2014年06月12日

少子化対策という愚:アクセルとブレーキ

【政府調査:未婚者への結婚支援、望む対策は…】
 未婚者への結婚支援に関する政府の意識調査(複数回答)で、国民が最も重要と考える対策は「給料を上げて、安定した家計を営めるよう支援する」(47.3%)ことであることが、2014年版の「少子化社会対策白書」のまとめで分かった。ただ、39歳以下の未婚者に限ると女性は「夫婦がともに働き続けられる職場環境の充実」が50.6%を占め、男性の40.4%を引き離した。女性が結婚に際して自身の就労環境を重視していることが浮かんだ。非正規雇用労働者の増加など若い世代の所得低下が背景にあるとみられる。既婚、未婚を問わず全国の20〜59歳の男女1万3260人から回答を得た。重視する結婚支援策は1位の「安定した家計を営めるよう支援」に次いで「共働き環境の充実」(45.8%)、「安定した雇用機会を提供」(45.7%)と続き、出会いの場の提供など「結婚支援サービス」は18.4%にとどまった。一方、39歳以下の未婚者でみると、女性が「共働き環境の充実」を重視していることが分かる。重視する人の割合は全職種で女性が男性を上回り、学生は女性(62.6%)が男性(35.3%)を大きく上回った。同白書は1997年と12年の所得分布を比較し、背景を探った。30代でみると、97年は年収500万〜699万円の人の割合が最も多かったのに、12年には300万円台が最多となった点を挙げ、「子育て世代は97年から10年間で低所得層にシフトし、その状態が続いている」と指摘した。政府は同白書を6月に閣議決定する。
(毎日新聞、5月28日)

このところ政府や財界が「50年後に人口が一億を下回る」「自治体の半数が消滅」などと大騒ぎして、「少子化対策」やら「移民導入」などと叫んでいるが、問題の本質を全く無視した議論になっている。いや、財界は経済至上主義的に合理性を追求しているだけなのかもしれないが。
政府が言う「少子化対策」は、ジェンダー対策上の用語であって、その実質は出産奨励策、人口政策に他ならない。出産奨励策は、労働力の維持と増加を目的としており、国民の自由意思よりも国家の生産力向上を優先する思想(集産主義)が根底にある。ところが、現代日本は少なくとも形式上は自由と民主主義を標榜しているため、表だって出産奨励策を掲げられない事情があり、「少子化対策」という形で地味に進めるしかないのだが、財界を中心とした経済至上主義の主張が強く、国民の収奪が進んで生活水準の低下が進んでますます出産を難しくしてしまっている。

上の調査結果を見れば分かるとおり、子どもを欲する層にとって最大の課題は「安定した家計」であり、次いで「夫婦ともに働ける職場環境」となっている(夫婦限定というところにも問題があるのだが、今は触れない)。つまり、この2つの問題を解決するだけで、課題の半分以上が解決するはずなのだが、社会の実態は逆を行っている。
雇用環境と収入の点では、非正規の増加や超長時間労働と残業代不払いのブラック企業の横行(労基法と労基署の機能不全)、そしてブラック企業を公認する形になる「残業代ゼロ法案」などの形で悪化する方向にしか働いておらず、子どもを欲しい層が子どもをつくる方向に逆行してしまっている。外部市場の獲得が難しくなっている今、今後はさらに国家と企業による収奪が強化されるとみられ、国民の圧倒的多数の家計環境はさらに悪化してゆくだろう。

「夫婦ともに働ける職場環境」も似たような状態にある。保育所を乱造することで「預ける場所」だけは確保されてゆくかもしれない。だが、平均的な労働環境と給与待遇はさらに悪化してゆく。先にも述べたが、「残業代ゼロ法案」の本質は労使間合意無しで「1日8時間、週40時間」の労働時間規制を取り払う点にあり、要は労働基準法を実質的に無効化しようというものなのだ。これが意味するのは、主要働き手は残業代無しの超長時間労働を強いられる一方、家計不足分を補うために補助働き手が長時間のパート労働を余儀なくされるという「ともに働ける職場環境」でしかない。

資本主義社会の黄昏は、フロンティアとしての外部市場の消滅とその代替としての内部市場の収奪という形で現出している。自国の労働者や国民の財を収奪することで利潤を上げるわけだが、具体的には人件費の抑制と国民に負債を負わせる形で需要を先食いさせる形となって現れる。その象徴が非正規雇用の増加と「残業代ゼロ」、そして低所得層に対する住宅購入の促進である。
かつて1960年代以降、日本政府はその住宅政策を賃貸から持ち家へと転換させ、新興中産階層の住宅購入を奨励した。これは住宅ローンによって金融業のマーケットを拡大させると同時に、労働者に負債を背負わせることで企業と社会に対する従属(労働)を強化する狙いがあった。ところが、90年代以降、中産階層が没落して金融市場が飽和すると、今度は低所得層に対する住宅購入を奨励するようになる、いわゆる「サブプライム・ローン」がそれだ。
家計収入が厳しくなる中、国策として中低所得層に対する住宅購入が促進された結果、子育て世帯は自分の学資ローン(奨学金)の返済が残る中で、住宅ローンを背負わされ、それらを支払った残りから普段の家計や子どもの教育費をやり繰りすることになる。
現代の資本主義社会は国民を借金漬けにすることで成立しているのである。

繰り返しになるが、「残業代ゼロ法案」で労働時間規制を取り払うと同時に、過労によって貴重な労働力を自殺に追い込まないようにするのが「過労死防止法案」の狙いだった。
日本の出産数が減少を続けるのは、出産によって生活水準が下がる恐れが高いこと、将来不安が強いこと、教育費の自己負担が高いことなどが挙げられるが、全般的には「自分たちが不幸で不安定な(奴隷的)生活を強いられているのに子どもなんてとても無理」という気分が広まっていることが大きいと考えられる。なお、日本において15歳から39歳までの死因のトップが自殺であることは、少なくとも主観において若年層の相当数が不幸であると感じていることの例証の1つであると同時に、「国民を幸福にする国家」の創設に失敗したことの証と言える。
要は子どもが減るのは国民が不幸であるからであって、国民の幸福感が高まれば自然と子どもも増えるのが道理なはずだが、現実の政府の施策は国家の生産力向上を理由に国民をさらに不幸にする方向に突き進んでいる。上手く行くはずがないのだ。
posted by ケン at 12:33| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

保育所は何故足りないのか?

少し前のことだが、起きたベビーシッター宅での幼児死亡事件について新聞で読んだ(仮)ボスから「保育所は増えていないのか?」との御下問を賜った。いくら専門外とはいえ、関心があるなら抑えておいて欲しいテーマではあるが、データを提供するのが秘書の務めである。

少なくとも公式発表上、保育所は増えている。
2013年4月1日段階で全国の保育所定数は229万人で、前年度比で4万9千人増、5年間で17万人近くも増えている。実際に入所している児童数は222万人で充足率は97%にもなる。一方、待機児童数は22471人で前年度比2千人の減少、3年連続の減少となっている。地方都市で待機児童が解消される傾向にある一方で、首都圏ではむしろ増えている自治体も見られるようだ。
安倍政権は自らの成果を誇っているが、民主党政権下での取り組みが実を結んだ格好とも言える。

入所者数が定数を下回っているのに「待機」が発生するのは需要が偏在するためであり、首都圏に人口が集中する中で大規模な住宅群ができて子育て層が急増すると、保育所の設置が間に合わないケースが多い。民間住宅はあっという間にできるが、保育所の増設は容易ではないからだ。
また、保育所を設置するためには事前に需要が調査されるわけだが、実際に設置されるまでにタイムラグが存在することと、要望された数ほど実際に応募がなかったケースも散見される(つくってはみたものの希望者が少ない)。
さらに言えば、待機児童問題が報道されたことで子どもを預けること自体を諦めていた人たちが、保育所増設の話を聞いてあらためて希望を出すケースも少なくなく、要は保育所を増設するほど需要も増えてしまうという構図がある。

マスコミなどによって待機児童問題が喧伝され、保守の自民党(そもそも公的保育に否定的)ですら保育所の増設を政策に掲げるまでに至っているものの、介護施設や公的病院などと同じで、保育所も建てれば建てるほど自治体の赤字が増える構造になっている。
建設費を除く運営費だけ見ても、公営保育所で児童一人当たり年間150万円円程度のコストが掛かるが(地域や年齢による違いが大きい)、利用者が実際に支払う保育料は平均で30〜50万円に過ぎない。民間保育所でも年間100万円程度はかかる。ゼロ歳児保育になると2〜3倍のコストが必要となる。
さらに都市部になると地代や人件費の高さから、平均をはるかに上回るコストが掛かる一方、人口は地方からだけではなく郊外からも都市部への流入が続いているため増加傾向にあり、どうしても供給が需要に追い付かない。運営費は国から補助が出るが、初期費用については補助がないため、地代が高く優良物件が少ない上、「迷惑施設」と敬遠されがちな保育所の新設は非常に高コストとなり、自治体に二の足を踏ませている。
これ以外にも自治体ごとに無認可保育所に対する支援や独自の負担軽減策がなされており、要は保育所が増設され、利用者が増えるほど自治体の財政負担が重くなってゆく。

保育料の自己負担分は30〜50万円だが、働きに出ればたとえ低賃金で年間200〜300万円稼いで納税したとしても、家計にはプラスの方が大きい訳で「預け得」状態であることが分かる。そのため「夫婦正社員の共働き」限定だった保育所入所の規制が緩和されれば、新たな希望者(需要)が続出するのは当然の帰結と言える。

根源的には、自由市場において商品・サービスの需要に比して供給が少ない場合、価格が高騰することで需給バランスの調整がなされる。
ところが、医療にも介護にも共有することだが、サービス価格が公定価格であるために、需要に比して供給が少ない場合でも価格が同一であり続けるため、「物不足」が常態化してしまう。私のようにソ連や東側ブロックに住んだ経験のある者ならば体感していることなのだが、日本の場合、どういうわけか福祉関係の(ソ連型に近い)社会主義政策については完全に国民に浸透しており、誰も疑問を覚えなくなっている。
逆を言えば、保育料の価格統制を止めて、市場に委ねて自己負担にすれば、保育料が月額8〜10万円ほどになるため、「子どもを預けて働きに出よう」という新規需要そのものが減少し、「待機児童」そのものが解消に向かうと考えられる。ただ、その解決法は「少子化」を加速させるであろう。とはいえ、公定価格を維持する限り、家族政策部門での赤字が肥大化し、それにどこまで国と自治体の財政が耐えられるか、という話になる。とはいえ、保育部門は介護部門と異なり、将来の税収増に直結するだけに投資効果が高いことは確かだ。
それでも、子どもの減少が続き、大都市部では半分前後が単身世帯で、子育て世帯を圧倒的に上回る中で、保育部門に巨額の税金を投入することに理解を得るのが難しくなっていることも確かであり、高齢者の人数と投票率が若年層を圧倒している点も含めて、デモクラシーの困難さ、弱点を示している。
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2014年01月28日

光が強ければ陰もまた濃く

【昨年10月の生活保護216万人=7カ月ぶり最多更新―厚労省】
 厚生労働省は8日、昨年10月に生活保護を受けた人が全国で前月比4530人増の216万4338人になったと発表した。7カ月ぶりに過去最多を更新した。受給世帯数も同3818世帯増の159万4729世帯で過去最多を更新した。ただ、厚労省は「2012年度と比べると伸び率は落ち着いており、今後の変動を注視したい」と話している。高齢者の受給増加が続いており、生活保護を受けた高齢者世帯は同2399世帯増の71万9398世帯に上った。
(時事通信、1月8日)

自公は「政権交代して一年で株価が倍になった」と喧伝しているが、その一方で生活保護の受給者は減少することなくむしろ増加傾向にある。一義的には記事にもある通り、高齢化の進行に伴う無年金層の増加に起因するものだが、若年層の貧困化とその若年層を保護してきた団塊世代の定年を考えると、状況はより深刻であることが想像される。
24歳以下では非正規雇用と失業者の割合が5割近くにも達し、賃金でいえば25〜29歳の勤労者の平均年収は、1997年から2009年の12年間に、373万円から328万円へと45万円も減少している。
他方、65歳から69歳までの男性高齢者の就業率は47%にも達しており、定年を迎えてもなお「年金だけでは食えない、心配だ」という層が相当数に上ることを意味する。高齢者の就業率の高さは若年層の雇用にも影響しており、世代を超えた求職競争が労働市場の買い手優位となって待遇悪化を常態化させ、若年層の収入減に繋がっていると見られる。
実は定年を迎えた団塊世代の就業率上昇は、子である30代以下の低収入を補うためという側面があり、労働市場の流動化が高齢層の求職を促進してしまっているという問題もある。

生活保護の捕捉率(生活保護水準以下の人に対して実際に受給している人の割合)は、25%前後と言われている(もっと低い数字もある)。これはつまるところ1千万人近い人が生活保護受給ライン以下の生活を余儀なくされ、700万人近い人が「生活保護受給水準以下の収入しかないけど生活保護を受けないで我慢している」ことを意味する。

さらに先の臨時国会で生活保護法が改悪され、保護申請のハードルが上げられると同時に家族による扶養義務が強化された。詳しくは先の記事で説明したが、もともと生活保護の申請者は生活困窮者であり、行政へのアクセスが困難であることを考えれば、生活が逼迫している人ほど保護から遠ざけてしまう可能性が高い。また、扶養義務の強化は「(平素交流の無い)親族に迷惑をかけてしまう」と保護申請を自粛させる効果があり(政府、自民党はそれを狙っているのだが)、これも必要な支援が行き渡らなくなる懸念が高い。

高齢化に伴い無年金者が増加するのは避けられないとしても、就労可能なシングルマザーや若年者などに対するセーフティネットと職業訓練を充実させなければ、徒に貧困層を増加させる結果になりかねない。
米国ではフードスタンプの受給者が5千万人を超したと言われるが、日本もその一方後ろを歩んでいるに過ぎないと言えそうだ。

【参考】
生活保護不正受給疑惑に関する問題整理
11時間半の審議で生活保護法改正 
アメリカはもはや末期症状?
posted by ケン at 12:38| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月14日

「待機児童ゼロ」という無謀

【求職しない潜在保育士、「賃金合わない」47%】
 資格があるのに保育士の仕事を希望しない人の半数近くが「賃金が希望に合わない」を理由に挙げていることが5日、厚生労働省の調査で分かった。待機児童問題が深刻化する中、政府は保育士不足の解消に向け、保育の仕事をしていない有資格者「潜在保育士」の活用を掲げている。今後はさらに賃金面での待遇改善が求められそうだ。
 調査は昨年5月、ハローワークで求職した潜在保育士を対象に実施し、958人から回答を得た(回答率47.1%)。保育の仕事を希望しない理由を複数回答で尋ねたところ「賃金が合わない」が最多で47.5%。厚労省によると、保育士の平均給与(2012年)は月21万4200円で、全業種の平均より10万円以上低かった。そのほかの理由は「他業種への興味」43.1%、「責任の重さ・事故への不安」40.0%、「自身の健康・体力への不安」39.1%、「休暇が少ない・取りにくい」37.0%と続いた。
こうした問題が解消された場合は保育士を希望すると回答した人は63.6%に達した。保育現場での勤務経験がない人は30.3%。経験者668人のうち、5年未満が50.7%を占めた。厚労省の推計では、「潜在保育士」は全国に60万人以上。政府は昨年4月、17年度末までの5年で40万人分の保育の受け皿を整備する「待機児童解消加速化プラン」を打ち出したが、定員の急速な拡大で保育士が約7万4千人足りなくなると予測している。
 保育士の待遇改善のため、厚労省は平均勤続年数に応じて賃金を上乗せできるよう私立保育所などに補助金を支給。全国のハローワークでは保育士の応募が一定期間ない保育所に求人条件見直しなどの相談に応じている。潜在保育士確保策としては、現場復帰に必要な知識を学ぶ講座や実習などを実施する施設などに助成金を出している。
(共同通信、1月5日)

安倍総理が「横浜方式に倣って待機児童ゼロを実現する」という公約を掲げており、私の周囲の子育て世代にもウケが良いようだが、実態は彼らが考えているほど単純ではない。
まず昨年4月に待機児童ゼロを実現した横浜において、同年10月の調査で再び待機児童が生じていることが判明した。その数は231人に上る。
これは「待機児童ゼロ」宣言を受けて、保育を予定していなかった層から新たな希望者が現れると同時に、横浜市外から保育所目当てに転入してきたものがあることによる。このことは、一時的に待機児童ゼロを実現したところで新たな需要が生じるだけであり、全国的かつ全世帯的にゼロを実現しない限り、完全達成は困難であることを示している。

その背景には、保育事業が福祉サービスとして設定されているため、社会主義的な価格統制がなされており、保育料が実際のサービスにかかるコストよりもはるかに安く設定されているため、「子どもを預けて外で働いた方が得」という状態が発生、需給バランスのコントロールが困難になっていることがある。
この価格統制は、一つには税の投入によるが、もう一つは保育労働者の賃金を市場価格よりも低く抑えることによって実現している。それを表しているのが上記の調査結果なのだ。保育事業の場合、運営費に占める人件費の割合は6〜7割に達しており、税の投入と価格統制があるために収支の調整は全て人件費次第となっている。ところが、公立や社会福祉法人が運営する保育所に比して、民間の保育所の場合は人件費が4〜5割程度になっているケースが多い。これは、黒字を出すことを至上とする民営の場合、人件費を抑制する傾向が顕著であることを示している。

いわゆる「横浜方式」というのは、保育所設置の規制を緩和して民間参入を促進することを指す。実際に横浜市の場合、2010年4月の段階で1552人いた待機児童がわずか3年でゼロにまでなった。
ところが、規制緩和の実態は、保育士一人が受け持つ乳児・幼児の数を増やすと同時に、その穴を非正規保育士で埋めるというもので、保育環境や労働環境は相当に悪化させるものだった。また保育所の設置基準面積を縮小、立地条件についても緩和がなされたため、駅前のように「預ける側」にとっては便利かもしれないが、預けられる幼児とっては望ましいとは言えない環境に続々と保育所が建てられている。
例えば、認可保育園の場合、有資格者の保育士一人が3人のゼロ歳児を担当するが、これが認証保育園になると無資格の常勤職員一人が3人のゼロ歳児を担当、無認可になると無資格の非常勤職員が5人以上の乳児を見ていたりすることになる。
横浜市の場合、市が独自に緩和した基準(面積や職員定数など)で認定し補助金を出す「認可外施設」を150ヶ所以上設置していることから、実質的には「無認可以上認証未満」の施設を大量につくることで待機児童の解消を図っていることが分かる。また、全国的にはまだ数パーセントに過ぎない会社経営の保育所が、横浜では25%以上も存在する。
こうした結果、2013年4月時点の就学前児童19万106人(前年比1664人減)のうち認可保育所の入所申込者は4万8818人(同3111人増)で、入所できなかったのは1746人(同629人減)だった。つまり、横浜方式は、急増した保育需要に対して質の悪い(リスクの高い)「認可外施設」をあてがうことで成立しているのである。

とはいえ、行政や政党を批判するのはやや一方的と言える。実際のところ、保育所の増設は子育て世代の強い要望を受けてのことであり、その要望の大半は「とりあえず預けられれば良い」という「質よりも量」だという。つまり、「子どもを預けて働きたいけど、高い保育料は払えないから、とにかく安くて便利な保育所をつくってくれ」ということなのだろう。
「無認可以上認証未満」の保育施設や「(労働環境的に)ブラック保育所」が乱立する横浜の隠れた惨状は、市民の要望を忠実かつ現実的に反映した結果だと言えるのだ。

保育所を増設する政策は、民主党政権から自民党政権に引き継がれ、安倍内閣は横浜方式の導入で増設の加速を図っている。しかし、一度辞めた保育士の多くが「保育士はもうイヤ」と言っているような労働環境が放置されている以上、その行き着くところは横浜でしかなく、横浜の惨状が報じられていないために実情が知られていないだけのことなのだ。その犠牲になっているのは、劣悪な環境で保育されている乳幼児たちであることを、我々は重々認識する必要がある。
根源的には、「民間参入が促進されているのに市場は統制価格」という矛盾に起因するものであり、「公営で統制価格」か「民営で自由価格」の二者択一をせずにその場しのぎの中途半端な政策がますます問題を分かりづらくしているのだと思われるが、この辺は別途考察する必要があるかもしれない。
posted by ケン at 12:41| Comment(4) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月20日

軽減税率論争に見るパワーバランス

【軽減税率、来夏にも素案 時期、自公綱引き続く】
 消費税率10%引き上げと同時なのか、それ以降なのか−。12日に与党が決定した平成26年度税制改正大綱で、曖昧なまま結論が先送りされた生活必需品などへの軽減税率導入問題。大綱には「対象品目の選定、具体的財源の手当てなど詳細な内容を検討して26年12月までに結論を得る」と記された。導入に積極的な公明党と慎重な自民党との間で、さらなる綱引きが続きそうだ。
 公明党の北側一雄副代表は12日、軽減税率の対象品目や個々の税率を含む詳細な制度設計の素案を来年夏にも自民党とまとめる意向を明らかにした。国会内で記者団に「来年の夏から秋にかけて制度設計の素案を作って、みなさんに知ってもらう」と述べた。公明党は、27年度税制大綱に具体的な制度設計が盛り込まれれば、法律通り27年10月に消費税率が10%に引き上がる場合でも軽減税率をセットで導入できると見る。斉藤鉄夫税制調査会長も12日の記者会見で「(27年)10月に導入するのは、決して無理なことではない」と強調した。
 これに対し、自民党の野田毅税調会長は軽減税率の導入時期について「今の段階で言及するのは難しい」と指摘。麻生太郎財務相も会見で「(軽減税率の)導入には結構な時間がかかる」と慎重な見方を示した。軽減税率の導入に向けては対象品目の選定の難しさや財源などに課題がある。しかし消費税には低所得者ほど負担が大きくなる逆進性があり、税率10%段階で早期に軽減税率が適用されなければ、低所得者の負担は増すばかりだ。素案作成について、北側氏は「来年1月から与党税制協議会で議論を始めたい」とする。自民党も、議論開始を受け入れる方針だが、結論までには紆余曲折が予想される。
(産経新聞、12月13日)

軽減税率に対する私の考えはすでに述べているので、こちらを参照していただきたい
KM党が軽減税率にこだわるのは、支持者に小売業者と小企業主が多いことによる。だが、自公が一体化して15年近くたち、実質的には自民党を支える補完勢力と化してしまっており、独自性をアピールする機会が失われていることも大きい。特に昨年と今夏の選挙で自民党の勢力が巨大になり、補完勢力としてもKM党の存在力が小さくなってしまっているため、どこかで存在感をアピールしないと、党の自立性を保てなくなっているというのが実情だろう。
自民党は軽減税率に消極的であるだけに、KM党は官邸に直接働きかけ、安倍総理の人気を以て軽減税率の実現を果たす意向だった。だが、KM党は安倍氏が熱を上げている集団的自衛権行使や憲法改正に消極的であり、取引を行うならどこかで妥協する必要があるが、同党の女性部を中心に反対論が強く、容易には妥協できない情勢にある。
また、自民党は秘密保護法に絡んで維新や「みんな」を取り込みつつある。両党が野党暮らし耐えられなくなっているのを見越して、エサをちらつかせているイメージだ。維新や「みんな」は憲法改正と集団的自衛権行使に賛成なだけに、安倍氏にとってKM党よりも親和的と言える。
維新や「みんな」が自民党に近づくと、今度は元々補完勢力に過ぎないKM党の影響力は相対的に小さくなり、軽減税率のような過大な要求に対しては、自民党からより大きな妥協が求められることになる。要は「生活か平和か」という選択肢なのだが、どちらも党としての存立理念に関わることであるだけに、安易な妥協は自己否定になり、難しい選択を迫られている。

とはいえ、安倍内閣は特定秘密保護法などで内閣支持率を10ポイント以上も低下させ、KMに替わる補完勢力として期待された「みんな」は分裂、維新も分裂含みの状態にある。安倍内閣とその補完勢力が一時的に弱体化した隙を突いて、KM党が積極攻勢をかけ、今回の大綱に無理やり盛り込んだものの、自民党と財務省側は「KMのゴリ押しに負けた」との思いが強く、遺恨を残してしまった。自民党もギリギリまで抵抗し、軽減税率の導入時期までは明記させなかったので、何とか「戦闘継続」で先送りさせることには成功している。
全体的には「KM党の戦術的勝利だが、ゲームは継続」という認識で良いだろう。

そのKM党はKM党で「自民党に対する歯止め」として期待された役割を十分に果たしていないことから批判が高まっており、「軽減税率が実現させられなかったら存在意義を失う」という覚悟を決めているようで、容易には引けないかもしれない。
さて、どうなることやら。
posted by ケン at 13:25| Comment(3) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月10日

11時間半の審議で生活保護法改正

【改正生活保護法が成立 扶養義務強化、手続き厳格に】
 生活保護費の抑制策を盛り込んだ改正生活保護法と生活困窮者自立支援法は六日、衆院本会議で採決され、自民、公明の与党と日本維新の会、みんなの党、生活の党の賛成多数で可決、成立した。共産、社民の両党は反対。民主党は本会議を欠席した。改正法は、自治体が扶養を断る扶養義務者に説明を求めたり、扶養義務者の収入や資産状況に関し勤務先や銀行などを調査したりできるようにした。保護を始める時に扶養義務者に書面で通知する。保護の申請時に、本人の資産や収入などを記した申請書と所定の書類の提出を義務付け、手続きを厳格化した。口頭での申請も例外として認めるが、どんな場合が該当するかは明確になっていない。不正受給対策として罰金の上限を三十万円から百万円に引き上げるほか、返還金の上乗せも明記した。一部を除き来年七月から実施する。
生活困窮者自立支援法は、二〇一五年四月から、自治体に生活困窮者向けの相談窓口設置を義務付けた。政府は先の通常国会に、生活保護法改正案と生活困窮者自立支援法案を提出。与党と民主、みんなの四党は申請手続きを厳格化する規定を一部緩和する修正で合意し、衆院を通過したが、参院選前の与野党対立の影響で廃案になった。政府は修正を反映させ今国会に二法案を再提出。先に審議された参院での審議時間は八時間半、衆院は三時間だった。
(東京新聞、12月7日)

秘密保護法で大騒ぎしている間に、こっそり重大な法改正がわずかな審議でなされていた。生活保護法の改正であるが、生活保護の入口の敷居を高くする内容で非常に筋悪な改悪に終わっている。
従来は実施機関である福祉事務所側にのみ手続き上の制約を課し、保護申請を拒否できない仕組みになっていたわけで、故に「申請する前に諦めさせる」という「水際」作戦が採られていた。ところが、今回の改正は申請者側に困窮証明書や各種申請書の提出を義務付けるもので、申請者が「自分が保護を受ける必要がある状態である」ことを証明することが前提条件にされてしまった。その結果、自らの困窮を証明する術を持たないものは、申請が受理されない可能性が発生すると同時に、緊急を要するようなケースでもまず自らの困窮を証明する書類を集めることから始めねばならなくなった。
もともと生活保護を必要とするものは、こうした手続きに難儀する人も多く、証明する術が分からずに申請を断念するケースが続出するだろう。また、自治体側はこの条項によって「書類の不備」による不受理が正当化されるため、今までの「水際」ではなく、大手を振って不受理を通達できるようになるため、申請しても受理されないケースが少なからず発生するだろう。

もう一つの問題は扶養義務の強化である。扶養義務は、民法によって「直系血族及び兄弟姉妹並びに家庭裁判所の審判を受けて扶養義務者となった三親等内の親族」に課されている。
今回の改正によって、福祉事務所は扶養義務者に生活保護の申請がなされた旨を通知することが義務付けられ、扶養可能の是非を問うた後、拒否した場合には扶養義務者の資産や収入状況について報告を求めることができるようになった。これは扶養義務者が居住する自治体などの官公署に対しても資料提供を求めることができる上に、官公署は求められたものを提供することと規定している。
要は、縁を切って長いこと連絡を取っていなかった兄弟姉妹が生活保護を申請すると、その役所から電話がかかってきて、「このたび貴方の弟が生活保護を申請したのですが、貴方は弟さんの扶養をすることができませんか?」と聞かれ、これを拒んだところ、自分の所得や資産状況について居住地の市役所や税務署に問い合わせがなされた挙句、資料が勝手に提供され、再び電話がかかってきて「貴方は〜だけの資産と収入があるのですから、弟さんを扶養できるはずですが、いかがでしょうか(次は裁判ですよ)」と言われることになるのである。もちろん権力者に悪意があれば、近所に噂を流布されて、ますます扶養を余儀なくされる状況に追い込まれることになろう。
逆を言えば、家族にここまでの迷惑がかかることになるだけに、わずかでも事情を知っており、「迷惑かけたくない」と思ってしまう人ほど、保護の申請をためらうことになる。この改正案をつくったものたちは、よほど想像力が無いのか、意図的に想像しないようにしているとしか思えない。

生活保護の実務を担うケースワーカーにとっても過酷な改正となる。現状でも、ケースワーカーは誰もが手一杯の有様で、全国平均でも一人80件以上を扱い、これが生活保護の多い地域となると200件前後に及ぶといわれ、生活保護が多い自治体では、ケースワーカーの残業時間は200時間を超えることも稀ではないとされる。
本改正によって、扶養義務の確認が厳格化されるため、扶養義務者の有無の確認や連絡、さらには資産や収入の資料収集といった業務が激増する可能性が高い。さらには、申請を拒否されるものが増えるため、相談や苦情、あるいは追い込まれた申請者が恐喝や脅迫といった行動に出る恐れも強まるだろう。また、申請を拒否されたものが自殺したり、餓死したりすることで、ますますケースワーカーの心理的負担や圧力が重くなると思われる。
この点でも、本改正案をつくったものたちは、ケースワーカーの現場を見ているのだろうかと首をかしげざるを得ない。

日本における生活保護の捕捉率(生活保護水準以下の人に対して実際に受給している人の割合)は、25%前後と言われている(もっと低い数字もある)。また、生活保護を受給している世帯のうち働ける人のいない世帯の割合は70%以上に及ぶ。保護審査の厳格化や長期化は、保護が必要な人に最大の打撃を加えることになるだろう。
こうした重大な改正が、わずか11時間強の審議で成立してしまうことも、日本における立法機能の深刻な低下を意味する。また、本法案の審議に際して、田村厚労大臣が「運用に変化はない」旨の答弁を繰り返していたが、運用が変わらないのであれば、条文を改正する必要はないだろう。この点は秘密保護法の審議に共通するが、「今までと変わらない」などと虚偽説明して、重大な条文改正を強行しようとする霞ヶ関官僚の悪意を感じる。
現時点でも単身世帯が増加傾向にあり、しばらく続くものと考えられ、個人を対象にした社会保障制度にしなければ実質的に機能しないはずだが、本改正は敢えて逆行するものになっている。つまり、社会保障と再分配機能が今後さらに低下してゆく恐れが強いことを示している。

問題は、この深刻な改悪案が自民党政権で用意されたものではなく、民主党野田政権下で準備されたものだったことにある。さらに、採決で民主党は参議院で賛成、衆議院では棄権というスタンスを示しているが、それはおよそ労働者や生活者の立場に立つものとは言えない。「語るに落ちた」とはまさにこのことであろう。

【参考】
生活保護不正疑惑に関する問題整理
posted by ケン at 12:55| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月31日

CPと感情の狭間で

【福島第1原発:除染視察のIAEA 日本政府へ助言】
 東京電力福島第1原発事故に伴う除染を視察するため来日中の国際原子力機関(IAEA)の専門家チームは21日、日本政府への助言をまとめた報告書を公表し、石原伸晃環境相に提出した。個人の追加被ばく線量を年1ミリシーベルト以下に下げる政府の長期目標について、団長のレンティッホIAEA核燃料サイクル・廃棄物技術部長は、東京都内で開いた記者会見で「1ミリシーベルトにこだわる必要はない。除染にどれだけ人や資金を配分するのか、地域の事情や汚染状況などを考慮して決めるべきだ」と述べた。
 専門家チームは福島県での除染作業などを視察した。報告書は、国際放射線防護委員会(ICRP)が示す「原子力事故からの復旧期は年1〜20ミリシーベルトの間で線量を下げていく」との勧告を踏まえ、日本政府に「除染だけでは年1ミリシーベルトを短期間に達成できないことをもっと説明し、目標達成には段階的なアプローチがとられるべきだ」と求めた。 日本の1ミリシーベルトの目標を否定したものではなく、団長も目標撤回は求めず、「除染で発生する放射性廃棄物や費用など短所も含めた全体像を示すことが大切だ」と住民とのコミュニケーションを深めることを促した。
(毎日新聞、10月21日)

裸の王様的な話だ。除染を担当する環境省や東京電力の人間はもちろんのこと、国会議員の大半も「完璧な除染」が可能であるとは思っていない。「完璧な除染」とは「年1ミリシーベルト以下」のことである。
7月末に発表された2012年度復興費の執行状況によれば、政府が予算化した9兆7402億円のうち、3兆4271億円が使われていなかったことが判明している。このうち除染費として6556億円が計上されていたが、そのうち約68%に当たる4452億円が使われていなかった。ちなみに復興予算は国と地方を合わせて5年間で25兆円が計上されているが、一般会計とは別の特別会計で組まれており、議会を通じて国民のチェックが入りにくい構造になっており、この点も問題と言える。

除染が遅れる理由には撤去した土壌や落葉などの汚染廃棄物の保管先が不足していることや除染従事者の不足もあるが、環境省が定めるガイドラインが厳しいために適用できなかったらり、現実に除染効果が認められないことが大きいようだ。
環境省によるテスト事業の結果分かったのは、「30mSv/年(5.7μSv/h)程度の区域=除染により20mSv/年(3.8μSv/h)未満に低減」「40mSv/年(7.6μSv/h)を超える区域=除染により4〜6割程度低減。20mSv/年は下回らなかった」「除染前の空間線量率が高いほど除染の効果が高い傾向にあり、低いほど限定的」ということだった。同時に「同一箇所を同一の方法で除染し続けた場合、除染処理の時間が一定の時間に達すると、それ以後はほとんど効果が上がらない」として、最除染の効果に否定的な見解を示している。
つまり、除染効果が認められるところから除染を行っているものの、除染が進めば進むほど効率の悪い箇所が残ってゆくため、予算があっても執行できないケースが増える一方となっているのだろう。
このようなことは、チェルノブイリ事故の後、山林の多い日本よりもはるかに除染しやすいはずの白ロシアのケースを見ても、除染の効果が極めて限定的だったことからも容易に推測がつくはずで、本音ベースでは環境省の官僚も重々承知している。チェルノブイリから150km以上離れたロシアのブリャンスク州では事故から25年以上経つ現在でも自然放射能の10倍以上の線量が計測されるという。

にもかかわらず、予算が計上されたのは「とにかくサッサと除染しろ」という市民の声に反論できず、同調した国会議員が専門家や現場従事者の声に耳を傾けることなく、有権者の批判を回避するために「とにかく予算化だけしておけ」としたためだった。
こうしたケースは政治では良く散見される。幕末において、軍事外交の専門家や対外交渉に当たったものは例外なく「攘夷など無理」だと分かっていたにもかかわらず、それを口にした途端にテロの対象となってしまうために、誰もが恐れて口を閉ざし、少なくとも表面上は攘夷一色で国論が統一されてしまった。日華事変に際しては、戦線が膠着化して和平論が浮上するたびに「10万の英霊に何と答える!」という強硬論が噴出して頓挫したまま8年間も戦争を続けることになった。
幕末や戦時中における現実論はテロルと直結していたが、現代の現実論はさすがにテロルの危険は小さいと思われるものの、「除染・復興に反対するのか!」という感情論やポピュリズムに対する恐怖感というのは幕末・戦時中とあまり変わらないものらしい。環境省の官僚も東電の社員も、よほど親しくない限り「除染なんてムダですよ」とは口にしない。

こうした結果、効率の悪い除染が延々と続けられ、効果が無いことが分かっている事業に巨額の予算がついているために悪徳業者の跋扈を許すことになっている。雨が降れば元通りになってしまう除染を延々と続けるのだから、腐敗の温床を育てているようなものだ。効率を考えれば、除染活動は大幅に縮小し、その分の予算を移住補償に回す方が良いだろう。「再除染は行わない」という環境省の方針は合理的な判断だったが、いまやそれも覆されようとしている。
除染予算の6556億円は税金であり、その使途は納税者に説明がなされ、納得のゆくものでなければならない。ポピュリズムが優先されて、納税者への説明が後回しにされていることは、日本の政治的後進性を示すものと言えよう。
posted by ケン at 12:26| Comment(2) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする