2016年10月17日

デフレ下で構造改革する愚劣

自民党も民進党も相変わらず構造改革路線を採っている。例えば、安倍総理は9月27日の記者会見で、
「『働き方改革』は、第三の矢、構造改革の柱となる改革であります。大切なことは、スピードと実行であります。もはや、先送りは許されない」

と述べているし、民進党の岡田代表(当時)は5月18日の党首討論で、
「大事なのは構造改革だ。消費増税の再延期はないと理解する」

と主張、さらに7月10日の記者会見では、
「私は、安倍さんのやっておられることは、例えば社会保障制度の持続可能性にしても、あるいは成長力を高める。潜在成長力は全然高まっていないわけですが、成長力を高める構造改革にしても、財政の健全化にしても、つまり将来世代のためのさまざまな改革を先送りして、今よければいいと。そういう政策だと私は思っています」

と話している。つまり、民進党は旧民主党の「利権政党である自民党に構造改革は出来ない。民主党こそが構造改革の主体たる唯一の資格を持つ」というスタンスを継承していることを示している。これは、岡田氏が前回代表を担ったときに、小泉改革に対して打ち出したスタンスだ。
だが、構造改革の本家を競っている限り、民進党には全く野党たる資格が無い。何度選挙やっても負けるだろう。そして、最大のギモンは、果たして民進党の議員は「構造改革」が何なのか理解しているのか、ということである。

現在主に使われる「構造改革」は、様々な定義がなされており、必ずしも定説があるわけでは無いのだが、大ざっぱに言えば、

「供給側にテコ入れし、市場改革を通じて市場の効率化を図ることで、経済成長を図る」

経済戦略である。端的に言えば、市場の効率化を図ることで供給を増やすという考え方だ。
私の(比較的)専門分野であるロシアのケースで説明しよう。

第二次世界大戦が終了した後、ソ連は東欧圏を自らの勢力範囲として、ブロック化させ、そのまま米ソ対立に突入する。米ソ対立を恒常化させたために、ソ連の産業構造は、戦時体制のまま固定化してしまった。批判を許さない独裁体制とイデオロギー偏重政治が、米ソ対立を優先し、民需転換への機会を失わしめた点も大きい。

結果、重工業と軍需工業ばかりが膨張したいびつな産業構造と「物不足」があらわれた。1928年と基準として、70年の生産財の生産が約138倍に達していたのに対して、非食糧消費財は約25倍、農産物はわずか2.5倍にとどまっている。
市場経済では、需要が供給を上回れば、価格が上昇し、生産・供給が増え、均衡していくのが道理だが、統制経済下では、需給にかかわらず価格は固定であり、供給は党・政府の指令をもってしか行われないため、物不足は慢性化する。
こうして、消費財とサービスの不足が日常化していく。サービスの不足は、「サービス」を「資本主義的なもの」として否定するイデオロギーによって肯定され、サービス部門の発展は見込めなかった。消費財とサービスの不足は、本来国民の所得が向かうべき消費対象が存在しないことを意味する。分かりやすくいえば、「金はあっても買うものがないし、使う先がない」ということだ。

だが、「買えるものがない」一方で、ソ連人たちの賃金は上がり続けていた。「生産量至上主義」に凝り固まっていたソ連政府は、ひたすらに生産における量的拡大にのみ腐心していた。そのため、各企業はリスクを伴う技術革新よりも、工場の拡大と労働者の囲い込みに走った。上から命令された「ノルマ(生産量)」さえ達成すればよく、生産物の「質」は問われなかったからだ。
工場の拡大は、市場の需要ではなく、「党の指令」によって行われる。党もまたノルマの達成のために、工場の拡大を安易に許可した。結果、工場ばかりが増え続け、労働力は慢性的に不足するという事態が生じた。ソ連、あるいは今のロシアを見ても分かるが、廃墟となった工場の多さは、こうした「計画経済」の遺物でもある。慢性的な労働力不足は、自然、賃金を上昇させていった。

賃金の上昇と慢性的な物不足は、市場に貨幣を滞留させる結果となる。市場経済の場合なら、余った金を貯蓄に回すことによって、銀行が市場に再投資する機能を有する。
が、ソ連の場合、「不労所得は悪」というイデオロギーから、預金金利は無きに等しい状態に置かれ、政府・国家に対する歴史的不信も災いして、余った貨幣の大部分が「タンス預金」として家庭に留め置かれることとなった。
また、市場経済であれば、この状態ではインフレーションが起こるのだが、統制経済下では価格は政府によって公定される。その結果、「行列」と「闇市場」が顕在化してくる。

この状態を深刻に受けとめ、改革の必要性を認識したのがゴルバチョフだった。「ペレストロイカ」とは、ロシア語で「改革、再建」を意味するが、それはまさに今日の日本で使用されている「構造改革」だった。
軍需部門の供給が過大で、民生部門や食糧の供給や流通が極めて脆弱だったのに対し、家庭等には貨幣が溢れかえっていた不均衡を改革することが目的とされた。軍需を制限し、民営化や規制緩和を進めることで、民生部門の供給を増やして流通を改善、滞留した貨幣を回収して民生部門の投資に回すことで経済成長を目指したのだ。

ペレストロイカの急務として挙げられるのは、「市場経済化による経済再生」「軍備負担の削減と軍需産業の民需転換」「同盟国再編による軍備削減と貿易収支の適正化」、そしてもう一つ加えるなら、市場経済化と関連して「補助金漬けの赤字財政の解消」があった。

ところが、ペレストロイカは、指導層の掛け声や、西側社会からの評価に比して、全く進んでいなかった。具体例を挙げると、1989年時点で企業の民営化率は1%、90年時点で商品の自由価格率は1割に遠く及ばなかった。1990年予算で歳出に占める食糧価格調整金(補助金)の割合は20%、コルホーズを始めとする国営企業補助金が20%、軍事費が15%超という有様だった。
ミクロで見ても、1954年から90年に至るまでパンの公定価格は一切変わらなかった(70コペイカから1ルーブル)にもかかわらず、独立採算制の導入や政治的理由から労働賃金を上げ続けた結果、貨幣の過剰滞留現象が起き、潜在的インフレーションを表面化させていった。また、生産価格を無視した公定価格を維持するために、国庫から際限なく補助金が出された結果、歳出に占める食料価格調整金の割合は20%にも達していた。このことは、ゴルバチョフ政権が食糧の公定価格制度に全く手を付けられなかったことを示している。

最終的にゴルバチョフは、莫大な宿題を抱えたまま、殆ど成し遂げること無く「ゲーム・エンド」を迎えてしまった。
社会主義経済の体制転換は全て失敗したわけではなく、例えばハンガリーの場合、1990年時点で、自由価格率は80%を達成しており、企業民営化も「遅い」との非難を浴びつつも20%に達していた。そのため、ハンガリーでは、他の東欧諸国で見られた大行列の類いは殆ど起きること無く、市場経済と民主化を達成している。
また、中国では農産物の自由価格・流通を先行させて、90年時点で農産物のほぼ全てが自由化されていたため、やはり行列の類いは発生していない。重要なのは、社会主義国でも構造改革に成功した国があるということだ。

前段説明が長くなってしまい、申し訳ないが、では現在日本で進められている構造改革はどう評価すべきだろうか。構造改革は、本来インフレ・ギャップ(物不足)を解消するために、供給側を活性化させつつ市場を効率化させることで、需給バランスをとり経済成長を促すことを目的とする。
ところが、現代日本の問題は、バブル期に最大化させてしまった供給態勢を縮小することをせずに、需要のみが減退してしまった上(バブル崩壊)、1990年代以降も自民党が政権にあり続けたために、供給側を強化させつつ、資本家が労働者を収奪するシステムを容認してしまった(非正規化の推進とサービス残業や超長時間労働の容認)。その結果、過剰な供給態勢の下で、急激な少子高齢化と貧困化によって需要はひたすら低下するところとなり、デフレ・ギャップ(物はあるが、買う金が無い)が進んでしまっている。
つまり、需要が根源的に低迷しているところに、「構造改革、構造改革」と大騒ぎして、供給側を強化し、「労働市場の規制緩和」と称して賃金を大幅に削減したところ、デフレ・ギャップがますます拡大してしまっている、というのが現状なのだ。この点はポール・クルーグマン博士も指摘している。

日本政界でこの点を理解していたのは、小沢一郎氏ほぼ一人で、故に民主党岡田代表時代の「元祖構造改革路線」を転換して、「コンクリートから人へ」で知られる小沢=鳩山路線を打ち出した。これは、「公共事業削減」などで供給側に一定の規制をかけつつ、「子ども手当」や「高校無償化」などで需要を底上げすることで、デフレ・ギャップを埋めて経済成長を促すことを狙いとした。
この路線は、リーマン・ショックも相まって国民の圧倒的な支持を受け、民主党は政権の座に就いたものの、鳩山内閣は様々な理由からわずか半年で瓦解、財務省と財界を後ろ盾にした菅内閣が成立して、同路線を放棄、再び構造改革路線に邁進するところとなった。その後、小沢氏と鳩山氏は、民主党から追放され、同路線は完全に葬り去られ、野党に転落した後も、構造改革路線を継承している。
さらに愚劣なことに、労働者の代表であるはずの連合が、構造改革路線を進める民進党を支持している。これが結果的に、大企業の正社員以外の労働条件や待遇の悪化を加速させ、貧困を加速化し、さらなる需要の低迷を招いている。例えば、電力総連や電機連合は原子力発電、自動車総連はTPP、JR連合はリニア新幹線を推進しているが、それは巨額の税金と搾取(中小企業や非正規労働者)の上にしか成立し得ず、その行く末はどれも大多数の庶民にとって地獄でしか無い。

【追記】
日本では、医療や介護、保育分野などが統制経済下にあり、供給が限定的であるため構造改革が模索されているが、価格統制を残したままの改革は限定的な効果しか得られず、完全民営化すれば膨大な貧困層がサービスをうけられなくなるというジレンマを抱えている。現状は、「統制価格下での民営化」が採られているが、待遇悪化に伴う労働者不足とサービスの質的低下に苦しんでいる。公的サービスの場合、「コスト」「アクセス」「クオリティ」の3つの要素のうち二つは取れるが、残る一つは犠牲になるという原則がある。例えば、旧社会主義国の医療は「無償」「医者が多い」が、医療の質は非常に低い、といった問題があった。従来の日本の福祉はこのバランスが取れていた希有な例であったが、それが難しくなりつつあることを示している。
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2016年10月03日

無理目の外国人看護師・介護士

【外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」】
 経済連携協定(EPA)で外国人の看護師や介護福祉士を受け入れて8年。インドネシア、フィリピン、ベトナムから計4千人近くが来日し、600人余が国家試験に合格した。労働力として期待される一方、合格者の3割以上は帰国などEPAの枠組みから離れた。「定着」はなぜ難しいのか――。8月下旬、介護福祉士のインドネシア人女性(31)が6年半暮らした日本を離れ、母国に帰った。大きな段ボール箱一つ分は、介護と日本語の勉強の本で埋まった。「もう疲れ果ててしまった」
 来日前はインドネシアで小児科の看護師として働いていた。EPAの募集を知ると、アニメで憧れた日本に行けると夢が膨らみ、2009年に応募した。来日後、4年間は施設で働きながら研修をする。仕事は楽しく、覚えた日本語で利用者と冗談を言い合った。夕方には自習時間があり、月2回は日本語教室に通わせてもらった。日本の制度や専門用語は難しかったが、過去の問題を頭にたたき込み、14年に介護福祉士の試験に合格した。ところが、合格後に生活は変わった。国が補助金をつけて施設に研修を義務付けているのは合格するまで。勉強の時間はなくなり、家賃の補助も出なくなった。合格しても給料はほとんど上がらず、長期休暇も取りづらかった。
 昨年末から夜勤リーダーの見習いが始まった。最初ははりきったが、期待はすぐにしぼんだ。日勤への申し送りは、15分間で入所者42人分の夜間の状況を口頭で伝える。「失禁があって全更衣しました」など日常会話では使わない言葉を早口で言う。発音が悪いと、「何を言っているか分からない」とダメ出しされた。毎晩残って練習し、3カ月間の見習い期間の最後に臨んだ試験。5人分の状況を伝えるのに10分かかったところで、打ち切られた。このころ、日本の受け入れ機関である国際厚生事業団にメールで送ろうと、書き留めた文章がある。「ずっと我慢して仕事をしながら、申し送りの勉強をしていましたが、やはり疲れました」――
(9月18日、朝日新聞から抜粋)

この問題は、もともと国内における医療・介護の需要増に比して、同労働力の不足を補うために外国人労働者を認めたことに端を発している。現実には労働力そのものは不足しておらず、看護師、介護士、保育士などの資格保持者の数は需要をはるかに上回っているものの、同職を忌避して他の職業や無職を選択するものが非常に多いため生じている。
つまり、医療、介護、保育などの労働環境や待遇があまりにも劣悪であるために、国内労働者に忌避されているだけの話であり、それを外国人労働者や技能実習生という名の外国人奴隷によって穴埋めしようというのが、政府と財界の方針なのだ。だが、日本人が耐えられないほどの苦痛とストレスを感じる職場や労働を、言葉も不十分で文化も異なる外国人がなぜ耐えられるのだろうか。その根底には、外国人を「人格の無い労働力」としてしか捉えられない官僚や財界人の非人道的精神が存在する。
そのため、労働環境や待遇の改善を図るのでは無く、収奪構造はそのままにして、より安価な労働力を外国から導入しようとして、上記の記事のような話が生じている。

マルクス風に言うなら、資本は労働を収奪することでしか利潤が上げられない一方、労働者には自らの労働力しか売り物がないため、本質的には収奪される一方にある。それを回避するには、労働力の不提供=ストライキを行うことで資本家に対抗するほか無い、ということになる。現実には、日本の看護・介護・保育労働者はストライキを打たずに、他職に回避するという消極的サボタージュによって対抗し、資本側は安価な労働力の輸入を図ろうとして失敗しつつある。
さて、次に来るのは何なのだろうか。
posted by ケン at 12:53| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

保守政権が賃上げを求める愚

【世耕経産相「しっかり賃上げを」=経団連会長らと会談】
 世耕弘成経済産業相は15日午前、東京都内で経団連の榊原定征会長と会談し、「しっかり賃上げを行わなければ経済の好循環は実現しない」と述べ、収益を上げた企業は十分な賃上げを行うよう求めた。経団連トップとの会談は8月の経産相就任後、初めて。世耕氏は併せて「中小企業の取引条件を改善して賃上げにつなげ、地域経済を活性化することが重要だ」と指摘。中小企業が賃上げできる環境を整えるため、大企業との取引で不利にならないよう条件改善に取り組むことも要請した。
(時事通信、9月15日)

このところ安倍政権はしきりに財界に賃上げを要請し、その成果を誇っているが、野党からは「実質賃金は低下している」との批判を浴びている。改造後の新閣僚も、改めて財界に賃上げを求めていることからも、少なくとも「賃上げ効果が市場に反映されていない」との認識はあるようだ。これに対し、財界側は「国内需要が無い」「為替が安定しない」等の理由から消極姿勢を示している。

これについては、財界からすれば迷惑以外の何物でもないだろう。安倍政権が言う「景気回復」なるものは、「株価が上昇した」だけの話であって、国内需要が伸びているわけでは無く、むしろ国内需要は今後さらに低迷、低下するという認識が一般的だからだ。
安倍政権下における株価上昇は、日銀によるゼロ金利と量的緩和によって企業や銀行が国債から株に乗り換え、さらに年金基金を株式につぎ込んだこと(株式運用の割合を25%から50%に)で実現したものであって、本来の景気(消費)を反映したものではない。

これに対し、国内需要は絶望的状況にある。非正規雇用の割合は4割で高止まりしている上、家計貯蓄率はマイナス、貯蓄ゼロ世帯は4割にも達している。いまや被雇用者のうち2200万人以上が年収300万円以下の生活を余儀なくされている。
大学生の半数は学生ローンを借りている。学生のアルバイトも、我々初老世代のような遊ぶための小遣い稼ぎでは無く、少ない仕送りを補い、教材等を購入するための労働となっている。
さらに団塊世代が丸ごと年金生活に入り、20年以上の余命が想定されることから消費は手控えられる傾向が強まっている。霞ヶ関のエリート官僚がイメージする「孫に気前よく金を出す祖父母」などはごく一部にしか存在しない絵空事と化しつつある。

国内需要が縮小再生産のスパイラルに陥っているのに、設備投資して人件費を増やすインセンティブなどどこにも無いのは当然だろう。需要が増える展望が無いのだから、経営側としては人件費を増やせるワケが無い。
ゼロ金利である今は、とにかく負債を減らすのが企業側として合理的な選択となる。需要が無いのだから、設備も人も増やせず、結果、内部留保ばかりが増えてゆく。この内部留保を、国債で持つか、現金で持つか、株で持つか、という程度の選択肢しか無い。

さらに日本の場合、労働法制や労働組合が機能せず、超長時間労働やサービス残業が容認されているため、企業側としては社員数や賃金を増やさずに「必要なだけ」労働を要求できるだけに、労働生産性を上げるインセンティブが全く働かない。
本来賃上げというのは、労働生産性の向上に対する対価として行われるべきものであるため、この点でも経営側は賃上げする理由が無い。
また、労働組合側も、総需要の低下を受け「現在の(正社員の)雇用を守ること」が最優先事項となり、資本への従属を強めており、労働時間削減や賃上げを求めなくなってしまい、結果的に労働生産性の向上を阻害してしまっている。労働者が資本家に協力するのは、生産性を高めることで労働価値を高め、その代償として賃上げを要求するためだが、そのサイクルが失われて久しい。

実のところ、バブル崩壊後の「失われた20年」というのは、バブル期に最大化された供給と、その崩壊によって極小化してしまった需要のギャップによって生じていると考えられる。
議会制民主主義が真っ当に機能していたのであれば、供給側に立つ自民党が政権を失い、需要側に立つ野党が政権を担うことで、このデフレギャップを埋める政策が採られるはずだった。
だが、日本の場合、ごくわずかの期間を除いて自民党が政権にあり続けたため、常に供給側を支える政策を採ってしまい、総賃金を急速に低下させると同時に、供給には歯止めを掛けられなかった。需要を刺激する政策が採られなかった結果、デフレが長期化したのである。
それでも、リーマンショックを受けて、ようやく選挙による政権交代が実現し、民主党政権が誕生する。
小沢=鳩山路線は、「子ども手当」「高校無償化」「労働規制強化」「公共事業削減」など、まさに需要を拡大させつつ、供給に歯止めを掛ける方向を示したものの、「バラマキ」と批判され、その他の要因が重なってわずか半年で潰え、自民党と何ら変わらない菅・野田路線に転換してしまった。

そして「どうせ同じなら自民党でいいじゃん」ということで安倍政権が誕生し、今日に至っている。その施策は、供給サイドを援助しつつ、貧困層を増大させ、株価を操作することで表面を取り繕う、というものだが、その破綻が見えてきたからこそ、財界に対して賃上げを「お願い」するという行為に出ていると推察される。
安倍政権がしきりに日中対立を煽っているのも、「小規模な戦争によって大需要を生み出す」という陰謀論的側面もあるのかもしれない。
posted by ケン at 12:04| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

限界を露呈した放送法

【ワンセグ携帯にも「NHK受信契約の義務」 高市総務相】
 さいたま地裁が8月、ワンセグ放送を受信できる携帯電話を持っているだけではNHKの受信料を支払う「義務はない」と判断したことについて、高市早苗総務相は2日の閣議後記者会見で「携帯受信機も受信契約締結義務の対象と考えている」と述べた。裁判では、ワンセグ機能つき携帯電話の所有者が、放送法64条1項で受信契約の義務があると定められている「放送を受信できる受信設備を設置した者」にあたるかが争われた。高市氏は「NHKは『受信設備を設置する』ということの意味を『使用できる状況に置くこと』と規定しており、総務省もそれを認可している」と説明した。NHK広報部は2日、朝日新聞の取材に「現在、控訴の手続きを進めている」とした。高市氏は「訴訟の推移をしっかりと見守っていく」と述べた。
(9月2日、朝日新聞)

司法が下した法解釈を、行政が「そんなの関係ねぇ!」と逆ギレした。ただでさえ日本の三権は、圧倒的に行政が強すぎるのに、いよいよ暴走が止まらなくなっている。日本の司法は、上に行けば行くほど、行政への依存を強めるため、政府側は控訴すればするほど勝率が上がる寸法だ。こうなってくると、やはり行政・霞ヶ関そのものを解体して、三権では無く、「四権」とか「五権」にすることで、権力の相互監視を強化し、暴走を抑止する仕組みを考える必要がある。

そもそも普通の人はテレビなど持っていなかった頃につくられた法律を、時代にあわせて改正すること無く放置してきたツケが回っているだけの話であり、それは政府・総務省の責任である。
スマホやワンセグ付き携帯(ガラケー)のテレビ受信機能は、もともとNHKを受信するために購入したのではなく、あくまでも「オマケ」機能として付随しているだけのものであり、放送法64条の「放送を受信できる受信設備を設置」を全て適用して、強制的に契約させようというのは相当にムリがある話の上、国民の合意が得られるとは思えない。
仮に高市大臣の方針を強行した場合、スマホ等の保有者全員にNHKから契約書が送られてくることになるが、その場合、受信能力を持つスマホは一気に売れなくなるだろう。何せ「NHKが受信できる」というだけで、携帯の維持費が50%前後も上がってしまうのだから、話にならない。
さらには、チューナー付きのタブレットや、将来的にはゲーム用などのヘッドマウントデバイスなども契約の対象になるが、技術進化に伴うデバイスの多様化により、契約対象者が際限なく拡大する上、1人で複数のデバイスを有する問題も生じる。

現行の放送法を放置する限り、NHKと政府の権限は際限なく拡大し、その暴走を止めるのは難しいだろう。だからこそ、総務省は放送法の改正を経ずに、受信料の徴収だけゴリ押ししようとしているが、現状では通常の受信料徴収すら73%に止まっており、まるで現実味が無い。これを放置したまま、司法判決を無視して、さらなる収奪に走れば、NHKそのものの廃止もしくは民営化を主張する声が拡大してゆくことになるだろう。
私自身は、NHKを国営放送と民営放送に分割すべきと考えているが、やはりそれしかなさそうだ。

【参考】
NHKの暴走を止めろ! 
NHKの分割を目指して 
posted by ケン at 12:26| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

奴隷制度は廃止あるのみ!・続

【外国人雇用の違反最多=実習生受け入れ事業所調査―厚労省】
 厚生労働省は16日、2015年に労働基準監督署などが外国人技能実習生を受け入れた事業所5173カ所を調査し、7割に当たる3695カ所で労働基準法や労働安全衛生法などの違反を確認したと発表した。調査の集計を開始した03年以降で最も多く、前年比24.1%も急増した。外国人実習生を雇用する事業所は全国に約3万5000カ所あり、同省は一部を対象に立ち入り調査を実施して結果を公表している。安価な労働力として使える外国人実習生のニーズは人手不足の中で一段と高まっており、国内労働法制にうとい外国人の弱みにつけこんだ悪質な雇用実態がうかがえる。違反内容を見ると、労使協定を超える時間外労働を強いるといった労働時間関係が1169カ所、安全措置が講じられていない機械を使用させるなど安全基準関係が1076カ所、残業代の不払い・減額が774カ所あった。 
(8月16日、時事通信)

繰り返しになってしまうが、容赦されたい。
外国人技能実習制度は、これまでも多くの問題が指摘され、法改正もされているが、一向に改善されず、制度が拡充されるにつれて不正件数も増加しているものと見られる。「見られる」というのは、表面化している不正がごく一部に過ぎないためで、現実的には適正に運用している事業者の方が少ないと考えられるためだ。

と言うのも、同制度の名目である「日本の高度な技術を海外の若者に教えて、途上国の発展に寄与する」などということを、本気で信じて実践している事業者など殆どおらず、圧倒的多数は単純に安価で安定した労働力を求めているに過ぎないからだ。
同制度が本質的に外国人労働者や移民を否定する中で、欺瞞的に「技能実習」の建前で外国人を(多くの場合騙して)契約して連れてきて、強制労働に従事させることを目的としているからだ。私も、同制度に関連して、何度も陳情や相談を受けたが、そのほぼ全てが「いかに同制度の適用を受けて、安価で安定した労働力を確保するか」というものだった。より具体的に言えば、例えば、「介護労働に外国人実習生が使えるようになるのは何時からだ?」とか「自分の事業所に安価な労働力を入れたいので実習制度の適用の仲介をしてくれ」といったものだ。彼らの頭には、「日本の高度な技術を海外の若者に教えて、途上国の発展に寄与したい」などという発想は全く無い。これは断言できる。だからこそ、安価で安定した労働力を欲する、介護事業者とコンビニ事業者が、必至に政治工作して、同制度の適用を求めているのだ。
奴隷制度は廃止あるのみ!)

2010年に法改正される際に、論点として挙げられたのは以下の通り。

・技能実習名義なので労働法が適用されず、超長時間労働が横行している。
・同じ理由から賃金が支払われず、時給50〜300円程度の生活費のみが払われる。
・同じ理由から、労使交渉が許されない。
・パスポートが取り上げられ、実質的に軟禁下に置かれ、通信も制限される。
・外界との接触が制限されるため、司法などへの告発が難しい。
・移動の自由が認められず、3〜5年にわたって契約に拘束される。
・地域ぐるみで不正や虐待が隠蔽される。
・不正を取り締まる法制度が未整備で、監督主体もあいまい。
・不正を行った業者に対する罰則が非常に緩い(そもそも殆ど摘発されない)。


現状は、法改正が不正防止に寄与しなかったことを示している。
特に問題なのは、「実習名目のため労働者の権利が認められない」「移動や通信の自由が制限される」「地域社会全体で制度運用されるため不正が隠蔽される」点にあり、そこが改善されないのだから、不正がなくならないのは当然だろう。
だが、事業者側からすれば、「使い勝手の良い奴隷制度」だからこそ利用したいのであって、そこが「改善」されてしまっては制度を利用する価値が無くなってしまう。

現実には、同制度で来日した外国人の大半が、対日感情を悪化させて帰国、同時に国際社会から「現代の奴隷制」と非難されているのが実情で、国内的には競争力の無いゾンビ企業を同制度が延命させてしまっている側面もあり、事業者以外、誰にとってもプラスになっていないのだ。
現実政治で取り上げられる問題の殆どは、なかなか善悪二元論では判断できないものが多いのだが、外国人技能実習制度は数少ない「絶対悪」であり、問答無用で即廃止する他ない。
posted by ケン at 12:56| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

分配から成長に傾斜する霞ヶ関

【雇用保険料率0・6%に引き下げへ…政府調整】
 政府は、月内にもまとめる経済対策に盛り込む失業給付などに充てる雇用保険料率の引き下げについて、下げ幅を0・2ポイントとする方向で調整に入った。現行で0・8%の料率を、0・6%に引き下げる。働き手の負担を軽くして可処分所得を増やし、消費を喚起する狙いがある。雇用保険料は、働き手の賃金のうち保険料率に応じた金額を、労使が折半して負担する仕組み。現行の料率で、年収400万円の会社員の場合、年間3万2000円を、労使で1万6000円ずつ支払う。料率が0・6%に下がると、労使の保険料負担はそれぞれ4000円ずつ減る計算だ。政府は今後、労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)の議論などを経て、来年の通常国会に関連法の改正案を提出する方針だ。
(7月22日、読売新聞)

すでに雇用保険料率は過去最低水準になっており、それをさらに引き下げることとなる。表面上の失業率の低下を根拠とし、企業の負担を減らしつつ、労働者の消費を増やすことを目的としているようだ。
だが、現実には失業率の低下は、高齢化や求職活動停止などの要因が大きいと考えられる。同時に、非正規雇用の割合も上昇し続けており、そもそも失業保険の対象外に置かれる層が増えている。

問題は、失業者に占める失業手当受給者の割合で、2012年で79%、2013年で80%もあり、実数にして200万人以上が失業したにもかかわらず、同手当を受給できていないことにある。
例えば、2013年の調査によれば、ハローワーク申請者の求職理由について、「非自発的な離職」が90万人で、うち「勤め先や事業の都合」は61万人、「定年または雇用契約の満了」は29万人。このほか、「自発的な離職(自己都合)」は96万人、「新たに求職」は74万人などとある。同年の失業手当受給者は52万人であり、「非自己都合」退職に限っても57%の人しか受給できていないのが現状だ。
77%以上の失業者が失業給付を受けられないのは、単純に受給要件が厳しいからに他ならない。
受給資格は、年齢、雇用保険の被保険者であった期間及び離職の理由などによって決定され、それによって受給期間も90日〜360日の間で決められる。そして「求職活動している(働く意思と能力がある)」ことが求められる。
非正規の場合、雇用保険に入っていないことも多く(私設秘書の大半も未加入)、保険加入期間も半年ないしは1年以上必要であるため、雇用期間が短い場合も受給資格を有することができない。
要するに単純に「解雇されました」だけでは失業保険は下りないのだ。

失業給付が受けられない77%以上の失業者たちは、貯金を取り崩すか、借金するか、親族にすがるしかない。
現状は、ホームレスの急増や急速な治安の悪化などといった目に見える形では反映されていない。が、失業期間の長期化とセーフティネットの不整備によって、「派遣村」が提起した問題が、近い将来、再び生起してくることになるだろう。
特に、団塊世代の定年退職が進むことで、家族の担保能力が低下する中、現役世代の貯蓄が底をついた場合、「失業=ホームレス」という状況はより一般的なものになってくるだろう。
失業者の8割が失業手当すらもらえない国

本件の本質は、霞ヶ関が分配から成長への傾斜を深めているところにある。労働市場における弱者からの収奪を強化して、その利益で経済成長に投資するのだろう。社会保障制度全体で考えても、増税を見送った以上は、社会保障給付費を削減するしか対応策がなく、近い将来、本格的な切り下げが始められるだろう。

我々は、この引き下げに反対し、失業保険機能の拡充、具体的には同手当受給層の拡大をこそ主張すべきだ。
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2016年07月28日

千億ケチって汚染拡大・続

【東電「完全凍結は困難」 第一原発凍土遮水壁 規制委会合で見解】
 東京電力は19日、福島第一原発の凍土遮水壁について、完全に凍結させることは難しいとの見解を明らかにした。同日、都内で開かれた原子力規制委員会の有識者会合で東電の担当者が示した。東電はこれまで、最終的に100%凍結させる「完全閉合」を目指すとしていた。方針転換とも取れる内容で、県や地元市町村が反発している。会合で東電側は規制委側に凍土遮水壁の最終目標を問われ、「(地下水の流入量を)凍土壁で抑え込み、サブドレン(建屋周辺の井戸)でくみ上げながら流入水をコントロールする」と説明。その上で「完全に凍らせても地下水の流入を完全に止めるのは技術的に困難」「完全閉合は考えていない」と明言した。これに対し、オブザーバーとして出席した県の高坂潔原子力総括専門員は「完全閉合を考えていないというのは正式な場で聞いたことがない。方針転換に感じる」と指摘。東電側は「(凍土壁を)100%閉じたいのに変わりはないが、目的は流入量を減らすこと」と強調した。
 凍土壁は1〜4号機の周囲約1.5キロの地中を凍らせ、建屋への地下水の流入を抑え、汚染水の発生量を減らす計画。東電は3月末に一部で凍結を始めたが、一部で地中の温度が下がらず追加工事を実施した。東電によると、第一原発海側の1日当たりの地下水くみ上げ量は6月が平均321トン。5月の352トンに比べ31トン減少したが、凍土壁の十分な効果は確認できていない。
 東電が今年3月に特定原子力施設監視・評価検討会で公表した資料では凍土壁造成の最終の第3段階について「完全閉合する段階」と表記していた。経済産業省資源エネルギー庁も「凍土遮水壁は最終的には完全な凍結を目指す」(原子力発電所事故収束対応室)との認識だ。  規制委会合で東電が示した見解について、県の菅野信志原子力安全対策課長は「おそらく公の場では初めてではないか。汚染水の発生量を減らすという凍土遮水壁の目的を達成するため、当初の計画通り100%凍らせる努力が必要だ」と強調した。
 福島第一原発が立地する双葉町の伊沢史朗町長も「公式の場で方針転換とも取られかねない発言を唐突にする東電の姿勢には、非常に違和感を感じる」と指摘した。双葉地方町村会長の馬場有浪江町長は「凍土壁で汚染水を完全に管理できるという説明だったはず。町民の帰還意欲にも影響しかねない問題だ」と批判した。一方、東電は「地下水流入量抑制が目的で、100%閉合を確実に実施するわけではない。目的は変わっておらず方針転換ではない」(本店広報室)としている。
(7月20日、福島民報社)

当初、民主党菅内閣の下につくられた「遮蔽プロジェクトチーム」(馬淵首相補佐官)では、いくつかの案の中から「鉛直バリア(ベントナイトスラリーウオール)方式」が採用された。これはヒビの入るコンクリートではなく、ベントナイトを使って地下30メートルの難浸透層まで掘り下げて壁をつくるというものだったが、仙谷官房長官を通じて東電から「その方式だと新たに一千億円かかり、(2011年)6月の株主総会を通らないから、待ってくれ」とストップがかかった。

そのPTの責任者だった馬淵氏が6月末に補佐官を解任され、この案自体が流れてしまい、東電は海側の一部にだけ遮蔽壁をつくっただけに終わり、安倍内閣下で「凍土壁」が採用された。だが、凍土壁は上のPTで「効果に疑問がある」として却下されたものだった。地下水を完全に遮断する効果は実証されておらず、不純物の混じった地中で凍結状態を継続できるのか、半永久的に冷却材を投入し続ける必要があるなどが理由だった。

東電側の言うがままに初期費用をケチった結果だが、今回もまた誰も責任を取らないで終わるのだろう。政治家が説明責任を果たさないから、政治不信とポピュリズムが蔓延していることを、もっと自覚すべきだ。
上の記事を読む限り、東電側の説明を聞いた福島県民は「凍土壁ができれば大丈夫」と認識しているが、東電側は「そんな説明はしていない」と主張し、平行線になっているようだ。実際、東電側が安全を100%保障するような説明はしていないのかもしれないが、その場凌ぎでそう思わせるようなテクニックを使った可能性があり、やはり無責任な官僚体質であることは否めない。

本件もまた地方紙が取り上げるだけで、全国紙やマスメディアは殆ど取り上げていない。政府や資本に依存する形でしか存在できないメディアは、「百害あって一利なし」である。
posted by ケン at 12:33| Comment(5) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする