2019年05月18日

中国でStalingrad: Verdun on the Volga

Last Stand Games社「Stalingrad: Verdun on the Volga」をプレイ。
日本語が堪能なXさんを相手に、一応ルールは読んでもらったが、その場で説明して開始。
ルールはいわゆるアルンヘムシステムに似ており、経験者なら全く問題ない。
初期配置もマップの広さの割に簡単なので、手軽に始められる。
Xさんは初めてなので防御側のソ連軍、ケン先生がドイツを担当。
前回はソ連軍を持ったので、独軍は初めてになる。

第1ターン、南部で砲撃と航空支援を使って大突破(オーバーラン)を狙うが、ピッタリダメージが吸収されてしまい、オーバーランにならず。独軍のダイス目が残念だった。
他でもほぼきっちり全滅させるが、何故かオーバーランにはならず、残念なスタートに。
ソ連軍ユニットをかなり除去したものの、攻撃すると必ず先遣隊が損害を受けるシステムになっており、ドイツ軍の損害も馬鹿にならない。
このため、ドイツ軍は最大戦力のユニットを温存して次ターンに備えるなどの配慮も必要となる。

第2ターンにはソ連軍は全面退却を始め、ドイツ軍は南部でヴォルガ川(10月25日製材所)に到達。
しかし、ドイツ軍の突進力はかなり減退しつつあった。とはいえ、ソ連軍ユニットはきっちり除去しており、まず悪くない形勢。
逆に赤軍を持つXさんは「これどうにもならないんじゃないの?」と言い出す始末。

第3ターンには独軍はママ−エフ墓地に突入するも、占領には失敗。ママ−エフ墓地が占領されると、ヴォルガ川の夜間渡河が突然困難になる。
また、北部で蹂躙攻撃が成功し、一カ所ヴォルガ沿岸に到達(バリケード兵器廠)。
この時点で独軍は6VPを確保、5ターン終了時に10VPあれば勝利となるので、「見えてきた」感じ。

だが、第4ターン、ドイツ軍の出目が酷く、第6インパルスで「夜」になってしまい、8VPしか確保できていない。
とはいえ、膠着状態に陥っている「赤い十月鉄工所」で二回航空支援を使えば、何とかなるだろうという見込みだった。
ところが、第5ターンの冒頭二回の攻撃はいずれも出目が悪く、二回目はイニシアチブを使用して「攻撃失敗」を回避するほどだった。
頑張ればもう1VPは取れそうだったが、沿岸部はどこも赤軍がガチガチに守っており、主導権と航空支援の無い状態であと2VPは無理と判断、投了した。

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第4ターンの援軍を北端に投入して突破を図るべきだったかとも思ったが、やはりダイス目次第だったことは否めない。全体のダイス目を考えれば「上出来」だったかもしれない。
ただ、Xさんは防御一辺倒だったため、ドイツ軍は「楽」をさせてもらったところもある。
最後の方は、ドイツ軍の戦線は非常に薄くなっていたので、ソ連軍が夜間インパルスにどこか一カ所で攻撃を仕掛け、穴を開けていたら、独軍はそこで「お手上げ」だった可能性もあった。

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確かにスタンダード・シナリオでソ連軍が攻勢に出るのは相応のリスクがあるものの、成功した時に効果は非常に大きく、独軍は穴を埋めるために、ただでさえ過小になっている戦力を削がれてしまう。
かりに攻撃に失敗しても、ドイツ軍は放置できないので、何らかの手を入れることになるだろう。この攻撃側の「手」を使わせることが、ソ連軍にとって大きなメリットとなる。「攻撃に勝る防御無し」であろう。まぁやり過ぎは禁物だが。

ここまでで大体4時間程度。慣れれば3時間程度でできそうな感じで、規模の割にこの手軽さが本作の魅力と言える。「ターニングポイントオブスターリングラード」は全面シナリオはほぼ無理な感じなだけに、やはり良い感じだ。
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2019年05月07日

中国でSA「War for the Motherland」

シックスアングルスの「War for the Motherland」をプレイ。
Zさんが是非やりたいと持ってきたのは良いが、ビッグゲームに近い規模感な上、そもそもユニットすら切っていない。
「やりたいなら、せめてユニットくらい切って来いよ、800個もあるんだぞ!」と思ったものの、中国らしい緩さでもあるので、いちいち怒っていたら始まらない。
私も2012年に山崎さんとルール改定のためのプレイテストをして以来なので、もう一度ルールを読む必要がある。
黙々とルールを読み、さらにユニットを切って、分類、配置してのスタートなので、もう二時間近く経過している。
しかも、本作はバルバロッサ作戦開始時、ソ連軍の中央から北方(西方〜バルト軍管区)のユニットは全て補給切れ状態から始まるという、やや奇怪なルールがあるのだが、Zさんは「これ本当に仕様なのか?」と疑り深い。「いや、本当に仕様だから、(補給機能のある)司令部が第一ターンの増援になってるでしょ」と言うのだが、なかなか納得してくれなかった。困ったものである。

そんなこんなでようやくスタート。例の如くケン先生が独軍を持つ。
本作は補給ルールがやや煩雑である上、航空支援も自分で飛行場ユニットを動かして拠点を示す必要があるので、色々緻密に計算する必要がある。計算が多方面に至るため、いっそAIの補助脳が欲しいくらいだ。
しかも、歩兵でもオーバーラン(蹂躙攻撃)できるため、「ここを歩兵でやって穴を開けて、装甲が後ろに回って包囲して、この装甲であれを殴る」といったパズルチックな思考もしなければならない。攻撃側のハードルが非常に高いと言える。

本ブログにはあまりアップしていないが、何回かはプレイしているので、頭の中でおさらいしながら、正面突破、包囲攻撃を行い、北部と中央は大突破に成功した。南部はソ連軍に補給が来ていることもあって、派手な突破にはならない。地道に線路伝いに進んでいく。
できるだけ装甲ユニットを前に出して、ソ連軍の戦略移動を制限することも重要だ。
他方、ソ連軍は動かせるユニットが非常に限られており、第三ターンくらいまではあまりやることが無い。

ドイツ軍は第二ターンにミンスク、リガ、ヴィテフスクなどを抑え、猛進撃を続けるが、機械化移動フェイズには補給範囲内に戻ってくる。本作は、通常移動で遠くにいるソ連軍を装甲部隊で殴り、拘束しておいて、機械化移動フェイズに戻ってくる、というナゾな機動が行われるわけだが、今もいささか馴染めない感じ。
しかも、第二ターンには独軍は装甲も歩兵も移動体形とも言える「KG」に「細胞分裂」して、移動力を「1」増やして走って行くわけだが(モスクワやレニングラードなどの近くで再集結する)、これもいささか処理が面倒。

Zさんは南方で頑張ってキエフ正面を守ろうとして、半包囲され小惨事に陥っていた。

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第三ターン(七月半ば)、ドイツ軍は補給基地が追いつかず、ソ連軍の正面防御力は脆弱ながらも、十分には攻められない。それでもスモレンスクとプスコフを落とし、歩兵の到着を待つ姿勢。
ドイツ軍はオーバーランで何回か装甲にダメージが入っているものの、許容範囲内だった。
ソ連軍はようやく増援らしい増援が到着するも、モスクワとレニングラード正面を手当てするので精一杯な感じ。
ここで時間切れとなってしまった。

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準備時間をプレイに当てたとしても、やはり第6ターン(8月末)か第7ターンくらいまでやるのが精一杯な感じだ。ドイツ軍を二人で分けても、もう1ターン進められるくらいだろう。
第三ターンまでなので、ソ連側はできることがわずかしか無かったが、Zさんは「ロシアン・キャンペーン2よりずっと良い」との評価。
私的にはロシキャンは古いが、プレイアビリティが良いので、必ずしもダメ出しするつもりは無いのだが。
私も若かった頃は、プレイアビリティよりもビッグゲーム志向が強かったので、「若さ故」ということなのかもしれない。
この分では、自分が60歳を過ぎたときにはプレイできるシミュレーションゲームは無くなってしまうかもしれない・・・・・・
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月03日

WaW Hell's Gate コルスン包囲戦

World at War第57号の「Hell's Gate コルスン包囲戦」をプレイ。
ご丁寧に日本で日本語訳が付いたものを買ってきてくれているのだから、断るのも悪いだろう。
というか、実は自分も持っている。だが、ルールとユニット数を見て、「プレイ可能かもしれないけど、超面倒そう」と思ったため、放置していた。
ユニット数は280と多いわけでは無いのだが、その全てを動かして攻撃に参加させるくらいの勢いなのだ。

1944年1-2月のドイツ南方軍集団戦域におけるコルスン包囲戦をシミュレートしたもので、「小スターリングラード」とも言われる。ドイツ軍の包囲突破・救出作戦と、これを阻止するソ連軍の戦いとなる。
DG社でシリーズ化している「Fire & Movement」システムを使用、戦力比ではなく戦力差で損害を出すわけだが、砲兵支援や航空支援の援護値がランダムで、限りある支援をいつどこでどれだけ使うかがカギとなる。
1へクスは1.6km、ユニットは大隊-旅団規模。

今回もZさんとプレイし、私はドイツ軍を持つ。
しかし、初期配置からしてソ連側はかなり堅く、隙が無い。しかも皆2ステップあるので、どう見てもすぐには抜けない。しかも、ソ連軍の戦車ユニットはほぼドイツ軍と同じくらいの戦力を持っているため、下手すると逆撃を食らう恐れがある。しかも、ソ連側は移動制限こそあるものの、予備選戦力も豊富だ。
コルスンまでの距離は決して遠くないが、初めから行ける気がしない。

「Fire & Movement」システムでは、戦闘の際、まず攻撃側が砲兵か航空の支援を使うかどうか宣言(ランダムで一枚引く)、その後、防御側も同様に宣言、続けて二枚目の使用不使用について攻撃側と防御側が宣言して、そこでようやく戦力が確定する。これだけでも戦闘処理に相当時間がかかる。
しかも、スタック禁止で1ユニットの戦力は歩兵で3〜5、戦車で5〜10なのだが、支援チットの値は3〜10と下手すると支援値の方が多くなってしまう。
まぁ1944年の東部戦線は「こんな感じ」なのは分かるが、これでは支援効果を使う駆け引きがメインのゲームになってしまっている。
しかもやたらと「EX」結果が多く、下手すると半分はEXなので、次々とダメージが入る。退却結果が出れば、結果に応じて2〜3ヘクス前進できるが、退却結果が少ないことと、戦力に余裕のあるソ連軍は「断固たる防御」で阻止してしまうため、ほとんど一歩ずつしか進めない。

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コルスンで包囲される独軍

案の定、6時間ほどプレイして3ターンまでしか進まず、ケン先生的にはかなり頑張ったつもりだったが、3ターン終了時には主な装甲部隊は裏返っていて、攻撃力が大幅に低下、ソ連側もそれなりに損害は受けていたが、予備戦力や包囲を縮めたこと余剰した戦力でまかなえる程度だった。
続けることは可能だったが、すでに裏返った独軍装甲に対してソ連軍戦車が反撃を始めるような有様にあり、「史実ラインまで届けば御の字」と判断し投了した。

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3ターン終了時

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コルスン側からの突破も試みたが、やっぱりダメ。

史実再現性は高いかもしれないが、ゲームとしては色々どうよと思わせる作品である。
posted by ケン at 11:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月23日

四半世紀ぶり?ロシアン・キャンペーン2

先に「ヤフオクで格安で買った!」と「ロシアン・キャンペーン2」(国際通信社)持ってきた人がいて、Zさんが「来週はこれをやろう」と言うので、受けて立つことになった。中国語訳もあるが、若干粗さが見られる。まぁ説明しながらプレイすればよいだろう。

私自身は四半世紀前に大学のシミュ研で並べたことがある程度で、それも多分AH社製の「1」だったと思うが、誰とやったかすら記憶に定かでは無いほど。
記憶にあるのは、「スターリンかヒトラーユニットを除去すれば勝ち」みたいな将棋ルールで、「こんなのスターリンが逃げ回ればよいだけでは?」と子供心(でも大学生)に思ったことぐらい。確か並べて1ターンだけプレイして、「何じゃこりゃ?」と止めてしまったような・・・・・・

何十年ぶりにルールを読んでみると、さすがに将棋ルールは改善されていたが、相変わらず独特すぎるルールだった。まぁ1970年代のゲームだから仕方ないが。
まずZOCはあるものの、戦闘後前進がない。しかもマストアタックである。ZOCにいないユニットが二次移動できるので、カバーはできるのだが、何ともイメージしづらい。
さらに退却に際しては、ユニットを持つ陣営ではなく、敵が退却路を決めるという極悪(さすがに意図的に全滅させるのはダメ)。
地形ルールもかなりオリジナルで、全てのヘクスは移動力1で進入できるが、山や湿地などは進入した途端に移動停止する。つまり、戦闘後前進がないため、湿地で守ってるユニットが全滅しても、攻撃側は次のフェイズで一歩前進して終わりということになる。さらに言うと、川の上で守っていると防御修正が付くのではなく、川の上にいるユニットが川以外にいる敵を攻撃すると防御効果が付くという、現代の感覚からすると超わかりにくいルール。

自分は何とか理解もしたし、何となくではあるがイメージできたものの、経験の浅いZさんはやる気こそ満々だったが、不安は否めなかった。しかも、ソ連を持ちたいという。防御側が好きなのかもしれないが、こういう独特すぎるゲームの場合、守る方がはるかに難しい。しかし、やはり希望には添うべきだろう。

Zさんは一応国境線に二重戦線を敷いて、最低限の条件はクリアされていたが、やはり進入停止の地形を上手く使いこなしているとは言えない感じ。ちなみに、戦車が森で止められてしまうことを含め、地形の使い方がソ連プレイヤーの最低条件となる。

第1ターン(41年5,6月)、中央軍集団正面は第1線と第2線をともに10:1の自動的勝利で突破口を開き、大前進。北方軍集団正面のソ連軍6-3はダイス目で降伏させ、第二フェイズにはリガ正面のユニットを蹂躙して、ソ連のバルト〜西方方面軍はまるまる包囲されてしまう。

Zさんは救出を諦めて、何とかヴィテフスク−スモレンスクのラインで戦線らしきものを張るが、あまり地形を使いこなせていない。あと、独ソ戦の基本はドイツ軍の補給源と増援出現場所になる鉄道線の確保にあり、ソ連軍はそれを脅かすことを常に考える必要がある。優先順位的には、

1.鉄道の交差点を確保する。
2.鉄道線を扼する。
3.鉄道線を脅かす。

という感じだ。「相手の嫌がることをやる」「相手がやりたいことを先にやる」はどのようなゲームにも共通するものだろう。

結果、第2ターン(41年7,8月)には、両翼を突破されて、包囲されるには至らなかったものの、スモレンスクは陥落、ヴィテフスクは包囲されるところとなり、モスクワとレニングラード正面はガラガラという有様になった。
ここでZさんは投了。「これは無理ゲーでは?」などと言い出す始末。

まぁ待て。さすがに今回はどうにもならない(1ターン早いイメージ)かもしれないが、私の感覚では、「このゲームはそういうもの」という感じだったし、私ならまだ続けた感じだ。
しかし、言語の問題もあって、上手く説明できない。そこで、選手交代、陣営を入れ替えて再開することに。

今度は私がソ連を持ち、感覚であっという間に配置を終えるが、Zさんは初期配置に30分以上かけていた。
しかも、何故かルーマニア方面での突破に拘り、3つしかない航空支援を使ってしまう。確かにルーマニア正面には穴が空いたが、肝心の南方軍集団は殆ど進めず、ルーマニア正面の独軍とルーマニア機械化部隊は第二フェイズで二ヘクスしか進めないため、効果不十分もいいところだった。
西方正面も、第二フェイズでソ連側の第二戦線に穴を開けただけに終わり、他の通常攻撃で良いダイス目が出て少しソ連ユニットを除去できたものの、突破には程遠かった。

ソ連軍は上の原則に従ってユルユルと撤退、川向こうで戦線を張ってしまった上、鉄道線用の「捨てがまり」や鉄道ゲリラ用の戦車部隊まで用意できた。
第2ターン、ドイツ軍は「C」「EX」などの結果を出しまくり、ソ連側に損害は与えたものの、ヴィテフスクースモレンスクには至らず、ドヴィナ川手前で終了。リガも攻撃には至らず。

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上下ともに第3ターン開始時。

第3ターン(9/10月)、「軽い泥濘」ということもあり、独軍はヴィテフスクースモレンスク線に進出して終了するが、南方軍集団は中央に転出するというちぐはぐも演じてしまう。しかし、ソ連の増援が大量に出てきて、ゴメル方面に突進したドイツの装甲集団を包囲。主要ルート上は、5-3や6-3で固められた。
「冬の前にこれでは・・・・・・」とZさんは投了。「何でこんなに違うのか?」と頭を悩ませるが、私も上に挙げた原則以上のことは説明できない。
ドイツ側はソ連側に「何かやる余裕」を与えないようにする工夫が必要なのと、あとは「突破と包囲」「歩兵の前進」が重要だということだ。この辺は独ソ戦ゲームなら大体同じだろう。やはり、いかにイメージできるか、ゲームの流れを想像できるか、というところが大きいのだが、そこが一番難しいようだ。私の場合、40年近いゲーム経験が勝っているだけなのだとは思うが。

確かに振れ幅が大きいゲームであるのは確かだし、かなり独特なのも確かだが、ダメ出しするような感じでもなかった。マストアタックなので、ドイツ側にも少しずつ損害が蓄積していくところも悪くない。ただし天候は史実の天候でやる方が良いとは思う。
私的には、「全然アリ」という評価だったが、Zさんは納得いかなかったようだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月18日

モスクワ会戦1941

「縦横戦国」をデザインされた孫さんの「モスクワ会戦1941」をプレイ。
見た目は良くできた同人ゲームだし、分量的にも「ミニゲーム以上フルゲーム未満」といったところ。ゲーム雑誌付録の「2in1」ゲームな感じか。

ハーフゲーム規模の割に、チット行動式とアンドライド・システム(戦力未確定)の両方を備えており、ルールを読んでいても「いささかギミック盛りすぎでは?」という感触。
そもそもこの日は「これで良い?」と中国語のルールを渡されて、その場で中文ルールを読んでプレイするという「いきなり本番」モード。まぁお客様扱い終了なのは当然か。
中国語は聞く、特に話すはまだまだだが、読む方はもともと漢文の素養もあって、苦にはならないが、それでも細かいところや不明な点は出てくる。まぁその辺は40年プレイヤーの感と、怪しげな中国語と英語でカバーすることに。

お相手は大学に入ったばかりの若い子。ここではほぼほぼ私が最年長者あるいは次点なのだが、この年齢層の圧倒的な低さも中国市場の有望な点だ。日本では、特にウォーゲームは「老兵は去りゆくのみ」みたいな感じなだけに、嬉しくも寂しい。
どっちを持つかを聞かれ、前回相手は別の方だったが、日本軍をもってボコボコにしてしまったので、ソ連軍を持たせてもらうことに。

マップはハーフマップに、カリーニンからクルスクまで入るかなりの広域。ユニットは基本が軍。1ターンは2週間。
基本的なシステムは、オーソドックスなチット式で、ドイツの装甲集団は通常チットと機械化チットの二つを持っているが、チット数は毎ターン限定されており、何を入れるかはプレイヤーの判断となる。
ソ連側は「スタフカ」チットがあって、好きなタイミングでいずれか一つの司令部を活性化できるのだが、ゲーム中三回しか使えない。

ドイツ軍は攻撃して包囲しての繰り返しなのだが、一回の活性化で移動か攻撃のいずれかしかできないため、全体の進行はやや地味な感じ。包囲されても、「攻撃・移動力半分」「防御力半分」「降伏チェック」と三段階以上あるため、結局のところは攻撃する必要がある。

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実際の進行は、第一ターンに展開を見誤った私の失敗もあって、ブリャンスク方面に大穴が空いてしまうのだが、ドイツ・プレイヤーが慎重だったため、大崩壊には至らず、ギリギリ戦線を維持できた。
ドイツ軍はまず順調に戦線を押してゆくものの、平押しにしかならず、ソ連軍の戦線がモスクワに向かって狭くなると同時に、防衛線にも厚みが増して、モスクワから3ヘクスほぼ手前で頓挫、周辺都市の占領に向かうも時間切れとなって、ソ連の勝利に終わった。
ただ、点数的には「ソ連軍の辛勝」といった感じで、「ツーラもクリンも維持しているのにこの点差は厳しい」と思った次第。恐らくは、史実と比較しての勝利条件設定なのだろう。デザイナー的には、ソ連側がもっと反撃することを想定しているようなのだが、反撃の戦闘比はせいぜい2対1にしかならず、敢えて攻撃に出るインセンティブは沸いてこない。
私のイメージでは、ドイツプレイヤーが積極的に突進すれば、よほどチットの出が悪い場合を除いて、ソ連側は非常に厳しい展開になる傾向が多そうな気がする。
また、アンドライド・システムは良いとして、損害を受けたユニットの補充をする場合のルールに不明確な点があり、疑問が残る。

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ゲーム単体としては「悪くはない」感じだが、考えて見れば、みなどこかで見かけたルールをつなぎ合わせて再構成している感触が強く、わざわざ本ゲームをプレイするインセンティブには欠けるような気がする。
そんなような感想を伝えたところ、「やっぱり貴方もそう思いますか、私たちもあまり評価してないです」との答え。「おいこら、評価低いゲームを勧めたんきゃ!」というのは野暮というものか(笑)

こうした同人ゲームもどんどん作られており、カフェに来ている皆さんも続々と自作ゲームのデザインに励んでおられ、その熱意たるやまさに創成期のそれなのかもしれない。

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中国語版「パスグロ」。画は同じでも別のゲームにしか見えない。

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CMJ「官渡の戦い」は日中台ほぼ同時発売。凄い時代デス。中華風デザインもカッコイイ。

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posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月09日

(EP)日露戦争の「古さ」について

今はなきエポック社の「日露戦争」が発売されたのは1981年で、私がまだ小学生の時だった。そして、初めてプレイしたのは中学生か高校生の頃だったと思う。つまり、1970年代の日露戦争観に基づいて設計されたので、要は『坂の上の雲』のイメージなのだ。もちろん、責めるわけではなく、本作をけなすわけでもなく、それを前提に論を進めたいという話である。
あれから40年近く経て私も早や初老となったわけだが、日露戦争の研究も相当に進んで、当時のイメージとはかなりかけ離れたものになっている。

今回(EP)日露戦争をプレイして、私が「古い」と思ったのは、「日本側の心理的負担が軽すぎる」だった。
確かに戦闘結果「EX」で日本軍も何度か損害を受けたが、すぐに回復可能なレベルで、日本軍は常に全力で攻撃し続けていた。また、最終的に国内にある全戦力を投入したわけだが、ゲーム終了時、満州平野には「全戦力」が存在した。逆にロシア側は欧州師団をいくつか残していたが、満州に登場したユニットの半分近くが除去されて、スカスカの状態にあった。

実際はどうだっただろうか。
日露戦争を通じて、日本側の病死を含む戦没者数は約9万人、それに対してロシア側は約8万人だった。負傷者数は日本が15万4千、ロシアが14万6千である。終戦時の兵数は日本が40万に対してロシアは50万人ほど。
巨細に見てみると、遼陽会戦で奮戦し、首山堡において関谷銘次郎連隊長が戦死した静岡の第34連隊(第三師団)の場合、動員数5千人に対して、戦死者は1200人近くに上ったという。負傷者数を2倍で考えれば、五体満足に帰国できたものの方が少なかったことが分かる。

遼陽会戦を見た場合、日本軍は12万5千人をもってロシア軍の15万8千人に対して攻撃を仕掛け、損害は日本側の2万4千に対して、ロシア側は1万8千に終わった。
ロシア側は「敵に出血を強いながら、自国領土奥深くに引き込んで、補給線が伸びきったところで決戦に挑む」という伝統的な防御戦略を採って、無理せず予定通りに撤退しただけだった。

ここで私が考えたのは、「戦闘比が3:1以上なら攻撃する」などという戦力比システムは日露戦争の実相に全く即していないのではないか、ということである。現実の日露戦争における日本軍の発想は、どちらかといえば、「いいからつべこべ言わずに攻撃できる内にサッサと攻撃しろ。さもないとロシア軍は膨れ上がる一方だ」というものだったように思われる。
後者の考え方は戦力比システムでは成立しがたく、Fire-Powerシステムのそれであろう。つまり、「敵は12火力あるけど、こちらは15火力あるから先に攻撃しないと!」というものである。そして、ロシア側は野戦築城による陣地効果のダイス修正がついて、最終的に日本側の損害が大きくなるのだ。だが、ロシア側は日本側の攻勢限界を見通して、戦略的に後退してゆくことになる。ルール的には「同損害の場合は、ロシア軍は基本的に退却する」とすれば良いだろう。

奉天会戦後に山縣参謀総長が桂内閣に提出した報告書には、「兵員の質的劣化」「将校の圧倒的不足」「弾薬不足・補給限界」の3つの理由からさらなる長期交戦は無理である旨が書かれている。
先に挙げた34連隊同様、すでに奉天会戦前から補充兵として送られてくるのは30歳以上の高齢者や体格貧弱なものばかりで、およそ戦争に使えるものではなかったという。
中でも小隊長、中隊長クラスの将校不足はいかんともしがたく、「ロシア軍が本気で攻めてきたら、今度こそひとたまりも無い」というのが、参謀本部の本音だった。

ちなみに、日中戦争においてすら、支那派遣軍は「兵員の平均体重を60kgにする」という目標を立てながらも、最後まで実現できなかったという。また、日米開戦後に送られてきた補充兵には、身長が150cmに満たないものや体重が50kgに満たないものが普通にいたというから、現代人には想像が難しい状況にあったことが分かる。

日露戦争の従軍記者だった田山花袋の『一兵卒』は、老兵が過重な装備と糧食不足にあえぎながら行軍を続け、ついには倒れてゆく様が淡々と描いているが、およそ『坂の上の雲』の真逆をゆくものと言える。現実には、日露戦争の帰還兵は冷淡な目で見られ、PTSDなどから仕事も続かず身を持ち崩したものがむしろ多かったらしく、どちらかといえば、『ゴールデンカムイ』の方が史実に近いものと思われる。

この辺をシミュレートするのに参考になるとはGMT「Stalin's War」である。本作におけるドイツ歩兵軍は開戦当初「5」戦力(5ステップ)を持つが、補充によって回復できるのは「4」までになっている。つまり、1度ダメージを受けると、最大戦力は「4」になってしまうのだ。
日露戦争にあてはめるなら、奉天会戦後の日本軍師団は皆「3か4」になってしまい、それ以上になる見込みもないという状況で、他方のロシア軍はいまだに戦力「5」の欧州師団が新配備されていた。結果、「何でもいいから、サッサと戦争を終わらせてくれ」というのが、日本陸軍の本音だった。
また、イベントカードの作戦ポイントを攻撃に割り振るか、カードを補充に回すかがトレードオフになっているところも、日露戦争の実相に近いと思われる。

改めて世界地図で確認してもらいたいが、「大勝」した日本軍は奉天の少し先にある鉄嶺までしか進めず、ハルピンどころか現在の長春ですら遙か彼方であることが分かるだろう。
ロシア側の高級軍人としては、「何故これで負けたとか言われるのか分からない」という気分だったに違いない。

こうした日本側の「いっぱいいっぱい感」や、逆にロシア側の「まだまだこれから感」がシミュレートされないと、どうも日露戦争の本質には近づけないように思われる。
デザイナーの皆さんに期待するところ大である!!

【追記】
今日となっては信じがたい話になったしまったが、日露戦争に従軍した日本軍兵士にとって最も恐ろしかったのは「ロシア兵による銃剣突撃」だったという。この当時、日本歩兵が持つ有坂銃は銃剣を装備しておらず、逆にロシア歩兵はモシン・ナガンに銃剣を付けていた。想像してみれば容易なのだが、この当時の日本人の身長は160cmあるかないかで、体重も50kg台が普通、下手すれば150cm、50kg以下のものもいた。他方、ロシア人はすでに170cmから180cmもあり、体重も70kg以上と、そもそも骨格が違った。その巨漢の白人兵が銃剣突撃してくるのだから、ファンタジー風に言えば、ゴブリン兵がオーガの突撃を食らうようなものだった。そして、ロシア兵の銃剣突撃を受けた日本兵は大半が離散、武家出身の将校がいる場合のみだけ、どうにか踏ん張れたという。だが、それは逆に下級将校の損害を増やす結果にもなった。十五年戦争期における日本軍の銃剣突撃至上主義は、旅順戦の名残ではなく、むしろ「ロシア兵の銃剣突撃にボコボコにされた(実例は必ずしも多くないのだが)」トラウマから来ているのかもしれない。現実には、兵器の近代化や大量生産を行うだけの工業力がなかったことを精神主義で補った、というところが真相なのだろう。

【追記2】
日露戦争では、砲弾による死者は意外と少なく、ロシア軍の調査では15%程度だったという。最も多かったのが小銃弾であったことは、現代人として踏まえておく必要がある。もっとも、日本側の死者は機関銃弾によるものも多かったと思われるが。これには理由があって、当時の砲弾は殆どが榴弾ではなく、榴散弾であったことに起因しているらしい。だから、まだ誰も鉄兜を被っていないのだ。以上のことを踏まえても、日露戦争を描く映画、ドラマなどの映像作品は、一度根本から見直して、(NHK「坂の上の雲」ではなく)『ジェネレーション・ウォー』に匹敵するMPがゴリゴリ削られていくようなドラマを撮る必要があるのではなかろうか。
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2019年04月08日

10年ぶりに日露戦争

10年ぶりに「日露戦争」(エポック/CMJ)をプレイ。
まずカフェに入ると、「戦国大名」が並べられており、「やる?」と聞かれるが、意思疎通が不十分な状況でプレイするのは苦痛すぎるため、辞退したところ、「じゃこれは?」と誘われたのが日露だった。

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クラシックシリーズは概ね中国語に翻訳されているようで、それなりの人気があるらしい。ただ、お相手のZさんは初プレイとのことで、その場でルールを読んでいた。この手軽さは魅力の一つであろう。

ただ、日本人の私に配慮してくれたのか、ロシアを持ちたいとのこと。ケン先生的には「初心者にロシアは無理なのでは?」と思いつつも、戦国大名を断った手前もあって言い出せず、そのままプレイ。

第一ターンに南山に増援を送ってガチガチに固めたのは良かったが、南山・旅順を封鎖に止め、北上する第二軍と山越えで奉天を伺う第一軍の勢いは止まらなかった。
戦闘後前進が歩兵2ヘクス、騎兵3ヘクスという、超積極的な(守るのが難しい)デザインであるため、日本軍は送られてくるロシア軍増援を各個撃破あるいは包囲殲滅していけば、常に有利に立っていられる。
ロシア側は一部を捨てがまりにして、まずは遼陽、次いで奉天をガチガチにする必要があるわけだが、なかなか考えたとおりには行かないのが道理だ。
もっとも、慎重な人間が日本軍を持つと、ロシア側はすぐにガチガチになってしまい、遼陽すら落ちずに日本側が投了するケースも散見される。

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最終的に、1904年12月には奉天が包囲される勢いとなり、それを守るだけの兵力もなく、ロシア側が投了した。
実は勝利得点的には、旅順が落ちていないため、ロシアがテクニカルに判定勝ちする方法もあるのだが、モチベーションを維持できないだろう。
明石工作が全く進んでおらず、9ターン終了時に「13」(毎ターン1D6!)というあり得ない状況だっただけに惜しかったところもある。
Zさんは「こんなのロシアは絶対に勝てない」とプンプンモードだったが、実際、ロシア側は相当に難しい。

それとは別に、10年ぶりにプレイして、本作の設計思想が相当に古いことを実感したわけだが、これについては稿を改めて触れたい。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする