2016年12月05日

奴隷の次は下放?

【若者を地方に「地域おこし協力隊」が交流イベント】
 都市部の若者らが地方に移り住んで地域の活性化に取り組む「地域おこし協力隊」の隊員らが参加して交流を深めるイベントが、東京都内で開かれ、全国の隊員たちが日頃の活動の様子を披露しました。
「地域おこし協力隊」は、都市部の若者らが自治体の募集に応じて地方に移り住み、最長で3年間、国の支援を受けながら、住民の生活支援など地域の活性化に取り組むものです。
27日は、全国の協力隊の隊員や自治体の関係者ら1100人余りが参加して、交流を深めるイベントが、東京・日本橋で開かれました。この中で、高市総務大臣は「地方から若者が流出し、豊かな自然や独自の文化といった地域資源を生かして地方を盛り上げる担い手が不足している。協力隊の皆さんの取り組みを精いっぱい応援していきたい」と述べました。
会場には、隊員らが作った特産品や、日頃の活動内容などを披露するコーナーが設けられ、このうち鹿児島県西之表市のコーナーでは、隊員らが地元特産のさつまいもで作ったスイーツを販売していました。
総務省は、4年後には協力隊の隊員を4000人に増やす目標を掲げていて、地方への人の流れを一層加速させたい考えです。
(11月27日、NHKニュース)

エリートが考えることはどこでも似たようなものになるらしい。「外国人技能実習」という名の奴隷制を拡充する一方で、若年者を徴集して過疎化した地方に入植させる計画が進められている。
この制度は、自民党麻生政権時に導入され、民主党政権を経て今日に至っている。現在では毎年2千人以上が従事している。基本的には、自治体ごとに募集され、採用されると「地域おこし」に協力する名目で、地場産品の販売、農漁業支援、住民交流などに従事することになっている。任期は最大三年で、そのまま地域に定住することも視野に入っている。
だが、その実態は、年間200万円ほどの手当が渡され、仕事と言えば過疎化した地域の公民館で唯一人で管理人をやらされたり、過疎化した村で老人たちの奴隷にされてこき使われたり、あるいは単に自治体の小間使いにされたりという惨状が報告されている。また、自治体側が提供することになっている住宅も、ロクに手入れされていない廃屋同然の家やアパートというケースが後を絶たない。
主旨としては、協力隊員が自主的に地域おこしのアイデアを出して行動することになっており、活動費も出ることになっているが、殆どの場合、提案は無視され、ロクに活動費も出されずにただ奴隷のように使われるのだという。地方や自治体からすれば、地元の人間や正規職員がやりたくないような仕事を、外部の若者に押しつけて、しかも経費は国が出してくれるのだから、「使い勝手のいい奴隷」と考えるのは自然の流れだろう。
例のごとく政府は成功例しか提示しておらず、実態を把握し、追及してゆく必要がある。
posted by ケン at 12:37| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

カジノ解禁でも第二自民党

【民進有志がカジノ推進議連=「一日も早く審議を」】
 民進党の有志議員が24日、カジノを含む統合型リゾート(IR)を推進する法案の早期成立を目指し、議員連盟を発足させた。保守系議員を中心に約40人が参加。会長に就いた長島昭久元防衛副大臣は衆院議員会館で開いた設立総会で、「カジノ法案は成長戦略の目玉だ。一日も早く国会で審議入りすべきだ」と訴えた。自民党などが審議入りを求める同法案について、民進党執行部は「国民の理解が醸成されていない」(蓮舫代表)と慎重姿勢だ。議連の幹事長に松野頼久元官房副長官、顧問に前原誠司元外相がそれぞれ就任するなど、中心メンバーには執行部と距離を置く議員が顔をそろえており、党内対立の火種となる可能性がある。 
(11月24日、時事通信)

賭博法でバクチを禁止しておきながら、競馬や競輪は「公営」として例外的に認めている時点で「解釈改法」の疑いがあるのに、さらに「公設民営」(民間委託)まで拡大解釈するという、倫理も道徳もない法案なのだが、またぞろ電通が背後で糸を引いているらしく、ほとんど報道ベースに乗らないし、まして批判的な意見など表にならない。
カジノ解禁については、すでに何度も述べているが、一部再掲しておきたい。
日本におけるギャンブル依存症の割合は飛び抜けて高いことが挙げられる。2012年に厚生労働省が行った調査によれば、米欧諸国におけるギャンブル依存症の割合が1%前後であるのに対して、日本では5.6%にも達しており、実数で言えば550万人以上に上るという。そして、その8割がパチンコによるものと考えられている。心療内科医に依存症として認定された人がそれだけいるということは、その倍以上の人が「依存症予備軍」にあると見て良い。また、同依存症患者の中で、賭博資金を得るために窃盗や横領などの違法行為に走った経験のあるものの割合は、男性で63%、女性で31%に上り、ギャンブル中毒と犯罪の密接な関係を証明している(厚労省調べ)。
競馬であろうがパチンコであろうが、一度依存症になってしまえば、それは「ゲーム」ではなく、「半永久的に続く中毒患者からの収奪」になってしまう。最近では競馬場などに銀行のATMなどが存在するのだから、むしろ中毒と収奪を促進している観すらある。
一般論で言えば、正業に就いている者はパチンコや競馬・競輪等に通うヒマなどあるはずもなく、現実には就業が不安定な低所得層や主婦、高齢者ほどギャンブルにはまりやすい構造になっている。
他方、例えばカジノを合法としている欧米諸国ではデポジット制を採用しているところが少なくなく、その場合、一定額を先に納めることが入場の条件となっており、貧困者の入場規制や中毒対策への配慮がなされているが、日本では一切採用されていない。
カジノ法という焦土政策

「賭博依存症対策を充実させるから大丈夫」という連中の主張は、長時間労働を放置して「過労死対策するから大丈夫」という政府のスタンスと同じで、国民を絶望と死に追いやってでも収奪しようとする意志の表れだろう。

深刻なのは、これが自民党だけでなく、衛星政党の維新はもちろんのこと、民進党内にも少なからぬ支持者がいることである。この連中の認識は、

「エリートの生活水準を維持するためには、貧困層から収奪するほか無い」

というところにある。もともと金持ちには、宝くじやパチンコなどやるものなど殆どおらず、99%以上は中低所得層で、特に低所得層ほど依存度を高める傾向がある。これは、「貧すれば鈍する」で、行動経済学でも「行き詰まるほど、分の悪い賭け(倍率の高いレート)に誘惑さやすくなる」と説明されている。

国家官僚を筆頭に、一国の政治家がこぞってギャンブルを推奨するなど、すでに国家の倫理が破綻(モラルハザード)していることを意味する。同時に、賭博を解禁して中低所得層から収奪することでしか市場を活性化できない時点で、経済政策も破綻しているのだ。

「水は低きに流れる」だけに、いかなる国家体制であれ、政治家と官僚は高い倫理観を持つように心がけるべきであり、それは特に政策面で発揮されるべきだ。日本人は、舛添前都知事のような個人的腐敗には時として恐ろしく厳しくなるのに対し、東電や東京五輪のような組織の腐敗やモラルハザードには恐ろしく無関心である傾向がある。これでは、国も滅ぶであろう。
そして、民進党はマジで要らない。少なくとも連中は自民党に行くべきだ。

【参考】
・カジノ法という焦土政策 

【追記】
どうしてもやるなら、賭博禁止法を廃止するのが先だろうに。立憲主義が聞いて呆れる。法律家は、「戦争法」も結構だが、こっちも問題視すべきでしょ。
posted by ケン at 13:15| Comment(5) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

問題は奴隷制度そのものに

【技能実習制度から失踪外国人が最多 消えた中国人、5年間で1万人超】
 働きながら技術を学ぶ「技能実習制度」で来日した外国人の失踪が昨年5800人を超え、過去最多に上ったことが30日、法務省への取材で分かった。全体の約半分が中国人で、現行制度成立後の統計によると、平成23年からの5年間で計1万人超が失踪している。多くが不法滞在となっているとみられ、国内の治安にも影響を与えかねないことから、捜査当局は警戒を強めている。
 法務省によると、昨年失踪した技能実習生は5803人で、これまで最も多かった一昨年の4847人を約千人上回った。失踪者数は23年に1534人だったが年々増加しており、5年間で4倍弱となった。昨年の失踪者を国別にみると、中国が3116人で最も多く、ベトナム(1705人)、ミャンマー(336人)と続いた。中国人実習生の失踪は26年には3065人で、2年連続で3千人を突破。23年から5年間の累計は1万580人となった。
 技能実習生の摘発も絶えず、26年の摘発者数は全国で961人に上り、25年の約3倍に急増。期間を越えて国内に居続ける「不法残留」や、実習以外の仕事をする「資格外活動」などの入管難民法違反罪が約4割を占める。空き巣などの窃盗罪で摘発されるケースも多い。一方で、実習生は人件費が日本人と比べて安いことから、労働条件の悪い人手不足の現場に投入されるケースが続発している。こうした状況の中で政府は、受け入れ企業・団体の監視態勢強化▽対象職種の介護分野への拡大▽滞在期間の延長−などを盛り込んだ外国人技能実習制度の適正化法案と入管難民法改正案を国会に提出。今月25日の衆院本会議で可決されており、今国会中に成立する見通しだ。
(10月31日、産経新聞)

突っ込みどころが満載すぎ。本制度における奴隷的扱いが問題になっているのに、奴隷の逃亡防止と管理強化を行うばかりで、奴隷制度そのものはむしろ拡充しようというのが今回の改正案である。

技能実習制度は、本来「技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材育成を目的としたもの」だが、実態はただの奴隷労働。事務所にも「外国人をタダ同然で5年間働かせられるんでしょ」「労基法は適用されないんでしょ、うちにも入れたいんだけど」みたいな話が来る。労働や人権に対する日本人の感性は、戦前から殆ど進歩していないような気がする。

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厚労省、経産省、法務省、地方公共団体などにまたがっているため、所管や責任の所在が不明確になっていることがますます事態を悪化させている。さらに、上のような陳情を受け、嬉々としてあっせんする国会議員が選挙に強くなって再選され、人権や人道問題を訴える候補は落選するため、ますます腐敗と癒着の根が広がる構図になっている。これが民主主義だとすれば、やはり行き着くところはナチス・ドイツかユーゴスラヴィア内戦でしかないのかもしれない。

【参考】
奴隷制度は廃止あるのみ! 
奴隷制度は廃止あるのみ!・続 
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

8時間労働制も達成できない先進国

「連合が自民党と合一的である理由について」で触れたが、日本政府は2016年現在に至ってもなお、ILOの国際労働条約第1号「8時間(週48時間)労働制の導入」(1919年)を批准していない。
約100年前の1920年、日本で初めて開催された本格的メーデー(労働組合が主催)で掲げられたアピールは、

・8時間労働制の実施
・失業の防止
・最低賃金の導入


であり、少なくとも8時間労働制はいまだ実現できていないことを、政府自身が認めている。そもそも労働基本権そのものが、GHQ改革によって「仕方なく」導入されたものなだけに、どこまでも労働者の権利に対して消極的なのだろう。その意味で、明治体制を否定・解体することなく、形式的あるいは外形的にデモクラシーを導入してしまった戦後改革が、その限界を露呈して先祖返りを始めてしまっているとも言える。
この点について政府がどう説明しているかと言えば、「変形労働時間制があるため」である。では、変形労働時間制とは何か。

労働基準法第32条は、日8時間、週40時間の上限規定があるが、実はこれには例外規定がある。例えば、一カ月の平均で1日8時間や週40時間を超えないのであれば、1日10時間であれ、1週50時間であれ、労基法違反には問われない。同時に時間外労働の割増分も支払わなくて良い。これは、一カ月単位の制度なら就業者の権限によって就業規則に加えることが可能だし、一年単位のものであれば労働組合と協定を結べば導入可能になっている。もっとも、この場合も施行規則で、日10時間、週52時間の上限が設定されているが、あくまでも施行規則でしか無い。
この制度は、本来繁忙期と閑散期のある工場などを想定して導入されたものだったが、現実にはこれがあるために労基法違反の立証が難しくなってしまい、労基署も「見て見ぬフリ」を決め込む理由にしてしまっている。

また、今日では変形労働時間制の別バージョンとして、裁量労働制やフレックスタイム制が認められており、今回政府が準備している労基法改正案では、裁量労働制の大幅な適用拡大がなされるという。言うまでも無いことだが、裁量労働制とは労働時間の概念そのものを撤廃するものであり、圧倒的多数の労働者にとっては無間地獄を招来するものでしかない。

つまり、従来は変形労働時間を理由に「8時間労働」を否定し、今後は裁量労働制を理由に否定しようとしているのが日本政府なのだ。要は、「いかに労働者をより安く、より長く使えるようにするか」を追求するためには、労働者の権利など一顧だにする必要が無いというスタンスなのである。

【追記】
そもそも霞ヶ関の中で最もブラックな労働環境にある厚労省のヤクニンに、労働法改正をやらせること自体が無理な話なのだ。
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2016年10月28日

連合が自民党と合一的である理由について

連合はなぜ自民党を支持しないのか」(何故か凄い読まれている)の補足の意味を込めて。

日本で初めて開催された本格的メーデー(労働組合が主催)は1920年のことだったが、その際掲げられたアピールは、

・8時間労働制の実施
・失業の防止
・最低賃金の導入


だった。その100年後を見てみると、

・12時間労働
・4割が非正規(不安定)雇用
・生活保護以下の最賃


である。さすがに大正時代に比べれば、法律や制度は整備されたものの、その実施は担保されておらず、特に非正規労働者の実態は大正期からどれほど進歩したと言えるのか全く自信が無い。その労働法制にしても、全てGHQ改革によってもたらされたものであり、労働運動の成果では無かった。ナショナルセンターの一つである総評からして、「民主化には、民主的なナショナルセンターが必要」との理由からGHQの肝いりで創設されたものであり、労働者が自らの階級性を自覚したことによって発現したものではなかった。
なお日本で初めて就業規則で8時間労働を定めたのは、川崎造船(現重工)で1919年のことだった。当時の川崎神戸造船所の労働争議は凄まじいものがあったらしく、あくまで労働組合が戦って獲得した成果だった。

国家として見た場合、戦前期かたくなに労働基本権を認めてこなかった政府だが、敗戦を経てGHQの指導下に入り、その強い指導を受けてようやく労働基本権の法制化を始めた。ところが、日本政府は現在に至ってもなお、ILOの国際労働条約第1号「8時間労働制の導入」(1919年)を批准していない。これが未批准なのは「古い条約だから」ではない。例えばグアテマラは1988年、チェコとスロヴァキアは1993年に批准しており、あくまでも日本政府の意志で批准していないことが分かる。恐らくは、「GHQに言われて仕方なくやったことだ!」という意思表示なのだろう。

とはいえ、戦後まがりなりにも労働基本権が認められ、ナショナルセンターが成立し、労働運動は60年代までには鎮静していった。これは、いわゆる戦後和解体制の成立が大きく寄与している。戦後和解体制は、資本が労働者の権利と待遇を保障する代わりに、労働者が資本に協力することで成立していたが、戦後復興と冷戦構造(社会主義陣営の存在)の中で資本側が妥協した側面が大きい。
日本では、企業福祉の充実が図られる一方で、労働組合の経営協力が進んでいった。これにより企業の安定経営が保証される一方で、個々の労働者の権利を保護するという労働組合の存在意義は急速に失われていった。
そして1990年代以降、社会主義陣営の瓦解を受け、戦後和解体制も急速に解体されていった。ソ連という敵が失われた以上、資本からすれば「飼い犬」に余計なエサをやる必要がなくなった。また、グローバル化の進展によって第三世界からの搾取が難しくなり、労働賃金の国際的フラット化が進んだことで、自国の労働者を搾取することでのみ利潤を上げることができなくなったという環境も大きく影響している。
90年代以降の構造改革により不安定雇用の割合は5%から40%に増え、労働組合の弱体化と「資本化」により違法労働や過剰な残業が放置されるところとなっていった。業務請負などの形態が増え、最低賃金すら適用されないケースも急増している。

そこで連合である。連合は、ナショナルセンターの総評と同盟が合流してできたものだが、この二つのナショナルセンターは、戦後和解体制における最大の受益者でもあった。そして、戦後和解体制下で得た正規雇用労働者の「特権」の数々を維持するために、90年代以降の構造改革に積極的に協力していった。非正規雇用を容認する労働法制改悪を容認したのは、正規雇用者の待遇を守るためだった。最低賃金の引き上げに消極的なのも同じ理由から説明される。
電力総連や電機連合が原発を支持し、自動車総連がTPPを支持するのは、まさに「正社員の待遇を守るために経営側に積極的に協力する」という戦後和解体制の慣習そのものなのだ。だが現実には、原発の下請けや自動車工場の期間工や外国人労働者を見た場合、『蟹工船』同様の惨劇がまかり通っており、正社員の待遇は同じ労働者の搾取の上にしか成り立っていない。

つまり、戦後和解体制の残滓となっているのが連合であると解釈すると、分かりやすい。大企業の正社員互助会である連合としては、組合員の待遇を守るためには、今まで通り資本に協力するのが「合理的」であり、それは非正規雇用労働者を積極的に搾取することでしか成り立たない。そのスタンスは自然、野党では無く、自民党や政府に近いものにしかならない。
にもかかわらず、民進党を支持し続けているのは、hanamaru同志が指摘されているように「野党の最大支援組織」というポジションが、自民党に対しても政府に対しても最も有効な交渉材料(カード)であるためだと推測される。そして、その「ムリ」が表面化しているのが、昨今の惨状なのではなかろうか。
posted by ケン at 13:15| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月21日

ブラックが当たり前の国

【「残業100時間で過労死は情けない」 教授の処分検討】
 「残業100時間で過労死は情けない」とするコメントを武蔵野大学(東京)の教授がインターネットのニュースサイトに投稿したことについて、同大学が10日、謝罪した。7日に電通の女性新入社員の過労自殺のニュースが配信された時間帯の投稿で、ネット上では「炎上」していた。投稿したのは、グローバルビジネス学科の長谷川秀夫教授。東芝で財務畑を歩み、ニトリなどの役員を歴任した後、昨年から同大教授を務める。
 武蔵野大などによると、長谷川教授は7日夜、「過労死等防止対策白書」の政府発表を受けてニュースサイトにコメントを投稿。「月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない」「自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」などと記した。
 電通社員の過労自殺のニュースが配信された時間帯に投稿されたもので、コメントがネット上に拡散。「こういう人たちが労災被害者を生み出している」「死者にむち打つ発言だ」などと批判が広がった。長谷川教授は8日に投稿を削除し、「つらい長時間労働を乗り切らないと会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断した」などと釈明する謝罪コメントを改めて投稿した。
 武蔵野大は10日、公式ホームページに「誠に遺憾であり、残念」などとする謝罪コメントを西本照真学長名で掲載。「不快感を覚える方がいるのは当然」とし、長谷川教授の処分を検討している。
(10月11日、朝日新聞)

これは言うなれば、ノモンハンやインパールから生還した兵士が「北支戦線で戦死とは情けない」と言うような話で、自己の肥大化した認識を全てに適用しようとして失敗する「拡大適用の誤謬」である。
問題は、勝てる見込みの無い戦争を延々と続け、戦力比や補給状態を無視した作戦を行い続けた軍部にあるはずなのに(インパール作戦では多くの白紙部分がある5万分の1か10万分の1の地図しか渡されなかった)、そうした点を批判せずに「厳しい戦場を生き延びた」ことを自己の唯一のアイデンティティとしてしまうようなものを、またぞろ幹部にしてしまう日本型組織や日本社会のあり方そのものにある。
日本型組織は、よく「上に行くほど無能になる」と評される。これは、効率を優先する人材が若年期に潰されて、体力バカの精神主義者のみが出世する仕組みや文化によるところが大きい。AH社「クレムリン」をプレイすると分かりやすいが、若くて優秀な人材ほど「こいつは怪しいから、とりあえずシベリアに送っておこう」という考え方が共有されがちなのだ。

戦前、海軍の航空本部長だった大伯父は、軍令部が提出したマル五(軍備)計画に対して「明治大正の軍備計画」と酷評したところ、「破壊的な議論ばかり」と陰口を叩かれた。そこで、綿密な「新軍備計画(案)」を作成して大臣宛に提出したところ、ロクに艦艇を持たない第4艦隊に(実質)左遷されてしまった。
その一方、特攻の現場では指揮官が堂々と「学生の代わりはいくらでもいるが、士官の代わりは有限だからな」などと宣っていた。これなどは、現代の「辞めたきゃ辞めろ。おまえらの代わりなんていくらでもいる」という社長や上司と同じ精神構造だろう。

数年前に再評価された『蟹工船』は、カニ缶をつくる船における労働者に対する搾取と弾圧をテーマにしている。その設定の一つに、「船上・海上で行われている労働なので、労働法規が適用されない」というものがある。史実的には、戦前には労働法制や労働基本権そのものが存在しなかったので、この部分はフィクションであるわけだが、外国人研修生や非正規労働者が労働法規や雇用保険などの適用外になっている現状とよく似ている。
『蟹工船』では、監督(管理者)の下で過酷な労働と容赦ない暴力が続き、労働者が労働者性に目覚め団結し、ストライキに打って出る。一方、現代日本では労働者が分断され、行動・実力行使を行わないため、管理者による虐待、暴力、過労が蔓延したまま放置されている。

興味深いのは、問題となっている教授が、「つらい長時間労働を乗り切らないと会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断した」と苦しい弁解をしている点だろう。これは言うなれば、ノモンハンやインパールの作戦自体には疑問を抱くこと無く、軍や国家と自己を同一視して、「このままでは日本が危うい」などと判断してしまう精神構造なのだ。これは一種のストックホルム症候群であり、自らが奴隷であることを忘れて主人をかばってしまう奴隷根性の持ち主が、主人の座に就いてしまうとこうなるのだろう。階級的自覚を持たず、ストライキを忌避する労働組合が、資本と同化してしまっていることがこの傾向を加速させている側面もある。
同時に「変えるべき」なのが労働法制や会社文化ではなく、「死んでしまった」個人に「勝手に死にやがって」と責任を帰せてしまう辺りも、日本社会そのものが人命軽視の権威主義に支配されていることを示している。
その意味では、レーニンで無くとも、労働者に階級的自覚を持たせ、啓蒙し指導する前衛党の必要性を覚えてしまう。

問題となった「残業月100時間」はあくまで記録上のもので、記録されていないサービス残業(違法労働)を含めれば果たして何時間になるか分からない。残業100時間だけでも、一日平均12時間は労働している計算であり、被害者のツイッターでは「睡眠時間2時間」と申告されている。さらに、証拠となるツイッターのアカウントも削除されたというから、まさに軍隊がストライキ鎮圧に乗り出した『蟹工船』の時代から何が変わったのかという話なのだ。

ただし、個人の信念を述べただけの長谷川教授は、発言内容については批判されてしかるべきだが、その発言内容を学校組織が咎め、処分してしまえば、それはそれで自由を否定する権威主義に陥ってしまうわけで、組織としては処分すべきでは無い。
問題は、労働者保護の点で全く機能しない労働法制そのものであり、ブラック企業を取り締まる能力も意思も無い労働基準監督署、引いては厚労省・政府のスタンスにある。自民党政権を倒し、政官業の癒着構造を解体、厳格な労働時間規制やインターバル規制を確立すると同時に、資本に協力的な御用組合を解体して労働者の立場に立つ組合をつくれば良い話であり、奴隷根性の抜けない個人を責めてみたところで何も変わらないだろう。
posted by ケン at 12:28| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

「働かせ方改革」実現会議

【実現会議が議論開始…官邸の調整焦点】
 長時間労働の是正や非正規労働者の待遇改善などを目指す政府の「働き方改革実現会議」の初会合が27日、首相官邸で開かれ、議長の安倍晋三首相は「働き方改革は構造改革の柱となる改革だ。スピード感を持って国会に関連法案を提出する」と述べた。会議は年度内に「働き方改革実行計画」を取りまとめる方針だが、労使の利害調整が難航してきたテーマを多く扱うだけに、官邸主導の調整がスムーズに進むかが焦点になりそうだ。
 メンバーの榊原定征・経団連会長は「長時間労働(是正)については、労働者保護の立場と業務の維持の立場を総合的に考慮すべきだ」と慎重姿勢を見せたが、神津里季生・連合会長は「同一労働同一賃金や長時間労働の是正、賃金の底上げなどについてコンセンサスを図っていきたい」と意欲を示した。
 改革会議は関係閣僚8人と民間有識者15人で構成。三村明夫・日本商工会議所会頭▽大村功作・全国中小企業団体中央会会長▽乳がん治療を続ける女優の生稲晃子さん−−らが名を連ねる。労働者側は神津会長のみで、使用者側に比べ少ない。
 労働時間の上限設定や同一労働同一賃金の実現が大きなテーマだが、労使合意を得るのに難航が予想され、当面はテレワーク(在宅勤務)などの柔軟な働き方推進や、高齢者雇用の促進といったテーマから検討を始める方針だ。がん治療中の患者が働き続けられる環境整備策も検討する。
(9月27日、毎日新聞)

官邸は「長時間労働の是正」などと言っているが、「実現会議」のメンバーを見れば、全くリアリティが無いのは明白だ。
生稲晃子 女優
岩村正彦 東京大学大学院法学政治学研究科教授
大村功作 全国中小企業団体中央会会長
岡崎瑞穂 株式会社オーザック専務取締役
金丸恭文 フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長 グループCEO
神津里季生 日本労働組合総連合会会長
榊原定征 日本経済団体連合会会長
白河桃子 相模女子大学客員教授、少子化ジャーナリスト
新屋和代 株式会社りそなホールディングス執行役 人材サービス部長
高橋 進 株式会社日本総合研究所理事長
武田洋子 株式会社三菱総合研究所政策・経済研究センター副センター長 チーフエコノミスト
田中弘樹 株式会社イトーヨーカ堂 人事室 総括マネジャー
樋口美雄 慶應義塾大学商学部教授
水町勇一郎 東京大学社会科学研究所教授
三村明夫 日本商工会議所会頭

メンバーの中で労働者代表は「連合」会長ただ一人だが、かねてから指摘している通り、連合はすでに戦時中の「産業報国会」と同レベルの御用組合でしかなく、「赤い貴族」の代表者が一人加わったところで、政府側の形式を整えるものでしかない。ちなみに、連合の神津会長は、基幹労連(鉄鋼)の出身で、この点でも殆ど官製組合と言える。
連合は680万人の労働者が加盟しているが、その殆どは正規労働者だ。他方、年収300万人以下の非正規労働者は、いまや2千万人を超え、その大半が労働組合に加盟していない。
これは喩えるなら、冷戦期のポーランドにおいて、政府が官製組合の「全ポーランド労働組合連合」(OPZZ)の代表者とのみ交渉して、独立自主管理労働組合「連帯」(NPZZ)を無視したこととよく似ている。もっとも、1980年に全国ストライキが起きる頃になると、OPZZの組合員の8割以上が連帯に流れてしまった。

「赤い貴族」はさておくとしても、エセ労働側が一人に対して、経営側は8人に上っている。この時点で本会議の主旨が「働き方改革」ではなく「働かせ方改革」にあることは明白だろう。会議メンバーが偏った構成になるのは、自民党が圧倒的な議席を有していることと、労働運動が政府や経営者から無視されるほど脆弱であることに起因している。

今回、政府が準備している労働基準法改正案の狙いは、「年収1075万円以上の専門職」にはホワイトカラーエグゼンプションで労働時間規制を外しつつ、「年収1075万円未満の一般職」については裁量労働を広範に導入するところにある。本法案が成立すれば、年収に関係なく数十パーセントの労働者に対して裁量労働が適用可能になると言われる。要は、現行法では裁量労働の適用が難しいので、労使合意や様々な手続きが適用を難しくしているという使用者側の主張を受け入れて、手続き面を非常に簡素化するという話なのだ。

資本にとって新たな需要の見込みが無い状態では、労働を搾取することでしか利潤を上げられなくなっており、すでに非正規労働者を4割にまで高めることで対応してきたが、それでも不十分な現状がある。政府が「時短」とか「労働規制の強化」とは言わずに、「長時間労働の是正」などと言うのは、労働者を「人=市民」ではなく、「労働力=モノ」としてしか見ていない証左だろう。
資本主義を成立させるためには常に新しい市場が必要で、資本の核がマーケットを広げながら利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していく。しかし、グローバル化が進んで地理的な意味での新規市場は地球上から消失、次いでバーチャルな電子・金融空間に市場を広げたものの、あっという間に限界に達して利潤を上げることができなくなった(リーマンショックなど)。その結果、利潤を上げられる外部市場の開拓の余地が完全に失われ、その矛先は内部に向けられることになる。内部市場、つまり自国の国民から利潤を巻き上げる構造へと変化してゆく。
具体的には、正規雇用労働者からの「既得権益」の剥奪、非正規雇用労働者の増加、低所得層への融資増(学資ローンも含む)や住宅購入の促進などとなって現れている。家計貯蓄の多さを誇った日本が、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっていることも象徴的だ。
つまり現状、経営側には労働搾取を強化すべき理由は山ほどあれど、労働搾取を弱めるインセンティブは何一つ無く、その資本代表が圧倒的多数を占める同会議で、何が決められるかなど、推測する必要も無いのである。

【参考】
さらなる労働地獄へ 
労働者は生かさず殺さず 

【追記】
私見ながら「働き方改革」という点で言わせてもらえれば、まず「会議と報告を極限まで減らす(社内資料と調整に時間とられすぎ)」「社内行事と飲み会をやめる(休めない)」「個人の職掌と責任を明確にし、他者に転嫁しない(必要ない者まで残業する)」から始めるべきで、それは政府のやるべきことでは無い。
posted by ケン at 12:12| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする