2016年03月28日

右翼のヤバさと中道の難しさについて

55年体制下で自民党が半世紀にわたる一党優位体制を築き上げたのは、野党である社会党の政策を先取りして、特に社会保障制度を充実させたことが大きかった。「別に社会党である必要は無いよね?」というのが戦後有権者の多数派であり続けた。その社会党は、ついぞ自民党に代わる、かつ有権者の多数派から支持されるアイデンティティを打ち出せないまま、冷戦構造の崩壊とともに解党した。また、自民党の支持基盤は、持続的な経済成長の中で、中間団体を通じた所得分配にあったが、バブル崩壊を経て経済成長がストップし、財政赤字が恒久化して従来の分配構造の維持が難しくなった。
国旗国歌法が成立したのは1999年で、何をかを象徴していた。
1990年代の大きなメルクマールは、いわゆる「バブル崩壊」と「政治改革の失敗」だった。バブル崩壊とそれに伴う銀行救済のための財政出動により財政赤字が急増、同時に少子高齢化の急進により保険財政も急速に悪化する。
ロバート・スキデルスキー師は、「二十世紀の経験は、経済的繁栄はリベラルな民主主義に依存しないが、リベラルな民主主義は、経済的繁栄が欠けている場合、危機に陥る、ということを示している」と述べられている。戦後民主主義を支え、一党支配の正統性を担保してきた高度成長がストップし、デモクラシーを危機に導いていった。
そして、政治改革の失敗により、戦後から80年代まで日本政治を牽引したエリート支配に終止符が打たれ、小選挙区制の導入に伴い、ヤンキー(反知性主義)が優位に立っていった。
国と保守派が君が代を強制するワケ・下

緩い分配構造に基づく「寛容なる保守」(ソフト路線)が難しくなり、かつ左翼の脅威が薄れた自民党は急速に右傾化、「断固たる権威主義」(ハード路線)へと傾いていった。その極めつけが第一次安倍政権だったが、経済を軽視した急速な右派政策は国民の支持を得られず失敗、民主党に政権交代する切っ掛けをつくってしまった。第二次安倍政権は、この失敗を反省して、少なくとも数字上は「経済的繁栄」を築くことで、権威主義路線への支持を広げている。

また、日本には年収300万円以下の貧困層が2500万人もいるにもかかわらず、その票が左翼政党に殆ど反映されないことも(共社で500〜600万票)、自民党の右傾化を助長している。これが仮に社会民主義政党(日本の社民党では無い)が単独で、あるいは共社で常に1千万票以上獲得していれば、自民党は中間票に気を遣わざるを得なかったはずだ。実際、1971年の参院選全国区を見た場合、自民党1775万票に対して社共が1170万票、社会党瓦解直前の92年の選挙(比例区)でも、自民党1500万票に対して社共で1150万票とかなり健闘していた。だが、2013年の参院選比例区は、自民党1846万票に対して共社で640万票になってしまい、第二・第三保守党と言える民主・維新が計1348万票を獲得している。

実は、右傾化が進んだ自民党に対して、今度は民主党が「寛容なる保守」と「なんちゃって左翼」の合同体と呼べる「小沢・鳩山路線」を掲げて政権奪取に成功する。だが、様々な理由からわずか半年で瓦解し、菅・野田路線に転向した。菅・野田路線は、TPP、消費増税、法人減税、集団的自衛権など、むしろ自民党の政策を先取りするものだった。当時の執行部は、右派票の取り込みを目論んだわけだが、現実には「いや、それなら自民党でいいじゃん」となって2012年の選挙で安倍・自民党に圧勝を許すところとなった。
その自民党は「右に寄りかかってきた」菅・野田路線への対抗上、「さらに右」を目指すところとなり、「寛容なる保守」の後継者である谷垣氏を総裁から引きずり下ろして、「ハード路線」の安倍氏を据え、権威主義体制をもって選挙に臨んでいる。この点で言うと、「後世の歴史家視点」ではあるが、民主党の菅・野田路線が自民党を「さらに右」へと追いやり、権威主義の復活に寄与してしまったと言える。

【参考】慚愧に堪えず(2010.11.12) 

安倍・自民党が吉田路線を否定して岸路線を突き進んだ結果、権威主義的体質も強化され、それとともに歴史修正主義が強まって、戦前・戦中の帝政や戦争を美化する傾向が強まっている。経済成長と社会保障によって支配の正統性を担保してきた自民党は、この2つの旗印を失いつつあり、新たな統治根拠として国家主義・権威主義に切り替えているためだ。岸信介は、少なくとも社会保障を推進したが、安倍氏は財政上の理由からこれを切り捨てざるを得ない状態にあり、その不満を愛国主義と対外戦争によって緩和・解消する方向で進めている。日本の貧困化(階層化)が進み、社会保障が切り下げられ、国民の不満が高まれば高まるほど、さらに「愛国教育」と国旗国歌の強制が進んでいく構図だ。
具体的には、対中脅威論と対テロ戦争参加を掲げ、「戦時体制」を理由に市民の自由と人権を制限、その不満を戦争と国家主義への熱狂によって解消するという構想だろう。戦前史を見た場合、1930年代に吹き荒れたテロルの嵐は、1937年の日華事変発生とともにピタリと止まり、同時に合法社会主義者、自由主義者、反戦運動家への弾圧が進められた。

安倍・自民党やその支持層の恐ろしいところは、戦前の帝政・権威主義・ミリタリズムを肯定し、その侵略性、暴力性、違法性を否定する同じ口で、現在の民主主義を否定し、暴力行使の拡大を唱えている点にある。喩えるなら、婦女暴行と連続殺人を犯した重大犯が、恩赦で出獄してきたところ、自らの犯罪性を否定、「正当防衛」などと言い張って、またぞろ拳銃やら日本刀を見せびらかしながら歩いているようなものだろう。この場合、仮に護身用ナイフの携帯が許されるとしても、それは過去の犯罪に対する深い反省が前提となるはずであり、自らの犯罪性を裁判官のせいにしているものが勝手に武装して歩いていれば、近隣住民が怯えるのは当然のことだ。
戦後の日本は、天皇制を始めとする権威主義を一部温存する代償として軍備を放棄したはずだが、いつの間にか再軍備だけ果たして、今度は不徹底に終わった民主化の殻を脱ぎ捨てて権威主義体制へと向かいつつある。
日本を占領支配したGHQは、日本の軍閥勢力を過剰評価していたことと、民主化が十分に進む前に米ソ対立が先鋭化したことがあって、急速に天皇制を中心とする権威主義の一部温存を容認、現行憲法の成立と公職追放の早期解除に進んでいった。東西対立の中で、日本を西側陣営の一員として迎え、極東の防波堤となすことは、アメリカにとって急務だった。また、最も大きい賠償請求権を有していたと考えられる中国は、国民党と共産党が激しい内戦を戦っており、国民党としては内戦を有利に戦うためにも米国の戦略に応じて、「軍部悪玉論」に賛同、「日本国民は無罪」として賠償請求権を放棄した。
(中略)
「軍部は悪くない、オレたちも悪くない」「帝政は戦後民主主義よりも優れている」「悪いことしてないんだから賠償なんかしない」「再軍備して海外派兵もビシビシやるぜ」「中国人は騒ぎすぎ」「ロシア人は領土よこせ」「韓国人は黙ってろ」などという主張が、本当に国際社会に通用すると思っているのだろうか。
周りの人間が全員狂ってしまうと、人は「ひょっとして狂っているのは自分の方なのではないか」と考え出す傾向にあるというが、今の日本はまさにそこに近づきつつあるのだろう。
分かりやすい歴史解釈のために:日本の戦後処理について

私個人は、「日米安保を肯定する限り、集団的自衛権も安保法制も完全に否定することは出来ない(でもやめて、東アジアの集団安全保障体制を模索した方が良い)」という立場に立っている。しかし、現在の自民党と右派が突き進んでいるのは、戦前の「(ナチス・ドイツの)バスに乗り遅れるな」と同じ過ちとしか思えない。
posted by ケン at 11:50| Comment(4) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

民進党はおおさかにも勝てない?

【大学まで教育無償化…おおさか維新が憲法改正案】
 おおさか維新の会が検討している憲法改正草案の原案が15日、分かった。教育機会の均等を図るため幼児期から大学まで教育費を無償とすることや、道州制の創設を柱とする「地域主権」の規定などが盛り込まれた。16日の党憲法プロジェクトチームで議論した上で、26日の党大会で最終決定する。参院選公約の目玉として打ち出し、独自色をアピールしたい考えだ。同党は、〈1〉教育の無償化〈2〉統治機構改革〈3〉憲法裁判所の設置――の3本柱に絞って草案作りを進めている。9条や憲法改正手続きを定めた96条については検討を見送った。教育の無償化は、橋下徹法律政策顧問の肝いりで、大学進学の門戸を広げるだけでなく、待機児童の解消も狙う。現憲法の「義務教育を無償とする」(26条)との規定を「幼児期から高等教育に至るまで無償」と修正した。「経済的理由で教育を受ける機会を奪われない」との文言も加えた。
(3月16日、読売新聞)

「民進党」は野党としても「おおさか」に負けるかもしれない。「おおさか」は右翼で、トンデモ議員が多いかもしれないが、「教育無償化」や「保育士給与増額」など大衆の現実的ニーズに即した政策を次々と打ちだしている。これに対して、民主党は「与党崩れ」が激しく、09年マニフェストの「失敗」に対して必要以上にナイーブになっているため、多少でも実現可能性に疑問があるような政策は決して打ち出そうとしない。
結果、予算委員会で山尾議員が安倍総理をやり込めるような「ポイント稼ぎ」はしているものの、選挙に堪えうるような(有権者の支持が得られるような)政策は、殆ど打ち出せないでいる。

同じような傾向は、欧米でもよく見られる。欧州の既存の中道左派政党が現実政治に傾斜した結果、貧困化が進む大衆の支持は右翼や民族主義政党に流れている。米国の大統領予備選でトランプ氏やサンダース氏が健闘しているのも、既存の政治家が大衆的ニーズを満たせなくなっていることの表れであろう。

・フランスにおける既存政党の難しさについて

民主党・民進党も、現実政治を意識すればするほど、自民党(実態は霞ヶ関)の政策に似通って、第二自民党化してしまうだけに、いざ選挙という時に「自公の対抗軸」として認められず、NK党と「おおさか」に流れる可能性が高い。具体的には、参院比例票で、NK党600万票、民進党500万票、「おおさか」400万票くらいがイメージされる。その場合、民進党はさっそく分裂騒ぎが起きるだろう。

先日読んだ新聞記事で、数百万円の奨学金返済を抱えた女性が結婚することになり、男性の両親に会いに行ったところ、後に男性の両親は「借金のある女性」との結婚に反対していたことが分かり、どうしたものかという人生相談を読んだ。
これは非常に普遍的な問題で、いまや大学生の半分以上が有償の奨学金を借りて、借金を背負ったまま社会に出て、その何割かは非正規やブラック企業に勤めている。奨学金の返済もままならないまま、結婚や子育てなどできるはずもなく、引いてはますます少子化が進むことになる。つまり、教育費の高さと、労働環境や子育て環境の悪さは非常に密接に関連しているのであって、この構造が貧困化を進めていると言える。
こうした若年層の不安や不満を斟酌せずに、「現実政治」を唱えてみたところで、「じゃあ自民党でいいじゃん」と言われるだけなのは火を見るより明らかだ。その意味でも、民進党に野党としての役割が果たせるのか、甚だ疑問であろう。
posted by ケン at 12:27| Comment(6) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月08日

放送の自由と規制のあり方について

【高市総務相「色々な意見あるなあ」 停波発言の批判声明】
 高市早苗総務相による放送局への「停波」発言をめぐり、田原総一朗氏らジャーナリストが批判声明を出したことについて、高市氏は1日の衆院総務委員会で「色々な意見があるのだなあと感じさせて頂いた」と感想を述べた。民主党の小川淳也氏に「受け止め」を問われ、答えた。
一方、高市氏は政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した際、放送法4条違反を理由に放送局に電波停止を命じる可能性について「法律に規定されたものは誠実に執行するのが内閣の役割だ」と改めて主張。「憲法の条文には内閣の職務として法律を誠実に執行するとの規定がある」とした上で、「ここは法治国家。法律に規定されたものは放送法や電波法に限らず、必要があれば誠実に執行するのが内閣の役割だ」と述べた。
放送法4条違反を理由にした「停波」について言及した高市早苗総務相に公開質問状を送った日本民間放送労働組合連合会(民放労連)は1日、高市氏からの回答を公開した。高市氏は国会答弁を引用、4条は法規範性を有し、憲法との関係においても問題ないといった考えを改めて示した。民放労連は「国会答弁のおうむ返しで回答になっていない」と抗議、再回答を求めている。
(3月1日、朝日新聞)

この件について、野党の批判がやや苦しいことはすでに述べている。民主党政権期にも当時の平岡大臣が同様の答弁を行っており、自民党からの「反撃」に利用されてしまった。民主党議員が何と言おうと、政府としての公式見解である以上は、方針や解釈を転換しない限り、同じ答弁にしかならず、それを「アベ政権はケシカラン」と繰り返したところで、不毛な論争にしかならない。
ただ、歴史を俯瞰すると、現在の政府見解は比較的最近のものであることが分かる。1950年1月24日の衆議院電気通信委員会において、網島電波監理長官が放送法の主旨を行っている。
放送番組につきましては、第一条に、放送による表現の自由を根本原則として掲げまして、政府は放送番組に対する検閲、監督等は一切行わないのでございます。

これは、倫理規範を想定してのものと考えるのが妥当であり、だからこそ行政法学者の間でも放送法4条1項を倫理規定とするものが通説になっていた。ところが、1993年12月15日の参議院予算委員会において、テレ朝の椿事件(同報道局長が民放連で放送法違反発言を行った疑獄)を受けて、放送法の公正原則について質問されたのに対し、当時の神崎武法郵政大臣は、
政治的公平等の要件を定めておりますけれども、私どもはこれらについては単なる倫理規定であるとは考えておりません。

と答弁した。放送法制定は1950年で、少なくともその後40年以上、放送法4条1項は倫理規定であるとの合意があったと見られ、実際に放送法違反に基づく行政指導や処分は一切行われなかった。これが解釈変更と見なされるのは、以降、放送事業者に対する行政指導が行われるようになり、特に2004年から09年に渡って飛躍的に増えている。

他方、憲法第21条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」「二:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」としている。これは表現の自由は、その内容にかかわらず全て保障されることを意味するはずだが、実際には他者の人権や公共福祉との兼ね合いがあり、必ずしも「全て」保障されるわけではない。ヘイト・スピーチなどがこれに当たる。
とすると、政府の放送法4条の現行解釈では、表現内容について、行政府が問題にして行政処分を科すことを認めることになり、それは表現の自由を真っ向から否定することになって、憲法に違反している。政府はこれを「憲法違反には当たらない」と主張しているが、どう見ても「強弁」でしかなく、論理的に破綻している。
であればこそ、放送法4条1項は倫理規定であって、放送事業者には努力義務を課すということで、放送法制定から40年間は、放送法と憲法の間の矛盾を解消してきたはずだった。
関連して興味深いことに、自民党憲法改正草案の21条の部分には、
前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

という条項が追加されている。今の政府の解釈は、自民党の改憲案を前倒しして適用するものであり、解釈改憲であるという見方も可能なのだ。

もう一つの問題として、プリント・メディア(印刷媒体)には課されていない「公正原則」が、放送事業者にのみ課されているのは何故か、という問題がある。これは従来、「競争が少なく、国民に与える影響が大きい電波媒体は、特別な規制(公正担保)が必要である」という「電波希少性原則」から説明されてきた。
ところが、地上波以外に、衛生放送やケーブルテレビのみならず、インターネットがテレビ放送と同様の情報伝達を可能にしている現状で、果たして「電波稀少原則」が成り立つのかという話になっている。現行では、ケーブルテレビやインターネット放送にも放送法4条1項は適用されているわけだが、ケーブルテレビに放送法が適用されて、「電波法」に基づく行政処分が科される可能性があるという時点で疑問満載なのだ。
また、インターネット放送にも放送法が適用されて行政処分が科される可能性があるとなると、放送事業者によるインターネット放送は規制(監督)を受ける一方で、個人によるインターネット放送は規制を受けないというダブルスタンダードが生じることになる。

政府が主張する「電波希少性」は、メディアの多様化ですでに立法根拠を失っており、むしろ行政権の肥大化と拡大解釈の温床にしかなっていない。現にアメリカでは29年前の1987年に放送の公正原則を廃止している。また、放送法の公正原則が適用されていないプリント・メディアにおいて、基本的に公正原則が保たれていることも、放送事業者にのみ同原則を課すことの不合理性が指摘される。
結果、放送法を改正して4条1項そのものを撤廃するか(米国式)、同条の解釈を1993年以前の倫理規定に戻す(欧州式)、のどちらかの選択肢しかあり得ないと思われる。

さらにもう一つ問題があり、これが最大の争点かもしれない。日本における放送規制・監督の仕組みは、欧米諸国に比して非常に独特で、それは放送事業と電波使用の許認可権を持つ総務大臣が、自ら直接、言論機関である放送事業者を監督するという仕組みになっていることだ。これは、言論の国家からの自由という点で、著しく憲法理念に反している。
例えば、ドイツでは、民間放送の番組編成を国家が直接監督することは憲法違反と考えられている。アメリカやイギリスでは、放送の規制監督は、合議制の独立行政機関が担っている。実は、日本でも放送法と電波法が成立した1950年には、米国の独立規制監督機関である「連邦通信委員会」を参考にした「電波監理委員会」が設置されたが、わずか2年後の52年には廃止されて、その監督権限は郵政大臣に移行し、今日に至っている。どうやら、サンフランシスコ講和条約(1951年)後の「逆コース」の中で、当時の郵政官僚が将来的に報道統制を行うための「因子」を潜り込ませていたと考えられる。
それはともかく、許認可権を有する圧倒的に強い立場にあり、同時に政党の一員という政治的中立性が担保されない者が、言論機関の監督規制を担うという現行制度は、本質的にリベラリズムとデモクラシーの原則に反している。喩えるなら、会社の社長が監査役を兼ねるような話で、「あり得ない」のは当然だろう。

こうして改めて見直してみると、高市大臣の発言を抜き出して攻撃するのは、やはり本質から外れてしまっている。根源的には、「放送事業者による自主規制」の建前を掲げながら、許認可権を持つ政府が、自ら監督権も行使するという、「そもそも自主規制なんて不可能」な制度設計にあるのであって、野党はこの点をこそ追及し、より民主的かつ自由が担保される仕組みを提案すべきである。
posted by ケン at 12:59| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

自衛隊は反戦運動があると任務を全うできない?

【自衛隊による個人情報収集、控訴審も「違法」 仙台高裁】
陸上自衛隊が2002〜04年、イラク派遣に反対する運動をしていた人たちを監視し、個人情報を集めていたのは違法だとして、東北6県の91人が損害賠償を国に求めた訴訟の控訴審判決が2日、仙台高裁であった。古久保正人裁判長は、一審・仙台地裁判決の一部を取り消し、原告1人についての情報収集の違法性を認めた。情報収集の差し止めは一審に続いて却下した。原告は上告する方針。
 高裁判決は、原告1人については「公になっていない本名や職業を陸自に調べられた」として、プライバシーの侵害を認め、10万円の賠償を国に命じた。一方、一審判決で賠償が認められた5人のうち、地方議員ら4人の請求については「所属政党など第三者に知られることを前提とした情報で、収集は違法ではない」と述べ、棄却した。きっかけは、共産党が自衛隊関係者から入手したとして、07年に公開した内部文書。東北6県で行われたイラク派遣に反対する集会やデモ行進、署名活動について、参加者や所属政党などの個人情報が書かれていた。文書の作成者とみられる役職者は「東北方面情報保全隊長」とあった。
 文書に個人情報を書かれていた人たちは07年10月に提訴。12年3月の一審判決は、当時の原告107人のうち、所属政党など思想、信条に直結する情報を記載された5人について5万〜10万円ずつ、総額30万円の賠償を国に命じた。差し止めについては、「対象を特定しておらず不適法」として訴えを却下していた。控訴審では、陸自の当時の情報保全隊長が証人として出廷。「外部からの働きかけがあると任務が妨害され、実力が発揮できない。隊員や家族の混乱を防ぐためにも情報収集が必要だ」と証言した。「一般論」として、スーパーの前で反戦平和の歌を歌うことや、核兵器廃絶の署名活動などの行為が「外部からの働きかけ」になりうると述べた。
(2月2日、朝日新聞)

私は、政治の最前線にあるものとして、色々な方面にアンテナを立てているつもりだが、その想像を上回る勢いで権威主義と国家主義が浸透している。
情報保全隊長は一等陸佐が担っているが、これは防衛大学を卒業した「軍エリート」であることを示している。その「軍エリート」が、市民による反戦デモや反核運動が国防力を低下させていると主張しているのである。
ドイツ連邦軍では入隊時に「私は、ドイツ連邦共和国に忠実に尽くし、ドイツ国民の権利と自由とを勇敢に守ることを誓います」という宣誓を行っているが、自衛隊は一体何を守っているのだろうかと疑われる。かつてヒトラーは、第一次世界大戦にドイツが敗れた原因を「ユダヤ人の銃後の裏切り」にあるとして、新たな戦争を遂行する前に隔離と殺戮を始めた。

以前の稿で述べているが、例えばスイスは憲法で民兵の原則を謳いつつ、「軍隊は、国及び住民を防衛する」と規定しており、これこそが本来の意味での「国民の軍隊」と呼べる。また、フランスは国防法典において「国防は、常に、あらゆる事態において、また、あらゆる形態の侵略に対し、領土の安全及び一体性並びに住民の生活を保障することを目的とする」と規定している。フィンランドも同様に軍の主要な役割について、領土保全に続いて「人民の生活、基本的権利、自由を保障し、法と秩序を守る」と規定している。こうした法的根拠があれば、沖縄戦の様相は今少し違っていたものと思われる。
一方、現代の自衛隊は自衛隊法において、

第三条 自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

とあるように、「国民の保護」を規定しておらず、「国民個々人の生命保護は我々の任務外」と主張できる根拠を形成している。官僚は法律を守ると同時に、法律に書いていないことは「やってはならない」という縛りがある。例えば、租税法律主義や罪刑法定主義は、国民の合意無き課税や国民の合意無き刑罰を禁じるために存在するが、これは法律に根拠を持たない課税や刑罰が横行すれば、必ず市民に害をなすという考え方である。戦前で言えば、軍の統帥権の定義や内容を規定しなかった結果、文民統制が全く効かなくなって軍の暴走を止めることが出来なくなってしまったことがある。同じ過ちを犯す基盤はすでに出来上がっている。

防大卒の自衛隊幹部が、市民の集会やデモ、あるいは署名運動を否定するということは、防衛大学や自衛隊内において「デモクラシーとは何か」「デモクラシー下における軍(暴力装置)のあり方」といったものが、一切教えられていないことを意味する。同時に、自衛隊が、憲法上の規定が無いために、議会の統制を全く受けない存在になってしまっているため、自衛隊内がブラックボックス化してしまい、国粋主義と軍閥化の温床になってしまっていることも示している。
こうした傾向は、秘密保護法と安保法制の施行、そして自民党の一党優位体制によってますます加速してゆく可能性が高い。

「国家と軍隊のために国民がある」という「戦前」は、もはや我々の目の前まで来ている。

【参考】
軍隊のあり方:石破クンは分かって言ってる? 
軍隊のあり方について続・日本軍の場合 
軍隊のあり方についてB〜近代国民軍の成立 
posted by ケン at 15:00| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月05日

文部科学省の制限主権論3

【高校生のデモや集会、学校への届け出制認める 文科省】
 高校生のデモ参加などの政治活動をめぐり、文部科学省は29日、休日や放課後に校外での政治活動に参加する場合、事前に学校に届け出させることを認める見解を示した。今後、届け出制を導入する学校が出てくる可能性がある。高校生の政治活動は1969年の旧文部省通知で規制していた。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられるのを受け、文科省は昨年10月、校外での政治活動を原則容認する通知を出し、方針を転換した。この通知の解釈について、自治体などからの問い合わせに答えるため、Q&Aを作成。29日には都道府県教育委員会の生徒指導担当者らを対象にした会議を文科省で開き、Q&Aを配布した。それによると、休日や放課後の校外での政治活動を届け出制にできるかとの問いに対し、各校で適切に判断するものとし、禁止はしない方針を示した。担当者は取材に「生徒の安全に配慮したり、政治活動に没頭して学業に支障が出ないようにしたりするなど、生徒指導上把握が必要なケースがあるため」と説明した。
 また、Q&Aでは、放課後や休日も含めて校内での政治活動を全面的に禁止する校則をつくることは「不当ではない」とした。学校は教育活動のための施設であり、政治や私的活動を目的とした場所ではないというのが理由だという。この日の会議に出席したある県教委の指導主事は「届け出制は生徒の信条に立ち入ることになり、難しいと思う」。別の県教委の担当者も「校則で縛ると、生徒が萎縮してしまう。主体的に考える力を育む妨げになり、本末転倒ではないか」と語った。一方、西日本の県の私学担当者は「届け出制なら、許可制ではないので問題ないのでは。学校は勉強の場なので、校則による禁止も踏み込み過ぎとは思わない」と話した。
(1月30日、朝日新聞)

これって、届け出ないで生徒がデモや集会に出たことを理由に、学校が処分した時に、その生徒が違憲訴訟を起こしたら「21条違反」で学校側が負けるだろうに。文科のヤクニンってやっぱりデモクラシーや憲法を理解していない。いや、あるいは司法とはもう話がついているということか、だとすれば問題は深刻だ。考えてみれば、群馬県の青少年夜間外出禁止条例がなぜ違憲にならないのか、とか疑問が山ほどあるのも確か。
この問題についてはすでに触れているが、再掲しておきたい。
憲法前文に「権力は国民の代表者がこれを行使」とあるように、公選法の改正によって18歳以上が投票権を得た現在、高校生であっても国民の代表者を選出する権利を有するわけで、行政府が代表選出を阻害するようなことがあっては一切ならないし、そこにいかなる例外も許されない。

ここで届け出制などを認めてしまえば、まず「学校に届け出が必要」という時点で参加希望者のインセンティヴを奪ってしまう。届け出がなされるということは、学校側に記録が残ることを意味する。それはつまり「何年何組の某は、何月何日、『戦争法案反対』等を掲げる反政府デモに参加した」等のデータが治安当局に送付されると同時に、内申書に反映され大学入試や企業面接に利用される、という話なのだ。逆の視点に立てば、「自民党青年部の歴史検証会に参加」「国会議員と靖国神社に参拝する会に参加」などという記録が内申書に反映され、就職に利用される可能性を示している。こうなると政治信条、思想への介入あるいは差別と同義だろう。近い将来、「自民党の集会に参加すると就職に有利」などという話になるに違いない。これはまさに冷戦期のソ連や東ドイツと全く同じ社会になることを意味している。

噴飯なのは、上の記事にある某県担当者の「生徒の安全面の配慮から必要」という発言である。学校や教育委員会は、生徒の学校行事外の校外活動に責任を持つ必要は無く、校外で何が起ころうと、そこは「生徒の自己責任」と「保護者の保護責任」が問われるだけのはずだ。にもかかわらず、校外活動にまで責任を取ろうとするからこそ、「生徒管理」を強化せざるを得なくなるのだ。これもまた全体主義のなせる業だろう。
文部科学省の制限主権論・続

ナゾなのは、いくら「霞ヶ関最低級」と言われる文科官僚でも憲法や法律を丸覚えして入ってきているはずなのに、デモクラシーの意味も憲法の内容もまるで理解していないことだ。あるいは「最低級」と評されることに対するコンプレックスのなせる業なのかもしれない。
思い当たる節はある。戦前の美濃部事件(天皇機関説事件)においても、美濃部の教科書を使って東大を出て高等文官試験に合格したはずの文部官僚が、美濃部に対して「テロの警告」を発したり、「転向」を求める文書を出したりしていた。そう考えると、戦後のGHQ改革で文部省を廃止しなかったことが、今日の事態の原因になっていると思わざるを得ない。

改めて言うが、学校に生徒の校外活動を規制・規定する権利は無い。むしろ日本の学校は、基礎教育の習得に専念し、授業が終わったら全生徒を下校させて校門を閉じるくらいに徹するべきだ。
日本の学校教育は、「絶対的な国家が、国民を正しく管理統制して善導する」という権威主義の上に成り立っており、これを完全に廃滅することなくして、日本にデモクラシーは成立しないだろう。
posted by ケン at 12:48| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月01日

日共との協力はあり得ない!

【共産との選挙協力、民主・岡田代表「話し合いを続ける」】
 民主党の岡田克也代表は26日、宮崎市内で講演し、共産党の志位和夫委員長が提案した次期国政選での選挙協力について「場合によっては候補者を引っ込めると(志位氏は)言っている。お互い信頼関係があるので話し合いをしていきたい」と述べた。岡田氏は25日に志位氏と会談した際、選挙協力の前提として安全保障関連法の廃止を目的とした「国民連合政府」の樹立を提案された。岡田氏は講演で「ともに政府を作るとなると、他の政策もあるので簡単ではない」と述べ、否定的な考えを示す一方、「選挙で候補者がバッティングしないようにするのは非常に重要だ」と強調。来夏の参院選で、1人区を念頭に野党候補の一本化へ調整を進めたいとの考えを示した。
(朝日新聞、9月26日)

安保法制が「可決」されて国会周辺の反対運動は収束したが、NK党が「国民連合政府構想」をブチ上げたことで、民主党内には動揺が走っている。特に安保法制反対の論陣を張った議員のところには、NK党員はおろか、反対運動に従事していた「市民」からも「NK党と協力しない手は無い」旨の申し入れやら意見具申が相次いでいる。
民主党内では「NK党を対手とせず」が過半を占めているようだが、「選挙協力はすべき」という意見は少なくなく、「安保法制廃止の一点だけで連立政権を」という意見も少数ながら存在する。
しかし、冷静に考えた場合、「反戦、護憲、脱原発、反TPP」に大きな政治的需要があるとしたら、NK党や社民党が前回選挙の何倍もの得票があったはずであり、むしろそこに需要が無いからこそ民主党が右傾化したまま、自民党と変わらない菅・野田路線を継承していると考えるのが妥当ではなかろうか。有権者視点で考えた場合、「反戦、護憲、脱原発、反TPPだけど、社共はイヤだ」という主張に、どこまで政治的合理性や妥当性があるのか、甚だ疑問でしか無い。

私は今さら言うまでも無いが、社会民主主義者として、議会人の良心に従って、あらゆる全体主義政党との連携は拒否しなければならないと考えている。古来、人民戦線戦術はコミンテルン・共産党の十八番であり、成功例は一つとしてなく、むしろ我々はスペイン人民戦線や中国における国共合作の凄惨な末路こそ念頭に置くべきだからだ。
この間、国会前のデモに参加したものならば気づきそうなものだが、NK党の議員が演説すれば大拍手が起こるのに対して、民主党議員が演説してもまばらな拍手が起こるだけだった。このことは、国会前に終結したデモ隊の過半が共産党員ないしそのシンパだったことを意味しており、ネトウヨの言説も100%間違いとは言えなかった。ただし、8月30日の大行動などには多くの一般市民が参加していたことも確かだ。いずれにせよ、国会前のデモ隊を見て、NK党の人民戦線戦術に乗るなど、コミュニストの思うツボでしかない。

【参考】 『スペイン内戦―1936-1939』上下 アントニー・ビーバー みすず書房

今回は私の近しいところですら「協力やむなし」の声が上がっており、NK党の侵食率の高さに驚かされている。NK党は、1970年代に「民主連合政府」構想、80年代に「反核統一戦線」構想を提唱し、自治体レベルでは一定の成果が挙げられたものの、終わってみれば社会党の退潮とNK党シンパの浸食という結果となった。
旧式左翼内ではいまだに、「村山政権で自衛隊の容認など右傾化した結果、社会党は国民の信頼を失った」式の総括が聞かれるが、私の総括は全く別物で、日本社会党は右派(民社)を分離させ、左傾化を続けた結果、中間派を自民党に誘引させてしまったという解釈を採っている。そして、純粋左翼からしか支持を得ていなかった社会党が村山政権で急に右傾化した結果、中間派の支持が得られないまま、左派支持層が離れたため、政党としての軸と求心力を失ってしまったのだ。

【参考】
社会党は凋落したか? 
右派社会党の失敗 
「左派イコール反原発」はホント? 

NK党との連立政権は絶対的に失敗する。2009年9月に成立した鳩山政権は、実質的には民主、自由(小沢派)、社民による野党連合政権で、8月の選挙ではNK党が自主的かつ部分的に小選挙区への立候補を辞退し、選挙協力していた。だが、その鳩山政権はわずか8カ月で瓦解する。まず、沖縄米軍基地問題で社民党が連立を離脱するが、かつてフランス人民戦線がスペイン内戦への対応をめぐって介入派の共産党と不干渉派の社会党が対立したことを彷彿とさせるものだった。鳩山政権が瓦解した後、今度は民主党内で古参民主と旧自由(小沢)派の対立が激しくなり、古参民主派が公約違反の消費増税やTPP推進を強行したことで、小沢派が離脱、民主党は空中分解して2012年の総選挙で大敗、今日に至っている。
民主党と自由党と社民党の連立ですら一年と保たなかったものが、より政策差の大きい民共の連立が成功するワケが無い。こう言うと、運動家たちは「安保法制の廃止だけやって連立を解消するか、解散・総選挙すれば良い」などと返してくるが、無責任にも程がある。

【参考】
基地問題に見るSM党のお家事情 
消費増税をめぐる政治の貧困 

ここからは完全に仮想になるが、仮に民共を中心とする連立政権が出来て、安保法制を廃止したところで、解散・総選挙を行って再び自公政権が成立すれば「元の木阿弥」になってしまう。解散せずに連立を解消した場合、民主党が衆議院で過半数を得ていたとしても、参院では単独過半数を得られず、どのみち法案はNK党などの支持無くしては成立せず、NK党の言いなりになって法案を修正するか、成立を諦めるか、という二択になってしまう。この二択は、ゲーム的に表現するなら、「共産党の勝利」か「民主党の敗北」を意味する。その結果、民主党は国民の支持を失って、次の選挙で大敗、NK党は議席を伸ばすも、自公政権の復活を許すだろう。
2012年12月の安倍・復古主義政権の成立を許した主要因が、鳩山・野党連合政権に対する絶望であったことを考えれば、次に民共連合政権が無様に終わった場合、次の自公政権がさらなる右傾化を深めてゆく可能性が高い。政治力学とはそういうものだからだ。

民共間の政策の不一致はあからさまだ。まず民主党は消費増税を公約違反下で行った張本人であり、2017年4月の10%に賛成の立場。他方、NK党は消費税の廃止ないしは5%への引き下げを主張している。
肝心の安全保障政策でも、民主党は菅・野田政権下で集団的自衛権の解禁を準備してきた当時者であり、たまたま具現化したのが自公政権だったに過ぎない。民主党は小沢・鳩山氏による「東アジア集団安全保障構想」を否定、「日米安保基軸」路線を明確にしている。今回の安保法制が、日米同盟の要請に基づく自衛隊の海外派兵の恒常化に主眼が置かれている以上、民主党はどのような形であれ、今回の安保法制と同様の法案を提出せざるを得なくなる。仮にNK党とともに安保法制を廃止したところで、宗主国から「いいけど、じゃあ替わりに何してくれんのよ?!」と凄まれた場合、民主党は国会に「似たようなもの」を提出する他ない。この場合、民主党に対する絶望感は、村山内閣や野田内閣を軽く凌駕し、次の選挙で民主党は跡形もなくなるだろう。

【参考】 安保法制反対の論理的脆弱性について 


個人的には選挙協力も否定的に考えている(但し絶対反対まではしない)。間接民主制を具現化している議会政治において、その代議員を選ぶ選挙に政党が自らの利害を優先して候補者を出さないというのは、主権者=有権者に対する不倫・不誠実だからだ。具体的に考えてみれば良く分かるだろう。例えば、民共を中心とする野党間で選挙協力が成立した場合、いくつかの小選挙区は民主党がNK党に譲って候補者を出さないことになる。そして、その選挙区では自民党とNK党の候補者しかいなくなるが、それはその選挙区の民主党員や維新党員あるいは支持者の納得のいくものとなるだろうかという話である。NK党の候補者がいなくなって民主党候補の当選確率が上がるところは万々歳かもしれないが、その犠牲となる選挙区の候補者や有権者が無数に発生するという状況は、議会制民主主義の正統性を減じると同時に、政治不信を助長させるものでしかない。2009年の総選挙における栃木3区では、「みんな」の渡辺氏と某宗教セクト政党の候補者しかいないという状況になったが、「選挙協力のためにはやむを得ない」と言い切れるだろうか。運動論としては正しいかもしれないが、議会制民主主義に対して甚だ不誠実では無かろうか。
まして、今回民主党が想定する協力相手は全体主義政党であり、反ファシズム統一戦線のためにスターリン主義者と手を組むのかという視点から考えられるべきだ。

2012年の総選挙で「脱原発」を掲げた政党はことごとく敗北した。もし「反安保」「脱原発」「反TPP」に政治的需要があるとすれば、もともと根の無い中間政党に過ぎない民主党は、こぞってその三本柱を掲げて自民党に対する対抗軸となったはずだった。だが、そうはならずに賛成と反対の狭間でフラフラして軸が定まらないのは、多くの議員が需要を認めないからだ。
運動家の皆さんにあっては、選挙協力や連立政権のような「青い鳥」を追うのでは無く、本気で「反安保」「脱原発」「反TPP」を実現したいのであれば、堂々とNK党と社民党を支持して総選挙の勝利を目指すべきなのである。左翼風に言うなれば、ブルジョワ政党たる第二自民党に期待する方が間違っているからだ。

【追記】
日本の有権者は非常に階級意識が低く、投票行動に現れている。例えば、貧困ラインと言える年収300万円以下の人口は2千万人以上(労働力人口の4割、約2500万人)、生活保護水準である極貧ラインの年収200万円以下でも1千万人おり、貯蓄ゼロ世帯(無産階級)は38%以上に上るにもかかわらず、直近の2014年の衆議院総選挙で共社が獲得したのは比例区で730万票でしかない(2012年の総選挙に至っては共社で510万票)。自民党の比例獲得票が1765万票であったことを考えれば、仮に年収300万円以下の貧困層が階級意識を持って投票していれば、「安倍政権の暴走」などあり得なかったのだ。同様のことは、戦前期にも言える。男子普通選挙法が成立した1925年当時、日本の貧困割合は今よりもはるかに高かったはずだが、戦時翼賛体制が成立するまで政友会と民政党の二大ブルジョワ政党が議席の殆どを占め、無産政党だった社会大衆党は最大で38議席(定数466)に終わった。歴史的に見ると、人は貧困化が進むほど、暴力的解決を好む傾向が強まるので、その意味踏まえて好戦的な安倍政権の支持が高まっていることを考える必要がある。旧式左翼どもは、自らが祀っている浅沼稲次郎こそが貧困の暴力的解決を主張していた張本人であったことに頬被りすべきではなく、「大衆政治家」であった浅沼が誰の支持を受けて軍国主義を掲げていたのか、今一度考え直さねばならない。
なお、ナショナルセンター連合傘下の労働組合員の平均年収はおおよそ400〜700万円程度と推察されるが、中には全自交のように300万円に満たないところもあるも圧倒的少数派だ。つまり、連合加盟員の大多数はいわゆる貧困層ではない。なぜブルジョワ政党である民主党を支持しているのかの参考までに。
さらについでになってしまうが、今日ではNK党ですら国会議員の殆どが大卒になっているが、社民党は以前より高卒の議員が少なくなく、その意味では最も「庶民派」を名乗る資格があると考えられる。

【追記2】
東ドイツが成立し、共産党と社会民主党が強制合併させられて社会主義統一党ができるが、内務省がSPD派によって占められていたため、共産党派は国家保安省(シュタージ)を設立、治安機能を占有して国内のSPD派を全て逮捕し、旧ナチスの強制収容所に入れた。「共産党と手を組む」というのはそういうことである。
posted by ケン at 12:42| Comment(10) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月18日

文部科学省の制限主権論

【18歳選挙権、高校外の政治活動容認…文科省案】
 選挙権年齢が18歳以上に引き下げられることに伴い、文部科学省が9月中にも全国の学校などに出す政治教育に関する通知案が分かった。懸案だった高校生の選挙運動・政治活動について、学校外では原則解禁する一方、学校内では禁止または制限すべきだとしている。また、現実の政治を積極的に取り上げるとしつつ、政治的中立性の確保のため「教員は主義主張を述べるのは避け指導する」と厳格に求めている。
 「18歳選挙権」の実現により、同じ高校3年生のクラスでも、特定の候補者への投票を呼びかける選挙運動も可能になる18歳の有権者生徒と、選挙権がない生徒が混在することになる。通知案は、有権者生徒の学校外での選挙運動は「尊重する」とした。ただ、特定の主義や施策、政党を支持、または反対する高校生の政治活動は「無制限に認められるものではない」と記述。その上で、学校内では〈1〉授業、生徒会活動、部活を利用した選挙運動や政治活動は禁止〈2〉放課後や休日の校内活動であっても、施設管理やほかの生徒の学習に支障がないよう制限または禁止――と分けた。一方、学校外での放課後や休日の活動は生徒が自主的に行うものとし、違法、暴力的な政治活動になるおそれが高い場合などに禁止することもできるとした。
(読売新聞、9月15日)

日本の文部科学省は反民主主義、権威主義の牙城である。現行の日本国憲法は、国民主権(主権在民)を謳っている。
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
(日本国憲法前文)

これは国民の全てがすべからく主権を有することを意味する。確かに「国民とは何か」「主権とは何か」という議論は存在する。日本では、戸籍の呪縛が強いことから市民権の概念が弱く、どうしても国籍(所属)の概念から、「国民=国籍を有する者」という考え方が強いのだが、日本のパスポートを取得するためには戸籍を提示する必要がある。ところが、戸籍は血統と家系を証明するものでしかなく、「国民=血統主義」なのかという疑念が生じる。これを突き詰めてゆくと、神学論争に近づいてしまうので、ここでは問題提起に止めたい。
同様に、主権の概念だが、これは国家共同体の統治権と意志決定権と仮決めしておきたい。
まず、日本の国籍法は第二条において、「出生による国籍取得」を規定している。
第二条 子は、次の場合には、日本国民とする。
一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。
二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。
三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。

以下、「認知された子の国籍の取得」「帰化」が規定されている。このうち諸外国では「外国人による国籍の取得」と記されている事項が、日本では何故か「帰化」となっている。これは、「(化外の蛮族が)君主の徳に教化・感化されて、その下に服して従うこと」(後漢書)に由来するもので、「天皇の徳に目覚めて、忠義を誓う」ことを前提とした明治法制の新伝統が、GHQの検閲を免れて戦後復活したものと考えられる。

いずれにせよ、日本国籍は基本的に出生時に確定するものであり、日本国籍が確定した瞬間、主権の保持も確定することになる。そして、憲法には、国民の主権を制限する規定は存在しない。但し、公共の福祉や未成年保護を理由とした人権の制限は認められるものの、基本的人権や主権が否定されるわけではない。

日本では選挙至上主義の考え方が強く、一般的には「主権行使=選挙と投票」と考えられがちだが、議会選挙は立法府に送る主権代行者を選挙するものでしかない。この考え方では、選挙後の有権者は次の選挙まで「主権喪失者」になってしまうことになるが、それは現行憲法の主旨に反する。現行憲法下では、日本国民は常に主権者であり続けるのであって、つまり常に統治者であり、意志決定者の一人であることを意味する。
だが、現実には「投票権を持たない未成年者は主権者では無い」という発想が根強く、文科省の「政治活動禁止」通知などが横行する原因となっている。もちろんこの発想自体が間違いなく憲法違反であり、高校生だろうが中学生だろうが、あるいは教員だろうが、あらゆる政治活動の自由が保障されなければならない。

繰り返しになるが、未成年者あるいは教員であるという理由で主権を制限するのは違憲であり、戦後民主主義を否定する権威主義の現れである。文科省のそれは、「社会主義陣営全体の利益のためには、加盟国の主権は制限されることがある」としたブレジネフの「制限主権論」を彷彿とさせるものであり、全く西側の自由主義や民主主義にはそぐわないものだ。
デモクラシーを全く理解せず、憲法を否定する文部科学省は一刻も早く全面解体すべきである。
posted by ケン at 11:42| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする