2017年04月25日

山崎雅弘 「天皇機関説」事件

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『「天皇機関説」事件』 山崎雅弘 集英社新書(2017)
【目次】
第一章 政治的攻撃の標的となった美濃部達吉
1 貴族院の菊池武夫が口火を切った美濃部攻撃
2 美濃部攻撃の陰の仕掛け人・蓑田胸喜
3 美濃部達吉が述べた「一身上の弁明」
4 当代随一の憲法学者・美濃部達吉
5 国会の内外でエスカレートする「美濃部叩き」

第二章 「天皇機関説」とは何か
1 天皇機関説と天皇主権説(天皇神権説)
2 上杉慎吉と美濃部達吉の「機関説」論争
3 文部省も加わった天皇機関説の排撃運動
4 美濃部擁護の論陣を張った「帝国大学新聞」
5 昭和天皇も認めていた天皇機関説の解釈

第三章 美濃部を憎んだ軍人と右派の政治活動家
1 「陸軍パンフレット」に対する美濃部の批判
2 軍人勢力各派は「機関説問題」にどう反応したか
3 右翼団体による「機関説排撃運動」のエスカレート
4 騒動を岡田内閣打倒に利用しようとした立憲政友会
5 美濃部が『憲法撮要』に記した「統帥権」の意義

第四章 「国体明徴運動」と日本礼賛思想の隆盛
1 次第に追い詰められた岡田啓介首相
2 急激に力を持ち始めた「国体」というマジックワード
3 岡田首相の第一次国体明徴声明の発表
4 さらに激しさを増した美濃部と機関説への糾弾
5 消えかけた火を大きくした美濃部の「第二の弁明」

第五章 「天皇機関説」の排撃で失われたもの
1 窮地に立った岡田内閣と第二次国体明徴声明
2 天皇機関説事件から二・二六事件へと通じた道
3 美濃部の学説と共に排斥された、自由主義と個人主義
4 際限なく称揚される「天皇」「国体」という錦の御旗
5 実質的に機能を停止した日本の「立憲主義」

『戦前回帰』『日本会議 戦前回帰への情念』で軍事史以外の分野でも論壇デビューされた山崎雅弘氏の新著。
1935年春に起きた天皇機関説事件を概観した新書だが、本件を中心に据えた書は1970年の宮澤俊義『天皇機関説事件―史料は語る』以外に殆どなく、約50年を経て新たに光を当てている。

天皇機関説事件は、戦前期に「軍部独裁」が確立してゆく過程に生起し、明治憲法の立憲制や権力分立を否定し、形式上は天皇に権力を集約させつつ、実権は軍部を中心とするエリート官僚が掌握する結果となった。つまり、明治体制なりの分権体制から昭和の権力集中体制に移行する理論的転回の転機となった事件と言える。
1935年2月、貴族院で菊池武夫議員が美濃部達吉議員(東京帝大名誉教授)の天皇機関説を攻撃したことに始まり、「国体を否定するもの」「国賊」「学匪」などといった非難、攻撃が激化、美濃部家には続々と脅迫が届き、本人や家の周囲に不審者がつきまとうようになった。甚だしきは、文部省から「右翼テロに注意するよう」旨の警告に続いて「転向」を求める文書までが来たと言われる。
ところが、実際には美濃部説は当時の学界、官界における通説で、官僚採用のための高等試験も全てこれに基づいていた。しかも、当の貴族院では美濃部が自説を説明したところ、大きな拍手が起きて理解を得たはずだった。にもかかわらず、美濃部は不敬罪で告発され、マスゴミの攻撃にさらされ続け、ついには貴族院議員を辞任、その後右翼テロリストに銃撃されて重傷を負った。その間、政府は「国体明徴声明」を出して美濃部説を否定している。恐ろしいことに、美濃部を負傷させた銃撃犯はついに逮捕されず、同じく銃撃し命中しなかった犯人は懲役3年で済んでいる。
(中略)
昭和のテロリズムは、個々の政治家や財界人や学者を死傷させたことではなく、明治憲法に明文化されていない多元支配の構造(明治末年から大正期にかけて理論化された)を否定し、天皇による一元支配と擬装された軍部支配を実現した点に真の効果がある。同じ意味で、大正期の国際協調主義を否定し、軍国主義を促進させた点も大きい。テロルの副次的効果として、マスコミが便乗して大衆を扇動、リベラル派の知識人が沈黙し、官僚が自らこぞって国家主義・軍国主義に転向していった。また、(左翼)テロに対する警戒を理由に治安維持法などが制定されて恐怖支配が正当化された。
テロルの効用について(2014.10.2)

本件は満州事変や226事件のようなドラマティックな展開があるわけではなく、弾劾された美濃部博士もテロルに遭ったとはいえ、殺害は免れた上、当局に逮捕・収監されたわけでもないため、「悲劇のヒーロー」に祭り上げられることもなく、非常に地味な出来事にされている。だが、ソ連史で言えば、トロツキー追放やブハーリン裁判に匹敵する転機の一つであり、これを無視して戦前史は語れない。

今日的には、パックス・アメリカーナによる国際秩序が瓦解しつつある中にあって、日本の国力も低迷する一方、中国の影響力が急速に拡大、冷戦期の対立構造から脱却できない日本は、非常に大きな緊張下におかれている。国内でも貧困が蔓延し、経済格差が拡大して、社会不安が広がっている。結果、分権的なデモクラシーに対する否定的見解が広まり、自民党と霞ヶ関に権力を集中して「危機」を乗り越えようとする考え方が支持を集めつつある。つまり、戦前期とよく似た政治、国際環境の中で、似たような社会風潮が醸成されつつある。天皇機関説事件を俯瞰する意義はそこにある。

本書は、事件の時系列を正確に追いながら、様々な勢力の様々な思惑が交錯する複雑な背景にも焦点をあて、複合的に解説、事件の前後で何が変わったのか明快に説明している。
宮澤『天皇機関説事件』は、いかんせん当事者の一人(美濃部の弟子にして反逆者)である宮澤が著者であるため信頼性に欠ける上、法律家であるため資料の羅列と訓詁学的解説に終わっている。宮澤の問題は後でまた触れるが、上下二巻を読むのも一苦労な代物なので、山崎氏の新書は大きな意義がある。

ただ、新著という制約もあって、惜しい点もある。天皇機関説事件の意味するところ、経緯、人間関係、勢力図などは端的に説明されているが、「なぜ事件が起きたのか」「なぜ権力の集中が求められたのか」などの背景説明が十分とは言えず、ある程度の前提知識が無いと大局的には理解できないかもしれない。

私なりに補足しておくと、日本は第一次世界大戦で生産力を大きく拡大させたものの、同大戦の終了により需要が急低下して、大正デフレ(慢性不況)が生じる。1920年代は、国際協調路線により、英米圏の市場を利用することで破断界を免れたものの、それも1929年の大恐慌の勃発により頓挫する。国内に目を向けてみると、デフレと緊縮財政と大正軍縮によって、不景気が長期化し、軍人(退役者を含む)を中心として国民の不満が高まっていた。
世界恐慌を受けて英米が自由貿易から保護貿易・ブロック経済に転じる中、日本政府は為すすべを持たず、軍部の暴走が始まる。軍部は世界恐慌から国際緊張が高まると判断し、再度の大戦勃発を念頭に必要な軍事力を担保しつつ、独自の経済圏を確立する方策を模索する。

海軍は、「米英との手切れ」を想定して軍拡が不可欠と考える艦隊派と、「国際協調はまだ可能」と考える条約派に二分していたが、1930年のロンドン会議の時点では条約派がやや優位にあり、民政党浜口内閣と連携して軍縮条約を締結させた。これにより軍拡競争は避けられたものの、艦隊派には強い不満が残り、「統帥権干犯」問題の発端となった。
次いで、陸軍は満州事変(1931.9)を起こす。陸軍としては、米英との連携が難しい以上、単独でソ連の脅威から身を守る総力戦体制を築く必要があり、その経済的基盤として中国を支配下に置いて日本独自のブロック経済を構築しなければならないと考えた。だが、満州事変では、陸軍中央や内閣からの掣肘が入り、必ずしも関東軍(大陸進出派)側の満足する結果にはならなかった。

この二つは密接に関係していて、ロンドン軍縮条約が今で言う政治主導で締結されたのは、憲法の美濃部説(天皇機関説)に基づく権力分立論に依っていた。美濃部説は、軍の編成権は内閣にあるが、統帥権は軍部にあるというものだった。軍縮条約締結を受けて、大陸進出派は「統帥権の範囲ならオレ達で勝手にやっていいんだな」と考え計画したのが満州事変だった。
いざ満州事変を起こしてみると、美濃部の権力分立論が立ちはだかり、陸軍の思うようにはならない。海軍は海軍で、ロンドン軍縮条約の更改が1935年に行われるので、そこに焦点を合わせて艦隊派が挽回を図る。陸海軍は、ともに「次の大戦」を想定して編成権と統帥権の独占的行使が必要と考え、その攻撃の矛先を美濃部へと向けていった。

こうした軍部の思惑を利用したのが政友会だった。満州事変の対応に失敗し、軍部への統制力を発揮できなかった民政党若槻内閣が瓦解すると、政友会の犬養内閣が成立し、満州事変と軍部への協力姿勢を示した。ところが、軍部の若手が暴発して5・15事件を起こし、犬養を殺害してしまう。「政党政治家では軍を抑えられない」との重臣らの判断から、海軍出身の斎藤実、岡田啓介に組閣を命じるが、二人は民政党に近かった。これは「軍に近すぎる政友会は危険」との重臣らの認識に基づいていた。ところが、1932年2月の総選挙では、親軍派の政友会が圧勝、定数466のうち303議席を獲得していた。

議席の3分の2以上を有していたにもかかわらず、政権を担えない政友会は大きなフラストレーションを抱えていた。その任期は1936年2月までであり、政友会としてはゲーム的判断から、「解散させず、絶対多数を保ったまま政権を取る」ことを至上命題とし、具体的には民政党寄りの岡田内閣を徹底攻撃する戦術に出る。そこに降ってわいてきたのが「天皇機関説事件」だった。
事件は政党に関係ない貴族院で勃発するが、政友会は即座に美濃部批判を開始、在郷軍人会と連携して「国体明徴運動」を展開していった。最終的には、岡田内閣を倒すには至らなかったものの、これを屈服させて天皇機関説を撤回させることに成功した。
にもかかわらず、36年2月20日の総選挙では政友会は大敗し、民政党が議席の過半数を獲得してしまう。その6日後に起きたのが2・26事件で、軍部反乱の責任をとって岡田内閣は総辞職し、親軍派の外務官僚である広田弘毅が組閣、1年後の37年2月に総辞職するも、その半年後の37年7月に日華事変が勃発、全面戦争・戦時体制へと突入していった。
何のことは無い、政友会は自分の手で議会政治と政党政治を葬り去ったのだ。

最後になるが、資料集としては価値が認められる『天皇機関説事件―史料は語る』を著した宮澤俊義は、一般的には「八月革命説」をもって現行憲法の正統性を理論づけた法律家として知られるが、もともとは美濃部の教え子で、後継者と目されていた。ところが、事件が起きると学説を曲げ、天皇主権論に転向、師匠の排撃にも一役買った挙げ句、「皇孫降臨の神勅以来、天照大御神の新孫この国に君臨し給ひ、長へにわが国土および人民を統治し給ふべきことの原理が確立」(岩波『憲法略説』1942)とまで述べた。
終戦後も当初は「憲法改正の必要なし」との見解を示していたが、ある日突然(46年4月)「八月革命説」を唱えて憲法改正の必要性と新憲法の正統性を訴えた。八月革命説については「日本国憲法は欽定憲法だった!」を参照のこと。
自らの師匠を追放し、その地位に収まった挙げ句、自説を二転三転させてなお「(現行)憲法の擁護者」のスタンスをとり続けたのが宮澤だった。ほとんどフーシェ並の厚顔無恥ぶりであるが、この手の機会主義者(クズの本懐)どもが作り上げたのが戦後民主主義であることを思えば、容易に瓦解しそうなのも頷けるであろう。

【追記】
事件に際しては、検察から「起訴する」と脅されてやむなく一切の公職から身を引いた美濃部だったが、その胆力というか頑固さは凄まじいものがある。長男・亮吉(経済学者、人民戦線で弾圧、戦後都知事)の回顧によると、戦時中は吉祥寺に住んでいたが、近くに中島飛行機の工場があったため(現ICU)、頻繁に爆撃を受け、そのたびに家鳴り震動して窓ガラスが割れたが、美濃部は頑として座敷から離れようとせず、決して防空壕には入らなかったという。

posted by ケン at 12:56| Comment(2) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月13日

修士号は論文不要だった件

【大学院、来年度から修士論文不要に 試験などで審査】
 文部科学省は26日、大学院で修士論文を作成しなくても修士号を取得できるよう省令を改正する方針を決めた。博士号取得を目指す大学院生が主な対象で、論文の代わりに専攻だけでなく関連分野も含めた幅広い知識を問う筆記試験などを課す。大学院の早い段階から専門分野に閉じこもるのを防ぎ、広い視野を持つ人材を育てる狙い。来年度から適用する。
 現在の大学院教育は、2年間の修士課程と3年間の博士課程に分かれるのが一般的。省令の大学院設置基準では修士論文を提出して審査に合格することが事実上、修士課程を修了する条件になっている。
 文科省は同基準を改正。「博士論文研究基礎力審査」と呼ぶ試験に合格すれば修士号を得られるようにする。審査は筆記と面接で、博士課程で学ぶのに必要な専門分野と関連分野の知識、研究を自力で進める力などを判定する。
 修士課程2年の春から夏に筆記、冬に面接を行うことを想定。博士課程は別の大学院に進みたい場合、入試も受ける必要がある。博士課程に進まず就職する大学院生も多いことなどから、修士論文の提出を条件とする従来方式も認める。
 修士論文を実質的に不要にするのは広い視野と能力を持った人材を育てるのが狙い。従来の修士課程は論文作成のため早い段階から特定の研究室に所属して研究テーマを絞ることが多く、博士課程を終えても産業界から「専門分野には詳しいが応用が利かず、使いにくい」と評価されてきた。
 同省は審査の導入に合わせ、修士課程の教育内容の見直しを各大学に促す。院生が分野を超えて複数の研究室で学べるようにし、専門だけでなく関連する分野の知識も身に付けさせる。将来的には5年一貫教育で博士号の取得を目指すコースを普及させたい考えだ。
 大学院設置基準の改正案については年明けにも国民から意見を募集。その結果を踏まえて来年3月までに改正したい考えだ。
(2011/10/26、日本経済新聞)

「水は低きに流れる」の典型。
5年以上前の記事になるが、自分もすっかりアカデミズムから遠ざかっていたせいか、チラとは耳にした様な気もするのだが、十分認識していなかったので掲載しておく。
現実に基準を合わせると、理想が瓦解する。考えてみれば、自分などが修士課程を修了できた時点で、いずれこうなることは避けられなかったのかもしれないが。
自分が入院した際に、最初に教わったのは、「修士課程で学術論文の読み方と書き方を覚え、博士課程で論文作成を実践する」だったが、あれは一体なんだったのか・・・・・・

確かに現実には、修士学生を水増しした結果、特に留学生の論文など「日本語として読めればまだマシ」というレベルで、そもそも学術論文の形式すら成立していない、学部の卒論レベルにすら達していない感想文水準のものが横行していた。
私が在籍したのは、一応国立の一流大学と言われるところだったので、まだマシな状況にあったが、同時期あるいは後日相談された私立大学の場合、「六大学」級ですら、日本人学生の「論文」が学術論文の形式を満たしておらず、先行研究すら十分に把握されておらず、とても読めたものでないことに驚かされた。しかも、それが平均、一般的と言われ、「終わっているな、どうしてこんな事態になったのか」と思ったものだった。
修士レベルの論文など、「先行研究が適切に追えていれば7、8割完成」と言われるくらいで、形式と手順さえ教えてやれば、「(大学院に入る頭脳があれば)誰にでもできる」と思っていたのだが、どうもそうではなかったらしい。

とはいえ、考えてみれば、私の時代でも院生と留学生が水増しされたせいで、「教授1人に院生と留学生10人」などという状態が当然のように存在していた。かつては「教授1人に博士課程1人、修正課程1〜2人」程度が普通であったのだから、単純に考えて、3分の1以下に水で薄められていると見るべきなのだろう。そうなると、教授が指導できる部分などごくわずかとなり、文字通り形式と手順だけ示して、「あとは自分でやってくれ」と言うしかなくなる。私などは、他の同期や後輩の院生の指導までさせられていたが、殆ど「新兵が新兵の教導を行う」ような話だった。
国立の一流大であれだったのだから、「他は推して知るべし」だったのだろう。

そう考えれば、「基準を現実に合わせる」として、論文審査を廃止するのは現実的な対応なのかもしれない。だが、これは「受験科目に英語があるため、志願者が陸士に流れてしまう」として「英語廃止」を主張した海軍軍人と同じ過ちを犯している。司法試験を緩和して弁護士を増やした結果がどうなったかを想像しても良い。
だが、院生と留学生の水増しは、そもそも大学側の財政事情と、文科官僚の「関東軍的発想」に起因する合成の誤謬であり、高等教育行政のパラダイムシフト(中央統制の廃止)なくしては改善不可能だろう。
色々な意味で「終わっている」のかもしれない。
posted by ケン at 12:47| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月11日

1、2月の読書(2017)

ロシア革命100周年ということで、色々な本が出ているみたいだけど、まずは様子見。

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『超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条』 フィリップ・E・ テトロック、ダン・ ガードナー 早川書房(2016)

既出

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『人質の経済学』 ロレッタ ナポリオーニ 文藝春秋社(2016)
「欧州難民問題の構図」の元ネタ。犯罪、テロと見られがちな人質誘拐を「ビジネス」「経済」の視点から解析する意欲的な一冊。少なくとも「経済学」ではないのだが、ジャーナリズムを重視しつつもセンセーショナルに傾斜することなく、中東・アフリカの貧困が誘拐や海賊をビジネスとして成立させ、欧米の対応がそれを加速させている事実を淡々と指摘してゆく。ジハーディストの資金源がどのように形成されているか、実は米欧も「一蓮托生」であることなど、非常に納得度の高い一冊に仕上がっている。特にGMT「ラビリンス−テロ戦争」のプレイヤーは必読。

『データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』 矢野和男 草思社(2014)
身体に装着して人の行動の様々なデータを恒常的に計測する「ウエアラブルセンサ」を用いて収集したビッグデータを解析することで、行動経済学や心理学などで仮説とされたものを立証してゆく。「人は効率的に時間を使えるのか」「職場の生産性を高める要素は何か」「従業員は何によって幸福を担保されるのか」など、それぞれ回答は意外であったり、陳腐だったりするわけだが、科学的データを用いて説明しているので、一定の説得力がある。だが、「科学、科学」と言われると、逆に胡散臭く聞こえてしまうところがあり、ナゾである。

『ベトナム戦争―誤算と誤解の戦場』 松岡完 中公新書(2001)
ベトナム戦争を最新の視点からシミュレートしたGMT「Fire in the Lake」を購入しようとしたところ品切れだったので、できるだけ新しい解説書を読んでおこうと思った次第。ベトナム戦争終結から40年以上経ち、日本では完全に風化が進み、特に冷戦後などに公開された新資料が膨大にあるにもかかわらず、それを用いた研究は多くない。本書はその貴重な一冊で、良いバランスでまとめられており、「おさらい」を兼ねて最良の選択と言えそう。ただ、著者は冷戦研究者のようなのだが、かなり米国寄りの視点になってしまっており、今どきスターリンを「独裁者」などと書いてしまっているのは、ソ連学徒として噴飯ものだ。

『考証 日ソ中立条約』 ボリス・スラヴィンスキー 岩波書店(1996)
グラスノスチとソ連崩壊を経て(一時的に)公開されたソ連の外交文書を駆使して書かれた、主にソ連側から見た日ソ中立条約の研究。格別な新事実や驚きがあるわけではないが、ソ連側当時者たちの生々しい発言や思考が確認できると同時に、日本側の外交担当者がいかに(バレバレの)二枚舌を駆使して条約締結と維持に努めたかが良く分かる。日ソともに1941年春期の国益を追求した結果、条約締結に至っただけの話で、ソ連側としては日米が開戦して日本が敗勢に至るまで、日本による条約破棄、極東侵攻をずっと警戒し続けていたことが実感できて興味深かった。
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2016年12月30日

2016年の読書から

今年は若干読書量が少なめだったかもしれないが、自戒を込めて数冊、お勧め本を挙げておきたい。
明日は更新できるか分からないので、読者の皆さんも良い年をお迎えください。
本年はおつきあいいただきまして、ありがとうございました。

『代議制民主主義 - 「民意」と「政治家」を問い直す』 待鳥聡史 中公新書(2015)
デモクラシーに対する不信が高まり、ポピュリズムが蔓延、強権的なリーダーが目立つ中、代議制民主主義とは何か、何を目指す制度なのかを再検証している。直接民主主義が物理的に不可能な中で、有権者は政治家に政策決定や官僚監視を委任し、政治家は官僚に政策実行を委任すると同時に、有権者に対して説明責任を負う。だが、どのようにして政治家を選出し、政治家に何をどこまで委任するかについては、様々な制度が存在している。この委任と責任の関係を、良く整理して明快に説明している。新書としては、非常に濃い内容だが、プロフェショナルとしても考えさせられるところの多い一冊である。

『「大日本帝国」崩壊 東アジアの1945年』 加藤聖文 中公新書(2009)
日本本土を始め、帝国内の領土・植民地がどのように敗戦を迎え、対応したのかという珍しいテーマを扱う。在外日本人の安全を保障し、引き上げる作業。突然日本国籍を失い、植民地支配から「解放」されるも、全く先の見通しがなくなってしまう在外領土、ソ連に編入される樺太と千島など、通常の歴史研究が見落としがちなケーススタディをまとめた一冊。

『超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条』 フィリップ・E・ テトロック、ダン・ ガードナー 早川書房(2016)
既出。

『黒い巨塔 最高裁判所』 瀬木比呂志 講談社(2016)
小説ではあるが、一般人には全く馴染みの無い司法がどのような仕組みと論理で動いているかが描かれている。小説技法としては説明過剰で微妙な気もするし、人物造形もややステレオタイプ的ではあるが、そんなことはどうでもいい。著者自身が言っているように、新書で司法の組織構造は説明できても、中にいる人間、裁判官や事務官がどのような論理や習慣で動いているかについてまでは説明できない。形式的には憲法で三権分立が保障されているにもかかわらず、なぜ行政と一体化しているような判決ばかりが出るのか、漠然と想像していても、本書を読むと「なるほど、そういうことか」と納得がゆく。多少スターリン研究にも従事した私からすると、日本の司法はソ連のそれと非常によく似ていることが分かる。原発訴訟など、ブハーリン裁判と同じではないかと。国粋主義、権威主義とはまぁそういうものなのだろう。

『灰と幻想のグリムガル』 十文字青 オーバーラップ文庫 既刊9巻
今春放映されたアニメの原作。基本的には最近流行のオンラインRPG世界におけるファンタジーなのだが、戦闘の地味さと登場人物の感情表現の微細さが際立っている。パーティーのメンバーは主人公を含めて、何一つチート的な能力も装備も持っておらず、ゴブリン相手に延々と苦労する始末。最初の方などは、6人パーティーなのに「ゴブリン2体とかちょっと無理じゃね?」くらいのノリで、新選組の「3対1原則」も真っ青なところから始まっている。もともと私は、高い能力を有する主人公がチートな装備を持って、圧倒的な強さを誇る敵をバッタバッタとなぎ倒してゆく式の少年漫画のノリに飽き飽きしていただけに、「超弱い主人公が、仲間と協力して、弱っちい敵を超苦労して倒す(倒せないこともあるし、味方もやられる)」という、本作の「リアリティ」に思わず、「これだよ、これ!」と快哉を上げてしまった。

『りゅうおうのおしごと!』 白鳥士郎 GA文庫 既刊4巻
昨秋始まった「のうりん」の白鳥先生の新作。白鳥先生らしい取材力がよく反映されている。設定や演出にラノベ要素が用いられているものの、骨格部分はなにげに手堅い作品に仕上がっている。多少の将棋知識があればニヤリとさせられる表現、熱い少年漫画展開、白鳥製変態描写など、無数の魅力があり、「名作」レベルの出来になっている。敢えてコテコテの関西(将棋会館)を舞台にしているところも面白い。

『虚構推理』 原作/城平京 漫画/片瀬茶柴 講談社コミック 既刊5巻
『絶園のテンペスト』城平先生の小説を基にした漫画。片眼、片足を失って「智恵の神」となったヒロインと、先祖伝来の秘法をもって「死なない肉体」を持った主人公が、怪異の謎・虚構の原理に挑む。RPG好きとしては、城平先生のプロットの置き方にいつも感動しているが、本作も「絶園」ファンなら必読デス。
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2016年12月27日

米国の大学の授業で使われる文献

米国の大学の授業でよく使われている文献トップ100」なる面白いサイトを紹介してもらったので、ここでも紹介したい。
「Open Syllabus Explorer から、米国の大学に限って、授業で教科書としてよく使われている文献を1位から100位までリストにしたものである」との説明。ここでは1位から10位まで引用したい。

1. ストランク『英語文章ルールブック』
2. プラトン『国家』
3. キャンベル『生物学』
4. マルクス『共産党宣言』
5. アリストテレスの倫理(学集)
6. マキアヴェリ『君主論』
7. ホッブス『リヴァイアサン』
8. ソポクレス『オイディプス王』
9. シェリー『フランケンシュタイン』
10. トゥラビアン『シカゴ・スタイル 研究論文執筆マニュアル』


英文実践を除けば想像以上に古典、それも古代ギリシア系が多いことに驚かされる。やはり欧米の学生にとっての基礎文献、基礎知識はそこなのだろう。同時に、意外と文学の講読が多いようで、日本の大学とは異なるようだ。全体の印象としては、英米系に偏り過ぎなのが気になるところではあるが、「基礎を徹底的に」というスタンスには非常に好感が持てる。あと、歴史関係が恐ろしく少ない点も、「アメリカだなぁ」と思わせる。
米国の大学で教えたこともある妹にも感想を聞いてみたいところだ。

アジアの某国ではカリキュラムの何分の1かが英語の勉強で、でもシェークスピアなんて無駄だから簿記をやるとかいう大学が一般的らしいから、えらい違いである。
だが、いま学校で学ばれている実学など20年以内に相当数がAI化されると思われるだけに、AIでは代用できない基礎体力、即ち思考回路の深層性や重層性を強化してこそ高等教育の存在価値も残るはずだが、日本の文部官僚や大学人にその認識は無さそうだ。そもそも文科省が高等教育に介入している時点で「終わっている」のだが。
つまり、日本の教育にはいかなる未来も無いと予測される。

ちなみにケン先生の場合、上記10点のうち『共産党宣言』と『君主論』は高校時代に読んでいる。プラトンは岩波文庫を手に取ってみたが、読みづらくて諦めた。
さらに高校のフランス語では、バルザック、プルースト、カミュ、サルトルなどを原語で読まされたが(もちろん一部抜粋)、プルーストは「死ねばいいのに!」というくらい最悪に退屈だったし、サルトルの仏語は訳が分からなかった記憶がある。読みやすかったのはカミュで、そのおかげで大学に入った後も(日本語で)評論集を読みあさった。どうせならデュラスとかアルトーを原語で読みたかったが、「読みたきゃ自分で読め」と言われるのがオチだろう(笑)
高校の外国語で原書講読は相当にハードルが高く、しかもいかなる実用性も無いのだが、実は「基礎体力・知力を身につける」点では意外とバカにできないのではないか、と最近は感じている。

自分は大学(学部)では、言語や必修の授業以外は超適当にやっていた、(当時としては)ごく一般的な学生だったが、周囲のものよりは本を読んでいたと思う。大学というのは、読書を習慣化する最後の機会であり、これを逃すと殆どの場合、読書するのが苦痛になってゆくようだ。私の母などは70を過ぎても凄まじい読書量だが、そこまで行かなくとも初老を過ぎた私が仕事を抱えながらも最低限の読書を続けていられるのは、高校と大学で読書を習慣化できたことが大きい。

末尾に学部時代に自分が読んだ本の一端を紹介しておきたい。今から思えば、異端過ぎて恥ずかしい独自路線ではあるが、しかもロシア語科だったのにフランス文学ばかり、何と言うか「中二病」ならぬ「大三病」って感じ(爆)

ジョルジュ・バタイユ『ジル・ド・レ論』『眼球譚』『無神学大全』
アルベール・カミュ『反抗的人間』『異邦人』
マルキ・ド・サド『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』
アルトナン・アルトー『ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』
マルグリット・デュラス『破壊しに、と彼女は言う』『モデラート・カンタービレ』
カール・シュミット『政治的ロマン主義』『パルチザンの理論』
ホセ・オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』『反文明的考察』
レフ・トロツキー『永続革命論』『ロシア革命史』『わが生涯』
コリン・ウィルソン『現代殺人百科』『右脳の冒険―内宇宙への道』『宗教とアウトサイダー』
澁澤龍彦『神聖受胎』『人形愛序説』『異端の肖像』
posted by ケン at 12:24| Comment(3) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条

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『超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条』 フィリップ・E・ テトロック、ダン・ ガードナー 早川書房(2016)

今回の米大統領選の予測は、米国政治の専門家がこぞって外して、的中させたのは専門外の人ばかりだった。同じようなことは30年前にもあった。1984年夏にワシントンの要請で米国学術会議にソ連研究の専門家が集められ、「チェルネンコ後」の予測が行われた。その結果、「頑迷な保守派が登場して対米強硬路線を進めるだろう」というのが専門家内で一致した予測となった。ただ、同会議内のリベラル派は「レーガンの強硬路線を受けてソ連側も強硬路線を採る」と分析したのに対し、保守派は「完成された全体主義国家は全体主義者を選ぶ(路線転換する理由がない)」という理由を挙げた。その半年後に書記長に選ばれたのは、専門家も名前を知る程度のゴルバチョフだった。

この話がさらに面白いのは(本に記載があるわけではない)、スターリンですら1934年2月の党大会で行われた中央委員選挙において、投票総数1059のうち反対票が123から292票も投ぜられたのに対し、ゴルバチョフは党中央委員会の満場一致で書記長に選出されたことにある。
このことは、1934年のソ連におけるスターリンよりも、1985年におけるゴルバチョフの方がより多くの共産党員から必要とされたことを意味する。少なくとも1985年のソ連共産党では、「いかなる形かは別にしても、何らかの改革をしなければ体制を保てない」という認識が(自覚的では無いかもしれないが)共有されていた。同年3月に開かれた政治局会議までに、保守派は自前の書記長候補を出そうと模索はしたものの、適任者を見出せなかった。これは、「頑迷な保守派」ですら改革が不可避であることを否定できなかったことを示している。

にもかかわらず、冷戦の対手であるアメリカにあって、ソ連研究の大家たちは誰一人としてゴルバチョフはおろか改革路線を予見できなかった。要は専門家ほど「リベラルな米国人がトランプを選ぶワケが無い」とか「共産党員がリベラルな指導者を選ぶわけが無い」といった固定観念に囚われやすいということなのだ。日本で言う「木を見て森を見ず」に相当する話だが、普遍的原理のようだ。
逆に、ソ連崩壊を早期から予見していた一人にE・トッド先生がいるが、彼は人口学の大家である上、ソ連の衰退を予見した『最後の転落』を記したのは1976年で25歳のことだった。なお、ハンチントン『文明の衝突』を「妄想」とぶった切る先生も、アメリカの没落については「2050年以降」と慎重な姿勢を見せている。また、先生は2000年の来日時に「長期的なタームで見たとき、ドイツや日本のような社会において個人の安全を脅かすリベラリズム的な状況が続いたならば、極めて右傾化した不愉快な反応が生み出されてもおかしくないのです」と述べられており、凄まじい預言者ぶりを発揮している。もっとも、この点については、私も1999年に発行されたある自費出版本に「日本の自由民主主義は、ここ10〜15年程度で終焉を迎えるだろう」旨の投稿をしており、ソ連崩壊ほどの難易度ではなかったかもしれない(これはただの直観だが)。

すっかり前置きが長くなったが、本書は「専門家の予測精度はチンパンジーのダーツ投げ並みのお粗末さ」という調査結果をウリにして全米を風靡した一冊で、題名的にもキワモノ感があるものの、内容的には非常に充実したビジネス書、実践書である。予測スキルや未来予測力という、一見非科学的な能力を行動経済学や統計学を駆使して解析してゆく。
状況予測は、日頃私が本ブログで試みていることで強い関心があるだけに手にとってみた。私的に特別真新しいことが書いてあったわけではないのだが、漠然と使っていた思考法を論理立てて説明しており、改めて目を見開かされた思いだった。その主な要素は、

・直感に頼らない(直観は意味あるが検証が不可欠)
・問題を分解して複数の要素に分けて考える
・他者の視点と論理で考える(自身のスタンスに拘泥しない)
・確率論を忘れない、数字を重視する
・過去の判断や分析に拘泥しない
・予測の更新や判断の変更は当たり前


などにある。これらは私も心がけていることではあるが、本書を読んで知識・スキルとして「定着」した感じがする。私の世代になると、会社や社会で様々な判断や決断を下す地位に就く人が増えるだけに、一度本書を読んで「予測するというのはどういうことか」を再認識して欲しい。
本ブログの「米軍駐留費の妥当性について」は身内から最も好評価いただいた一本だが、具体的な数字を挙げて検証しているが故のものだろう。これに対し、親米派の外務官僚や政治家、学者は数字を否定し、「アメリカが没落するわけが無い」「日本を見捨てるわけが無い」などという観念論から入るため、専門家ほど失敗する構図になっている。
逆に1980年のポーランド危機を扱った「ポーランド危機をめぐる経済情勢」は、歴史検証ではあるものの、「後付けの智恵」ではなく、殆どを同時代のマルクス経済学者の論文に依拠しており、社会主義国といえども公開情報で同水準の検証を行うことが可能だったことを証明している。ところが、私が基にした論文群は、同時代人に完全に無視された。

この点、シミュレーション・ゲーマーは鍛えられていると言える。確率を無視して直感に頼って勝てるゲーマーはいないし、普通はドイツ軍を担当することもあれば、ソ連軍を担当することもある(武田しかやらないという先輩もいるが)。状況は刻々と変化するので、従前の判断や認識に拘泥していたら、新たな状況に対応できないだろう。これらは全て「予測力」に繋がる要素であり、それを論理立てて解説してくれる本書は、情報分析者は当然のこと、ゲーマーにとっても政治家にとっても必読と言える。
われわれは自らの予測力を高めると同時に、政治家、評論家、学者など権威とされる人々の予測を無批判に受け入れる前に、「この人物の過去の予測は正確だったのか」と問いかける必要がある。それが空疎な議論を防ぎ、予測と検証のプロセスを通じて社会が賢くなることにつながる。

【参考】 シミュレーションゲームの効用‐リスクテイクと全体最適

【追記】
わが一族は「超」かどうかは別にして凄まじい予測力の持ち主ばかりだった。その筆頭は海軍にいた大伯父で、例えば日米開戦前の1941年初めに上層部に提出された「新軍備計画論」では、来たるべき日米戦を以下のように想定している。
米国は多数の潜水艦を日本近海と日本の生命交通線に活動させ、航空機と協力し、根強く日本の海上交通破壊戦を行い、日本の物資封鎖の挙に出るに違いない。日本は国家生存と作戦遂行上の必要から、米の潜水艦と航空機の攻撃に対抗し、海上交通線の確保を必要とするだろう。この意味で、海軍の海上交通確保戦は、日米作戦中重要な一作戦だ。
(中略)
日本は、日本の生存上必要な、又戦争遂行上必要な、国としての海上補給線の確保に必要な兵力を整備することが必要である。日本が、その国家生存上と戦争遂行上、国家として日満支連絡線、それと蘭印を含む西大西洋海面の交通線の保持を必要にするので、戦時この交通線の対米軍保護を絶対必要とする。この場合、会敵を予期する米軍兵力は、航空機、潜水艦と機動水上部隊になるに違いなく、日本はこれらに対応する兵力を保持・運用することが必要である。

同年7月に開かれた局部長会議では、航空本部長として大臣に向かって「大臣あなた、こんな航空戦備で本当にアメリカと戦争できると思ってるんですか!」と怒鳴りつけたというから、75年を経た今でも子孫としては色々な意味で背筋が冷たくなる話である。

また、陸軍中野学校を出て関東軍の情報将校となった大伯父は、ソ連の参戦が近いことをずっと進言し続け、参戦後は関東軍主力が通化を目指して退却した後も新京に残って、機密文書廃棄や残務処理をした後、朝鮮商人に身をやつしながら、ソ連軍の戦線をすり抜けて後方に出た後、ひたすら東に向かって歩き、ウスリー川を渡ってウラジオストクに出て、どんな手段を使ってか日本行きの船に乗り込んで、そのまま帰ってきている。戦後は国会図書館の職員として対ソ諜報に従事した。(忠義とロイヤリティ2補
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2016年12月03日

11、12月の読書報告(2016)

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『セカンドハンドの時代―「赤い国」を生きた人びと』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 岩波書店(2016)
『戦争は女の顔をしていない』のアレクシエーヴィチ女史の新作。今作も延々とインタビューが続くわけだが、ソ連崩壊から四半世紀を経て、市井の人々が「ソ連」をどのように捉えて回想しているか、非常に興味深い。本の紹介は「21世紀に頭をもたげる抑圧的な国家像をとらえた」などと、相も変わらず西側史観丸出しだが、実際にロシアなどで高齢者に話を聞いてみると、驚くほど多くの人がソ連時代を懐かしげに語っている。果たして、実像を知らない外国人が文字情報だけでインタビューを読んで、どこまでソ連という時代を理解できるのかは甚だ疑問だが、まぁ他人事か。

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『黒い巨塔 最高裁判所』 瀬木比呂志 講談社(2016)
最高裁の調査官まで務めるエリートコースを歩んだ元裁判官が描く最高裁の実態。孫崎氏の『外務省』よろしく、小説という形にすることで最高裁判事やその組織のおぞましい姿をえぐりだしている。霞ヶ関よりもさらに密室度が高く、マスコミの監視からも完全に外れているだけに、その暴虐ぶりは凄まじいばかりのようだ。

『ユーゴ内戦−政治リーダーと民族主義』 月村太郎 東京大学出版会(2006)
ユーゴ内戦を「起こるべくして起こった」という視点から見るのでは無く、各共和国や民族派のリーダーが自己の権威を高め、権力を手中に収めるために、いかに民族主義を煽り立てていったか、に焦点を当てている。内戦が最も凄惨だったボスニアでも、直前まで連邦を維持し、民族主義に反対する声が圧倒的多数を占めていたことは、注目に値する。現在の日本を考える上で、非常に示唆に富んでいる。

『国家神道と日本人』 島薗進 岩波新書(2010)
勉強会の課題図書。まだ全然手を付けていないので内容は分からないが、大衆の政治的不満を左派が吸収できなくなっていることが問題なのに、「いかに右派がヤバいか」という勉強ばかりしていて良いのかと思う次第。

『大正天皇』 原武史 朝日文庫(2015)
舞台『治天ノ君』を観て復習することに。単行本が出たときにパラパラとはめくったような気がするのだが、改めて読んでみたいと思う。

『「大日本帝国」崩壊 東アジアの1945年』 加藤聖文 中公新書(2009)
日本本土を始め、帝国内の領土・植民地がどのように敗戦を迎え、対応したのかという珍しいテーマを扱う。在外日本人の安全を保障し、引き上げる作業。突然日本国籍を失い、植民地支配から「解放」されるも、全く先の見通しがなくなってしまう在外領土、ソ連に編入される樺太と千島など、通常の歴史研究が見落としがちなケーススタディをまとめた一冊。
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