2019年04月18日

モスクワ会戦1941

「縦横戦国」をデザインされた孫さんの「モスクワ会戦1941」をプレイ。
見た目は良くできた同人ゲームだし、分量的にも「ミニゲーム以上フルゲーム未満」といったところ。ゲーム雑誌付録の「2in1」ゲームな感じか。

ハーフゲーム規模の割に、チット行動式とアンドライド・システム(戦力未確定)の両方を備えており、ルールを読んでいても「いささかギミック盛りすぎでは?」という感触。
そもそもこの日は「これで良い?」と中国語のルールを渡されて、その場で中文ルールを読んでプレイするという「いきなり本番」モード。まぁお客様扱い終了なのは当然か。
中国語は聞く、特に話すはまだまだだが、読む方はもともと漢文の素養もあって、苦にはならないが、それでも細かいところや不明な点は出てくる。まぁその辺は40年プレイヤーの感と、怪しげな中国語と英語でカバーすることに。

お相手は大学に入ったばかりの若い子。ここではほぼほぼ私が最年長者あるいは次点なのだが、この年齢層の圧倒的な低さも中国市場の有望な点だ。日本では、特にウォーゲームは「老兵は去りゆくのみ」みたいな感じなだけに、嬉しくも寂しい。
どっちを持つかを聞かれ、前回相手は別の方だったが、日本軍をもってボコボコにしてしまったので、ソ連軍を持たせてもらうことに。

マップはハーフマップに、カリーニンからクルスクまで入るかなりの広域。ユニットは基本が軍。1ターンは2週間。
基本的なシステムは、オーソドックスなチット式で、ドイツの装甲集団は通常チットと機械化チットの二つを持っているが、チット数は毎ターン限定されており、何を入れるかはプレイヤーの判断となる。
ソ連側は「スタフカ」チットがあって、好きなタイミングでいずれか一つの司令部を活性化できるのだが、ゲーム中三回しか使えない。

ドイツ軍は攻撃して包囲しての繰り返しなのだが、一回の活性化で移動か攻撃のいずれかしかできないため、全体の進行はやや地味な感じ。包囲されても、「攻撃・移動力半分」「防御力半分」「降伏チェック」と三段階以上あるため、結局のところは攻撃する必要がある。

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実際の進行は、第一ターンに展開を見誤った私の失敗もあって、ブリャンスク方面に大穴が空いてしまうのだが、ドイツ・プレイヤーが慎重だったため、大崩壊には至らず、ギリギリ戦線を維持できた。
ドイツ軍はまず順調に戦線を押してゆくものの、平押しにしかならず、ソ連軍の戦線がモスクワに向かって狭くなると同時に、防衛線にも厚みが増して、モスクワから3ヘクスほぼ手前で頓挫、周辺都市の占領に向かうも時間切れとなって、ソ連の勝利に終わった。
ただ、点数的には「ソ連軍の辛勝」といった感じで、「ツーラもクリンも維持しているのにこの点差は厳しい」と思った次第。恐らくは、史実と比較しての勝利条件設定なのだろう。デザイナー的には、ソ連側がもっと反撃することを想定しているようなのだが、反撃の戦闘比はせいぜい2対1にしかならず、敢えて攻撃に出るインセンティブは沸いてこない。
私のイメージでは、ドイツプレイヤーが積極的に突進すれば、よほどチットの出が悪い場合を除いて、ソ連側は非常に厳しい展開になる傾向が多そうな気がする。
また、アンドライド・システムは良いとして、損害を受けたユニットの補充をする場合のルールに不明確な点があり、疑問が残る。

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ゲーム単体としては「悪くはない」感じだが、考えて見れば、みなどこかで見かけたルールをつなぎ合わせて再構成している感触が強く、わざわざ本ゲームをプレイするインセンティブには欠けるような気がする。
そんなような感想を伝えたところ、「やっぱり貴方もそう思いますか、私たちもあまり評価してないです」との答え。「おいこら、評価低いゲームを勧めたんきゃ!」というのは野暮というものか(笑)

こうした同人ゲームもどんどん作られており、カフェに来ている皆さんも続々と自作ゲームのデザインに励んでおられ、その熱意たるやまさに創成期のそれなのかもしれない。

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中国語版「パスグロ」。画は同じでも別のゲームにしか見えない。

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CMJ「官渡の戦い」は日中台ほぼ同時発売。凄い時代デス。中華風デザインもカッコイイ。

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2019年04月09日

(EP)日露戦争の「古さ」について

今はなきエポック社の「日露戦争」が発売されたのは1981年で、私がまだ小学生の時だった。そして、初めてプレイしたのは中学生か高校生の頃だったと思う。つまり、1970年代の日露戦争観に基づいて設計されたので、要は『坂の上の雲』のイメージなのだ。もちろん、責めるわけではなく、本作をけなすわけでもなく、それを前提に論を進めたいという話である。
あれから40年近く経て私も早や初老となったわけだが、日露戦争の研究も相当に進んで、当時のイメージとはかなりかけ離れたものになっている。

今回(EP)日露戦争をプレイして、私が「古い」と思ったのは、「日本側の心理的負担が軽すぎる」だった。
確かに戦闘結果「EX」で日本軍も何度か損害を受けたが、すぐに回復可能なレベルで、日本軍は常に全力で攻撃し続けていた。また、最終的に国内にある全戦力を投入したわけだが、ゲーム終了時、満州平野には「全戦力」が存在した。逆にロシア側は欧州師団をいくつか残していたが、満州に登場したユニットの半分近くが除去されて、スカスカの状態にあった。

実際はどうだっただろうか。
日露戦争を通じて、日本側の病死を含む戦没者数は約9万人、それに対してロシア側は約8万人だった。負傷者数は日本が15万4千、ロシアが14万6千である。終戦時の兵数は日本が40万に対してロシアは50万人ほど。
巨細に見てみると、遼陽会戦で奮戦し、首山堡において関谷銘次郎連隊長が戦死した静岡の第34連隊(第三師団)の場合、動員数5千人に対して、戦死者は1200人近くに上ったという。負傷者数を2倍で考えれば、五体満足に帰国できたものの方が少なかったことが分かる。

遼陽会戦を見た場合、日本軍は12万5千人をもってロシア軍の15万8千人に対して攻撃を仕掛け、損害は日本側の2万4千に対して、ロシア側は1万8千に終わった。
ロシア側は「敵に出血を強いながら、自国領土奥深くに引き込んで、補給線が伸びきったところで決戦に挑む」という伝統的な防御戦略を採って、無理せず予定通りに撤退しただけだった。

ここで私が考えたのは、「戦闘比が3:1以上なら攻撃する」などという戦力比システムは日露戦争の実相に全く即していないのではないか、ということである。現実の日露戦争における日本軍の発想は、どちらかといえば、「いいからつべこべ言わずに攻撃できる内にサッサと攻撃しろ。さもないとロシア軍は膨れ上がる一方だ」というものだったように思われる。
後者の考え方は戦力比システムでは成立しがたく、Fire-Powerシステムのそれであろう。つまり、「敵は12火力あるけど、こちらは15火力あるから先に攻撃しないと!」というものである。そして、ロシア側は野戦築城による陣地効果のダイス修正がついて、最終的に日本側の損害が大きくなるのだ。だが、ロシア側は日本側の攻勢限界を見通して、戦略的に後退してゆくことになる。ルール的には「同損害の場合は、ロシア軍は基本的に退却する」とすれば良いだろう。

奉天会戦後に山縣参謀総長が桂内閣に提出した報告書には、「兵員の質的劣化」「将校の圧倒的不足」「弾薬不足・補給限界」の3つの理由からさらなる長期交戦は無理である旨が書かれている。
先に挙げた34連隊同様、すでに奉天会戦前から補充兵として送られてくるのは30歳以上の高齢者や体格貧弱なものばかりで、およそ戦争に使えるものではなかったという。
中でも小隊長、中隊長クラスの将校不足はいかんともしがたく、「ロシア軍が本気で攻めてきたら、今度こそひとたまりも無い」というのが、参謀本部の本音だった。

ちなみに、日中戦争においてすら、支那派遣軍は「兵員の平均体重を60kgにする」という目標を立てながらも、最後まで実現できなかったという。また、日米開戦後に送られてきた補充兵には、身長が150cmに満たないものや体重が50kgに満たないものが普通にいたというから、現代人には想像が難しい状況にあったことが分かる。

日露戦争の従軍記者だった田山花袋の『一兵卒』は、老兵が過重な装備と糧食不足にあえぎながら行軍を続け、ついには倒れてゆく様が淡々と描いているが、およそ『坂の上の雲』の真逆をゆくものと言える。現実には、日露戦争の帰還兵は冷淡な目で見られ、PTSDなどから仕事も続かず身を持ち崩したものがむしろ多かったらしく、どちらかといえば、『ゴールデンカムイ』の方が史実に近いものと思われる。

この辺をシミュレートするのに参考になるとはGMT「Stalin's War」である。本作におけるドイツ歩兵軍は開戦当初「5」戦力(5ステップ)を持つが、補充によって回復できるのは「4」までになっている。つまり、1度ダメージを受けると、最大戦力は「4」になってしまうのだ。
日露戦争にあてはめるなら、奉天会戦後の日本軍師団は皆「3か4」になってしまい、それ以上になる見込みもないという状況で、他方のロシア軍はいまだに戦力「5」の欧州師団が新配備されていた。結果、「何でもいいから、サッサと戦争を終わらせてくれ」というのが、日本陸軍の本音だった。
また、イベントカードの作戦ポイントを攻撃に割り振るか、カードを補充に回すかがトレードオフになっているところも、日露戦争の実相に近いと思われる。

改めて世界地図で確認してもらいたいが、「大勝」した日本軍は奉天の少し先にある鉄嶺までしか進めず、ハルピンどころか現在の長春ですら遙か彼方であることが分かるだろう。
ロシア側の高級軍人としては、「何故これで負けたとか言われるのか分からない」という気分だったに違いない。

こうした日本側の「いっぱいいっぱい感」や、逆にロシア側の「まだまだこれから感」がシミュレートされないと、どうも日露戦争の本質には近づけないように思われる。
デザイナーの皆さんに期待するところ大である!!

【追記】
今日となっては信じがたい話になったしまったが、日露戦争に従軍した日本軍兵士にとって最も恐ろしかったのは「ロシア兵による銃剣突撃」だったという。この当時、日本歩兵が持つ有坂銃は銃剣を装備しておらず、逆にロシア歩兵はモシン・ナガンに銃剣を付けていた。想像してみれば容易なのだが、この当時の日本人の身長は160cmあるかないかで、体重も50kg台が普通、下手すれば150cm、50kg以下のものもいた。他方、ロシア人はすでに170cmから180cmもあり、体重も70kg以上と、そもそも骨格が違った。その巨漢の白人兵が銃剣突撃してくるのだから、ファンタジー風に言えば、ゴブリン兵がオーガの突撃を食らうようなものだった。そして、ロシア兵の銃剣突撃を受けた日本兵は大半が離散、武家出身の将校がいる場合のみだけ、どうにか踏ん張れたという。だが、それは逆に下級将校の損害を増やす結果にもなった。十五年戦争期における日本軍の銃剣突撃至上主義は、旅順戦の名残ではなく、むしろ「ロシア兵の銃剣突撃にボコボコにされた(実例は必ずしも多くないのだが)」トラウマから来ているのかもしれない。現実には、兵器の近代化や大量生産を行うだけの工業力がなかったことを精神主義で補った、というところが真相なのだろう。

【追記2】
日露戦争では、砲弾による死者は意外と少なく、ロシア軍の調査では15%程度だったという。最も多かったのが小銃弾であったことは、現代人として踏まえておく必要がある。もっとも、日本側の死者は機関銃弾によるものも多かったと思われるが。これには理由があって、当時の砲弾は殆どが榴弾ではなく、榴散弾であったことに起因しているらしい。だから、まだ誰も鉄兜を被っていないのだ。以上のことを踏まえても、日露戦争を描く映画、ドラマなどの映像作品は、一度根本から見直して、(NHK「坂の上の雲」ではなく)『ジェネレーション・ウォー』に匹敵するMPがゴリゴリ削られていくようなドラマを撮る必要があるのではなかろうか。
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2019年04月08日

10年ぶりに日露戦争

10年ぶりに「日露戦争」(エポック/CMJ)をプレイ。
まずカフェに入ると、「戦国大名」が並べられており、「やる?」と聞かれるが、意思疎通が不十分な状況でプレイするのは苦痛すぎるため、辞退したところ、「じゃこれは?」と誘われたのが日露だった。

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クラシックシリーズは概ね中国語に翻訳されているようで、それなりの人気があるらしい。ただ、お相手のZさんは初プレイとのことで、その場でルールを読んでいた。この手軽さは魅力の一つであろう。

ただ、日本人の私に配慮してくれたのか、ロシアを持ちたいとのこと。ケン先生的には「初心者にロシアは無理なのでは?」と思いつつも、戦国大名を断った手前もあって言い出せず、そのままプレイ。

第一ターンに南山に増援を送ってガチガチに固めたのは良かったが、南山・旅順を封鎖に止め、北上する第二軍と山越えで奉天を伺う第一軍の勢いは止まらなかった。
戦闘後前進が歩兵2ヘクス、騎兵3ヘクスという、超積極的な(守るのが難しい)デザインであるため、日本軍は送られてくるロシア軍増援を各個撃破あるいは包囲殲滅していけば、常に有利に立っていられる。
ロシア側は一部を捨てがまりにして、まずは遼陽、次いで奉天をガチガチにする必要があるわけだが、なかなか考えたとおりには行かないのが道理だ。
もっとも、慎重な人間が日本軍を持つと、ロシア側はすぐにガチガチになってしまい、遼陽すら落ちずに日本側が投了するケースも散見される。

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最終的に、1904年12月には奉天が包囲される勢いとなり、それを守るだけの兵力もなく、ロシア側が投了した。
実は勝利得点的には、旅順が落ちていないため、ロシアがテクニカルに判定勝ちする方法もあるのだが、モチベーションを維持できないだろう。
明石工作が全く進んでおらず、9ターン終了時に「13」(毎ターン1D6!)というあり得ない状況だっただけに惜しかったところもある。
Zさんは「こんなのロシアは絶対に勝てない」とプンプンモードだったが、実際、ロシア側は相当に難しい。

それとは別に、10年ぶりにプレイして、本作の設計思想が相当に古いことを実感したわけだが、これについては稿を改めて触れたい。
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2019年03月26日

中国で「国防軍の夜2」

中国でまさかの「国防軍の夜2」をプレイ。
「国防軍の夜」をプレイして好評だったため、「ぜひ2もプレイしたい」との声が上がったためだ。
「2」は日本の軍閥を率いて十五年戦争を戦う大キャンペーンゲームなのだが、現代中国人は「ゲームはゲーム」と全く頓着しない模様。ただ、ルールが分かりづらく、色々整理できていない作品であるため、私自身も上手く説明できる自信が無く先延ばしにしてきた経緯がある。

一回目、ケン先生はマスター役に徹し、中国人プレイヤー4人でプレイ。
ズルズルと日中戦争を戦い続けるも、皆建艦競争に走っており、大陸進出は全然進まない。
そのため、日米関係もなかなか悪化せず、欧州情勢ばかりが進んで、あっという間にドイツがフランスを陥落させ、インドシナへの進出が可能になる。
「援蒋ライン」の阻止を図るためにインドシナに進出すると、さすがに日米関係が悪化するが、陸海両大臣の辞任でこれを回避、そうこうしているうちに海軍は大和どころか紀伊までつくって「掛かって来い!」状態に。
しかし自らは開戦せず、アメリカに宣戦布告させ、マッカーサーをマリアナで待ち伏せてボコボコにしてしまう。
その後、ソロモン、ギルバート諸島に進出、ギルバート諸島に攻め寄せたニミッツ艦隊を損害を出しつつも撃破したところで、アメリカの戦意が喪失(1D6の6)、ゲーム終了となった。
ある意味では、五十六案(真珠湾奇襲)ではない、伝統的な海軍の対米作戦に従って理想的に展開した形だったわけだが、現実にこれでアメリカが休戦するとは思えない。
しかし、中国人プレイヤーは大盛り上がりで、うるさいほどに騒いでいた。結局、艦隊派のプレイヤーが「保持戦艦最大」の追加1VP分上回って勝利していた。

私は一回マスターしただけで疲れてしまったのだが、「他にもやりたがっている人がいるから」とのことで、私も入ってもう1プレイ。
今度は陸軍がメインとなって、こぞって中国大陸に進出、「独断専行」技能を使って勝手に戦線を広げるものもおり、「長沙さえ取れれば重慶に行ける」というところで、満州がガラ空きになっていたため、ソ連が対日宣戦布告。一度はソ連軍を撃破してウラジオストクを占領するも、繰り返し攻めてくる極東ソ連軍に関東軍が敗北、中国戦線でも損害が重なり、日米関係の悪化で工業力が下がっているため、陸軍部隊の回復が追いつかず、ソ連軍に満州を占領され、本土決戦になってしまう。
本土決戦は艦隊が参加できるため、敗北することは無いのだが、以降、毎回ソ連軍が攻めてくることになるため、「これはもう無理」ということになり、全員で投了した。
欧州情勢のタイミングによっては、日本軍がウラジオストクを抑えていると、ドイツが独ソ戦に勝利してソ連が降伏することもあるのだが、今回は欧州情勢が全く進んでおらず、フランス戦役すら起きていなかったことが災いした。

「1」よりもかなり時間と労力と気力の要るゲームで、ルールがいささか分かりづらく、未整理な点で私的には面白いものの微妙な評価なのだが、中国の皆さん的には「何でこれが同人なんだ?市販されないのか?」と大人気だった。
中国人とマルチゲームをすると、すっごくうるさいデス。
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2019年03月18日

南京攻略戦

今回のゲームカフェはテストを中心にプレイ。
Xさんが制作中の「南京攻略戦」とSさんが制作中の「魏武三国」、どちらも完成が近い。

南京攻略戦は、南京城をめぐる日本軍の全面攻勢と国民党軍の瓦解をシミュレート、12月7日にスタートし、12月13日までの一週間を描く。
本来的には中国軍は10〜12万人からの兵を配し、対する日本軍は十分な準備の無いまま不完全な四個師団(約8万人)で攻撃を開始しており、そうそう簡単に負けるわけがなかった。実際に上海戦では、日本軍を遙かに上回る兵を有していたとはいえ、二カ月以上粘り強く守り続けたのだから。装備を見ても、国民党軍の装備は日本軍のそれと比べて圧倒的に劣るものではなく、部分的には日本軍を凌駕していた。当時、日本軍は山梨軍縮の影響をいまだ克服しておらず、近代化のために実戦装備の予算を削っていたところがある。例えば、三好捷三『上海敵前上陸』を読むと、歴とした第三師団でも支給された手榴弾や缶詰は日露戦争の残り物、弾薬の補給が来ないからできるだけ弾を撃たないようにしていたなどと回顧している。
もっとも、国民党軍の場合、特に中上級の指揮官にかなり問題があったようで、棒給の横領や兵器・補給物資の横流しは日常茶飯事で、兵員も装備も常に定数が満たされていなかったらしいから、崩壊前の帝政ロシア軍みたいなものだったのかもしれない。

中国軍が余りにもアッサリと潰走して南京城内に大量の敗兵と脱走兵が逃げ込んだこと、日本軍が兵站を含めて不十分な準備のまま何の計画も持たずに市内に突入したことが後に大悲劇を生む一因となった。

さてゲームに話を戻すと、中国軍はユニット数だけは多いが、日本軍が三ヘクス以内に近づかないと動けないし、一定ターンに達すると士気チェックを行って失敗したユニットは敗走始めてしまう。戦力自体は決して低くないのだが。
日本軍は戦力も士気も高いのだが、いかんせんユニット数が少ない。初期配置三個師団のうち一つは特設師団(第114、宇都宮)だし、第九師団は増援として散発的にマップに登場する有様。よくこれで首都直接攻撃を始めたものだ。当時の軍人の鼻息の荒さが感じられる。
初期配置だけ見ると、とても最終ターンまでに南京を全て占領できるようには思えない。

日本軍は浸透移動できる騎兵を上手く使いながら敵を包囲しつつ、ユニットをうち減らしてゆくが、敵ZOCでも損害を受けつつ退却できてしまうので、十分なダメージが与えられない。戦闘結果表もブラッディで、最大戦力比でも、攻撃側にどんどんダメージが入るので、どうしても慎重になりがちだが、それでは南京市にもたどり着けそうに無い。

中国側は日本軍が近づいた時しか動けないので、一カ所突破されるといきなり戦線の維持が難しくなるし、南京市内の部隊は勝手に動かせないので、できることが限られている。
が、中国軍は最終的に逃亡ユニットも含めて10ユニットが長江を渡って脱出できれば勝利条件を満たせるので、「そこはそれ」ということらしい。
しかし、渡河点を日本軍に抑えられると、サドンデスになってしまうし、南京市の過半が占領されても同じなので、最終ターンまで戦線を保てるか非常に微妙な感じ。

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日本軍は史実通り出血を顧みずに攻撃し続け、中国側を拘束することが大事だが、あまり損害を受けすぎると、南京城を攻撃する戦力が足りなくなってしまうところが難しい。

今回、ケン先生が日本軍を持たせてもらったが、ほぼ史実に近い展開で、南京市にたどり着いた頃には中国軍の過半は敗走し始めるか、日本軍に包囲されている有様となった。だが、日本側もかなりダメージを受けている。プレイヤーによっては、途中で心が折れるかもしれないだろう。
X氏は「ダイス運良すぎ」と言うが、私の感覚では「良いところで良い目が出た」という程度で、特別偏っていた印象は無い。

中国側の勝利条件がいささかゲーム的だとは思うが、そこはやむを得ないのだろう。
あと中国軍の移動力が日本軍と同じで、敗走するとZOCを無視して逃げてゆくのだが、敗走し始めた時点で部隊としての統率を失っているだろうから、そのままの戦力(ユニット)が維持されているのはどうかと思う。
中国製のゲームは日本人から見ると、まだ粗い印象はあるものの、ゲームとしてはシンプルで雰囲気も良く出ている感じで悪くない。

だが、そもそも中国でこんなゲーム販売できるのか???
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

T&Tと国防軍の夜

先の週末は「T&T」(GMT)と国防軍の夜(ピリオドゲームズ)。
前回は早々にドイツ軍が私が担当した連合国に攻め入り、フランスが陥落。
そして、ソ連軍がドイツ軍の後背を襲って、勢いに任せたままベルリンとルールを蹂躙してゲームオーバーとなった。単なる漁夫の利である。

今回はソ連を担当して、地道に工業力を上げようとするが、いかんせんコストが高すぎて進みが遅い。
技術系の開発は先送りして、外交でハンガリーとユーゴスラヴィアをソ連ブロックに引き入れ、ルーマニアは武力で併合。相変わらずやりたい放題のゲームだが、そこが面白い。しかし、技術的には後進国だ。

ドイツは技術開発と軍備を優先するも、オーストリアとチェコは外交で支配、ポーランドは武力併合して、まず順調。しかし、完全にソ連に半包囲され、味が悪い感じ。
イギリスは、フランスの防備を固めようとするも、最初は工業力が低く、厳しい感じ。何故かインド駐留軍を強化しており、怪しい感じ。

開戦はドイツによるフランス侵攻で始まり、二年掛けて陥落させた。このタイミングはソ連側としては参戦のチャンスではあったものの、カード周りが悪かったことと、自分から宣戦布告すると、工場建設のコストが高いままになってしまうこともあって、見送ることにした。
ドイツは返す刀でソ連に宣戦布告するも、国境線でグダグダな戦闘が続いてしまう。どうも下手な将棋を打っている感じだ。

ドイツプレイヤーは初めてのプレイだったこともあり、後方をがら空きにしていたので、「イギリスにやられるまえにやってしまおう」とバルト海からドイツ本土にソ連海軍歩兵が上陸、あえなくゲームオーバーとなった。
海域支配はなにげに重要なのだが、初心者はつい忘れがちだ。私も「大人げない」とは思いつつも、連合国に漁夫の利をくれてやる気にはならなかったのだ。

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T&Tの終了後は「国防軍の夜」。中国の皆さんにも大好評で、日本語の堪能なXさんが「翻訳するので、貸して下さい」と持って行ったほど。

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posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月28日

GMT「Stalin's War」初プレイ

発売から9年を経て初プレイとなった「Stalin's War」。
ケン先生も発売されて間もなく購入した上、オークションで安く売られていたハードマップまで入手したものの、お蔵入りしていた。
と言うのも、ネット上において「名称に反してソ連必敗」説が流布されていたからだった。
しかし、「カードドリブンとヘクスの折衷案」「一日でプレイ可能な独ソ戦キャンペーン」という魅力もまた大きかった。

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その後、一定のルール改定がなされ、一度プレイしてみたいと思っていたが、昨夏には間に合わず、今回の帰国時になんとか実現した。
事前に一人プレイしてみたところ、秋にはモスクワが半包囲されてしまい、「やっぱダメじゃん」と思っていたところ、冬ターンに到着したシベリア軍団(特に打撃軍)が恐ろしいほどの猛威を振るい、ドイツの装甲軍団はほぼ全て裏返って、3分の1近くが除去されてしまい、「ブラウ作戦とか無理なのでは?」と思う事態に陥った。
この振れ幅の大きさは気になったものの、独ソ戦らしいと言えば独ソ戦らしかったので、先輩方にプレイを打診して実現した。

ソロプレイの感触では、ドイツ軍は損害を顧みずに攻撃を続け、突進しないと、すぐに雲霞のごときソ連軍の海に埋没してしまいそうだったため、私がドイツの北・中欧を持ち、O先輩に独軍南部、K先輩にソ連軍を持ってもらった。
9時半に集まり、17時半までの8時間で、1941年秋終了まで2プレイ。初めての割には悪くない案配。「一日でキャンペーン」は無理としても、いいところまで進めそうな感じだった。

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だが実戦一回目、独軍は第一ターンに「グデーリアン」カードが炸裂して装甲軍団がミンスクを包囲してスモレンスクにまで突入。
第二ターンには至る所で赤軍が包囲され、続々と登場した増援も各故撃破にあってしまう。
しかし、ドイツ軍は秋までにモスクワ前面に到達したものの、総統から攻撃許可が下りず、何故か方面違いのレニングラード攻撃を命令されてしまう。やむを得ず、レニングラードを攻撃するがダイスが炸裂して一回の攻撃で陥落。
その後、北部からゴーリキーとモスクワを包囲する形となり、秋ターン終了時にはモスクワが完全包囲され、どうにもならない形となり、投了。

二回目、ソ連軍は後方に防衛線を敷き、きれいな戦線をつくってスモレンスク〜ハリコフ線で守ろうとするも、ドイツ軍はスルスルと前に出てくる。攻撃するには作戦ポイントを割り振る必要があるが、ソ連軍がサッサと撤退したため、余裕がある状態となった。
しかし、戦線がきれいであったがために、逆にモスクワ前面は薄く、カリーニンとツーラの南北から突破、スターリンに逃げる暇すら与えずに、モスクワを完全包囲する形で秋ターンが終了するところとなった。南方ではルーマニア第二軍がセバストポリを強襲、陥落させていた。

いずれの場合も、ドイツ軍が二回連続して作戦行動をとると、ソ連側は大惨事に陥っている。
いずれの場合も、ドイツ軍の装甲軍団は大部分が裏返っており、除去された軍団もあるくらいのダメージは被っているが、ソ連側は継戦能力を失っている。
独軍は「こんな状態でまだ行けるのか」「冬の反撃に備えるべきか」という悩みが深いが、今回は無理押ししたのが功を奏しただけで、一歩間違えれば、独軍側が大変なことになっていたかもしれない。

恐らくソ連側は戦線を張るのでは無く、補給線となる鉄道分岐点で拠点防御をしつつ、独軍の側面を脅かすような遊撃部隊を側面に配置、できるだけ戦略予備を後方に配置するという「マネージメント」が必要なのだ。
ドイツ軍の進撃がどの辺まで来るかを予測して、広い戦線では無く、部分的な縦深陣を配することが求められそうな気がする。
この意味で、本作はドイツ軍よりもソ連軍担当者に特殊なセンスが求められるようなイメージだ。

確かにネットの評判通り、ドイツ軍が有利な気はするが、ソ連側はかなりドイツ側にダメージを与え、攻撃もでき、決して一方的に殴られるわけでは無い。
ドイツ軍にしても、普通に攻撃しているだけで損害が蓄積するので、どこで攻勢限界を判断すべきか非常に難しい。
そして、何よりユニット数が少ない割に、非常にダイナミックな展開となり、予測不可能性が非常に独ソ戦初期の混乱をよく表している。
もちろんプレイ・アビリティも高い。

「要研究だが、ロシフロよりもプレイしやすく、やれそうな気がする」ということで合意、今夏再戦することとなった。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする