2015年03月16日

3、4月の読書計画(2015)

2月に少し盛りすぎたことと、やや気力が低下していたこともあり、積み残しがあるため、今月は控えめにしたいと思うが、4月には統一自治体選挙で地元に寄騎することになりそうなので、今のうちに可能な限り読み進めておきたい。

『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』 内藤正典 集英社(2015)
昨今のイスラム国を中心とする中東紛争の深層を、特にイスラムの視点と論理を交えながら明快に説明してくれる好著。人質事件を経て同様の解説本が山のように発刊されているものの、その大半はやはり米欧視点からの解説であり、19世紀の植民地主義の発想の域を出ない。だが、本書は米欧の近代主義と中東のイスラム主義(原理主義ではない)を相対化し、近代主義を絶対視すること無く、問題の本質を浮かび上がらせている。近代の論理(進歩主義と資本主義)を絶対視する視点からは、「遅れた文明を教化するためには侵略は正当化される」という結論しか出てこないことを、我々は認識しなければならない。

『華北戦記 中国であったほんとうの戦争』 桑島節郎 朝日文庫(1997)
既出

『経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策』 デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス 草思社(2014)
公衆衛生の視点から緊縮財政が市民の健康にどのような影響を与えるかを検証する。特にソ連崩壊後のロシアについては、私自身が同時期に滞在していただけに、身につまされる思いだ。同時期に体制転換したポーランド、チェコ、ハンガリーなどでは「ショック療法」が採用されず、緩やかに改革が進められた結果、少なくとも平均寿命がガタ落ちするようなことは無かった。借金が1千兆円を超え、国家予算が税収の2倍に達する日本は全く人ごとではない。

『21世紀の貨幣論』 フェリックス・マーティン 東洋経済新報社(2014)
貨幣論の視点から世界史を見直しつつ、貨幣に対する価値観の変遷と揺らぎを考察する。だが、その本質は現代の正統派経済学への懐疑と言える。貨幣論好きの私にはたまらない一冊だが、少し話が大きすぎる気もする。ただ、私も米ドル、豪ドル、金などを運用しており、現代資本主義の落日における「マネー」に対する考え方が揺らいでいることを実感している。

『毛沢東の朝鮮戦争―中国が鴨緑江を渡るまで』 朱建栄 岩波現代文庫(2004)
先年、中国で(ダブル)スパイ容疑で検束された朱建栄先生の代表作。朝鮮戦争に参戦する中国共産党内部の意志決定過程を検証する。国共内戦で疲弊した国内を抱え、軍部が猛反対、ソ連が協力を拒否する中で、毛沢東が介入の意志を貫徹して行く過程を緻密に描いている。なぜか内部資料がふんだんに使われ、周恩来秘書や参謀本部の情報将校などの生き残りに対するインタビューも充実しており、「共産党体制下で良くここまで調べられるな」というのが率直な感想。私は中国の専門家では無いが、いつか他の研究も見て、ブログの記事にしたいと思っている。
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2015年02月06日

2月の読書計画(2015)

仕事と原稿でなかなか多忙で休日に真面目な本を読む精神的余裕がないのだが、まぁこの程度は読んでおきたい。けど、どうにも気が乗らないというか・・・・・・

『日本軍の治安戦 日中戦争の実相』 笠原十九司 岩波書店(2010)
華北を中心に実施された対ゲリラ戦は、二次大戦における最も陰惨な戦場の1つだったと考えられるが、現代日本では殆ど知られることなく、教わることも無い。それどころか、日本で研究に従事する人も殆どおらず、著者は「中共の手先」扱いされる始末。しかし、治安戦の実態を知らないと中国における「反日」の根っこの部分が理解できない。南京事件だけでは日中戦争を知るには不十分すぎるのだ。

『特高警察』 荻野富士夫 岩波書店(2012)
特高も戦前日本の最暗部ということで学術研究が進んでおらず、数少ない概説書になっているが、最新の研究成果を簡潔にまとめており、新書一冊で概要を把握できるのは嬉しい。伯父に特高刑事を持つ身としても正面から向き合う必要がある。

『「特高」経験者として伝えたいこと』 井形正寿 新日本出版社(2011)
就職した会社への不満と兵役を逃れたい気持ちから大阪県警を受験し、警察官になったはいいものの、文学部卒ということで思想警察である特高に配属されてしまった著者の回顧録。今の警察と同じで、「業績」を上げるために体制・戦争批判へと誘導するような行為が横行していたことが赤裸々に書かれている。NK党の出版社であることを差し引いても一読に値する。

『食糧の帝国 食物が決定づけた文明の勃興と崩壊』 エヴァン・D・G・フレイザー他 太田出版(2013)
文明が余剰食糧の質・量とともに発展し、その衰退が水不足と土壌劣化に起因した歴史を概観する。化学肥料には限界があり、農地の代替地も殆ど無い現状を憂うと共に、代替案を提示する興味深い一冊。

『戦国の交渉人』 渡邊大門 歴史新書 洋泉社(2011)
最近再評価されつつある安国寺恵瓊の評伝。備中高松城で清水宗治に自害を強要したとするエピソードは後世の軍記物にしかなく、当時の資料を見る限り疑問が多いといった最新の研究成果が反映されており、公正な視点で有能な外交僧としての恵瓊が描かれている。想像以上のタフネゴシエーターで、羽柴・毛利戦争の和睦には1年半もかけ、羽柴陣営の5カ国割譲要求を半分近くまで減じるなどの成果を挙げている。
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2015年01月21日

1月の読書(2015)

年末年始に風邪を引き、その後は代表選挙で忙しくしていたので、とりあえず薄めの本ばかりになっているが、次に何を読むかはまだ決まっていない。しばらくは以前読もうとして読めていないものに取り組むことになりそう。

『ヒトラー演説−熱狂の真実』 高田博行 中公新書(2014)
ヒトラーの演説を計量言語分析を中心に解析し、その演説内容と手法の変遷とナチスの盛衰の関係を探る良書。歴史学者とは異なる視点からの分析はなかなか斬新。一般的にはヒトラーの演説がドイツ国民を熱狂させて侵略と排外主義を激化させていったイメージが先行してしまうが、常に熱狂させていたわけではなく、ラジオを駆使して全国民に強制的に聞かせる頃にはかなり飽きられていたことが分かる。親衛隊保安部が演説に対する大衆の反応を報告しているが、これがなかなか率直で面白い。当時ヒトラーは「独裁」を「より高次の民主主義」、「戦争準備」を「平和の確保」、非武装地帯への進駐を「将来の平和のための駐屯」などと言い換えており、この辺のレトリックは現代の安倍総理にも通じるので、ますます興味深い。

『国家と秘密 隠される文書』 久保亨・瀬畑源 集英社新書(2014)
我々の勉強会のテキスト。著者のブログは一昨年の国会で秘密保護法の質問をつくる時に参考にさせてもらったことがある。200ページに満たない分量が玉に瑕ではあるが、日本の公文書管理のあまりにものレベルの低さを理解するには十分だろう。要は官僚はやる気ないし、国会議員は重要性を理解していないということか。

『スターリニズムの経験 市民の手紙・日記・回想録から』 松井康浩 岩波現代全書(2014)
スターリン体制下におけるソヴィエト市民の手紙や日記を検証、市民が何を考えて、何に価値の重きを置いて行動していたかを探る。身近に大テロルに遭遇したかどうかでかなり感じ方が異なるようだし、フルシチョフ以降は西側で信じられているほど不自由では無かったことが分かる。分量のせいだろうが、解説部分の方が多くて、実際の日記の紹介が少ないところが惜しい。

『陸軍贋幣作戦―計画・実行者が明かす日中戦秘話』 山本憲蔵 徳間書店(1984)
先に紹介した「杉工作」における偽札製造の責任者の回顧録。今日であれば歴史修正主義の対象にされそうだが、陸軍の暗黒面を冷静に回顧している貴重な一冊。製造責任者の視点であるため、頒布・流通部分の記述が薄いのは惜しいが、回顧録だから致し方ないか。

『努力不要論』 中野信子 フォレスト出版(2014)
脳科学者が「頑張ればきっと報われる」定理の虚構を暴く。要は才能や能力のあるものが効率的にスキルアップするからこそ効果があるのであって、努力自体が成功を担保するわけではないが、世の中は一つのケースを拡大適用する成功本で溢れているという話。ま、そりゃそうだわな、という感じ。

『クルスク大戦車戦−独ソ機甲部隊の史上最大の激突』 山崎雅弘 光人社NF文庫(2014)
既出
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2014年12月26日

年末年始向けにお薦め本(2014)

新聞を見ていると「今年一年のお薦め本」みたいな特集が組まれているので、私もチャレンジしてみようと思う。一昨年末に読んだものも入ってしまうが、そこは許されたい。

【一般書籍】
『サンフランシスコ平和条約の盲点 アジア太平洋地域の冷戦と「戦後未解決の諸問題」』 原貴美恵 渓水社(2012)
現代日本が抱える領土・国境の諸問題の起源をサンフランシスコ講和条約に求め、冷戦をめぐる諸国間対立の中で戦後処理が歪められた経緯を明らかにする。連合国各国の公文書から講和条約の草案を当たり、原因と過程を追究している。こういう研究は日本ではできず、やはり欧米の公文書館に頼らざるを得ない点でも、日本のデモクラシーや自由の程度がうかがわれる。中でも同条約の策定過程で当初は島嶼を含む領土の線引きが明確になされていたものが、冷戦の本格化に伴って米国の意図によって領土帰属の不明確化がなされ、敢えて共産諸国との紛争原因が残された経緯は非常に重要。戦後の領土問題を扱う時の基礎文献の一つと考えて良い。

『日中戦争への道 満蒙華北問題と衝突への分岐点』 大杉一雄 講談社学術文庫(2007)
満州国の成立から日華事変・日中戦争に至る経緯を再検証する。代々木史観や右派史観に対して批判的であり、軍部の一部による華北侵略の意図を肯定しつつ、軍中央や政府要人が制御に失敗し、マスコミや世論も戦争・侵略熱に煽られ、中国蔑視に突き進む過程を明らかにしている。それでもいくつかの地点で日中和解や日米英の宥和を実現する機会があったと指摘、石橋湛山の戦略眼とともに考えさせられる。このテーマはどうしてもイデオロギーに左右されがちなだけに、納得できるものが少なかったが、現時点で最も信頼できる一冊と言えよう。

『内務省対占領軍』 草柳大蔵 朝日文庫(1987)
右派系ジャーナリストによるノンフィクションと言える作品で、GHQ支配に否定的なスタンスから書かれている。基本的には「GHQの横暴な占領政策に対して内務省が国家の自立と名誉を守るために如何に頑張ったか」というトーンではあるのだが、内容も背景知識も充実しており、批判的に読みながらもすこぶる面白い。充実した取材を反映して、当事者たちの心の叫びのようなものが良く伝わってくるので、研究書では分からない当時の雰囲気を知るには最適な一冊と言える。

『日清戦争 近代日本初の対外戦争の実像』 大谷正 中公新書(2014)
ネット上ではネトウヨによって酷い評価が付されてしまい、気の毒なことになっているが、立派な専門家による最新の通史である。日露戦争に比して日清戦争は研究の数も少なく、通史に至っては非常に古いものか、学術的なものしかなく、最新の研究を反映した手軽な通史の出版が待たれていた。本書は特に開戦に至るまでの清と日本の対朝鮮政策について十分なページを割いて、日本で流布されてきた公式通史や俗説を批判的に検証しており、これが右翼どもの逆鱗に触れているらしい。同様に少し前に刊行されている原田氏による通史も酷評されているが、近現代史を再検証する環境が徐々に厳しくなってきていることを示唆している。日露戦争については従来信じられてきた「日本はロシアの侵略行為に対してやむにやまれず立ち上がった」という伝説に少しずつ疑問符が付けられるようになっているが、日清戦争についてはいまだ無関心の域を出ていない。
参照日清戦争の「勝利」を検証する 

『最悪の戦場に奇蹟はなかった―ガダルカナル、インパール戦記』 高崎伝 光人社NF文庫(2007)
スレッジの『ペリリュー・沖縄戦記』を化学実験の精緻報告とすれば、本書は大衆演劇的な軍隊小説のノリ。表題の通り、ガダルカナルとインパールという15年戦争の中でも二大双璧と言える地獄の両方に投げ込まれ、文字通り万死に一生を得て生還する話なのだが、文章は軽妙洒脱で「兵隊やくざ」的な語り口なので、勝手に想像していた陰惨極まりないというイメージは無く、その点ではいささか拍子抜けさせられた。クドカンが一兵卒として軍に入って回顧録を書いたらこんな感じかもしれないというノリと文才。学歴こそないかもしれないが、500ページ近い大著を一気に読ませるものがある。
生き残ったにはワケがあって、戦闘シーンはわずかで、大半が敗走と飢餓との闘いで、戦記物というよりも「戦場サバイバルもの」という印象を受けた。そのサバイバルも食糧をいかにして「調達」するかという話が殆どで、後方での療養中や捕虜収容所での話でも食べ物の話が非常に多いが、これは生還者たちの正直な実感なのだろうし、生存欲求の根幹が強いことが生存確率を高めるのではなかろうか。著者は部隊における調達(かっぱらい?)名人を自認しているが、本書を読むと軍隊において最も重宝されるのは戦闘能力ではなく、物資調達能力であることが良く分かる。

【マンガ、ラノベ】
『遙か凍土のカナン』 芝村裕吏 星海社 既刊4巻

『ガンパレード・マーチ』『マージナル・オペレーション』の芝村氏の新作。
物語は日露戦争から始まる。主人公は、秋山好古配下の日本騎兵として黒溝台の戦いでロシア騎兵と死闘を演じるが、負傷して帰国する。戦後、物足りなさを感じる日常を過ごしているところに、ロシア帝室からの叙勲の知らせが届くと同時に、全く身に覚えの無い金髪の美少女が現れる。そして、内務省からは「女に協力して極東にコサック国家を建設せよ」との密令が下るのだった・・・・・・
軍事に限らず、歴史や民俗についても最新の知見が反映されており、中央アジアやロシアの描写についても納得度の高いものになっている。萌え要素も十分で残り3巻も非常に楽しみだ。

『ヴィンランド・サガ』 幸村誠 講談社(既刊15巻)
幸村誠氏の『ヴィンランド・サガ』は現代に蘇ったリアル・ヴァイキングの話である。
11世紀初めのヨーロッパを舞台とするが、その範囲は広く、アイスランド、フェロー諸島、イングランド、ウェールズ、ユトランド半島、スカンジナヴィア半島といった具合で、世界地図で確認しないとついて行けないほどだ。実際にはヴァイキングの活動範囲は地中海から黒海を経て、カスピ海にまで至っており、キエフ大公国を創設、十字軍にまで参戦しているのだから、ヨーロッパ外にまで及んでいた。また、最新の歴史学では欧州人で初めて北米大陸に渡ったのもヴァイキングとされつつある。
本作は、アイスランドの半漁半牧の家に生まれた子どもがある切っ掛けを経てヴァイキングの戦奴となってイングランドを暴れ回り、次いで戦奴から農奴として売られてデンマークで開墾に従事する話で、今はさらに新天地に向かおうというところまで来ている。
その描写は『ベルセルク』を思わせるリアルな残虐さがあると同時に、『忍者武芸帖』や『カムイ伝』に通じる重厚なストーリーがある。戦奴編と農奴編では全く違うマンガのように見えて、根底にある中世の暴力性と新奇性は共通しており、全体の整合性に違和感は無い。また、歴史研究の成果が反映されているため、キリスト教の扱い、奴隷の扱い、農業と掠奪の描き方など、納得度の高い作品に仕上がっている。
王侯貴族の視点から見た俯瞰図ではなく、一奴隷から見た断片図でしかないにもかかわらず、サーガと呼ぶに相応しい壮大さがあり、見事としか言いようがない。ただ、残虐表現が苦手な人には厳しいかもしれないところが難点と言える。

『GROUNDLESS-隻眼の狙撃兵-』 影待蛍太 双葉社(既刊3巻)
元はWEB漫画で画は「それなり」なのだが、内容はなかなかにシビアで軍事考証もしっかりなされており、読み応えがある。夫を殺害され、商家を滅ぼされた妻が復讐すべく、自警団に入って狙撃兵となる話。やや冗長で説明が多い気はするが、孤立した空間における武力と食糧の価値、民兵と職業軍の違い、アウトレンジから一方的に撃たれる恐怖感など良く描かれており、先の展開が楽しみ。
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2014年11月27日

忠義とロイヤリティA補

「犬の忠義」を全兵士、全国民に強要し、一切生命を顧みなかったのが十五年戦争期の戦争指導部だった。玉砕命令を受けて生き残った兵士は「不名誉者」として扱われ、自死か再玉砕を強要された。一族から敵の捕虜を出した家は「国賊」として村八分にされ、家族まで徹底的に差別された。兵と国民に死を強要する一方で、肝心の指導部からは敵前逃亡や捕虜(逮捕)が続出した。
こうした「伝統」は今日まで受け継がれ、無制限(かつ残業代ゼロ)の「サービス残業」が横行、これを拒否する者は経営者や上司から侮蔑されたり、解雇されたりするも、それが許容される社会になっている。挙げ句の果てには、労災申請や内部告発を行うと社会的に排撃される風潮すらある。
ところが日本には、こうした権威主義、非合理主義とは一線を画す系譜もまた存在した。陸軍中野学校である。

私の伯父は、陸軍幼年学校から士官学校に進み、ロシア語を専攻していたこともあって、どこかの時点で中野学校への入校を命じられた。中野学校は日華事変勃発に伴い、謀略戦・情報戦のエキスパートを養成するために設立された機関で、後には対米本土決戦を視野にゲリラ戦の要員育成も担った。ルバング島で遊撃戦を指揮し、終戦を経てなお30年近くにわたって潜伏し続けた小野田寛郎は、最も有名な卒業生だろう。
中野学校は「スパイ養成校」として一般教養、外国語から情報戦や謀略術まで教えていたが、その特色はむしろ「戦時下にもかかわらず自由な校風」にあった。図書室には当時すでに禁書であったマルクス主義や民主主義の本が並び、大学風のゼミでは天皇制の是非まで議論されたほどだった。その目的は「世界のどこにあっても諜報者として働ける頭脳と柔軟性」を育成することにあった。逆を言えば、陸軍の首脳部は、自分が行っている軍人教育が世界に通じない硬直した精神を育てていることに対して自覚的だったことになる。伯父も戦時下にあって、陸軍軍人でありながら背広に長髪という出で立ちで「出勤」していたので、家人も「一体何をしにどこに行っているのか?」と思っていたという。
中野学校では、「生きて虜囚の辱を受けず」という軍のモットーは否定され、「たとえ国賊の汚名を着ても、どんな生き恥をさらしてでも生き延びよ。できる限り生きて任務を遂行するのが中野魂」と教えていた。たとえ捕虜になっても、情報収集、偽情報の流布、収容所の反乱煽動など、できることは山ほどあり、どのような状況下にあっても生き残ることが最優先であるとされた。
学校の雰囲気は『Dの魔王』を参照されたい。

こうした校風ゆえに、入校者にはちゃきちゃきの陸軍軍人は少なく、大卒や高専卒が9割近くを占めたという。それだけに幼年学校から士官学校を出ている伯父は異端中の異端だったに違いない。
中野学校を出た伯父は、戦争末期に関東軍参謀二課(情報部)に配属された。私がこれまで聞いたところでは、関東軍主力が通化を目指して退却した後も新京に残って、機密文書廃棄や残務処理をした後、単身満州平原と朝鮮半島を徒歩で踏破して本土に帰還したということになっていて、それだけでも伝説だったのだが、真実はもっと「事実は小説よりも奇なり」だった。
実際の伯父は、新京を出た後、朝鮮商人に身をやつしながら、ソ連軍の戦線をすり抜けて後方に出た後、ひたすら東に向かって歩き、ウスリー川を渡ってウラジオストクに出て、どんな手段を使ってか日本行きの船に乗り込んで、そのまま帰ってきてしまったという。従って、他の復員兵よりもよほど早い、9月中頃には東京に戻っていて、「あれ?満州にいたんじゃないですか?」と亡霊でも見たかのように言われたとのこと。
確かに合理的に考えれば、ロシア語ができるのだから、南下するソ連軍をスルーして戦線の後方に出てしまった方が安全なことは間違いない。だが、実際にその決断が出来るかと言われれば、99.9%の人は南下を選ぶだろう。
さらに言えば、シベリア抑留の観点からしても、満州でソ連軍に捕捉されていたら抑留されていただろうが、「民間人」としてソ連領内に入ってしまったが故に、逆に日本への帰国船に乗り込むことができたのだ。

中野学校の教えの通り、「生き残って帰る」ことを優先させた伯父は、戦後国会図書館の職員として対ソ諜報に従事、国会議員団が訪ソする際には通訳を務めた。「必ず生きて祖国に献身する」という中野学校の精神を最期まで守ったのだ。
面白いことに、幼年学校上がりのゴリゴリの陸軍軍人だったにもかかわらず、60年代の学生運動に参加した父が逮捕されて警察署に保証人として迎えに行った際にも、非難がましいことは一切言わなかったという。これも「中野魂」の一つの表れかもしれない。

中野学校の精神が軍全体を占めていたら、特攻や玉砕が行われることはなかったと想像されるだけに、極めてマイナーな一セクションに留まってしまったことは返す返すも惜しい限りだ。そして、中野学校の近代合理主義は忘れ去られ、権威主義と非合理主義が戦後社会の主流を占め続け、現代もなお日本人を苦しめ続けている。中野学校は今も「伝説」に過ぎないと言えよう。

【追記】
伯父上がもう15年生きていてくれれば、話を聞いて小説&映画にしたのだが、あまりにも惜しすぎる。
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2014年11月20日

忠義とロイヤリティについてA

二次大戦における戦争指導について友人と話していて、「日本人は真面目だから上の命令を固守して玉砕したり、全員が戦死するまで戦ったり、無数の餓死・病死を出し、多くの人命を失った」旨の論を聞き、やや違和感を抱いたので反論した。

確かにドイツでは、1943年以降、ヒトラーは「総統命令」を乱発、前線からの退却要請の大半が却下されたものの、少なくない数の指揮官が総統命令を無視して独断で撤退、包囲脱出を図っている。SS(武装親衛隊)のハウサー司令官(大将)ですら、1943年2月、総統命令を無視して、ソ連軍に包囲されつつあったハリコフを独断で放棄、撤退している。この際、総統の死守命令を受けたハウサー司令は、

「私のような老人にはそれでかまわん。だが、表にいる若者達にそれを強いることはできぬ。直ちに私の(撤退)命令を全軍に通達せよ!」

と述べ、今日に至るまでドイツの伝説になっている。その後、脱出したSS装甲軍団は反撃に転じて、ソ連軍に大打撃を与え、一度はハリコフを奪回している。日本軍であれば、そのままハリコフに止まって玉砕を待つのみだっただろう。

また、ソ連軍が東プロイセンに迫った1944年末、ドイツ海軍のデーニッツ元帥は自らの権限で、すべての戦闘艦艇を東プロイセン住民の避難に当てることを命令した。この時も、ヒトラーは「名誉あるドイツ人はプロイセンの地で死ぬべき」旨の発言をしたと言われるが、デーニッツは無視している。その結果、200万人以上の住民や負傷兵をドイツ西部へ避難させることに成功した。このケースも当時の日本軍であれば、身を挺して住民を避難させたとは考えられない。満州が良い例だ。

ソ連侵攻を耳にした関東軍司令部は、早々に最南端の通化での籠城を決定。満州移民を保護するどころか、まず軍人の家族だけを列車に乗せて朝鮮へ送り、さらには避難民を排除して軍人が優先的に列車に乗って逃げてしまった。最前線の部隊と移民は置き去りにされ、「蛮性の解放」を伝統とするロシア軍に蹂躙、陵辱される悲劇を生んだ。

1945年4月のベルリン攻防戦においても、ヒトラーは「最後の一兵まで戦え」と命令し、ゲッベルスは「武器が持てる成年のベルリン離脱を禁ず」という命令を下した。実際に多数の住民が戦闘に動員され、あるいは離脱しようとして射殺されたが、その陰で少なくない指揮官が個人的判断で住民の退去・脱出を認め、時として支援している。

さて、これらのドイツの事例を見た場合、「ドイツ人は(日本人に比して)不真面目だから命令を守らず、臨機応変な対応ができた」と言えないことは確かだろう。ドイツ人は人命や人道に対して日本人よりも真摯であり、「国軍の利益の最大化」に照らして、「国軍のあり方」と「国軍指揮官のあるべき姿」を考慮して、上級司令部の命令を無批判に履行するのではなく、現場の判断で人命を優先していると考えられるが、これは「不真面目」なのだろうか。
これは、自らに課された「職務」に対して忠実であろうとするドイツ人と、「命令」に対して忠実であろうとする日本人の違いであろう。

日本の場合、儒教の徳目である主君に対する忠義とは、主君に対して隠し立てをせず、損得勘定を抜きにして、主君の繁栄に尽くすことを意味した。主君が「死ね」と言えば、有無を言わずにその場で腹を切るのが、武士の理想像とされた。
新渡戸稲造は『武士道』の中で「主君に非があった時は生を賭して諫言することもまた普通だった」旨を述べているが、これは新渡戸の孟子的理想像に過ぎず、現実には森鴎外の『興津弥五右衛門の遺書』を読めば分かるとおり、主君に対して絶対的な忠義を尽くすことが武士の本分だった。だが、欧州の価値観は異なる。

日本の「忠義」に対応する言葉としては、英語の「loyalty=ロイヤリティ」があるが、その意味するところは大きく異なる。「loyalty」は、「主君と結んだ契約を履行する義務(感)」であって、日本で言うところの御恩に対する「奉公」を指す。
つまり、封地を与えて(認めて)くれた主君の利益を最大化することが、主君に対する騎士の役割であり、その手段・方法は各個人の裁量に委ねられている。
主君の言葉を100%履行することが忠義であるとすれば、主君の利益を最大化するためには主君の命に反することも許されるのがロイヤリティだと言える。

結果、日本では「上級者の命令をどこまで忠実に履行したか」で評価されるため、玉砕命令や死守命令がそのまま履行される傾向にある。一方、欧州では「軍や国家の利益にどこまで貢献したか」で評価されるため、死守命令を履行するよりも大きな成果を挙げれば、命令無視は不問に付されるか、逆に評価される傾向にある。
こうした文化傾向は現代にも受け継がれている。例えば、日本で残業と過労死が多いのは、一義的には労働基準法と労働行政の不備にあるものの、「上級者の命令をどこまで忠実に履行したか」で評価される社会・企業文化も大きく影響しているはずだ。逆に欧州諸国に厳しい残業規制があるのは、単純に左派政党が強いからという話ではなく、「企業や社会の全体利益を考えた場合、無制限の残業はマイナスでしか無い」という価値観が働いていると思われる。
ただ、欧州のロイヤリティが近代社会の価値観に適合したのに対して、日本の忠義が近代社会に不適合だったことは不幸だったとは言えそうだ。

二次大戦期のドイツ軍人は日本軍人よりもはるかに近代的な思考回路を有していたと思われるが、それでもナチズムへの追随を批判され、西ドイツでは再軍備に際して「軍人法」が制定された。ドイツの軍人法は、批判的な「共同思考的」軍人であることを求めつつ、「職務上の目的」を欠く命令、「人間の尊厳」に反する命令、犯罪行為に関わる命令には拘束力が無く、従う必要がない、もしくは従ってはならない、と規定している。こうした発想は自衛隊はおろか、日本社会そのものにいまだ存在しないものであり、今日にあっても内部告発や内部批判に否定的な空気が根強い。政党内で意見対立が生じただけで批判的に報じられるようでは、まともな議論などできるはずもない。無数の冤罪事件や密室での取調べが許容されるのも同じ原理に基づいている。

日本人が忠義や真面目の定義を放棄し、近代的思考に転換していかない限り、日本が真の近代化を実現することは無いであろう。

【参考】
忠義とロイヤリティ、あるいはリーダーシップの困難さについて
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2014年11月01日

11・12月の読書計画(2014)

今のトレンドは内務省と占領政策。戦争体験もそうだが、実際を知る人がいよいよ少なくなっているので、当時者のヒアリングも並行して行うことで、学術成果とオーラルヒストリーを合わせながら考えてゆきたい。
一般的な知識として私は、占領時代はGHQの指導下で、形式的には間接統治だが実質的には直接統治で改革が進められていたと考えていたが、現実には日本側も相当に抵抗し、可能な限り骨抜きにしようと必死に努力していたようで、戦犯追及や公職追放も最終的には米ソ冷戦の本格化によってうやむやにされてしまったようだ。今日のデモクラシーの衰退を考える上で、戦後デモクラシーの原点を見据えておく必要がある。

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『占領と改革』 中村政則ほか 岩波書店(2005)

共著なのでやや一貫性に欠き、内容の水準にも差があるが、全容を把握する教科書としては本書が良さそう。

『占領と改革―シリーズ日本近現代史7』 雨宮昭一 岩波新書(2008)
コンパクトにまとまっていて分かりやすいが、いかんせん新書なので、私の関心からするとやや物足りない感じ。また、雨宮先生は「民主的改革は占領支配がなくとも時間の問題だった」というスタンスだが、現実の政治に携わる者としては非現実的にしか思えない。

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『政治家追放』 増田弘 中公業書(2001)

公職追放を専門的に扱った本は意外と少ない。本書は公職追放に批判的な立場からの国会議員のケーススタディとなっている。ドイツのナチスやイタリアのファシスト党のような明確な基準を持たない日本では大政翼賛会が基準となるが、実際の基準を巡ってはGHQと政府・内務省とで激しい交渉が行われたことが分かる。GHQの基準や方法論に問題があったことは確かだが、ドイツのように日本人が自身の手で戦犯追及できたかと言えば、第1回目の国会議員の追放がわずか9人であったことに象徴されるように、どう考えても不可能だったと思われる。こうした「身内擁護」の文化は福島第一原発事故に際しても遺憾なく発揮されている。

『内務省の政治史』 黒澤良 藤原書房(2013)
内務省は明治から戦前期における日本の権力中枢だったはずだが、その研究は意外に少ない。戦前・戦中期の特高警察のイメージがあまりに強烈過ぎたため、占領改革において「全体主義統治の司令塔」というGHQの解釈の下で分割・解体されたことも大きく影響している。だが、実際には地方行政や土木公共事業、あるいは食糧管理などを所管する護民官的要素もあり、内務官僚の意識としてはこちらの方が強かったらしく、多くの者が「国民弾圧装置」として解体されることに非常に強い「心外」感を覚えたという。本書は研究所である上に、政治に特化しているが、まずは全容を把握したい。


『占領改革の国際比較』 油井大三郎ほか 三省堂(1994)

アジア諸国やヨーロッパにおける米ソの占領政策と日本で行われた占領政策を比較する。特に他国の占領政策については、私も殆ど知識が無いため、二次大戦期と冷戦期を結ぶ「空白」を埋める意味でも貴重な一冊と言える。読み込むのは冬休みになるかも。

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『内務省対占領軍』 草柳大蔵 朝日文庫(1987)
右派系ジャーナリストによるノンフィクションと言える作品で、GHQ支配に否定的なスタンスから書かれているが、内容も背景知識も充実しており、批判的に読みながらもすこぶる面白く感じられる。当事者たちの心の叫びのようなものが良く伝わってくるので、当時の雰囲気を知るには最適な一冊と言えよう。
posted by ケン at 09:25| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする