2015年12月12日

12月の読書計画(2015)

来年早々に国会が始まってしまうので、今のうちに休暇もとって重めの本は読み進めておきたい。

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『過去の克服−ヒトラー後のドイツ』 石田勇治 白水社(2014)
先に『顔のないヒトラーたち』を観て、一度ドイツがどのように「過去の清算」を行ってきたか学ぶ必要があると考えたところ、学術的に耐えられそうなのは本書しか無かった。本書では、1940年代から80年代にいたる過程で東西ドイツが、ナチズムの「犯罪」と向き合い、イデオロギーを克服していったかを検証している。西ドイツといえども、常に「逆コース」や歴史修正主義の圧力が存在し、それと(今も)戦い続けながら、今日の欧州における地位を確立したことがよく分かる。また、東ドイツについての記述があるのも良心的だ。

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『各国陸軍の教範を読む』 田村尚也 イカロス出版(2015)
第二次世界大戦で用いられたドイツ、フランス、ソ連、日本の各陸軍の師団から軍レベルの運用に関する教範を分析して、各国軍の戦術、ドクトリンを(比較的)素人にも分かりやすく解説している。一般的にはボロクソに言われがちなフランス軍や日本軍でも、当時者たちは当時の軍の立ち位置や国際環境から合理的に判断してマニュアル化していたことが分かる。逆にソ連などは、これだけ先進的な教範がありながら、実戦に十分反映させられなかったことが哀しい。

『人間・始皇帝』 鶴間和幸 岩波新書(2015)
歴史学が止められないのは、どんな昔のことでも新発見がなされ、解釈が変わるところにある。後世の人間としては「事実」そのものが変わってしまうのだから、ますます想像が広がってゆく。本書は、従来『史記』を絶対的資料としてきた秦・始皇帝の歴史を、新たに発掘された竹簡や他の資料を精査することで、批判的に解明している。もともと『史記』は、前漢の正史であるだけに、漢朝の正統性を誇示するために秦朝の不倫と暴虐を強調する必要があった。秦朝期の一次資料を見てゆくと、やはり細かいところで『史記』とは大きく異なっており、始皇帝についても従来の暴君像の修正を迫っている。『キングダム』ファンは必読だろう。司馬遷も「鄭国渠を建設したことで関中の経済力が盤石となり、統一の基盤となった」旨を述べているらしいのだが、私も一度は見に行きたいものだ。

『戦後労働史からみた賃金−海外日本企業が生き抜く賃金とは』 小池和男 東洋経済新報社(2015)
労働経済学大家の小池先生による賃金論。日本の賃金制は果たして年功序列型だったのか。なぜ職務給では無く、職能給が広まったのか。成果主義はどうして失敗したのか。賃金制度だけでなく、労働史全体から俯瞰しているため、納得度が高い。
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2015年11月09日

プロテスタンティズム倫理の発露

【同志社大学長選、「現職」村田晃嗣氏敗れる 新学長に松岡氏】
 同志社大は6日、任期満了に伴う学長選を行い、理工学部教授の松岡敬(たかし)氏(60)が、現学長で法学部教授の村田晃嗣(こうじ)氏(51)を破り、新学長に選出された。任期は来年4月1日から4年間。今月28日に行われる学校法人同志社の理事会で正式に決定する。松岡氏は昭和54年、同志社大工学部(現・理工学部)を卒業。同志社大工学研究科博士前期課程を修了し、近畿大学工学部助教授、同志社大工学部助教授などを経て、平成10年から現職。これまで理工学部長、副学長の要職を歴任している。専門は材料・材料力学、機械要素。村田氏は25年4月に48歳で学長に就任したが、1期3年で退くことになる。専門はアメリカ外交、安全保障政策論。安全保障関連法案をめぐり、衆院平和安全法制特別委員会が開いた中央公聴会に出席し、与党推薦で賛成意見を述べたことを受け、教職員有志が村田氏を批判する声明を出していた。
(産経新聞、11月6日)


プロテスタンティズム倫理の発露という解釈でよろしいのかな?
だから当局は教授会の権限を縮小・剥奪しようとしているのだろうけど。
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2015年11月08日

オックスフォード流 自分の頭で考え、伝える技術

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『オックスフォード流 自分の頭で考え、伝える技術』 岡田昭人 PHP研究所(2015)

恩師の新著。と言っても発行から半年ほども経てしまった。私はどうにもビジネス書の類いが苦手で、評価するとしても何をどう評価したら良いのかよく分からない。

本書の場合、英オックスフォード大学において一般的に用いられている教育メソッドを、一般化して平易に説明している。この点、前著と被るところはあるのだが、「対話を通じた創造性の創出」と「アウトプットの方法論」に力点が置かれており、続編的意味合いが強い。
要は、教員に解答を求めるのでは無く、いかに自身で(たとえ正解で無くとも)解答を探り当ててゆくプロセスこそが、人間として研究者として成長を促してゆく、ということだろう。高等教育あるいは一般社会では、むしろ「正解の無い問題」の方が多いわけで、子どもの頃から「正解を探す」ことを圧倒的に重視する日本の教育システムが、なかなかグローバル水準に適合できない原因の一つになっている。
まぁ主張は十分に理解できるのだが、ゼミに学部生が何十人もいて、院生ですら10人以上いることすらあるような日本の大学では、教授と学生が一対一で密に指導を受けるような環境になく、正直なところ「オックスフォードではこうだった」と言われてもという気がする。

もう一つのアウトプットは、確かに日本人の弱いところであり、学会などの発表を聞いても、集会などのスピーチを聞いていても退屈なことが多い。また、学会や講演会・勉強会で、発表者に対する質問の時間が来ても、日本では質問者が少なく、鋭い質問となると滅多に無い。欧米人からは「野暮の典型」と思われているロシア人ですら、日本人に比べれば圧倒的なパワーを誇っている。

【参考】 ロシアと日本〜報道統制下の記者会見を比較する

「言いたいことを言う」から「聞かせる話をする」「相手の印象に残す」へと発展させないと、いつまでも「知識の詰め込み」から脱却できないという著者の危機感は十分に理解できる。アウトプットが足りないからこそ、他者からのフィードバックもなく、知識を共有し高め合うことも起きない。良いアウトプットは、良いフィードバックを伴うものなのだが、日本や中国、あるいはロシアのような権威主義的社会では、目下の者が目上に意見することが許されないため、その効果は大きく減じられている。

本書に書かれている方法論の全てを実践するには超人的能力が必要かもしれないが、少しでも心にとめて実践できる項目があれば、「十分」ではなかろうか。

【目次】
1 オックスフォードの流儀
2 オックスフォード流 成果につなげる「準備の技術」
3 オックスフォード流 自分の頭で「考える技術」
4 オックスフォード流 オリジナルな「言葉を作る技術」
5 オックスフォード流 相手を動かす「伝える技術」
6 オックスフォード流 壁を打ち破る「フィードバックの技術」
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2015年10月31日

10、11月の読書計画(2015)

国会が閉会し、ようやく一段落してゆっくり本を読めるようになった。体調も回復したし、臨時国会も開かれなさそうなので、じっくりと勉強したい。

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『監視国家 東ドイツ秘密警察に引き裂かれた絆』 アナ・ファンダー 白水社(2005)
豪州のジャーナリストが統一後のドイツでシュタージの職員や監視対象者にインタビューして回るドキュメンタリー。統一後も監視のトラウマに苛まれる被害者や、今もなお秘密警察の活動を正当化する元職員など重苦しい話が続く。監視国家や秘密警察の実態を知るには良いが、シュタージの全容や監視システムを学ぶためにはやはり学術的な研究が欲しいところ。

『ハンガリー革命1956』 ヴィクター セベスチェン 白水社(2008)
1956年のハンガリー事件の全容を追う。ドキュメンタリーだが、最新の資料やインタビューを駆使して精度を上げている模様。だが、どうしても蜂起側の視点が強く、内情だけでなく、当時の国際環境や経済情勢についても併行して学ぶ必要がありそうだ。

『東欧革命―権力の内側で何が起きたか』 三浦元博 岩波新書(1992)
旧体制の資料公開が不十分な段階での解説だが、逆に同時代ならでは臨場感がある。

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『外務官僚たちの太平洋戦争』 佐藤元秀 NHKブックス(2015)
二次大戦後に軍部が解体されたことで、日本の戦争責任は全て軍部、特に陸軍に押しつけられた観があるが、実際には、好戦的な国民世論を背景に、マスコミが煽動、軍部と外務省と議会が先を争うように侵略を進めていた。戦後の歴史評価では、吉田茂や東郷茂徳の功績ばかりが強調される外務省だが、実際は枢軸派と英米派が対立し、枢軸派が主導権を握っていた。対中交渉や対米交渉が上手くいかなかったのも、現在では全て軍部のせいにされてしまっているが、実相はかなり異なるようだ。

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『蒙古襲来』 服部英雄 山川出版社(2014)
元寇研究の最新の知見で、学術色が強いため、読みやすくは無いが、重要と判断。我々のような初老世代ではまだ「蒙古の大軍が襲来し、バラバラで統制の取れていない鎌倉幕府軍は鎧袖一触で壊滅するも、台風が来て蒙古軍の船舶の多くが沈み、撤退した」という感じで教わったが、最新の研究では多くが否定されている。まず日本側は蒙古軍襲来に向けて相応の準備をしており、上陸後も一進一退で戦っていた。また、教科書にも出ている「神風」に至っては、両軍の一次資料のどこにも見られず、後世の作り話だったことが判明している。逆に蒙古側は撤退した理由として(実際には大したことの無かった)台風を挙げていたようだ。元寇知識をアップデートしておかないと。
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2015年10月10日

アレクシエービヴィチ女史がノーベル文学賞

【ベラルーシの作家にノーベル文学賞】
 スウェーデン・アカデミーは8日、2015年のノーベル文学賞を、旧ソ連を構成したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさん(67)に授与すると発表した。 授賞理由では「私たちの時代の人々の苦悩や勇気を、多くの聞き書きを通じて多層的に描き出した」などと評価した。アレクシエービッチさんはウクライナ生まれ。ベラルーシ大学を卒業後、ジャーナリスト、教師として活動した。ベラルーシの首都ミンスク在住。第二次大戦に従軍した女性や関係者を取材した第1作「戦争は女の顔をしていない」のほか、アフガニスタンを侵攻したソ連軍の帰還兵や家族の証言、チェルノブイリ原発事故に遭遇した人々を取材した作品などを発表している。アカデミーは「作品は人々の内なる声を注意深く重ね合わせたコラージュになっている。彼女は新たな文学のジャンルを発明した。彼女の作品を本棚から外したら、そこには、ぽっかりと穴があいてしまう」と話している。賞金は800万スウェーデンクローナ(約1億1600万円)。授賞式は12月10日、ストックホルムで行われる。有力候補と目された村上春樹氏(66)は受賞を逃した。
(産経新聞、10月9日)

本ブログでもたびたび紹介してきたアレクシエービヴィチ女史がノーベル文学賞を受賞された。心からお祝い申し上げたい。その上で、私が読んだ3冊について改めて紹介したい。

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『戦争は女の顔をしていない』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 三浦みどり訳 群像社 (2008)
ベラルーシのジャーナリストであるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏が、ソ連末期から2000年代にかけて、500人以上の女性従軍兵士にインタビューし、何千という手紙を読みこんだ集大成。ソ連崩壊以降、そして死を意識する年齢に到達することで、ようやく本音の部分が吐露されるようになり、真実味と凄みが増している。100万人以上が従軍したという、世界でも類を見ない女性の動員率を誇ったソ連だったが、やはり差別や戦争後遺症の根は深かったようだ。特に、戦争終結後、「従軍していたことが知られたら結婚できないと思った」と女性が相当数に上り、みな各種の恩典を放棄しても、従軍歴を隠していたという。衛生兵や看護師だけでなく、地雷処理工兵小隊の隊長、IS−122重戦車小隊の隊長、「戦果75人」の狙撃兵など、リアルな戦場に動員された女性の肉声はあまりにも貴重。どうも本作をテーマにした映画もあるらしいのだが、この機会にDVD化されないだろうか。

『ボタン穴から見た戦争―白ロシアの子供たちの証言』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 群像社(2000)
独ソ戦の「往復ビンタ」で二度三度と戦場になった白ロシア、戦場を目の当たりにした子どもたちの生の回想をつづる。本書を読めば、『僕の村は戦場だった』や『炎628』が決してプロパガンダではなく、むしろそこかしこにありふれた話だったことが分かる。「おじいちゃんはどうして死んだの?昨日は銃殺なかったじゃん」−子どもであるが故に凍りつくような話の連続。

『アフガン帰還兵の証言』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ・著 日本経済新聞社(2010)
ロシアになってからも難しいアフガニスタン帰還兵による証言を丹念に集めたもの。
『戦争は女の顔をしていない』は、祖国の防衛と勝利のおかげで肯定的な回想が多かったものの、本書はソ連崩壊も相まって、挫折と絶望のオンパレード。今度は、米国人がそうなるのだろう。ソ連は「社会主義の兄弟国のために」、アメリカは「自由の防衛のために」、アフガニスタンに侵攻する。つくづく人間は進歩しなものらしい……本書を出版した後、著者は「帰還兵の名誉を汚した」罪で起訴され、裁判になったほどで、いまだロシアの暗部を象徴するものとなっている。

【追記】
私は反権威主義者を自認しているものの、個々人の受賞は正当な理由がある限り、否定するものではない。
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2015年09月29日

9月の読書報告(2015)

精神的にハードな一カ月で、まともに本も読めなかった。当分は政治の話なんかしたくない気分。

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『戦前回帰 「大日本病」の再発』 山崎雅弘 学研(2015)
既出

『信玄の戦略―組織、合戦、領国経営』 芝辻俊六 中公新書(2006)
タイトルに難があり、内容と異なる。基本は、最新の知見を反映させた武田信玄の通史であり、淡々と時系列的に武田氏の版図拡大を追うものになっている。筆致こそ平板なものの、内容は手堅く、戦国好きとしては知識を更新するためにも抑えておきたいところ。改めて読むと、信玄が慎重派で、国人衆を中心とする集団指導体制を重視した一方、戦略的には一貫性が無く場当たり的な印象が強いイメージ。ただし、家臣団の形成(軍制の充実)や国内統治の精緻化(特に治水と伝馬)に力を尽くしている。新書ではあるが、基礎文献としての価値があると思われる。

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『本能寺の変 431年目の真実』 明智憲三郎 文芸社(2013)
色々話題になった「歴史ミステリー」本。明智氏の末裔で在野の研究者である筆者が、後世の軍記物を排除して、可能な限りの当時の一次資料を精査、従来の定説となっている「怨恨説」や「単独犯行説」を否定、新たな説(他でも見られるものだが)を打ち出している。確かに読み物としては面白く、相応の説得力もあり、従来の説がいかにいい加減なもの(改竄された歴史)なのかは良く分かるのだが、全体としては(当然ながら)傍証と推察のみであり、途中から「ストーリーありき」の印象が強くなってしまう。「言いたいことは良く分かるんだけど……」としか言えないが、色々考えさせられるものがあり、一読に値する。例えば、「唐入りのタブー」は政治を生業とするものとして非常に納得のいくものがある。豊臣政権下で起きた粛清が、「唐入り反対者」をターゲットになされたものという解釈は、昭和前期の治安維持法を軸とした粛清が「対ソ戦論者」「対中慎重派」「平和主義者」をターゲットにしたものであったことを彷彿とさせる。古来、日本では大陸進出派と慎重派が激しく争う歴史がある。例えば、蘇我入鹿暗殺に象徴される乙巳の変では、半島積極介入派の天智天皇が主導権を握った結果、白村江の戦いに参戦し、大敗するに至った。その後に起きた壬申の乱は、大陸進出失敗の責任と政策変更を求めるものという側面もあった。西南戦争は征韓派による反乱であったし、二二六事件は対ソ戦重視派(北進論)による反乱、人民戦線事件は平和主義者(対中戦反対者)の粛清だった。今日でも先頃成立した安保法制が対中強硬論を前提としたものであることを考えれば、いつどうなるか分からないことを改めて思い知らされる。
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2015年09月06日

戦前回帰−「大日本病」の再発

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『戦前回帰 「大日本病」の再発』 山崎雅弘 学研(2015)

【目次】
第1章 戦争のハードウエアとソフトウエア
第2章 国家神道体制と「国体明徴」運動
第3章 戦後日本が怠った「OSの再インストール」
第4章 安倍政権下で再発した「大日本病」

ゲーム・デザイナーにして戦史・紛争史研究家である山崎雅弘氏の新著。
これまでの著作とは異なり、戦史・紛争の歴史ではなく、二次大戦期の日本国民を戦争に動員し、死を強要した仕組みの解明に焦点が置かれている。大日本帝国の国家原理を解き明かすことで、国民の犠牲を顧みずに戦争遂行に至上の価値を置く政府と、人命を軽視する旧軍の体質を説明している。問題意識の持ち方は、本ブログと通じるものがある。
特に国家神道と、天皇機関説(美濃部)事件に端を発する国体明徴運動が、戦時体制の構築と戦時動員の推進にどのような役割を果たしたかについて、専門的になり過ぎること無く、具体例を挙げながら分かりやすく説明されている点が秀逸。この分野はややもすると難解な宗教学の世界に入ってしまうし、歴史学者はさらっと流してしまうことが多いだけに重要だ。

また、目次的には戻ることになるが、フランス(1940年)とドイツの敗戦に至る経緯を比較することで、各国の軍隊が何を守り、誰に奉仕するための存在であったかを考察する部分は、戦史を専門とする山崎氏ならではのものだろう。
日本が国体(天皇主権)を守るために、まず国民を犠牲にし、次いで領土(沖縄など)を犠牲にしたのに対し、フランスは国民の生命と財産を守るために領土(北フランス)と国体(民主主義)を犠牲にしている。果たしてこの違いはどこから来ているのか、そして現在の日本はどうなのかが問われる。

さらに戦後日本は、GHQの指導の下、天皇の戦犯追及をかわしつつ天皇制を維持するために、軍隊を廃し、民主主義の導入を図るが、冷戦の勃発に伴い、「冷戦の前線基地」としての地理的条件が重視され、民主化・脱国家神道は不十分に終わってしまった。1960年代から70年代に至る高度成長によって、民主主義の深化は重視されないまま今日に至っている。
本書の最後は、現在の安倍政権や自民党の憲法改正案が、いかに国家神道の原理と相似性を示しているかを検証している。筆者の主張は理解できるのだが、戦後70年を経て、何故いきなり国家神道や帝国原理が復活しているのかの説明が無いため、やや唐突観が生じているのは否めない。
この点については、私の稿になるが、以下に挙げている「自民党支配の正統性とデモクラシーの危機」を参照して欲しい。ただ、私は、日本の自民党がデモクラシーの危機を先取りして、代替物として権威主義・国家神道への回帰を提示しているのみで、統治システムの不全としてのデモクラシーの危機はアメリカでもヨーロッパでも共通する課題だと考えている。

【参考】
軍隊のあり方について続・日本軍の場合 
自民党支配の正統性とデモクラシーの危機 
国と保守派が君が代を強制するワケ 
歪なる保守主義 
posted by ケン at 09:10| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする