2018年06月13日

大学タダにしてやるから天下りさせろ?

【高等教育の無償化 学生が通う大学などに“条件” 政府が方針】
 低所得世帯を対象とする高等教育の無償化をめぐり、政府は、学生の通う大学などで、卒業に必要な単位の1割以上の授業を実務経験のある教員が担当していることなどを支援の要件とする方針を固めました。
高等教育の無償化をめぐり、政府は、年収380万円未満の世帯を対象に、所得に応じて段階的に大学などの授業料を減免するほか、生活費についても返済のいらない給付型奨学金を支払うなどの支援を行う方針です。
これに関連して政府は、納税者の理解を得るためにも、学生の通う大学などの要件を定める必要があるとして、検討を進めた結果、卒業に必要な単位の1割以上の授業を実務経験のある教員が担当していることや、理事に産業界など外部の人材を複数任命していることなどを支援の要件とする方針を固めました。
 また学生についても、成績の状況などを毎年確認し、1年間に必要な単位の6割以下しか取得していないときや、成績が下位4分の1に属するときは、大学などから警告を行い、連続して警告を受けた学生への支援は打ち切るとしています。政府は、こうした方針をことしの「骨太の方針」に盛り込むことにしています。
(5月31日、NHK)

> 単位の1割以上の授業を実務経験のある教員が担当していることや、理事に産業界など外部の人材を複数任命していることなどを支援の要件

お役人さんが天下り先を確保する天才であることは認めるので、議員と官僚の1割以上を年収380万円以下のポスドクに充てて、政官と知性のバランスを取りましょう(爆)

全く意味不明すぎる。
貧困層の大学進学を公的に支援するのは、階層の固定化を防ぐと同時に、人材を広く集めて競争させることで、人的資源の劣化を防ぐ目的がある。ひいては、社会的不満の抑制にもつながる。
世帯年収380万円というのは、いわゆる貧困ラインで、児童二人がいる世帯で全体の約18%になると見られる。つまり、貧困ライン以下の生活をしている家庭の子弟が大学に進学するために付与する奨学金制度を導入するのが、今回の「無償化」の目的である。
にもかかわらず、その奨学金を導入する条件として、「実務経験のある教員」や「外部人材の理事」を要求するのは筋違いも甚だしい。少なくとも、一部無償化は無条件で導入し、その上で高等教育改革の一環として制度要求すべきだ。

しかし、こうした制度要求を政府・文科省が行うのは、大学自治への介入であり、日本国憲法第23条の「学問の自由は、これを保障する」の侵害に相当する。
憲法23条が謳う「学問の自由」の英訳は「Academic freedom」であり、「何者からも拘束されない大学・研究(者)の自由」を意味する。この「学問の自由」を制度的に担保するものの一つが「大学の自治」であるため、憲法上に明記されていないとはいえ、大学の自由は学問の自由と同一線上に存在する。
実は、国際的に見た場合、憲法で学問の自由を保障している国は非常に珍しい。それは少なくとも自由主義諸国では「当たり前すぎる」ことで明記するのも憚られるためであり、わざわざ新憲法に明記したのは、日本においてはリアルに考えられる「危険性」だったからだ。
2年前に当時の下村文科大臣が国立大学における国歌斉唱を「要請」したことで、新憲法の起草者たちが抱いた危惧は現実のものとなったわけだが、いよいよ際限がなくなりつつある。

「実務経験のある教員」は一概には否定できない。かくいう自分も「日本の国会と政党に勤務した経験」を買われて中国の大学から招聘された。だが、実務経験はあくまでも実務経験であり、教育者や研究者としての能力を担保するものではない。ケン先生も何人か国会議員が大学教授に「天下り」したケースを知っているが、アカデミズムの水準を満たしていそうなのは、財務官僚上がりの人と京大の大学院を出ている人(確か修士)くらいなもので、残るは話を聞くに、およそ大学の授業として成り立っていない(詳しく書くとネタがばれる)。
博士号(PhD)があるにこしたことはないが、少なくとも研究論文に相当する水準のものを書けない人間に、大学生を指導する資格は無いことは間違いない。

「外部人材の理事」に至っては、鼻で笑うしか無い。同じ理由から導入された大阪市の民間校長制度が悲惨な結果に終わっていることは、もっと報道されてしかるべきだ。大学の場合は、単に文科役人や関連企業の天下り先に成り下がっている。仮に民間企業の経営者だとしても、大学運営・経営は素人のはずであり、「麻雀が上手いのだから、囲碁も強いだろう」みたいな話になっている。当然、それが通用しないから、全く効果を発揮していないとみるべきだ。仮に、民間理事・天下り理事が効果あるのであれば、日大のランキングは今頃東大を上回っているはずだ。

日本の高等教育は今後さらに質を下げてゆくだろう。
posted by ケン at 12:31| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

自民党の高等教育一部無償化案は有効か

【年収380万円まで軽減方針 高等教育の負担で最終調整】
 政府は消費増税分を使った高等教育の負担軽減について、無償化する住民税の非課税世帯だけでなく、年収380万円未満の世帯も2段階に分けて支援する最終調整に入った。年収が多い世帯ほど支援額を減らす形で、2020年4月から導入する方針だ。
 支援の対象は大学や高専、短大、専門学校。住民税の非課税世帯については、国立大の場合は授業料を全額免除し、生活費は返還の必要がない給付型奨学金で賄えるようにすることをすでに決めており、これに準じて年収380万円未満の世帯も支援する。
 夫婦2人と子ども2人の家庭で子ども1人が大学生の場合、年収300万円未満の世帯だと非課税世帯への支援額の3分の2、年収300万円から380万円未満の世帯だと3分の1を支給する方向だ。マイナンバーで世帯の所得や資産を把握し、多額の資産があれば支援しない。学生の成績や単位取得状況を毎年確認し、状況次第では支援の打ち切りも検討する。
 幼児教育・保育とあわせた教育無償化制度の骨格として、近く「人生100年時代構想会議」の最終報告に盛り込み、6月の骨太の方針にも反映させる。
(5月28日、朝日新聞)

いかにも財源をケチる財務省と政治的アピールをしたい自民党の妥協の産物。
住民税非課税世帯というのは、夫婦二人子二人の世帯で概ね年収250万円ほどで、「児童のいる世帯」で考えると9.4%になる(2016年国民生活基礎調査)。この数字は年収400万円以下で20.4%になるので、380万円以下だと18%ほどになると推測される。

こちらは2009年のデータ(文部科学白書)になるが、年収400万円以下世帯における大学進学率が31.4%に対し、年収800〜1000万円世帯の同進学率は54.8%に至っている。
さらに世帯別年収と全国学力調査の正答率(算数B)を見た場合、年収300万円世帯の約49%に対して、年収800万円世帯が約60%になっている。これは、貧困家庭の子どもの学力の低さと進学の困難さを示している。
なお、高卒者と大卒・大学院卒者の生涯賃金格差は約4000万円あるが、この数字は今後さらに拡大して行くものと思われるだけに、階層の固定化が懸念される。
また、子ども二人世帯で長子が大学生の世帯では、2014年の貯蓄率でマイナス6.1%となっており、長子が高校生の世帯だと8.6%であることを鑑みても、いかに貯蓄を取り崩して、さらに借金して子どもを大学に行かせているか分かるだろう。

上記を総合的に鑑みると、自民党案は「やらないよりはマシ」だが、期待される政策的効果は非常に薄く、せいぜいのところ「三流大学に入った貧困家庭の子を支援する」くらいにしかならないと見られる。いわゆる「焼け石に水」であろう。
posted by ケン at 12:47| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月28日

人手不足の実態を暴露する教員不足

【広島県内35校で教員不足 授業できない学校も】
 広島県内の公立の小中学校など35校で、教員が決められた人数に達していない「欠員」の状態にあることがわかりました。呉市では4月、授業を受けられない生徒がいた中学校もありました。
広島県教育委員会によりますと、県内の公立小中学校などを対象に調査した結果、35の学校であわせて38人が欠員状態になっているということです。その内訳は非常勤講師が12人、臨時採用の教員が26人です。このうち呉市の吉浦中学校では、1年生の国語と2年生の理科で必要な教員を確保できず、あわせて4クラス101人が4月分の授業を受けられませんでした。5月からは、ほかの学年の教員が授業を行っています。
「生徒や保護者に心配をかけ、大変申し訳なく思います」
(呉市教育委員会 学校教育課・高橋伸治課長)
呉市教育委員会は、求人を出すなどして新たな講師を探していますが、このまま見つからなければ夏休みや冬休みに補習を行う可能性があるということです。
「今後、非常勤講師を早急に配置できるよう全力で取り組んでいきたい」(高橋課長)
「由々しき事態だと思っている。生徒たちにしわ寄せがいくのはできるだけ避けていくことが望ましい」(広島県・湯崎英彦知事)
湯崎知事は会見で、教員不足により授業への影響が出ていることに懸念を示しました。
広島県教委は、定年による大量退職に新規採用が追いつかないことが教員不足の原因だとしたうえで、「他の都道府県でも事情は同じため、教員の確保に苦慮している」と説明しています。今後、学校現場での授業などへの影響を詳しく把握したうえで、教員の確保策を検討したいとしています。
(2018.5.15、中国放送)

突っ込みどころ満載。
「教員不足」と挙げつつ、内実は38人からの非常勤が空席という話。
日本では教員の場合も、他の民間企業と同じで、正規職員と非常勤・非正規に要求される仕事の違いはなく、単に雇用の保障が無い上に賃金が安いだけで、下手すると部活動の面倒まで無償で見させられるという。部活動などの無償の仕事を引き受けないと、再雇用されない恐れがあり、非常勤教員はやむなく引き受けるケースが多い。

それでも、一昔前(十年くらい前か)は正規教員への道を信じて非常勤を続ける者も少なくなかったが、現在では正規教員の職場環境がさらに悪化して、敢えて非常勤を続けるものは減少の一途をたどっている。にもかかわらず、正規教員の定数は少子化を理由に減らされ続け、非常勤の枠ばかりが増えているため、「バイト教員がいない」という状態に至っている。

にもかかわらず、行政側は「新規採用が追いつかない」「他の都道府県でも事情は同じ」という愚にも付かない認識であるため、その誤った認識が誤った対応にしかならず、悪循環に陥っている。ガンであるにもかかわらず、医者が「風邪ですね」と診断すれば、あっという間に悪化するのは当然だろう。

これを解決するのは実は簡単で、教員の給料を他県比で5割増しにした上で、部活動や学校行事を全廃して勤務時間の3割減を実現すれば、あっという間に日本で最も優秀な教員が集まるだろう。
政治と行政の無能がそれを許さないだけの話であり、現行システムは遠からず衰退、死滅するだろう。

【参考】
深刻化する教員不足 
posted by ケン at 12:56| Comment(3) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

日本の教育はなぜ空洞化したか・下

前回の続き
ところが、1980年代に学力偏重主義や受験競争が批判にさらされ、財界からは「国際化、情報化時代に対応した教育を」という要求がなされた結果、「生きる力」「自分で考える力」「個性重視」などの曖昧な指標を中心とする「ゆとり教育」が導入された。現実には、中等教育で教えられるパターンが激減、「人の価値は学力以外にもある」として学習習慣も軽視されていった(学習時間の減少)。パターン学習を減少させた分(学習内容の3割減)については、体験型学習、総合学習、英語などが導入された。

不足した基礎学力については高校で補うとされたが、高校の学習水準が地盤沈下を起こし、少子化と大学進学率の向上が相まって、本来高等教育の基準を満たさない学生が大学進学を果たすようになった。
同時に、高卒者はおろか大卒者の新卒採用者の水準が低下、企業側から「パターン認識力・対応力が足りない」とクレームが付けられるようになり、就職率の向上をめざす大学側はこぞって中等教育で行うべきパターン教育を施すようになっていった。

パターン教育を行う中等教育に対して、大学などの高等教育は、一定のパターンに当てはまらない状況を認識し、個別に対応する能力を養うと同時に、パターンの原理を理解して独自のパターンを作成する能力を追求する。
日本の場合、1970年代に大学進学率が急上昇したため、大学教育のマスプロ化が進み、テキストを暗記して試験に臨み、先輩の卒論をコピペして提出して卒業という、パターン教育になってしまった。しかも、1990年代以降は、中等教育におけるパターン教育も不足するに至り、大学に中等教育がなすべきパターン教育が求められるようになってしまった。

ところが、AIの導入によって工場労働はおろか、単純事務の多くが自動化されるに至り、中等教育におけるパターン教育の価値が大きく低下している。同時に、本来は高等教育に求められるパターン外教育の価値が高まっている。しかし、「パターン外教育」というのは、パターン原則を理解しなければ、「何がパターン外なのか」分からないだけに、中等教育をすっ飛ばすことはできない構造になっている。また、事務作業にしても、求められる水準が非常に高くなってしまい、平均水準では対応できなくなりつつある。

そして、日本の中等教育の場合、「上司の不条理な要求に耐える」「超長時間労働に耐える」能力を身につけることを目的に、部活動が推奨・強制されている。その結果、「指示が無いと何もできない」「指示が無ければ何もしない」「誤って出された指示を延々と繰り返す」などといった日本国内のごく限られた範囲でしか通用しない労働者ばかりが育成されている。同時に、この部活動が本来なすべき学習時間を削り、パターン学習の効果を減少させている。

日本の文部行政の失敗は、「パターン教育なんて時代遅れ」と性急に判断して、中等教育の脱パターン化を進めてしまったところ、労働力の質が低下、財界が応急処置的に大学に対してパターン教育の強化を求めたところ、パターン外教育も瓦解、ホワイトカラー労働者の質も低下、職場環境の悪化も相まって労働市場における人的荒廃を進めている。
最初の判断の誤りは、「ポスト工業化時代に対応した能力育成が必要」という認識にあったわけだが、これ自体は間違いとは言えなかったものの、それをパターン教育の否定に直結してしまったことが失敗の起源だったと考えられる。
恐らく真に必要だったのは、基礎学習能力とパターン教育の強化であって、どちらかと言えば、詰め込み式教育の前倒しプラス強化とパターン外教育の拡充こそが正解に近かったはずだ。

具体的には、幼児教育の2年間を初等教育に組み込んだ上で、高校を義務化、全14年間の初中等教育を実現。就学年限に一定の幅を持たせつつ(成長の遅い子もいるため)、中等教育や高等教育への移行には個別的に幅を持たせる(飛び級あり)のが望ましい。
もっとも、現実にはAIの進化速度を考えた場合、学校に子どもを収容し、生身の先生が多数の子ども相手に高説を垂れるマスプロ教育がいつまで行われるのかという疑問がある。遠くない将来、学校などに通わず、自宅でゴーグルを付けて、AI先生を相手に一対一で個別に授業を受ける形に移行するのではなかろうか(理論的にはまだまだ非現実的らしいが)。

問題は、文部官僚が現状の問題を認識せず、いまだ誤った認識のまま、英語教育の拡充だの、アクティブ・ラーニングなどと主張しているところにあり、かなり絶望的な状況にある。第一言語である自国語(日本語)の構造を理解していないものが、外国語を学んだところで自動翻訳に敵うはずもなく、まるっきり無駄な労力であろう。同時に、議論するに十分な知識の無いものがアクティブ・ラーニングを受けてみたところで、ネトウヨを増やすだけの話でしか無い。どう見ても、市民社会にとって害悪を増やす結果にしかならないだろう。

中国と8年にわたる大戦争をした挙げ句、連合国とも戦争になって大敗を喫したアジア太平洋戦争も、最初は「中国なんぞ、一撫でしてやれば、すぐ頭を下げてくる」という誤った認識に始まり、最後までその認識を正すことができなかった帰結だった。
我々は80年を経てもなお、同じ過ちを繰り返そうとしている。
霞が関官僚も政治家も「あれは正しい戦争だった」という認識の上に立っているのだから、正されるはずもないわけだが、あまりにも愚かである。
posted by ケン at 00:00| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

日本の教育はなぜ空洞化したか・上

大卒新人の能力低下が聞かれるようになって久しいが、その原因についてはいまだ特定されておらず、特段の対策もとられていない。結果、英語教育の拡大や早期化、あるいはアクティブ・ラーニングの導入など不要不急の政策ばかりが施行され、ますます被害を拡大させるものと推測される。
「被害拡大」というのは、学習効果のさらなる低下と教育現場のさらなる荒廃を意味する。

文部科学省のこうした現場や現状を無視した政策は、1944年3月にインド侵攻をめざしたインパール作戦や、同年4月に中国大陸の南北貫通をめざした大陸打通作戦を彷彿させる。
個別的には「このままやられるくらいなら先にやってしまえ」という判断からなされた作戦だったかもしれないが、全体的にはすでに摩耗していた戦力をさらにすり潰してしまった観がある。
文科省の失敗は旧陸軍と同様、全体の戦略と着地点の見通しを持たないまま、その場しのぎの対応や見栄えの良い政策を優先させた結果、全体の整合性を破綻させてしまったところにある。

現代の公教育は、もともと大量生産社会に対応した工場労働者の質的向上と標準化を目的に導入され、同時に国家や企業体の管理層の巨大化に対応して高等教育の拡大が図られた。
そのため、初等教育では読み書きと計算を中心に、ごく基礎的な自然科学と国民教育に必要な社会科目が加えられた。初期の工業化時代であれば、工場労働者に求められた能力は初等教育で十分だったが、時代を経てブルーカラー労働者に求められる能力が高まり、同時に事務労働分野も量的に拡大していったため、中等教育が拡充・整備されていった。蛇足になるかもしれないが、歴史についても触れておきたい。

日本では1872年に学制が導入されて4年間の初等教育が実質義務化されたものの、1900年まで有料だったため、現代日本人が考えているほど通学率は高くなかった。例えば、尋常小学校の就学率は1890年にようやく50%を超え、70%を超えたのは1899年のことだった。特に日清、日露戦争後は軍事優先で財政難が続き、初期中等教育(今の中学校)の義務化・無償化が実現するのは第二次世界大戦後の1947年を待たなければならなかった。
なお、日本の中等教育の就学率は、1915年で20%、1935年で40%でしかなかったことは特筆に値する(但し地域差が非常に大きい)。この影響は、戦時動員にも影響が見られる。例えば、日本の陸海軍における航空搭乗員は1割が士官、9割が下士官で、アメリカの9割士官、1割下士官の真逆を行っていたが、これは士官を担えるだけの後期中等教育修了者が圧倒的に不足していた事実を裏付けている。

これに対し、義務教育の本場とも言えるフランスでは1926年には中等教育が義務化され、1930年までに実施されている。
1905年の日露戦争時には、ロシア軍人をして「日本軍は一般兵士が読み書きできる」と驚愕せしめたロシアでは、1917年のロシア革命を期に義務教育が導入された。だが、長い内戦の影響もあって必ずしも普及が進まず、1927年段階でも8〜14歳児の就学率は46%でしかなかった(革命時は10%以下)。だが、スターリン体制下で教育制度も強行に普及推進された結果、1932年には85%を超えるに至っている。これは全体主義の「正」の側面と言える。
戦前の日本において、軽工業から重工業への移行が遅れた背景には、中等教育の普及遅延という問題があったことは、もっと指摘されてしかるべきだろう。

話を戻そう。重工業化の過程で中等教育の価値が高まるのは、単純に言えば、作業の難易度が高まり、労働者に求められる理解力・対応力も高まるためである。この場合、理解力・対応力というのは、具体的には作業マニュアルの難易度が高まり、マニュアルに沿った作業にしても複雑化することを意味する。そこで求められるのは、パターン認識力とパターン対応能力になる。各労働者に求められるパターンがどれに相当するか理解し、マニュアルに沿った対応をすぐさまとれるかどうかがポイントとなる。

中学校の数学や外国語が、ひたすら公式を覚えて、出題された問題に当てはめてゆく「作業」であるのは、そのためだと言える。また、中学校の国語は、マニュアルを読んで理解し、模倣する能力を身につけるために存在すると言える。また、初中等教育で学習習慣を身につけることは、社会に出てから新技術に対応する術を学ぶことになる。
これらは、重工業の工場労働やホワイトカラーの単純事務に求められる基礎能力に相当する。

世間ではよく「学校で学んだことなんて社会に出ても役に立たない」などと言われる。確かに因数分解も歴史年号も実際に使うことはまず無いものの、中等教育でパターン認識力、パターン対応力、あるいは学習の習慣を身につけないと、社会に出て労働者として何の役にも立たないことになる。中学校の教科書を読めない(読まない)ものは、会社でマニュアルを渡されても読めない、あるいは読み方すら分からないに違いない。
(以下続く)
posted by ケン at 12:13| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月23日

日本司法の権威主義性について

戦前の人民戦線事件、ゾルゲ事件、河合栄治郎事件、横浜事件などの政治裁判の記録をまとめた『日本政治裁判史録』をつらつらと見ていたら、次のような記述があった。
「「政治裁判史」の記録をずっと見ていると、全体にわたって必ず被告の改悛を求めているのが特徴でしょう。だから、日本の法廷は西洋の教会を兼ねているといいたいくらいです。説教するわけですよ、裁判官が。そして、そのとおりです、とざんげないし改悛すれば、起訴猶予になったり、あるいは罪一等を減じられるという。ですから、これは裁判官の法意識、司法手続、あるいは裁判における心証主義の問題と関係しているのですね。」
(『日本政治裁判史録 昭和・後』p.585、座談会における辻清明氏の発言)

確かに言われてみれば、政治裁判に限らず、一般の刑事事件でも裁判長が被告に人倫の道を説くような話は良く聞く。自分があまり縁の無い世界なだけに気に止めたことも無かったが、考えてみれば、裁判官が上段から被告に説教をたれるというのは、誠に奇怪な話で、およそデモクラシーやリベラリズムの原理にそぐわない。

デモクラシーは有権者間の平等性と権力の共有に正統性の基盤を置いている。それだけに、裁判官が上座から対等であるはずの被告に向かって「正しい道」を示すようなことは本来的には許されない。
また、リベラリズムは「Liberty」の本来の意味が「解放」であることから分かるとおり、「権威・権力からの自由」を志向する。結果として価値中立性や表現の自由が重要な意味を持つ。従って、リベラリズムの原則的には、裁判官が自らの権威を振りかざして「お前は間違っている、俺が言う正しさを認めて受け入れろ」などと曰うことは許されない。

先にケン先生が「放送における公平とは何か」で述べたように、電波使用の許認可権を有する政府が監督権を持つ上に、法律によって規定された「政治的公平性」の判断をも下すという日本型システムは、完全にリベラリズムの原則に反するものであることを指摘したが、私の周囲では賛同するものは稀で、自由主義を標榜するはずの立憲民主党ですら「放送法4条の撤廃は論外」と言う始末になっている。
つまり、戦後のGHQ改革によってデモクラシーのシステムとリベラリズムの概念が導入されて70年が経つわけだが、制度だけ導入してその理念の教育・啓蒙を怠ってきた結果、誰もデモクラシーやリベラリズムの原理を十分理解していない有様となっている。

話を司法に戻すと、何故こういうことになるのかについては、古代に起源を求めることができる。
古代ギリシアのアテナイでは、法廷はすでに行政組織とは別機関の民衆法廷として存在していた。制度化されたシステムの下で、原告は被告と対等な弁論を行い、それを承けて陪審員が二者択一の票決を行った。つまり、古代にあってリベラリズムの原則である権力分立が存在した。

これに対し、中国では古代より原告が行政機関に訴え、基本的には県組織が捜査、拘引、取り調べ、自供確認などを行い、訴えと捜査記録と法律を基に量刑と判決が下される。そこには権力分立の考え方は存在しない。
日本では、隋唐期に中国型の専制システムを取り入れたことから、長く同システムが受け継がれてきた。「大岡越前」をイメージするまでもなく、江戸期の「お白州」はその象徴だった。
ただ、興味深いことに、南北朝期に足利直義が室町幕府の行政部門と司法部門の分離を図る改革を進めたものの、「観応の擾乱」が生起して不十分に終わった。

戊申政変によって幕藩体制が倒れて明治政府が成立した後、統一日本は欧化政策を採用して、プロイセン型国家の建設を目指すところとなるが、全く伝統に無かった権力分立の考え方はどうにも理解できなかったらしく、1875年には司法省法廷から分離する形で大審院(現在の最高裁にあたる)が設置されたものの、その権力分立度は非常に低いものとなった。

大日本帝国の司法制度下では、検事は「裁判所検事局」の一員であり、判事と同格で、行政ではなく司法の一部を構成していた。法廷で法服を着る資格があったのは、検事と判事だった。当時、弁護士は公判においても、地べたに立たされて検事と裁判官を仰ぎ見る形で公判に臨んだ上、当然法服を着ることなど許されなかった。
そして、官吏の格付けとして検事総長は大審院長(最高裁長官)よりも「格上」とされていた。戦前期には「検事に非ずんば人にあらず」と言われたほど検事が圧倒的な権威を持っていた。
一方、大審院は、違憲立法審査権も司法行政権もなく、単なる上級審という位置づけで、司法権の独立は非常に限定的だった。そもそも、明治憲法の下ではあらゆる主権は天皇一人に帰属しており、運用上のみ分離するのは無理のある話だった。結果、大津事件のような例外はあるものの、基本的には司法と行政は「御上」として一体のもので、せいぜい「半個室」程度の扱いだった。

そのため、「権力を分散して互いの権力を監督させる」というリベラリズムの原則は働かず、明治司法は「御上」が「臣民」を教化・感化し、それに服さない場合は、懲罰を与えて服従を強要するという原理の上に成り立っていた。
これらは一度ポツダム宣言の受諾を承けて、GHQ改革によって否定されたはずだったが、帝政原理が否定されることなく、表面上のみのデモクラシーとリベラリズムの導入がなされた結果、戦後70年を経て権威主義がヴァンパイアのように復活しつつある。
posted by ケン at 13:09| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月23日

権威主義化すすむ文科省

【前川氏講演、自民議員が文科省に照会…2月中に】
 名古屋市立中学校の授業で前川喜平・前文部科学次官が講演した内容を文科省が市教育委員会にメールで問い合わせたことを巡り、自民党の文部科学部会に所属する衆院議員がこのメールの送付前、文科省の担当者に講演の内容を照会していたことがわかった。文科省は「問い合わせは文科省としての判断」と説明しているが、議員からの照会が文科省の対応に影響を与えた可能性もある。
 複数の政府関係者によると、この衆院議員は、文科省がメールを送付する前の2月中に、文科省教育課程課の課長補佐に対し、講演内容や経緯などを問い合わせていたという。前川氏の講演は2月16日、授業の一環で行われ、文科省は3月1日と6日、教育課程課長補佐名で市教委に問い合わせのメールを送付した。
(3月19日、読売新聞)

文科省側は「問い合わせ」などと嘯いているが、実際には「前川氏は数々の問題の責任をとって次官を辞任して云々」の長々とした説明の後に講演内容や講師選定の詳細経緯など十五項目にわたった質問をしており、実態としては「詰問」でしかない。
さらに政権党に所属する国会議員が同省に「照会」したとされ、本件が政権党の政治介入によってなされた可能性もある。その場合は、中央による教育現場への介入のほかに、政権党による政治介入という要素も含まれてくる。

日本国憲法は第23条あるいは26条で「教育の自由」を保障している。これは明記されたものではないが、戦前の帝政期に文部省が強大な権限を持って学問の自由を侵し、教育の中央統制を強化して、軍国教育を進めることで国民の戦争熱・侵略熱を煽ったことへの反省から設けられた。
よって戦後、文部省は教育のインフラ整備を進め、全国で一定の教育水準を保つための指導と助言を行うための機関と再定義され、教育実務は各自治体に設置される教育委員会が担うものとされた。その教育委員も、当初は選挙で民間から選ばれた。
ところが、サンフランシスコ講和条約が成立して占領が解除されると、鳩山内閣や岸内閣など戦犯が6割以上を占める反動内閣が続き、戦後のGHQ改革の相当部分が骨抜きになり、文部省への中央集権が進んだ。

最近では、第一次安倍内閣に際して教育基本法などが改正されて、さらに文科省への権限集中が進められると同時に、教育委員会の自治体首長への従属も強化され、文科官僚の大学への天下りが増えていった。

国会議員らはツイートなどで「デモクラシーの危機」などと非難しているが、いまに始まったものではなく、むしろ民主党政権期に「地域主権」などと言いながら、教育の再分権化を進めなかった自分たちの責任が問われてしかるべきだ。
そもそも教育の自由や独立性といった概念は、「権力の分立」というリベラリズムの概念から来ているもので、「人民による人民支配」というデモクラシーの概念とは異なる。つまり、この件を非難する国会議員らも問題の本質を理解していないのだ。
現代日本はどこまでも昏い。

【追記】
なお、自民党議員二人が文科省に「問い合わせ」を行って政治介入を行った疑惑が指摘されている。こちらは国会議員の行政監督権を駆使して「行政が適正に行われているか」を確認するためのものだったと見るべきであり、その内容こそ不適切だったとはいえ、それは文科省側が「教育の独立」を盾に拒否あるいは無視すべきものだった。今回の責任はあくまでも文科省こそが問われるべきである。そうでなければ、国会議員が省庁に事実確認すら行えなくなってしまうだけに、難しいところではあるが、慎重を期すべきだろう。
posted by ケン at 12:18| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする