2017年09月16日

また戦力の逐次投入−学校事務支援員

【学校事務支援員3600人=いじめ対応で弁護士派遣―文科省要求】
 文部科学省は30日、2018年度予算概算要求を発表した。一般会計総額は前年度当初予算比9.9%増の5兆8380億円。教職員の多忙化を改善するため、事務を手助けする「スクール・サポート・スタッフ」をまずは大規模な小中学校などに3600人配置する。弁護士を派遣し、いじめ問題について助言する「スクールロイヤー」事業も実施する。サポート・スタッフは保護者ら地域の人材を非常勤で採用し、学習プリントのコピーや授業準備などを手伝うことを想定。関連経費15億円を計上した。弁護士は、専門的立場から教員と保護者の間に立っていじめ対応に関するアドバイスを行う。全国10カ所でモデル事業を行うため、5300万円を盛り込んだ。
(8月30日、時事通信)

学校の業務量を減らすのではなく、かと言って事務員を増員するのでもなく、事務「支援」員を、3万6千人ではなく、3600人追加するという。ゲーマー的に言い換えるなら、最低でも現役の2個師団が必要とされているところに、後備兵どころか未訓練の民兵を3個大隊で済ませるという話だ。
ちなみに現在、全国に約1700の自治体があるが、大きさに関係なく均等に振り分けた場合、1自治体に2人の「事務支援員」が配される計算でしか無い。学校数で言えば、全国に約3万1千の小中学校があるが、9校に1人しか配置できない計算で、砂漠に水をまくような話になっている。

業務を減らさずに「バイト入れてやるから我慢しろ(9店舗に1人だけ)」的な文科省の対応自体、国家のブラック性を表している。
本来であれば、単純に業務量を減らし、授業外の教員の仕事を減らすことで、労働環境の改善と授業のクオリティ・アップの可能となる。それには、本来業務ではない部活動や学校行事を全廃し、クレーム対応や集金などを学校事務員に任せることが不可欠となる。だが、それらの改革はあまりにもコストが掛かりすぎるため、労働基本権がごく部分的にしか認められておらず、ストライキも打てない教員にあらゆる仕事を押しつけている。

記事にある「スクールロイヤー」も、実際には市場価格よりもはるかに安い報酬となると思われるが、果たしてその役を引き受ける弁護士が、特に地方にいるとは思えない。いかにもヤクニンの机上の空論だ。いかにも「何もしないと文句言われるので、
何かやっているように見せないと」という感じの仕事だ。

しょせん文科クオリティと評価せざるを得ない。
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2017年09月14日

全くやる気の無い教職改革

【教員にタイムカード、長時間労働解消へ緊急提言】
 教員の長時間労働の解消に向けた対策を検討している中央教育審議会の特別部会は29日、タイムカードを使った勤務時間の管理や、事務作業を代行する専門スタッフの配置などを盛り込んだ緊急提言をまとめた。文部科学省は提言を受け、来年度予算の概算要求にあわせて具体的な対応の検討を進める。提言では、まず教員の業務を見直す基本として、校長や教育委員会に対し、すべての教職員の勤務時間を客観的に把握するよう求めた。その方策として、タイムカードや、ICT(情報通信技術)を活用して退勤時間を記録できるシステムの導入などを促した。文科省の2016年度調査では、タイムカードなどを使い、勤務時間を管理している小中学校は3割弱にとどまっている。
(8月30日、読売新聞)

教員にタイムカードを押させれば労働時間が減るとでも考えているのだろうか。どこまでもやる気の無い、というか教員を過労死させることしか考えていない連中である。
昨今、「働き方改革」などと称して公共機関や大企業では、夜9時とか10時になると自動的に消灯させたり、冷暖房を止めたりするということが行われているが、現実の業務は全く減っていないため、自宅やネットカフェで作業を続けたり、消灯下や冷暖房が止まっている中で会社に残り続けて残業するものが増え、むしろ健康被害を悪化させているという(産業医の証言もある)。

教員も同じことで、仕事量を減らさずにタイムカードを押させても、退勤したと見せかけて残業することになるだけの話で、むしろ形式的には「退勤した」ことになるため、教育委員会としては「個々の教員が自主的に作業しているだけ」と言い逃れる根拠を持てる仕組みになっている。つまり、タイムカードや一斉消灯は、資本側の弁解でしかなく、実態としてはむしろブラック化を促進してしまっている。

教員の勤務時間に占める部活動の割合は10〜20%に上り、これに学校行事とクレーム対応を合わせると軽く30%を超える。日本における教員の平均勤務時間は週約55時間で、この30%を削除すると38時間になって、OECD諸国平均となる。これにより、勤務時間に占める授業関連の割合は5割超に達するが、これはまだOECD平均の65%には届かない。つまり、授業の質を高めるためには、事務作業の大半を廃止するか、事務員に委ねる必要がある。
文科省などでは非正規の事務員を雇用して一部代行させる案が浮上しているものの、これはこれで官製ワーキングプアを増やすだけの話で、実は別の問題を生じさせる。
とはいえ、まずは最低限、部活動と学校行事を全面廃止しなければ、教職員の労働環境は何一つ改善されないことは間違いない。些末な改革など何も寄与しないであろう。

教職のブラック化の大きな原因の一つは、教職員組合の機能不全にある。例えば、欧州の教職員組合は、学校や教育委員会等と交渉して、仕事や作業の一つ一つについて「教員がやるべきもの」と「教員がやる必要の無いもの」に分類しているが、日本ではこうした交渉は一切されておらず、学校や教育委員会が要求するまま教職員が全ての作業をやらされている状態にある。
日教組などに労働者意識があるのであれば、今すぐにでも全面ストライキを行って、部活動と学校行事とクレーム対応の全面廃止を要求すべきだが、彼らには全く階級意識がなく、労働組合の意義も理解していないため、産業報国会と同様、当局の補助機関に成り下がっている。

現状では教職員の労働環境が改善される見込みは全く無いが、それは教育の質をさらに低下させると同時に、教員のなり手がなくなるだけの話で、特攻と玉砕で戦力と労働力をすりつぶしてしまった戦時中の指導部と全く同じ過ちを犯している。

バカばっか!

【9月15日追記】
なお、欧州では授業が終わると教員が生徒を追い出して教室の鍵を閉め、午後5時になると校長が校門の鍵を閉めて帰ってしまうので、物理的に残業などできない仕組みになっている。日本でも1980年代くらいまではこうした傾向も見られたというが・・・・・・
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2017年08月31日

深刻化する教員不足

【元社会教諭に「数学教えて」 教員不足、九州の教委必死】
九州各地で教員不足が深刻になっている。年度当初の欠員が相次ぎ、福岡県では1学期半ばでも60人以上が不足していた。第2次ベビーブーム世代の就学時に採用された教員の大量退職が背景にある。切羽詰まって、「教員免許をもつ人を紹介して」と保護者に呼びかける教委もある。
「お知り合いの方で、教員免許状をお持ちの方がいれば、是非紹介してくださるようお願いします」。今年1月、福岡県大野城市の小学校の保護者に届いたメールだ。県教委の福岡教育事務所が、管轄する市町の教委と小中学校を通じ、保護者ほぼ全員に呼びかけたという。この保護者は「そこまで先生が足りないのかと驚いた」と話す。
 福岡県内の元中学教員の男性(61)には昨年、地元教委を名乗る人から「中学の教員が足りない。講師として来てくれませんか」と電話がかかってきたという。男性は元社会教諭。「社会はいっぱいおるでしょう」と言うと「いや、実は数学なんです。臨時免許を出します」。男性は驚き、断った。「数学なんて教えたこともないし、免許もないのに」とあきれる。
 ある中学では今年度、技術の教員が6月半ばまで不在。やむなく技術の時間は家庭科や他の教科に充てた。生徒からは「なんで技術できんと?」と不満が漏れたという。別の中学では5月末まで美術の教員がおらず、授業ができなかった。体育教員が臨時免許で美術を教えているケースもある。
 「担当外では満足に教えられない。これで学力をあげろと言われても無理」とある中学教員。別の小学教員は「教員はだれでもできる仕事じゃない。こんな状況では子どもたちにも失礼だ」と話す。
(8月21日、朝日新聞)

先日NHKの報道で、全国67の教育委員会を取材したところ、うち32団体で今年の始業時に教員定数を確保できておらず、その数は700人以上に上ったというものがあった。

ただ、この教員不足には裏がある。別に教員のなり手がいなくて定数割れをしているわけではないということだ。例えば、記事の福岡県の場合、今年の中学校教員の応募倍率は約5倍(定数250人に対して応募1248人)、高校教員だと約10倍(定数154に対して1570人)となっている。ただし、小学校教員は募集600人に対して1295人しか応募しておらず、確かに人材の水準としては深刻ではある。だが、少なくとも募集時点で不足しているわけではない。
これは、もともと定数に満たない員数を募集しているのではなく、規定数を募集して不足分を非常勤の臨時教員で穴埋めするためだが、この非常勤教員が圧倒的に足りないため、「定員割れ」を起こしている格好だ。つまり、学校教員のアルバイト化を進めたところ、バイトのなり手がいなくて騒いでいるのである。
ちなみに非常勤教員の給与は、月18〜20万円で長期休暇中は給与無し、にもかかわらず部活動の顧問や各種ボランティアだけは半ば強制される(やらないと契約更新されないため)というもので、低賃金・超長時間労働・プライバシー無しという超ブラックな労働環境にある。
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2017年08月15日

みなし日本人制度ふたたび

【日系4世に日本で就労資格、法務省導入へ】
 法務省は、一定の日本語能力などの要件を満たした海外在住の日系4世が日本で就労できる新たな在留制度を導入する方針を固めた。新制度は、日系4世に日本への理解や関心を深めてもらい、将来的に日本と現地の日系人社会との懸け橋になる人材の育成を目的とする。制度案では、他国で働きながら滞在できる「ワーキングホリデー制度」と同様に、対象年齢を18〜30歳に限定し、滞在中は就労が可能な「特定活動」の在留資格を与える。来日時に簡単な日常会話ができる日本語検定4級(N4)程度、在留資格更新時には複雑な文章も理解できる3級(N3)程度の能力を有することを要件とし、家族の帯同は認めない。
(7月31日、読売新聞抜粋)

「日系限定移民」制度はハナから破綻している。日本政府は日系人に限定することで、「外国人労働者」や「移民」ではないことを強調、正当化したいのだろうが、現実には戸籍制度や住民登録制度が未整備の南米諸国にあって「日本人の血統」が証明できるのは1世とせいぜい2世までで、1990年代以降の3世となった時点で家系図や戸籍のねつ造が横行、実際には日本人の血を引いていない「自称日系人」が大量に来日していた。

いや「戸籍が未整備」というのは語弊がある。そもそも家族単位で個人情報を管理する戸籍制度そのものが現代世界の中で異様な制度であり、センシティブ情報を国家が一元管理する戸籍制度は本質的にリベラリズムに反している。そして、現代における個人単位の住民登録制度は、本質的に自由主義を志向するところから、センシティブ情報の登録は最小限度に止める傾向が強い。結果、国家が血統を保証する制度を持つ国自体、非常に例外的かつ差別的存在となっている。

話を戻そう。
日本政府は「名目が立てば良い」と考えていたのだろうが、2000年代の不況で大量解雇が行われると、路頭に迷う日系人労働者が続出した。同時に80〜90年代に来日した者たちの子弟が十分な教育を受けられなかったり、日本社会から疎外されたりして、地域の治安悪化要因になっていた。結果、政府は帰国支援を行って、「日系人」を「本国」に送還し始めた。
ところが、2015年以降、少子高齢化の影響が深刻になったことを受けて、再び手のひらを返し、今度は「日系4世」を呼び込もうという話になっている。凄まじい無責任体質と棄民政策である。
「日本と現地の日系人社会との懸け橋になる人材の育成を目的とする」など、どの口が言うか。

現実には、いまや中国に比してすら賃金が低くなりつつある日本で、しかも超長時間労働や賃金不払いや不当労働行為が横行して、取り締まることもない環境が放置されている中、果たしてどれほどの人が日本行きを希望するか、非常に疑わしい。

そもそも21世紀のこの時代に、民族主義や人種主義を前面に出した政策を臆面なく提示できる日本政府は、自らの差別性や異常性に気づいていない点でも国際社会の孤児と化しつつある。
この手のウソまみれの「みなし日本人制度」や「外国人技能実習制度」はすぐに廃止すべきだ。
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2017年07月26日

二重国籍のまま議員も大臣もOKという政府答弁

予断を抱かないよう、前置きは最低限にしたい。KM党の飯田忠雄議員が、1984年8月2日の参議院法務委員会で重国籍者による被選挙権の適法性について質問している。飯田氏は、満州国勤務経験を持つ運輸官僚出身。以下を読むと、80年代の中曽根内閣期でも、霞ヶ関にはまだまだリベラリズムの残滓があったことが感じられる。KM党が重国籍問題で中曽根内閣を責め立てるという面白い構図。興味を持ったら、ぜひ国会会議録で全文を見て欲しい。

なお、答弁者は枇杷田泰助・法務省民事局長(政府委員)と浅野大三郎・自治省行政局選挙部選挙課長(説明員)。この国籍法改正によって、母親が自分の子に日本国籍を継承させることを認めない「父系優先血統主義」が改められ、母のみが日本国籍を有していているケースでも、子が日本国籍を継承できる「父母両系血統主義」が導入された。

「殊に非常に民主主義というものが強く打ち出されました新憲法下におきましては、そのようなもし他国籍もあわせ持つ者とか、あるいはかつて外国人であった方であっても、これは要するに国民の意思、そういうようなものによって重要な国権の作用を果たす者が選ばれていくということであります」

「今度の改正法におきましては選択の宣言をした人は外国の方の国籍の離脱に努めなければならないと規定いたしておりますが、しかし外国の国籍の方を離脱できるかどうかはこれは当該外国の国籍法の規定によって左右されるわけでございます。そういうことでございますので、離脱しなければそれによって直ちに日本の国籍の方を喪失させるとかというような効力を認めるということは適当ではございません。したがいまして、御本人の努力と、それから各国の法制とによってなるべく外国の国籍を早期に離脱するようにということを期待するということにとどめております。それ以上のことは酷なことにもなりますので、改正法におきましても要求はしておらないところでございます。」

「被選挙権につきましては公職選挙法第十条で規定しているわけでございまして、一定年齢以上の日本国民は衆議院議員または参議院議員の被選挙権を有するということを定めております。一方で二重国籍の者を排除するという規定もございませんから、日本国籍のほか他の国の国籍を有する二重国籍者が国会議員となるということも現行法上可能ということになっております」

「私どもといたしましては、これまでのところそういう二重国籍者が選挙権を行使する、あるいは選挙によって選ばれる、公職についたことによりまして何らかの障害が生じたという事例は承知しておらないところでございます」

戦前の旧国籍法は、国籍取得者やその子ども等が帝国議会議員や国務大臣などに就任することを禁止している(第16条)。つまり、自民党や保守の皆さんは堂々と国籍法の改正(戦前回帰)を主張されたらよろしいのデス。
「歸化人、歸化人ノ子ニシテ日本ノ國籍ヲ取得シタル者及ヒ日本人ノ養子又ハ入夫ト爲リタル者ハ左ニ掲ケタル權利ヲ有セス
一 國務大臣ト爲ルコト
二 樞密院ノ議長、副議長又ハ顧問官ト爲ルコト
三 宮内勅任官ト爲ルコト
四 特命全權公使ト爲ルコト
五 陸海軍ノ將官ト爲ルコト
六 大審院長、會計檢査院長又ハ行政裁判所長官ト爲ルコト
七 帝國議會ノ議員ト爲ルコト」
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2017年07月20日

人を使い潰して増員を要求する無能者

【公立小中学校の教員数 全国で700人以上不足】
 全国の公立の小中学校の教員の数が、ことし4月の時点で定数より少なくとも700人以上不足し、一部の学校では計画どおりの授業ができなくなっていることがNHKの取材でわかりました。これまで欠員を埋めてきた臨時採用の教員の不足が要因と見られ、専門家は「国や自治体は早急に実態を把握し、対策を検討すべきだ」と指摘しています。
全国の公立の小中学校の教員は、国が学校ごとの児童や生徒の数に応じて毎年、定数を算出し、それをもとに各地の教育委員会が配置しています。
 NHKが全国の都道府県と政令指定都市、合わせて67の教育委員会に教員の定数とことし4月の始業式の時点での実際の配置状況について尋ねたところ、全体の半数近い32の教育委員会で定数を確保できず少なくとも717人の教員が不足していたことがわかりました。
 このうち福岡県内では担当教員の不在で技術や美術の授業をおよそ2か月間実施できない中学校があったほか、千葉県内では小学校の学級担任が確保できず教務主任が兼務する事態も起きています。
専門家によりますと、背景にはこれまで欠員を埋めてきた臨時採用の教員の不足があるということで、教員の配置に詳しい慶應義塾大学の佐久間亜紀教授は、「臨時採用など非正規の教員は雇用が不安定で給料が低く確保が難しい状況にある。国や自治体は早急に事態を把握し、採用計画を見直すなど対策を検討すべきだ」と指摘しています。
(7月4日、NHKから抜粋)

これは日本型組織の無能の典型例。徒に若手教員を使い潰して「人手が足りない」と増員を要求する様は、補給のあても無い太平洋の島々に兵を送り込んで餓死させておいて「兵が足りない」と騒いでいた旧軍と全く同じだ。

全体状況としては、「少子化だから」と教育予算を抑えられているにもかかわらず、教員の平均年齢が高くなって人件費が高止まりして、正規職員の新規採用が十分ではないのは間違いない。
だが、正規採用を抑え、非正規教員を増やした結果、正規採用された新人教員は十分な教育訓練も受けられないまま、担任はおろか部活動の顧問まで押しつけられ、保護者からの過剰な要求も相まって、過重労働とストレスにさらされ、3〜5割が数年で退職、休職するという事態になっている。
また、非正規教員は超低賃金の上、正規教員とほぼ同じ職務が要求され、時間給に直すと500円以下になっている。しかも、夏休みなどの長期休暇中は、給料も出ないのに部活動や行事への参加が強要されるという。結果、臨時職員は募集しても応募者が不足、定員割れが常態化している。
東京都の場合も、10年前には6倍前後あった募集倍率が、今では3倍を切っている。高偏差値大学の教育学部では、教員志望者が1割を切っているというから、応募者の質は推して知るべしであろう。

まさに日本社会、企業文化を象徴する話で、低賃金&ブラック労働を放置して、人材を使い潰しておいて「人手が足りない」と大騒ぎしている財界や政府の姿そのものなのだ。

本ブログでは何度も言っていることだが、まずは部活動と学校行事を全面廃止し、終業時間になったら生徒を全員校外に出して閉門、保護者からのクレームや相談は担任教師が受けるのでは無く、専門の窓口(担当者)を設置して対応することから始めるべきだ。
学校が「子守機関」「監視機関」となってしまっているからこそ、教員の過重労働が悪化し、教育指導の質も低下、学力の低下に直結している。あくまでも学校は「勉強するところ」であるべきであり、それ以上を求めるべきでは無い。社会や保護者が「あれもこれも」学校に求めた結果が、現在の惨状であることを認めない限り、いかなる解決もできないだろう。

【追記】
根源的には様々な学校行事や部活動など、学校に過剰なサービスとスペックを求めた結果、運営コストが上昇していることに起因しており、その自覚を持たずに、ただ「教育費が高い」と批判したところで無責任であろう。運動会や文化祭、修学旅行などの学校行事と部活動を全廃すれば、授業料は10〜20%削減できるはずだ。また、本来目的外の過剰なサービス要求が、本来の「商品」であるはずの学力教授水準を低下させ、それを補うために塾に通うという「ムダ」を生じさせている。この点でも、行事と部活動を廃止して、全資源を学力向上に投入すれば、塾に通う必要がなくなり、教育費の自己負担を大いに削減できる。どこに「ムダ」があるかは明白すぎるはずなのだが、それを認めないところが「すでに終わっている」のであり、ここは強権を駆使する必要があるだろう。
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2017年05月30日

自民党と霞ヶ関が共謀罪を必要とするワケ

共謀罪法案が衆議院を通過した。本会議の最終弁論では、自民・KMの両党から特に民進党を罵倒する演説が行われ、「国民の不安をいたずらに煽り立てる野党」が強調された。その自民もKMも「テロ対策上必要不可欠」と強調するわりに、法案には「テロ」の文言は1つもなく、およそテロとは関係ない罪状にまで対象が広げられていることについて明確な答弁はなされなかった。

だが、例えば、SGの初代会長は治安維持法違反で検挙された後、拷問死しており、今回の「テロ等準備罪」も普通に考えれば、日本最大級の宗教団体であるSGこそがターゲットにされて然るべき存在であることは言うまでも無く、連中は自分の首に縄を掛けただけのことだった。共謀罪の対象から公務員が除外されていることは、連中が誰をターゲットにしているのか、露骨すぎるほど明確なはずだが、連中は現在手にしている権力を維持するために、自分の生命と財産を担保に入れてしまったのだ。

他方、市民団体からは「民進党がだらしない」との批判が上げられているが、そもそも民主党野田政権期には、秘密保護法、安保法制、共謀罪、TPPなど今の安倍政権とほぼほぼ同じ法案を準備しており、何を言っても「唇寒し」の状態にあった。同様に、所属議員の過半数がそれらを支持しており、到底戦える状況になかった。

現実には、例えば、1937年に起きた人民戦線事件では、本来共産党と同党員をターゲットにしてきたはずの治安維持法によって、社会民主主義者、労働運動家、マルクス経済学者などが一斉検挙され、一次、二次含めて480名以上が逮捕された。ところが、法廷で有罪判決が下されたのはわずか数人に過ぎず、圧倒的多数は無罪に終わった。数件の有罪判決についても、判決が出る前に容疑者は保釈され、かつ控訴審は延期され続けたまま終戦を迎え、結審に至らずに終わった。このことは、当局(特高=秘密警察)が対象を必ずしも有罪にしなくとも、強制捜査や検挙、拘束することだけで、対象の動き(運動)を抑止することが可能であることを示している。
治安維持法全体で見ても、1928年から同40年までの検挙者数6万5千人のうち起訴者数は約5400人に過ぎず、起訴率はわずか8%でしかなかった。
実際に起きた犯罪を取り締まる一般の行政警察と異なり、国家規模の治安維持を目途とする秘密警察の場合、反体制運動の事前防止と撲滅を目的とするため、公判で有罪にすることよりも捜査や検挙で運動を妨害あるいは組織の撲滅を目指すことになる。言うなれば、共謀罪や準備罪の創設は、公安警察にフリーハンドを渡すものなのだ。

それにしても、自民党と霞ヶ関が10年以上も共謀罪の創設に情熱を燃やし続けたのは何故だろうか。いや、自民党に限らず、民主党野田政権でも共謀罪を準備していたのだから、そこには表面上説明されない真の理由があると見て良い。残念ながら、今回は官僚や議員からは確信的な言葉をもらっておらず、以下は私の推測になる。

1925年に治安維持法が施行されたのは、一義的には同年に日ソ国交が樹立されて共産主義の浸透が予測されたことにある。一般的には、28年の男子普通選挙法に対する警戒として説明されているが、これはどうやら後付けの理由らしい。だが、その背景にあったのは、1920年に第一次世界大戦の大正バブルがはじけてデフレ不況が起こり、これに対して緊縮財政が敷かれて深刻な経済不況が長引き、小作騒動や労働争議が蔓延、社会不安が増大していたことにある。そこに「日ソ国交回復=コミンテルンの浸透」が現実的な恐怖として現れた。1923年に関東大震災、同27年に昭和金融恐慌が起きていることを鑑みても、現代人には当時の社会不安が想像しづらいかもしれない。

そこで現代に戻る。戦後日本の繁栄と安定は、「戦後和解体制」によって説明される。
戦後和解体制とは、東側の共産主義の脅威に対抗すべく、西側で成立した資本家層と労働者層の協同的体制を指し、資本主義と自由経済を容認しつつ、再分配と社会保障制度の充実を図ることで、労働者層の体制参加(取り込み)を進めるものを指す。これにより、いわゆる「分厚い中間層」が誕生し、消費が拡大することで市場経済が活性化するという経済成長の好サイクルができると同時に、政治的安定が確立した。日本において、社会党の伸張が止まったのは、岸内閣が国民年金と健康保険を創設し、社会党の「やりたいこと」を先に実現してしまったことが大きい。

ところが、ソ連・東欧ブロックが崩壊したことで、戦後和解体制はその意義を失ってしまう。東側陣営の「社会主義」に対抗すべく、労働者層の取り込みを図ってきたが、その政治的意義が失われ、配慮する必要がなくなった。
また、時期を前後して、社会保障の財政負担が急激に増し、慢性的な赤字に悩まされるところとなった。「民主的な選挙」で選ばれる政治エリートは、選挙に勝つために社会保障費の削減を主張できないため、財政赤字は肥大化する一途にある。
さらに経済のグローバル化によって(ソ連ブロックの瓦解も影響)、国内産業の多くが賃金の安い海外に移転、海外市場との低賃金競争が始まって、国内の失業ないしは低賃金が蔓延していった。日本では、80年代まで10%程度だった非正規雇用が、90年代から急増、いまや40%に近づきつつある。また、最低賃金は先進国中最低水準にある。
結果、戦後和解体制は、政治的意義を失い、財政的に継続困難となり、基盤となる国内産業や労働待遇が切り崩されることで、崩壊しつつある。欧州における「極右」勢力や、アメリカにおける「ポピュリズム」の伸張は、その表れと言える。

戦後和解体制を維持するためには、社会保障制度を維持する必要があるが、そのためには肥大化する同費を補うだけの、保険料や税が必要となる。ところが、保険料は高齢世代の増大と現役世代の縮小により、放っておいても現役世代の負担は上昇するばかりとなっている。現役世代の負担が重くなればなるほど、少子化が進み、縮小再生産のスパイラルに陥っている。
また、税収を上げるためには、所得税、消費税、法人税の3つが主な対象となるが、所得税を上げても、高額所得者は「タックス・ヘイブン」を利用し、中低所得層の負担が重くなるだけ。消費税は消費を抑制すると同時にヤミ市場を蔓延させよう。法人税は、国際的に引き下げ競争を行っている上、会計粉飾を蔓延させる。つまり、増税はデモクラシーの制度上難しい上に、増税すればするほど実際の徴収が難しくなるというジレンマを抱えている。

財界、官界、マスゴミの支持を受ける自民党は、富裕層に対する増税や保険負担増を行えず、「増税せずにパイを増やす」戦略を採るが、結果的には、インフラを含む生産財に集中投資した上で、奴隷労働を強化し、賃金を引き下げる(非正規雇用を増やす、残業代を出さない)ことで実現しようとしているため、使いもしない生産財ばかり増え、固定維持費が高騰、一方で大衆増税や保険負担増が行われ、可処分所得が低下、消費がますます減退するという貧困と不平等の連鎖に陥っている。
他方、中間層の没落と貧困の蔓延を尻目に、権力に富が集中、腐敗が加速、急速に統治能力を失ってゆく。統治能力が低下するため、治安を維持するために、暴力行使のハードルも下げざるを得なくなっている。同時に、軍と警察を拡張するため、新規増税が不可欠となるが、富裕層の支持に依拠する自民党は、大衆増税や収奪によってしかその財源を賄えない。

貧困と不平等は社会に対する不満を増大させ、体制への不信を強め、著しく治安を悪化させる。この治安の悪化に対し、当局は暴力をもって応じるしかない。何故なら社会政策を進めるためには、貴族や資本家層に課税強化するか軍備を縮小して財源をつくる必要があるが、帝国権力が軍、官僚、財閥に依拠している以上、それは不可能な話であり、暴力によって不満を抑え込むほか無いからだ。「共謀罪」は、この考え方に沿って浮上してきた。

共謀罪が最初に上程されたのは2004年の小泉内閣時であり、富裕層の優遇策と社会保障の切り下げを主眼に置いた政策であったことは、上記の傍証となる。また、社会保障の充実を中心とした積極財政に舵を切った民主党鳩山政権が共謀罪を取り上げず、大衆増税を掲げた野田政権で復活したことも、傍証となる。

安倍政権が同法を遮二無二に推進しているのは、国民の年金基金を株式市場に投入したことに象徴される資本優遇と、カジノ法に象徴される大衆からの収奪強化、そして財政赤字の悪化に起因する社会保障の大幅切り下げが喫緊の課題になっていることから、近い将来、社会不安が急激に増大し、権力を脅かす事態が近づいているという認識があるからだろう。
霞ヶ関・自民党・財界・マスゴミの腐敗テトラゴンは、国内に「敵」をつくり対立を煽ることで、暴力支配を正当化して治安体制を強化し、貧困と不平等に対する不満を抑制しようという方針を持っている。同時に、自民党と官僚には、一切責任を負う必要が無いことが規定されていた明治憲法に対する強い郷愁がある。これが天皇を元首にするという自民党の改憲案の根幹になっている。
中東や欧米におけるテロ戦争は、あくまでも欧米による中東収奪に起因するものであり、本質的に日本とは無縁のものだ。にもかかわらず、霞ヶ関と自民党が「テロ対策」を掲げているのは、まさに治安維持法における「コミンテルンの浸透」と軌を一にしている。有りもしなかった不安を煽り立てて成立させた治安維持法の行く末は、共謀罪のそれを暗示している。戦後改革は、冷戦の勃発によってファシストを一掃することができずに終わり、七十余年を経て全体主義の悪夢が復活を遂げつつある。

つまり、共謀罪の対象はあくまでも日本国民であり、それは「貧乏人は飢えて死ね!でも文句は言うな!」という自民党・霞ヶ関の強い意志の表れなのである。自民党は本音で議論すれば良いものを、「国民をテロから守る」などと言うから議会に対する不信が強まってゆくのだ。
「東京五輪開催」を共謀罪創設の理由として説明するのも全くの欺瞞だ。3兆円を富裕層で分配し、実際の運営は貧困層の「自発的参加」による徴用で済ませようという五輪は、社会不安とテロの温床を育むものでしかなく、健全な国家であれば返上すべきところを、治安立法で反対派市民を弾圧して開催しようというのだから、これこそが権力腐敗の最大の象徴なのである。

【追記】
御用記者による強姦事件が、上層部からの圧力によって捜査中止、不起訴に終わったことは珍しくもない。スターリン期のベリヤNKVD長官による無数の少女暴行は、彼が失脚するまで告発されなかった。日本もそうなっただけの話である。同時に「日本は性犯罪が少ない」というプロパガンダがウソであったことも暴露された。何のことは無い「貴族による犯行はカウントされていなかった」だけだったのだ。
posted by ケン at 12:27| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする