2018年04月18日

介護もボランティアへ?

【軽いかぜは患者の自己負担上乗せ 医療費など抑制へ提案】
 先進国で最悪の水準の日本の財政を立て直すため、財務省は、医療費や介護費の膨張を抑える制度の見直し案をまとめました。軽いかぜなどで診察を受ける場合は、患者の自己負担を上乗せするよう提案しています。見直し案は、11日開かれた財務省の審議会で示されました。このうち医療の分野では、患者が病院などの窓口で支払う自己負担について、軽いかぜなど少額の外来受診の場合は、負担を上乗せするよう提案しました。
 また医療機関に支払われる「診療報酬」は、今は全国一律の水準になっていますが、地域によって医療費の伸びにばらつきがあり、住民が支払う保険料の負担にも格差が出ていることから、自治体の判断で引き下げることができるようにするべきだと提案しました。
介護の分野では、掃除や調理などの身の回りの世話をする生活援助のサービスについて、ホームヘルパーの代わりに地域の住民やボランティアを活用できるようにして費用を抑えることを提案しています。審議会は、これらの案を基に提言をまとめ、ことし6月までにまとまる国の新しい財政健全化の計画に反映させたいとしています。
(4月11日、NHKニュースより抜粋)

障がい者支援をボランティアに委ねる施策が発表されたのは昨年だった
東京五輪では、通訳スタッフすら無償となり、人手が足らずに中高生まで内申書をちらつかせての動員が進められている。
教職員は非正規化が進められ、居住外国人向けの日本語教育や夜間学校は大半がボランティアで賄われている。

東京五輪には2.5兆円から3兆円かかると見込まれるが、必要とされるボランティア要員は11万人で、仮に期間中20万で雇用したとしても220億円でしかない。にもかかわらず、この11万人はことごとく無償労働奉仕が求められている。この一点からも、誰が誰のために行うイベントであるか想像できよう。

現状ですら在宅介護は「地獄」と形容される惨状にあり、経験者が無償ボランティアで、たとえ生活支援であれ、他者の介護を引き受けるとは思えない。介護を自分でやることなど一生ない霞ヶ関エリートの花畑脳のなせる業だ。
診療報酬の引き下げで病院職員の給与も切り下げられるところとなり、社会保障制度そのものの存続が危ぶまれる状況になっている。

若年層にボランティアを求めるとしても悲劇でしかない。今の若年層は、社会人になる前に教育ローンで負債を抱え、月15万ほどの低賃金で朝から夜半まで休み無く働かされ、四畳半一間の古アパートで生存レベルギリギリの生活を送るものが増えているというのに、さらに地域老人の世話を無償でやらされるとなれば、社会に対する怨嗟は天をも突く勢いとなるだろう。
もっとも、強制力を伴わないボランティアで、進んで無関係の老人の世話をしようというものは殆どいないとは思われる。それだけに、「ボランティアのなり手がいない」という時に、強制徴募のような形が取られる可能性は否めない。

現代の資本主義社会は、農村共同体を解体して労働力を都市部に集約することで発展を続けたが、収奪にさらされた労働者の不満を抑えるために導入された社会保障制度が少子高齢化によって持続性を失うと、今度は農村回帰しようというのが、霞ヶ関エリートの目論見なのだろう。
だが、一度解体してしまった共同体原理を核化著しい現代社会にいきなり適用するのは、どう見ても無理がある。合成の誤謬とも言える。この点、歴史や統治論(ガヴァナンス)についての無知が垣間見られ、日本型エリート統治の限界と終焉が予測される。
posted by ケン at 12:28| Comment(2) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

民間委託のなれの果て

【“中国企業に個人情報”社長が謝罪】
 日本年金機構から個人情報の入力を委託された会社が、中国の業者に個人情報を渡していた問題で、この会社の社長が謝罪した。SAY企画・切田精一社長「関係者の皆さんにご迷惑をおかけし、深くおわび申し上げます」契約に違反して中国の業者に個人情報の入力を再委託していたのは、東京・豊島区にあるSAY企画。同社は「名前」と「ふりがな」500万人分の情報を渡したことを認めた上で、「中国の業者はグループ会社という認識で、再委託にあたらないと思った」「短期間で500万人分の入力が大量だった」と話している。加藤厚労相は20日午後、年金機構の理事長を呼び、委託業務の見直しなどを指示する方針。
(3月20日、日本テレビ系)

最悪の場合、500万人から1300万人分のマイナンバーが再発行となる可能性があるという。
民間委託のなれの果て。先日中国に行ったときに聞いた話では、中国ではクーポン欲しさに携帯番号などを登録すると、翌日には知らない人から電話が来るという。
多少なりとも中国の知識や注意があれば、個人情報を中国企業に丸投げするなど行わないはずだが、利益を出すことを目的とする民間企業では、個人情報も「商品」という認識しか無いのだから、利益を出すために海外委託するのはごく正当な行為と認識されるのだろう。

個人情報は放射能と同じで一旦流出すると回収する手段が無いため、「テヘペロ」で済ませるほか無く、ある意味では「ケツをまくる」のも楽なのかもしれない。個人情報流出に対する罰則も非常に緩いため、雑誌の名誉毀損などと同様、「やり得」になっている側面もある。

もともと年金事業は公共事業であって、営利事業ではないはずだが、公営だと不必要な事業に手を出して癒着・腐敗が生じ、民営にすると利益至上主義となって賭博化する傾向がある。今回の場合、委託料が非常に低く抑えられていたため、海外企業に丸投げすることでしか利益を上げられなかったものと考えられる。聞くところでは、委託されたデータ入力作業は一件4円とも言われ、とても日本で成立する事業では無かったことが想像される。
また、民間委託に踏み切った背景には、低金利の影響で「安全な運用」では利益が上がらなくなって、少子高齢化も相まって年金財政が急速に悪化していることもある。

本件でも年金機構側が隠蔽を図ったという指摘もあり、森友疑獄でかすんでしまっているが、非常に重大な案件である。

「再委託にあたらない」という答弁も官房長官の手法を学んだ跡が見られる。そして、謝罪して終了と。すでに終わってるな。

【追記】
事実確認できていないが、聞くところでは、中国企業に委託した500万件の入力はノーミスだったが、日本側つまり自分たちで入力したデータでは50万件以上の入力ミスが発覚したという。いかに深刻であるか分かる。
posted by ケン at 12:45| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

生活保護しかも母子加算から削るのか

【生活保護の母子加算、減額の可能性 厚労省方針】
 厚生労働省は来年度、生活保護を受ける一人親世帯に支給する「母子加算」を見直す方針を決めた。支給水準は現在検討中の生活費をまかなう「生活扶助」の新たな基準額しだいで変わるが、減額される可能性が高い。厚労省は年内に、生活扶助を含めた新たな基準額を決める。社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会が12日に示した、生活保護基準改定の方向性を示す報告書の案に盛り込まれた。
 一人親世帯は子育ての負担が重いことなどから、子どもが18歳になるまで毎月、平均約2万1千円(子ども1人の場合)の母子加算が支給されている。ただ、金額の根拠が不明確で、「保護を受ける母子世帯の生活費が、受けていない低所得の母子世帯の水準を上回っている」との指摘もあった。 そこで、新しい計算方法では母子加算を、保護を受ける一人親世帯が二人親世帯と同水準の生活を送るために必要な上乗せ費用と位置づけた。支給額は検討中の生活扶助の新たな基準額しだいで変わるが、数千円減る可能性もある。
(12月13日、朝日新聞)

一人親家庭の貧困率は6割に達するというのに。
給付水準を低所得層に合わせるということらしいが、低所得層に補助を出すなり、最低賃金を上げるなりして底上げを図るのが筋。低い方に合わせるという発想からして、いかにエリート層から相互扶助の概念が失われているかを物語っている。そして、それを支持して、生活保護バッシングを行う国民が少なくないことも影響している。

一人親家庭の貧困率がここまで高いのは、日本の労働環境に起因している。正規雇用が長時間労働や休日出勤、頻繁な出張、転勤などを前提としており、専業主婦のいない世帯では勤まらず、低賃金の非正規雇用に甘んじるほかないためだ。しかも、日本では同一労働同一賃金原則も確立しておらず、非正規雇用は貧困線上の賃金しか得られない。
また、非正規雇用の待遇が改善されないのは、正規雇用労働者の賃金が非正規からの収奪によって担保されているため、正規雇用労働者によって組織された労働組合が、非正規の待遇改善に反対するところが大きい。

連合の支援を受ける民主党などがこうした問題に冷淡だったのは、そのためだ。そして、その後継の一つである立憲民主党も、何の声明も出していない。その辺を主張せずに、憲法だの平和だの言っていれば、近いうちに見限られるだろう。
posted by ケン at 13:15| Comment(4) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

医療費9年連続最高記録更新中

【医療費が大幅増、42.3兆円 15年度 高額薬剤響く】
 厚生労働省は13日、2015年度に病気やけがの治療で全国の医療機関に支払われた医療費の総額(国民医療費)は、42兆3644億円だったと発表した。前年度より1兆5573億円増加。国民1人あたりも1万2200円増の33万3300円で、いずれも9年連続で過去最高を記録した。
 増加率はここ数年、前年度比1〜2%台で推移してきたが、15年度は3・8%の大幅増となった。薬局調剤医療費が6985億円増えており、同年度に保険が適用されたC型肝炎治療薬などの高額薬剤の影響が大きいとみられる。 高齢化の影響もある。75歳以上が入る後期高齢者医療制度の給付は前年度比4・7%増の14兆255億円となった。国民1人あたりの医療費は、65歳未満が18万4900円なのに対し、75歳以上は92万9千円と約5倍だった。
 医療費の財源は、国民や企業が負担する保険料が20兆6746億円で全体の48・8%を占め、国と地方を合わせた公費は16兆4715億円で38・9%、患者の自己負担分は4兆9161億円で11・6%だった。 国民医療費は、保険診療の対象になる治療費の推計。健康診断や予防接種などの費用は含まれない。1990年度に20兆円を突破し、2013年度に40兆円を超えた。
(9月14日、朝日新聞)

医療費の増加は前年比で1兆5573億円。消費税1%分が約2兆円なので、2%上げても3年と保たないことを示している。言うなればバケツの底に穴が開いているわけだ。この穴を塞ぐためには、「窓口負担を増やす」「還付制にする(全額払い後戻し)」「診療費、薬価を上げる」などが考えられる。

日本の医療費が、保険料と窓口負担で賄えず、13兆円を税金で補填、その額が毎年増え続けているのを見ると、ソ連末期の財政とよく似ていることが分かる。ソ連で凄かったことの一つは、1954年から90年までパンの公定価格が一切変わらなかったことだった(70コペイカから1ルーブル)。だが、生産価格を無視した公定価格を維持するために、国庫から際限なく補助金が出された結果、歳出に占める食料価格調整金の割合は90年度の予算で20%にも達していた。そりゃ無理だわと思うわけだが、自国を振り返って見ると、税収45兆円に対して年金の国庫負担が11兆円、医療費の国庫負担が5兆円(自治体負担が9兆円)に達している。果たして我々はソ連崩壊を「他人事」と見ていて良いだろうか。
財政的には公的医療保険制度はすでに破綻状態にある。
2010年度の保険支出(政管、組合、国保の合計)が29兆5千億円であるのに対して、保険料収入(同)は17兆6億円に過ぎず、12兆円近い赤字を出している。この赤字は、国庫負担の4兆9千億円と地方自治体などの負担による8兆円で賄っている。この上、保険外の公費医療(結核ほか)がある。現実の公的医療保険制度は、保険料収入全てで70歳以上の医療費を賄うだけの額にしかなっていない。

国庫負担は1970年度の4千億円に始まり、80年には2兆7千億円、95年には4兆を越し、今や5兆円に達しようとしている。これ以外に公的年金の国庫負担が10兆円を越しており、医療と年金の国庫負担だけで税収の3分の1以上になってしまい、一般歳出を圧迫している。健全な財政を保っていれば、他の公的サービスの提供に深刻な影響が出ているはずだが、税収を上回る国債を発行することで毎年凌いでいるだけなのだ。
公債は将来世代に対する負債であり、建設国債のような「投資」であるならば回収できる可能性もあるが、赤字国債は少子化に伴う生産と消費の低下に際しては額面以上に重くのしかかってくる恐れが強い。
実際、非正規雇用や不安定雇用の増加に伴い、若年世代の給与所得は低迷しており、保険料収入も横ばい状態だ。例えば、2000年度の保険料収入が15.8兆円に対して10年度は17.5兆円で増加分は1.7兆円に止まる。一方支出は23兆円から29兆円と6兆円も増加しており、その差は今後さらに拡大してゆくと見られる。
保険料の高騰を抑えるために税金を投入すると国債発行額が増え、保険料を上げると納付率が低下して収入が伸び悩むほか無保険者が増えるという悪循環が固定化している。2025年度には年金を含む社会保障給付額は150兆円に迫ると試算されており、このうち60兆円が税金等になる見込みだが、現在40兆円足らずの税収が12年後に1.5倍になるというシナリオは非現実的であり、足りない分は国債を増刷する他ないだろう。こうして国債発行が際限なく拡大してゆく。
医療費の肥大化続く、2013.9.19

西欧型の議会制民主主義は、左派政権が財政出動して社会保障を拡充し、その赤字を保守政権が抑制、制度の整理・効率化を行うことでバランスをとり、社会保障制度の持続性を高めている。
だが、日本では一党優位体制にある自民党が独自の社会保障制度を整備し、ごく短期間を除いてほとんど政権交代なく今日まで来ているため、バランス・チェック機能が働かない構造になっている。故に、旧民主党は新自由主義を掲げ、結党が予想される「日本ファースト」も同傾向になると思われるが、どちらも社会保障の切り下げや再整理には踏み込んでおらず、危機的な状況にある。

もっとも、西欧でも保守政権が労働改革できなかったため、エリート化が進んだ社会民主主義政党が規制緩和を進めたところ、国民の信頼を失って存続すら危うい状況に追いやられている党もある。

日本の自民党の場合、大衆からの収奪を進め、自分たちの権益を増大させることについては容赦するつもりはないようだが、高齢化が著しいだけに年金と医療に手を付けるのは「危険」だという認識を持っている。
その結果、放漫財政は修正されることなく、若年層からの収奪(具体的には低賃金、超長時間労働)ばかりが進み、社会の活力が著しく低下しつつある。
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2017年04月12日

保育所の需要が満たせないワケ

【保育所落選5万3000人…1次選考の28%】
 今年4月からの認可保育施設への入所を決める1次選考で、東京23区と全国20の政令市で少なくとも5万3000人が「落選通知」を受け取り、「落選率」は28・1%に上ることが、読売新聞社の調査でわかった。
 特に保育所の利用希望が多い東京23区のうち9区で、40%を超えた。2次選考を行う自治体も多く、全員が待機児童になるわけではないが、職場復帰できるかどうかわからないまま、保護者が保育所探し(保活)に苦労している実態が浮かび上がった。調査は3月末にアンケート形式で実施し、全自治体から回答を得た。
 未集計の3自治体を除く40自治体で、約19万人の申し込みに対し5万3346人に落選を通知した。落選率が最も高かったのは東京都台東区の51・9%。
(4月5日、読売新聞)

保育所は基本的に社会主義思想に基づいて設計されている。そのため、全て政府(自治体)が価格を決め、官主導で設置される。昨今では運営は民間に委託される傾向が強いものの、官が需給と価格を決定する仕組みに変わりは無い。結果、保育サービスは実際の市場価格よりもはるかに安い公定価格で提供される一方、サービスを受ける市民は子どもを廉価で預けて働けるため、「預け得」になっている。
こうした傾向は、医療や介護などの福祉サービスも同じで、ただでさえ安価に設定された公定価格である上に、窓口で自分が支払うのは公定価格の数分の1で済んでしまうため、「受診し得」になり、病院や診療所に大行列ができる有様になっている。薬局で受領する薬の3分の1以上が服用されずに廃棄されていることも、「前日のパンを捨てて毎日買い換えていた」という東側の実態に通じるものがある。子ども医療の無償化など、自分の首に縄を巻いているような話だが、小児科医以外、誰も気づいていない。
大行列は、別に1980年代末のソ連、東欧だけに見られる現象ではなく、原理的には平素日本の病院などで起きていることも全く同じなのだが、それを指摘する者はケン先生以外にいないという特異な状況にある。やはり日本人はすべからくソ連に留学すべきだったのだろう(爆)だからこそ「ソ連・東欧学を学ぼう」と呼びかけているのだが、残念ながら低調だ。

話を戻そう。上記の28%という数字には、当然ながら「どうせ通らないから」と申請していない層は含まれていないので、潜在需要を含めれば相当な数字になると思われる。保育所をつくればつくるほど財政赤字が増えるのに、増設すると需要も一緒に増えてしまうのだから、本質的に需要を満たせない構造になっている。
自治体からすれば、保育所を増設すればするほど財政赤字が増えるのだから、二の足を踏むのは当然だろう。安価に設置しようとすると、例えば交通の便の悪い場所につくることになるが、この場合、希望者がいなくなってしまうので意味が無い。
また、保育士からすると、子どもが増えれば増えるほど労働環境が悪化する。70万人からの有資格者が保育士に就いていない事実もまた、「公定価格=計画経済の無理」を物語っている。結果、建物だけ建てても保育士が確保できず、開業できないことになる。だが、保育士の給与を上げると、さらに赤字が増えてしまう。ゴルバチョフの苦悩が察せられる。


これを解決するためには、社会主義を止めて自由化するか、「社会保障であること」を止めるかの二択しかない。
前者の場合、保育サービスは市場原理に基づいた市場価格で提供されるため、サービスを希望するのは子どもを預けて働きに出ることで得られる賃金が、保育サービス料を上回るケースに限られる。そのため、中低所得層はそもそも希望しなくなり、需要そのものが低下、需給バランスが取られる。この場合、多数が自宅保育に切り替えると考えられ、労働力は失われる。同時に、「安かろう悪かろう」のサービスも増えると考えられるだけに、やはり完全な自由化は難しいだろう。

後者の場合、具体的には4〜5歳児の義務教育化(就学年齢の前倒し)が考えられる。この場合、保育所は基本的には2〜3歳児のみを引き受けることになり、大きく負担を減らせるだろう。しかし、自民党では幼稚園経営層が、民進党では日教組が大反対するので、どちらも政策化できないし、霞ヶ関は厚労省が抵抗するので実現できない。ちなみに自分の場合、4歳時点でまともに言葉を話せなかったので、入学は無理だろうと思われる。
就学年齢の前倒しは欧州では基本だが、残業無し、時短勤務ありというライフワークバランスも十分確保されているので、やはり日本とは前提が異なる。日本でそれを行う場合、放課後の居場所も確保する必要があり、ラーゲリ(本来の意味の)を新設して児童を保護する施策が不可欠になるので、どうしても課題が残る。
posted by ケン at 12:24| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

こども保険の無理筋

【自民・小泉進次郎衆院議員ら「こども保険」創設、幼児教育無償化の財源確保提言】
 小泉進次郎衆院議員ら自民党若手議員でつくる「2020年以降の経済財政構想小委員会」は29日、新たに社会保険料を上乗せして徴収し、幼児教育無償化の財源を生み出す「こども保険」の創設を柱とする提言を発表した。30日に党「財政再建に関する特命委員会」に報告し、次期衆院選の公約への反映を目指す。こども保険は厚生年金の場合、平成29年度で15・275%の社会保険料について個人、事業者とも当面0・1%分を上乗せして徴収し、約3400億円の財源を捻出。将来的に0・5%分まで引き上げて約1・7兆円を確保し、幼児教育と保育を実質無償化する。小泉氏は記者会見で「世代間公平の観点からも、こども保険の導入は画期的なことだ」と語った。党内には教育無償化の財源として「教育国債」を発行する案もあるが、小泉氏は「未来への付け回しになるのではないか」と批判した。
(3月29日、産経新聞)

先進国の中で子育て費、教育費の私的負担率が際だって高い日本にあって、「教育無償化」が与野党問わず叫ばれている。経済格差、貧困が広がり、政府内の汚職も顕在化する中にあって、自民党といえども有権者の歓心を買わないと権力が維持できないという判断に傾きつつある証左なのかもしれない。
とはいえ、現実には財政赤字がますます深刻化している中にあって、新規財源の確保が大前提となるが、その選択肢としては増税か国債しか無かった。だが、増税では選挙が戦えず、国債は借金を増やすばかりということで、トリッキーな解答として出てきたのが「保険」だった。「社会保険なら増税よりは受け入れられるだろう」との判断だったようだが、原則を逸脱した選択肢が支持されるかは微妙だ。

まず社会保険の目的は、万人が共有するリスクを分担し、支え合うことにある。ところが、育児や教育はリスクではなく、共産主義国家でも無い限り「共有財産」でもないため、少なくとも自由主義国家では「支え合う」対象たり得ない。
また、保険料の納付者の負担と、保育や教育の対象となる子どもや保護者の利益が一致しないことも、「保険」としては成立しがたい。人が健康保険に加入するのは、自身の健康を害した時のリスク管理のためであるし、私的なガン保険などに加入するのはガンのリスクを考慮しての判断であり、年金にしても自身の老齢リスクに備えてのものだ。そのリスクの対象はあくまでも自分であり、せいぜいのところパートナーや子どもにまでしか拡大されない。他人の子どものために保険料の納付を要求、しかも年金保険料に上積みしての納付が強要されるというのは、保険の原理原則に反しており、本来成立し得ない。言うなれば、自動車を保有しない人に自動車保険の納付を強制するような話だ。

育児、教育費の公的負担を拡大するならば、やはり税で賄うのが原則となる。保育と就学前教育だけならば、本来であれば消費税1%分で済む話なので不可能なものではない。だが、保険料で賄えきれない社会保障分の税による立て替え負担が急増しており、その額は10年前に年5千億円を超え、今では1兆円を超えてさらに増える見込みになっている。社会保障制度の底に大穴が開いて、税金で補填しているものの、全く間に合わず、逐次投入している状態にある。国家予算一般歳出における社会保障費を除く政策経費は、2008年の25.5兆円に対し、3%の消費増税を経ても、同17年で26兆円にしかなっていない。つまり、ここでさらに増税をしてみたところで、社会保障制度の穴を埋めない限り、継続的に育児、教育費分を確保するのは難しいのだ。

その社会保障の赤字を減らすためには、現役層が納める保険料を上げるか、高齢層の受給費を減らす他ない。だが、少子高齢化によって年齢構成が逆ピラミッド型になっていることで、高齢層の需要を賄うためには現役層の負担を急増するしかないが、それは納付率の低下や所得減による消費低迷を招くことになる。その一方で、高齢層の受給費を減らす、具体的には年金支給額の引き下げや医療費窓口負担増、あるいは還付制の導入は、高齢者層を敵に回し、選挙で大敗することが確実なだけに、政治的に「無理」になってしまっている。この意味で、日本は「民主主義であるが故に」財政破綻が必至の状態にある。

個人的には、社会保障費の給付を抑制しつつ、税と国債を半々程度で賄うのが良いと考える。国債については、教育制度の無償化による市場効果や受益が将来反映されることを考慮すれば、原理的には許されるが、償還のメドが立たない現状では大規模に発行することが良いのかどうか、判断が難しい。まぁヒトラーやルーズベルトのように「ガンガンいこうぜ!」を選択するなら、それでも良いし、強く反対はしないが、あまりお勧めできない。
posted by ケン at 12:38| Comment(2) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

日本型ペレストロイカに必要なもの、そして失敗する理由・下

前回の続き)
低収益・不採算の企業が生き残るということは、市場適性の低い、無能な経営者がトップに居座り続けることをも意味する。アメリカの場合、トップが天文学的報酬を得る一方で、要求される水準を満たせなければ即クビにされる。日本の場合は、企業の存続を揺るがすほどの事態でも起きない限り、経営者の責任が問われることは無い(核惨事ですら責任は問われなかった)。そのため、企業内の昇進も、能力では無く、派閥や政治力学で行われる。その結果、東電、東芝、シャープなどを見れば分かるとおり、無能な執行部が適切な対応を打てずに、延々と責任回避に終始する始末になっている。

また、日本のサービス業に象徴される通り、低価格・低収益の飲食店や小売店が乱立しているため、供給過剰となって低価格化に拍車が掛かると同時に、労働力不足が常態化している。そして、低収益であるが故に収益を上げるためには「薄利多売」する他なく、さらに出店を増やし、長時間労働を強要、低価格化と労働力不足を加速してしまっている。その労働力不足を解消するために、政府は外国人「留学生」と「技能研修生」を動員しているが、本来市場から退出すべき低収益事業を存続させ、低価格化を加速させ、労働市場の劣化(賃金低下と長時間労働)を招くだけに終わっている。

その象徴的なのが、外国人技能実習制度である。これは本来、低収益で生産性の低い地域の地場産業に対し、政府が「奴隷特区」を認め、最低賃金や労働法制を適用除外する外国人奴隷の使用を認める制度になっている。これにより既存の地場産業が存続可能になった一方、地域の低収益・不採算が存続して、限られた資本と労働力を固定化させてしまっている。公正な自由市場が機能する場合、この手の低収益・不採算事業は退出を余儀なくされ、資本と労働力は、より生産性の高い新規事業に移転、集約すると考えられるが、外国人技能実習制度の存在がこれを許さないため、地域で新規事業を興したいと考える若年起業家を、ますます都市へと向かわせている。
また、外国人奴隷の存在は、労働生産性向上に対するインセンティブを失わせ、地域における労働賃金を相対的に下げる方向にしか働かないため、若年労働者をますます都市へと向かわせ、地域の衰退を加速化させている。政府、自民党としては、地場産業の現状維持を図るための方便として外国人奴隷を導入したつもりなのだろうが、将来の発展を放棄して「現状を維持するだけ」になっている。

同じことは、厳格な解雇要件にも言える。倒産寸前にならないと整理解雇が許されない日本は、一部の正社員にとっては都合が良いものの、経営側にとっては低収益の事業を整理して、新事業を立ち上げる枷でしかなく、結果的に低収益事業を延々と継続させる他ない。ところが、低収益事業を継続させるためには、賃金をダンピングしてコストを下げつつ、最小限の人員を最大限働かせることで労働力の最大化を図る必要があるため、低賃金と超長時間労働が横行し、労働生産性を低下させている。
国レベルで言えば大企業、地域レベルで言えば地場産業が不採算部門に人員を抱えたままの状態になっているため、一方で低賃金と超長時間労働が蔓延し、他方で労働力不足が常態化している。実は、この両者も相関関係にある。低賃金と長時間労働は、労働力の疲弊や労働市場からの脱落(労働災害や病気)を誘発して労働力不足に繋がるし、労働力不足は手持ちの労働者による長時間労働を誘発している。例えば、企業の50%が長時間労働の原因を労働力不足に求めながら、実際に必要な人員確保に努めているのは20%に満たないという数字が、これを物語っている。
正直なところ社会主義者としては非難されそうだが、解雇規制の緩和、具体的には金銭解雇の積極的導入は、労働市場の負のスパイラル(機能不全)を解消するために欠かせない要素になっている。
但し、現状では離職した労働者の4人に1人以下しか失業手当をもらっていないため、これを限りなく100%に近づける必要がある。また、労働契約や募集・採用における(待遇)条件提示の厳格化も不可欠だろう。その上で、残業時間上限(理想としては月20時間程度)やインターバル制度を導入し、厳格に適用させる仕組みを構築、逸脱するブラック企業は問答無用で追放する仕組みが必要である。

低金利も負のスパイラルに貢献している。「10年で倍になる貯金は夢か幻か」でも紹介したが、ケン先生の幼少期には銀行に10年定期預金すれば2倍になったのである。これが今ではゼロになっている。高金利時代は、預金すれば増える一方で、投資、運用すれば相応に儲かるため、銀行制度が機能して、市場経済が活性化する。逆に低金利時代は、預金しても一向に増えず、投資、運用しても儲からないため、企業は投資せずに借金の返済に努めることになる。すると、銀行に貨幣が滞留するが、銀行も貸出先が無い。昨今の銀行が担保のある住宅ローンとリスクの高い消費者金融に依存する理由である。
個人から見れば、40年前であれば学資保険に加入しておけば、子どもの大学の学費くらいは何とかなったものの、現在では低金利のため全く足らず、学費の急騰もあって大学生の半分が学生ローンを借りている状態になっている。これは、大卒者の半数が数百万円の借金を抱えていることを意味し、さらに労働条件の悪化、低賃金の蔓延もあって、消費を低迷させ、需要を低下させている。
いまでも度々老人から聞かされる「最近の若者は車に乗らない」とか「留学しない」というのは、単純にそれだけの資金が若者から無くなっているだけの話なのだが、こうした連中が政治の中核を占め、政策を担っているため、ますます状況が悪化している。

国家財政で言うと、社会保障費の肥大化が最大の課題となる。2008年度一般会計予算の社会保障関係費は21.8兆円、一般会計予算83兆円の約26%、国債費と地方交付税交付金等を除いた政策的経費である一般歳出47.3兆円に対しては46%を占めていた。だが、2017年度のそれは、予算97.5兆円に対し、社会保障関係費32.4兆円で約33.3%、一般歳出58.4兆円に対しては55.5%を占めるに至っている。社会保障費はわずか9年間で10兆円以上も肥大化しているが、今後は自然増で毎年1兆円以上の増加が見込まれている。これは、基本的には長命による高齢層の増加に起因しているが、医療技術の進歩による医療費の高騰も一因になっている。
ちなみに今年度は前年比5千億円の増加で抑制されているが、これは自然増分を政策的に抑制しているだけで基本的には「一時凌ぎ」でしかない。野党はこれを批判するわけだが、野党側に社会保障費の肥大化に対する対案があるわけでもなく、無責任の誹りは免れないが、根本的な対応策が無いという点では自民党も政府も無策と言える。

だが、保険料の値上げや増税ができない以上は、歳出そのものを抑制する他なく、放置しておいても毎年1兆円ずつ膨れあがって、政策経費を圧している現行制度を根本的に改める必要がある。ちなみに社会保障費を除く政策経費は、3%の消費増税を経ても、08年の25.5兆円に対し、17年で26兆円にしかなっていない。復興予算や原発処理費用を考えれば、むしろマイナスになっていると見て良い。単純計算なら、社会保障費は20年もたたずに政策経費をゼロにしてしまう勢いにある。この点、食料価格の維持と赤字企業の損失補填だけで国家予算の4割を占めていたソ連末期が思い出される。仮に保険料の値上げや増税が可能だとしても、やはり一時凌ぎにしかならない上、手取りが減れば消費が減退し、景気を悪化させるだろう。
日本人は、普段診療所の窓口で千円とか2千円しか払わないために、医療費がそんなものだと軽く考えている節がある。だが、実際にかかっているのは、3千円であり、6千円なのだ。
75歳以上の高齢者が使う医療費88万円のうち、自分で払っているのは16万円ほどで、40万円は税金の補填、32万円は現役層の保険料からの転用によって賄われていることに気付くべきだ。 
その高齢者はさらに増える一方なのだから、そんな制度が「長く」どころか「短く」すら続かないことはもはや明らかである。
医療費は誰が出すの?、2011.0707)

社会保障費が肥大化する最大の原因は、社会主義者としては心苦しいが、この分野だけ社会主義型の計画経済が採用されているためだ。単純化すれば、国家が医療、介護、保育などの価格を決め、利用者(国民)は、ただでさえ市場を反映しない価格のうち何割かを負担するだけで済むため、「使ったもの勝ち」になっている。本来1万円の治療費も、窓口負担は3千円ないしは無料で済むのだから、「利用しないと損」という感覚になる。薬局で処方される薬の3分の1から半分は服用されずに廃棄されているとも言われる。極端な話では、私の知人に1億円の手術を無料で受けた者もいる。これらは正しく、「安いから」と前日のパンを捨てて、毎日新しいパンを買っていたソ連を彷彿させるが、40年間パン価格を維持するための赤字が散り積もって国家予算の2割に達していた事実を、我々は笑えない。
詳細は、別途記事にしたいと思うが、本質的には社会保障分野の計画経済を廃止し、応益負担原則を強化しない限り、日本の国家財政は社会保障だけで破綻する運命にある。

話を戻そう。低収益の企業や部門が温存されていることが、低賃金と長時間労働を誘発し、労働生産性の向上を阻害、労働生産性が高まらないため賃金が上昇せず、消費と需要が増えないという負のスパイラルに陥っているわけだが、霞ヶ関も自民党も民進党も連合も、ペレストロイカにおける共産党員と同様、自身が最大の受益者であるが故に「現状維持バイアス」が強く、内部で議論すれば必ず「総論賛成・各論反対」となって、実質的な改革は何一つ実現できない構造にある。「働き方改革」で「残業月上限100時間未満」が認められ、「労働時間インターバル規制」が努力義務にされてしまったのは象徴的だ。
ゴルバチョフは、スターリンですら為し得なかった「中央委員会の全会一致」で改革派の頭領として書記長の座に就いたにもかかわらず、党内などの強い抵抗に遭って、上記の通り改革を実現できないまま「ゲーム・エンド」を迎えている。
我々が、ソ連と同じ轍を踏みたく無いのであれば、民主的議会政治の特質を活かし、現行システムの受益者以外の代表者を国会に送り込む必要がある。ところが、現行の選挙制度は「地域の利害代表者を相対多数で選出する」システムであるため、投票率の低さも相まって受益者しか投票せず、国会の圧倒的多数が受益者で占められ、必要な改革に反対する構造になっている。参議院の比例代表制も、既得権益の受益者が代表者を送り出しているだけの構造になっており、これも期待できない。何らかのブレイクスルーを経て代議員の選出方法を抜本的に改革、受益当時者以外の代議員を権力の座につける必要があるが、残念ながら現状では期待できる要素は何も無い。
同時に、日本の統治機構は権力の分立が未熟で、行政府の権力が圧倒的に強く、マスゴミと一体化しているだけに、仮に改革派の政権ができたとしても、民主党鳩山政権のように、あっという間に倒されて、菅政権のような傀儡政権にされてしまう可能性が高い。私の見立てでは、「日本型ペレストロイカ」が破断界を迎える前に実現して再浮上できる確率は「10〜15%」程度だろうと考えられる。
ソ連は一党独裁だったが故に改革に失敗したが、日本の場合、「投票しない自由」を認める民主的議会が改革を拒んでいるのだ。

【追記】
つい最近小耳に挟んだ話だが、民進党の部門会議で電波オークションが議題に上がった際、NTT労組系の議員が続々と立ち上がって反対論をまくし立てたという。「2030年原発ゼロ」に対し、電力、電機、鉄鋼労組系の議員がこぞって反対したのと全く同じ構図だった。電波許可制は、新規参入を拒み、政官業癒着の根源でしかないが、それを廃止して自由競争を導入することに、労働組合が業界を代表して反対している。他にも、タクシー労組の反対で「福祉タクシー」や「ウーバー」にも反対せざるを得ない状況がある(個人的にはウーバーは問題があるとは思うが)。また、連合が「残業月上限100時間」に合意したのは、「残業が規制された場合、不足する労働力を非正規社員の雇用増で対応されるが、その場合、正社員の賃金切り下げが原資にされる可能性が高い」という判断が働いたという話も耳にした。やはり、民進党はペレストロイカの主体には決してなり得ないのである。
posted by ケン at 12:44| Comment(11) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする