2014年01月14日

「待機児童ゼロ」という無謀

【求職しない潜在保育士、「賃金合わない」47%】
 資格があるのに保育士の仕事を希望しない人の半数近くが「賃金が希望に合わない」を理由に挙げていることが5日、厚生労働省の調査で分かった。待機児童問題が深刻化する中、政府は保育士不足の解消に向け、保育の仕事をしていない有資格者「潜在保育士」の活用を掲げている。今後はさらに賃金面での待遇改善が求められそうだ。
 調査は昨年5月、ハローワークで求職した潜在保育士を対象に実施し、958人から回答を得た(回答率47.1%)。保育の仕事を希望しない理由を複数回答で尋ねたところ「賃金が合わない」が最多で47.5%。厚労省によると、保育士の平均給与(2012年)は月21万4200円で、全業種の平均より10万円以上低かった。そのほかの理由は「他業種への興味」43.1%、「責任の重さ・事故への不安」40.0%、「自身の健康・体力への不安」39.1%、「休暇が少ない・取りにくい」37.0%と続いた。
こうした問題が解消された場合は保育士を希望すると回答した人は63.6%に達した。保育現場での勤務経験がない人は30.3%。経験者668人のうち、5年未満が50.7%を占めた。厚労省の推計では、「潜在保育士」は全国に60万人以上。政府は昨年4月、17年度末までの5年で40万人分の保育の受け皿を整備する「待機児童解消加速化プラン」を打ち出したが、定員の急速な拡大で保育士が約7万4千人足りなくなると予測している。
 保育士の待遇改善のため、厚労省は平均勤続年数に応じて賃金を上乗せできるよう私立保育所などに補助金を支給。全国のハローワークでは保育士の応募が一定期間ない保育所に求人条件見直しなどの相談に応じている。潜在保育士確保策としては、現場復帰に必要な知識を学ぶ講座や実習などを実施する施設などに助成金を出している。
(共同通信、1月5日)

安倍総理が「横浜方式に倣って待機児童ゼロを実現する」という公約を掲げており、私の周囲の子育て世代にもウケが良いようだが、実態は彼らが考えているほど単純ではない。
まず昨年4月に待機児童ゼロを実現した横浜において、同年10月の調査で再び待機児童が生じていることが判明した。その数は231人に上る。
これは「待機児童ゼロ」宣言を受けて、保育を予定していなかった層から新たな希望者が現れると同時に、横浜市外から保育所目当てに転入してきたものがあることによる。このことは、一時的に待機児童ゼロを実現したところで新たな需要が生じるだけであり、全国的かつ全世帯的にゼロを実現しない限り、完全達成は困難であることを示している。

その背景には、保育事業が福祉サービスとして設定されているため、社会主義的な価格統制がなされており、保育料が実際のサービスにかかるコストよりもはるかに安く設定されているため、「子どもを預けて外で働いた方が得」という状態が発生、需給バランスのコントロールが困難になっていることがある。
この価格統制は、一つには税の投入によるが、もう一つは保育労働者の賃金を市場価格よりも低く抑えることによって実現している。それを表しているのが上記の調査結果なのだ。保育事業の場合、運営費に占める人件費の割合は6〜7割に達しており、税の投入と価格統制があるために収支の調整は全て人件費次第となっている。ところが、公立や社会福祉法人が運営する保育所に比して、民間の保育所の場合は人件費が4〜5割程度になっているケースが多い。これは、黒字を出すことを至上とする民営の場合、人件費を抑制する傾向が顕著であることを示している。

いわゆる「横浜方式」というのは、保育所設置の規制を緩和して民間参入を促進することを指す。実際に横浜市の場合、2010年4月の段階で1552人いた待機児童がわずか3年でゼロにまでなった。
ところが、規制緩和の実態は、保育士一人が受け持つ乳児・幼児の数を増やすと同時に、その穴を非正規保育士で埋めるというもので、保育環境や労働環境は相当に悪化させるものだった。また保育所の設置基準面積を縮小、立地条件についても緩和がなされたため、駅前のように「預ける側」にとっては便利かもしれないが、預けられる幼児とっては望ましいとは言えない環境に続々と保育所が建てられている。
例えば、認可保育園の場合、有資格者の保育士一人が3人のゼロ歳児を担当するが、これが認証保育園になると無資格の常勤職員一人が3人のゼロ歳児を担当、無認可になると無資格の非常勤職員が5人以上の乳児を見ていたりすることになる。
横浜市の場合、市が独自に緩和した基準(面積や職員定数など)で認定し補助金を出す「認可外施設」を150ヶ所以上設置していることから、実質的には「無認可以上認証未満」の施設を大量につくることで待機児童の解消を図っていることが分かる。また、全国的にはまだ数パーセントに過ぎない会社経営の保育所が、横浜では25%以上も存在する。
こうした結果、2013年4月時点の就学前児童19万106人(前年比1664人減)のうち認可保育所の入所申込者は4万8818人(同3111人増)で、入所できなかったのは1746人(同629人減)だった。つまり、横浜方式は、急増した保育需要に対して質の悪い(リスクの高い)「認可外施設」をあてがうことで成立しているのである。

とはいえ、行政や政党を批判するのはやや一方的と言える。実際のところ、保育所の増設は子育て世代の強い要望を受けてのことであり、その要望の大半は「とりあえず預けられれば良い」という「質よりも量」だという。つまり、「子どもを預けて働きたいけど、高い保育料は払えないから、とにかく安くて便利な保育所をつくってくれ」ということなのだろう。
「無認可以上認証未満」の保育施設や「(労働環境的に)ブラック保育所」が乱立する横浜の隠れた惨状は、市民の要望を忠実かつ現実的に反映した結果だと言えるのだ。

保育所を増設する政策は、民主党政権から自民党政権に引き継がれ、安倍内閣は横浜方式の導入で増設の加速を図っている。しかし、一度辞めた保育士の多くが「保育士はもうイヤ」と言っているような労働環境が放置されている以上、その行き着くところは横浜でしかなく、横浜の惨状が報じられていないために実情が知られていないだけのことなのだ。その犠牲になっているのは、劣悪な環境で保育されている乳幼児たちであることを、我々は重々認識する必要がある。
根源的には、「民間参入が促進されているのに市場は統制価格」という矛盾に起因するものであり、「公営で統制価格」か「民営で自由価格」の二者択一をせずにその場しのぎの中途半端な政策がますます問題を分かりづらくしているのだと思われるが、この辺は別途考察する必要があるかもしれない。
posted by ケン at 12:41| Comment(4) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月20日

軽減税率論争に見るパワーバランス

【軽減税率、来夏にも素案 時期、自公綱引き続く】
 消費税率10%引き上げと同時なのか、それ以降なのか−。12日に与党が決定した平成26年度税制改正大綱で、曖昧なまま結論が先送りされた生活必需品などへの軽減税率導入問題。大綱には「対象品目の選定、具体的財源の手当てなど詳細な内容を検討して26年12月までに結論を得る」と記された。導入に積極的な公明党と慎重な自民党との間で、さらなる綱引きが続きそうだ。
 公明党の北側一雄副代表は12日、軽減税率の対象品目や個々の税率を含む詳細な制度設計の素案を来年夏にも自民党とまとめる意向を明らかにした。国会内で記者団に「来年の夏から秋にかけて制度設計の素案を作って、みなさんに知ってもらう」と述べた。公明党は、27年度税制大綱に具体的な制度設計が盛り込まれれば、法律通り27年10月に消費税率が10%に引き上がる場合でも軽減税率をセットで導入できると見る。斉藤鉄夫税制調査会長も12日の記者会見で「(27年)10月に導入するのは、決して無理なことではない」と強調した。
 これに対し、自民党の野田毅税調会長は軽減税率の導入時期について「今の段階で言及するのは難しい」と指摘。麻生太郎財務相も会見で「(軽減税率の)導入には結構な時間がかかる」と慎重な見方を示した。軽減税率の導入に向けては対象品目の選定の難しさや財源などに課題がある。しかし消費税には低所得者ほど負担が大きくなる逆進性があり、税率10%段階で早期に軽減税率が適用されなければ、低所得者の負担は増すばかりだ。素案作成について、北側氏は「来年1月から与党税制協議会で議論を始めたい」とする。自民党も、議論開始を受け入れる方針だが、結論までには紆余曲折が予想される。
(産経新聞、12月13日)

軽減税率に対する私の考えはすでに述べているので、こちらを参照していただきたい
KM党が軽減税率にこだわるのは、支持者に小売業者と小企業主が多いことによる。だが、自公が一体化して15年近くたち、実質的には自民党を支える補完勢力と化してしまっており、独自性をアピールする機会が失われていることも大きい。特に昨年と今夏の選挙で自民党の勢力が巨大になり、補完勢力としてもKM党の存在力が小さくなってしまっているため、どこかで存在感をアピールしないと、党の自立性を保てなくなっているというのが実情だろう。
自民党は軽減税率に消極的であるだけに、KM党は官邸に直接働きかけ、安倍総理の人気を以て軽減税率の実現を果たす意向だった。だが、KM党は安倍氏が熱を上げている集団的自衛権行使や憲法改正に消極的であり、取引を行うならどこかで妥協する必要があるが、同党の女性部を中心に反対論が強く、容易には妥協できない情勢にある。
また、自民党は秘密保護法に絡んで維新や「みんな」を取り込みつつある。両党が野党暮らし耐えられなくなっているのを見越して、エサをちらつかせているイメージだ。維新や「みんな」は憲法改正と集団的自衛権行使に賛成なだけに、安倍氏にとってKM党よりも親和的と言える。
維新や「みんな」が自民党に近づくと、今度は元々補完勢力に過ぎないKM党の影響力は相対的に小さくなり、軽減税率のような過大な要求に対しては、自民党からより大きな妥協が求められることになる。要は「生活か平和か」という選択肢なのだが、どちらも党としての存立理念に関わることであるだけに、安易な妥協は自己否定になり、難しい選択を迫られている。

とはいえ、安倍内閣は特定秘密保護法などで内閣支持率を10ポイント以上も低下させ、KMに替わる補完勢力として期待された「みんな」は分裂、維新も分裂含みの状態にある。安倍内閣とその補完勢力が一時的に弱体化した隙を突いて、KM党が積極攻勢をかけ、今回の大綱に無理やり盛り込んだものの、自民党と財務省側は「KMのゴリ押しに負けた」との思いが強く、遺恨を残してしまった。自民党もギリギリまで抵抗し、軽減税率の導入時期までは明記させなかったので、何とか「戦闘継続」で先送りさせることには成功している。
全体的には「KM党の戦術的勝利だが、ゲームは継続」という認識で良いだろう。

そのKM党はKM党で「自民党に対する歯止め」として期待された役割を十分に果たしていないことから批判が高まっており、「軽減税率が実現させられなかったら存在意義を失う」という覚悟を決めているようで、容易には引けないかもしれない。
さて、どうなることやら。
posted by ケン at 13:25| Comment(3) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

11時間半の審議で生活保護法改正

【改正生活保護法が成立 扶養義務強化、手続き厳格に】
 生活保護費の抑制策を盛り込んだ改正生活保護法と生活困窮者自立支援法は六日、衆院本会議で採決され、自民、公明の与党と日本維新の会、みんなの党、生活の党の賛成多数で可決、成立した。共産、社民の両党は反対。民主党は本会議を欠席した。改正法は、自治体が扶養を断る扶養義務者に説明を求めたり、扶養義務者の収入や資産状況に関し勤務先や銀行などを調査したりできるようにした。保護を始める時に扶養義務者に書面で通知する。保護の申請時に、本人の資産や収入などを記した申請書と所定の書類の提出を義務付け、手続きを厳格化した。口頭での申請も例外として認めるが、どんな場合が該当するかは明確になっていない。不正受給対策として罰金の上限を三十万円から百万円に引き上げるほか、返還金の上乗せも明記した。一部を除き来年七月から実施する。
生活困窮者自立支援法は、二〇一五年四月から、自治体に生活困窮者向けの相談窓口設置を義務付けた。政府は先の通常国会に、生活保護法改正案と生活困窮者自立支援法案を提出。与党と民主、みんなの四党は申請手続きを厳格化する規定を一部緩和する修正で合意し、衆院を通過したが、参院選前の与野党対立の影響で廃案になった。政府は修正を反映させ今国会に二法案を再提出。先に審議された参院での審議時間は八時間半、衆院は三時間だった。
(東京新聞、12月7日)

秘密保護法で大騒ぎしている間に、こっそり重大な法改正がわずかな審議でなされていた。生活保護法の改正であるが、生活保護の入口の敷居を高くする内容で非常に筋悪な改悪に終わっている。
従来は実施機関である福祉事務所側にのみ手続き上の制約を課し、保護申請を拒否できない仕組みになっていたわけで、故に「申請する前に諦めさせる」という「水際」作戦が採られていた。ところが、今回の改正は申請者側に困窮証明書や各種申請書の提出を義務付けるもので、申請者が「自分が保護を受ける必要がある状態である」ことを証明することが前提条件にされてしまった。その結果、自らの困窮を証明する術を持たないものは、申請が受理されない可能性が発生すると同時に、緊急を要するようなケースでもまず自らの困窮を証明する書類を集めることから始めねばならなくなった。
もともと生活保護を必要とするものは、こうした手続きに難儀する人も多く、証明する術が分からずに申請を断念するケースが続出するだろう。また、自治体側はこの条項によって「書類の不備」による不受理が正当化されるため、今までの「水際」ではなく、大手を振って不受理を通達できるようになるため、申請しても受理されないケースが少なからず発生するだろう。

もう一つの問題は扶養義務の強化である。扶養義務は、民法によって「直系血族及び兄弟姉妹並びに家庭裁判所の審判を受けて扶養義務者となった三親等内の親族」に課されている。
今回の改正によって、福祉事務所は扶養義務者に生活保護の申請がなされた旨を通知することが義務付けられ、扶養可能の是非を問うた後、拒否した場合には扶養義務者の資産や収入状況について報告を求めることができるようになった。これは扶養義務者が居住する自治体などの官公署に対しても資料提供を求めることができる上に、官公署は求められたものを提供することと規定している。
要は、縁を切って長いこと連絡を取っていなかった兄弟姉妹が生活保護を申請すると、その役所から電話がかかってきて、「このたび貴方の弟が生活保護を申請したのですが、貴方は弟さんの扶養をすることができませんか?」と聞かれ、これを拒んだところ、自分の所得や資産状況について居住地の市役所や税務署に問い合わせがなされた挙句、資料が勝手に提供され、再び電話がかかってきて「貴方は〜だけの資産と収入があるのですから、弟さんを扶養できるはずですが、いかがでしょうか(次は裁判ですよ)」と言われることになるのである。もちろん権力者に悪意があれば、近所に噂を流布されて、ますます扶養を余儀なくされる状況に追い込まれることになろう。
逆を言えば、家族にここまでの迷惑がかかることになるだけに、わずかでも事情を知っており、「迷惑かけたくない」と思ってしまう人ほど、保護の申請をためらうことになる。この改正案をつくったものたちは、よほど想像力が無いのか、意図的に想像しないようにしているとしか思えない。

生活保護の実務を担うケースワーカーにとっても過酷な改正となる。現状でも、ケースワーカーは誰もが手一杯の有様で、全国平均でも一人80件以上を扱い、これが生活保護の多い地域となると200件前後に及ぶといわれ、生活保護が多い自治体では、ケースワーカーの残業時間は200時間を超えることも稀ではないとされる。
本改正によって、扶養義務の確認が厳格化されるため、扶養義務者の有無の確認や連絡、さらには資産や収入の資料収集といった業務が激増する可能性が高い。さらには、申請を拒否されるものが増えるため、相談や苦情、あるいは追い込まれた申請者が恐喝や脅迫といった行動に出る恐れも強まるだろう。また、申請を拒否されたものが自殺したり、餓死したりすることで、ますますケースワーカーの心理的負担や圧力が重くなると思われる。
この点でも、本改正案をつくったものたちは、ケースワーカーの現場を見ているのだろうかと首をかしげざるを得ない。

日本における生活保護の捕捉率(生活保護水準以下の人に対して実際に受給している人の割合)は、25%前後と言われている(もっと低い数字もある)。また、生活保護を受給している世帯のうち働ける人のいない世帯の割合は70%以上に及ぶ。保護審査の厳格化や長期化は、保護が必要な人に最大の打撃を加えることになるだろう。
こうした重大な改正が、わずか11時間強の審議で成立してしまうことも、日本における立法機能の深刻な低下を意味する。また、本法案の審議に際して、田村厚労大臣が「運用に変化はない」旨の答弁を繰り返していたが、運用が変わらないのであれば、条文を改正する必要はないだろう。この点は秘密保護法の審議に共通するが、「今までと変わらない」などと虚偽説明して、重大な条文改正を強行しようとする霞ヶ関官僚の悪意を感じる。
現時点でも単身世帯が増加傾向にあり、しばらく続くものと考えられ、個人を対象にした社会保障制度にしなければ実質的に機能しないはずだが、本改正は敢えて逆行するものになっている。つまり、社会保障と再分配機能が今後さらに低下してゆく恐れが強いことを示している。

問題は、この深刻な改悪案が自民党政権で用意されたものではなく、民主党野田政権下で準備されたものだったことにある。さらに、採決で民主党は参議院で賛成、衆議院では棄権というスタンスを示しているが、それはおよそ労働者や生活者の立場に立つものとは言えない。「語るに落ちた」とはまさにこのことであろう。

【参考】
生活保護不正疑惑に関する問題整理
posted by ケン at 12:55| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月31日

CPと感情の狭間で

【福島第1原発:除染視察のIAEA 日本政府へ助言】
 東京電力福島第1原発事故に伴う除染を視察するため来日中の国際原子力機関(IAEA)の専門家チームは21日、日本政府への助言をまとめた報告書を公表し、石原伸晃環境相に提出した。個人の追加被ばく線量を年1ミリシーベルト以下に下げる政府の長期目標について、団長のレンティッホIAEA核燃料サイクル・廃棄物技術部長は、東京都内で開いた記者会見で「1ミリシーベルトにこだわる必要はない。除染にどれだけ人や資金を配分するのか、地域の事情や汚染状況などを考慮して決めるべきだ」と述べた。
 専門家チームは福島県での除染作業などを視察した。報告書は、国際放射線防護委員会(ICRP)が示す「原子力事故からの復旧期は年1〜20ミリシーベルトの間で線量を下げていく」との勧告を踏まえ、日本政府に「除染だけでは年1ミリシーベルトを短期間に達成できないことをもっと説明し、目標達成には段階的なアプローチがとられるべきだ」と求めた。 日本の1ミリシーベルトの目標を否定したものではなく、団長も目標撤回は求めず、「除染で発生する放射性廃棄物や費用など短所も含めた全体像を示すことが大切だ」と住民とのコミュニケーションを深めることを促した。
(毎日新聞、10月21日)

裸の王様的な話だ。除染を担当する環境省や東京電力の人間はもちろんのこと、国会議員の大半も「完璧な除染」が可能であるとは思っていない。「完璧な除染」とは「年1ミリシーベルト以下」のことである。
7月末に発表された2012年度復興費の執行状況によれば、政府が予算化した9兆7402億円のうち、3兆4271億円が使われていなかったことが判明している。このうち除染費として6556億円が計上されていたが、そのうち約68%に当たる4452億円が使われていなかった。ちなみに復興予算は国と地方を合わせて5年間で25兆円が計上されているが、一般会計とは別の特別会計で組まれており、議会を通じて国民のチェックが入りにくい構造になっており、この点も問題と言える。

除染が遅れる理由には撤去した土壌や落葉などの汚染廃棄物の保管先が不足していることや除染従事者の不足もあるが、環境省が定めるガイドラインが厳しいために適用できなかったらり、現実に除染効果が認められないことが大きいようだ。
環境省によるテスト事業の結果分かったのは、「30mSv/年(5.7μSv/h)程度の区域=除染により20mSv/年(3.8μSv/h)未満に低減」「40mSv/年(7.6μSv/h)を超える区域=除染により4〜6割程度低減。20mSv/年は下回らなかった」「除染前の空間線量率が高いほど除染の効果が高い傾向にあり、低いほど限定的」ということだった。同時に「同一箇所を同一の方法で除染し続けた場合、除染処理の時間が一定の時間に達すると、それ以後はほとんど効果が上がらない」として、最除染の効果に否定的な見解を示している。
つまり、除染効果が認められるところから除染を行っているものの、除染が進めば進むほど効率の悪い箇所が残ってゆくため、予算があっても執行できないケースが増える一方となっているのだろう。
このようなことは、チェルノブイリ事故の後、山林の多い日本よりもはるかに除染しやすいはずの白ロシアのケースを見ても、除染の効果が極めて限定的だったことからも容易に推測がつくはずで、本音ベースでは環境省の官僚も重々承知している。チェルノブイリから150km以上離れたロシアのブリャンスク州では事故から25年以上経つ現在でも自然放射能の10倍以上の線量が計測されるという。

にもかかわらず、予算が計上されたのは「とにかくサッサと除染しろ」という市民の声に反論できず、同調した国会議員が専門家や現場従事者の声に耳を傾けることなく、有権者の批判を回避するために「とにかく予算化だけしておけ」としたためだった。
こうしたケースは政治では良く散見される。幕末において、軍事外交の専門家や対外交渉に当たったものは例外なく「攘夷など無理」だと分かっていたにもかかわらず、それを口にした途端にテロの対象となってしまうために、誰もが恐れて口を閉ざし、少なくとも表面上は攘夷一色で国論が統一されてしまった。日華事変に際しては、戦線が膠着化して和平論が浮上するたびに「10万の英霊に何と答える!」という強硬論が噴出して頓挫したまま8年間も戦争を続けることになった。
幕末や戦時中における現実論はテロルと直結していたが、現代の現実論はさすがにテロルの危険は小さいと思われるものの、「除染・復興に反対するのか!」という感情論やポピュリズムに対する恐怖感というのは幕末・戦時中とあまり変わらないものらしい。環境省の官僚も東電の社員も、よほど親しくない限り「除染なんてムダですよ」とは口にしない。

こうした結果、効率の悪い除染が延々と続けられ、効果が無いことが分かっている事業に巨額の予算がついているために悪徳業者の跋扈を許すことになっている。雨が降れば元通りになってしまう除染を延々と続けるのだから、腐敗の温床を育てているようなものだ。効率を考えれば、除染活動は大幅に縮小し、その分の予算を移住補償に回す方が良いだろう。「再除染は行わない」という環境省の方針は合理的な判断だったが、いまやそれも覆されようとしている。
除染予算の6556億円は税金であり、その使途は納税者に説明がなされ、納得のゆくものでなければならない。ポピュリズムが優先されて、納税者への説明が後回しにされていることは、日本の政治的後進性を示すものと言えよう。
posted by ケン at 12:26| Comment(2) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

8兆円増税するから5兆円バラマキます??

【安倍首相、消費税8%を正式表明=再引き上げ「経済状況を勘案」】
 安倍晋三首相は1日夕、首相官邸で記者会見し、「経済再生と財政健全化は両立し得る。これが熟慮した上での結論だ」と述べ、消費税率を現行の5%から2014年4月に8%に引き上げることを正式に表明した。首相は景気の腰折れを避けるため5兆円規模の経済対策を12月上旬に策定する方針も説明した。15年10月に予定される税率10%への再引き上げについては「経済状況等を総合的に勘案し、判断時期を含め適切に判断したい」と述べた。
 首相は東日本大震災からの復興財源に充てる特別法人税の1年前倒し廃止に関し、「検討に当たっては、廃止が賃金上昇につながっていくことを踏まえ、12月中に結論を得たい」と明言。25兆円の復興財源確保が前提との考えも示した。法人税の実効税率引き下げについては「持続的成長に向けて国際競争に打ち勝ち、世界から投資を呼び込むため、真剣に検討を進めなければならない」と語った。
(時事通信、10月1日)

おいおい、何考えてるんだ?
税収の倍額の予算が常態化しているからこそ増税が不可欠だという話なのに、「8兆円増税するから、5兆円は還元します」と言うのでは何のために増税するのか全く分からない。この5兆円の内訳は、公共事業が2兆円、震災復興事業が1.3兆円、復興法人税廃止分が9千億円、低所得者と住宅購入者への現金給付が各3千億円となっている。つまるところ、土建屋と黒字企業が儲かるだけという代物で、要は「増税分還元」を理由に自民党の支持層に「分け前」を配ろうという話なのだ。復興は復興で長期的視野に基づいてインフラ再建に取り組むべきであり、補正予算で付いた一時的な予算などは役にも立たないイベントや不要不急のハコモノに浪費されて終わる可能性が高い。
「増税分は社会保障にしか使わない」というのが野田前総理と安倍総理に共通する方針だったはずだが、増税収入が入る前からこのバラマキ。どこまでも最低の連中だ。カネを出すなら、せめて汚染水対策と廃炉に巨額を出すという形にしなければ、大多数の国民を納得させるのは難しいのではないか。

連動しての法人減税もかなり疑問。現状で3割の企業しか納付していない法人税を引き下げたところで、原理的には「儲かっている会社が得するだけ」という話だろう。「設備投資を促すため」と説明されるものの、今後人口減が加速していく中で国内の需要が伸びると考える企業は極めて稀であり、設備投資(生産力拡大)は大きなリスクを抱える。
賃上げも同様だ。現在のところ、小売業を中心に「増税しても価格に転嫁しない」とする向きが強く、このまま行けばさらなるコストダウンが要求され、賃下げや雇用削減への圧力が加わりそうだ。政治側は自民党ですら賃上げを求めているが、国内需要の高まりが期待できない中で賃上げするインセンティブは何もない。
経済原理に従えば、賃上げは労働力が不足することによって実現するが、一部の業界を除いて労働力は余剰しており、労働力が不足している介護・保育などの福祉関係は商品価格が公的に抑えられているために供給が不足しても賃上げに直結しない。今のところ賃上げが期待できるのは建設業界と金融業界くらいのものだろう。実際、日経の経営者アンケートによれば賃上げに前向きなのは23%に過ぎず、実現するのはこのうちの半分にも満たないと思われる。
やるならば、法人減税ではなく事業主の社会保障負担を減らす方向で考えるべきだが、政治家が考えるためにどうしてもお手軽でアピール度の高い法人減税に走ってしまう傾向がある。だが、全体最適の考えからしても、法人減税は筋が悪く、公平性を欠く結果になりそうだ。
posted by ケン at 12:22| Comment(3) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月19日

医療費の肥大化続く

【医療費38・4兆円…10年連続で最高額更新】
 厚生労働省は10日、2012年度の医療費(概算)の総額が38兆4000億円(前年度比1・7%増)に上り、現在の調査方法となった00年度以来の最高額を10年連続で更新したと発表した。国民1人当たりの医療費は30・1万円(同1・9%増)で、初めて30万円を超えた。
 概算医療費は、自由診療を除く医療費の合計で、伸び率は前年度の3・1%から鈍化した。1人当たりの医療費を比較すると、70歳未満が18・1万円だったのに対し、70歳以上は80・4万円、75歳以上は91・5万円だった。70歳以上の高齢者にかかった医療費は17兆4000億円と、全体の45・4%を占めた。
 医療費総額の伸び率を都道府県別に見ると、宮城県が4・3%で最も高かった。厚労省は「東日本大震災からの復興が進み、医療機関が再建されているため」と分析している。宮城県以外では、東京都(2・8%)、神奈川県(2・7%)、福島県(2・6%)、千葉県(同)などの伸び率が高かった。
(読売新聞、9月10日)

【2976億円の赤字=12年度決算見込み―健保組合】
 健康保険組合連合会は12日、大企業の社員や家族が加入する健康保険組合の2012年度決算見込みが、1431組合の合計で2976億円の経常赤字になったと発表した。保険料率引き上げに伴う収入増で、赤字額は前年度に比べ521億円減った。ただ、団塊世代の高齢者医療への移行の影響で、健保組合から同医療への拠出金も増加しており、依然として厳しい財政状況となっている。
 収入は前年度比5.37%増の7兆57億円、支出は同4.36%増の7兆3033億円。赤字は1061組合で、前年度より39組合少なかったものの、全体の74%を占めた。保険料率を引き上げたのは過去最多の609組合で、4割を上回った。被保険者数は、前年度比0.13%増の1564万3997人だった。 
(時事通信、9月12日)

昨年度の医療費は37.8兆円で約6千億円の増加となる。ところが日本の人口総数は一昨年から減少に転じている。日本の高齢化率(65歳以上の割合)は、1985年に10%を超え、2000年で17.4%、2011年で23.3%に達しており、2020年代初めには30%を超えると推計されている。
上の記事の「1人当たりの医療費(年間)」は年齢構成の設定がやや雑駁なので、2010年度の数値で少し丁寧に見てみよう。

85〜89歳 98.7万円
80〜84歳 89.1万円
75〜79歳 76.1万円
70〜74歳 60.9万円
65〜69歳 44.5万円
55〜59歳 26.0万円
45〜49歳 16.2万円
35〜39歳 11.3万円
25〜29歳  8.8万円


1人当たりの医療費は10代後半から20代後半が最も低く、そこから50代まで緩やかに伸びてゆくが、60代に入ると急騰し、70代以降はさらにキックする。
誤解を恐れることなく単純化して言えば、人間は本来(自然状態)的には60代くらいまでに死亡するが、医療の普及と進歩によって多くの人が70代、80代まで生きられるようになった。ところが、彼らの多くは医療技術によって生き長らえているだけで、いわばドーピングしながら生命を保っている状態であるため、長命なほど「維持費」がかかる仕組みになっている。私の祖母(91で死去)や母、叔母のように「歯医者以外は不要」という健康超優良老人=超優良被保険者は激レアな存在と言えよう。

財政的には公的医療保険制度はすでに破綻状態にある。
2010年度の保険支出(政管、組合、国保の合計)が29兆5千億円であるのに対して、保険料収入(同)は17兆6億円に過ぎず、12兆円近い赤字を出している。この赤字は、国庫負担の4兆9千億円と地方自治体などの負担による8兆円で賄っている。この上、保険外の公費医療(結核ほか)がある。現実の公的医療保険制度は、保険料収入全てで70歳以上の医療費を賄うだけの額にしかなっていない。

国庫負担は1970年度の4千億円に始まり、80年には2兆7千億円、95年には4兆を越し、今や5兆円に達しようとしている。これ以外に公的年金の国庫負担が10兆円を越しており、医療と年金の国庫負担だけで税収の3分の1以上になってしまい、一般歳出を圧迫している。健全な財政を保っていれば、他の公的サービスの提供に深刻な影響が出ているはずだが、税収を上回る国債を発行することで毎年凌いでいるだけなのだ。
公債は将来世代に対する負債であり、建設国債のような「投資」であるならば回収できる可能性もあるが、赤字国債は少子化に伴う生産と消費の低下に際しては額面以上に重くのしかかってくる恐れが強い。
実際、非正規雇用や不安定雇用の増加に伴い、若年世代の給与所得は低迷しており、保険料収入も横ばい状態だ。例えば、2000年度の保険料収入が15.8兆円に対して10年度は17.5兆円で増加分は1.7兆円に止まる。一方支出は23兆円から29兆円と6兆円も増加しており、その差は今後さらに拡大してゆくと見られる。
保険料の高騰を抑えるために税金を投入すると国債発行額が増え、保険料を上げると納付率が低下して収入が伸び悩むほか無保険者が増えるという悪循環が固定化している。2025年度には年金を含む社会保障給付額は150兆円に迫ると試算されており、このうち60兆円が税金等になる見込みだが、現在40兆円足らずの税収が12年後に1.5倍になるというシナリオは非現実的であり、足りない分は国債を増刷する他ないだろう。こうして国債発行が際限なく拡大してゆく。

こうした中で「保険料下げろ」「窓口負担増やすな」「医療従事者の報酬を増やせ」「消費税上げるな」などと騒ぎ立てる旧式左翼は「亡国の徒」以外の何者でもない。財政破綻して公的保険制度そのものが失われれば、彼らの支持者の殆どが医者に行けなくなるのであり、それは私自身がソ連末期に実地で体験したものだ。

保険料も税収も大幅な増収が望めず、医療費の肥大化だけは確定している以上、やるべきは支出の抑制であり、特に医療費の半分を使っている70歳以上の自己負担を増やせるかどうかが最大のカギとなる。医療を使えば使うほど、自己負担の割合が少なくなるというシステム自体(高額療養費制度など)が患者のモラルハザードを起こしており、軽症患者による救急車や救急病院の頻繁な利用(5割以上)にも繋がっている。
「医療は提供されるサービスに応じたコストが掛かっている」という大前提が、何故か医療に限っては「生命よりも大切なものは無い」という感情論によって否定されていることが、問題を根本的解決から遠ざける要因となっている。同時に医療と年金の最大の受益者である高齢者ほど投票率が高いことも、社会保障改革を難しくしている。

本来、健康保険というのは多数の健康者が少数の罹病者を支えるシステムなのだが、医学の進歩で罹病者が減ると考えられていたのが実はウソで、現実は医療が進歩するほど「死にそうだけど何とか生きている」人が増えると同時に、医療コストも上昇が止まらなくなってしまっている。民間保険であれば保険料を上げれば済む話なのだが、全国民の加入を前提とする公的保険制度の場合、保険料の引き上げに限界があり、無理に引き上げれば「全国民」という大前提が崩れてしまう。現実には、健保組合も巨額の赤字が続いており、解散が相次いでいる。
政治家はつい選挙目当てに「誰もが安心できる社会保障制度」などと言ってしまうが、それが幻想であることを自覚しない限り、公的保険制度と国家財政が共倒れする日はさほど遠くないであろう。
posted by ケン at 17:45| Comment(3) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月18日

巨大な軍隊を持つツケ

意外と知られていない、というか私自身もつい最近気づかされたことに軍人恩給の問題がある。2013年度政府予算に占める恩給(昭和30年代に公務員共済制度に移行する前の公務員・遺族年金)の額は4787億円だった。今年3月時点における受給者総数は64万5千人だが、うち63万3千人が旧軍人であり98%を占める。その旧軍人のうち本人による需給は13.4%に過ぎず、あとは遺族が受けている。つまり、68年前に終わった戦争のツケをまだ毎年これだけ払わされているのである。比較対象として適当ではないかもしれないが、福島原発で今も垂れ流され続けている放射能汚染水の対策に出されるのは予備費からの210億円に過ぎない。高校無償化にかかる予算が3960億円であることからも、その巨大さが分かるだろう。

恩給受給者の平均年齢は89.5歳であり、90〜94歳が25万人を占めるという。
軍人の他については、一般文官が6千人、警察監獄職員が5千人、教職員が1千人でしかなく、いかに旧軍が巨大な官僚組織であったかと同時に、巨大な軍隊を持つということが何を意味するかを示している。
なお、受給者の数が最大となったのは1969年の283万人であり、受給額(予算ベース)で最大となったのは1983年の1兆7358億円。83年の政府予算は50兆4千億円で、予算の3%が軍人恩給だったことになる。もっとも、人数的に最大だった69年には2500億円程度に過ぎず、70年代のインフレと旧軍組織(軍人遺族会)の自民党工作が大きく作用したと見られる。
現在のところ軍人恩給の最低保証額は月9万4千円(本人)、7万9千円(遺族)であり、国民年金(満額)の6万6千円を優に超す金額となっている。なお、尉官級だとこの2倍、佐官級だと4倍以上の金額になり、旧軍の階級が反映されている。

ただ、この人数にはカラクリがある。受給資格を得るには文官の場合15年以上の勤務が必要だが、軍人の場合は12年の上、戦地勤務は3〜4倍で換算されるなどの特例規定があった。従って、大戦末期に応召されたものや学徒出陣兵などは除外され、基本的には職業(帝国)軍人の「お手盛り」とも言えるシステムだった。例えば、中国に3年、フィリピンに1年程度で終戦を迎えても規定の12年を越すと見なされた。

この軍人恩給制度は、一度GHQ改革によって「軍国主義の根幹をなすもの」と判断され、「惨憺たる窮境をもたらした最大の責任者たる軍国主義者が(中略)極めて特権的な取扱いを受けるが如き制度は廃止されなければならない」(GHQ覚書「恩恵及び恵与」)と廃止の指令が日本政府に下された。
GHQの調査によれば、戦前の制度でも12年(将校は13年)の受給資格に対して、例えば在外勤務の1年は国内勤務の4年、航空機搭乗員は1年を3年に、潜水艦乗務員は1年を2年として計算されていた。また、官公吏が俸給の2%を恩給の「保険料」として納付するに対し、軍人のそれは1%だけだった。さらに、軍人以外の恩給が俸給額に基づいているのに対し、軍人には特例が適用されて俸給額よりも高い基準が置かれていた。例えば陸軍少尉の官給が860円であるのに対し、1400円を基準に計算されていたという。やはり戦前期の軍人は特権階級だったのだ。

だが、サンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復し、占領軍が去ると早々に恩給法が復活した(正確には1953年)。GHQ改革による公職追放が中途半端に終わり、旧軍勢力がいかに温存されていたかを物語っている。もちろんA級戦犯やその遺族に支払われる一方で(むしろA級戦犯が高額の恩給を得ている)、台湾や朝鮮などの出身の軍人には支払われていない。
都市部に住んでいると実感できないが、地方では軍人会や遺族会(特に軍人恩給連盟)が従軍兵のところを回って脅迫まがいに恩給の申請と軍恩連への加入を強要するといったことが横行していた。戦時中の蛮行などを理由に辞退するものに対しては、露骨な差別や嫌がらせがなされたという。
ある証言によると2009年の衆院選に際して、某地域の軍恩連は「民主党が政権を取ると軍人恩給が廃止される」と言って自民党への投票を呼び掛けたというから、本質的なところで自民党は「帝政の亡霊」に取りつかれていると言える。

二次大戦末期には軍人恩給の予算は15億円にも膨れ上がっており、昭和16年(1941年)の一般会計予算が69億円に過ぎないことを考えても、日露戦争以降ずっと軍拡と軍人の特権化を続けてきたことのツケですでに首が回らなくなっていたことが分かる。昔軍隊、今特殊法人といったところだろうか。
私は旧軍の軍人に対して年金を出すことに反対しているわけではない。ただ、巨大な軍隊が巨大な官僚組織と化して自己増殖し、特権化して国家と社会を蝕む存在になることに警鐘を鳴らすだけである。
posted by ケン at 12:32| Comment(4) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする