2018年05月08日

日本保守の耐えられない軽さについて・下

前回の続き
翻って、日本の保守主義は何に依拠しているのだろうか。
現代の日本国が明治維新に端を発している以上、江戸期の幕藩体制への回帰が反動という位置づけになるだろう。しかし、日本においては徳川家による資産(宮城や赤坂御所など)返還運動が全くなされていないことに象徴されるように、反動勢力そのものが存在しない。
結果、日本の保守主義の主流は明治維新・明治帝政に重い価値を置くところから始まる。ところが、明治維新(戊申政変)はたかだか150年前のものでしかない上、明治帝政は1945年に国土を灰燼に帰して滅亡寸前まで追い込まれ、休戦条約によって解体されてしまう。そのため、先に挙げた夫婦同姓に象徴されるように、「伝統」に厚みがなく、保守派が主張する伝統そのものが非常に薄っぺらいものになっている。同時に、彼らが明治帝政を肯定し、その侵略性や暴力性を否定すればするほど、周辺国との軋轢が生じ、安全保障上のリスクが高まり、軍事依存が強まるスパイラルに陥っている。また、彼らが明治帝政を肯定すればするほど、「凄惨な結末」が強調されてしまい、「でも同じ過ちは犯さない」となると対米追従・依存を強め、「強い国家」という保守原理との矛盾が大きくなるばかりとなっている。
つまり、明治帝政に依拠する保守というのは、ドイツのネオナチのようなもので、どこまでも無理がある存在なのだが、本土決戦が行われず、天皇制が存続されてしまったことで、「何となく」成立してしまっている。

日本では、現実政治で保守が強い割に、その原理は非常に脆弱という特徴がある。例えば、「強い国家」という場合、フランスでは絶対王政、イギリスではヴィクトリア朝がモデルとなるが、日本では1945年に破綻した明治帝政しかない。その明治帝政をモデルとするため、英国流の郷土主義も成立しない。

家族原理(家父長制)も、明治帝政期に人工的につくられたシステムで、成立したのは大正期以降の中産階級においてのみだった。
江戸時代にあっては長男以外は、養子に行くか、独立して一家を立てるかしない限り、結婚できなかった。人口の8〜9割を占めた農家の場合、次男以下は実家で農奴のように働くか、養子に出て自作農の家を継ぐかしない限り、あとは街に出て、日雇い職人や武家商家の下働きをするしかなかった。当時世界随一の大都市であった江戸でも、人口の6〜7割が男性で、その圧倒的多数は日雇人夫や路上商人(棒手振り)であり、彼らは結婚など夢のまた夢だったのだ。
この点でも、イエ制度の復活は全く現実的では無い。

また、欧州で言えばキリスト教に相当する宗教的権威や伝統も日本では脆弱だ。こう言うと「神道がある」と言われそうだが、現在ある神道は殆ど明治維新後に成立した新宗教の類いで、江戸期には神仏混淆が激しく、教義も教団も信徒も非常に曖昧なものだった。仮に「神道を国家宗教に」と主張してみたところで、「では、教義はどうするのか?」となると何も答えられなくなってしまう代物で、だからこそ戦前の国家神道は天皇の権威を神話的に創造することでしか成立させられなかった。故にわずか数年の外国軍占領によって、神社本庁こそ存続したものの、中身的には何も無くなってしまっている。つまり、天皇を神棚に据えなければ、何の求心力もないわけで、だからこそ日本会議などが国家神道の復興をめざしているものと思われる。

結論的なことを言うなら、日本の「保守」は欧米のそれに比して思想的あるいは伝統的基盤が非常に脆弱であるにもかかわらず、その空虚さ(中身の無さ)故に幅広い支持を受け、進歩派(左翼・リベラル層)の教条主義や非寛容から、相対的に多数派を形成してきたと考えられる。戦前、戦後ともに圧倒的に保守派が議会を抑えてきただけに、「保守の皇国」と考えがちだが、現実にはそこまで恐れる存在ではないのだ。
posted by ケン at 12:29| Comment(6) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月07日

日本保守の耐えられない軽さについて・上

日本では、左翼政党が国会の議席で10%も取れない時期が20年続いている。その間、新自由主義者と非自民系保守とノンポリ系リベラリストが民主党で緩い連携をなしつつ、自民党と対峙してきた。だが、自民党を上回る議席は獲得できず、小沢一郎氏が主導権を握って社会民主主義的要素を加味した小沢・鳩山路線を打ち出すことで、リーマンショックの影響もあって政権交代を実現した。しかし、それも一年と保たずに瓦解、菅内閣でTPPと消費増税路線に転じ、野田内閣で秘密保護法と集団的自衛権の解禁を進めるに至って、「自民党と何が違うのか」という話になり、再び政権交代が起きて安倍内閣が成立した。

その自民党は、2012年の総選挙直前まで穏健派の谷垣禎一氏が総裁を務めていたが、菅・野田内閣の右傾化の影響で、自民党内でも右ブレが起きて極右の安倍氏が新総裁に選出された。
なお、フランスで極右政党とされる国民戦線(Front National)が日本の自民党と比べて本当に「極右」と呼べるのかについては、こちらを参照されたい。

【参考】 フランスにおける既存政党の難しさについて

極右とされてきた安倍氏が総理となって5年を経て、秘密保護法、集団的自衛権を認める安保法制、通信傍受を拡大させる刑事訴訟法改正、未遂でも重大犯の構成要件とすることを可能とする共謀罪などが導入された。過去の戦争における日本の侵略性や犯罪性を否定、侵略戦争の否定の上に成り立っている現行憲法を否定し、戦前の明治帝政を称賛する傾向を強めている(明治150周年事業)。

確かに安倍政権が成立して右派的政策が進んだとは言えるのだが、その多くは直前の民主党政権で準備されたもので、必ずしも「極右政権が成立したから」とは説明できない。また「女性活躍」というネーミングは別にしても、保育所の整備が進められ、女性の役員登用や社会的進出が(少なくとも表面上は)追求されており、これは本来的には家族原理と性別役割分担を重視する保守の原理に反するものだ。侵略戦争を否定した上、戦争指導者を顕彰する靖国神社に参拝する国会議員は、安倍政権の成立直後こそ170人近くになったこともあるが、現在は70人前後で推移しており、これは国会議員の10%前後に過ぎない。一部には、極右団体である「日本会議」が悪の秘密結社として暗躍していると指摘する向きもあるが、彼らの集会に出席したり、講演したりした知人たちの話では、出席者の大多数は超高齢者だという。

昨年10月に行われた衆議院総選挙の票を見ると、
自民:1856万票 33.3%
KM: 698万票 12.5%
維新: 339万票 6.1%

立民:1108万票 19.9%
希望: 968万票 17.4%
NK: 440万票 7.9%
社民: 94万票 1.7%

権威主義寄りの自公維の比例票は2893万票、これに対し自由主義寄りの立希共社は2610万票で、かなり拮抗しているが、小選挙区制度の影響で自公が議席の7割を占有した。このことは、国民が相対的に「自民党がマシ」と評価しているだけで、必ずしも極右政策や権威主義路線が支持されているわけではないことを暗示している。その結果、安倍氏が悲願とする憲法改正は、自民党内でも案がまとまらない事態に陥って、行政の長である総理が憲法改正を主導する始末になっている。

これは先にhanamaru同志が指摘されたことだが、本来中道とは左右が並立しているからこそ成立しうる概念であって、左翼勢力がほぼ無力化されている現在では意味をなさなくなっている。結果、中道を志向した民主党・民進党も瓦解し、民主党を純化した形の立憲民主党は「リベラル保守」を自称するも、自らの理念と立ち位置を暗中模索している有様にある。彼らの自称保守を鵜呑みにした場合、日本の下院は98%を保守陣営が占めることになり、「保守独裁」が完成しているはずだ。

【参考】 立憲民主党の保守とは何か 

日本に極右政権が成立して5年が経ち、自称を含めると国会の議席の殆どを保守派が占めるに至っているはずだが、永田町から自国を改めて見つめ直して感じるのは、「劣化が進んでいる」のが第一印象で、頭に浮かぶ疑問は「彼らは一体何を保守したいのか」という点である。以下、過去ログ「歪なる保守主義」から援用しながら再考したい。

イデオロギーとしての保守主義は「反フランス革命」に端を発するが、それは「理性による独裁」「理性の暴走」が国王を処刑し、国民の大量殺戮に走ってしまった反省に起因した。
今日の概念で言うところの限定合理性がそれで、人間が万能で無い以上、合理主義には必ず限界があり、それを過信することは戒められるべきだということになる。人間の存在理由の一つは、代々に渡って培ってきた郷土、伝統、文化、言語といったものを子々孫々に伝えてゆくことであり、それに介入しようとする外国の圧力や国家権威には真っ向から抵抗する。
英国が常に反革命と反ナポレオンの旗を掲げ続けたのは、大陸流の近代主義、革命主義、合理主義、そしてグローバリズムに対する保守主義=伝統重視、漸進志向、経験則に依拠していた。英国に「ポンド」と「ヤード」が残ったのは、メートル法というグローバリズムに対する伝統保守の表れだった。また、英国における自由の概念は、王権から信仰と財産を守るために生まれた。

ところが、日本では尺貫法の復活を求める保守運動は見当たらない。学校で国語(日本語)の時間を減らして英語の授業を増やせなどという話をしている始末。もっとも、「日本語」自体が、明治期に人工的につくられた言語であり、少なくとも戊申期には京人や江戸人が薩摩人や会津人と会話するためには通訳が必要だったことが分かっている。そして、徳川家による江戸城を含む資産返還運動や名誉回復運動も起きていない。ケン先生は幕臣の末裔だが、徳川家が戊申政変を否定し、これらの保守運動を起こすというなら、支援するのもやぶさかではない。

また、日本で夫婦同姓が制度化されたのは、明治31年の民法改正が起源。それまでは夫婦別姓が基本で、同姓を選択できただけだった。明治以前は夫婦別姓が基本で、武家に嫁いだ女性も姓は実家のものを名乗っていた。つまり、夫婦同姓の「伝統」はわずか100年のものでしかない。にもかかわらず、保守を自称する連中は平気で「夫婦同姓は日本の伝統」「夫婦別姓になったら家族の一体性が失われる」などと主張しているが、彼らにとって戊申以前の歴史と伝統は「無かったこと」なのだろうか。
なお、明治31年の民法改正に際して、司法省がドイツ式の夫婦同姓案を提示したところ、当時の保守派から「日本古来の家父長制に反する」と大反発を受け、戸籍に絡めて「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」とすることで折り合いを付ける始末だった。
ケン先生に言わせれば、自分よりも自国の歴史を知らない人に「保守」を自称する資格は無い。

英米の保守主義が王権や中央政府からの自由に依拠しているのに対して、フランスの保守主義は国家主義を志向する。それは王権の否定によって成立した基本的人権を始めとする「共和国の原理」を至上の価値とし、「自由・平等・博愛」の理念に基づく国家建設とその防衛・発展を効率的に行うために存在する。故に米英の保守主義者と異なり、フランスの保守主義者は中央集権志向が強く、「共和国の原理」に基づく国民統合を積極的に進め、フランスの威信を全世界に示そうとする、いわゆる「ド・ゴール主義」である(苗字からしてガリア人だし)。フランスにおいて「共和国の原理」を否定するものは保守主義者ではなく、王党派=反動と見なされる。また、保守においても進歩主義や合理主義に対して肯定的である点も大きく異なる。故にフランスにおける左右対立とは、社会政策や労働・産業政策の違いが大半を占める。極右と言われる国民戦線ですらフランス語とフランス文化を受容する移民は拒否しない。

フランスで「真の保守」と言えるのは、フランス革命を否定する反動主義者を指す。その主張は、「自由、平等、博愛」の「共和国(近代)の原理」を否定し、革命以前の統治原理・理念の回復を求める。ごくおおざっぱに言えば、「国家、家族、カトリック」がそれだ。国家とは、国家主義あるいは権威主義を指し、人民に対する国家の優越、日本で言う「御恩と奉公」(人民は国家に奉公し、国家は人民の生命・財産を保障する)を強調する。国民戦線も、父親のジャン=マリー・ル・ペン氏が党首だった頃はこの路線だったが、娘のマリーヌが党首になると、現行の比較的穏健な保守路線に転向、「共和国の原理」も半ば肯定している。結果、党勢は拡大したものの、保守原理は薄まっている。また、フランスではカトリックの衰退が著しく、保守原理としてどこまで求心力を保てるのか、疑問がある。
以下続く
posted by ケン at 12:06| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月30日

自民党内ですら難航する改憲・続

【9条改正案から「必要最小限度」削除へ 自民、自衛隊定義で調整】
 自民党憲法改正推進本部(細田博之本部長)は19日、憲法9条の改正案に関し、自衛隊の定義として書き込む予定にしていた「必要最小限度の実力組織」という文言を削除する方向で調整に入った。党内では、「必要最小限度」の範囲をめぐる新たな憲法解釈の論争を巻き起こしかねないとの批判が出ていた。
 推進本部は22日の全体会合で、戦力不保持などを定めた9条2項を維持し、「必要最小限度」の文言を入れずに自衛隊を明記する案を説明したい考えだ。その上で、憲法改正案を示す25日の党大会に向けて意見集約を図り、細田氏への一任取り付けを目指す。
 推進本部の細田氏や根本匠事務総長らは19日、党本部で9条改正案の取りまとめ策を協議した。出席者によると、過去の国会答弁から「『必要最小限度』と書かなくても『戦力でない』という自衛隊に関する解釈が変わるわけではない」と判断した。
 推進本部は15日の全体会合で、9条改正に関する7案を示した。このうち、9条2項を維持した上で「9条の2」を新設し「必要最小限度の実力組織として、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」と明記する案をベースに意見集約する方向だった。「必要最小限度」の文言を書き込むことで2項が禁ずる「戦力」ではないと明確化する狙いがあった。
 しかし会合では、2項の削除を主張する石破茂元幹事長が「『必要最小限度』(の範囲)を誰が判断するのか」などと執行部案に異を唱えた。
 2項維持に賛同する別の議員からも「また、(自衛隊は)何ができる、できないと(いう論争を)ずっとやることになる」と反論が続出した。このため細田氏は15日の一任取り付けを断念した。
(3月20日、産経新聞)

先に本ブログで指摘した通りの展開になっている。
結局のところ、解釈改憲をはるかに超えて海外派兵の既成事実化や集団的自衛権の法整備を進めてしまったので、憲法改正についても「ちょっと書き足す」くらいでは事実に追いつかなくなっているのだ。

だが、9条2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を削除した上で、新たに設ける項目に「必要最小限度」などの明記を避けた場合、「最小限度の実力とは何か」「攻撃兵器は違反では」などの議論はなくなるかもしれないが、今度は無制限の軍拡が可能になり、全て政治の裁量下に置かれてしまうことになる。

例えば、1918年のロシア革命干渉戦争(シベリア出兵)において、日本は日英同盟に基づく集団的自衛権を発動して、革命勃発中のロシアに軍事介入、7万4千人を極東ロシアに上陸させて、イルクーツクまで進出、約40万人からのロシア人等を殺戮している。
現状でも、仮にNATO軍がウクライナに進駐、ロシア軍と衝突して、日本に出兵要請がなされたとしたら、良く似た情勢に陥るだろう。ウクライナが日本と「密接な関係」を持つと判断され、北海道の防衛に重大な影響が出るとの分析が出され、ウクライナとNATOから正式な要請があり、総理が「総合的に判断」して国会が承認すれば、「自衛隊」が宗谷海峡を越えて樺太に上陸すると同時に日本海を渡って浦塩に上陸、ハバロフスクに向けて進撃を開始する、ということになるかもしれない。第二次シベリア出兵である。原発を再稼働できずエネルギーの安定供給に不安を抱える現代日本としては、シベリアの天然ガスを独占する好機となろう。また、北方領土の奪還は日本政府の「悲願(笑)」である。その誘惑を自ら否定できるほど日本の政府や政党は成熟していない。

安全保障政策は、国際情勢によって大きく左右するだけに、非武装中立を宣言するのでもない限り、憲法で規定するのは避けた方が良い。本来であれば、国防法と国防方針で規定すべきもので、現状の自衛隊法は以下のように定めている。
第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。
2 自衛隊は、前項に規定するもののほか、同項の主たる任務の遂行に支障を生じない限度において、かつ、武力による威嚇又は武力の行使に当たらない範囲において、次に掲げる活動であつて、別に法律で定めるところにより自衛隊が実施することとされるものを行うことを任務とする。
一 我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対応して行う我が国の平和及び安全の確保に資する活動
二 国際連合を中心とした国際平和のための取組への寄与その他の国際協力の推進を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動
3 陸上自衛隊は主として陸において、海上自衛隊は主として海において、航空自衛隊は主として空においてそれぞれ行動することを任務とする。

これを読んでも、「武力の行使に当たらない範囲」で集団的自衛権の行使や海外派兵が可能になっており、「武力の行使とは何を意味するのか」という神学論争が起こる余地を残していることが分かる。定義が無いのだから、第二次シベリア介入を強行して「住民保護であって武力行使には当たらない」と言い張ることも不可能では無い。

言ってしまえば、憲法問題は義務ではなかった宿題を先送りにしてきた結果、宿題が山のように積み上がってしまって、途方に暮れているような状態にある。
posted by ケン at 12:13| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

困難増す今国会での改憲発議

【審議遅れ…今国会での改憲発議は困難に】
 自民党憲法改正推進本部は「改憲4項目」の意見集約を急いでいるが、想定した25日の党大会での条文案発表は困難な見通しだ。国会発議に向けた今後のスケジュールが焦点になるが、財務省の決裁文書改竄(かいざん)問題で国会審議が遅滞し、衆参両院の憲法審査会で集中的に議論する道筋も描けない。6月20日に会期末を迎える今国会での改憲発議は厳しい状況となっている。
 推進本部は(1)教育の充実(2)参院選「合区」解消(3)大災害時などの緊急事態条項(4)憲法9条への自衛隊明記−の改憲4項目を議論してきた。このうち緊急事態条項では、執行部が当初、公明党や野党との意見調整も見据え、国会議員の任期延長に絞る案を模索した。しかし大災害時に政府へ権限を集中する案などを盛り込むべきだとの声が強まり、結論は細田氏に一任したまま先送りされた。
 自民党は平成30年度予算案が成立する今月末以降、衆参憲法審査会を集中的に開き、公明党とも与党協議を進める考えだった。また9月の党総裁選後に開かれる秋の臨時国会で発議し、年内から来年早々に国民投票にかける案も想定していた。だが、文書改竄問題で安倍晋三政権が揺れており、今後のスケジュールはなかなか見通せない。安倍首相(自民党総裁)は15日夜、当選1回の党参院議員十数人と公邸で会食した際、推進本部で議論している憲法改正に関し「国会議員として真剣に考えてほしい」と呼び掛けた。
(3月16日、産経新聞)

安倍総理は「2020年に新憲法を(新天皇の下で)施行したい」と述べているが、そのためには今年中に改憲案を国会に上程し、来2019年の通常国会で審議、成立させ、夏か秋には国民投票にかける必要がある。ところが、自民党内ですら改憲案がまとまらない現状では、なかなかにハードルの高い日程となっている。
(自民党内ですら難航する改憲)

改憲議論は、おおむねケン先生の見込み通りに推移している。先日、上海で日本研究者向けに講演し、この点にも触れたが、何とか面目を保てている。

安倍総理的には、「衆参両院で3分の2を確保し、2019年夏の参院選まで時間を確保したから、この機会がほぼ唯一の改憲チャンスとなる」と考えていたと思われるが、「満を持し」た結果、権力集中と権力行使による腐敗も「満を持し」てしまったところが、想定外だったのだろう。

日本は憲法改正に非常に高いハードルを設けている。これは、戦後デモクラシーが、日本国民・人民の力と運動によって実現したものではなく、アジア太平洋戦争の休戦条約の条件として導入されたものであるため、明治帝政への回帰を防止するシステムが必要だったためだ。実際、この高いハードルが無かったら、1950年代には改憲がなされ、再軍備と権威主義の復興が実現していた可能性は十二分にあった。だが、1960年代以降の高度成長によって、改憲を求める声は保守派内でも萎んでいった。

しかし、1990年代以降、日本をめぐる安全保障環境は大きく変化し、憲法九条の前提条件である「国連軍に替わるアメリカ軍の常時駐留」が困難になりつつある。特に昨今は日米両国の財政難により、アメリカは日本にさらなる負担を求め、日本は増税と負担増で対応するところとなり、現状維持はさらに困難を増している。それだけに、憲法を改正して、自前の軍事力で国土防衛をなし、米軍の常時駐留を解除する方向性は不可避の情勢となっている。ただ、その後も日米同盟関係を維持するか、中国を中心とする集団安全保障体制を構築するか、については議論の分かれるところだ。
この点、「在日米軍+憲法九条」あるいは「憲法九条+米軍撤退」を謳う旧式左翼・リベラル派の主張は「対案なき理想主義」になってしまっている。

憲法改正は非常に大きな政治的リソースを必要とする上、条件が非常に高く設定されているため、自民党の一部で言われているような、「今回は小さな改正に止めておけば、次回以降は改正しやすくなるはず」などという意見は現実離れしている。今後は、さらに経済環境や国民生活が悪化、社会保障の切り下げも進められるだけに、今回のように政権党が衆参両院で絶対多数を保持し、総理が強大な権力を有する機会は二度と訪れない可能性すらある。

日本の不幸は、国際環境の変化に伴う九条改正が求められる現状にあって、それを推進するのが、帝政と侵略戦争を美化し、東京裁判の無効を訴える極右勢力である点にある。同時に、ケン先生が主張する「天皇制を廃止、共和制を実現した上で、再軍備・国民皆兵制をなす」ような、近代的共和主義者が殆ど皆無であり、左翼・リベラル層は「軍備なき天皇制」という理想主義的君主制論者で占められてしまっている点に、どこまでも救いが無い原因が求められる。

どうにも一度完全にひっくり返らない限り、ケン先生の政治的居場所は無いようだ。
posted by ケン at 12:31| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

自民党内ですら難航する改憲

【石破氏、首相の政治姿勢を批判 「党内の積み上げ無視」】
 自民党の石破茂元幹事長は18日のラジオ日本の番組で、「憲法もそうだが、党内で積み上げたものを無視した形で、『自分はこうなんだ』とやるのが時々ある」と述べ、安倍晋三首相の政治姿勢を批判した。
憲法9条改正をめぐり、1、2項を維持した上での自衛隊明記案を掲げる安倍首相に対し、石破氏は2012年の党改憲草案に沿って、交戦権を否認する2項の削除を主張。党内論議を積み重ねた草案を重視する姿勢を打ち出しており、改めて首相の政治手法に疑義を呈した形だ。
 昨年の衆院選で、安倍首相が消費増税の税収増を使った教育無償化を打ち出したことについても、石破氏は「車のラジオで聞いて、ひっくり返って驚いた。そんな話は聞いたこともない」と、安倍首相の政治手法に首をかしげた。番組は6日に収録された。
(2月18日、朝日新聞)

安倍総理の「最もやりたいこと」であるはずの「自主憲法制定」だが、衆参ともに自公で絶対多数を確保しながら、肝心の改憲に向けた議論や案文づくりは遅々として進んでいない。
もともと2017年秋の臨時国会で改憲案を提示、または提案する予定だったものが、昨年の通常国会では憲法調査会が開かれたのはわずかで、自民党内ですら改憲案をまとめられず、ついには臨時国会すら開かれずに解散・総選挙となってしまった。安倍総理は、通常国会中に自民党案をまとめ、秋の臨時国会で提案、発議できるように指示しているようだが、党内は「笛吹けど踊らず」状態にあり、若手議員との懇親会の場で議論を進めるようにお願いする始末になっている。

上記の石破氏の主張は正論だが、自民党案ではKM党が合意しない可能性が高く、仮に合意した場合でも、憲法改正案を自公で強行採決したところで、国民投票で否決されればムダになってしまうだけに、可能な限り野党の合意を得られる改正案に止めたいというのが、安倍氏の本音なのだろう。
その意味で、石破氏の主張は正論ではあるが現実的ではなく、「総裁選を見据えての政局狙い」と陰口を叩かれている。

だがその一方で、安倍総理が主張する「3項を設けて自衛隊を認める条文を加える」案は、現状を追認するだけの話で、「であれば、そこまで大きな政治的リソースをつぎ込んで、国民投票のリスクを冒す必要は無いだろう」という判断はむしろ合理的なものになってしまっている。
自民党内で改憲議論が盛り上がらないのは、「別にいま無理してやらなくても」「他にやることあるじゃん」という感覚が広がっているからだと推察される。

少なくとも法理論上は、9条2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を削除するからこそ、憲法を改正する意義があり、軍事力の保有が合法化される。この2項を残したまま、「自衛のための最小限度の実力組織の設置は法律によって認められる」旨を加えたところで、「戦力には該当しない実力組織とは何か」という神学論争が延々と続くことになるからだ。この点で、石破氏の主張はどこまでも正論である。

また、2015年に安保法制が成立して集団的自衛権の行使が容認された以上、憲法9条はすでに実質を失って形骸化しており、この点でも「今さら憲法を改正する必要ないじゃん」という話になっている。下手に3項を付け加えて、例えば「前二項の規定は、外国からの武力攻撃を受けたときに、これを排除するための必要最小限度の実力行使を妨げるものではない」「そのための必要最小限度の実力は、前項の戦力とは認識しない」などとした場合、今度は政府が想定する、日本が直接武力攻撃を受けていない「存立危機事態」に際し、集団的自衛権を行使して武力行使することが許されなくなってしまう。
法律を先行させて集団的自衛権を解禁してしまった以上、本来的には憲法を改正して「どこまではOKなのか」を明示しないと、今後関東軍のように暴走してしまう恐れがあるわけだが、法律を先行させてしまったが故に改憲のための条文の設定が困難になり、「形式を整えるだけの改憲にそんなリソースをつぎ込まなくてもいいじゃん」と反論されてしまうのだ。

安倍総理は「2020年に新憲法を(新天皇の下で)施行したい」と述べているが、そのためには今年中に改憲案を国会に上程し、来2019年の通常国会で審議、成立させ、夏か秋には国民投票にかける必要がある。ところが、自民党内ですら改憲案がまとまらない現状では、なかなかにハードルの高い日程となっている。

【参考】
安保法制反対の論理的脆弱性について
posted by ケン at 13:47| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

党略では無い改憲とは何か

【改憲論議「党略でなく」…首相、野党に議論促す】
 「党利党略や党が割れるからということではなく、前向きに取り組んで良い案が出ることを期待したい」
 31日の参院予算委員会で、安倍首相が憲法改正論議に消極的な野党にチクリと嫌みを言う場面があった。
 立憲民主党の枝野代表は憲法の定義が異なるとして、首相の下での論議に応じない姿勢を鮮明にしている。希望の党の玉木代表も首相が掲げる自衛隊の根拠規定追加に否定的だ。分党騒動が続く希望では「改憲議論を始めたら、もっとバラバラになる」(関係者)との事情もあるようだ。
 首相は幅広い賛同を得て改憲したい考えで、「私たちには国会で議論を深めていく義務がある」と各党に具体案の提示を呼びかけた。
(1月31日、読売新聞)

どうも安倍氏は自分がやりたい改憲の議論が進まないことにイライラしているようだ。
そもそも立憲民主党、NK党などは基本的に改憲不要を主張しており、自民党の土俵に乗ってやる必要は無い。改憲が不可欠であれば、自民とKMで衆参ともに3分の2を占めているのだから、自分たちだけで独自案をつくって採決してしまえば良い。
「自公が勝手につくった改憲案」と言われるのが嫌で、その場合、国民投票で否決される恐れが強いために、何とか「全党一致で改憲案をつくりました」という形をつくりたいのが自民党側の本音なのだ。それこそ党略以外の何物でもない。自主憲法制定は、自民党の悲願であって、他党には関係ない。
安倍氏は、都合が悪いと「首相だから答える立場に無い」などと答弁を回避するくせに、同じ立場のまま改憲を呼びかけるダブルスタンダードを貫いている。まして憲法遵守義務が課されている首相(行政の長)に「改憲議論を進める義務」などあろうはずもない。

以下参考。
現行憲法の「脱軍事・戦争否定」の理念を否定することは、天皇制護持の対価・条件を撤廃することに他ならない。喩えるなら、保護観察を条件に仮釈放されたものが、「俺はもう犯罪になんか手を出さないから」「もう本釈放でいいだろう」と一人勝手に保護観察を外して保護司の家に行くのを止めてしまうようなものなのだ。確かに講和条約を締結したことで、日本は独立を果たしたわけだが、それはあくまでも「仮釈放」というのが従来の政府解釈であり、大筋において日本国民に共有されていたと考えられる。その「仮釈放」から「仮」を外すための手続きこそが憲法改正であり、それ故に衆参各院の3分の2の同意と国民投票の過半数という高い障壁が設けられた。それを「ハードルが高過ぎる」という理由で、憲法改正を経ずに閣議決定と個別法の改正によって、「保護観察」を実質的に無効化してしまおうというのが、野田内閣と安倍内閣の方針だと言える。

戦後のドイツは、東西共に、徹底した「脱ナチ」と「極右政党(西独では左右全体主義政党)の禁止」を行った対価として再軍備が認められたが、日本の場合は再軍備を否定する代わりに「脱権威主義」が緩和され、天皇制の部分的保持が認められた。
ところが、現行憲法の「脱軍事・戦争否定」の理念を否定した場合、若干権威主義性が緩和されたとはいえ、天皇制が前面に出てくることになる。これをドイツに置き換えるならば、軍備を保持する統一ドイツが全体主義政党を容認するようなものなのだ。ドイツの場合、民主主義原理を徹底させる条件で軍備保持が容認されているわけだが、逆を言えば、ドイツは全体主義に対して常に戦闘的であることが求められている。
しかし、現代日本の場合、全体主義や差別に対して寛容で(NK党やKM党あるいは極左セクトが認められ、極右によるヘイトスピーチも取り締まられない)、体制としても権威主義が温存されている状況下にあって、軍事・軍備の制限を解除することは、まさに「戦後レジーム」の否定に他ならない。

従って、原理的には仮に日本が再軍備や軍事活動の制限を撤廃しようとするならば、まず権威主義=天皇制を廃して民主主義原理を徹底させて、シヴィリアンコントロールが完全に担保されることを国内外に示す必要がある。その憲法改正は「天皇制を廃止し、デモクラシーを徹底させるが、同時に再軍備を実現する」というものでない限り、旧連合国(現国連)からはポツダム体制に対する挑戦として理解されるだろう(米国は自軍の肩代わり役として期待するところがあるが)。安倍一派による「戦後レジームからの脱却」は「権威主義体制のままミリタリズムに回帰する」という意味で、どこまでも挑戦的で危険なものなのだ。
集団的自衛権容認の閣議決定を受けて・続、2014.7.17)


なお付言すると、ケン先生は積極的改憲論者で、第一条と第九条の同時削除による「共和国原理」の確立を主張している。単なる9条の削除や、再軍備宣言はポツダム・国際連合体制への挑戦となるため、日本の再軍備には徹底的な民主化(権威主義の排除)が不可欠であるという考え方だ。
posted by ケン at 12:43| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月31日

フランスで徴兵制復活

【<仏大統領>徴兵制復活へ 1カ月間、危機意識高める狙いか】
 フランスのマクロン大統領は19日、仏南部トゥーロンで軍兵士らを前に演説を行い、「国民が兵役に従事する仕組みを作りたい」と述べ、大統領選の公約に掲げた、若者に1カ月間の兵役を義務付ける徴兵制度を復活させる考えを示した。
 演説では詳細まで踏み込まなかったが、マクロン氏は昨年春の大統領選で、「軍と国民のつながりを強めるため、短い期間であっても軍での生活を体験してもらいたい」と述べ、兵役の義務化を公約に盛り込んでいた。対象は18〜21歳の男女で、良心的兵役拒否も認めるとしていた。期間は1カ月間と短いため、訓練よりも、相次ぐテロなどを背景に若者らの危機意識を高める側面が強い。だが、効果を疑問視する声もある上に、自由を重んじる若者らの反発も呼びそうだ。
 大統領選の決選投票をマクロン氏と競った極右政党・国民戦線のルペン党首も少なくとも3カ月の兵役義務化を公約に掲げていた。フランスでは、1996年に当時のシラク大統領が志願兵制に切り替えて、徴兵制(10カ月)の段階的廃止を表明。2001年に職業軍人化が完了した。徴兵制を巡ってはスウェーデンが昨年、ロシアに対する脅威を念頭に7年ぶりの復活を決めた。
(1月20日、毎日新聞)

また旧式左翼が大騒ぎしそうなネタ。連中は、英国労働党のブレア政権とドイツ社会民主党のシュレーダー政権がアフガニスタン派兵を、フランス社会党のオランド大統領がマリに軍事介入をなしたことの意味について、きちんと考えるべきだ。まぁ何も考えていないから大騒ぎするのだろうが。

フランスでは、1996年に徴兵が停止され、志願兵制に移行することが決まったが、その「改正国民役務法案」を提出したのは保守のシラク政権であり、法案に反対したのはフランス社会党と共産党だった。これは右派が軍事の効率化を進めるために軍事のプロ化が不可欠であると考えたのに対して、左派は軍の効率化よりもデモクラシーと国家共同体の根幹としての徴兵制を重視したためだった。つまり、重要な争点は「デモクラシーの要である義務兵役を、軍事的理由で停止することの是非」だったのであって、日本で議論されるような「徴兵制は奴隷的苦役」などという話はまず欧州では聞かれない。
ただし、徴兵を停止する代わりに、18歳から25歳までの間に1週間の国防教育を受ける義務(防衛準備召集)が課されており、国防の義務が免除あるいは否定されたわけではなかった。

近代徴兵制の礎はフランス革命に見いだされる。王政を廃して樹立されたフランス共和政は、国家の主権者を王から市民に転じたため、国防の義務もまた王から市民へと転じた。封建体制下では王や貴族の盾として強制動員されたものが、共和制下では主権、政治的権利の代償として国防の義務が課されることになったため、徴兵に応じることは「主権者としての義務を果たす」という意味で名誉なこととなった。
同時に、国民皆兵論に基づく徴兵制は階級や資産などの別なく徴兵の対象となることを前提としており、それは社会の公正性と平等性を体現するものでもあった。
デモクラシーとは、「市民全員が等しい政治的権利を有する共同体」という共同幻想の上に成り立っており、それ故に市民全員に防衛の義務が課されるのが自然であり、「政治的権利は有するが、防衛の義務は課されない」という日本のあり方の方が歪なのだ。
そして、フランスには、国民軍と徴兵制をデモクラシーの根幹とみなし、国民統合の有力な手段であると考える伝統があり、そこに主権在民の権力的正統性が認められている。恐らく日本人の大半には理解できない考え方だろう。

逆に徴兵制に反対する考え方はリベラリズムに求められる。リベラリズムは、王権による統制に対して個人の権利の確立を求める思想で、個々人の財産と権利を守ることを政府の役割とした。すべての個人は自己決定権があり、自己の意志を実現する権利を有していると考えることから、社会全体でこれを実現するためには国家などによる統制や介入も必要だとするのが本来のリベラリズムである。
その意味で、個人の身体と精神を拘束し、財産権を制限する徴兵制は、常にリベラリズムに背反する存在であり、デモクラシーよりもリベラリズムが強いアメリカでは徴兵制に対する忌避感が強い。その結果、米国では貧困家庭の子弟や市民権が欲しい移民ばかりが軍に志願し、むしろ軍の存在が階級差を象徴してしまっている。

日本国憲法は、その第9条に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定めているため、軍隊を保有できず、自衛隊を「自国を防衛するための必要最小限度の実力組織」と規定する他なかった。その結果、自衛隊は防衛省の機構の一部という扱いで、憲法に規定されず、議会(国権の最高機関にして主権代行機関)の統制を全く受けない組織になっている。近代の民主的軍隊であるならば、「誰による誰のための軍隊」か規定されるはずだったが、「実力組織」なる官僚機構であるがために「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つ」(自衛隊法)という曖昧な記述に終わっている。

例えばスイスは憲法で民兵の原則を謳いつつ、「軍隊は、国及び住民を防衛する」と規定しており、フランスは国防法典において「国防は、常に、あらゆる事態において、また、あらゆる形態の侵略に対し、領土の安全及び一体性並びに住民の生活を保障することを目的とする」と規定している。これに対して、ロシア連邦国防法は「ロシア連邦軍は、ロシア連邦に対して向けられた侵略の撃退、ロシア連邦領土の保全と不可侵性の武装防護、並びにロシア連邦の国際条約に従った任務の遂行を使命とする」としており、日本の自衛隊と同様、国民保護の義務を負っていない。

欧州で徴兵制の復活が進んでいる理由として、日本の報道機関は「ロシアの脅威」を第一に上げているが、これは欧米通信社の主張を垂れ流しているだけで、全く本質から外れている。その真の理由は、「欧州の統合力、集団防衛力が弱くなったから」であり、EU統合によって民族国家としての国民統合が弱まると同時に、ドイツに対する依存度が高まって自国の国家主権も弱まっていることが大きい。

結局のところ、自力で王侯貴族と闘い、打倒し、さらに軍事介入した外国軍と戦いながらデモクラシーを確立した経験を持たないものが、近代国民軍やデモクラシーの意味を理解するのは難しいのかもしれない。
posted by ケン at 12:35| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする