2015年10月31日

10、11月の読書計画(2015)

国会が閉会し、ようやく一段落してゆっくり本を読めるようになった。体調も回復したし、臨時国会も開かれなさそうなので、じっくりと勉強したい。

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『監視国家 東ドイツ秘密警察に引き裂かれた絆』 アナ・ファンダー 白水社(2005)
豪州のジャーナリストが統一後のドイツでシュタージの職員や監視対象者にインタビューして回るドキュメンタリー。統一後も監視のトラウマに苛まれる被害者や、今もなお秘密警察の活動を正当化する元職員など重苦しい話が続く。監視国家や秘密警察の実態を知るには良いが、シュタージの全容や監視システムを学ぶためにはやはり学術的な研究が欲しいところ。

『ハンガリー革命1956』 ヴィクター セベスチェン 白水社(2008)
1956年のハンガリー事件の全容を追う。ドキュメンタリーだが、最新の資料やインタビューを駆使して精度を上げている模様。だが、どうしても蜂起側の視点が強く、内情だけでなく、当時の国際環境や経済情勢についても併行して学ぶ必要がありそうだ。

『東欧革命―権力の内側で何が起きたか』 三浦元博 岩波新書(1992)
旧体制の資料公開が不十分な段階での解説だが、逆に同時代ならでは臨場感がある。

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『外務官僚たちの太平洋戦争』 佐藤元秀 NHKブックス(2015)
二次大戦後に軍部が解体されたことで、日本の戦争責任は全て軍部、特に陸軍に押しつけられた観があるが、実際には、好戦的な国民世論を背景に、マスコミが煽動、軍部と外務省と議会が先を争うように侵略を進めていた。戦後の歴史評価では、吉田茂や東郷茂徳の功績ばかりが強調される外務省だが、実際は枢軸派と英米派が対立し、枢軸派が主導権を握っていた。対中交渉や対米交渉が上手くいかなかったのも、現在では全て軍部のせいにされてしまっているが、実相はかなり異なるようだ。

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『蒙古襲来』 服部英雄 山川出版社(2014)
元寇研究の最新の知見で、学術色が強いため、読みやすくは無いが、重要と判断。我々のような初老世代ではまだ「蒙古の大軍が襲来し、バラバラで統制の取れていない鎌倉幕府軍は鎧袖一触で壊滅するも、台風が来て蒙古軍の船舶の多くが沈み、撤退した」という感じで教わったが、最新の研究では多くが否定されている。まず日本側は蒙古軍襲来に向けて相応の準備をしており、上陸後も一進一退で戦っていた。また、教科書にも出ている「神風」に至っては、両軍の一次資料のどこにも見られず、後世の作り話だったことが判明している。逆に蒙古側は撤退した理由として(実際には大したことの無かった)台風を挙げていたようだ。元寇知識をアップデートしておかないと。
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2015年10月10日

アレクシエービヴィチ女史がノーベル文学賞

【ベラルーシの作家にノーベル文学賞】
 スウェーデン・アカデミーは8日、2015年のノーベル文学賞を、旧ソ連を構成したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさん(67)に授与すると発表した。 授賞理由では「私たちの時代の人々の苦悩や勇気を、多くの聞き書きを通じて多層的に描き出した」などと評価した。アレクシエービッチさんはウクライナ生まれ。ベラルーシ大学を卒業後、ジャーナリスト、教師として活動した。ベラルーシの首都ミンスク在住。第二次大戦に従軍した女性や関係者を取材した第1作「戦争は女の顔をしていない」のほか、アフガニスタンを侵攻したソ連軍の帰還兵や家族の証言、チェルノブイリ原発事故に遭遇した人々を取材した作品などを発表している。アカデミーは「作品は人々の内なる声を注意深く重ね合わせたコラージュになっている。彼女は新たな文学のジャンルを発明した。彼女の作品を本棚から外したら、そこには、ぽっかりと穴があいてしまう」と話している。賞金は800万スウェーデンクローナ(約1億1600万円)。授賞式は12月10日、ストックホルムで行われる。有力候補と目された村上春樹氏(66)は受賞を逃した。
(産経新聞、10月9日)

本ブログでもたびたび紹介してきたアレクシエービヴィチ女史がノーベル文学賞を受賞された。心からお祝い申し上げたい。その上で、私が読んだ3冊について改めて紹介したい。

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『戦争は女の顔をしていない』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 三浦みどり訳 群像社 (2008)
ベラルーシのジャーナリストであるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏が、ソ連末期から2000年代にかけて、500人以上の女性従軍兵士にインタビューし、何千という手紙を読みこんだ集大成。ソ連崩壊以降、そして死を意識する年齢に到達することで、ようやく本音の部分が吐露されるようになり、真実味と凄みが増している。100万人以上が従軍したという、世界でも類を見ない女性の動員率を誇ったソ連だったが、やはり差別や戦争後遺症の根は深かったようだ。特に、戦争終結後、「従軍していたことが知られたら結婚できないと思った」と女性が相当数に上り、みな各種の恩典を放棄しても、従軍歴を隠していたという。衛生兵や看護師だけでなく、地雷処理工兵小隊の隊長、IS−122重戦車小隊の隊長、「戦果75人」の狙撃兵など、リアルな戦場に動員された女性の肉声はあまりにも貴重。どうも本作をテーマにした映画もあるらしいのだが、この機会にDVD化されないだろうか。

『ボタン穴から見た戦争―白ロシアの子供たちの証言』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 群像社(2000)
独ソ戦の「往復ビンタ」で二度三度と戦場になった白ロシア、戦場を目の当たりにした子どもたちの生の回想をつづる。本書を読めば、『僕の村は戦場だった』や『炎628』が決してプロパガンダではなく、むしろそこかしこにありふれた話だったことが分かる。「おじいちゃんはどうして死んだの?昨日は銃殺なかったじゃん」−子どもであるが故に凍りつくような話の連続。

『アフガン帰還兵の証言』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ・著 日本経済新聞社(2010)
ロシアになってからも難しいアフガニスタン帰還兵による証言を丹念に集めたもの。
『戦争は女の顔をしていない』は、祖国の防衛と勝利のおかげで肯定的な回想が多かったものの、本書はソ連崩壊も相まって、挫折と絶望のオンパレード。今度は、米国人がそうなるのだろう。ソ連は「社会主義の兄弟国のために」、アメリカは「自由の防衛のために」、アフガニスタンに侵攻する。つくづく人間は進歩しなものらしい……本書を出版した後、著者は「帰還兵の名誉を汚した」罪で起訴され、裁判になったほどで、いまだロシアの暗部を象徴するものとなっている。

【追記】
私は反権威主義者を自認しているものの、個々人の受賞は正当な理由がある限り、否定するものではない。
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2015年09月29日

9月の読書報告(2015)

精神的にハードな一カ月で、まともに本も読めなかった。当分は政治の話なんかしたくない気分。

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『戦前回帰 「大日本病」の再発』 山崎雅弘 学研(2015)
既出

『信玄の戦略―組織、合戦、領国経営』 芝辻俊六 中公新書(2006)
タイトルに難があり、内容と異なる。基本は、最新の知見を反映させた武田信玄の通史であり、淡々と時系列的に武田氏の版図拡大を追うものになっている。筆致こそ平板なものの、内容は手堅く、戦国好きとしては知識を更新するためにも抑えておきたいところ。改めて読むと、信玄が慎重派で、国人衆を中心とする集団指導体制を重視した一方、戦略的には一貫性が無く場当たり的な印象が強いイメージ。ただし、家臣団の形成(軍制の充実)や国内統治の精緻化(特に治水と伝馬)に力を尽くしている。新書ではあるが、基礎文献としての価値があると思われる。

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『本能寺の変 431年目の真実』 明智憲三郎 文芸社(2013)
色々話題になった「歴史ミステリー」本。明智氏の末裔で在野の研究者である筆者が、後世の軍記物を排除して、可能な限りの当時の一次資料を精査、従来の定説となっている「怨恨説」や「単独犯行説」を否定、新たな説(他でも見られるものだが)を打ち出している。確かに読み物としては面白く、相応の説得力もあり、従来の説がいかにいい加減なもの(改竄された歴史)なのかは良く分かるのだが、全体としては(当然ながら)傍証と推察のみであり、途中から「ストーリーありき」の印象が強くなってしまう。「言いたいことは良く分かるんだけど……」としか言えないが、色々考えさせられるものがあり、一読に値する。例えば、「唐入りのタブー」は政治を生業とするものとして非常に納得のいくものがある。豊臣政権下で起きた粛清が、「唐入り反対者」をターゲットになされたものという解釈は、昭和前期の治安維持法を軸とした粛清が「対ソ戦論者」「対中慎重派」「平和主義者」をターゲットにしたものであったことを彷彿とさせる。古来、日本では大陸進出派と慎重派が激しく争う歴史がある。例えば、蘇我入鹿暗殺に象徴される乙巳の変では、半島積極介入派の天智天皇が主導権を握った結果、白村江の戦いに参戦し、大敗するに至った。その後に起きた壬申の乱は、大陸進出失敗の責任と政策変更を求めるものという側面もあった。西南戦争は征韓派による反乱であったし、二二六事件は対ソ戦重視派(北進論)による反乱、人民戦線事件は平和主義者(対中戦反対者)の粛清だった。今日でも先頃成立した安保法制が対中強硬論を前提としたものであることを考えれば、いつどうなるか分からないことを改めて思い知らされる。
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2015年09月06日

戦前回帰−「大日本病」の再発

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『戦前回帰 「大日本病」の再発』 山崎雅弘 学研(2015)

【目次】
第1章 戦争のハードウエアとソフトウエア
第2章 国家神道体制と「国体明徴」運動
第3章 戦後日本が怠った「OSの再インストール」
第4章 安倍政権下で再発した「大日本病」

ゲーム・デザイナーにして戦史・紛争史研究家である山崎雅弘氏の新著。
これまでの著作とは異なり、戦史・紛争の歴史ではなく、二次大戦期の日本国民を戦争に動員し、死を強要した仕組みの解明に焦点が置かれている。大日本帝国の国家原理を解き明かすことで、国民の犠牲を顧みずに戦争遂行に至上の価値を置く政府と、人命を軽視する旧軍の体質を説明している。問題意識の持ち方は、本ブログと通じるものがある。
特に国家神道と、天皇機関説(美濃部)事件に端を発する国体明徴運動が、戦時体制の構築と戦時動員の推進にどのような役割を果たしたかについて、専門的になり過ぎること無く、具体例を挙げながら分かりやすく説明されている点が秀逸。この分野はややもすると難解な宗教学の世界に入ってしまうし、歴史学者はさらっと流してしまうことが多いだけに重要だ。

また、目次的には戻ることになるが、フランス(1940年)とドイツの敗戦に至る経緯を比較することで、各国の軍隊が何を守り、誰に奉仕するための存在であったかを考察する部分は、戦史を専門とする山崎氏ならではのものだろう。
日本が国体(天皇主権)を守るために、まず国民を犠牲にし、次いで領土(沖縄など)を犠牲にしたのに対し、フランスは国民の生命と財産を守るために領土(北フランス)と国体(民主主義)を犠牲にしている。果たしてこの違いはどこから来ているのか、そして現在の日本はどうなのかが問われる。

さらに戦後日本は、GHQの指導の下、天皇の戦犯追及をかわしつつ天皇制を維持するために、軍隊を廃し、民主主義の導入を図るが、冷戦の勃発に伴い、「冷戦の前線基地」としての地理的条件が重視され、民主化・脱国家神道は不十分に終わってしまった。1960年代から70年代に至る高度成長によって、民主主義の深化は重視されないまま今日に至っている。
本書の最後は、現在の安倍政権や自民党の憲法改正案が、いかに国家神道の原理と相似性を示しているかを検証している。筆者の主張は理解できるのだが、戦後70年を経て、何故いきなり国家神道や帝国原理が復活しているのかの説明が無いため、やや唐突観が生じているのは否めない。
この点については、私の稿になるが、以下に挙げている「自民党支配の正統性とデモクラシーの危機」を参照して欲しい。ただ、私は、日本の自民党がデモクラシーの危機を先取りして、代替物として権威主義・国家神道への回帰を提示しているのみで、統治システムの不全としてのデモクラシーの危機はアメリカでもヨーロッパでも共通する課題だと考えている。

【参考】
軍隊のあり方について続・日本軍の場合 
自民党支配の正統性とデモクラシーの危機 
国と保守派が君が代を強制するワケ 
歪なる保守主義 
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2015年08月12日

8月の読書計画(2015)

完全に夏バテ・モードの上、国会会期中でお盆休みも2日だけなので、どこまで読めるかは分からないけれど。

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『コマンド・カルチャー 米独将校教育の比較文化史』イエルク・ムート 中央公論新社(2015)参謀本部の歴史を語るものはあまたあれど、士官教育の全容を記したものは意外と少ない。しかも、米独の士官学校を比較しているので、非常に興味深い。我々はつい、「敗北したドイツと勝利したアメリカ」という視点から先入観を抱いてしまうが、実態はかなり異なるようだ。ドイツの将校教育を模しつつも、民主国家で成立した米士官学校が、非常に硬直的で閉鎖的な教育に終始したのに対し、保守的で権威主義なはずのドイツの士官学校が実践的で一定の自由が保障されていたという。

『ロシア革命と日本人』 菊池昌典 筑摩書房(1973)
当時の日本人がロシア革命をいかに評価し、それに続くシベリア出兵についてどのような議論を交わしたのか、を検証した貴重な一冊。シベリア出兵に際して政府は正当性の証明に難儀するが、結局のところ「人道的出兵」「日英同盟の義務」「東洋平和の護持」という説明をなした。昨今の海外派兵をめぐる議論と非常に論点がかぶっており、興味深い。

『シベリア出兵従軍記』 高島米吉 無明舎出版(2004)
「日刊山形」の従軍記者が書き残した記事や手記、スケッチを子孫がまとめたもの。シベリア出兵の当時者の一次資料は殆ど出版されておらず、貴重な一冊と言える。

『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』 山本武利 岩波現代全書(2013)
連合軍による占領直後から内務省に替わって行われたGHQ検閲の実態に迫る。日本では、占領解除直前に大量の証拠が廃棄されたものの、米国立公文書館に残された資料から検閲組織と構造を探っている。また、緒方竹虎や永井荷風などの日本人がどのように関わっていったかも明らかにしている。分量的にはやや物足りないものの、「民主化支援」から「赤狩り」に至る経緯から、反米宣伝の取り締まりと親米宣伝の推進まで、興味は尽きない。占領期研究には欠かせない視点の1つ。

『坂口安吾 百歳の異端児』 出口裕弘 新潮社(2006)
先日亡くなられた出口先生の安吾論。積ん読状態だったので、この機にちゃんと読んでおこう。
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2015年06月25日

6、7月の読書計画(2015)

安保法制や労働法制などで仕事が立て込んでおり、週末にじっくり読書する余裕はないのだが、少しずつでも読んでおかないと反知性主義の大波に呑まれてしまうような危機感を覚えている。

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『シビリアンの戦争−デモクラシーが攻撃的になるとき』 三浦瑠麗 岩波書店(2012)
先に防衛省設置法が改正されて、同省のいわゆる背広組(事務官僚)と制服組(自衛官)の対等性が明記されたことを受けて、旧式左翼から「文民統制の弱体化」なる批判が聞かれる。私はこの反対論に対して異論を唱えているが、同時にソ連によるアフガニスタン介入日華事変における南京進撃を例に挙げて文民統制の限界を述べている。本書は、イスラエル、イギリス、アメリカにおける、職業軍人の反対や慎重論を文民政治家が押し切って開始した例を検証、文民統制が決して万能では無いこと、デモクラシーにはデモクラシーの好戦性があることを立証している。三浦先生とは問題意識を共有しているようだ。勉強会のテキストにも推奨したい一冊。

『検証 長篠合戦』 平山優 吉川弘文館(2014)
先に紹介した『長篠合戦と武田勝頼』の続編で、設楽原決戦の実相について「鉄砲隊」「騎馬軍団」「軍編成のあり方」「野戦築城の実情」などの観点から、最新の研究を踏まえて再検証している。本書でも特に「甲陽軍鑑」を批判的に読み解くことで、新説の全否定論から脱却して従来説に近い分析に仕上がっているが、様々な複数の資料を比較検討することで納得度の高いものになっている。

『第一次世界大戦開戦原因の再検討』 小野塚知二・編 岩波書店(2014)
一次大戦の開戦起源について、従来の定説だった「帝国主義の相克」論に批判的検証を加えつつ、最新の研究成果を紹介、自由貿易と保護貿易、ナショナリズム、市民の戦争熱といった要素を挙げている。

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『クリミア戦争』 オーランド・ファイジズ 白水社(2015)
クリミア戦争については知らないことが多いので、黒海沿岸部がきな臭い今日、一度ちゃんと勉強しておこうかと。かなりの分量なので時間が掛かりそう。実はこのクリミア戦争も、イギリスの軍部が開戦に反対していたのを、保守党が選挙対策のために利用して開戦に持ち込んだり、ロシアが英仏の要求を受け入れて軍を引いたにもかかわらず、英仏が要求水準を引き上げたため戦争が長期化したなど、現代に通じる課題を多く秘めていることが分かる。

『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』 エマニュエル・トッド 文春新書(2015)
トッド氏の翻訳物は読みづらいので忌避しているのだが、本書はインタビューを文字化したものなので簡単に読める。要はEUとはドイツによる新たなる帝国支配であり、ドイツが欧州諸国を従えてロシアと相克を演じているという読み方がなされている。つい「ドイツ嫌いのフランス人のやっかみ」と思ってしまいそうになるが、「なるほど」と思うところもあり、欧州を見る視点の1つとしては抑えておきたいところ。まぁ単一通貨を導入した時点で経済大国が主導権を握るのは避けられないということか。

『新聞 資本と経営の昭和史 朝日新聞筆政・緒方竹虎の苦悩』 今西光男 朝日選書(2007)
経営面から見た朝日新聞の戦前史という感じ。同社の元記者が著者なだけに「身内びいき」を感じるところもあるが、基本的には新聞経営(経営者)と報道の自由(編集部)が常に葛藤を繰り返し、結局のところ経営側の論理が優先されて戦争・軍部支持に傾いていく過程が描かれている。満州事変の直前まで軍縮を推奨していたはずの朝日新聞が、事変を経て軍部支持に転換していく様は圧巻。特に同事変の後に開かれた部長会議で、「朝日新聞は軍部のシリを押すのか」「事変で英米を刺激し、引いては世界戦争に拡大するのではないか」「このまま軍部の独走を許すようなことをすると、日本の破滅をみるようになりはしないか」などの意見が出ていたことは、「80年前から何の進歩も無いじゃねぇか!」と思わせるに十分だ。

『イラク米軍脱走兵、真実の告白』 ジョシュア・キー 合同出版(2008)
本書は、イラク戦争における米軍脱走兵の貴重な報告である。オクラホマの貧困家庭に育ち、家族を養うために入隊を決意する。その際、陸軍のリクルーターは「戦闘任務が無い」という理由で工兵部隊を勧めるので、それに従って入隊したところ、配属されたのは最も過酷な任務を負う戦闘工兵中隊だった。イラクでは、ファルージャ戦にも参加、地雷を撤去したり敵の陣地を破壊するのでは無く、ひたすら一般市民の住居を破壊し、容赦なき家宅捜査を行い、住民を連行する任務に就き、信じていた正義とあまりにもかけ離れた残虐な任務にやがて精神が蝕まれてゆく。一時帰国した際に、離隊できないか弁護士に相談するも、「イラクに戻るか、牢屋に入るかしかない」と言われ、家族を連れてカナダに亡命することにした。
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2015年06月17日

大学にイデオロギーを強制する安倍政権

【国立大に国旗・国歌実施求める=「自主判断」強調―下村文科相】
 下村博文文部科学相は16日、東京都内で開かれた国立大学長会議で「国旗と国歌の取り扱いを適切に判断してほしい」と述べ、各大学の入学式や卒業式で国旗掲揚と国歌斉唱を行うよう要請した。国立大に対する国歌斉唱などの要請は初めて。下村氏は要請後、記者団に「法律制定から15年たち、国民意識も変わっていることを踏まえ、時代に応じた判断をお願いした」と説明。「最終的には各大学の判断で、大学の自治などには抵触しない。圧力や介入ではない」と強調した。各学長は会議後、「あくまで伝統を踏まえ判断する」「強制的との捉え方もできる。国の姿勢ではなく国際的にどうあるべきか議論する」などと反応。琉球大の大城肇学長は「これまで一度も実施していない。学内にはいろんな意見があり、難しい問題だ」と困惑気味に話した。 
(時事通信、6月16日)

ますますファッショ色を強めている安倍政権はついに大学に国旗掲揚と国歌斉唱を強制するに至った。大臣は「最終的には各大学の判断」などと言っているが、これはヤクザや金貸しが無理な要求を提示して「これはただのお願いで、決断するのはあくまでも貴方ですよ」と念押しするのと同じ構図である。国立大学が運営資金を国に依存する以上、その力関係は圧倒的に国側に有利であり、そもそも対等な関係に無い以上、一般的な「お願い」は成立し得ず、大学側からすれば「国のお願い」は国家要求に等しいからだ。だからこそ、金融業などの場合、出資法や消費者契約法などによって金を貸す側と借りる側の関係性を規制している。これに相当するのが憲法第23条の「学問の自由」だった。
日本国憲法第23条:学問の自由は、これを保障する。

実は、国際的に見た場合、憲法で学問の自由を保障している国は非常に珍しいという。それは少なくとも自由主義諸国では「当たり前すぎる」ことで明記するのも憚られる(恥ずかしい)ためなのだ。
「学問の自由」とは、本質的には、個人による真理の探究に対して国家が干渉してきた時に、これを拒否できる権利であり、憲法上は国家による学問(の場)に対する干渉禁止を意味する。
ところが、日本で初めて制定された(天皇から下賜された)帝国憲法にはこの規定が存在しなかったため、滝川事件(内乱罪や姦通罪に対する疑義提唱)、美濃部事件(天皇機関説)、矢内原事件(ミリタリズム批判)、河合栄治郎事件(フッァショ批判)などのたびに軍部や文部省の介入を許し、そのたびに教授や学生が大学を追われ、ゼミが廃止されることでその分野の研究はストップした。
実のところ、これらの戦前の事件について、国家が直接的に介入したのはせいぜいのところ滝川事件くらいのもので、残りは今回の下村大臣の「要請」レベルすら確認できるかどうかというものなのだ。つまり、右傾化あるいは軍国化した社会風潮への同調圧力から大学側が「国家による直接介入を避けるため」自主的に問題となった教員を追放していたのが実情だった(ようだ)。言い換えれば、大学側は問題化した同僚教員を自主的に追放することで、形式的に「大学の自治」を守っていたわけだが、それは結果として自らの思想や研究の自由を自分で奪っていたのだった。
なお、憲法23条が謳う「学問の自由」の英訳は「Academic freedom」であり、「何者からも拘束されない大学・研究(者)の自由」を意味する。

一連の戦前の事件から得られる教訓は、形式的に「大学の自治」が保たれても、内部者が国家の意思を汲んで自由の阻害に走ったのでは全く意味が無い、ということだった。教授会の権限が大きいのは、巨大権力に対抗するためでもあったわけだが、この間「大学改革」と称して教授会の権限が大幅に縮小されて、文科省からの天下りが経営陣に加わって「コミッサール」の役割を果たすに至り、外部権力に対抗できる勢力が失われた。そのため、国家から「要請」があった場合、それを拒否できるだけの権限が大学側にはすでに存在せず、助成金をちらつかされると、「国の要請に応えるが、あくまでも自主的に選択する形を採る」ことになる。これでは、美濃部、矢内原、河合らを追放した戦前の大学と何も変わらない。
本来であれば、「大学の自治」と「教員の身分保障と研究内容の保障」は不可分のものであるはずが、すでに「Academic freedom」の原則が崩壊していることが分かるだろう。これも安倍一派が主張する「戦後レジームの打破」の一環と言える。

確かに政府・自民党側は「今回大臣が求めたのは国旗掲揚と国歌斉唱であって、学問の自由とは関係ない」という批判をしてくるだろう。だが、1999年に国旗国歌法が審議された折、「強制するものではない」「教育現場で義務化するつもりはない」旨の答弁や談話が繰り返されたにもかかわらず、それから15年を経て全国の学校で強制されるようになり、今度は国立大学に至っている。今回の政府側の主張は、「税金が投入されている国立大学で国旗が掲揚され国歌が斉唱されるのは当然」というものだが、であるならば私学助成を受けている私立大学に対してもいずれ同じことが求められるはずである。そして、国旗と国歌を強制し、人文学部の廃止を強要する政府が、なぜ今後研究内容にまで踏み込まないと保障できるのだろうか。いや、科研費のあり方を考えれば、すでに国家が研究内容に介入しているとも言えるのである。
また、そもそも「君が代」は「帝の支配が永遠に続きますように」と祈願する呪歌であり、およそデモクラシーに相応しくない専制色の濃いものであることも付言しておく。

日本国憲法はありとあらゆる分野で浸食され、実質的な効力を失いつつある。同時に日本のデモクラシーと自由も、その実効性を失いつつある。やはり人は、失って初めて失ったものの価値を知る、ということなのだろうか。

【参考】
『言論抑圧 - 矢内原事件の構図』 将基面貴巳 中公新書(2014)
治安維持法は言論弾圧法ではなかった?! 
日本国旗・国歌の異質性 
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