2015年06月03日

原発国民投票に見る社会的選択のあり方について

「原発の是非を国民投票で決めよう」という趣旨の請願を受ける。仮ボスは嬉々として受けていたが、個人的にはかなり疑問を抱いている(請願自体に反対なわけではない)。先に全く別の例を挙げよう。

現在放映されている京アニの『響け!ユーフォニアム』の冒頭、新たな顧問が着任し、吹奏楽部の年次方針を決めるに際して部員の投票が行われる。その選択肢は「皆一丸となって頑張って全国大会を目指す」と「(頑張らずに)皆で吹奏楽を楽しむ程度に止める」というものだった(正確には取っていない)。採決はその場の挙手で行われ、映像上は前者が半数程度、後者が1、残りは棄権という感じになり、「全国大会を目指そう!」ということに決まった。
現実政治を担うものからすると、民意集約の手法としては極めて問題のある方法で、意地悪な意味で「リアル」だった。第一に、部員の意見を十分に聴取しないで採決に及んでいること、第二に「頑張る」か「楽する」かという選択肢(二択)の設定、第三に秘密投票では無く挙手による採決、第四に相対的多数による決定である。
もともとこの部は過去に方針をめぐる対立から士気の高い部員が大量に退部しており、総じて士気が低く、本音を聴取すれば「そんなに頑張らなくても楽しめればいいじゃん」という意見が続出するはずだった。士気の低い意見が続出すれば、場の流れが後者に傾くため、意見が出る前に採決したのであろう。
そして、選択肢を「全国大会」と「楽する」という二択にすることで、建前論から実質的に後者を「選び得ない」ものにしている(無効化)。これは設問や選択肢を恣意的に設定することで、回答を誘導する手法だ。実際に大手マスゴミの世論調査で多用されている。
さらにその場での挙手採決ということで、これも建前上「楽する」という選択肢を採りがたくしている。もし秘密投票だったら10票くらい入っていたかもしれない。事実、棄権者が多かったことがその可能性を示している。
さらに3分の1強の部員が棄権をしている中で、半数程度の部員が「全国大会」に投票したことをもって「全部員が一丸となって全国大会を目指す」ことを「吹奏楽部の総意」としてしまって良いのかという問題がある。実際のストーリーでも、「一応決めた」という感じで多くのシコリを残しているように見える。
「高校の部活なんだからいいじゃん」というのは簡単だ。だが、社会に出る前の高校生が、このような民意集約(意思決定)システムをもって「世の中そういうものだ」と考えてしまうのは、デモクラシーの未来を閉ざしてしまっているように思えるのだ。あらためて高校の公民で社会的選択理論を学ぶべきだと確信したわけだが、アニメを見てそんなことを考えているのは私だけかもしれない(笑)

さて、原発国民投票に話を戻そう。まず思いつくままに問題点を挙げてみると、

・原発立地住民(利益享受者)、近隣住民(利益は少なく事故被害だけ被る可能性)、遠隔居住者(事故被害が少ないフリーライダー)という利害関係がマッチングしない複数の層を抱え、利害調整や意見聴取をしないまま是非のみを投票にかけるのは民主的あるいは公正と言えるか。

・原発の是(推進)か非(廃止)かという二択は公正あるいは現実的か。

・仮に51対49で賛否が決まった場合、推進にせよ廃止にせよ否定された側は納得できるのか。

・低投票率だった場合の投票結果の正統性あるいは正当性をどのように評価するか。仮に投票率30%で賛成45、反対40、白票・無効票15となった場合、全有権者のわずか13.5%の賛成票をもって原発推進が決まることになる。

・仮に是となった場合、核政策が是認されたことになり、原発の大増設に繋がる可能性があるが、反対派はそのリスクを受け入れられるか。逆も然りで、非が確定し、即時停止と全面廃止という結論を賛成派は受け入れられるか。

・国民投票の実務を担うのは国会ではなく政府(総務省)になるが、原発の推進役が公正かつ公平な投票を担保できるかどうか。設問、選択肢、投票方法、投票期間など公正性や民主性が保証されるかどうか。


といった感じになり、「国民投票を実施して国の方針を決めました」という形式は整うかもしれないが、民意を集約して国政に反映させる機能は全く保障されないことが分かる。
なお、現在のところ国民投票は憲法改正のみについて法律で規定されているが、その他の目的のための国民投票は法的根拠が無く、実施するためには新たな法律を制定する必要がある。一般的な国民投票のための新法制定を、自民党一党優位体制下で公正に行えるとも思えない。

憲法改正の国民投票や独立のための住民投票のように、全ての人が概ね利害を共有し、利害の内容もほぼ共通している案件については、是か非かの二択投票にも一定の正当性が担保されうる。それでも低投票率だった時の評価(どれほど民意や主権を反映しているのか)は難しい。だが、原発や大型公共事業の住民投票はより利害関係が複雑で、是か非かという単純な二択が適切であるか、かなり疑問を禁じ得ない。また、単純な二者択一の強要は、コミュニティの対立を激化させる恐れがある。

一般的な夫婦や恋人において「私と仕事とどっちが大事なの?!」とパートナーに迫るのが禁じ手とされているのは、不可能な二者択一を相手に強要することで互いの信頼関係を破壊してしまうためだ。
武田信玄が名君とされたのは、並み居る国人衆を等しく扱って会議で発言の機会を与え、根気よく耳を傾け、容易に自分の意見を述べずに熟議と熟慮を重ね、意見が出尽くし議論が終わったのを見据えて決断を下したためだった。議論の過程が民主的であるのに投票採決をしないのは、採決をして票の行方が明らかになることで家臣内の対立が激化することを恐れたためだったと思われる。賛否を明らかにすることは一見民主的に見えるが、意見集約の点では困難を伴うため、無理に採決すると参加者の信頼や納得を失う恐れが出てくるのだ。例えば、独立の住民投票を強行して否決されたとして、それで独立派がテロに走ったのでは元も子もないだろう。

日本の選挙制度と議会が大きく信頼を低下させており、新たな民意集約システムや意思決定システムが望まれるのは私も理解できるが、だからと言って住民投票や国民投票のような直接民主制を安易に導入したところですぐに解決される訳ではないのだ。
posted by ケン at 12:12| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月22日

衰退する地方議会・続

【統一地方選 市区長選に211人が立候補、無投票当選は大幅増 後半戦スタート】
第18回統一地方選の後半戦は19日、89市長選と295市議選、東京特別区の11区長選と21区議選が告示され、市区長選には計211人が立候補した。21日告示の町村長選、町村議選とともに26日に投開票(一部は翌日開票)される。前半戦の道府県議選で議席占有率を伸ばした自民党が勢いを維持できるかどうか、安倍晋三政権が取り組む地方創生に審判が下される。水戸、津、高松、長崎、大分の5県庁所在地を含む市長選に計179人が、11区長選には計32人が立候補を届け出た。市長選、区長選とも候補者数は前回を下回り、過去最低となった。津や長崎など27市では立候補者が1人しかおらず、無投票当選が決まり、前回(平成23年)の15市を大幅に上回った。区長選では無投票当選はなかった。市区長選のうち、自民、民主両党が推す候補が激突する「自・民対決型」となるのは、大分市や東京都世田谷区、渋谷区、愛知県瀬戸市、京都府京田辺市など一部にとどまった。 一方、市区議選には計9519人が立候補したが、市議選では前回から倍増となる246人の無投票当選が決まった。
(4月19日、産経新聞)

前稿の続編。
地方議会、地方自治の衰退が加速している。1人しか当選しない、大統領型の首長選挙はもともと「相乗り」の傾向が強かったものの、いまや民主党の分裂やNK党の退潮もあって自共対立すら成立しない地域が続出、大都市部以外では首長選挙が行われなくなってきている。その大きな理由は、前稿で記したように、待遇の悪化や組織・地域コミュニティの弱体化によると考えられる。

だが、より根源的な問題は「都市部への人口流出」にある。これまでは農業を始めとする地方の地場産業で維持されてきた雇用が瓦解し、あるいは外国人(研修生を含む)などに取って代わられることで地方が保持してきたブルーカラー層が都市部に流出、消滅しつつある。労働者層の流出に伴い、地域単位の個人商店や飲食業も衰退、中以下の階層の空洞化が進んでいる。その結果、旧社会党やNK党の勢力基盤が失われ、地方に資産を有する保守地盤とその利権で生計を立てているものだけが地域に残り、自民党だけになってしまっている。
すると今度は、「地域の安全を守り、健全な青少年育成を進める」などとして、群馬県に象徴される「青少年夜間外出禁止条例」のようなものが乱立、「青少年健全育成条例」や各種治安条例も厳格化が重ねられることで、若年層や貧困層にとってますます息苦しい社会としてしまっている。これは、地方に残留し権益を保持する保守層にとっては、若年層や貧困層の存在自体が自分たちの権益と治安を脅かす存在になってしまい、これを弾圧するしか方策がなくなってしまっていることを意味する。そうなると、ますます地域から若年層が都市部に流出して戻らないという悪循環を呈するわけだが、保守層にとっては自らの権益空間を守ることが第一であり、保守層をなだめて中間的な施策を提案するようなブルーカラー政党が消失してしまっているだけに、歯止めが利かなくなってしまっているのだろう。

つまり、地方は異論を持つようなものを都市部に追いやってしまっているのだから、そもそも対立軸が成立せず、地域に残る者は勝てるはずもない選挙に関心を失い、やる気があるものは真っ先に都市部に行くことになる。
地方の衰退を止めるためには、地場産業を振興し、雇用をつくって都市部から人口を呼び戻す必要があるが、保守一色になってしまっている地方議会は地場の既得権益を守ることで一致しており、変化そのものを拒否する構造になってしまっている。
自民党の田中派は、地方のインフラを整備することで地場産業を振興させるというプランを持っていたが、過剰なインフラを整備しただけで終わってしまい、逆にインフラの維持費が負担になってしまっているほどだ。田中角栄が失脚しなければ、「インフラ整備後」のプランもあり得たのかもしれないが、今となっては分からない。

【追記】
逆に都市部に目を向けると、今度は20代前半や30そこそこのロクに社会人経験を持たない若者が若さのみを売りにして「一発逆転」を狙うケースが散見される。「そんなヤツに投票する方が悪い」と言われてしまえばそれまでのことだが、まともな社会人が失業を懸念して政治参加を忌避するようになっていることを考えると、どうしても憂慮せざるを得ない。都市部も立候補者こそ大きくは減っていないものの、候補者の質は下がる一方にあるようだ。
posted by ケン at 12:30| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月14日

民主に問われる立ち位置

【統一地方選 民主・枝野氏「微減だが現有維持だ」 大阪大敗には「いろいろ考えていかないといけない」】
 民主党の枝野幸男幹事長は13日午前、12日に投開票された統一地方選前半戦の結果について「微減ながらほぼ現有を維持できた。平成24年12月の衆院選のマイナスから再出発して、4年前の現有にほぼ近い議席が取れた。この2年余りそれぞれの地域ががんばってくれた」と述べた。国会内で記者団に語った。札幌市長選で民主党と維新の党が推薦した候補が勝利したことについては「札幌市長選では民主党の色を明確に出した。弱い者が烏合(うごう)の衆になっても強くならない。野党第1党の民主党が旗を掲げ、他党の協力を仰がないといけない」と語った。大阪府議会、大阪市議会で大幅に議席を減らしたことについては「特定の地域については、いろいろ考えていかないといけない」と述べるにとどめた。
(産経新聞、4月13日)

統一自治体選挙前半戦は民主党にとって厳しい結果に終わった。道府県議選の改選前議席317に対する当選者は305の12減。前回選挙では346人が当選したが、その後離党者が続出していたためだ。同じく政令市議選は138から127議席に減少している。失われた議席の多くは近畿圏であるため、「(近畿圏を除けば)現有維持」とは言えるかもしれないが、大阪市議選では「6からゼロ」と完全に消滅してしまっており、愛知・名古屋を例外として微減のところが多く、せいぜいのところ「(退潮傾向だが)ギリギリのところで踏みとどまっている」というところだろう。
これから後半戦が始まるので、総括的なことはその結果が出てからにすべきかもしれないが、前半戦の結果を見て、民主党候補者の顔は青くなっており、支援者の士気も上がらない感じだ。

とはいえ、自民党が大勝したわけでもなく、せいぜい2004年か07年の水準に戻った程度であり、道府県議選では単独過半数を確保した県が半数に上ったものの、与野党が拮抗しているところも少なくない。例えば京都府は定数60に対して自民党は27で、共産14、民主9と続いている。自民党が過半数を制した愛知県でも定数102の内、自民54に対して民主が32を確保しており、衆議院ほどの与野党格差は無い。
政令市議選に至ってはもっと顕著で、札幌市議会は定数68のうち自民24で民主20。京都市議会に定数67のうち自民21、共産18、民主7と、自共対決モードになってしまっている。
私が寄騎として入っていたのも政令市だったが、自民党は3分の1すら得られず、自公でも過半数に達していない。さらに言えば、私が滞在した衆院選挙区内の自民党市議候補のうち数人が旧民社系の「かつての民主公認漏れ」という有様で、自民党ですら独自で候補者を確保できなくなっていることを示している。
以上の傾向を考えても、「勝者総取り」となる小選挙区制の弊害(民意との乖離)が強く現れている。

前回総選挙から間もないので、世論の基調に大きな変化はないようだが、電話掛けなどをしていて感じたのは、「野党が民主党でなければならない理由は何も無い」ということだった。今回の選挙では、総選挙に引き続きNK党が躍進したが、それは政権批判票が民主から流れているだけの話であり、近畿圏ではそれが維新に流れていると考えるべきだろう。
ただ、先の稿でも触れているが、自治体議員の待遇悪化に伴い、議員の担い手が不足するようになり、特に地方では金銭的に余裕のある保守系候補しか立候補しなくなっており、選挙自体が成立しなくなりつつある。議会政治とデモクラシーの劣化が、結果として権威主義や全体主義を招きつつあると言えよう。
こうした傾向の中で、党組織(党員)に基盤を置かず、常に風頼みの選挙に依拠する民主党は権威主義に対する抵抗力がなく、権力によってでっち上げられた「世論」に容易になびいてしまう傾向がある。現在においても民主党が自民党の対抗勢力として認められないことが証左になっている。

民主党は、右の権威主義と左の全体主義に対抗する軸を明確にする必要があるが、当人たちには全くその自覚が無く、日本政治全体にとって不幸であろう。

【参考】
衰退する地方議会 
昭和史再学習 
ロクでもない議員が多いワケ 
議員の質が低いワケ 
posted by ケン at 16:49| Comment(4) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

選挙権だけ18歳の是非

【18歳選挙権法案を衆院に提出、成立確実】
 自民、民主、維新、公明など与野党6党は5日、選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる公職選挙法改正案を衆院に提出した。共産党を除く各党が賛同しており、今国会での成立は確実な情勢。選挙権年齢の引き下げは25歳から20歳に変更された昭和20年以来で、早ければ来年夏の参院選から適用され、未成年者約240万人が有権者に加わる。与野党は昨年11月に改正案を提出したが、衆院解散で廃案となった。18歳以上への引き下げは衆院選や参院選のほか、地方自治体の首長・議会選挙なども対象となる。
 改正案には、未成年者が連座制適用となる悪質な選挙違反に関与した際は原則として検察官送致(逆送)となる規定を盛り込んだ。成人に科せられる処罰との不均衡が生じないようにするための措置だ。自民党の逢沢一郎選挙制度調査会長は再提出後、「民主主義の成長、成熟に結びつくように努力したい」と強調した。自民党などは今後、高校生らに有権者としての自覚を促す「主権者教育」に力を入れる。また、与野党は引き続き20歳未満を少年と定める少年法や、「20歳以上」に据え置かれた民法の成人年齢などの見直しも議論する。各党は憲法改正の是非を決める国民投票の投票年齢も速やかに18歳に引き下げる方針で一致している。各党で合意した引き下げまでの猶予期間を前倒しするため、来年夏までに国民投票法を再改正する予定だ。
(産経新聞、3月6日)

選挙権の年齢引き下げは原理的には正しいものの、様々な課題を有している。
デモクラシーの歴史は有権者拡大の歴史でもあり、男性の富裕層だけのものだった選挙権が中間層を経て貧困層まで拡大し、さらに女性、若年層へと広がり、現在では外国人の一部にまで広げようとする動きまである。デモクラシーを深化させるという点で、選挙権の拡大は常に正当化される。

だが、現実には様々な条件や環境が障害となる。まず日本の民法は成人年齢を20歳としており、未成年者として財産権や意志決定権などを限定されているものに対して国政参加の権利と公務員(議員)の選定権を付与することになり、違和感がある。そして、少年法との絡みで、未成年者が公選法に反する行為をなした場合、家庭裁判所に付され、悪質と判断された場合には検察に送致されることになるが、公選法違反を家裁で審理するというのも相当に違和感を覚える。

とはいえ、国際的に見た場合、選挙権年齢を18歳以上にしているのは、196カ国・地域の中で162カ国・地域、83%に上り、日本は少数派に属している。ただ、その多くの場合、徴兵年齢に併せて18歳となっている。これは、「義務兵役に就くのに対価としての選挙権が付与されないのは主権侵害である」との見解に基づいている。その意味で、NK党を始めとする極左が今回の法案に慎重なのは、「徴兵制施行のための前準備ではないか」と危惧するからであり、安倍政権による集団的自衛権行使と「積極的平和主義」を考慮すれば、あながち否定できないものがある。

法律との関係以外では、投票率の問題がある。現在でも20代前半の投票率は国政で20%台でしかなく、地方選では10%台に達するケースもあり、現実には某学会員とNK党員以外の投票者は非常に限られてしまっている。このことは全体主義政党を助長させる危惧があると同時に、全体の投票率を下げる可能性が高い。逆を言えば、若年層にデモクラシーの理念と価値が共有されていない状況で、選挙権だけ付与してみても、権力側に「選挙権はくれてやったんだから、結果に文句付けるな」と言わせることになりかねない。同じ理由で、主権付与を理由に様々な義務(という名の自己責任)が今後押しつけられる危惧がある。
徴兵は杞憂としても、裁判員制度との整合性は現実の課題であり、少年法の対象である未成年者に裁判員を担わせるのは無理がある話で、やはり選挙権のみが突出してしまう形になる。

個人的には、中等教育の完全無償化や若年者支援を整備した上で、民法の成人年齢を18歳に引き下げ、様々な義務と権利も基本的に18歳に統一、同時に選挙権も認めるという形にすべきであり、選挙権だけ先行するのは望ましくないと考える。
posted by ケン at 12:31| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月24日

解散権を改革する

車からギアがなくなり、カメラからミラーが消え、自転車からはチェーンが失われ、飛行機からは窓が取り払われる。技術革新は発想の転換から来るが、常識を疑う精神が大事。議会政治も同じであらゆる制度が合理的理由から設定されているわけではなく、むしろ一部の者の権益や「何となくの合意」で成り立っていることの方が多いように見受けられる。
例えば議員の任期というのはあまり合理的な根拠がなく、ただ定期的に民意を問う意味しか無い。任期を2年にするか4年にするか10年にするかを決めることに合理的な理由を見つけるのは容易ではない。
だが、任期があるために、任期満了直前に法案の駆け込み審査が行われたり、選挙直前にバラマキが行われたり、(日本では)政権党に有利なときに解散がなされたりする。ところが、本来的には「良い政治」が行われているのであれば、民意を問う必要は無いはずだ。逆に選挙後に公約を違える政策を実施しても、有権者にそれを咎める手立てがないため、自然、選挙公約の価値は下がり、有権者の政治不信を高めている。

そこで考えられるのは、議員の任期を撤廃し、有権者に一票ずつ「解散権」を付与するシステムだ。有権者はいつでも解散権を投じることができ、それが5割とか6割に達した瞬間に議会は自動解散、選挙になるという仕組みはどうだろうか。当然、総理の解散権は内閣不信任を受けた時を除いて否定される。
もちろん選挙が行われたらリセットされるし、一度投じた「解散権」は撤回できない。審議中の法案は自動的に廃案となり、条約の承認は先送りされる。「解散権」の投票割合がどの程度に達したかは特定秘密に指定する必要があろうが、10%上がる毎に公表しても良いかもしれない。
これにより、政権党が公約に反する、あるいは公約にない政策を行えば、「解散権」が投じられて選挙が近づくシステムになるだろう。また解散票が増えてくれば、政権党は自動的に民意に同調せざるを得ない。選挙対策のバラマキをやろうとしても、補正予算を組む前に議会が解散されるだろう。
任期が限定されると、「少なくとも任期中は大丈夫」という緩みが生じ、特に選挙直後は今回の原発再稼働や憲法改正発言のように「何でもあり」の様相を呈するが、任期を不定期にして議会の正当性の判断を有権者に委ねれば、議員は常に緊張感が求められる。

自治体議会も同様で、大した問題も無いのに4年ごとに定期的に選挙が行われるため、有権者の関心が低くなり、固有の支持層を持つ政党が実力以上の議席を有することになる。任期を不定期にしておけば、自治政治に不満を持つ者たちがこぞって「解散権の行使」を求めて運動するため、議会と有権者に緊張が走る構図になる。自治体の選挙も10年に1度とかになれば、もっと投票率が上がるだろう。個人的には「4年に一度の選挙で投票率40%」よりも「10年に1度の選挙で投票率60%」の方がデモクラシーの原理に適っていると考える。
いかがだろうか。
posted by ケン at 13:01| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月29日

日本の女性解放は「アメリカの押しつけ」ですから!

【男女平等、日本104位 議員・企業幹部、低い女性比率】
 世界経済フォーラム(WEF、本部・ジュネーブ)は28日、各国の男女格差(ジェンダーギャップ)の少なさを指数化し、ランキングで示した報告書の2014年版を発表した。世界142カ国のうち日本は104位。前年から一つ順位を上げたものの依然として低水準で、主要7カ国(G7)中最下位だった。WEFは、世界の政財界人が集まる「ダボス会議」を主催することで知られている。ランキングは「職場への進出」「教育」「健康度合い」「政治への参加」の4分野で男女格差の少なさを指数化し、その平均点で総合順位を決める。各分野ごとに、2〜5の要素を調べる仕組みだ。日本は「政治への参加」が129位、「職場への進出」が102位だったことが足を引っ張った。
(朝日新聞、10月28日)

結局のところ、日本の「女性解放」は、ポツダム宣言の受諾に伴うマッカーサーの「民主化五大改革」指令によって実現したものであって、女性の権利獲得運動によって実現したものではないため、女性側は価値を実感すること薄く、男性側は「占領軍に押しつけられたもの」という発想から抜け出せないのだと思われる。
仮に「八月革命」が無ければ、日本ではいまだに女性の参政権も結社権も労働基本権も認められていなかった可能性があるわけで、安倍一派が言う「戦後レジーム」には女性の市民的権利も含まれていると考えて良い。

確かに日本には、平民社以来の婦人参政権獲得運動が存在したものの、一部の都市知識人に限られており、広範な国民運動に繋がることは無く、常に内部対立と分裂を繰り返していた。一般に米欧では、第一次世界大戦における女性の戦時動員が参政権運動へと発展し、体制(男性)側としても女性の動員を円滑にするために参政権を認める方向で進められた。例えば、女性参政権は英独で1918年に、アメリカでは1920年に実現しているが、日本では1926年にようやく男子普通選挙が実現するレベルだった。
とはいえ、日本の女性解放運動も全く無力だったわけではなく、1922年に治安警察法が改正されて女性の政治集会への参加が認められるようになり、1933年には弁護士法が改正されて女性弁護士への道が開かれた。だが、女性には依然として結社、政党参加の自由は無く、就学上の差別も大きかった。
例えば、1939年頃の話になるが、私の祖母は弁護士を志して、女性の入学が認められている東北帝大法学部の受験を希望した。当時、女子で法学部への入学が認められたのは、同大を始め、明治大学や日本大学など非常に限られていた。祖母は親や一族郎党を巻き込んで相当粘ったようだが認められず、「東京にある大学の国文科なら許す」というところをさらに交渉して、実践女子大の英文科に進んでいる。女性の進学が、制度上も倫理・慣習上もいかに制限されていたか分かるだろう。

日本で最初に女性参政権が具体化するのは、1931年の「婦人公民権法案」で、この分野の研究は不十分なところもあり推測になるが、どうやら日本の婦人参政権運動を受けての話ではなく、内務省がドイツの選挙制度を研究し、参政権と戦時動員の関係を考慮して進めたもののようだ。提案者は内務省で、その主旨説明で内務大臣は「女子に公民権を付与するに当たりましても、是と家族制度乃至夫婦生活の関係に付きましては、特に慎重なる考慮」と述べており、「妻が名誉職に選挙されこれを受諾する場合に夫の同意を要する」という条項を付けることで何とか提出する有様だった。それも市町村議会選挙に限った話で、しかも男子20歳で女子25歳の選挙権で、国会はおろか道府県議会選挙の権利すら否定されていた。全国町村町会は全会一致で反対決議を出すも、何とか衆議院は賛成多数で通過するが、貴族院は賛成62、反対184でこれを否決、不成立に終わった。
以降、満州事変の勃発を経て日本は戦時体制に移行、婦人参政権問題は優先順位を下げられ、ついに法案審議の俎上にのぼることはなかった。余談になるが、第二次世界大戦に参戦した主要国の中で、女性の動員率が最も高かったのはソ連で、米英が続き、枢軸国は総じて連合国よりも低く、中でも日本は最低水準にあった。枢軸国は、女性の戦時活用の点でも連合国に劣っていたのである。

参政権、教育権、労働基本権など市民的権利が、日本女性に完全に認められたのは、全て占領軍の指示によるものだった。マッカーサー指令が下されたのが1945年10月11日で、幣原内閣の婦人参政権導入の閣議決定は前日の10月10日になされているが、これはGHQの意向を先読みしてポーズを取っただけの話であり、「八月革命」に伴う占領軍の指導が無かったら、果たして女性参政権がいつ実現したのか分からなかっただろう。このことは、当時の官僚や政治家たちが「女性参政権が無いことは連合国の一般的趨勢に反する」ことを十分に理解しており、「自主的に導入した」というポーズをとるために閣議決定を急がせたことが伺われる。つまり、当時の為政者は女性差別を十分に承知していながら放置していたのである。
だが、GHQの指導で「女性解放」が実現した結果、戦前期の婦人参政権獲得運動などが陳腐化してしまい、歴史的意義しか持たなくなってしまった。これは、社会大衆党など戦前期の社会民主主義政党が主張した政策の大半が、GHQ改革で実現してしまった結果、戦後の日本社会党が主張すべきことが失われ、マルクス主義に傾倒してしまったことにも通じる。

つまるところ、日本における女性参政権は、大衆的な運動に基づく国民的議論を経て成立したものではなく、神から与えられたかのように半強制的に成立したものであるが故に、その価値や重要性について深く考える機会もなかったのではなかろうか。そして、女性参政権に象徴されるように、全ての市民的権利についてもなし崩し的にGHQ改革である日突然認められたものなだけに、制度として未熟なままになっているのだろう。例えば、日本の労働契約は職務内容を規定すること無く、全人格ごと雇用することになっているため、使用者は無制限に職務を命じることが可能になっており、同時に三六協定で労使協定さえ結べば無制限に残業させることが可能だが、女性が男性と対等に働ける環境など出来ようはずもないだろう。一事が万事この調子であり、自民党政権が女性を何人大臣に据えたかなど、全く重要ではない。

この意味で、日本の女性解放は「未完」なのである。

【追記】
占領研究の大家である雨宮昭一先生などは「占領改革なくしても民主的改革は時間の問題だった」とのスタンスを取っているが、ソ連の「脱スターリン」の限界を考えた場合、明治憲法(天皇主権)下と治安維持法下での民主的改革がどこまで可能だったのか疑問を禁じ得ない。同時に、「下からの改革」が挫折して、外国占領下による改革で実現した権利、制度であるだけに、どこまでも脆弱性が伴うことは否めない。

【追記2】
三十余年ほど前のことだが、私の母が東大の医局を辞するとき、女性の看護師や事務員が次々にやってきて、「先生が女性初の東大医学部の教授になるとばかり思っていたのに悔しいです」と泣いて訴えたという。1980年頃でもそういうレベルだったのだ。
posted by ケン at 12:41| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月15日

皇統存続と近代原理の無理

皇統存続の危機がうたわれ、新宮家の創設に向けた動きがあるが、保守派は女性宮家案に強く反発しており、当面解決しそうに無い。私は言うまでもなく共和主義者だが、連中が騒いでいるうちに絶家しそうなので、一言アドバイスしてやろうと思った次第。

現在の天皇家は皇家と四宮家から構成されている。この5家のうち男子がいるのは秋篠宮家だけで、それも1人のみだ。現在の皇室典範は養子を禁止すると同時に、女子が皇族以外と結婚した場合は皇室から除籍すると規定しているため、今後も男子が誕生しない場合、皇家と三宮家は遠からず絶家となる。
どうしてこういう事態になるかというのは意外と単純な話で、皇統を維持するための装置、すなわち宮家が少なすぎることと、一夫一妻制のためである。

例えば、徳川家の場合、家康の直系は4代で途絶、三代家光の4男である綱吉が五代将軍となり、さらに途絶して六代将軍には家光の3男綱重の子である家宣が就任するが、それも次の家継で断絶してしまい、家光の血統は途絶してしまう。
そこですったもんだが生じ、紀伊家の吉宗が八代将軍になるのだが、吉宗自身は紀伊家二代目である光貞の4男で、上の3人の兄が早世したため紀伊家の五代目に就いた経緯があり、それ故に兄3人に対する毒殺疑惑が囁かれていた。
この吉宗の血も孫の家治で絶え、吉宗が血統護持のために新たに創設した「御三卿」の一つである清水家の家斉が十一代将軍を継ぎ、それも孫の家定で絶え、清水家から紀伊家を継いだ家斉の子・斉順の次男である家茂が紀伊家から本家に戻る形で将軍位に就いた。
だが、その家茂も早世、水戸家から御三卿の一橋家に入っていた慶喜が将軍位を継いだ。それも「水戸家のものは将軍位に就かない」という内規があり、最後まで反対意見が強かったものの、他に選択肢が無かった結果だった。

江戸時代は最も安定した時代で、保健医学も世界的に見て相応の水準にあったはずだが、それでも一つの血統が維持できるのは三代程度でしかなかったことが分かる。また、家康は血統を維持するために御三家を創設したが、御三家筆頭の尾張家からはついぞ1人も将軍位に継ぐことは無かった。このことは、血統維持のためには、必要なタイミングに後継者を提供できるだけの数をプールしておく必要があることを示している。たとえ男子が生まれても、相続のタイミングで相続可能な状態のものが居なければ意味が無いのだ。
それに気づいた吉宗は血統をプールすることを目的に御三卿を創設するが、田安家は二代目で途絶して養子、一橋家は四代目で途絶して養子、清水家に至っては初代に実子が無くいきなり養子という有様だった。

江戸城には大奥が置かれ、将軍家でなくとも正妻以外に側室を置くことが奨励され、実行されていたにもかかわらず、これだけ男子が育たずに養子をもらうことでしか血統を維持できなかったのである。
別の例を挙げれば、戦前に総理大臣を担った近衛文麿は、公家・五摂家の筆頭というサラブレッドだったが、文麿は江戸時代から300年間を通じて初めての正妻の子による後継者であったという。今昔を問わず、正妻と子をなすことがいかに難しいかという話だろう。
さらに別の例を挙げれば、江戸期にある庄屋・名主の家が100年後にも同じ地位を保っていたケースは10〜15%程度だったという研究もあり、要は8割以上の家は100年と保てずに没落してしまっており、名家の存続がいかに困難であるかを示している。

以上の話でお分かりいただけるのではないか。
現在の皇統存続の危機は、戦後改革によって14家あった宮家のうち11家が皇籍離脱処分となったことにある。その結果、1954年の高円宮憲仁親王(2002年に逝去)の誕生から2006年の秋篠宮悠仁親王の誕生まで50年以上にわたって男子の誕生が途絶えている。冒頭にも挙げたように、皇家と四宮家のうち男子がいるのは秋篠宮家だけで、しかも1人で、養子が認められない現行法では残り四家は遠からず断絶することになる。仮に悠仁親王が皇位を継いだとしても、その存続は絶望的な状況にあると言える。
宮家が廃絶された理由は、戦後の財政難と民主化、つまり華族制度の廃止にあるが、それは強大な皇族が貴族特権を有することはデモクラシーの原理に反するという考え方に基づいている。
だが、皇統の存続を第一に考えるならば、可能な限り多くの宮家を置いて、後継者プールを大きくすることに主眼を置くべきなのだが、近代あるいはデモクラシーの原理とどうしても背反してしまう。

また、明治帝が5人の側室を有していたのに対して、より近代的な(人権感覚のある)大正帝と昭和帝は側室を置かず、その新伝統は現在の平成帝と徳仁親王にも引き継がれている。だが、大正帝から平成帝に至る連続三代に渡って本妻が男子を産むという事態こそが、歴史的に見て奇跡的な幸いとも言うべき例外であり、血統の護持という点では奇跡に期待するようなことがあってはならない。
その意味では、天皇家と宮家には側室を置くことを容認ないしは義務づけることが望ましいはずだが、一夫一妻という近代道徳がこれを阻害している。
奇妙なのは、皇室に属するものには基本的人権や主権が認められていないにもかかわらず、何故か一夫一妻制度は導入されている点だろう。どうせ裁判権も選挙権も認められていないのだから、民法についても適用除外にすれば良いだけの話ではないか。
文仁親王などは年齢的に可能性が残っているのだから、今からでも側室をあてがうことは十分に現実的な選択肢と考えられる。

つまるところ、現状の皇統危機は、変に封建制(王制)と近代原理(自由と民主主義)を両立させようとした結果、自ら選択肢を狭めてしまっていることに起因すると考えられる。その意味で、保守派が反動回帰して「皇籍復帰による新宮家の創設」を主張するのは合理的な帰結ではあるのだが、現実には自由と民主主義そのものを否定しない限り、根本的な解決には至らないのである。
posted by ケン at 12:48| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする