2017年11月22日

10、11月の読書(2017)

突然の解散、総選挙でロクに本も読めなくなってしまったが、帰京後は涼しくなってきたので、それなりのペースで読書できている。

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『じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路』 ロバート・スキデルスキー、エドワード・スキデルスキー 筑摩書房(2014)
経済学というよりも、哲学から現代の資本主義と経済学の有り様を問い直す書になっている。ロバート・スキデルスキー師は、ケン先生も尊敬するケインズ学者だが、共著者で息子のエドワードは中世哲学の研究者であることにも起因している。経済成長や技術革新が進めば進むほど、所得格差や資産格差が進み、貧困が内在化してゆく現代資本主義の特徴を見つめ直し、「豊かになることが幸福」という従来唱えられてきた価値観を横に置いて、「貪欲からの脱却」「(精神的幸福ではなく)良い暮らしを実現するための基本的価値」を思索、追究してゆく。例えば、一定以上の所得のあるものは、所得の多寡で幸福や満足が左右されることはなく、家電製品の普及は実は家事労働時間を大きくは減らさなかった。ケインズは1930年代の経済成長率や技術進歩を見て、百年後には資本主義が抱える諸問題は解決され、生活に必要な収入を得るには少々の労働時間で十分となり、人々は余暇を楽しみ、創造的な活動に専念できると予想した。だが、現実には技術革新で中間的な雇用は失われ、貧困層は低賃金が故に超長時間労働を強いられ、富裕層は富裕層でさらなる貪欲を追求するために長時間労働に従事している。現代の先進国や中進国が例外なく抱えている問題であり、「経済成長と再分配がなされれば十分なのか」という視点から、政治に関心のあるものは必読だろう。

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『兵農分離はあったのか−中世から近世へ』 平井上総 平凡社(2017)
ごく一部の専門家を除くと、すこぶる便利なキーワードと化している「兵農分離」を再定義する試み。一般的には、「織田・豊臣などの先進的な戦国大名が兵農分離を進め、プロフェッショナルの軍隊を作り上げて、天下を統一した」という説明が定着しているが、果たして兵農分離は本当に政策化されていたのか、織田・豊臣が推進したのか、そもそも兵農分離の概念とは何なのかを一から問い直している。戦国分野の研究は非常に進んでおり、常にアンテナを張って知識を更新しないとすぐに遅れてしまうところが刺激的でもある。

『戦争と農業』 藤原辰史 集英社インターナショナル新書(2017)
シンプルながらセンセーショナルな題名になっているが、戦争と農業の関係に触れているのは前半部のみで、やや難がある。本書のテーマは、技術革新によって農業や食の有り様が大きく変化する中で、飢餓と貧困は解決の目処すら立っておらず、農業の産業基盤が脆弱化し、食糧の寡占が進む現代社会への警鐘である。いくつかの講演をまとめたもので、問題提起は良く理解できる。飽食が進む一方で、農業と食の課題はますます深刻化していることが分かる。

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『習近平政権の新理念−人民を中心とする発展ビジョン』 胡鞍鋼ほか 日本僑報社(2017)
献本いただいた一冊。習近平政権のブレインである胡鞍鋼氏(清華大学教授)が、現代中国が目指す「六大発展理念」を解説している。概念的で網羅的なので、中華学徒ではない私などは「ふむふむなるほど」と言うほかないのだが、同時に「やはりまだまだ近代化が課題なのだな」とも思う。衰退期まっただ中にある日本人としては、眩しいまでのパワーを感じる。

『物語フィンランドの歴史−北欧先進国「バルトの乙女」の800年』 石野裕子 中公新書(2017)
自分はフィンランド好きではあるが、通史は読んだことが無いので、一度読んでみようと。コンパクトに上手くまとめられ、記述も客観的で好感が持てる。
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2017年11月10日

迷走する留学生政策

【「偽装留学生」排除へ 勉強は二の次、実態は“出稼ぎ” 審査厳格化へ】
 勉強よりもお金が大事? 平成27年度に20万人の大台を超え、増加を続ける日本への外国人留学生。しかし、全体の6割超を占める中国やベトナムなど5カ国からの留学生の一部が、実際は“出稼ぎ”を目的とした「偽装留学生」化している実態が問題化している。事態を重く見た法務省は、受け入れ審査の厳格化を求める文書を各地方の入国管理局に発付。不法就労や不法滞在の温床ともなっている現状の適正化に乗り出した。
 「日本に来たのは働いてお金を稼ぐため」
 7月、千葉県内で取材に応じたネパール国籍の男子留学生(23)はこう明かした。
 男子留学生は週6日、大手宅配会社で深夜帯の集荷アルバイトに従事。日本語学校に通っているが、「授業中はほとんど寝ている。でも、私だけじゃなく同級生の大半が同じ」と悪びれる様子はない。“お金が第一、勉強は二の次”との考えが留学生の一部に広がっている実態がうかがえる。
 「留学」の資格で日本に滞在している外国人であっても、資格外活動の許可を取れば週28時間までのアルバイトが可能だ。しかし法務省関係者によると、フルタイムで働いたり、留学先から失踪し不法滞在になったりする留学生が多く、詐欺など犯罪に手を染めた例もあるという。
(11月6日、産経新聞より抜粋)

「何をいまさら」という突っ込みが山ほど入りそうな話。同様の実態は10年以上前から指摘されており、審査の厳格化と緩和が繰り返されてきただけで、根本的な解決策は検討すらされていない。
現在でも「週28時間」の就労(資格外活動)が認められているのに、自民党は「さらなる緩和(長時間化)」を求めている。移民や外国人労働者の受け入れが、国民的理解を得られない中、「留学生による就労拡大」で労働力不足を補おうとしているためだ。

日本学生支援機構が2013年に行った「私費外国人留学生生活実態調査」によれば、私費留学生のうち約75%がアルバイトに従事し、週平均「20時間以上25時間未満」が全体の3割を占め、次は「15時間以上20時間未満」の23%。職種別では49%の「飲食業」が最多。
特に昨今では労働力不足が進み、例えば東京の飲食業やコンビニでは時給1000円は珍しくなく、夜間では1300円を超えるものが目に付くようになっている。

他方、外国人技能実習制度は、超低賃金の超長時間や人権侵害などが指摘されるほか、一定期間が過ぎると帰国を強制されるため、卒業後に就労ビザの取得可能性のある留学生の方が「マシ」という評価が広がっているという。
留学生にしても技能実習生にしても、日本国内の労働力不足や低賃金労働者の需要を補うことを目的に、制度拡充が図られているため、様々な齟齬が生じている。

日本も1983年までは留学生の就労は原則禁じられていたが、留学生の増加と経済成長に伴う労働力不足と円高を背景に「週20時間」の就労を「目的外活動」(資格外では無く)として許可するようになった。だが、1990年代に低賃金労働の需要が急増、外国人の不法就労が社会問題になるなどの背景をへて、まず「1日4時間」、後に「週28時間」へと「規制緩和」がなされた。これらは、経済界からの要望と、留学生側の「1日4時間はアルバイトの実態にそぐわない」という要望に沿ったものだった。
だが、国際的に見た場合、殆どの先進国では「週20時間」までしか認めておらず、日本の例外性が際立っている。

また、経済成長が著しい中国では、例えば北京や上海などの大企業では大卒者の初任給が日本のそれを上回るケースが増えており、就労目的で中国から日本に留学するメリットは失われつつある。ベトナムもその後を追っている。

「留学生ビザという名の就労ビザ」という実態があるにもかかわらず、目先の運用で調整するという政府の施策がいつまで通用するのか、疑問は多い。

【参考】
留学生に労働力を求める日本 
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2017年10月24日

9月の読書(2017)

やっと代表選挙が終わって「臨時国会が始まるまでのつかの間」と思っていたところ、いきなり解散風が吹いて大忙しとなり、結局この夏はロクに本も読めなかった。国会議員の秘書が多忙と疲弊で本も読めないというのは、それだけ政治自体が疲弊し、劣化していることの傍証でもある。まぁそんなところを見るまでも無く、国会議員の不祥事や舌禍の数々を見れば、その質がもはや回復不能なまでに劣化していることなど一目瞭然とは思うが。

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『ブラッドランド−ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』 ティモシー・スタイナー 岩波書店(2015)
世界30カ国以上で翻訳、刊行され、数々の賞も得た国際的名著。これまでの研究でも、ソ連の大粛清やナチスのユダヤ人虐殺については個別に山ほどの書物が出ているが、ソ連の農業集団化に伴うウクライナ飢饉からナチスのホロコーストを経て、戦後のソ連におけるユダヤ人弾圧に至る経過を「大量虐殺史」として、一連の事件を関連づけて記述したものは無かっただけに、非常に貴重な作品となっている。例えば、アウシュヴィッツについてのみ語ると、アウシュヴィッツや他の収容所の外で殺害されたものについては語られなくなってしまう。ユダヤ人に限定すると、障がい者やジプシー(ロマ)はどうなんだという話になる。また、ただ虐殺に至るプロセスを記述するのではなく、その背景にある食糧問題や政治課題、重工業化や戦争経費の捻出など様々な要素も一つ一つ検証しているので、一見散漫にも思えるが、網羅することが目的である以上は欠かせないのだ。非常に辛い内容が続くのは確かだが、記述は淡々としながら、専門的すぎることもなく、普通に読める。

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『ヒトラーの国民国家−強奪・人種戦争・国民的社会主義』 ゲッツ・アリー 岩波書店(2012)
これは非常にヤバい一冊である。先に少し書いたが、1943年の日本陸軍二等兵の給与は6円だったが、銃後の家族の生活保障として「留守宅給与」が給付された。だが、それは応召前の給与の3分の1でしかなかった。例えば、当時の小学校教員の平均給与60円で計算した場合、支給額は20円でこれを本人と留守宅でほぼ折半された。実際には他にも手当がつくので、家族が受け取るのは20円程度だったものの、夫が召集された家族は困窮するのが普通だった。ちなみに当時の公定米価は10kgで3円36銭である。これに対し、ドイツの場合、この留守宅給与に相当する所得補償が、応召前職の給与の85%もあり、さらに児童手当などもあったため、銃後の夫人は「亭主元気で留守が良い」状態にあったという。結果、ナチス政権は常に広範な支持を受け、「ゲシュタポによる恐怖支配」はあったものの、国家保安本部の規模は後の東ドイツのシュタージの100分の1程度に過ぎなかった。つまり、国民を広範に監視して強制動員する必要などなかったのだ。この場合、当然ながら、物資不足と貨幣過剰となって大インフレが起こるはずだが、外地の独軍兵士には有利な為替レートで換金された現地通貨が渡されて「爆買い」が行われ、本国に郵送ないしは手持ちで持ち込まれた。そして、貨幣安定の原資となったのは、ユダヤ人などから収奪した資産だった。こうした仕組みを知らずに、ただ倫理的に「ナチズムの悪」を弾劾しても何の役にも立たないというのが、本書を記した著者の信念のようだ。二次大戦史に関心のある者は必読の一冊と言えるが、いかんせん高すぎるのが難である。
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2017年10月16日

自由と余暇について

二言目には「経済成長ガー」という人が結構いるのだが、人口減時代にGDPを増やす方法は限られている。第一は労働生産性を高めること。第二は技術革新を進めること。だが、超長時間労働が許容され、規制されない中で労働生産性が高まることは無い。また、部活動と学校行事で月曜から日曜の朝から晩まで学校に拘束されるような教育では、技術革新の元となる創造性が育まれない。つまり、現行のままでは不可能なのだが、理解されていないのか、故意に無視されているとしか思えない。

経済成長の根幹となる技術革新に最も必要なのは創造力であり、その創造力は自由な発想の下で生まれる。故に全体主義、権威主義国家では技術革新が起こりにくいとされる。その自由な発想は、人が持つ自由な時間に着想される。ところが、日本の学校や会社は、「兵隊を遊ばせておくと士気が弛緩する」という兵営と同じ考え方なので、「いかにして24時間、生徒と社員を管理するか」という発想の上に成り立っている。それは、言語的にも表れていて、英語の"Leisure"は、日本語では「余暇」と訳されるが、英語のそれが「解放」「自由」を語源とするのに対し、日本語は「作業に従事していない時間」を意味する。こうしたことを理解していない連中が、いくら経済成長や技術革新を言いつのったところで何の意味も無いことは明らかであり、この辺も22日の投票基準にして欲しい。
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2017年08月07日

勉強と部活の何故

この間、何人かから「子どもが勉強しない」旨の愚痴を聞かされる。みな私と同程度の高偏差値大学を出ているが、ガリ勉タイプではなく、どちらかと言えば「趣味人」の部類に入るだろう。つまり、さほど親にギャーギャー言われずとも必要最低限の勉強はして、そこそこの成績を収めていた者たちである。

具体的な話をすれば、ケン先生の中学・高校の場合、1学年170人前後で毎年東大に数人入る程度の緩い進学校だったが、自分で試験毎に「50位以内なら十分、それ以下なら次は頑張ろう」的な基準をつくって、親にとやかく言われることもなかった。親からすると、「もう少し頑張ればいいのに」と思っていたそうだが、私的には「頑張ればもっと上に行けるかもしれないが、最も効率の良い勉強と成績はこれ」ということで、遊び(当時からシミュレーションゲームとRPG)に重点を置いていた。文句を言われること無く、自分も安心して遊べる環境を確保するために、自分で自分を最適化させていたのである。

こうした人間からすると、そもそも勉強しない子どもに「勉強させる」のは至難のことなのかもしれない。「勉強しないで平気でいられる」理由が分からないからだ。
基本的に義務教育の勉強は「誰でもできる」ことを想定してカリキュラム等が設定されており、「頭が良い(演算力がある)」か「努力する(労働を厭わない)」のどちらかがクリアされていれば十分(出来ないわけが無い)なのだが、どちらも無いとなると親としては頭が痛いだろう。

勉強はホワイトカラー事務職の前提能力であり、勉強ができないことは、事務能力が無いに等しい。例えば、文書を読み、作成するのも、自分で計算したり、他人の計算が正しいかどうか判断するのも、全て勉強ができるかどうかで判断できる。また、事務作業や技術をマスターする過程は、勉強のそれであり、勉強ができない人間は作業方法や新技術のマスターに大きなコストがかかることを意味する。確かに、勉強は企業人としての能力の高さを保証するものではないが、事務作業能力や社会人としての最低能力を保証するものではあるのだ。
ところが、技術革新によって事務職の需要が急低下しているため、中途半端な勉強は費用対効果が減じてしまっているところに、「勉強しないと良い会社に入れない」と言えない難しさが生じている。究極的には、勉強によって担保されてきた事務作業は殆どAIにとって替わられ、生身の人間を必要とするホワイトカラー分野は非常に小さくなって行くと考えられるからだ。
従って、申し訳ないが、私も今のところ解答を持たない。

勉強に対して部活動は、超長時間労働に耐える体力と奴隷根性を養成するために学校教育で(実質的に)必修化されているが、こちらはブルーカラー肉体労働の基礎能力養成を目的としているため、肉体労働の需要が低下している今、こちらも無駄な時間と労力を費やすだけの存在になっている。
とはいえ、日本企業では、ホワイトカラー事務職でも規格外の残業や営業が強いられるため、運動部系の部活動経験者が人事に好まれるところとなっており、財界もまた学校における部活動を推奨している。
ところが、日本の部活動は人間の個性を否定し、自由な思考と自主性を奪うためのシステムであるため、会社に服従する奴隷的人間は養成できても、自分で判断して行動し、想定外の状況に自律的に対応できる人間は決して育たない。
結果、部活動が活性化すればするほど、「使えない」労働者が増える構造になっている。従来の肉体労働や事務作業の大半を機械が担うようになったため、奴隷的人間は不要になっているにもかかわらず、日本の教育システムは以前のままに置かれている。財界も官界も政界も、「自由な市民」による批判や反乱を恐れるあまり、奴隷養成システムの改革を拒んでいるわけだが、それが日本社会と市場をますます疲弊させている。

また、日本型教育システムは後期中等教育(高校)と高等教育(大学、大学院)の国際的評価が非常に低い。これは、日本の高校と大学が、中学校の奴隷教育の延長にあり、知識の詰め込みと奴隷根性の涵養に重点が置かれているためだ。

欧米の大学の場合、授業では例えば「1円を1億円にするためには何を為すべきか」みたいな課題が出され、学生は「砂漠を彷徨う金持ちに水を1億円で売る」とか「地中海を漂う難民を奴隷商に売る」みたいな意見を次々と開示、その是非や評価を学生同士で議論させ、教員はそれを統括、総評する役割を担う。ところが、日本人学生は何一つ意見を述べることができず、ニコニコしているだけなので最低の評価しか与えられない。日本の高等教育の国際評価が極めて低く、「グローバル人材」を排出できない大きな要因になっている。
事務作業より上のマネージメント能力や創造性を必要とする仕事には、こうした訓練が不可欠なのだが、日本にはその機会が無い。

例えば、今年のフランス・バカロレア哲学試験の課題を見てみよう。文系は、
主題1 知るためには観察するだけで足りるか。
主題2 権利を全て実行することは正当か。
主題3 以下のルソー『人間不平等起源論』の抜粋を説明せよ。

理系は、
主題1 権利の擁護と利益の擁護は同義か。 
主題2 人は自らの文化から自由たり得るか。
主題3 以下のフーコー『知・身体』の抜粋を説明せよ。

フランスでは、哲学は高校の一般教科で選択科目では無い。ダンテは「哲学の教えに基づき、人類を現世的な幸福へと導くものがローマ皇帝である」(帝政論)と述べているが、日本のリーダーには人類を幸福へと導く義務が規定されていないため、「いかに奴隷をただ働きさせるか」が統治論の主題になっている。
東京五輪を、9万人の無償ボランティアと3千人の無償通訳で開催しようというのは、あまりにも象徴的だ。

結論になるが、日本の教育システムは、19世紀型のブルーカラー労働と日本型の労働集約型産業に最適化してしまったため、全く21世紀型の産業に通用しなくなっている。ところが、政官財報の腐敗テトラゴンは、奴隷養成型教育システムの上にのみ成立しているため、これを改革することは自分の首を絞めることにしかならず、それは自らベルリンの壁を壊すような話になっている。
結果、日本の産業は21世紀モデルに対応した労働者も管理職も養成できないまま、沈没への一途を辿っているのである。

【追記】
演算力の高い人間というのは本当にいるもので、私の伯父などは「指導教授に言われたから」高文試験を受けて内務省に入り、扱った法律は全てそらんじることができるので、官僚の手助け無しでその場で国会答弁できた。今話題のウェルスナビの柴山会長は「高校の同級生がみな東大に行くから」東大に入り、「指導教授に言われて」三週間過去問見ただけで大蔵省に合格したという。そんな超人に対抗する術など無いのだが、99%以上の人は義務教育中に勉強や読書の習慣を身につけないと、社会で求められるスキルを習得することができなくなってしまうか、学校時代の何十倍も苦労することになるわけ、どのような形であれ(強制力を発揮してでも)、子どもに勉強させること自体の必要性が減じているとは思えない。
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2017年07月25日

君主と籠城の関係について

「リーダーは時として配下を切り捨てる冷酷さが求められる」旨のリーダーシップ論を読んで仰天。私の知る歴史にそんな原理は無かったからだ。

日本であれ欧州であれ、古来リーダーの資質は「部下を見捨てない」点に求められた。武田勝頼が父信玄よりも版図を広げながらあっという間に滅んだのは、包囲された遠江・高天神城に後詰めを出さず、あまつさえ降伏許可すら与えなかったことに起因した。
かねてより高天神城は、武田信玄が西上作戦の折りにも陥落させることができなかったこともあって、正式な後継者では無かった勝頼はその奪取に強く執着していた。だが、重臣たちは「遠すぎて補給線が維持できない」と反対するものが多かったとされる。にもかかわらず、勝頼は信玄の死の翌年(1574年、天正2年)に大軍を率いて遠江に侵攻、高天神城を落とした。この時は、籠城していた小笠原家の一族が内応して陥落したのだが、徳川家康は織田信長に救援を求め、陥落前日には三河吉田まで後詰軍が来ていた。

その翌年、長篠合戦で武田軍は大敗し、1580年(天正8年)には徳川家康は5千人を率いて高天神城を包囲した。古来、籠城は後詰めを前提として採られる作戦で、籠城単体では成立しない。家康は、城を包囲して武田方の後詰めが出てきたところを野戦で仕留めるか、勝頼が後詰めを出さなければ遠江、駿河における武田の権威を失墜させられると考えていたものと思われる。興味深いことに、信長は家康に対して「高天神城を降伏開城させるな」旨の書状を送っている。
当時、武田家は甲相同盟の破綻から北条家とも戦端を開いており、織田・徳川連合軍と野戦するリスクは冒せなかったものと推察されるが、後詰めを出さず、かといって降伏開城の許可も出さなかった結果、籠城中の城兵の大半が餓死した挙げ句、城主の岡部元信以下全員討ち死にという事態に終わった。
その結果、勝頼は「ブラック大名」の烙印を押されて、穴山、木曽、小山田などの一族重臣層からすら見捨てられ、翌81年の「武田攻め」を迎えるところとなった。戦国期にあっては、後詰めを出さなかった主君の権威は失墜し、籠城者の離反・降伏はおろか、ドミノ倒し的に他の武将の離反を誘発する恐れがあった。

逆に長篠合戦の場合、武田方(1万5千人)が奥三河の長篠城を包囲、徳川家の主力(8千人)を誘引して決戦を迫ろうとしたところ、織田家の援軍が3万人も同行しており、それに気づかなかった武田勝頼が逆に決戦を強いられてしまった形となった。この時、家康は別働隊を編成して武田方の鳶ヶ巣山砦を陥としているが、これは長篠解放のためであり、籠城する奥平家に対する配慮と設楽原に布陣した武田軍の後背を脅かす狙いがあった。

中世欧州では、王は街の統治権や徴税権を得る代償として、住民の生命と財産を守る義務を負った。そのため、街が敵軍に包囲されたときは、国王は救援の義務を負い、それが遂行できない場合は、その街に降伏開城する許可を与えることが求められた。青池保子の名作『アルカサル−王城』はその辺の事情を見事に描いている。解囲軍が届かない、間に合わないと分かっているのに、徒に死守籠城を命じる君主は「愚昧」「暴君」と評価されたのだ。但し、異教徒相手の戦争は事情が異なったようだ。

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ベラスケスの代表作『ブレダの開城』は、三十年戦争におけるスペイン軍によるオランダ・ブレダ攻囲戦の勝利を描いたものだが、スペイン軍を率いていたのは名将スピノラだった。オランダ軍は何度も解囲を試みるも、その都度撃退され、オラニエ公ヘンドリックはブレダ市に降伏開城許可を出し、スピノラは籠城兵の健闘をたたえて掠奪と捕虜虐待を禁じたとされる。これは、憎きプロテスタント相手に、カトリック側の将軍が慈悲を示したことを讃えた作品ではあったが、城と君主の関係とはそういうものだった。

根本的には、現代にあっても同じである。1942年11月にスターリングラードにいるドイツ第6軍がソ連軍の「天王星作戦」によって包囲されると、ドイツ側は12月12日に「冬の嵐作戦」を発動して解囲を試みる。だが、スターリングラード市まで40kmのところでソ連軍に阻止され、マンシュタインはヒトラーと第6軍に「雷鳴作戦」(包囲された第6軍による自力脱出)を要請するも、認められず、解囲に失敗した。さらにヒトラーは、第6軍に降伏を許さず、文字通り死守を命令するが、43年1月31日に降伏する。捕虜となったドイツ軍人は10万人に及んだ。
この際に、ヒトラーが脱出も降伏も認めなかったことは、翌44年7月のヒトラー暗殺事件の遠因となっている。また、「空中補給で第6軍を賄う」と豪語していたゲーリング空軍元帥も信頼を失った。

現代日本は例外的な環境にある。
太平洋戦争において、太平洋の島々に配された日本軍はことごとく死守、玉砕が要求され、一切の降伏が認められなかった。フィリピン(レイテ)、マリアナ(サイパンなど)、沖縄では、海上から解囲軍が送られ、それぞれ「レイテ沖海戦」「マリアナ沖海戦」「坊ノ岬沖海戦」が生起したものの、日本側は全て壊滅的打撃を受けて敗退した。
「伝統」に従えば、解囲軍が壊滅し、さらなる後詰めが出せない以上、君主は降伏許可を出すのが筋であり、名君の条件だった。ところが、昭和帝は降伏許可を出さず、最後の一兵まで戦って玉砕することを求めたため、破滅的な結果を招いた。
歴史的には、このような勝ち目の無い戦で臣下の生命を徒に使い潰す君主は「愚昧」「暴君」とされるはずなのだが、何故か日本では「御聖断によって戦争を終わらせた名君」として評価され、軍部の戦争指導と責任についても「解体された」ことでウヤムヤにされてしまった。その結果、今日に至るまで日本の学校(特に部活動)や企業では、生命や人権を軽視する(全く考慮しないと言っても良い)教育や文化がまかり通っている。
明治以降、3千万人の人口が4倍になったことと、明治体制下で全てが天皇の私物とされてしまったことが、大きく影響しているものと思われる。そして、明治体制を否定せぬまま、敗戦によって形式的にデモクラシーが導入された結果、非人道的な弊害が見えない形で温存されてしまったのだろう。

城ではないが、1979年にソ連がアフガニスタンに軍事介入したのは、「友党を見殺しにすべきではない」「アフガニスタンの混乱を放置すれば他の社会主義国も動揺する」というスースロフの意見に象徴されるように、「同志友邦の苦境を放置し、救難依頼を無視した場合、社会主義陣営の頭領としての権威が失墜する」という感覚が、共産党政治局で共有されていたことが大きい。
実際、「ベルリンの壁」崩壊前に東独でKGB要員として勤務していたプーチン氏は、「(ソ連共産党)党中央がSEDを見限って事態を放置した時に、党と国家(ソ連)を見限った」と回想している。
これらのことは、共産主義者ですら「同志・同胞を見殺しにすることは許されない」旨の倫理を持っていたことを示している。その意味でも、現代日本人だけがよほど特異な文化、社会環境に置かれていることを示唆している。
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2017年06月29日

5、6月の読書(2017)

さすがに会期末で多忙だったせいか、本を読むゆとりも無かったらしい。さっさと都議選も終えて勉強したいが、いよいよ地下潜伏の準備もした方が良いのだろうか。

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『戦史ドキュメント川中島の戦い』上下 平山優 学研M文庫(2002)
『武田氏滅亡』でいまや武田研究の第一人者になりつつある平山氏による「川中島の戦い」。だが、題に偽りありとまでは言わないが、武田氏による信濃併合の過程を追ったもので、川中島戦役は下巻の後半部にしか出てこない。上巻の前半は信虎以前の歴史を述べており、全体に冗長な割に肝心なところはアッサリしている観がある。とはいえ、『甲陽軍鑑』に頼り切ることなく、『妙法寺記』を始め様々な寺院記録などの一次資料と照らし合わせながら丹念に全容を辿っており、丁寧な仕事になっている。私が妄想している「甲越戦争」の元ネタでもある。

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『昭和動乱の真相』 安倍源基 中公文庫BIBLIO(2006)
「日本のヒムラー」と呼ばれ、公安権力で先輩たちを震え上がらせ、獄死・拷問死の山を築いたとされる安倍源基の回顧録。恐らくはアイヒマンと同質の「暗い官僚」なのだろう。だが、単なる自己弁護の回顧録に終わること無く、自らの記憶力に頼ること無く、きちんと資料や知人に裏を取りながら記述しているので、非常に質の高い回顧録となっている。最終的には「戦時体制だから」で済まされるわけだが、そうだとしても内務官僚超エリートが戦前の流れをどう見て、何を考えていたか分かる貴重な一冊と言える。

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『張作霖 爆殺への軌跡 1875-1928』 杉山祐之 白水社(2017)
既出

『ロシア革命―破局の8か月』 池田嘉郎 岩波新書(2017)
ロシア革命100周年ということで、ソ連関連本が何冊か出ているが、とりあえず話題の書を手に取ってみた。ロシア革命における二月革命から十月革命に至る過程を、主に臨時政府の視点から追っている。従来圧倒的多数だったボリシェヴィキ史観から距離を置いて、むしろ「制御不能に陥って破局に向かう8カ月」という流れになっている。とにかく記述が明確で読みやすいので、あっという間に読み終えてしまった。確かに非ボリシェヴィキ系の資料をふんだんに使っていて斬新で面白いといえば面白いのだが、あまりにもドラマティックな仕上がりになっていることや、フリーメーソンなど「それは必要な要素なのか」という点が強調されていたりと疑問もある。著者の基本的な姿勢は「エリートが教育の無い民衆のポピュリズムを制御できなくなった」というものだが、私が本ブログで1980〜81年のポーランド危機を分析した通り、あるいは今日の欧米諸国にも類似点を見つけられるが、仮に一定の教育があったとしてもエリートがポピュリズムを制御できなくなるケースはあると思われる。この点は別途論じたい気もする。新書としては十分な価値があるとは思うが、ソ連学徒としては色々議論してみたい箇所も多い。
posted by ケン at 01:00| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする