2019年02月21日

議会制民主主義の黄昏

【神奈川県議選24選挙区無投票か 全体の半数、前回2倍超】
 統一地方選の県議選(3月29日告示、4月7日投開票)で、県内全48選挙区のうち最大で24選挙区が無投票になる可能性が高いことが16日、神奈川新聞社の取材で分かった。前回2015年の2倍以上に拡大し、横浜市内(全18選挙区)は最大11選挙区に上る情勢。今も出馬を模索する動きはあるが先行きは不透明で、有権者が一票を投じられない選挙区は史上最多を更新しそうだ。
 かつて旋風を巻き起こした「第三極」の失速などが一因との見方もあるが、地方議員のなり手不足の問題が都市部にも及んでいる現状が浮き彫りになった格好。3政令市を抱える神奈川で、県議会の存在意義が改めて問われそうだ。
 県議選(定数105)の立候補表明者は、16日現在で138人。横浜以外の無投票は川崎市(全7選挙区)が1選挙区、相模原市(全3選挙区)が2選挙区、一般市町村は定数1の選挙区を中心に10選挙区。このままだと有権者の審判を受けない当選者は51人(48・6%)となり、過去最多タイで11選挙区・計19人だった前回を大幅に上回りそうだ。
 告示まであと1カ月余り。相模原市南区や横須賀、平塚市などで出馬の動きが取り沙汰されているものの、擁立作業が最終盤に入っている主要政党の追加公認は限定的な見通しだ。最大会派の自民党は50人を擁立。推薦する無所属の候補予定者を含めると目標の過半数に達し、残る1人区でも検討を進める。立憲民主党は都市部を中心に26人が出馬予定で、「定数3以上の選挙区で選択肢を示す」(県連幹部)方向で調整を続けている。一方、現職8人の擁立にとどめた公明党と国民民主党が新たに公認する可能性は低そう。前回より2人多い14人を擁立する共産党は一部で上積みを検討しているが、無投票の解消にはつながらない見通しだ。前回は維新の党(当時)などから計24人が出馬した「第三極」は、軒並み低調。希望の党が2人公認したものの、日本維新の会の公認はゼロ。社民党は前回に続き擁立を見送った。
(2月17日、神奈川新聞)

地方議会における候補者不足は以前から指摘されていたが、都市近郊においてすら選挙が成り立たなくなりつつあることが判明している。
一見(よく言えば)華やかな選挙が行われている国政選挙ですら候補者不足は深刻で、自民党も旧民主党も20年ほど前から自前で候補者を擁立できなくなり、公募に頼らざるを得なくなっている。公募は確かに一定数の応募があるものの、議員としての質には疑問のあるケースが多く、公募が常態化して以降、議員の質は大きく低下していると考えられる。もっとも、議員の質的低下が公募によるものなのか、他の理由によるものなのかについては、議論の余地があるとは言えるのだが。

私が「いよいよダメかも」と思う背景には、NK党ですら候補のなり手がいないという話を聞いたことがある。
NK党は本質的に全体主義・権威主義政党であり、党内で候補者選定の議論は行われるものの、基本的には民主集中制の原理に基づいて「党の要請」に従って党員が出馬する形式になっている。従って、党の要請があった場合、急病・重病などの特別な理由が無い限り、個人的理由や事情を鑑みること無く出馬することになっていた。ところが、最近ではこの党の要請を「些細な理由」で拒否するケースが続出しているという。党幹部などからすれば些細な理由でも、個々人にとっては影響が大きすぎ、出馬によるデメリットが許容できなくなっているからだと思われる。

かつて中選挙区制が華やかし頃は、自民党でも社会党でも出馬して落選した候補者はどこぞの組織や、あるいは個人が面倒を見て、次の選挙に備えたりして、落選による損失を最小限に抑えるシステムが存在した。こうした慣習は中選挙区制の終盤頃には失われつつあったが、NK党やKM党では小選挙区制導入後も一定程度機能していた。しかし、ここに来てNK党やKM党ですら落選者に対する手当ができなくなっているという。

どの政党、組織も高齢化が進み、中年層や若年層は少子化と生活保守化が進んで、中高年では老老介護などの問題も深刻化している。
また、1990年代以降、国会、地方ともに議員の待遇を削り、政治資金規正を強化してきた結果、「議員のうまみ」が失われると同時に、収入が少ない上に継続勤務による増収もなく、しかも落選すれば無職というリスクばかりが高まって、議員になりたいものが急減している。

例えばNK党の場合、自治体議員だと毎年100〜300万円、国会議員だと500〜700万円を党に上納しなければならず、国会議員の公設秘書は党が規定する党職員の給与水準との差額分をそのまま党に「寄付」することが秘書になる条件となっているという。よほどの「主義者」でなければ、やっていられないレベルの搾取である。

一方、自民党の場合、候補者不足から公募で候補者を擁立するようになったものの、地域や地場産業との繋がりがないため、献金が集まらず、選挙になっても地縁が無いため、運動員が確保できず、「(法の抜け道を利用した)バイト」頼みになって、実入りがなく、自転車操業になっている。かつては、「有権者からの陳情(主に公共事業誘致)→行政に圧力かけて解決→献金もしくは運動員の提供を受ける」というサイクルがあったが、このサイクルも瓦解しつつあり、「野党が弱いから」勝てているケースが非常に多い。
良くも悪くも「地域ボス」が議員を担っていた時代は、人もカネも廻っていたが、これが失われて久しくなっている。
平成の自治体統廃合によって自治体と地方議員数が大きく減ったことも、自民党組織の弱体化に繋がっている。

他方で、議員に対する有権者の要求はますます高くなる上に、「監視」の目も強まって、支持者・有権者からのパワハラの類いが増えている。私の感触でも、「議員はもうやりたくない」という愚痴や相談は非常に多い。
立憲民主党も、職員募集で1500人以上集まったというが(私は募集前に内々の打診があったものの断った)、統一地方選や参院選の候補者選定は非常に難渋している。これも表舞台に立つことのリスクが共有されつつあることの一つの現れと見て良い。

また地方では都市部への人口流出が続き、非自民党が独自に政治勢力をなすだけの体力(人、カネ、資源)が失われ、高齢化もあってNK党ですら候補者が擁立できなくなっている。これは1990年代から見られた傾向だが、最近では都市の郊外地域ですら見られるようになっている。記事にある神奈川県議選の状況はまさにこれなのだ。

選挙が行われなくなると、利害関係が固着、利にあぶれた層の流出や政治離れがさらに進行、地域の疲弊がますます進行して、コミュニティそのものが成立しなくなる。
デモクラシーは、民意を最大限政治に反映させることを至上価値とする制度であるが、これは限りなく全ての市民が政治的意思を表明することが大前提となっている。しかるに、「俺のことはもういいから、俺のことは気にせずに勝手にやってくれ(俺には関わるな)」という市民が増えれば、デモクラシーが空洞化するのが道理である。
19世紀に成立した議会制民主主義あるいは国民国家は、21世紀において黄昏を迎えていると見て良いだろう。
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2019年02月02日

21世紀に王政復古の何故・下

(前回の続き)
話を戻そう。
リベラル・デモクラシーは、資本と労働者の双方が歩み寄ることで成立していたが、いまや資本側に歩み寄るだけの理由はない上に、利潤が低下しているため、労働者から搾取を強化することでしか利潤が維持できなくなっている。つまり、先進各国ではリベラル・デモクラシーの前提条件が瓦解しており、労働強化・搾取強化・外国人労働者の導入・非正規化の促進(社会保障の適用除外)などが進められている。ところが、労働者側は完全に分断されていることと、中間層への懐古(俺は下層じゃ無いという意識)から、資本に対抗する術を持たなくなっている。
例えば、日本の場合、労働人口の約4割が社会保障の適用外にある非正規雇用となっているが、彼らの政治的意思は政界に殆ど反映されていないため、搾取されるがままになっている。

議会制民主主義の弱点は、議会が民意を代表する権能が失われると、権力の正統性をも失ってしまい、国民統合や階級対立を抑制する機能まで失われてしまうところにある。民意を代表する議会が、官僚を中心とするエリートを制御・統率することができなくなって、エリートが完全に資本や統治者への奉仕者になってしまうからだ。
また、民族国家や国民主権の概念は、可能な限り同質な「国民」の存在が前提となるが、階級分化や社会対立が先鋭化すると、成り立たちにくくなってしまう。
現代の場合、階級や社会の細分化が進んでいるため、革命を担うだけのまとまった勢力も生じにくい環境にあり、不満と不安ばかりが沈殿してゆく。

こうした不安定な社会構造をまとめるためには自由主義や民主主義は不適当だ。自由主義は階級対立を促進するばかりの上、現代の場合、エリートが統治者(官僚)になることを忌避する傾向が強く、エリート支配そのものが成り立ちにくい。また、民主主義は社会や階級が細分化されすぎて、民意の最大化が図れず、何をどう決めても多数派が不満を持つという話になっている。

これらの要素を回避するためには、何らかの権威を有する者が、権威と暴力をもって社会全体を押さえ込み、強権的に対立を抑制、権威に基づいた統治と再分配を行うシステムが、「よりマシ」という結論に導かれる。
米欧が統治不全に陥る一方、中国やロシアが比較的安定しているのは、経済的な理由ばかりではない。例えば、中国の場合、権威主義であるが故に、徹底した腐敗撲滅運動が行われ、今では殆ど賄賂が要求されなくなっている。また、共産党が政権を握っているがために、ドグマ上表だっては労働者階級の搾取ができず、今でも平均所得以下の層には所得税が課税されていない。これに対して、日本では不正と腐敗が蔓延、政府と自民党は「いかに中間層以下に課税するか」ばかりを検討している。

今となっては中国の例は一般的とは言えないかもしれないが、「主権を放棄したい市民」「民意を代表しない議会」「階級対立抑止に関心が無いエリート」などの要素は権威主義の苗木となる。そうなると、「血筋」「神の恩寵」などの理性では理解不能な権威による、階級対立の強制的抑止を望む声が高まったとしても、何ら違和感は無いし、現に欧州を中心にそうした気運が高まりつつある。
血筋に依拠する王が統治の正統性を担うなど、近代概念の信奉者からすると悪夢でしか無いのだが、リベラル・デモクラシーに替わる統治概念が提示されない以上、その実現性は今後さらに高まって行く可能性がある。
本件は今後も考察を進めたいと思う。
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2019年02月01日

21世紀に王政復古の何故・上

欧州を中心に王政復古派が少しずつ勢力を増しているという。
共和主義者・天皇制廃止論者の私としては非常に憂慮すべき事態だが、その背景事情を鑑みれば、むべなるかなとも思ってしまう。

最大の要因はデモクラシーの空洞化であり、それに起因する議会制民主主義の機能不全にある。
デモクラシーは「クラシー」という語尾が象徴するように思想ではなく、本質的には社会政治構造を指す。最大多数の主権者意思を政治に最大的反映させることを旨とするシステムだ。
デモクラシーが近代国民国家と歩調を合わせ、ともに発展してきたのは、産業革命による富の拡大に始まり、次いで国家・資本による戦力動員・労働力動員が不可欠となって、市民の政治参加を認めることが対価にされたところが大きい。大まかに言って、普通選挙が広まったのが第一次世界大戦、女子に選挙権が付与されたのが第二次世界大戦であることは非常に象徴的だった。
労働者階級によるストライキやサボタージュを最小限度に留めるためにはデモクラシーが不可欠だったと言える。

第二次世界大戦後も米欧日で曲がりなりにもデモクラシーが維持されたのは、経済的繁栄と米ソ対立を前提とした階級和解(休戦状態)が担保されていたからだった。ところが、1990年代に、西側諸国の没落が明らかになってくると、米ソ冷戦が終わったこともあり、階級和解は反故にされる。中間層の増大によって、社会民主主義政党の力は弱まっているか、政治力や対資本交渉力を失っており、労働時間規制の緩和、非正規化・請負化、脱時間給、成果報酬制度の導入など労働者階級の分断が図られると同時に、消費増税や所得増税などによって中間層に対する収奪が強化され、一方で法人税の引き下げや銀行支援などによって資本の延命と優遇が進められた。

民主主義諸国では階層分化が進む中、投票率は低下の一途を辿り、国政選挙で5割前後の投票率が常態化しつつあるが、これはデモクラシーの空洞化を意味する。
投票率の低下は階層分化と相まって、相対的に社会的エリート層による独裁を実現させている。
例えば、2017年6月に行われたフランス国民議会選挙では、マクロン氏を支持する新党「共和国前進」が全議席の6割を超える308議席を獲得したが、第一次投票の得票率は28%に過ぎず、しかも投票率は5割を切る有様だった。つまり、全投票者のうち「前進」に投票したのはわずか13%でしかなかった。が、結果的に、フランス式の決選投票で大勝しただけの話で、第二次投票の投票率は42%にまで低下している。
国民議会選挙の第一次投票で、13%を得票した国民戦線(右派)はわずか8議席、同11%の「不服従のフランス」(左派)は17議席を獲得したに過ぎない。この二党だけで投票者の約2割が「民意を示したのに議会に反映されなかった」わけだ。
日本においても絶対的得票率で20〜25%しかない自民党・安倍政権が国会に圧倒的議席を擁して6年以上に渡って政権を握っている。

これらは議会制民主主義がもはやデモクラシーを体現するシステムとしては機能しなくなっていることを意味している。
その結果、フランスでは選挙で主権者の意思を反映させられなかった「少数派」の市民が10万人単位でデモあるいは「暴動」を起こす事態となっている。フランスの情勢は、支配者層と非支配者層、有り体に言えば階級対立が先鋭化し、議会制度では抑えられなくなっていることを示している。

ヨーロッパでデモクラシーや議会制民主主義が機能不全に陥っている理由はもう一つある。それはEUの存在だ。
欧州連合の成立によって、欧州各国は財政金融政策の自律性をEU政府に奪われてしまった。これは実のところ主権の重要な一部が民主的根拠を持たないEU官僚に奪われ、各国の主権者が主権を行使できない状態にあることを示している。ギリシア、スペイン、イタリアなどで長く混乱が続いている一因はまさにここにある。
自律的に財政出動ができない欧州諸国では、再分配機能が急速に低下、難民や移民の受け入れによる失業率の向上や待遇悪化も相まって、階級対立がますます先鋭化している。いわゆる「リベラル」層が難民や移民の受け入れに寛大であるのは、安価な労働力を欲するが故であり、人道主義はあくまでも小奇麗な看板でしかない。

またアメリカの場合、もともと選挙人登録したエリート市民しか投票できない仕組みになっているが、それでも「民意」で選ばれた大統領と議会が対立を先鋭化させて一ヶ月も政府機関が閉鎖する事態になっている。その議会も「ロシアの介入」をブチ上げることでしか求心力を維持できない有様にある。
ヨーロッパや日本を含めて、「市民が良心に従って適切なエリートを選別し、選ばれたエリートが民意を反映させつつ統治の責任を負う」仕組みがもはや機能しなくなりつつあるのが現状なのだ。
例えば、フランスにおけるオランド政権やマクロン政権の統治不全、日本の霞ヶ関における統計改竄や自民党による国有資産の私的売買などは、「エリートが統治の責任を負う」仕組みが成り立たなくなっていることの証左と言える。エリートが失政の責任を負わないと、市民の信頼が失われると同時に、失政による負の連鎖が止まらなくなる。フランスでも日本でも国政選挙の投票率が5割前後にまで低下しており、「選挙によって失政の責任を追及し、統治者を代替する」機能が作用しなくなっている。

この場合、統治者は安定した民意の支持を持たないため、どうしても支持を回復するための博打を狙いがちになる。銀英伝における同盟軍の帝国本土侵攻作戦などはその最たる例だが、現実の日本でも満州事変や盧溝橋事件に始まる日中戦争などがそれに値するし、さらに古くは日清戦争もそうだった。
日清戦争などは、当時の帝国議会は高額納税者しか投票できない非民主的な議会だったにもかかわらず、開戦論が沸騰、議会に支持基盤を持たない伊藤は、総理の座を保つために開戦に踏み切るほかなかった。
(以下続く)
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2018年11月19日

大島議長の言葉から考える

普段の授業とは別の講演をするので準備をしていたところ、興味深いものを見つけたので、紹介しておきたい。
大島理森衆議院議長は、先の通常国会(第196回)の閉会に際し、談話(今国会を振り返っての所感)を発表したが、その中に次の文がある。
 この国会において、(1)議院内閣制における立法府と行政府の間の基本的な信任関係に関わる問題や、(2)国政に対する国民の信頼に関わる問題が、数多く明らかになりました。これらは、いずれも、民主的な行政監視、国民の負託を受けた行政執行といった点から、民主主義の根幹を揺るがす問題であり、行政府・立法府は、共に深刻に自省し、改善を図らねばなりません。
 まず前者について言えば、憲法上、国会は、「国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関」(憲法41条)として、「法律による行政」の根拠である法律を制定するとともに、行政執行全般を監視する責務と権限を有しています。これらの権限を適切に行使し、国民の負託に応えるためには、行政から正しい情報が適時適切に提供されることが大前提となっていることは論を俟ちません。これは、議院内閣制下の立法・行政の基本的な信任関係とも言うべき事項であります。
しかるに、(1)財務省の森友問題をめぐる決裁文書の改ざん問題や、(2)厚生労働省による裁量労働制に関する不適切なデータの提示、(3)防衛省の陸上自衛隊の海外派遣部隊の日報に関するずさんな文書管理などの一連の事件はすべて、法律の制定や行政監視における立法府の判断を誤らせるおそれがあるものであり、立法府・行政府相互の緊張関係の上に成り立っている議院内閣制の基本的な前提を揺るがすものであると考えねばなりません。
 また、行政・立法を含む国政は、「国民の厳粛な信託によるもの」であり(憲法前文)、民主主義国家においては、国政全般に対する国民の信頼は不可欠なものであります。
にもかかわらず、行政執行の公正さを問われた諸々の事案や、行政府の幹部公務員をめぐる様々な不祥事は、国民に大いなる不信感を惹起し、極めて残念な状況となったのではないでしょうか。
 
大島議長は与党である自民党の重鎮であるが、慣例上、議長就任期間は形式的に会派を離脱している。その大島議長をして、ここまで言わしめるほど、日本の国会の機能低下は深刻さを増していることを示している。
本来、行政府の問題を指摘し、糾すために設置された国政調査権が、巨大与党の前に機能不全に陥り、それが政治不信と無関心を助長、マスコミを大政翼賛へと駆り立てる原動力にもなっている。
いわゆる先進国では、例外なく議会に対する国民の信頼が低下傾向を示しているが、日本の場合は欧州やアメリカに見られるようなポピュリズムの勃興や極右勢力に対する支持といった形では無く、政治的無関心層の増大と投票率の低下という形で現れている。

先進国において資本主義の利益率が低下した結果、国内における経済的収奪が進められる一方で、大企業や政府内の腐敗が増大、議会制民主主義は政治的課題の解決能力や国民的合意形成能力を失いつつある。これは、国民の政党への参加度合いの低下(党員減少)や世論調査における「支持政党なし」の割合増加によって説明することが可能だ。現行の安倍政権は、国民的支持が安定しているものの、例えば2009年9月に発足した鳩山政権の場合、発足当初72%あった支持率が、2010年5月には14%にまで急落し、退陣に追い込まれている。ドイツなどを除いて、民主主義国では政権運営が困難を増しており、政治的不安定度が増す傾向にある。選挙制度の問題にかかるため、本講では触れなかったが、投票率の低下は憲法が掲げる「国民主権」と「国民を代表する国権の最高機関」としての国会の正統性を脅かしている。

また別の問題として、日本の国会における女性議員の割合は、衆議院で10.1%、参議院で20.7%、列国議会同盟の各国下院の調査では世界193カ国中158位(2018年4月)であり、男女比率の不平等性は民意の反映から程遠いところにある。そして、政治家である親や親族の基盤を受け継いで当選を重ねる「世襲議員」が増えていることも大きな問題となっている。現在、与党である自民党議員のうち約3割が世襲議員とされているが、2008年9月に発足した麻生内閣の場合、閣僚18人中11人が世襲だった。地域や特定の業界と強い利害関係を共有する世襲議員が増えることは、社会階層の固定化や経済格差の拡大につながる原因となっている。

議会と政党は、階級間の利害を調整して対立を予防する機能が期待されて設けられたが、政党が国民の利害代表者にならなくなり、議会での合意形成が困難を伴うようになると、大衆は「決める政治」を求めるようになり、暴力的解決をも支持するようになってゆく。1917年に起きたロシア革命が、2月革命で収束せず、10月革命に至ったのは、政党と議会における階級間調整が機能しなかったためであり、それは今日にまで続く大きな課題である。
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2018年09月24日

現職総理がいるのに政権党で党首選を行う奇怪

自民党総裁選で安倍氏が三選を果たす。
自分が政権党にいた頃からたびたび思ったことだが、現職の総理大臣がいるのに、党首選挙を行うことはどうにも理解できない。
確かに自分も職務上、秘書として代表選挙に関わったわけだが、それはそれとして原理原則が奇怪なのだ。

例えば、この党首選で現職総理が落選した場合、「与党内の支持が得られなかった」として総理を辞任するのだろうか。
だが、総理大臣の職は、国会の指名によってなされるものであり、政権党内の選挙で総理の存続の是非を問うのは、どうにも理屈に合わない。
かといって、現実的に政権党内の支持がないのに総理を続けることは不可能なので、辞任は避けられないだろう。そして、政権党内の選挙で、新総理の候補が決められ、政策転換が行われることも、衆議院選挙の存在意義を侵すものである。

総理総裁分離論というのもかつてはあったものの、議院内閣制の原則にはやはりそぐわない。議会の多数派が行政の統括をするのが議院内閣制の本質であるのに、その多数派のトップと総理が別人というのは、頭が二つあるような話だからだ。

現実的にも、各地の災害を始め、国内外の課題は山ほどあるにもかかわらず、党首選挙のために相当の政治的資源と時間を費やすのは、国家にとって不利益でしかない。
政権党内の議員や秘書も同じだ。せっかく政権党の座にあるのに、政策審議や行政監視に注力すべき政治的労力を定期的に行われる党首選挙のために割かねばならないのは、資源の浪費としか言いようがない。

現職総理の是非は、最大でも4年ごとに行われる衆議院総選挙の審判をもって充てれば十分な話である。
また、政党には基本的に代表をリコールする制度(党規約)を備えており、どうしても現職に不都合があれば、リコール権を行使すれば良い。
そういえば、立憲民主党には代表をリコールする制度が無かったように思われるので、立民こそ政権党についた場合、危険な独裁を始める恐れがある。

政治的安定のためにも、現職総理がいる間の党首選挙は止めるべきである。
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2018年07月06日

民族国家とデモクラシーの終焉・下

先の続き
国内での収奪が進められる一方で、議会制民主主義は政治的課題の解決能力や国民的合意形成能力を失いつつある。そもそも、今回の労基法等改正(政府呼称「働き方改革関連法案」)やいわゆるカジノ法案自体、階級間合意や国民合意を無視した議論になっていることは非常に象徴的だ。安保法制や共謀罪もそうだったが、「決められない政治」が批判されて、「決断する政治」が支持された結果、「合意なき上からの決定」が横行するようになっている。

「決められない政治」を挙げるならば、例えば原子力発電の処遇が挙げられる。全廃して自然エネルギーに全面移行する決断もできなければ、再稼働・推進を強行するわけでもない。これは、公的補償を行わないまま原発全廃を決定してしまった場合、原発を有する電力会社が総倒れになってしまうためだと考えられる。かと言って、安全コストや事故リスクが急上昇し、反対派も根強い中で、原発再稼働を強行するだけの政治的コストを掛ける余裕も無い。結果、「何も決めずに様子を見る」ことで、電力会社は原発を損失計上することなく経営を守り、政治家と官僚は政治的リスクを負わず、国民も忘却してゆくという事態が生じている。

もう一つ象徴的な例として、ウナギが挙げられる。ウナギはほぼ絶滅寸前にあると考えられるが、飲食店や養殖業者の反発を恐れる自民党と霞ヶ関はこれを放置している。この場合、飲食店や養殖業者などに一定の補償金を出すことで漁獲規制などの合意を取り付ける必要があるわけだが、財源が無い上に、合意形成能力を欠くため、何も決断できなくなっている。これはウナギに限った話では無く、漁業全体に言えることだ。
デモクラシーは財政的裏付けが無いと容易に機能不全に陥るという好例かもしれない。

他に大きな話では、少子化対策が挙げられる。これは「労働時間を減らす」「児童手当を増やす」「個人の教育負担を減らす」「婚外子に人権を認める」など対策自体は明白であるにもかかわらず、議会や政府内で合意形成できない結果、実効性の薄い政策しか実現できず、事態を悪化させている。

議会制民主主義の特質として、既得権益の受益者が議会に代表者を送り込むインセンティブが強く、同時に活発なロビー活動を行う傾向があり、投票率が低くなればなるほど、既得権益層の利害がより強く反映されるところとなる。
例えば、労働者層で考えた場合、雇用者総数5500万人のうちわずか600万人の大企業正規職員で構成される連合が、組織内候補を何人も国会に送り込んでいる一方、5000万人近い未組織労働者は、未組織であるが故に政治力を持たず、自分たちの代表者を議会に送り出すことができないでいる。結果、「労働者代表」を僭称する連合組織内議員が、国会で「原発推進」「TPP推進」「リニア新幹線推進」「軍拡推進」「働き方改革賛成」などを唱える始末になっている。

低収益の企業や部門が温存されていることが、低賃金と長時間労働を誘発し、労働生産性の向上を阻害、労働生産性が高まらないため賃金が上昇せず、消費と需要が増えないという負のスパイラルに陥っているわけだが、霞ヶ関も自民党も民進党も連合も、ペレストロイカにおける共産党員と同様、自身が最大の受益者であるが故に「現状維持バイアス」が強く、内部で議論すれば必ず「総論賛成・各論反対」となって、実質的な改革は何一つ実現できない構造にある。「働き方改革」で「残業月上限100時間未満」が認められ、「労働時間インターバル規制」が努力義務にされてしまったのは象徴的だ。
ゴルバチョフは、スターリンですら為し得なかった「中央委員会の全会一致」で改革派の頭領として書記長の座に就いたにもかかわらず、党内などの強い抵抗に遭って、上記の通り改革を実現できないまま「ゲーム・エンド」を迎えている。

ソ連は一党独裁だったが故に改革に失敗したが、日本の場合、「投票しない自由」を認める民主的議会が改革を拒んでいると言える。
デモクラシーは、比較的同質的な民族や市民が連帯感を共有する共同体の中で、民意を反映した議会が主権を代行して、民族や階級間の合意形成を行うシステムであるが、連帯感や共同体意識が薄れ、民族・階級対立が先鋭化すると、合意形成能力が失われ、急速に統治能力が低下して行く。ファッショが支配する前の独伊西などが典型例だろう。
戦前と異なるのは、国民国家や経済的繁栄が保証されなくなっている中で、一度デモクラシーが失われた場合、回復しない可能性が高まっている点である。とはいえ、デモクラシーに替わる政治理念や制度が提示されているわけでもなく、時代は新たなカオスに突入してゆくのかもしれない。

ただ、現行の議会制民主主義に基づく統治システムがいつ破断界を迎えるかについては、現時点では判断できない。統治システムが機能不全に陥ることは90%以上確実と見ているが、いつ瓦解するのかについては大きな幅があるように思われる。
ソ連で考えてみた場合、少なくとも1987年までは社会はペレストロイカに対する期待で満ちあふれていたらしく、88年前後から物不足が発生するも、それが不満や不信に変わってゆくのは89年に入ってからのことで、90年には統治不全が蔓延、91年に機能停止に至っている。つまり、目に見える形で統治不全が発生するようになると、瓦解までは早いようだが、現状の日本はそこまでは悪化していない。
しかし、財政悪化、日銀による国債購入、年金基金による株価購入といった要素を考慮した場合、金融危機が生じていきなり破綻する事態も考えられる。ヴァイマール共和国の場合も、崩壊(憲法停止)の直前まで民主的な選挙が行われていたことを考えても、経済危機ないしは戦争の有無が大きく作用しそうな気もする。
現状では「10年から20年以内」と考えられるが、自信は無い。

【追記】
リベラリズムの利点は、既得権益層の政治的影響力を抑止しつつ、スクラップ・ビルドのスクラップを容易にすることで、社会の新陳代謝を促進し、成長力の持続を図る点にある。ところが、日本の場合、政策減税、公的補助金、公的金融機関、公共事業がソ連型社会主義国に次ぐほど存在するため、自由主義の利点が効果を発揮しづらい傾向がある。そして、この側面がますます強化され、必要な新陳代謝が行われなくなっている。
posted by ケン at 00:00| Comment(6) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月05日

民族国家とデモクラシーの終焉・中

先の続き
さて、デモクラシーの話に移ろう。近代デモクラシーは、国民国家と併走する形で誕生し、発展してゆく。国民国家は工業化・近代化を目的としたが、その最大の課題は階級対立であり、事実、19世紀後半から20世紀初頭は、労働運動が最も過激化した時代だった。工業化の過程では、労働力の動員が不可欠だが、労働者の地位と待遇は恐ろしく低く、ストライキとサボタージュが蔓延、その生産性は非常に不安定なものだった。また、工業化に伴い、資源と市場を獲得する目的で、植民地獲得競争が起こり、同時に軍拡競争が起き、各国では兵員不足が生じ、この点でも国民の動員が不可欠となった。例えば、ロシア革命期の帝政ロシア軍では、一晩で一つの軍団からほぼ一個師団分の兵士が脱走するという事態が起きており、その戦力は恐ろしく不安定なものだった。同様のことは、日中戦争・国共内戦期の国民党軍でも起きているが、国民国家にも共通する課題であり、だからこそナショナリズムが称揚されることになる。

工業生産と軍事戦力の安定化を図るためには、市民に一定の政治的権利を付与し、国民統合力を強化しつつ、労資間の合意形成を容易にするのが最も合理的だった。地主や資本家による右翼党と、農民や労働者による左翼党が議会で利害を調整し、一定の合意を行うことで、階級間の和解が実現、ストライキやサボタージュ、あるいは敵前逃亡が減るという仕組みだった。第一次世界大戦において、各国の社会民主主義政党が戦争を支持したのは、デモクラシーに忠実だったためである。現代においても、トニー・ブレア氏が率いるイギリス労働党が、アメリカによるイラク侵攻を支持し、派兵したことによって有効であることが分かる。

これに対して、一般的あるいは共産党的なファシズム理解では、権威主義政党が労働者階級を弾圧して、資本に従わせる政治思想・制度とされているが、あまり実態をとらえていない。この理解では、イタリアでもドイツでも、ファッショ時代の方がむしろ労働者の待遇改善が進んだ面があることを説明できないからだ。現実には、権威主義政党が暴力と権威をもって、階級対立を止め、その党と政府に資本と労働力の動員を集約するのがファシズムと考えるのが妥当だろう。
しかし、この手法の場合、武力で中断させた階級対立の矛先を、外国人や外国に向けることでしか、国民統合力が維持できないため、第二次世界大戦を勃発させ、敗滅するに至った。以下、参考。
第一次世界大戦は、各国の軍事技術者や政治指導者の予想に反し、大規模かつ長期化を余儀なくされ、国家の工業力と経済力をフル稼働させて軍事生産すると同時に、国民大衆を肉体的にも精神的にも戦争に駆り立てる必要が生じた。また、政治社会的には、戦争の長期化と被害拡大に伴い、前線部隊の士気低下と国民大衆の不満増大が問題となり、厭戦気分や反戦運動・サボタージュへの対処が大きな課題となった。
戦争自体は、ロシアとドイツの軍事的敗北に起因する革命によって終了するが、共産主義ソ連の成立と、ヴェストファーレン(ウェストファリア)条約以降の慣例(領土権、主権と内政の不干渉)を無視したヴェルサイユ条約の締結、さらに植民地体制の動揺(民族解放運動の激化)と世界恐慌によって、「軍事力による国際秩序の再編は不可避」という認識が、特にドイツ、イタリア、日本において共有されていった。
ソ連はソ連で「資本主義帝国による、干渉戦争に次ぐ侵略は必ず行われる」という認識を有していた。具体的にスターリンは「米英の支援を受けた日波同盟が東西から挟撃してくる」と予想し、早急なる戦時体制の確立を目指して、重工業化、軍部粛清、大軍拡に踏み切ることになる。

「次なる世界戦争」もまた、一次大戦以上の超規模かつ長期化が予想されたため、総力戦に向けた継戦能力と軍事生産能力の向上と大規模動員を可能とする国家体制の構築が求められた。これが「総力戦体制」となる。
英米仏に比して経済的、産業的基盤の弱い日独伊は、国際的影響力や経済力の脆弱性を軍事的優越によって補正し、あるいは覆そうという意図を持って、市民的自由を制限しつつ、広範な国家動員体制を築いて、重工業化と産業基盤の強化を目指した。
総力戦体制とは何だったのか

二次大戦から米ソ冷戦を経て、結果的には、工業化・近代化において「国民国家+デモクラシー」の優越性が証明されたかに見えたが、そうでは無かった(相対的には正しいかもしれないが)。
米欧日で曲がりなりにもデモクラシーが維持されたのは、経済的繁栄と米ソ対立を前提とした階級和解(休戦状態)が担保されていたからだった。1990年代に、西側諸国の没落が明らかになってくると、米ソ冷戦が終わったこともあり、階級和解は反故にされる。中間層の増大によって、社会民主主義政党の力は弱まっているか、政治力や対資本交渉力を失っており、労働時間規制の緩和、非正規化・請負化、脱時間給、成果報酬制度の導入など労働者階級の分断が図られると同時に、消費増税や所得増税などによって中間層に対する収奪が強化され、一方で法人税の引き下げや銀行支援などによって資本の延命と優遇が進められた。

これらの不公平な改革は、外見上、民主的に選ばれた議会において決定されているが、現実には没落した中間層は過去の栄光を夢見て右翼党を支持、既存の左翼党は階級和解体制に慣れきってしまって、階級闘争を行うだけの思想も手段も無い状態にある。また、政府と右翼党は、中間層や労働者階級を分断し、あるいは選挙制度を都合良く改変することで、相対的優位を保ち続けている。

だが、こられは全て破綻を先送りにしているに過ぎない。国内の収奪を強化すればするほど、民意が適切に反映されないデモクラシーに対する無関心あるいは不満が増大し、いつしか暴力的解決を望む声が強まるからだ。無関心層の増大は、全員参加を大原則とするデモクラシーの正統性を損なうだけに、制度の根幹を融解させるものとなる。1991年8月にエリツィン・ロシア大統領がソ連共産党の活動停止命令を出した際に、全く抵抗が見られなかったのは、無関心層が圧倒的多数を占めていたからだった。
以下続く
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする