2017年03月21日

日本型ペレストロイカに必要なもの、そして失敗する理由・上

民進党大会がすこぶる白けた雰囲気の中で終わり、その支持率も一桁台で推移している。本ブログで何度も指摘していることだが、本質的には自民党と大差ない政策であるため、「じゃあ自民党でいいじゃん」という評価になっていることが大きい。その背景には、自民党と政策的に親和性の高い連合が民進党の最大の支持団体であり続けていることがある。連合の組合員は、大企業の正社員という、現状における「勝ち組」集団で構成されており、正社員給与の原資は非正規社員からの収奪であることから、連合は資本と自民党に奉仕することでしか、組合員の支持を得られない構造になっている。
結果、政権党と野党第一党が大差ない政策を掲げているため、議会政治に求められる本来の機能である政権交代が起きず、仮に政権交代が起きても必要な改革が行われない構図になっている。これは、民主党の菅・野田政権が自民党とほぼ同じ政策(例えばTPPや原発再稼働、集団的自衛権)を打ち出していたことで証明できる。

ソ連のペレストロイカが失敗したのは、現状の既得権益層にして最大の受益者である共産党が自ら大改革に乗り出したところ、受益者であるがために必要な改革が進められず、逆に共産党員からの支持をも失ってしまい、その危機を民主化=分権化で乗り越えようとしたところ、統制不能の事態に陥ってしまったことに起因する。詳細は「ペレストロイカを再検証する」を読んで欲しいが、その教訓は受益者に大改革はできないこと、大改革を強行するためには権力の集中が必要であることを示している。
まずペレストロイカの「おさらい」をしておこう。
「ペレストロイカ」とは、ロシア語で「改革、再建」を意味するが、それはまさに今日の日本で使用されている「構造改革」だった。
軍需部門の供給が過大で、民生部門や食糧の供給や流通が極めて脆弱だったのに対し、家庭等には貨幣が溢れかえっていた不均衡を改革することが目的とされた。軍需を制限し、民営化や規制緩和を進めることで、民生部門の供給を増やして流通を改善、滞留した貨幣を回収して民生部門の投資に回すことで経済成長を目指したのだ。

ペレストロイカの急務として挙げられるのは、「市場経済化による経済再生」「軍備負担の削減と軍需産業の民需転換」「同盟国再編による軍備削減と貿易収支の適正化」、そしてもう一つ加えるなら、市場経済化と関連して「補助金漬けの赤字財政の解消」があった。

ところが、ペレストロイカは、指導層の掛け声や、西側社会からの評価に比して、全く進んでいなかった。具体例を挙げると、1989年時点で企業の民営化率は1%、90年時点で商品の自由価格率は1割に遠く及ばなかった。1990年予算で歳出に占める食糧価格調整金(補助金)の割合は20%、コルホーズを始めとする国営企業補助金が20%、軍事費が15%超という有様だった。
ミクロで見ても、1954年から90年に至るまでパンの公定価格は一切変わらなかった(70コペイカから1ルーブル)にもかかわらず、独立採算制の導入や政治的理由から労働賃金を上げ続けた結果、貨幣の過剰滞留現象が起き、潜在的インフレーションを表面化させていった。また、生産価格を無視した公定価格を維持するために、国庫から際限なく補助金が出された結果、歳出に占める食料価格調整金の割合は20%にも達していた。このことは、ゴルバチョフ政権が食糧の公定価格制度に全く手を付けられなかったことを示している。

最終的にゴルバチョフは、莫大な宿題を抱えたまま、殆ど成し遂げること無く「ゲーム・エンド」を迎えてしまった。
社会主義経済の体制転換は全て失敗したわけではなく、例えばハンガリーの場合、1990年時点で、自由価格率は80%を達成しており、企業民営化も「遅い」との非難を浴びつつも20%に達していた。そのため、ハンガリーでは、他の東欧諸国で見られた大行列の類いは殆ど起きること無く、市場経済と民主化を達成している。
また、中国では農産物の自由価格・流通を先行させて、90年時点で農産物のほぼ全てが自由化されていたため、やはり行列の類いは発生していない。重要なのは、社会主義国でも構造改革に成功した国があるということだ。
デフレ下で構造改革する愚劣) 

ソ連崩壊は社会主義(計画)経済の機能不全によって発生したが、現在の日本はどうだろうか。西側社会ではいまだに言われているソ連の「物不足」だが、現実に物不足が顕在化したのは1987年後半以降のことで、物不足が深刻だったのは3〜5年程度のことだった。つまり、目に見える現象が無いからと言って、国家や社会の安定が保証されるわけではないのだ。

日本国内に目を向けると、労働力人口6500万人に対して、年収300万円以下が2500万人を超えるに至っている。つい15年前には家計貯蓄の多さを誇っていたものが、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっている。生活保護世帯は164万世帯だが、その捕捉率は20%とも言われ、現実には800万世帯が生活保護水準以下の生活を強いられていることを示している。地域レベルで言えば、例えば大阪市の場合、子どもを持つ3世帯に1つが就学支援金を受給しているという。
貧困そのものは、必ずしも社会や国家の崩壊に直結するものではないが、国政選挙の投票率が6割に届かず、自治体選挙に至っては3〜4割でしかない現状は、現行の民主主義体制に対する国民の合意、あるいは国民統合力が低下していることを示しており、貧困はさらにこれを加速させてゆくと思われる。

現在進行中の日本の危機は、いくつかのレベルで論じることができるが、主なものを挙げてみよう。

・貧困
・デフレ・ギャップ
・低労働生産性
・低金利
・低収益
・歳出の3割を占めて急増中の社会保障費


歴史的には、冷戦の終焉とともに旧東側ブロックが自由市場化されたことで、国際競争が激化した。西欧諸国は、旧東欧圏に工場移転を進め、日本は中国に工場を移転させていった。これにより、国内産業の空洞化が進み、西欧では失業が深刻化した一方、日本は失業を回避すべく社員の非正規化が進められた。
また戦後和解体制は、ソ連ブロックへの対抗上、労働力動員と国民統合を円滑にするため、社会保障制度を整備し、労働者保護を進めたが、ソ連の崩壊と中国の開発独裁化によって「社会主義陣営への配慮(宣伝)」の必要性が失われ、社会保障、賃金、待遇の切り下げが進められた。
特に2000年代に入ると、中国の「世界の工場」化に伴い、財界から賃金ダンピングの圧力が強まって、「小泉改革」に象徴される新自由主義的改革がなされた。その結果、現在では労働力人口6500万人に対して、年収300万円以下が2500万人を超えるに至っている。家計貯蓄の多さを誇った日本が、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっている。
90年代以降、自民党政府が何度も巨大な財政出動を行ったにもかかわらず、一向に景気が改善されないのは、国内消費が完全に頭打ちで、貧困層を増やしているためだと言える。分かりやすい例えを挙げるなら、自動車工場の工員の大半が非正規化された結果、誰も車を買わなくなってしまったということであろう。

日本のデフレ現象は、バブル期の供給体制が維持されたまま、非正規化などによる賃金ダンピングで需要が低下していることによって起きている。つまり、ソ連とは逆で「店には商品が溢れかえっているが、購入する金が無い」である。
需要が低下しているのだから、本来であれば供給を減らせば需給バランスが取れるものの、日本は供給を減らせない構造になっている。企業倒産を極小化する仕組みや容易に解雇できない制度がそれだ。日本の場合、公的融資制度が充実していると同時に、大企業に対しては政策減税が、中小企業には補助金が手厚く配分されており、欧米に比して倒産件数が少ない構造になっている。これは、一見良いことのように思われるが、現実には低収益の企業を温存し、労働力の移転を阻害、低労働生産性と法人税の減収を常態化させる原因となっている。そして、この低収益が、低賃金、長時間労働、貧困を誘発している。
つまり、公的融資機関、政策減税、各種補助金が、市場の自由競争を阻害し、本来退出すべき不採算企業をゾンビ化させて生き残らせ、経済成長を低迷させている。この点、倒産の無い国営企業群が経済成長を阻害した社会主義国と似ており、公的融資機関、政策減税、各種補助金の縮小、廃止は不可欠だろう。実際、「福祉国家」と言われながら、いまも経済成長を続けているスウェーデンには、この類いのものは存在しないという。
そして、政治家が企業と官僚を仲介し、官僚が減税・補助金を出し、企業が官僚の天下りを受けつつ政治家に献金する、という「腐敗のトライアングル」が日本の成長を阻害して社会をむしばんでいる。旧民主党は、その初期にその打倒と改革を謳っていたはずだが、今では完全に取り込まれてしまって、見る影も無い。
(以下、続く
posted by ケン at 12:37| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

「オレ正義」なる私制服を着る公務員

【「これまで以上誠実に」「保護なめんな」ジャンパーで小田原市長】
 生活保護業務を担当する小田原市生活支援課の職員が不適切な表現をプリントしたジャンパーを作成し、勤務中に着用していた問題で、加藤憲一市長は19日、該当部門の職員らに対し、「これまで以上に市民に誠実に対応し、任務を執行してほしい」と訓示した。
 市によると、福祉健康部長をはじめ管理職や課員約30人を前に、市長は、ローマ字で書かれた「保護なめんな」などの表現について「不正受給の可能性が全ての受給者にあるかのような認識が表れており、生活保護制度への不寛容の表れと指摘されても仕方がない」と指摘。「小田原が生活保護に不寛容であるかの印象を、図らずも全国に発信してしまった。実際がそうでないだけに悔しい思い」と心情を吐露した上で、「日々の仕事で汚名をそそがねばならない」と職務を進化させる契機とするよう呼び掛けた。
 その後に開いた臨時部長会でも、部長級約30人に対し、全庁を挙げて市民の落胆と職員への不信の払拭に取り組むよう訴えた。市生活支援課によると、同課には18日までの2日間に、電話は563件、メールで513件の意見が寄せられた。主に苦情や抗議という。
(1月20日、神奈川新聞)

神奈川というのは凄いところらしい。相模原では障害者に対する大量殺戮が行われ、横浜では災害避難者の子どもが150万円恐喝されてもイジメと認定されず、小田原では公務員が「オレ様が正義」と書かれた私製制服を着用して街を闊歩していたのだから、話だけ聞けば破綻国家である。介護老人施設での殺人、虐待は山ほどあるという。

実はこれらは無関係とは言えない。横浜の事件は、行政の機能不全を意味し、行政能力の低下が犯罪を誘発、社会秩序の悪化が公務員の私的団結や制裁に向かわせている、と解釈される。もちろん、上記の事件はそれぞれ別個の事件だが、大きいところで連関があるという意味で、スタンド・アローン・コンプレックスの関係にある。

このジャンパーが作成された経緯も、ある生活保護受給者が住所不定となり、色々手を尽くしたにもかかわらず連絡がとれなくなり、受給停止の措置を行ったところ、その者が市役所にやって来てカッターナイフを手に大暴れした事件に端を発しているという。これ自体は、被害者に同情されて良いところだが、この後、担当課長が「自分たちの自尊心を高揚させ、疲労感や閉塞感を打破するため」として、ジャンパー作成を提案、職員が自費で購入し着用するに至っている。この点、本当に課長個人の発案で、説明のような理由だったのか、課内で生活保護者弾圧の共同謀議はなされなかったのか、職員は本当に私費で購入していたのか、公的扶助は無かったのか、着用は強制されていなかったのか、疑問は山ほどある。
そして、この発想はまさに「Zガンダム」におけるティターンズそのものだ。もっとも、ジャンパーに記載された文言を見る限り、実際の作成者はギレン好きだったように思われるが。

問題は、不正受給がどこまで「現実的」なのかという話にある。例えば、日弁連の調査では、全国の生活保護受給額に対し、不正受給とされた額はわずか0.28%に過ぎず、単純計算すれば生活保護受給者300人に1人もいないというのが実情だ。1990年代以降、生活保護の受給者は増加傾向にあり、それは小田原市でも変わらない。

小田原市の人口はほぼ20万人で、生活保護受給者は2003年度に1563人だったものが、2011年度には2646人になっている。世帯数だと現状で2320ほどだという。これに対し、ケースワーカーは定数で29、実働25人、つまり1人で100人以上の受給者をサポートしている計算になる。不正受給者数については不明だが、平均値で考えると10人に満たないはずであり、課員全員が私製制服を着用して「不正受給者に正義の鉄槌を!」と血眼になるのは常軌を逸しているとしか言いようが無い。言うまでも無いことだが、ケースワーカーは生活困窮者に寄り添う良き相談者となり、自立を支援するものであり、「貴様、国民の血税をちょろまかしてはおらんだろうな!」と凄んで回る権力の走狗ではない。
そして、データを見る限り、問題はケースワーカーの少なさに起因する超過密勤務にあるように推測される。
もっとも、小田原市は「生活保護受給抑制運動の先進市」という評価も一部であるようなので、公務員組合(自治労)が存在しないことも含めて、単に社会的弱者に対する疎外と排撃の一大メッカだった可能性もある。

不正受給が全国の額面で0.3%でしかないのに、それをスケープゴートにして、本来保護が必要な人に対し受給できている割合である「捕捉率」が2割に満たないという現実を矮小化、憲法25条違反を常態化させている点にある。そして、それは25条の改悪、廃止の主張に繋がるものなのだ。
同条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」は、もともとGHQ案等になかった条文を、森戸辰男大先輩が「帝国憲法改正案委員小委員会(芦田小委員会)」において強く主張することで挿入された経緯があり、現行憲法における数少ない社会主義精神の発露である。

【追記】
小田原市長の「これまで以上誠実に」は何を指すのか。「誠実に抑制策を進める」のか「誠実に社会保障に取り組む」のか、常識的に読めば「これまで以上」とあるからには前者なのであり、反憲法的主張である。
posted by ケン at 12:29| Comment(4) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

年金改革に反対するのは妥当か

【年金改革法案、衆院通過 高い支持率、政権強気】
公的年金の支給額を引き下げる新しいルールを盛り込んだ年金制度改革法案が29日の衆院本会議で、自民、公明、日本維新の会の賛成多数で可決され、参院に送付された。同法案の今国会中の成立に万全を期すため、来月14日までの会期延長も議決された。
 法案に盛り込まれた新ルールでは、これまで賃金が下がっても物価が上がれば年金が据え置かれていたシステムを変え、新たに賃金の下げ幅に連動して支給額も下げる。2021年度から導入する方針。将来の年金水準を維持する狙いがあり、塩崎恭久厚生労働相は可決後、記者団に「将来世代にとって大変大事な法案だ」と語った。
(11月30日、朝日新聞抜粋)

久しぶりに人の付き添いで本会議を傍聴したが、自民党のヤジが凄くて一時は登壇者のマイクの声すら聞き取りづらいくらいだった。ヤジについては、自分は「自粛すべき」との立場に立つが、年金問題については民進党を始めとする野党のスタンスにはいささか無責任なものがあり、冷たい目で見ている。
民主党は「資産課税による最低保障年金」を掲げていたはずだが、選挙対策からかそれを隠して、ただ支給額引き下げ(の可能性)に反対するのは将来世代に対して無責任であるという自民党側の指摘は妥当と言える。

米国のコンサルティング会社の “Mercer” は、世界各国の年金制度を比較し、調査した指数である「グローバル年金指数」を毎年発表している。2009年に始まり、2016年度の調査は27カ国、世界人口の6割をカバーしている。指数は、「公的年金が老後の生活に十分なだけ支払われているか」の十分性、「年金が支払われるのに十分な環境が整っているか」の持続性、「年金制度をうまく運用するための見直し機能や透明性が担保されているか」の健全性から構成される。日本の年金制度は27カ国中26位(インドの下でアルゼンチンの上)、総合評価は「D」だった。「いくつかの優れた特性を備えるが、同時に対処すべき重要な弱点、欠落がある。改善なければ、有効性、長期的持続可能性が疑問視される」との評価。その下のE評価「構築の初期段階にある不十分な制度」は該当国無しだった。
ちなみに2009年の調査で日本は11カ国中11位、2012年は18カ国中17位で最下位はインド、2015年は25カ国中23位で下は韓国とインド。

詳細には、日本は健全性60.9、十分性48.5、持続性24.4と、特に持続性が危機的に低い評価であることが分かる。
繰り返しになるが、持続性の基準は「年金が支払われるのに十分な環境が整っているか、平均寿命と支給開始年齢の関係は良いか、国家の破綻のリスクがなく持続可能なものか」で、北欧諸国やオランダ、シンガポール、チリなどは60ポイントを超えている。
十分性の基準は「公的年金が老後の生活に十分なだけ支払われているか、老後のための貯蓄は十分になされているか」で、北欧諸国を始め、独仏加愛伊墺など14カ国で60ポイントを超えている。要は生活物価に比して、日本の年金は支給額が低く、老後用の貯蓄も不十分であることを示している。

現在のところ、日本の年金支給額は平均すると、国民年金で5万4千円、厚生年金で14万8千円だが、これはあくまで平均値であり、中間値はさらに低い。十分な年金が保障されているのは、大企業に長く勤めたサラリーマンだけで、公務員ですら意外と10万円台のものが少なくない。自営業者などは、自前でよほど貯蓄したり、民間年金を積み立てていない限り、悲惨な状況にある。
マーサージャパンのコメントを添付しておこう。
「日本の総合評価が低いのは、特に、十分性と持続性の評価が低いためです。十分性に関しては、年金給付による所得代替率(現役世代の年収と年金給付額の比率)が低いこと、税制や私的年金の仕組みが年金受給を促す形になっていないこと、などが評価を引き下げています。また、持続性に関しては、少子高齢化に伴い高齢者人口割合が増加していること、平均余命の増加により公的年金の期待支給期間(平均余命と年金支給開始年齢の差)が長くなっていること、さらには政府債務残高が大きいことなどの要因により低い評価となっています。日本では他国よりも早いペースで少子高齢化が進行し、平均余命も伸長しています。公的年金では、社会情勢(現役人口の減少や平均余命の伸び)に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整するマクロ経済スライドが2015年に初めて発動され、年金給付額の伸びは賃金や物価の上昇分以下に抑えられました。このような中、老後の生活資金を確保するには、公的年金に加え、企業年金や個人年金などの私的年金からの収入や活用方法を理解した上で、個人のライフスタイルに応じた早めの資金準備を実施していくことが重要になってきます。」

今回の年金法改正は、ただでさえ危機的な持続性しか持たない日本の年金制度を少しでも長く保たせるために必要な措置であり、仮に民進党政権であっても、新規課税か保険料増額を行わない限り不可避のものだった。
民進党やNK党の批判は、借金が膨大になり、給料も減額になっているのに、「生活費を削るのはまかりならん!」と強面になっているパートナーのようなものであり、相応の対案を示さない限り、無責任である。
posted by ケン at 12:33| Comment(2) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月06日

問題先送りで後が苦しくなる

【安倍首相、任期後の増税を釈明=衆院解散「頭よぎった」】
 安倍晋三首相は1日の記者会見で、消費税増税の新たな実施時期を自民党総裁の任期後に設定したことについて、「単に私の任期の中で収める判断はしなかった。経済的に正しい時期を選んだ。総裁任期によって判断をゆがめてはならない」と説明した。経済状況を勘案した「最適のタイミング」と主張することで、増税時に責任を持たないことへの批判をかわす狙いがあるとみられる。2014年に衆院を解散する際、「17年4月に確実に引き上げる」と公約したものの実現できなかった政治責任については、「これまでの約束とは異なる新しい判断だ」と強調。「新しい判断をした以上、国民の声を聞かなくてはならない」と述べ、増税延期について参院選で信を問う考えを示した。
 一方、首相は衆参同日選を見送ったが、野党の内閣不信任決議案提出を理由として、「私の頭の中を解散がよぎったことは否定しない」と述べた。その上で、「いまだ被災地では多くの方々が避難生活を強いられている中で、参院選を行うだけでも大変なご苦労をお掛けしている」と述べ、同日選を見送った理由に熊本地震を挙げた。 
(6月1日、時事通信)

以前より「衆参同日選」と見ていた私の分析は外れたものの、「野党が不信任案を出したら解散しかねない」という見立ては当たっていたようだ。だが、いずれにしても、安倍氏にとっては衆参同日選こそが「正着」だったという、私の認識に変わりは無い。

私の構想は、「増税先送りについて国民に信を問う」ことを大義名分に衆議院を解散して総選挙を行う、というものだったが、安倍氏の決断は「増税は先送りするけど、衆院選は行わない」だった。
となると、今度は次に解散するときの大義名分が難しくなる。参院選は固定であるため、大義名分は不要だが、衆議院を解散するには不可欠だからだ。それを今表明してしまっては、秋や冬に衆議院を解散する大義名分にならない。現状、それに替わるものも見当たらない。
すると、任期満了近くまで解散を見送る公算が高まってくるが、時間が経てば経つほど経済情勢が悪化する可能性が高く、「アベノミクス」の失敗が表面化することはあっても、現状よりも良い戦況で自民党が選挙できる可能性は非常に低いと考えられる。
今回の増税先送りも、「リーマンショック級の経済危機」と言えば「アベノミクスは失敗」とされ、「リーマン級では無い」と言えば「先送りにする理由が無い」と批判されるだけで、いずれにしても説明責任が果たせず、首相としての指導力と内閣の求心力は今後低下してゆくものと見られる。

増税先送りで景気悪化は避けられるかもしれないが、自民党式の財政出動は赤字を増やすだけで景気には何の貢献もしないだろうし、むしろ将来世代に赤字と維持コスト増の二重の負担を負わせるだけの結果にしかならない。赤字は日銀が国債を引き受ける形で賄われ、株価は年金基金をつぎ込むことで維持されている。今すぐ危機に陥ることはないかもしれないが、中長期的には「詰んでいる」状態にあり、あとは「誰にどのタイミングでババを渡すか」という話になっている。リーマンショックの時は、ちょうどババだけ民主党に渡して危機をやり過ごしたが、今回はそうもいかないだろう。
posted by ケン at 13:07| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

消費増税を延期するコストについて

【<消費増税再延期>財政再建、目標困難 厳しい歳出削減必至】
 安倍政権は消費税増税の再延期を決める一方で、2020年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を黒字化するという現在の財政健全化目標は維持する方針だ。20年度の収支には増税分の税収が上積みされることを見込んでいるためだが、実際には年間の税収増加分の一部は20年度に反映されないこともあり、ただでさえ厳しいとみられていた目標の達成はより困難になったとの見方が強まっている。
 財政健全化の指標であるPBの赤字額は15年度で16.6兆円に上るが、政府は消費税増税などによる黒字化を目指してきた。安倍政権が19年10月を延期後の再増税実施時期に選んだのは、20年度には1年を通じて増税効果が得られるようにして目標達成を狙ったとみられる。しかし、消費税は消費者が支払った分を企業がいったん預かってから国に納付するため、増税時期と、実際に税収に反映される時期にズレが生じる。企業によって納付時期も回数も異なるため、20年度の税収には増税分がすべては反映されず、満額より数千億円目減りするとみられる。
 また、14年4月に消費税率を5%から8%に引き上げて以降、個人消費の低迷が続いている。次回の増税までに個人消費が上向く環境を整えられなければ、再増税で消費がさらに冷え込み、思うように税収が伸びない可能性もある。ただでさえ政府の財政健全化目標の達成はハードルが高かった。内閣府の試算では17年4月に増税したうえで、国内総生産(GDP)の成長率が名目で3%以上、実質で2%以上だったとしても、20年度に6・5兆円の赤字が残る計算だ。麻生太郎財務相は31日の閣議後の記者会見で、20年度のPB黒字化目標について「最大限努力していく姿勢に変わりはない」と表明。財政の信認を維持するために目標達成を目指す意向を示したが、再延期で健全化の道筋がさらに不透明になったことは間違いない。
 政府は、消費税増税分の税収を年金や介護など社会保障政策に充てる予定としているが、今回の延期でそれらの政策に充てる財源の確保も課題となる。介護や子育て支援などを盛り込んだ「1億総活躍プラン」など安倍政権が掲げる重要政策の実施についても、財源問題が重くのしかかりそうだ。
(5月31日、毎日新聞)

現状、歳出が税収の2倍近くになっていて、基礎的財政収支でも16兆円以上も赤字という中で、増税を先送りするということは、現役層の苦痛を逃れるために将来の安寧を抵当に入れてしまうことを意味する。
今回の増税を2年半延長すると、10兆円以上の財政赤字になるが、安倍政権は、赤字国債を発行しない方針。だが、自民党権力の源泉である公共事業と軍事は削減できないため、社会保障や教育を切り詰めるほかない。

政権側は「国民の7割が増税延期を支持」と正当化するが、増税を喜ぶ者は誰もおらず、延期することで起こりうるマイナス面を説明せずに、「国民の支持」を掲げるのは衆愚政治でしかない。言うなれば、借金のデメリットを説明せずに、学生に「奨学金」を貸し付ける大学と同じだ。
増税先送りを喜ぶ代償が、国債暴落のリスクと緊縮財政であることは、マスゴミは指摘しない。この点、増税先送りを支持する我が社も同罪だろう。日本の国債評価は、消費増税を前提にギリギリの水準が維持されてきたが、今回の延期で一気に格付けが下げられると見るべきだ。その国債は今や日銀が大量に抱え込んでおり、「死なばもろとも」状態になっている。
さらに安倍政権は、秋の臨時国会で大型補正予算を組んで財政出動する方針を示しているが、同時に物価が下落しないように日銀がさらに国債を「大人買い」すると見られ、国債暴落のリスクはますます高まってゆくだろう。

ソ連学徒としては、市場経済化が必須であることを知りながら、パン一つ値上げできず、自由価格率わずか5%で政権を崩壊させてしまったゴルバチョフが思い出される。
ペレストロイカは、指導層の掛け声や、西側社会からの評価に比して、全く進んでいなかった。具体例を挙げると、1989年時点で企業の民営化率は1%、90年時点で商品の自由価格率は1割に遠く及ばなかった。1990年予算で歳出に占める食糧価格調整金(補助金)の割合は20%、コルホーズを始めとする国営企業補助金が20%、軍事費が15%超という有様だった。
ミクロで見ても、1954年から90年に至るまでパンの公定価格は一切変わらなかった(70コペイカから1ルーブル)にもかかわらず、独立採算制の導入や政治的理由から労働賃金を上げ続けた結果、貨幣の過剰滞留現象が起き、潜在的インフレーションを表面化させていった。また、生産価格を無視した公定価格を維持するために、国庫から際限なく補助金が出された結果、歳出に占める食料価格調整金の割合は20%にも達していた。このことは、ゴルバチョフ政権が食糧の公定価格制度に全く手を付けられなかったことを示している。大御所が指摘するところの「社会主義離れ」とは裏腹に、現実は全く「社会主義離れ」ができなかったのだ。
(【事前ノート】ペレストロイカを再検証する

ペレストロイカ末期のソ連を見た場合、計画経済から市場経済に移行する中で、原油価格の低下もあって歳入が低下し続けた一方、歳出の中で大きな割合を占める食糧価格調整金、国営企業補助金、軍事費の削減は急務の状況にあった。にもかかわらず、ゴルバチョフ政権は国内世論(支持)に拘泥して、パン一つ値上げすることもできず、財政破綻を招いて政府機能を停止させてしまった。改革を強行するために強権を発動しようと、右派と手を組もうとしたところ、逆にクーデターを起こされたというのが、1991年8月19日の真相だった。ゴルバチョフの失敗は、「宿題」を先送りにすると、手痛いしっぺ返しをくらうことを示している。

だが、社会主義経済の体制転換は全て失敗したわけではなく、例えばハンガリーの場合、1990年時点で、自由価格率は80%を達成しており、企業民営化も「遅い」との非難を浴びつつも20%に達していた。そのため、ハンガリーでは、他の東欧諸国で見られた大行列の類いは殆ど起きること無く、市場経済と民主化を達成している。
また、中国では農産物の自由価格・流通を先行させて、90年時点で農産物のほぼ全てが自由化されていたため、やはり行列の類いは発生していない。

ゴルバチョフ政権は歳入不足を西側からの融資で賄ったが、その数少ないチャンスを消費財ではなく、生産財の増産投資につぎ込んでしまい、結果的にそれらは経済に全く寄与せず、無駄にしてしまった。
今回の日本も同じ過ちを犯そうとしている。歳入不足を日銀に国債を買わせることで補い、その資金を大型の公共事業に投じるわけだが、現行のインフラを維持することすら難しくなっている中で、さらに固定維持費を増やすだけで、まず経済に貢献することはないだろう。

安倍政権になって、年金基金の株式運用比率が2倍に増え、今では約5割が株に投じられた結果、上場株の約8%が「国家保有」となってしまっている。このことも、誰も指摘しないが、ケン先生的には「国有化が進んでいる!」とニヤニヤしながら見ている。
にもかかわらず、「リーマンショック並みの危機が近い」ということは、株も年金も同時に失われてしまう恐れがあることを、自ら暴露してしまっている。しかし、政府の従属下にあるマスゴミは全く報じない。当然ながら、株式運用比率を上げた責任は誰も追及しない。
民間株を国家が保有するということは、国家が株主となって会社に対して影響力を行使できることを意味するが、現実に年金機構が株主としての責任を果たすとは考えられず、「経営の自律性を疑わない、経営側に都合の良い株主」になってしまう恐れが強い。これは、ソ連型社会主義下における国営企業と同様、放漫経営を放置する温床になることを意味するが、この点も誰も指摘していない。

増税先送りは、私のように子どもがおらず、健康も優良なものにとっては有り難い限りだが、そのツケは巨大な財政赤字と国債暴落のリスクとなり、さらに社会保障と教育予算の大幅カットとなって遠くない将来、現れるだろう。敗戦直後の日本やソ連末期を他人事のように考えている老人どもは、子や孫の世代から永遠に恨まれてバカ扱いされるに違いない。

もちろん、ケン先生は、先祖の例にならって、自分の資産をゴールドに換えて防衛するのだが。何より権力者たちが率先してタックス・ヘイブンを利用していること自体、彼らが現状維持すら困難であるという認識を持って、逃亡準備していることを示している。少なくともスターリンは、最終的にモスクワから退避しなかったのだから。

【参考】
預金封鎖は他人事じゃありません 
日本人と財産権 
posted by ケン at 12:39| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月28日

焼け石に水の保育士給与増

【<保育士>月給2%増、総活躍プラン明記へ…政府・与党】
政府・与党は、保育士の給与について月額2%の引き上げを盛り込む方針を固めた。5月中にまとめる「ニッポン1億総活躍プラン」に盛り込む方向だ。さらに、給与水準を他産業並みに引き上げることを念頭に、「競合する職種との賃金差をなくす」と明記する。保育士の給与を改善することによって保育士不足の解消を図るのが狙いだ。保育士の平均給与は約22万円で、全産業平均の約33万円より約10万円低く、特に物価の高い都市部では、低賃金を理由に保育士を離職する人が多い。一方、保育士資格を持ちながら離職している人は約70万人に上るとみられる。政府は2017年度末までに、保育施設を50万人分増やす目標を掲げており、保育士は約9万人不足するとされる。給与改善策により保育士が離職するのを防ぎ、資格のある人には保育職場に出ることを促したい考えだ。政府・与党は月給を2%(4000〜5000円)上げるために約400億円の財源を確保する方向で調整している。ただ、消費税率10%引き上げが見送られた場合は再検討する。
(4月16日、毎日新聞)

保育士の給与が22万円から5千円増えたところで、「5千円増えたから、また保育士やろうかな」と思う者がどれだけいるだろうか、という話である。この給与であれば、派遣社員をしている方が労働環境的にはるかに楽であり、むしろ全体的な人手不足の中で派遣単価が上がっているだけに、「派遣の方がずっと良い」という状態になっている。

保育士の資格取得者が70万人も同職に就いていないのは、「給与の低さ」の他に労働環境の劣悪さがある。特に近年、早朝保育や延長保育が普及しており、早番だと朝5時出勤や6時出勤で15時まで、遅番だと10時から20時、11時から21時という勤務体系になっている。しかも、恒常的な人手不足から定時では退社できないケースも多く、かつ残業してもサービス残業にされてしまうことが非常に多いといわれる。この辺は、十分に実態調査されていないため、そのブラック性が殆ど知られていないことも、資格者の離職を促進している。「都合の悪いことは調査しない」というのは、東西を問わず権力に共通するものだが、日本ではその傾向が著しい。

要は保育時間を「9時〜5時」で限定して、勤務時間の安定を図れば、たとえ給与を22万円に据えたとしても、保育士の安定確保は可能だろうと考えられる。
逆に早朝保育を実施するなら、「早朝労働」の市場価格に対応した保育料を設定して、保育士の給与に反映させる必要がある。だが、現実には保育料は実質的に公定価格であるため、早朝や延長保育の価格は相場よりも著しく低く抑えられているため、結果的に保育士の給与にも反映されず、そこを公費負担で補おうとするため、税金で400億円補填するという話になっている。

この問題を解決するには、二つの選択肢がある。一つは、6〜9時と17時以降の時間外保育の保育料を5割増しとか10割増しにするというもの。これによって、時間外保育の利用者そのものが減り、保育士の時間外勤務を減らせると同時に、給与増の原資ができる。もう一つは、時間外保育そのものを大きく規制し、同時に子育て中の勤労者に法律で「保育時間」を保障、キャリア上の不利とならぬようにすることである。
そもそも長時間保育を余儀なくされている、日本の労働環境そのものが著しくブラックである上、小さい子どもを長時間、閉鎖空間で複数の他者と同室させることも、情操教育上大いに問題がある。

焼け石に水の改革はむしろ害悪でしか無い。
posted by ケン at 12:20| Comment(3) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

またバラマキきゃ?!

【若年低所得層に「商品券」 補正予算案、消費刺激 政府方針】
 政府は23日、景気刺激のため編成する平成28年度補正予算案の目玉として、若年層の低所得者対策を盛り込む方針を固めた。生活必需品などの購入に充てられる商品券の配布を検討する。1月に成立した27年度補正予算は高齢者への臨時給付金が柱だったが、若年層の消費の落ち込みが目立つため、ピンポイントでテコ入れを図りたい考えだ。
 これまでの低所得者対策は「賃金引き上げの恩恵が及びにくい」(菅義偉官房長官)などを理由に高齢者向けが主だった。しかし、1月の家計調査(2人以上世帯)では、34歳以下の若年層の消費支出が前年同月比11・7%減と大幅なマイナスで、全世帯平均の3・1%減と比べても落ち込みが目立った。
 政府は低迷する個人消費の底上げを図るためには、若年層の消費刺激策が欠かせないと判断。貯蓄に回る可能性が指摘される給付金ではなく、商品券の配布を検討している。低所得者の対象や事業規模などの細部は4月から詰める。
 内閣府の調査によると、21年度に配られた定額給付金は、高齢者世帯よりも子育て世帯の方が受給額から消費に回す割合が多く、今回の措置は消費底上げに一定の効果が見込めそうだ。
 低所得の高齢者に1人当たり3万円を配る27年度補正予算の臨時給付金は、与野党から「なぜ高齢者ばかり優遇するのか」などと異論が出ていた。参院選を控え、若年層向けの支援策をアピールする狙いもある。
(3月24日、産経新聞)

また選挙前にバラマキかよ!
自民党は国民を買収することしか考えてないし、霞ヶ関は政策的責任を放棄しているな。カネをバラ巻くだけなら議会も政府も要らないだろう。
特に与党の一角を占めるKM党が、伝統的にバラマキ好きであるだけに、拍車を掛けている格好だ。
政府の役割は、貧困化が進む若年層の生活水準を底上げすることにあるはずだが(国民の生活保障)、安倍政権はその役割を放棄して一時金を渡して済まそうとしている。それは自己の存在意義を否定するものでしかない。
とはいえ、たとえ形式上であれ、日本は議会と民主主義を導入しているだけに、選挙で選ばれた自民党政権の責任は有権者に帰せられる。独裁の責任は独裁者に帰せられるが、民主主義の責任は有権者に帰せられるのだ。
posted by ケン at 11:00| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする