2020年02月27日

伊勢崎ゼミが差別を利用した炎上商法

【ゼミで不適切アンケート 学長「深くおわび」 東京外大】
 東京外国語大は18日までに、国際社会学部のゼミがインターネット交流サイト(SNS)を通じて行ったアンケート調査に不適切な内容があったとして、「不快な思いをされた方々に深くおわびする」とする林佳世子学長名の見解をホームページ上で発表した。
 東京外大によると、アンケートは今月5〜7日に実施。実在するスポーツ選手名を挙げた「見た目は外国人風の人を日本人と捉えるか」という質問や、「在日朝鮮人と日本人の間に生まれた子どもを日本人と捉えますか」という質問などをした。
 ゼミ内の留学生らが周囲から受けた質問から、問題意識を持ってアンケートを実施したという。林学長は「指導教員への対応を含め必要な措置を講じ、再発防止に努めていく」とした。 
(2月18日、時事通信)

この問題はすでに一ヶ月以上前から当該ゼミのSNS向け広告で問題が指摘されていたはず。
ケン先生もブログでは取り上げなかったが、SNSでは外大出身者として問題を指摘していた。
ところが、本人からの回答はこれだった。

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本人たちは炎上商法を自覚の上での行動だったのだ。
本人は「正しいことをしているのだから何が悪い!」というスタンスだが、それこそが「地獄への道は善意によって舗装されている」であろう。

外大は日本全体が内向き化する中で衰退傾向にあり、こうした芸能人を抱えることで何とか「人気」を保とうとしているのだろうが、本末転倒である。
posted by ケン at 12:00| Comment(3) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

教育実習生に対するセクハラ問題

【教育実習先のセクハラ、後を絶たず 相手は評価者「泣き寝入り」も…】
 「性的な関係を迫られた」「食事や飲みにしつこく誘われた」−。大学生が教育実習先でセクハラを受けたケースは、日本教育学会の最近の調査でも後を絶たない。相手はベテランの教師で評価者でもあるだけに、声を上げにくい構造があり、専門家は警鐘を鳴らしている。
 調査者の一人、川村学園女子大の内海崎貴子教授(人権教育)によると、学会は2015年、教育実習を終えた全国の学生、男女594人を対象に調査。21人(3・54%)がセクハラ被害に遭い、35人(5・89%)が見聞きしていた。内海崎教授らは01年から継続的に調査しており、各年の被害者は2〜4%台、見聞きした人は4〜7%台で推移している。
 主な被害内容は、性的なからかいや不必要な性的な話題、身だしなみや化粧への注意や批評など。以前は宴席などで絡まれるケースも目立ったが、15年調査では、被害の半数が1対1になりやすい指導教師との「回避が難しい状況」(内海崎教授)で発生していた。
 被害者の大半は我慢したり、受け流したりしており、学校や大学に相談した例はわずかだった。約6割は精神的苦痛を感じたほか、約4割は実習への意欲が落ち、約3割は実習をやめたいと思うなど深刻な影響が出ている。
 一方、大学側の対策は十分とは言いがたい。14年に一部の大学に調査した結果、実習先でのセクハラに気を付けるように学生に注意喚起していたのは、4割程度にとどまる。
 内海崎教授は「学校現場ではセクハラが指導と一体化する場合がある」と指摘。弱い立場の児童生徒に触れたり、怒号を浴びせたりする指導がいまだに残り、その延長で大学生にも似た指導を行う教師がいるといい、「無自覚にセクハラを容認する風土、文化がある。危うい環境で実習が行われていると全ての大学は知るべきだ」と話す。
(2月13日、西日本新聞)

教育実習生に対するセクハラも以前から言われていたが、実態は闇の中にあった。
記事にもあるとおり、将来(教員資格)のかかった実習生と評価を下す学校・教員という圧倒的な上下関係が犯罪を誘発した上、闇に葬らせ、性被害の特殊性が沈黙を強制する悪循環にある。
しかも、今日では現場の教員不足から、仮に問題が発覚しても加害教員を免職にするケースは稀になっている。
部活動におけるセクハラや暴力行為を行った教員、いじめを容認あるいは加害者に加担していた教員も、多くのケースで免職されずに教職を続けているケースが散見される。
この辺はいかにも末期戦の様相で、犯罪行為を行った士官や下士官でも、戦争遂行上罷免できずに、使い続けざるを得ないのと似たような状態にある。
現実には学校教員は強度のストレスにさらされて、まともな人間から戦線を離脱してしまい、現場に残っているものほど、過重ストレスから逸脱に走りやすい構造にある。恐らくは、教育実習生に対するセクハラも、調査結果以上に深刻であることが想像される。

さらに苦しいのは、実習に送り出す側の大学においても「成果」が問われるあまり、質より量が要求され、たとえロクでも無い実習先であっても、受け入れてくれるのであれば送り出さざるを得ない状況にあるのだろう。
もはや日本社会のあらゆる面がストレスと暴力の上にのみ成り立っており、ますます社会全体を疲弊させ、衰退させていると言えよう。
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2020年02月07日

日本語学校講師は時給300円

【「時給は300円くらい」 日本語学校に是正勧告…教員はコンビニバイトとかけもち】
 日本語学校大手の「千駄ヶ谷日本語教育研究所付属日本語学校」を運営する株式会社ベスト・コミュニケーションズに対し、新宿労働基準監督署が是正勧告を出したことを受けて、同校の日本語を教える非常勤教員らが1月27日、東京・霞が関の厚労省記者クラブで会見した。
 会見した非常勤教員らによれば、同校の非常勤教員には授業1コマあたりの給与が支払われているが、授業時間外の業務が多くサービス残業が強いられているのが実態だという。非常勤教員らは2019年12月19日に新宿労働基準監督署に申告した。その後、新宿労基署が臨検に入り、就業規則作成の手続き違反や、採点や学生対応に対して賃金を支払わなかったことなどが労基法15条に違反するとして、是正勧告を出した。
 労基署に学校の実態を申告した1人、日本語教師ユニオン代表の塚越智世江さんは、同校に2016年4月から勤務する4年目の非常勤教員だ。塚越さんによれば、1コマ(45分)あたりの給料は教員によって異なるが、勤務4年目の塚越さんで1コマ2010円。授業時間以外にも、採点や学生の面接、授業準備にも時間は割かれる。授業準備に6時間以上かかる場合もあり、給料に反映されない労働時間を含めると「時給300円くらい」だと言う。7時間半に及ぶ遠足の引率は手当として3000円だけが支払われ、本給は支払われなかった。「学校側は『楽しいからいいじゃないか』と仕事と見なしませんでした」(塚越さん)。
 そのため、非常勤教員はダブルワークが基本で、コンビニやスーパーのバイトをしている人がほとんどだという。同校で午前8時半〜遅くて午後7時までほぼフルタイムで働く非常勤教員の昨年の年収は約164万円だった。このような環境で、新人非常勤教員の2年未満の離職率も「8割」と高いそうだ。
「日本語教師を国家資格化しようと政府も動いている。外国人人材の受け入れも進む中、我々の仕事が重要になるのに、我々の待遇のひどさが置き去りにされている」(塚越さん)
 ユニオンの上部団体で大学等教職員組合の役員を務める佐々木信吾さんは会見で、このようにサービス残業を強制するやり方は大半の日本語学校で共通しているといい「大手に是正勧告が出されたことで、業界全体の悪弊を改善する契機にしたい」と訴えた。弁護士ドットコムニュースの取材に、ベスト・コミュニケーションズ社は「コメントできる代表者が外出中」と返答した。
(1月27日、弁護士ドットコム)

これも以前より言われていたことだが、表に出ることは殆ど無かった。
日本語教育の学位や資格を持っていても、日本語学校の給料は正規でも一般の中小企業よりも安いのが大半で、(日本における)教員という職業柄、時間外や教壇に立つ以外の仕事も非常に多く、記事のような勤務環境がまかり通っている。
特に非常勤の場合、実際の時給換算だと、コンビニやスーパーあるいは外食などのアルバイトの方が割が良くなってしまい、以前から「普通に派遣で働いた方が稼げる」として、辞める人が後を絶たない。
結果、「人手不足」が生じて、正規教員の負担が増え、労働環境が悪化、ブラック度を増している。

介護や保育などと同様、有資格者は有り余るほどいるのに、「人手不足」が生じている形だ。
もっとも、介護や保育はほぼ公定価格であるため、企業努力で賃金を増やすこともできないわけだが、日本語学校の場合は公定価格ではなく、単に過当競争で学校だけが乱立しているだけという面もある。

他方で「留学生30万人計画」や外国人労働者の要件緩和などもあって、需要は生じているにもかかわらず、公的支援は不十分な上、粗悪な業者を排除する仕組みも未熟で、学校同様「教員は聖職」という実態にそぐわない慣習も相まって、労働環境や待遇の改善は殆どなされていない。
実際、私の大学院の同期生で教員を続けているのは、大学に正規職で入れた数人のみのようで、一流大学の学位を持っていても、職業とするにはあまりにも過酷な現状がある。
つまり、国の方針と政策が全く合致していないのだ。

ケン先生も外国でやっていることと、研究職の仕事もあるからできているだけで、帰国後も日本で教鞭を続けようとは思っていない。
教える方はもちろんのこと、このような環境で学ばされる学生も不幸であり、教員や教育の質的向上などは夢物語に過ぎず、日本に対する留学生の評価も悪化する一途だろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月30日

中国の学生に同情される日本学生

日本式贫困:被助学贷款拖入地狱的18岁们

中国メディアが日本の学生の貧困ぶりを報道する時代。
そして学生が「本当ですか?」「中国の奨学金は返済不要です」と言ってくる始末。
もはや精神的豊かさ=余裕という点では、中国が日本を上回っているのかもしれない。

日本では大学生の5割が有償奨学金(要返済)を受けており、卒業・就職時には負債を負っている。給付型奨学金は非常に少なく、奨学金の中のわずか3%でしかない。つまり、返済不要の奨学金を得られるのは大学生の1%強である。過去5年間で奨学金の返済ができずに自己破産した者は15000人を超え、その負債は保証人になっている親や親戚にまで及んでいる。こうした結果、日本の若年層は留学もできず、車も買えず、結婚もできなくなっている。これが、消費低迷と少子化を加速させ、日本衰退の大きな原因になっている。

本来であれば、これは政治が修正すべき政策課題であるが、高齢者が増えると同時に高齢層が若年層の2倍もの投票率を誇っているため、高齢層対策が優先されて、若年層向けの政策課題は二の次にされている。議会制民主主義の負の側面であろう。

今後は国防費の需要増や社会保障費の肥大化などから、さらに教育予算が削減され、教育現場は荒廃、貧困家庭や貧困学生はさらに増え、貧困の問題はますます深刻になっていくだろうとみられる。

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2020年01月27日

不登校対策でスマホ禁止?

【スマホやゲームの利用「ルール化を」大阪市長】
 小中学生がスマートフォンやオンラインゲームに依存するのを防ごうと、大阪市の松井一郎市長は15日、スマホの使用時間を条例でルール化することも視野に、実効性ある対策を検討するよう市教委に指示した。
 松井氏は同日市役所で開かれた会議で、不登校の要因の一つがスマホやゲーム依存であるとの実態が紹介されたことを受け、「夜は何時までとか、条例でルール化したらどうか」との考えを示した。
 市内では旭区が平成26年に、スマホやゲーム機を午後9時以降は使用しないなどのルールを決定。校長判断で各校で適用されているが、市教委として統一したルールは定めていない。
 松井氏は、使用制限に強制力を持たせたり罰則をつけたりすることは難しいとの認識を示した上で「理念的なものにはなるが、(大阪市として)ルールを作ったよというのが(不登校を減らすのに)大事なのかもしれない」と述べた。
 スマホやオンラインゲームの使用制限をめぐっては、香川県が子供がインターネットやゲーム依存になるのを防ぐ全国初の条例制定を目指している。今月10日の検討委員会ではスマホやゲームは「平日は1日60分まで」などとする条例素案が示されたが、ネット上でも賛否が分かれるなど物議をかもしている。
(1月16日、産経新聞)

相変わらず頭の悪そうな政策ばかりが提起されている。
正直、スマホ・ゲーム禁止は関ヶ原以西だけにして欲しい(笑)

そもそも、「ゲームで寝不足になって不登校」なのか「不登校で暇だから仕方なくゲーム」なのか、普通に考えれば、後者の方が圧倒的多数を占めると推測できるだろう。
仮にスマホとオンラインゲームが不登校の要因なら、2010年前後を起点に不登校が急増しているはずだ。しかし、現実にはそれ以前から断続的に増えており、スマホ・オンラインゲームとの関連性を証明するのは困難なはずだ。つまり、エビデンスが存在しない。

いじめや体罰などが放置されていたり、教員が多忙すぎて子どもと向き合えなかったり、学校環境そのものの悪化を放置して、どう見ても枝葉に過ぎないゲームをやり玉に挙げるのは、戦争や人種差別で批判の矛先を別の方向に目用とする権力者の常套手段と同じだ。

繰り返すが、不登校は学校環境の問題であり、まずは学校環境を変えなければ、何も変わらない。
仮にゲームを禁止してみたところで、家の中でボーッとしているだけになる可能性が高い。もともと不登校の子どもが「ゲーム禁止されたから学校にでも行くか」と思うだろうか、思うわけ無いだろう。

いじめを減らすのは、実はさほど難しくない。いじめは閉鎖空間における濃密すぎる人間関係のストレスから発生するものであって、まず学級制度を廃止して、全教科を単位制にすることで、一つの教室に同学級の人間が長時間同室する環境を廃する必要がある。
同時に、部活動を全廃して、部活内での閉鎖的人間関係や閉鎖空間、あるいは歪な上下関係を廃止する必要がある。また、部活動を廃止することで、教員の労働時間を約二割削減できる。
さらに空間的には、教室の壁を全て取り払うことで、「死角」空間を限りなく減らしていく努力も必要だろう。権威主義的(上下関係を固定化し、疎外を正当化する)な学校行事や修学旅行も全て廃止した方が良い。

だが、現実には不登校やいじめを減らすための努力は殆どされずに、むしろ不登校やいじめを増やす恐れのある「改革」が進められようとしている。
こうした点でも、日本の未来は絶望的に暗い。
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2020年01月18日

森法相、日本司法制度の中世性を露呈

【森まさこ法相、「無罪証明すべき」発言訂正「主張と証明を言い間違えた」】
 日産自動車の前会長、カルロス・ゴーン被告人の会見を受けて、森雅子法務大臣は「潔白というのならば、司法の場で正々堂々と無罪を証明すべき」と発言したが、その後、ツイッター上で「無罪の『主張』と言うところを『証明』と言い違えてしまいました」と訂正した。
 森法相は1月9日未明、記者会見を開いて、カルロス・ゴーン被告人について「潔白というのならば、司法の場で正々堂々と無罪を証明すべき」と述べた。日本の刑事裁判では、検察官が有罪であることを証明しなければいけないことから、この発言に対して「ありえない」と批判があがっていた。
 森法相は1月9日夕、自身のツイッター上で「無罪の『主張』と言うところを『証明』と言い違えてしまいました。謹んで訂正致します」と投稿した。
 「記者の皆様に配布したコメント文面には"わが国の法廷において『主張』すればよい"と記載してましたが私が言い違えてしまいました。無罪推定の原則は当然重要な原則であり日本の司法もこの原則を遵守しております」とつづっている。
(1月9日、弁護士ドットコム)

森法相ははからずも昭和帝政の本質を露呈した。建前を言おうとして、本音を言ってしまったのだろうが、意図的に敢えて本音を言うことで、全国民に「お前ら分かってんだろうな!(建前は建前なんだぞ)」と脅しをかけたのかもしれない。

日本では、被告が無罪を「証明」できなければ、全て有罪となる。結果、有罪率99.8%となっている。大逆事件でも横浜事件でも有罪となったのは、被告が無罪を「証明」できなかったからだ。
日本の裁判では、検察側が選別した「証拠」のみが開示され、弁護士はいわば目隠しのまま弁護せざるを得ない。そもそも公平性を欠いた制度となっている。ゴーン氏の主張はあながち外していないところが、苦しい。

ちなみに起訴率は65%程度とされているが、残りの35%のうちの多くは当局の協力者(コラボ)となる条件で不起訴とされている。この点でも、非常に東ドイツとよく似ていると言える。

なお付言すれば、これは安倍政権の問題ではなく、明治帝政を無反省のまま引き継いだ戦後帝政の問題であり、帝政を終わらせない限り、何も変わらないだろう。
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2020年01月14日

正当化の余地が無いのは誰か?

【森法相、ゴーン被告逃亡に初の公式コメント 「正当化される余地はない」】
 森雅子法相は5日、保釈中にレバノンに逃亡した日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告に関し初めて公式コメントを発表し、同被告が「不正な手段」を用いて「不法」に出国したとみられると説明した。森氏は、「わが国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障しつつ、事案の真相を明らかにするために適正な手続きを定めて適正に運用されており、保釈中の被告人の逃亡が正当化される余地はない」と指摘。
 さらに、「ゴーン被告が日本を出国した旨の記録はないことが判明しており、何らかの不正な手段を用いて不法に出国したものと考えられる」とし、こうした事態に至ったことは「誠に遺憾」だと述べた。森氏はコメントの中で、ゴーン被告の保釈が取り消され、日本が国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)に要請した同被告に対する「赤手配書」が出されたことを認めた。
(1月5日、AFP)

相変わらず出来の悪いジャパニーズ・ジョークである。
法相が言う「正当化される余地はない」のは、果たしてゴーン氏なのか日本の司法制度なのか。

「わが国の刑事司法制度は、個人の基本的人権を保障し」

と強弁しているが、そもそもゴーン氏が逃げ出したのは「基本的人権が保障されないから」との理由だったはず。
ゴーン氏の場合は、(入手手段は別にして)巨額の資金と特異な人脈を駆使して日本の司法地獄から抜け出すことに成功したが、それ以外の人間は「中世並みの」「基本的人権が保障されない」「不公正な」司法によって日々、有無を言わさずに裁かれているのだ。
現在の日本司法は、大逆事件から横浜事件に至る無数の罪なき社会主義者を不法に虐殺してきた明治帝政の後継であり(一切反省ない)、それは「天皇を頂点とするヒエラルキー」を護持するための装置であって、市民や国民を守るためのものではない。それは例えば、

・連続23日間拘束可能
・1日最低6時間、上限は無限の尋問(同じことを「自白」するまで何万回でも聞かれる)
・自白しなければ何度でも延長可能
・弁護士との接見は非常に限定的
・証拠は原則不開示

だけを挙げるだけで十分だろう。また、「和歌山カレー事件」に象徴されるように、科学的証拠なくしても平気で死刑判決が下されるという点でも、恐ろしく中世的な司法体系を有している。
そこで検察との「取引」(多くの場合、「協力者」になること)に応じれば起訴されないが、これを拒否すれば起訴されて、有罪率99.8〜99.9%の裁判にかけられることになる。
政治との癒着も深刻で、政権や官邸あるいは天皇に近いものは、そもそも起訴されずに終わり、その記録は全て廃棄され、「無かった」ことにされる。

日本の司法について言えるのは、せいぜい「北朝鮮や中国よりはマシ」という程度だろう。
だからこそ、政府関係者と政府支持者(昔のナチ党員のようなもの)以外は概ね沈黙を守り、「結局カネと権力か」という絶望に打ちひしがれて、ますます厭世的になっていくのである。
これは安倍政権の問題ではなく、昭和帝政の問題なのだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする