2015年03月09日

選挙権だけ18歳の是非

【18歳選挙権法案を衆院に提出、成立確実】
 自民、民主、維新、公明など与野党6党は5日、選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる公職選挙法改正案を衆院に提出した。共産党を除く各党が賛同しており、今国会での成立は確実な情勢。選挙権年齢の引き下げは25歳から20歳に変更された昭和20年以来で、早ければ来年夏の参院選から適用され、未成年者約240万人が有権者に加わる。与野党は昨年11月に改正案を提出したが、衆院解散で廃案となった。18歳以上への引き下げは衆院選や参院選のほか、地方自治体の首長・議会選挙なども対象となる。
 改正案には、未成年者が連座制適用となる悪質な選挙違反に関与した際は原則として検察官送致(逆送)となる規定を盛り込んだ。成人に科せられる処罰との不均衡が生じないようにするための措置だ。自民党の逢沢一郎選挙制度調査会長は再提出後、「民主主義の成長、成熟に結びつくように努力したい」と強調した。自民党などは今後、高校生らに有権者としての自覚を促す「主権者教育」に力を入れる。また、与野党は引き続き20歳未満を少年と定める少年法や、「20歳以上」に据え置かれた民法の成人年齢などの見直しも議論する。各党は憲法改正の是非を決める国民投票の投票年齢も速やかに18歳に引き下げる方針で一致している。各党で合意した引き下げまでの猶予期間を前倒しするため、来年夏までに国民投票法を再改正する予定だ。
(産経新聞、3月6日)

選挙権の年齢引き下げは原理的には正しいものの、様々な課題を有している。
デモクラシーの歴史は有権者拡大の歴史でもあり、男性の富裕層だけのものだった選挙権が中間層を経て貧困層まで拡大し、さらに女性、若年層へと広がり、現在では外国人の一部にまで広げようとする動きまである。デモクラシーを深化させるという点で、選挙権の拡大は常に正当化される。

だが、現実には様々な条件や環境が障害となる。まず日本の民法は成人年齢を20歳としており、未成年者として財産権や意志決定権などを限定されているものに対して国政参加の権利と公務員(議員)の選定権を付与することになり、違和感がある。そして、少年法との絡みで、未成年者が公選法に反する行為をなした場合、家庭裁判所に付され、悪質と判断された場合には検察に送致されることになるが、公選法違反を家裁で審理するというのも相当に違和感を覚える。

とはいえ、国際的に見た場合、選挙権年齢を18歳以上にしているのは、196カ国・地域の中で162カ国・地域、83%に上り、日本は少数派に属している。ただ、その多くの場合、徴兵年齢に併せて18歳となっている。これは、「義務兵役に就くのに対価としての選挙権が付与されないのは主権侵害である」との見解に基づいている。その意味で、NK党を始めとする極左が今回の法案に慎重なのは、「徴兵制施行のための前準備ではないか」と危惧するからであり、安倍政権による集団的自衛権行使と「積極的平和主義」を考慮すれば、あながち否定できないものがある。

法律との関係以外では、投票率の問題がある。現在でも20代前半の投票率は国政で20%台でしかなく、地方選では10%台に達するケースもあり、現実には某学会員とNK党員以外の投票者は非常に限られてしまっている。このことは全体主義政党を助長させる危惧があると同時に、全体の投票率を下げる可能性が高い。逆を言えば、若年層にデモクラシーの理念と価値が共有されていない状況で、選挙権だけ付与してみても、権力側に「選挙権はくれてやったんだから、結果に文句付けるな」と言わせることになりかねない。同じ理由で、主権付与を理由に様々な義務(という名の自己責任)が今後押しつけられる危惧がある。
徴兵は杞憂としても、裁判員制度との整合性は現実の課題であり、少年法の対象である未成年者に裁判員を担わせるのは無理がある話で、やはり選挙権のみが突出してしまう形になる。

個人的には、中等教育の完全無償化や若年者支援を整備した上で、民法の成人年齢を18歳に引き下げ、様々な義務と権利も基本的に18歳に統一、同時に選挙権も認めるという形にすべきであり、選挙権だけ先行するのは望ましくないと考える。
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2014年12月24日

解散権を改革する

車からギアがなくなり、カメラからミラーが消え、自転車からはチェーンが失われ、飛行機からは窓が取り払われる。技術革新は発想の転換から来るが、常識を疑う精神が大事。議会政治も同じであらゆる制度が合理的理由から設定されているわけではなく、むしろ一部の者の権益や「何となくの合意」で成り立っていることの方が多いように見受けられる。
例えば議員の任期というのはあまり合理的な根拠がなく、ただ定期的に民意を問う意味しか無い。任期を2年にするか4年にするか10年にするかを決めることに合理的な理由を見つけるのは容易ではない。
だが、任期があるために、任期満了直前に法案の駆け込み審査が行われたり、選挙直前にバラマキが行われたり、(日本では)政権党に有利なときに解散がなされたりする。ところが、本来的には「良い政治」が行われているのであれば、民意を問う必要は無いはずだ。逆に選挙後に公約を違える政策を実施しても、有権者にそれを咎める手立てがないため、自然、選挙公約の価値は下がり、有権者の政治不信を高めている。

そこで考えられるのは、議員の任期を撤廃し、有権者に一票ずつ「解散権」を付与するシステムだ。有権者はいつでも解散権を投じることができ、それが5割とか6割に達した瞬間に議会は自動解散、選挙になるという仕組みはどうだろうか。当然、総理の解散権は内閣不信任を受けた時を除いて否定される。
もちろん選挙が行われたらリセットされるし、一度投じた「解散権」は撤回できない。審議中の法案は自動的に廃案となり、条約の承認は先送りされる。「解散権」の投票割合がどの程度に達したかは特定秘密に指定する必要があろうが、10%上がる毎に公表しても良いかもしれない。
これにより、政権党が公約に反する、あるいは公約にない政策を行えば、「解散権」が投じられて選挙が近づくシステムになるだろう。また解散票が増えてくれば、政権党は自動的に民意に同調せざるを得ない。選挙対策のバラマキをやろうとしても、補正予算を組む前に議会が解散されるだろう。
任期が限定されると、「少なくとも任期中は大丈夫」という緩みが生じ、特に選挙直後は今回の原発再稼働や憲法改正発言のように「何でもあり」の様相を呈するが、任期を不定期にして議会の正当性の判断を有権者に委ねれば、議員は常に緊張感が求められる。

自治体議会も同様で、大した問題も無いのに4年ごとに定期的に選挙が行われるため、有権者の関心が低くなり、固有の支持層を持つ政党が実力以上の議席を有することになる。任期を不定期にしておけば、自治政治に不満を持つ者たちがこぞって「解散権の行使」を求めて運動するため、議会と有権者に緊張が走る構図になる。自治体の選挙も10年に1度とかになれば、もっと投票率が上がるだろう。個人的には「4年に一度の選挙で投票率40%」よりも「10年に1度の選挙で投票率60%」の方がデモクラシーの原理に適っていると考える。
いかがだろうか。
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2014年10月29日

日本の女性解放は「アメリカの押しつけ」ですから!

【男女平等、日本104位 議員・企業幹部、低い女性比率】
 世界経済フォーラム(WEF、本部・ジュネーブ)は28日、各国の男女格差(ジェンダーギャップ)の少なさを指数化し、ランキングで示した報告書の2014年版を発表した。世界142カ国のうち日本は104位。前年から一つ順位を上げたものの依然として低水準で、主要7カ国(G7)中最下位だった。WEFは、世界の政財界人が集まる「ダボス会議」を主催することで知られている。ランキングは「職場への進出」「教育」「健康度合い」「政治への参加」の4分野で男女格差の少なさを指数化し、その平均点で総合順位を決める。各分野ごとに、2〜5の要素を調べる仕組みだ。日本は「政治への参加」が129位、「職場への進出」が102位だったことが足を引っ張った。
(朝日新聞、10月28日)

結局のところ、日本の「女性解放」は、ポツダム宣言の受諾に伴うマッカーサーの「民主化五大改革」指令によって実現したものであって、女性の権利獲得運動によって実現したものではないため、女性側は価値を実感すること薄く、男性側は「占領軍に押しつけられたもの」という発想から抜け出せないのだと思われる。
仮に「八月革命」が無ければ、日本ではいまだに女性の参政権も結社権も労働基本権も認められていなかった可能性があるわけで、安倍一派が言う「戦後レジーム」には女性の市民的権利も含まれていると考えて良い。

確かに日本には、平民社以来の婦人参政権獲得運動が存在したものの、一部の都市知識人に限られており、広範な国民運動に繋がることは無く、常に内部対立と分裂を繰り返していた。一般に米欧では、第一次世界大戦における女性の戦時動員が参政権運動へと発展し、体制(男性)側としても女性の動員を円滑にするために参政権を認める方向で進められた。例えば、女性参政権は英独で1918年に、アメリカでは1920年に実現しているが、日本では1926年にようやく男子普通選挙が実現するレベルだった。
とはいえ、日本の女性解放運動も全く無力だったわけではなく、1922年に治安警察法が改正されて女性の政治集会への参加が認められるようになり、1933年には弁護士法が改正されて女性弁護士への道が開かれた。だが、女性には依然として結社、政党参加の自由は無く、就学上の差別も大きかった。
例えば、1939年頃の話になるが、私の祖母は弁護士を志して、女性の入学が認められている東北帝大法学部の受験を希望した。当時、女子で法学部への入学が認められたのは、同大を始め、明治大学や日本大学など非常に限られていた。祖母は親や一族郎党を巻き込んで相当粘ったようだが認められず、「東京にある大学の国文科なら許す」というところをさらに交渉して、実践女子大の英文科に進んでいる。女性の進学が、制度上も倫理・慣習上もいかに制限されていたか分かるだろう。

日本で最初に女性参政権が具体化するのは、1931年の「婦人公民権法案」で、この分野の研究は不十分なところもあり推測になるが、どうやら日本の婦人参政権運動を受けての話ではなく、内務省がドイツの選挙制度を研究し、参政権と戦時動員の関係を考慮して進めたもののようだ。提案者は内務省で、その主旨説明で内務大臣は「女子に公民権を付与するに当たりましても、是と家族制度乃至夫婦生活の関係に付きましては、特に慎重なる考慮」と述べており、「妻が名誉職に選挙されこれを受諾する場合に夫の同意を要する」という条項を付けることで何とか提出する有様だった。それも市町村議会選挙に限った話で、しかも男子20歳で女子25歳の選挙権で、国会はおろか道府県議会選挙の権利すら否定されていた。全国町村町会は全会一致で反対決議を出すも、何とか衆議院は賛成多数で通過するが、貴族院は賛成62、反対184でこれを否決、不成立に終わった。
以降、満州事変の勃発を経て日本は戦時体制に移行、婦人参政権問題は優先順位を下げられ、ついに法案審議の俎上にのぼることはなかった。余談になるが、第二次世界大戦に参戦した主要国の中で、女性の動員率が最も高かったのはソ連で、米英が続き、枢軸国は総じて連合国よりも低く、中でも日本は最低水準にあった。枢軸国は、女性の戦時活用の点でも連合国に劣っていたのである。

参政権、教育権、労働基本権など市民的権利が、日本女性に完全に認められたのは、全て占領軍の指示によるものだった。マッカーサー指令が下されたのが1945年10月11日で、幣原内閣の婦人参政権導入の閣議決定は前日の10月10日になされているが、これはGHQの意向を先読みしてポーズを取っただけの話であり、「八月革命」に伴う占領軍の指導が無かったら、果たして女性参政権がいつ実現したのか分からなかっただろう。このことは、当時の官僚や政治家たちが「女性参政権が無いことは連合国の一般的趨勢に反する」ことを十分に理解しており、「自主的に導入した」というポーズをとるために閣議決定を急がせたことが伺われる。つまり、当時の為政者は女性差別を十分に承知していながら放置していたのである。
だが、GHQの指導で「女性解放」が実現した結果、戦前期の婦人参政権獲得運動などが陳腐化してしまい、歴史的意義しか持たなくなってしまった。これは、社会大衆党など戦前期の社会民主主義政党が主張した政策の大半が、GHQ改革で実現してしまった結果、戦後の日本社会党が主張すべきことが失われ、マルクス主義に傾倒してしまったことにも通じる。

つまるところ、日本における女性参政権は、大衆的な運動に基づく国民的議論を経て成立したものではなく、神から与えられたかのように半強制的に成立したものであるが故に、その価値や重要性について深く考える機会もなかったのではなかろうか。そして、女性参政権に象徴されるように、全ての市民的権利についてもなし崩し的にGHQ改革である日突然認められたものなだけに、制度として未熟なままになっているのだろう。例えば、日本の労働契約は職務内容を規定すること無く、全人格ごと雇用することになっているため、使用者は無制限に職務を命じることが可能になっており、同時に三六協定で労使協定さえ結べば無制限に残業させることが可能だが、女性が男性と対等に働ける環境など出来ようはずもないだろう。一事が万事この調子であり、自民党政権が女性を何人大臣に据えたかなど、全く重要ではない。

この意味で、日本の女性解放は「未完」なのである。

【追記】
占領研究の大家である雨宮昭一先生などは「占領改革なくしても民主的改革は時間の問題だった」とのスタンスを取っているが、ソ連の「脱スターリン」の限界を考えた場合、明治憲法(天皇主権)下と治安維持法下での民主的改革がどこまで可能だったのか疑問を禁じ得ない。同時に、「下からの改革」が挫折して、外国占領下による改革で実現した権利、制度であるだけに、どこまでも脆弱性が伴うことは否めない。

【追記2】
三十余年ほど前のことだが、私の母が東大の医局を辞するとき、女性の看護師や事務員が次々にやってきて、「先生が女性初の東大医学部の教授になるとばかり思っていたのに悔しいです」と泣いて訴えたという。1980年頃でもそういうレベルだったのだ。
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2014年10月15日

皇統存続と近代原理の無理

皇統存続の危機がうたわれ、新宮家の創設に向けた動きがあるが、保守派は女性宮家案に強く反発しており、当面解決しそうに無い。私は言うまでもなく共和主義者だが、連中が騒いでいるうちに絶家しそうなので、一言アドバイスしてやろうと思った次第。

現在の天皇家は皇家と四宮家から構成されている。この5家のうち男子がいるのは秋篠宮家だけで、それも1人のみだ。現在の皇室典範は養子を禁止すると同時に、女子が皇族以外と結婚した場合は皇室から除籍すると規定しているため、今後も男子が誕生しない場合、皇家と三宮家は遠からず絶家となる。
どうしてこういう事態になるかというのは意外と単純な話で、皇統を維持するための装置、すなわち宮家が少なすぎることと、一夫一妻制のためである。

例えば、徳川家の場合、家康の直系は4代で途絶、三代家光の4男である綱吉が五代将軍となり、さらに途絶して六代将軍には家光の3男綱重の子である家宣が就任するが、それも次の家継で断絶してしまい、家光の血統は途絶してしまう。
そこですったもんだが生じ、紀伊家の吉宗が八代将軍になるのだが、吉宗自身は紀伊家二代目である光貞の4男で、上の3人の兄が早世したため紀伊家の五代目に就いた経緯があり、それ故に兄3人に対する毒殺疑惑が囁かれていた。
この吉宗の血も孫の家治で絶え、吉宗が血統護持のために新たに創設した「御三卿」の一つである清水家の家斉が十一代将軍を継ぎ、それも孫の家定で絶え、清水家から紀伊家を継いだ家斉の子・斉順の次男である家茂が紀伊家から本家に戻る形で将軍位に就いた。
だが、その家茂も早世、水戸家から御三卿の一橋家に入っていた慶喜が将軍位を継いだ。それも「水戸家のものは将軍位に就かない」という内規があり、最後まで反対意見が強かったものの、他に選択肢が無かった結果だった。

江戸時代は最も安定した時代で、保健医学も世界的に見て相応の水準にあったはずだが、それでも一つの血統が維持できるのは三代程度でしかなかったことが分かる。また、家康は血統を維持するために御三家を創設したが、御三家筆頭の尾張家からはついぞ1人も将軍位に継ぐことは無かった。このことは、血統維持のためには、必要なタイミングに後継者を提供できるだけの数をプールしておく必要があることを示している。たとえ男子が生まれても、相続のタイミングで相続可能な状態のものが居なければ意味が無いのだ。
それに気づいた吉宗は血統をプールすることを目的に御三卿を創設するが、田安家は二代目で途絶して養子、一橋家は四代目で途絶して養子、清水家に至っては初代に実子が無くいきなり養子という有様だった。

江戸城には大奥が置かれ、将軍家でなくとも正妻以外に側室を置くことが奨励され、実行されていたにもかかわらず、これだけ男子が育たずに養子をもらうことでしか血統を維持できなかったのである。
別の例を挙げれば、戦前に総理大臣を担った近衛文麿は、公家・五摂家の筆頭というサラブレッドだったが、文麿は江戸時代から300年間を通じて初めての正妻の子による後継者であったという。今昔を問わず、正妻と子をなすことがいかに難しいかという話だろう。
さらに別の例を挙げれば、江戸期にある庄屋・名主の家が100年後にも同じ地位を保っていたケースは10〜15%程度だったという研究もあり、要は8割以上の家は100年と保てずに没落してしまっており、名家の存続がいかに困難であるかを示している。

以上の話でお分かりいただけるのではないか。
現在の皇統存続の危機は、戦後改革によって14家あった宮家のうち11家が皇籍離脱処分となったことにある。その結果、1954年の高円宮憲仁親王(2002年に逝去)の誕生から2006年の秋篠宮悠仁親王の誕生まで50年以上にわたって男子の誕生が途絶えている。冒頭にも挙げたように、皇家と四宮家のうち男子がいるのは秋篠宮家だけで、しかも1人で、養子が認められない現行法では残り四家は遠からず断絶することになる。仮に悠仁親王が皇位を継いだとしても、その存続は絶望的な状況にあると言える。
宮家が廃絶された理由は、戦後の財政難と民主化、つまり華族制度の廃止にあるが、それは強大な皇族が貴族特権を有することはデモクラシーの原理に反するという考え方に基づいている。
だが、皇統の存続を第一に考えるならば、可能な限り多くの宮家を置いて、後継者プールを大きくすることに主眼を置くべきなのだが、近代あるいはデモクラシーの原理とどうしても背反してしまう。

また、明治帝が5人の側室を有していたのに対して、より近代的な(人権感覚のある)大正帝と昭和帝は側室を置かず、その新伝統は現在の平成帝と徳仁親王にも引き継がれている。だが、大正帝から平成帝に至る連続三代に渡って本妻が男子を産むという事態こそが、歴史的に見て奇跡的な幸いとも言うべき例外であり、血統の護持という点では奇跡に期待するようなことがあってはならない。
その意味では、天皇家と宮家には側室を置くことを容認ないしは義務づけることが望ましいはずだが、一夫一妻という近代道徳がこれを阻害している。
奇妙なのは、皇室に属するものには基本的人権や主権が認められていないにもかかわらず、何故か一夫一妻制度は導入されている点だろう。どうせ裁判権も選挙権も認められていないのだから、民法についても適用除外にすれば良いだけの話ではないか。
文仁親王などは年齢的に可能性が残っているのだから、今からでも側室をあてがうことは十分に現実的な選択肢と考えられる。

つまるところ、現状の皇統危機は、変に封建制(王制)と近代原理(自由と民主主義)を両立させようとした結果、自ら選択肢を狭めてしまっていることに起因すると考えられる。その意味で、保守派が反動回帰して「皇籍復帰による新宮家の創設」を主張するのは合理的な帰結ではあるのだが、現実には自由と民主主義そのものを否定しない限り、根本的な解決には至らないのである。
posted by ケン at 12:48| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月06日

権威頼みの平和運動

【ノーベル平和賞予測、「憲法9条保持する日本国民」浮上】
 10日にノルウェー・オスロで発表される2014年のノーベル平和賞の受賞予測に、「憲法9条を保持する日本国民」が浮上した。受賞予測を毎年発表している民間研究機関、オスロ国際平和研究所(PRIO)が3日、ウェブサイト上の予測リストを更新し、それまで「欄外」だった「憲法9条」がトップに躍り出た。受賞への期待が高まりそうだ。受賞予測リストは、(1)フランシスコ・ローマ法王(2)エドワード・スノーデン氏(3)「ノーバヤ・ガゼータ」(ロシアの新聞)(4)ドニ・ムクウェゲ氏(コンゴ民主共和国の医師)(5)マララ・ユスフザイ氏(パキスタン出身の女性の教育の権利提唱者)が挙がっていたが、3日付でリストが更新され、フランシスコ法王が「憲法9条」に差し替わった。他の4候補は順位が入れ替わっただけだった。
 PRIOのハープウィケン所長(52)は3日、朝日新聞の取材に応じ、「中立や不可侵、平和主義につながる原則を掲げる憲法9条は、軍事的な紛争解決が多用される昨今において重要にもかかわらず、十分に光が当てられていない。領土問題などアジアがはらむ将来の紛争のおそれについても注目されるべきだ」と話した。
(10月4日、朝日新聞)

一部の旧式左翼が「憲法9条をノーベル平和賞に」という運動を進めており、それが結実して同賞の選考対象にリストアップされることになった。仮ボスのところにも「推薦人の1人になって欲しい」という依頼があり、私も意見を聞かれたが、私は真正面から反対した。
運動家たちの狙いは、「平和賞を受賞することで、憲法9条の国際的認知が高まり、改憲の動きを抑制できる」ということにあるらしい。だが、これは危険かつ無責任な発想ではないか。

私が問題にしているのは、デモクラシーの原理と市民の責任である。民主主義国における憲法は一国の市民、国民が自らの責任において制定するものであり、日本の場合は主権者たる国民に帰せられる。従って、それを護持するも改定するも、国民の責任において行われなければならない。
「安倍一派が憲法9条を改悪しようとしているけど、護憲派にはそれを止める力が無いから、外国の権威に認知してもらうことで護憲運動の支援としたい」という推進者たちの考え方は、デモクラシーにおける市民の政治責任を否定するものでしかない。
そもそもデモクラシーの原理は、「市民主権」以外の権威を否定することで成り立っており、ノーベル賞も日本の叙勲制度も、本質的にはデモクラシーに反している。
推進者たちの発想は言うなれば、

「君側の奸が勝手に戦争を始めようとしているが、王様はきっと何もご存じないに違いない。何とか直訴してお諫めして悪い大臣を追っ払ってもらおう」

という、封建国家における「臣下」のそれであって、民主主義国市民が採るべき考え方では無い。民主主義者ならば、自らの責任で改憲反対を訴えるべきだ。仮にそれが失敗して、民主的手続きを経て憲法9条が改正されたなら、それを受け入れるのが民主主義者として正しい姿なのだ。

そもそもノーベル平和賞の正当性は甚だ疑わしい。その受賞者は、コーデル・ハル、ジョージ・マーシャル、ヘンリー・キッシンジャー、佐藤栄作、ミハイル・ゴルバチョフ、バラク・オバマらが名を連ねている。

逆に考えてみて欲しい。仮に受賞したとして、彼らは「憲法9条はノーベル平和賞を受賞したのだから、改定することはまかりならない」と言うのだろうか。それはデモクラシーの否定であると同時に内政干渉なのではないか。新たな権威をつくるだけの話であり、「毒をもって毒を制す」発想は止めた方が良い。
posted by ケン at 12:21| Comment(4) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月01日

投票行動と所得税率を連動させてみるのはどう?

これも妄想の類いなのだが、私はかねてより主権者の投票行動と税率・税額が連動していないことに違和感を覚えてきた。最初は漠然とした疑問で、何が問題なのかすらハッキリしていなかったのだが、最近とみに違和感が強くなり、再考してみた。
私の単純な疑問は、政権党に投票して自らの主権を最大限に活用、政見の実現に寄与できたものと、自らの投票が何ら国政に反映されなかったものが、全く同率の税を課されるのは不公平あるいは不公正なのではなかろうか、というものである。

具体的に例示するなら、例えば先の総選挙で小選挙区と比例ともに自民党に投票したものは2人の衆議院議員を国政に送り出すことに成功した可能性がある。他方、ミニ政党や小政党に選挙区と比例区の両方で投票したものはゼロだった可能性が高い。前者は自らの政治主張が2人分も国政に反映されるのに対して、後者の意思は同じ主権者ながら一切反映されない。
政権党は内閣を輩出し、国家予算の策定と審議に主導権を持ち、税制改正に多大な影響力を発揮する。そのため、政権党に投じたものは予算、税制、その他の政策によって便益を得る公算が高いのに対して、国政に主権を反映させられなかったものは増税の対象になったり(減税対象から外されたり)、それまで受けてきた制度的便益を奪われたり(制度廃止)する可能性が高い。
より具体的に言うならば、安倍政権の誕生によって法人税が引き下げられ、業界別の政策減税が続々と復活する一方で、生活保護の給付を抑制、残業代の(一部)廃止を打ち出している。消費増税や医療費自己負担増もその一環と言えるかもしれない(個人的には誰が政権を担当しても避けられないような気がするが)。その意味では、投票行動の結果、政権党に投じたものは税制優遇を受け、有効票を投じられなかったものは冷遇される傾向が強いと言った方が正確かもしれない。

議会制度が正常に機能して恒常的に政権交代が実現しているならば、一定の公正性とバランスが担保されるわけだが、日本の場合は自民党の長期政権が続き、1993年と2009年の政権交代は偏った税制を是正するには全く足りない短期に終わったため、サプライサイドに偏った税制が継続するに至っている。
高度成長の中で税収が右肩上がりだった80年代までは、一定の分配機能を担保する余裕があったが、税収が低迷して肥大化した歳出に届かなくなると、再分配機能が抑制され、政権党の非支持層に対する冷遇が顕著になってくる。今後も自民党政権が継続する場合、財政再建の犠牲になるのは自民党に投票しなかった層となるだろう。
「であるならば、逆に反自民党層が増えて政権交代が近づくのではないか」との反論はあるだろうが、小泉政権から第二次安倍政権に至る中で、自民党の政策で最もダメージを受けそうな層がこぞって自民党に票を投じてきた経緯を見ると、私は楽観視できない。

私の中での超ラフな考えとしては、所得税と衆議院議員選挙の比例区に的を絞り、前回の総選挙で政権党に投じた納税者は翌年から次の総選挙の年まで所得税を2割増しとし(1.2)、野党第一党への投票者は増減無し(1.0)、野党第二党以下への投票者は2割減(0.8)とする感じ。
これは、ただでさえ圧倒的に有利な政権党に対する政治献金を抑制すると同時に、野党第二党以下にたいする同献金を奨励する意味も持つ。
投票しなかったものに対しては懲罰的な意味から政権党支持者と同じ2割増し(1.2)として、投票行動を半強制的に促すのが望ましい。デモクラシーは本来「全員参加」を前提としているが、日本の国政選挙の投票率は6割前後で低迷している上、小選挙区の場合は投票数の半分以上が死に票になっているという問題がある。デモクラシーの実効性を担保するためにも投票率を8割以上にすることを真剣に目指すべきだ。

ただ、この場合、自分の所得税率を下げるために故意に第二党以下になると予想される政党に投票したり、わざと白票を入れたりするものが続出すると考えられるが、これは自らの主権を売り渡しているだけの話であり、有権者意識の低さは自己責任の範疇だろう。
より根源的には秘密投票の利点が失われ、少なくとも税務当局に投票先が知られてしまう点で、自由主義にそぐわないと言える。
他の弊害としては、政権党支持者による利益誘導要求が激化することや、政権交代が頻発する可能性が考えられる。いずれにせよ、精査する必要があるのだが、デモクラシーと議会政治の活性化のために、一つの考え方として提示しておきたい。
posted by ケン at 12:37| Comment(3) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月04日

ヘイトスピーチと騒音規制を整理する・下

前回の続き)
また、左翼は騒音規制を「表現の自由に反する」と言って反対するが、これは半ば自分が政権党になって内閣を担うことを前提としていないがために言えてしまう無責任な側面がある。仮に自分たちが政権を取って、首相官邸が右翼の街宣車に囲まれて終日大音量で人格攻撃や脅迫を含めた攻撃がなされたとして、「表現の自由だから」と許容し続けることができるのだろうかという疑問がある。これは私がかつて党本部に勤務していた際に、実際に右翼の街宣車の騒音に終日悩まされたことが思い出される。

この静穏保持法については、私も以前に当局の人を呼んでレクチャーを受けたことがある。それによれば、もともと右翼の街宣車対策を目的に立法されたものであるだけに、法文には「拡声器」とのみ記載されているものの、ただのハンドマイクや楽器が規定の音量に達したからと言って取り締まるのは難しい、とのことだった。また、同法の第8条には「この法律の適用に当たつては、国民の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」とあるため、人格攻撃などではなく純然たる政治的主張をしているものに安易に適用することは戒められる、との旨の説明もされた。
実際のところ、法文には「静穏を害するような方法で拡声機を使用してはならない」とあるだけで、具体的な指針は記載されていないため、運用で「85デシベル以上の平常外の音」と基準を定めつつ、音量、音質(耳障りかどうか)、時間(継続時間、勤務時間)や場所などを考慮している、とのことだった。また、取り締まりに際しても、まず現場の警察官が注意・警告をなし、改善されない場合は同法違反に対する命令措置がなされ、それでもなお是正されない場合に限って検挙に踏み切るため、現実には平均して年一件程度の検挙に止まっているらしい。自民党に対する説明では「ザル法だ!」との批判が出たそうだが、「大部分は検挙の前に未然に抑止している」と考える方が自然であり、静穏保持法で次々と検挙者が出るような事態こそ危険であろう。
実際のところは、右翼の街宣車に対してはこの手法が採られていることは私も分かるのだが、異なる個人や団体が断続的に大音量を流す事態になると、なかなか対処が難しくなるようだ。
いずれにせよ、少なくとも当局の説明は極めて抑制的で、同法の運用に細心の注意を払っていることが伺われ、意外な感慨を覚えたことが思い出される。

ここから分かることは、自民党の石破氏や高市氏が抱いている脅威は、既存の静穏保持法をもって取り締まることが可能なのだが、運用者である警察の慎重なスタンスが超絶音量による反原発デモや秘密保護法反対デモを実質的に許してしまっている、ということである。逆を言えば、政権党である自民党が自党の閣僚である国家公安委員長に運用の見直しを求めれば解決できる範囲のものなのだ。単純化してしまえば、運用基準の「85デシベル以上」をより厳密に適用して行けば良い話なのだ。そもそも「右翼の85デシベル」と「左翼の85デシベル」を区別する方がおかしいという考え方も成り立つが、運用者が法律の制定経緯まで考慮しているのは意外だった。
もっとも、あえて深読みをするなら、「静穏保持法は右翼対策で制定されたもの」と説明された高市女史が「では左翼を弾圧する法律を作らなければ!」といきり立った可能性も考えられるのだが。いずれにしても、内容・表現規制と騒音規制を混同していたことは否めない。

話を整理すれば、実のところ静穏保持法も「永田町や外国公館の周辺」に限定してしまっていることが規制対象を政治団体や政治的主張をする個人に限定してしまうため、運用を難しくしまっている側面が強い。
静穏保持法以外に一般的な騒音規制としては「騒音規制法」が存在するが、これは工場や工事現場あるいは自動車騒音を規制するものであり、拡声器などによる巨大音量は規制できない。あとは各都道府県の条例で拡声器や音響機器の使用が制限されている程度だろう。

ここで検討されるべきは、テクノロジーの変化である。かつては政治的主張をするために出版か街頭行動しか選択肢がなかったが、それがラジオやテレビといった技術革新によって主張できる範囲が広がり、さらにはインターネットの登場によってラジオやテレビが取り上げないような主張も自由に個人の意思で流せるようになった。
特に日本の場合、放送免許制の問題があるため、テレビ放映がNHK(半官)と巨大新聞社(特権的営利団体)によって独占されているため、他の民主主義国に比して強固な情報統制がなされて十分にデモクラシーやリベラリズムに寄与してこなかったところがあるが、インターネットの登場によって情報の幅が格段に広がっている。もっとも、現段階ではネットを駆使した政治宣伝という点で右派が左派に秀でているため、ナショナリズムと排外主義と反知性主義が助長されている。それでも、園遊会で今上帝に私信を手渡したことで知られる山本太郎参議院議員などは動画一本ネットにアップしただけで5千回もクリックされるというのだから、その影響力は受動的に見ているだけのテレビの比では無い。

つまり、インターネットによって個人が自由意思に基づいてほぼ全世界に向けて情報発信できる時代に、街頭で大音量を上げて政治的主張を行うことにどこまでの価値を認めるべきかという問題である。確かにデモや集会は、個人による政治主張とは異なるものであり、デモクラシーを構成する上での必須条件の一つで、日本はそれが低調であるためにデモクラシーの水準が低いという側面がある。しかし、デモや集会を行うために、他の市民の生活を脅かすほどの音量が不可欠なのかは一旦分けて考える必要があるのでは無かろうか。

個人的には常々日本の街頭は商業宣伝や公共放送などが余りにも騒々しく、極めて猥雑だと思っている。特にヨーロッパから帰国すると、その騒々しさにウンザリさせられる。その意味で、静穏保持法はまずもって穏当な法律であることからも、これを基に永田町と外国公館周辺だけでなく全国あまねく静穏を保持することを目的とする法律にすることはできないだろうか。現状でも例えば静穏保持法の第五条には「次に掲げる拡声機の使用については、適用しない」として、
一 公職選挙法の定めるところにより選挙運動又は選挙における政治活動のためにする拡声機の使用
二 災害、事故等が発生した場合において、人の生命、身体又は財産に対する危害を防止するためにする拡声機の使用
三 国又は地方公共団体の業務を行うためにする拡声機の使用

と例外規定を設けているし、東京都の拡声器使用規制には、
一 祭礼、盆おどりその他の地域慣習となっている行事に伴い、別表の音量の範囲内で午前8時から午後11時の間に使用する場合。
二 集団の整理誘導等のために使用する場合。

という例外規定がある。こうした例外規定とともに「市民的権利を不当に侵害しない」旨を法律の本文に書き込むことで直接民主主義は担保されるはずだ。
自民党議員たちは現行の静穏保持法が年一件の検挙に止まっていることをもって「ザル法」と非難しているらしいが、ちょっとイメージして欲しい。例えば、実際にデモや集会が行われている状況で、マイク使用者の目の前で警官が測定器をもって音量を測り、「じゃ、85デシベルを超えたので検挙」などということになれば、即座に暴動に発展するだろう。これでは、戦争や天皇の話を出した途端に中止命令が出される戦前のシステムと全く変わらないだろう。騒音規制の現実の運用は非常に難しいと考えられる。
また、法律が適正に運用されているかをチェックするのも議会の重要な役割の一つであり、そのためには政権党に対抗できる健全な野党が必要であることは言うまでもない。

これは別稿にすべきかもしれないが、同時に私は公職選挙における拡声器使用もこの際禁止してしまって良いと考えている。選挙の時だけ候補者の名を連呼するだけの拡声器搭載車輌が街中を走り回る構図は醜悪極まりなく、選挙の担い手としてもその効果は甚だ疑問で、しかも公費で賄われているのだから、「予算のムダ遣い」の典型とも言える。
実際、米欧では拡声器搭載車輌が街を走ることもなければ、街頭で候補者が拡声器で名前を連呼して投票を懇願するシーンも見られない。ただ公共施設で候補者討論会が開かれて、テレビで放映され、選挙公報が有権者に配られ、各政党の党員がビラをもって戸別訪問するだけだ。今日ではそれにインターネットの利用が加わっている。
米欧の場合、選挙時に戸別訪問するための要員としても党員確保と党内民主主義が必須なわけだが、日本ではKM党とNK党という全体主義政党以外、党員は名簿上の存在に過ぎないことが多く、そのため政党も議会デモクラシーも非常に未熟なままに置かれている。それは、デモクラシーに自発的に参加する市民が全く増えず、有権者は選挙の時だけ候補者を選ぶ存在と化し、民意が反映されにくいという結果を生んでいる。デモクラシーの困難さは、その理念が「デモクラシーに自覚的な市民が全員自発的かつ積極的に参加すること」を前提としている点にあり、その意味で日本のデモクラシーの水準は絶望的なまでに低いと言える。
話がそれたが、要は日本の米欧並みに選挙においても静穏を保持すべきだということである。
posted by ケン at 12:43| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする