2016年06月07日

デフレへ逆戻りか

【外食、再び低価格化の波 高まる節約志向に対応 】
 外食各社が低価格メニューを拡充している。日本ケンタッキー・フライド・チキン(日本KFC)はワンコイン(500円)程度の手ごろさを売りにしたランチセットを追加。吉野家ホールディングス傘下の回転ずし店も、最低価格のメニューを2割以上増やした。外食産業では昨年まで値上げが相次いだが、節約志向の高まりを受けた低価格化の波が再び押し寄せている。
(6月5日、日本経済新聞、抜粋)

需要側からすれば、非正規雇用の増加、雇用不安、高齢化、人口減少、地価下落、TPP不安などの要因、供給側からすれば、外食・衣料の低価格化、民泊、ウーバー、TPP発動による食料品などの低価格化などの要因から、デフレ圧力が強まっているようだ。この流れを止めるのは容易ではなく、今しばらくは再びデフレがトレンドになりそうだ。

少子高齢化に有効な手立てを打てず、若年層の雇用不安と非正規化が拡大、総人件費も低迷している。供給側も人口減と将来不安を見据えて、設備投資や人件費には慎重にならざるを得ない。若年層は、大学を卒業した段階で数百万円の債務を伴い、さらに介護すべき老人を抱え、子に投資する余裕などあるはずもない。債務と固定費ばかりが増加する中、生活支出を抑えるほかないのは当然だろう。

その一方で、高齢化に伴う社会保障費は自然増加分が増えるばかりで国家財政を圧迫、すでに歳出は税収の2倍前後になって、政府総債務もGDPの2倍を超えてさらに増え続けている。
今回の増税先送りの判断は、「増税すればデフレトレンドを確定させてしまう」という懸念に発しているものと思われるが、それは財政再建を先送りし、国債や円の価値を暴落させるリスクと引き替えのものであり、「より先のリスクを軽視した」という評価になる。安倍政権の判断に呼応して、日銀がさらなる追加緩和を行えば、この傾向がさらに強まる。

だが、増税を先送りにしたところで、目先の危機を先送りしただけに過ぎない。
安倍政権は、財界に対して、労働生産性の改善を求めずに賃金上昇だけを求めているが、これは無理な話である。超長時間労働が、供給過剰と消費低迷の大きな原因であることは明白なのに、政府は労基法改正で、超長時間労働を容認、推進しようとしている。
また、秋の補正予算などで自民党は、大規模な公共インフラ投資を準備しているようだが、これは生産設備を過剰にするだけで、供給を過剰にした上に、将来の維持コストを増大させるという、最悪の選択になるだろう。だが、自民党権力の源泉であるだけに、これは避けられない。
本来であれば、野党が長時間労働の是正と財政出動の見直し(例えば、コンクリートから人へ)を求めることで、政策の質的競争が起こり、失敗リスクを軽減させるはずだが、今の日本では政党政治が機能せず、自民党の一党優位体制の中で、「権力の暴走を抑止する」という自由主義的要素が機能不全に陥っている。
資本主義を成立させるためには常に新しい市場が必要で、資本の核がマーケットを広げながら利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していく。しかし、グローバル化が進んで地理的な意味での新規市場は地球上から消失、次いでバーチャルな電子・金融空間に市場を広げたものの、あっという間に限界に達して利潤を上げることができなくなった(リーマンショックなど)。その結果、利潤を上げられる外部市場の開拓の余地が完全に失われ、その矛先は内部に向けられることになる。内部市場、つまり自国の国民から利潤を巻き上げる構造へと変化してゆく。
具体的には、正規雇用労働者からの「既得権益」の剥奪、非正規雇用労働者の増加、低所得層への融資増(学資ローンも含む)や住宅購入の促進などとなって現れている。家計貯蓄の多さを誇った日本が、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっていることも象徴的だ。
この急激な中間層の没落と中低所得層からの容赦ない収奪によって高まるだろう国民的不満を解消すべく用意されているのが、排外主義とミリタリズムで、それが具体化したのがヘイトスピーチと集団的自衛権だと考えられる。
労働者は生かさず殺さず

最終的には、投票を放棄、あるいは自民党を支持した有権者の責任に帰せられるとはいえ、特にこれから成人する世代は、恐ろしいまでの低賃金と財政破綻(社会保障や行政サービスの停止)リスクにさらされながら、生きざるを得ない環境に置かれることになりそうだ。

【追記】
米ドラマ「ゴッサム」は、バットマンが登場する前の架空世界を舞台にした刑事ドラマだが、凶悪犯罪が横行し、警察内部も腐敗しまくりの、90年代ロシアを彷彿とさせる設定になっている。だが、そこの市警の刑事は「彼は今週もう2度も残業しているんだから(勘弁してやってくれ)」と話しており、それを見た友人が「何だよ、日本よりもいいじゃん、移住したいくらいだ」と呟いているのに、激しく同意した次第。
posted by ケン at 12:20| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月02日

若年層対策は労働政策で

民進党のマニフェストはかなりガッカリなものになった。やはり右旋回して維新残党とだけ手を組んだことと、与党崩れで踏み込んだ政策を打ち出せないことで、「現実的」を自称しつつ、結局は自民党と大差ないものになる見込み。

旧民主党が大勝した2007年の参院選と09年の衆院選は、自民党の自壊という要素もあったが、小沢路線の下で左旋回した民主党が、有権者に理解されやすい明快な政策・マニフェストを打ち出したことが大きい。「コンクリートから人へ」というコンセプトを掲げ、「子ども手当」や「高校無償化」あるいは「ガソリン暫定税率の廃止」など誰もが理解できる主張をしたことで、幅広い大衆から支持を得た。特に若年層に支持を広げて、投票率を上げたことが勝利に貢献したと考えられる。

民進党の参院選向け政策を見ていると、「給付型奨学金の創設」や「使いやすい保育所の大増設」などがあるものの、今ひとつ新味に欠ける。新味に欠けるというのは、訴求力を欠くことを意味する。
現状で私が危機感を覚えているのは、民進党がリベラル寄りの中高年から支持を受ける一方で、若年層からそっぽを向かれている点にある。「意識高い」系の若年層は、もともと少数派である上に、アレルギーが無いため共産党に近づくか、市民運動に走りがちだ。
私としては中長期的な展望を見据えて、この際「意識高い」系は若年層も中高年層も放置して、「リベラル」ではなく「ソーシャル」を重視すべきだと考えている。特に、若年層の労働問題を前面に打ち出すことで、絶対数の少ない若年層の支持基盤をつくってゆかない限り、遠くない将来、中道左派は完全に潰えてしまう恐れがある。
厚労省の調査によれば、「過労死ライン」以上の残業をこなしているものは、労働者全体の23%に上るという。政府調査であることを考慮すれば、実数としてはその2倍かそれ以上が過労死水準の残業をしていると見て良く、私の周囲を見ても「半数前後」が妥当だ。それが、社会を疲弊させ、労働生産性を下げ、少子化を加速させていることを考えれば、喫緊の課題であることは間違いない。
実際にどのように訴えるかは別にして、掲げるべき争点を羅列しておく。

・労働時間規制(労働時間インターバル、夜9時以降の残業禁止)
・労基署の体制強化(大増員による取り締まり強化)
・有給休暇取得の厳格化
・残業代未払いの撲滅(サービス残業の撲滅)
・求人サギの撲滅
・ブラックバイトの摘発強化と撲滅
・派遣労働、請負労働の規制強化
・フランチャイズ規制法


行き過ぎた「自由」が上記の問題を放置して、大衆を苦しめているのに、「リベラル」を訴えたところで反応が薄いのは当然だろう。たとえポピュリズムの非難を受けようと、エリート主義とは決別して、大衆に支持を広げなければ、我々に未来は無く、結果的に自由も平和も失うことになるだろう。
posted by ケン at 12:10| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月09日

再び根切り漁法

【宮城沖ヒラメ漁獲量急増 震災休漁影響か】
 東日本大震災以降、宮城県内のヒラメ漁獲量が大きく伸びている。2014年には全国トップの1465トンを記録。震災に伴う休漁などの影響で全体的な資源量が回復し、水揚げ増加につながっているとみられる。「漁獲量は感覚的に震災前の2倍ぐらい。サイズも大きいし、年々良くなる感じだ」。県漁協仙南支所(亘理町)の橋元勇支所長は、好調を持続するヒラメ漁の手応えを語る。
 水産庁の統計では、県内のヒラメ類の漁獲量は10年が344トン。震災後の12年は197トンまで落ち込んだが、13年は987トンに急上昇し、14年に1000トンの大台を超えた。ヒラメは資源量の変動が大きいとされる。東北区水産研究所(塩釜市)によると、10年は稚魚が非常に多く確認され、数年後の豊漁が期待されていた。震災後の漁獲量激減で、資源量が上向いているとみられる。橋元支所長は「福島の出荷制限の影響もあり、餌となる小魚などが増えているのではないか。地道に続けてきた稚魚放流の効果もあるだろう」と推測する。
 県内で漁獲されたヒラメの多くは東京や名古屋などの大消費地に出荷されている。県内の魚市場関係者によると、季節によって多少の変動はあるが、価格は高値で安定しているという。東北水研の担当者は「今年も震災前の水準を上回る漁獲が期待できる。要因を含め、今後の推移を見守りたい」と話した。
(5月4日、河北新報)

大震災による強制漁獲規制が漁場を復活させたのに、またぞろ枯渇するまで魚を捕る人たち。まさに愚劣と無策。漁業においても、自由競争・リベラリズムが資源を枯渇させ、貧困を促進させるモデルケースになっている。
この場合、社会主義原理に基づく資源管理こそが適切で、具体的には全国規模で主要魚種に対する個別割当制度を導入する必要がある。適切に資源管理を行えば、漁業は非常に安定した産業に育ち、漁業が盛んな町は加工業、保管業、運送業、造船業、金融業、サービス業などの周辺産業も安定し、地方に人が戻っていく仕組みをつくることができるのだ。
ノルウェーやニュージーランドといった漁業先進国では、漁獲がピーク時の30%程度まで減ると、禁漁を含む厳しい規制をして、水産資源の回復に努めている。これらの先進国の場合、国や自治体ではなく、むしろ漁業者側が規制を求めてくるケースが少なくないが、日本の場合、昨年やっと重い腰を上げて水産庁が各県にシラスウナギの漁獲規制を要請したものの、どの県も業者の意向を受けて黙殺するという有様だった。日本では漁獲規制が県ごとになっている点だけでも抑止力が殆ど機能していない。そのため、成功例は秋田のハタハタなど、一県で規制可能なケースに限られている。
また、日本ではとにかく「今とる」ことしか考えられていないため、実際に水産資源がどれくらい現存しているのかというモニタリングが非常に弱く、漁業者側も非協力的なため、実態の把握が遅れており、「気付いた時には遅かった」というケースが続出している。ウナギもその最たる例だろう。
日本のシラスウナギも一応漁期の設定だけはなされているが、それだけの話である上、現実には密漁が後を絶たず、ウナギがあとどれくらい残っているのか殆ど分かっていない。
ウナギはホントに豊漁?) 
posted by ケン at 12:48| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

連合が自民傘下になる日

【連合、民進との関係格下げ 「連携図る」に変更 旧維新系を牽制】
 連合は民進党との当面の関係について、旧民主党時代の「連携、支援を強化」から「連携を図る」との方針に見直すことが13日、分かった。14日の中央執行委員会で方針を決める予定。民進党は旧民主党と旧維新の党が合流して旗揚げしたが、旧民主党を支援してきた連合としては一定の距離を置く姿勢を示すことで、官公労批判を繰り返してきた旧維新の党側を牽制(けんせい)する狙いがあるとみられる。ただ、夏の参院選に向けた民進党の選挙公約を見定め、民進党が連合の掲げる政策を共有できる政党だと判断できれば「参院選に向け政策協定を締結する」としており、支援の継続に含みを残している。民進党は参院選比例代表に連合の組織内候補12人を擁立する。連合は平成28〜29年度の運動方針で「民主党との連携並びに支援を強化し、政策実現を目指す」と明記している。
(4月14日、産経新聞)

連合の中でも旧同盟系の民間労組は、なぜ自民党に鞍替えしないのかナゾでしかない。日本の場合、労働組合と言っても、労働者個々人の権利を擁護する存在では無く、利権団体の趣が強い。労働者個人と会社の間にトラブルが生じた場合、組合は「組合員全体の利益を考えて」使用者側に荷担、ないしは労働者を見捨てるケースが非常に多い。せいぜいのところ、弁護士を紹介して終わりという感じだ。いわゆる「労使一体」である。キャリアの面でも、日本の企業では、出世する上で組合幹部を経ることを重視するケースが多い。
7人いる歴代会長のうち、三代鷲尾、五代高木、現神津の三会長が東大出身であることに象徴されるように、連合はすでにブルーカラーのユニオンではなく、官公労や大企業の「エリート社員互助会」と呼ぶ方が相応しくなってしまって、とても「労働者代表」とは言えない存在と化している。
日本企業におけるキャリア形成の上でも、特に大企業を中心に労組活動への参加が推奨されており、労組幹部を経て管理職に至る道がキャリア形成の常道になっている。その結果、労使一体化が進み、資本家と労働者の利害の境が見えづらくなっているのが一般的だ。私が冒頭に挙げたNHKのケースは典型例で、「会社のためにならない組合員は追放すべき」という考え方が完全に普及している。同じような傾向はフランスなどでも見られる。
「連合は誰のために?」

この日本型キャリアの意味するところは、同じ人間が、30代までは労働側として民主党(民進党)を支援し、40代以降は経営側として自民党を支援するということである。言い換えれば、日本の大企業は野党で自民党応援団を育てているのだ。将来自民党員になることが分かっている連中が、まじめに野党を支援するワケが無いのは当然だろう。
同時に、将来のキャリア(利権)が約束されているが故に、組合幹部ほど組合員個々人に対して恐ろしく冷淡、残酷になることができる。非正規社員や派遣社員の増加が、さらにこの傾向を助長する。人員削減に際して、労働組合が経営側に協力的なのは、正社員の雇用を守るために、非組合員である派遣や非正規のクビを切ることに何の躊躇も抱かないためだ。経営側にとっても、派遣や非正規の処遇を操作することで、容易に労働組合の支持が得られ、しかも彼らの恨みは組合に向けることが可能であるため、何重にもメリットがある。

さらに言えば、産業別労働組合というシステムが、労働者と使用者の利害関係を一致させている。例えば、電力や電機はこぞって原発推進だし、繊維、基幹(鉄鋼・重工業)、自動車は軍備拡張に大賛成という具合である。結果、産別労組としては、微温的な民進党を支援するメリットは薄く、原発推進や軍拡を明確に掲げている自民党に親和的となるのは避けられない。
また、「労働者の待遇改善」の点でも、平均年収が600〜700万円に達する連合組合員の場合、賃上げ要求が主となり、次いで高度成長期に獲得された「既得権益」の護持が重要となる。自由競争が激化する中、それらの「原資」は、人件費削減でしか得られないため、その犠牲となるのは非正規社員か、下請けの中小企業ということになる。本来であれば、経営側と闘って労働分配率の向上を目指すのが筋だが、「いずれは自民党員の経営側」になる組合幹部たちが、将来の「自分たちのパイ」を削るという選択肢をとるわけがない。
「経営側と闘う」という選択肢が無い以上、「政権党にお願いして、経営側に頼み込んでもらう」というのが「次善の策」ということになる。連合幹部が、頻繁に官邸と折衝しているのはそのためだろう。現状で、連合が民進党を支援するのは、「いきなり自民に投降しても足下を見られるだけ」という要素もあるが、より現実には「どちらに政権が転んでも大丈夫なように」という保険の意味合いが強いとみられる。
2012年の総選挙の投票先について、某産別が調査したところ、民主党に投票した組合員は20%程度だったという。組織としての労働組合と個々の組合員の政治的志向は隔絶する一途にあるようだ。

労働者が「正規」と「非正規」などに分断され、非正規の割合が増えるほど、正社員の特権が顕在化し、自らの権益を守るために経営側に傾く選択が「合理的」となる。その権益を保護しようとすればするほど、経営側への協力を強化するか、非正規に対する弾圧を強めるかの二者択一が余儀なくされる。
それでも与野党の勢力バランスが拮抗しているなら、野党を支援することで自らの影響力を誇示できたが、すでに連合には組合員数の票すら出す力が無く(家族はおろか本人も投票しない)、民進党は衆議院に100議席もない少数政党の上、次の総選挙では現状維持すら困難な有様にある。とすれば、「消えて無くなる前に少しでも高く身売りしておくのが吉」と考えるのが道理だろう。冒頭の記事にあるような「維新の党を警戒して」などというのは明らかにミスリードである。

【追記】
先の選挙で落選した私の前ボスは、いまや上京時は四列座席の夜行バスを使うほど落剥しており、涙が出てきそうになる。ところが他方では、引退した連合組織内議員が毎年のように愛人を連れてビジネスクラスで海外旅行を満喫しながら、党や組合にカネを無心しに来ているのを見ていると、「この赤い貴族が!」と汚物を投げつけてやりたい気分にさせられる。
posted by ケン at 12:33| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

TPP情報が開示されないワケ:自由民主主義の崩壊

民進党が、TPP関連法の審議に際して、交渉過程の資料を要求したところ、表題以外ことごとく黒く塗りつぶされたものが提出された。その表題も、わざわざ上から別紙を貼り付けたものであり、果たしてそれが本当に当該資料なのかすら判別もつかない代物だった。霞ヶ関は、情報公開法も、議会の立法調査権も全く考慮するつもりがないことを宣言している。TPPは、そもそも日本語が正文ではなく、外務省などによる「仮抄訳」という形でしか、議会に提出されておらず、「これで一体何を審議するのか」というレベルになってしまっている。政府としては、「お前らはただ黙ってウンと言えばいいんだよ!」と凄んでいるつもりなのだろう。戦前の軍部が、軍事予算の細部の説明を一切拒み、一括採決(審議ですら無い)のみを要求したのと軌を一にしている。

不信を抱く市民からは「いかに日本側に不利な内容か分かってしまうのを恐れているためだろう」との声が上がっているが、エマニュエル・トッド先生の『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』を読んでいれば、少し異なる風景が見えてくる。

基本的には単純な話で、自由貿易は「強者をますます強くし、弱者をますます弱くする」傾向があり、それは国際的にも国内的にも作用する。国際的には、付加価値の高い商品を生産する国が弱国の市場を支配し、産業構造を破壊する。優位性を持たない弱国は、生産基盤が弱いため、自国産業を保護する必要があるが、自由貿易がこれを拒むためだ。その結果、弱国では産業が育たず、貧困が蔓延して行く。
また、自由貿易は競争を加速させる側面を持ち、労働力・賃金のダンピングが始まる。海外市場を目指す企業にとっては、賃金を下げることでコスト削減を図ることが「合理的選択」となる。競争が激しい分野では、その傾向がますます強まる。特に先進国では、賃金を「発展途上国並み」にまで下げようとする圧力が、企業側から加えられる。
その結果、弱国では産業そのものが育たず(あるいは低賃金が強制される)、強国では労賃がより低く抑えられるため、全世界で需要が低下するという悪循環に陥っている。

日本の場合、冷戦の終焉とともに旧東側ブロックが自由市場化された関係で、国際競争が激化するとともに、「社会主義陣営への配慮(宣伝)」の必要性が失われたこともあって、正社員の非正規化が進み、正社員でも賃金・待遇の切り下げが続けられた。2000年代には、中国の「世界の工場」化に伴い、財界から賃金ダンピングの圧力が強まって、「小泉改革」に象徴される新自由主義的改革がなされた。その結果、現在では労働力人口6500万人に対して、年収300万円以下が2500万人を超えるに至っている。家計貯蓄の多さを誇った日本が、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっているのだ。90年代以降、自民党政府が何度も巨大な財政出動を行ったにもかかわらず、一向に景気が改善されないのは、国内消費が完全に頭打ちで、貧困層を増やしているためだと言える。分かりやすい例えを挙げるなら、自動車工場の工員の大半が非正規化された結果、誰も車を買わなくなってしまったということであろう。

だが、自公政府は、この傾向をさらに加速させようとしている。まず派遣労働を完全に解禁、業種の指定をなくし、どの分野でも派遣労働者を使えるようにした。そして、今度は正規職員の裁量労働制を拡大しつつ、労働時間規制の撤廃を準備している。

労働者派遣完全解禁で進む貧困化 
さらなる労働地獄へ 
労働者は生かさず殺さず 
資本主義を成立させるためには常に新しい市場が必要で、資本の核がマーケットを広げながら利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していく。しかし、グローバル化が進んで地理的な意味での新規市場は地球上から消失、次いでバーチャルな電子・金融空間に市場を広げたものの、あっという間に限界に達して利潤を上げることができなくなった(リーマンショックなど)。その結果、利潤を上げられる外部市場の開拓の余地が完全に失われ、その矛先は内部に向けられることになる。内部市場、つまり自国の国民から利潤を巻き上げる構造へと変化してゆく。
具体的には、正規雇用労働者からの「既得権益」の剥奪、非正規雇用労働者の増加、低所得層への融資増(学資ローンも含む)や住宅購入の促進などとなって現れている。家計貯蓄の多さを誇った日本が、いまや3世帯に1つは金融資産ゼロになっていることも象徴的だ。
労働者は生かさず殺さず) 

日本政府は、TPPを推進する理由として「輸出産業の振興と安価な輸入産品によって国民が潤う」と説明しているが、現実には全く逆の結果に終わりそうだ。自由貿易によって、自動車などの輸出産業が儲かるかもしれないが、それは企業だけの話であり、実際の賃金上昇に繋がるかどうかはかなり微妙だろう。現実に政府は、「アベノミクスで輸出が増えた」と主張するが、下請けの中小企業は殆どその恩恵を受けていない。賃金上昇は、ごく一部の企業の正社員に限られている。
また、日本の農業は規模などの問題から米豪に勝てるはずもなく、ただでさえ高齢化が著しい農家では一気に廃業が進むだろう。従来、日本の地方は、「農業振興のために」インフラ整備してきたが、農業の衰退に伴いインフラ整備の正当性も失われ、地方経済の疲弊は一気に顕在化してくるだろう。

政策としての自由貿易は、比較優位にある産業を強化し、比較劣位の産業を切り捨てるものだが、今日では自動化や労働者の非正規化(あるいは外国人奴隷化)が進んでいるため、廃絶された劣位産業にあった労働者が優位産業に移動する仕組みにはなっておらず、失業と貧困を助長させる構造になっている。だが、民主主義は有権者間の平等に原理的基盤を置いているだけに、貧困を許さない。国内の収奪システムを認め、貧困を放置して、自由貿易(経済)を進めるためには、デモクラシーそのものを否定するほか無い。今日の自公・霞ヶ関政府が、急速に権威主義化しているのは、自由貿易・経済が、彼ら富裕層・特権階層にとって都合が良く、「他に選択肢が無い」からだ。この傾向は、社会主義ブロックが崩壊し、中国が極端な格差社会になったことで、ますます助長されている。新聞業界がこぞって消費増税に賛成し、自らには免税を求めたのも、彼らにとっての利益がどこにあるかを示した結果に過ぎない。
政府・自民党が、かたくなまでにTPPの内容を秘匿し、メディアも殆ど報じないのは、「日本に不利だから」ではなく、「弱者に教えることは何も無い。だってオレたちに一方的に有利なルールに勝手にしちゃったんだもん!」というホンネの表れと見るべきなのだ。

【追記】
この点でも「TPP推進」を掲げる民進党には全く野党の価値が無い。我々は、社会主義者として「保護貿易によって国内産業を保護した上で、企業・富裕層への課税を強化し、国内労働者等の権益保護に努める(それが結果的にデモクラシーを守る)」と主張しなければならない。自由(経済)と民主主義が両立した時代は終焉を迎えつつあるという認識こそが必要なのだ。
posted by ケン at 00:00| Comment(4) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月30日

改めてカジノ法案は廃案に!

【カジノ特命チーム業務凍結「五輪に間に合わぬ」】
 政府は、カジノなど統合型リゾート(IR)の推進役を担う内閣官房の特命チームの業務を当面、凍結する方針を固めた。カジノを解禁するIR推進法案の成立に見通しが立たないためだ。政府はIR開業を2020年東京五輪・パラリンピックに向けた成長戦略の目玉に位置付けていたが、政府高官は「東京五輪にはもう間に合わない。長期的な検討課題として練り直すべきだ」としている。特命チームは14年に経済産業省や観光庁などの職員ら約30人で発足し、IR実現に向けた課題や諸外国の事例などを研究してきたが、専用の事務室は近く閉鎖される。必要に応じて活動を再開できるよう、特命チームとの併任は解かない方向だ。IR推進法案は、超党派の議員連盟が13年に国会に提出したが廃案となり、15年に自民、維新、次世代の3党が共同で再提出した。ただ、カジノ解禁には「ギャンブル依存症が増える」などと弊害も指摘されており、特に公明党内で慎重論が根強い。法案を共同提出した維新が分裂した影響もあって継続審議になっている。
(3月22日、読売新聞)

ロクでも無い話ばかりが続いて、つくづくこの仕事がイヤになってくる今日この頃だが、悪い話だけでもない。
今国会は参院選の関係で5月いっぱいで終わってしまう上に、TPP関連法案が目白押しで、とてもではないがカジノ法案まで審議している余裕は無い。そのTPP関連法案ですら、様々な理由から審議が遅れており、優先順位を付けて審議している状況だ。結果、カジノ法案は成立するメドが立たなくなって、オリンピック景気のドサクサにまぎれて巨額予算付けて強行突破(天下り先の量産)するという戦略が成立しなくなった。「無理」と分かれば、すぐに「次」のネタを探しにかかるのがヤクニンであるだけに、その身代わりは早い。

だが、余裕を与えるとロクなことをしないのが官僚組織というものであり、経産省や観光庁(あるいはスポーツ庁や文科省)のように、存在そのものが経世済民に必要かどうか疑問が持たれる省庁は、自己アイデンティティを確立するために必死に「居場所」を探そうとする。今回のカジノ法案などはその典型的ケースであるだけに、この状況を放置しておけば、またぞろロクでも無い法案を出してくるだろう。その意味で、国民生活から見て必要度の低い省庁は、可能な限り縮小・廃止するべきだ。だが、50年以上にわたって自民党が一党優位体制を続けている日本の場合、政党と行政が一体化してしまって、行政改革を難しくしている。

政府調査ですら、ギャンブル依存症患者が550万人以上いることが確認されている中で、根本的対策(パチンコ廃止)を打つ前にカジノを合法化するという、政府の考えは「国家は誰のために存在するのか」という根源的課題を突き付けている。急速に貧困化が進む中で、正常な経済活動に限界が露呈しつつあるため、従来非合法としてきた経済活動を合法化することで、収奪を図ろうというのが、政府・財界の真の狙いなのだ。
国家が国民から収奪することしか考えなくなったら、もはや縮小再生産にしかならず、その国は遠からず瓦解するであろう。

【参考】
日本におけるギャンブル依存症の割合は飛び抜けて高いことが挙げられる。2012年に厚生労働省が行った調査によれば、米欧諸国におけるギャンブル依存症の割合が1%前後であるのに対して、日本では5.6%にも達しており、実数で言えば550万人以上に上るという。そして、その8割がパチンコによるものと考えられている。心療内科医に依存症として認定された人がそれだけいるということは、その倍以上の人が「依存症予備軍」にあると見て良い。また、同依存症患者の中で、賭博資金を得るために窃盗や横領などの違法行為に走った経験のあるものの割合は、男性で63%、女性で31%に上り、ギャンブル中毒と犯罪の密接な関係を証明している(厚労省調べ)。
競馬であろうがパチンコであろうが、一度依存症になってしまえば、それは「ゲーム」ではなく、「半永久的に続く中毒患者からの収奪」になってしまう。最近では競馬場などに銀行のATMなどが存在するのだから、むしろ中毒と収奪を促進している観すらある。
一般論で言えば、正業に就いている者はパチンコや競馬・競輪等に通うヒマなどあるはずもなく、現実には就業が不安定な低所得層や主婦、高齢者ほどギャンブルにはまりやすい構造になっている。
他方、例えばカジノを合法としている欧米諸国ではデポジット制を採用しているところが少なくなく、その場合、一定額を先に納めることが入場の条件となっており、貧困者の入場規制や中毒対策への配慮がなされているが、日本では一切採用されていない。
同法案には「賭博依存症対策の充実」が盛り込まれているが、これなどは「労働時間規制撤廃法案(残業代ゼロ法案)」と「過労死防止法案」のカップリングを想起させる醜悪さを示している。
国際的に見て深刻なギャンブル依存症の現状を放置したままカジノを導入することは、多少経済成長に貢献したとしても、最終的には中低所得層からの収奪と国民精神の荒廃を促進させる結果に終わるだろう。
カジノ法という焦土政策
posted by ケン at 12:42| Comment(6) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月17日

国策で原発事故隠蔽

【エチオピアで大震災展が中止−反原発的と日本大使館が難色】
 東アフリカのエチオピアで昨年10月31日、日本紹介イベントの一環として、国際協力機構(JICA)のボランティアが大震災や東電福島第1原発事故に関する展示を企画したところ、共催の日本大使館が「反原発」的だと難色を示し、展示が中止になっていたことが12日、関係者への取材で分かった。展示は首都アディスアベバで「おもてなし」をテーマに開かれたイベントで企画され、被災者のメッセージや津波の映像と写真、震災関連死の資料などの掲示を予定していた。ボランティア関係者によると、大使館側は福島県が原発事故の影響を調べている県民健康調査結果の展示などを問題視したという。
(3月12日、共同通信)

自民党安倍政権による核政策の再起動に伴い、福島原発事故の風化が政策的に促進されている。各地の原発を再稼働させ、原発輸出を促進させるだけでなく、民主党政権が策定した「原発稼働40年規定」も反故にされている。民主党政権は「40年を超えての稼働許可は例外中の例外」としたが、安倍政権は高浜第一、第二原発の延長稼働をあっさり認可した。政府の言い分は、「規制委の新基準は満たされている」というもので、住民等の安全性を考慮したものではなかった。また、再稼働の流れが進む中、九州電力は免震重要棟の建設を行わないまま、川内原発と玄海原発の再稼働を準備している。一方、福島では十分な根拠も無いまま、避難指示や居住制限の解除を進めているが、肝心の福島第一原発の廃炉作業はいかなる見込みも立っていない。そもそも原子炉の破損状況すら十分に把握できていないのだから、メドなど立つわけが無い。

民主党は政権時代に「2030年代原発稼働ゼロ」「40年規定」を決めたものの、現状では議員の半数は原発推進派であり、新党の綱領を検討した民主党の両院議員懇談会では出席者の6割以上が、「2030年代原発稼働ゼロ」の綱領化に反対したと言われる。これは、同会議の直前に電力系労組が個別に議員を呼び出して、「原発か落選か」の恫喝を行ったことが大きく影響しているようだが、重要なのは野党内も「原子力マネー(マフィア)」に汚染されているという点である。

福島原発事故の立法調査を担った国会事故調は、同事故を「人災」とし、規制する側(政府)が規制される側に取り込まれると同時に、無責任な意思決定システムが「原発神話」を横行させ、事故への備えと対応を不十分なものとしたことを指摘している。
ところが、現在の状況は、野党である民主党ですらすでに原発マフィアに半分以上支配され、川内原発は免震重要棟すら建設されないまま再稼働し、老朽化著しい高浜原発は40年を超える運転延長が許可されている。つまり、チェルノブイリ級の、日本国内だけで無く、太平洋を放射能汚染させた重大事故から、わずか5年でほぼ「事故前」と同じ状況に戻ってしまったと言える。
こうしたことを少しでも隠蔽したいがために、記事にあるような「反原発運動取り締まり」が行われていると見られる。

しかし、常識的に考えて(この言葉は嫌いなのだが)、1993年に北海道南西沖地震(M7.8)、95年に阪神淡路大震災(M7.3)、2004年に中越地震(M6.5)、07年に中越沖地震(M6.8)、11年に東日本大震災(M9.0)と起こっているのだから、10年間に2度は大規模地震が起こるのはほぼ確実であり、地震と津波が原発を直撃するかどうかは「運次第」でしかない。しかも、実際にマグニチュード9の地震や14メートル以上の津波が起きている以上、次こそは「想定外」では済まされない。福島原発事故で東日本が壊滅しなかったのは、偶然の産物であって、「技術力の勝利」でなかったことは様々な調査結果からも明らかにされている。
要は5千万人の市民が住む土地を追われずに済んだのは、「ダイス目が良かった」だけの話であり、自国民(だけではないが)をその危険にさらした政府や電力会社は完全に免罪されている。この免罪された連中が、自らの権益のために今後もダイスを振ろうとしているのだ。戦争で180万人からの自軍兵士を餓死させた政治家と軍人がいかなる罪にも問われずに、逆に「神」として祀られているくらいなのだから、この無責任体質こそが、日本の伝統的本質なのかもしれないと思えてくる。

【追記】
政府・自民党や電力業界の言い分は、「この前出ちゃったから、もうピンゾロは出ないよね」というものでしかなく、そもそも確率論的に間違っている。そのホンネは「外れを引いたヤツは運が悪かっただけ」「うまく民主に貧乏くじを引かせてやったラッキー」というもので、彼らから事故の反省や「二度と起こしてはならない」類いの真摯な言葉など聞いたことが無い。確率論的には、むしろ巨大地震や巨大津波が起こる可能性が高まっていると見るべきであり、あの連中はリスクを無視して利益を追求しているか、そもそも科学的思考ができないか、のどちらかなのだろう。
posted by ケン at 12:31| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする