特に深くなくてはならぬ。朕が国家を保護し、天の恵みに応じ祖先の恩に報いることができるのも、汝ら軍人が職分を尽くすか否かによる。国の威信にかげりがあれば、汝らは朕と憂いを共にせよ。わが武威が発揚し栄光に輝くなら、朕と汝らは誉れをともにすべし。汝らがみな職分を守り、朕と心を一つにし、国家の防衛に力を尽くすなら、我が国の民は永く太平を享受し、我が国の威信は大いに世界に輝くであろう。

ここから分かるのは、天皇は唯一の国家守護者であり、軍隊は天皇の守護責任を補佐するための道具であるという考え方だ。その前の文では、長期にわたって武家に預けていた(奪われていた)軍事権が天皇に帰したことを受けて(明治維新)、二度と軍事権が他者に渡らないようにするという誓いが立てられている。
これは近代絶対王政の考え方で、王権神授説に基づき天皇が統治権と軍事権を占有するとともに、国防の責務を負うというもので、臣民は天賦の軍事権を占有する国王の責務を全うする道具として兵役徴集されることになる。言うなれば、「人民のものは王のもの、王のものは王のもの」というジャイアニスムである。
ただし、軍人勅諭は西南戦争後の近衛兵の反乱を受けて、軍を戒めて統率を厳にすることを目的につくられた経緯があり、天皇個人への忠誠が強調されていることは否めない。だが、他に軍の存在意義を規定する法律が存在しないために、軍人勅諭の内容がデフォルトになってしまったことも確かだ。例えば、明治5年の徴兵令には、「四民平等を実現するために全国で募兵した陸海軍を作ることになった」旨が書かれており、フランスやオランダ寄りの民主的要素をわずかに感じ取ることが出来る。

話を整理すると、明治帝政下では、無答責(責任を問われない、憲法第3条)の天皇が国防の義務を有しつつ、軍事大権を占有、帝国臣民は天皇が負っている義務を全うするために奉仕すべく義務兵役が課されていた。つまり、天皇=国家であり、臣民はこれに奉仕する道具に過ぎず、帝国軍は天皇の私軍であると同時に国軍という位置づけだった。例えば、日露戦層の開戦詔書には、
朕茲に露国に対して戦を宣す。朕か陸海軍は宜く全力を極めて露国と交戦の事に従ふへく朕か百僚有司は宜く各々其の職務に率ひ其の権能に応して国家の目的を達するに努力すへし。

とあるが、要は「朕(天皇)はロシアに宣戦布告したから、朕の陸海軍は国家目的を達成するよう全霊努力せよ」ということである。第二次世界大戦も同様で、天皇の名において宣戦布告し、天皇のプライベート・アーミーが全アジアを廃墟と絶望の淵へと追いやったわけだが、天皇が戦争責任に問われることはなかった。そして、休戦条件として軍の武装解除が、天皇免責の代償として軍事権の放棄がなされたはずだったにもかかわらず、国際情勢の変化を受けてわずか数年で「自衛隊」という形で復活するに至った。

1945年7月、連合国から休戦条件(ポツダム宣言)が発せられたものの、日本側は国体(天皇主権)護持が保証されていないとの理由から、戦争継続を選択、二発の原爆とソ連参戦を招いた。それでも、御前会議において陸軍の大臣と参謀総長、海軍の軍令部総長の3人が「国体護持」「軍の自主的武装解除」「戦犯の自主的処断」を求めて、休戦に反対、本土決戦を主張したことは、十二分に強調されるべきだろう。この事実は、帝国軍が決して「国民の軍隊」ではあり得ず、天皇に奉仕する私軍であったことを示している。

実際、沖縄戦では県民の保護よりも軍の作戦や部隊保持を優先させた事例が山のように散見される。これは憲法や法律において軍のあり方が規定されず、軍や政府内において「天皇の私軍」という認識が共有されていた結果、「県民(国民)の保護は我々の任務ではない」と堂々と主張できる根拠になってしまったことを意味している。
先の稿で述べたとおり、例えばスイスは憲法で民兵の原則を謳いつつ、「軍隊は、国及び住民を防衛する」と規定しており、これこそが本来の意味での「国民の軍隊」と呼べる。また、フランスは国防法典において「国防は、常に、あらゆる事態において、また、あらゆる形態の侵略に対し、領土の安全及び一体性並びに住民の生活を保障することを目的とする」と規定している。フィンランドも同様に軍の主要な役割について、領土保全に続いて「人民の生活、基本的権利、自由を保障し、法と秩序を守る」と規定している。こうした法的根拠があれば、沖縄戦の様相は今少し違っていたものと思われる。
そして、現代の自衛隊もまた自衛隊法において、
第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

とあるように、「国民の保護」を規定しておらず、「国民個々人の生命保護は我々の任務外」と主張できる根拠を形成している。官僚は法律を守ると同時に、法律に書いていないことは「やってはならない」という縛りがある。例えば、租税法律主義や罪刑法定主義は、国民の合意無き課税や国民の合意無き刑罰を禁じるために存在するが、これは法律に根拠を持たない課税や刑罰が横行すれば、必ず市民に害をなすという考え方である。戦前で言えば、軍の統帥権の定義や内容を規定しなかった結果、文民統制が全く効かなくなって軍の暴走を止めることが出来なくなってしまったことがある。同じ過ちを犯す基盤はすでに出来上がっているのだ。

【参考】
軍隊のあり方:石破クンは分かって言ってる?

【追記】
 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。
(自衛官の宣誓)

私は、ドイツ連邦共和国に忠実に尽くし、ドイツ国民の権利と自由とを勇敢に守ることを誓います。
(ドイツ連邦軍兵士の宣誓)
posted by ケン at 13:02| Comment(2) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月17日

安保法制衆院通過を受けて雑感

7月16日、衆議院本会議において野党が欠席する中、安全保障関連法案が可決された。思うところを縷々述べておきたい。
この間、最も強く感じたのは、政府側の余りにもお粗末な論理と答弁であり、本音をベースに堂々と「日本のあるべき(霞ヶ関と自民党が考える)安保戦略」を述べれば、ここまで国民世論を硬化させることはなかったと思われる。それを変に対米従属性、兵站支援・後方作戦への関与、中国脅威論などを隠蔽し、国際貢献などの美名で覆おうとしてしまったが故に、野党からの質問に正面から答えられず、はぐらかし、質問と関係ない答弁で時間稼ぎするばかりで、胡散臭さのみを露呈する形になった。
90年代以降の国際情勢の変化の中で、日本は日米同盟を主軸とした「力による大陸封鎖」路線と、国連協力とアジア協調を主とした「新たな集団安全保障体制の構築」(非対称封じ込め)の二つの選択肢が遡上に上がったものの、90年代半ばには外務省から国連中心主義派がパージされて前者に大きく傾いていった。
「日米同盟堅持」路線は、政策転換にかかるコストが掛からない代わりに、「同盟を維持するコスト」が高まっており、日本(霞ヶ関と自民党)としては同盟コストを支払うために「米国の世界覇権維持に対する協力強化」という選択肢を採ったと考えられる。
この一連の考え方は、私自身は首肯し得ないものの、政策判断としては十分な合理性を備えており、理解は出来る。例えば、

「中国の脅威がかつてなく増大しているが、対抗すべき基軸となる米国はアジア関与を弱めている」

「中国の脅威に対しては、アメリカと連携してこれを封じ込める必要がある」

「だが、米国は衰退傾向にあり、日本はそれを補うだけの軍事的貢献をしなければ、アメリカはアジアから手を引くだろう」

「東アジアの軍事バランスを維持するためには、日米同盟をより強化する必要があるが、アジアから退場しようとしているアメリカを繋ぎ止めておくためには、日本が全世界で積極的にアメリカの軍事行動を支援しなければならない」

という論理で首尾一貫主張していれば、維新や民主のような自民党の補完政党は反論の術を失い、ここまで図に乗ることはなかったものと思われる。維新にしても民主にしても、安全保障政策の基本を「日米同盟基軸」としている以上、対中国戦略として「力による大陸封鎖」路線しか選択し得ないからだ。ちなみに、民主党はかつて、鳩山・小沢路線が国連協力とアジア協調を主とした「新たな集団安全保障体制の構築」路線を掲げていたが、両者がパージされたことでほぼ消滅している。
自民党は本音で安保を語るべき
 
この場合も「違憲立法」の批判にはさらされるだろうが、すでに自衛隊を創設し、個別的自衛権を容認している点で憲法9条に違背しており、「どこまでのルール違反なら許容されるか」という論争にしかならないだけに、ここは最初から強行突破可能だった。現行制度では違憲立法審査機能が非常に弱く、司法は行政に従属しているだけに、裁判になったところで違憲判決が下される可能性はゼロに近い。つまり、違憲立法批判さえ強行突破してしまえば、あとは少なくとも維新、民主からの攻撃は軽く撃退できるはずだったのに、敢えて全面砲火を浴びてしまっている。
特に衆院可決の前日にアメリカとイランが手打ちをしてしまったことは、「ホルムズ海峡で機雷掃海」という政府の主張がいかに現実とズレていたかを物語っている。

この間、事務所にかかってきた電話でも、面会に来た人も、「民主党政権が続いていればこんなことにはならなかっただろうに」と言ってくれる訳だが、残念ながら実情は全く異なる(そうは答えられないが)。
先に述べたとおり、民主党は鳩山・小沢体制において、国連協力とアジア協調を主とした「新たな集団安全保障体制の構築」路線を掲げたが、党内抗争に敗れて全否定され、「日米同盟基軸」路線に復帰した。「日米同盟」が、日米安保体制の片務的関係を否定し、双務的軍事同盟に昇華させようという発想・主張である以上、集団的自衛権に行き着くのは不可避だった。現に民主党政権下で、集団的自衛権行使容認に向けた内部勉強会が設置されたのは菅政権の時であり、本格的検討に入ったのは野田政権の時だった。仮に民主党政権が続いていたとすれば、米国側からの要望もある以上、菅直人氏がTPP加盟や消費増税を打ち出したように、マニフェストに反する「騙し討ち」の形で今回同様の法案を出したと思われる。そうなれば、今の安倍政権への非難など比較にならないほどの怨嗟の声が上がったことだろう。「公約に反する増税」と「公約に基づく違憲立法」のどちらの罪が重いかと言えば、議会政治の原理からすれば前者の方が重罪、統治論(立憲主義)からすれば後者の方が重罪ということになろう。

また、民主党内は超大ざっぱに言って、右派と中間派と左派に3分しており、右派は集団的自衛権行使を容認、左派は反対、中間派は「野党だから反対」という感じで、もし民主党が政権にあったとしたら中間派が賛成に回り、党は「行使容認」を決めたであろう。
その意味で、民主党に期待を寄せる方には申し訳ないが、民主党は「野党だから」反対しているだけで、その内実は非常に無責任かつ無分別だと言わざるを得ない。
繰り返しになるが、「日米同盟は維持します。でも集団的自衛権は認めません、個別的自衛権で対処します。今まで通りの国際貢献は続けますから問題ありません」という民主党の主張は、仮に政権を再奪取したところで早々に米国からクレームが付けられて、鳩山氏が基地移転を撤回したのと同様の大恥をかくことになるだろう。
集団的自衛権行使や海外派兵を本気で回避したいのであれば、NK党か社民党に投票するほか無いと思われるが、NK党の場合は「右翼権威主義を忌避するために左翼全体主義を選ぶ」という選択肢に他ならないし、社民党はすでに政党として機能しているとは言えない状態にあり、これも選択肢になり得ない。党員組織を基盤とする民主的左翼政党の設立は、我々にとって常に大きな課題である。

今回、民主党は主に「違憲立法」の視点から政府を攻めたが、先に述べたとおり、自衛隊と個別的自衛権と日米安保を肯定する立場から論じてみたところで、「俺の違憲は合憲だが、お前の違憲は違憲だ」という禅問答のような話にしかならない。
現実には違憲立法の疑いのあるものは山ほどある。例えば、私学助成が1つの典型で、憲法89条は、
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

と規定しており、普通に読めば、私学助成が違憲であることは明らかだが、「私学は公の支配に属する」という解釈が採られることで「合憲」とされている。
また、通信傍受は憲法21条の「通信の秘密」に明らかに違背するが、犯罪捜査(公共の福祉)と裁判所の許可や事業者の立ち会いなどを理由に「合憲」とされている。現実には裁判所の許可は99%以上とされているので、司法の独立性は機能していないも同然だ。また、今回の法改正で事業者の立ち会いが不要になり、傍受対象はほぼ無限大に拡大されるので、国民の「通信の秘密」は実質的に失われることになる。その意味で、日本国憲法は実効性を失いつつあると言える。
自民党の戦略は、現行憲法を実質的に無力化することで権威主義体制を復活させることを目的としているようだが、それに対して「違憲だ」と騒ぎ立てたところで、「暖簾に腕押し」になってしまうのは避けられない。そして、司法が行政に従属している現状では、違憲立法審査には一切期待できない。司法の独立性を担保し、デモクラシーと立憲主義の原理を徹底させない限り、根本的解決はならないであろう。これは「第二の敗戦」に向けた課題としたい。

そして、強行採決の問題。右派からは「あれは強行採決ではない」「強行の定義が曖昧」「多数決で決めなければ何も決まらない」などの批判が上がっているが、殆ど「相手の合意無くしてお金を出させたかもしれませんが、恐喝ではありません」みたいな話で笑える。反対側の同意なくして、一方的に行われる採決は全て強行採決である。また、デモクラシーの要諦は、「決める」ことではなく、可能な限り多数の意見を反映させてより多くの人の納得が得られることで、統治の安定を確保し、組織の運用を円滑にすることにある。国民の半分が反対するオリンピックと、国民の圧倒的多数が支持するオリンピックを比べて、どちらがやりやすいかを考えれば明らかだ。
ただ、日本の議会制度は「会期制」を採っており、会期中に議決されなかった法案は、「会期不継続の原則」によって継続審議の手続きがなされないと、審議未了で廃案となってしまう。そのため、通常国会の会期は150日で一回だけ延長が認められているが、野党が「引き延ばし戦術」で「時間切れ」を目指す要因となっている。今回の民主党が採った戦術も同じだった。逆に政権党側は政権党側で、「時間切れ敗北」を回避するために10本ある法案を1つにまとめて提出しており、「審議時間が110時間を越えたから」と強弁したところで、「法案一本当たり10時間足らずじゃねぇか!」という話にしかならない。その結果、野党は同じ委員が同じような質問を繰り返し、政府側は正面から答えずに無駄話で時間を稼ぐという、およそ近代議会とは思えない状況が現出している。これに対しては、通年議会と議会期制を導入する必要があるが、これも「第二の敗戦」に向けた課題としたい。

【参考】
複式投票制度を考える 
国会機能の充実と効率化に向けて 
posted by ケン at 12:41| Comment(4) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする