2020年05月25日

自粛警察は日本の学校文化

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「自粛警察」は特異な一時的風潮ではなく、日本の学校で教育されたものである。
これらのケースを見て、思い出されたのは、小学校における「帰りの会(反省会)」だった。「A君が掃除しないで帰りました」「B君が給食をトイレに捨てていました」「C君は卒業式の練習の時、ちゃんと歌っていませんでした」などのオンパレード。反論しようものなら、クラス中から袋だたき。教員は加担することはあれども、児童を助けることはなく、さらには「何も報告は無いのですか?クラスの中でお互い注意し合って良いクラスをつくりましょう!」などと言う始末。

相互監視、内部告発、人民裁判、そして教員がこれを主導するも、建前上は「生徒による自主的な会」となっているため、誰も責任を取らない。
いかにも天皇制の象徴である。
日本の子どもは、「帰りの会」と中高の部活動で、こうした「文化」を叩き込まれ、洗脳されるのだから、よほど自律性が高いか、長く外国文化に接した者でもない限り、みな「自粛警察官」になってしまうのである。そのように育てられたのだから。

小学校時代と中高の部活を思い出すたびに、日本の教育制度に対する憎悪が増していく。私が左翼ながら「日教組=悪即斬」と思っているのは、ここに原点がある。
驚くべきことに、昨今では「帰りの会」はさらに強化されているという。子どもの自殺がますます増えるのは当然だろう。
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2020年05月22日

オンラインを嫌がる大学教員

【大学教員、のしかかる負担 ネット講義の準備や質の確保】
新型コロナウイルスに対する緊急事態宣言により、全国の大学は学内への立ち入り禁止やインターネットを使った遠隔授業の導入など、異例の対応に追われている。毎日新聞が全国66大学の教員111人にアンケート調査を実施した結果、現場は遠隔授業の準備や質の担保に困惑する一方、「『サイバー化』で実態を失いかねない」と、大学の意義が揺らぐことへの懸念の高まりが明らかになった。アンケートは4月下旬、全国の国公私立大で活躍する研究者にメールで実施。政府の緊急事態宣言が大学へ与えている影響を聞いた。62%から回答を得た。
(5月8日、毎日新聞より抜粋)

教員に「オンライン授業やりたいですか?」なんて聞けば、ほぼほぼ「嫌だ」しか返ってこないだろう。私のように「やりましょう!」なんて言うのは100人に数人程度かもしれない。対面至上主義はいわば大艦巨砲主義と同じ現状維持バイアスであって、論理的な根拠は薄弱であることが多い。

今問題にすべきは、人権面では学生の学習権が阻害されていること、経済面では対価(授業料)を払っているのにサービス(商品)が受けられない問題を、早急に解消することである。
もちろん労働者の権利は担保されなければならないが、それは組合と使用者が話し合って妥協点を見いだせば良い話で、「オンライン授業をやらない」理由にはならない。少なくとも正規雇用の教員は給与を得ている以上、授業する義務があり、これを拒否するのはストライキ、サボタージュと同義だ(もちろん正規のストなら許される)。

本来、労働組合が機能していれば、使用者と組合が協議してオンライン化に合意して、その労働条件や授業などの基準も一気に定めることができるわけだが、労働組合が存在しない場合、使用者が一方的に決定し、個々の教員に要請または命令するという話になってしまうので、個別に「オレは嫌だ」とか「契約にはオンラインの規定は無い」などと争議が発生することになる。
また、労使交渉が行われるなら、その中で「オンライン授業をする代わりに教員の事務作業をなくせ(減らせ)」と要求できるだろう。しかし、労使交渉が行われなければ、教員は膨大な事務作業を残したまま、オンライン授業も押しつけられる(つまり搾取される)のみとなろう。
労働運動を軽視、あるいは潰してきたことのツケとも言える。

確かにオンライン化による授業準備は非常に時間がかかったが、これは新たな科目を受け持つ時と同じで、一回「ノート」を作ってしまえば、後は基本使い回せるのだから、必ずしも悪い話ばかりではないだろう。
出勤時間が削減できるのは大きいし、イベントなどがなくなることによる事務作業や会議、相談業務も大幅に減るのだから、良い点も多いはずだ。

日本の大学人は昭和脳(元亀天正の装備?)のまま21世紀に臨んでいる。
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2020年05月08日

教育のオンライン化を推進せよ!

【<新型コロナ>休校、世界に広がるオンライン授業 教育格差鮮明 ネット未整備の層を救え】
 新型コロナウイルスの感染拡大で、国連によると百八十八カ国が全土で休校措置を取り、十五億人以上の子どもたちが学校に通えなくなっている。多くの国でオンライン授業が広がる一方、通常授業との開きは大きく、経済状況などによる教育格差も生まれている。コロナ禍は、各国で子どもの学びや生活に影響を及ぼしている。
(4月19日、東京新聞より抜粋)

国際比較は不要で、実は日本国内でも私立学校ではオンライン授業が始まっているか、連休明けに始めるところが少なくない。一方、公立校では「プリント一枚」程度のところが多く、少なくとも五月末までは「一切対応無し」のところが大半となっている。そもそも文科省自体「オンライン授業では単位を認めない」と言っているし、保護者レベルでは「部活動だけでもやって欲しい」ということだから、そもそも教育というものを理解していないとしか思えない。
特に保護者のそれは「え?授業だけでもやって欲しい、の間違いでは?」と見返してしまったほど、意味不明だった。つまり、連中は学校を「大きい子どもの保育所」程度にしか考えておらず、教育の意味など全く理解していないということだ。

近代国家、あるいは産業が高度化した社会では、国家が可能な限り高度な教育を全国民に強制することによって、初めて競争可能な技術水準と社会制度を維持できる。
また、自由主義を奉じる社会では、すべての市民が教育を通じて権利と様々なリテラシーを獲得することによって、初めて「自律した市民」となり、自由と人権を理解してその支持者になりうる。
ところが、日本では大半の国民はこれらの原理を理解しておらず、部活動を学業の上位に置こうとしている。
これは、「学問など何の役にもたたん、剣術やれ!」と子どもから書を奪って焼いてしまう薩摩人と同レベルにあることを示している。
日本は確かに工業化を実現し、アジアの中で一番早く先進国入りしたが、国民の観念はいまだ中世に取り残されているのだ。

むしろこの期に入学式と卒業式以外の学校行事を全て廃止し、部活動は全て地域に移譲した上で、授業はオンラインを主として対面を従とする方向に進めるべきだ。この際、既得権益は一切考慮すべきでは無い。

【05/08:追記】
東京の高校に限った場合、公立進学校を中心にオンライン授業が私立よりも進んでいるケースが散見されるようだ。高校の場合、公立の進学校は私立よりも進学教育に貪欲である場合が多く、オンラインの導入も早いかもしれない。だが、私が主に話を聞いた中学校になると、状況は逆転しているように感じられる。とはいえ、自分も具体的な数字があるわけではない。
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2020年05月02日

コロナ渦中でも対面授業にしか単位出さないと文科省

【「対面指導」崩さぬ文科省 オンライン授業に壁】
 新型コロナウイルスの感染拡大による休校が長期化する小中高校で、学習の遅れを防ぐオンライン授業の導入が進んでいないことが、日本経済新聞の調べで分かった。対面指導なしでは原則、単位として認めない文部科学省の規制が高校側の消極姿勢につながっている。一部の自治体が実施を計画していることから地域による学力差も生じかねず、生徒や保護者らが教育機会の均等を求める声は切実だ。
(4月21日、日本経済新聞より抜粋)

この期に及んで、「対面授業が原則であって、オンライン授業はあくまでも学習支援の一手段だから、オンラインでは単位を認めない」とする文科省。
日本海軍が空母を主力艦として認め、戦艦を補助艦艇としたのは、1944年10月のことだった故事と瓜二つ。

登校拒否やいじめが改善されない現状を考えても、今後AI教育が急速に進化することを考えても、少なくとも「対面授業の絶対的優位」はすでに否定されており、将来的には「オンラインが主、対面は学習補助」となり、さらには「基礎部分はAIがオンラインで仮想一対一で指導し、補助と応用部分を人間が対面で指導」という形になるだろう。

教育分野でも日本は二世紀遅れになりそうだ。
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2020年04月11日

東京都が休校延長へ

【都立休校、大型連休まで コロナ患者急増受け 東京都教委】
 東京都教育委員会は1日に臨時会を開き、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、春休みまでとしていた都立学校の臨時休校を、大型連休最終日の5月6日まで延長する方針を決めた。都内では感染者数が急増し、感染経路が分からないケースも目立っている。子どもの健康を守るため、休校延長を決めた。今回の対象は都立の高校や特別支援学校などのうち246校。都教委は、各学校が予定した日に入学式と始業式の実施を認めるものの、規模を縮小し、感染予防策を講じるよう要請。都立高校では、情報通信技術(ICT)を活用した自宅学習を生徒に指示することを求める。
 市区町村立の小中学校などは、今回の措置の対象外となる。都教委は市区町村教委に対し、春休み明けに学校を再開する場合は、感染拡大防止への協力を強く求める方針。子どもの居場所の確保やICTを活用した学習支援も促す。臨時会後に開かれた都の新型コロナウイルス対策本部会議でもこうした方針を確認。小池百合子知事は「感染爆発の重大局面は変わっていない」との認識を改めて示した。 
(4月1日、時事通信)

休校延長は良いが、このままでは三月からGWまで全く勉強しない子どもが続出することになる。
高校にもなれば、「できる子」は自分の判断で勉強できるだろうが、大多数の子どもは何もせず、格差が広がるばかりだろう。

中国では早々にオンライン授業への移行を決め、異論を認めることなく、「二週間で準備して実行せよ」と上意下達された。
ケン先生の場合はIT知識もそれなりにあり、小器用なのですぐに対応できたが、中には対応が間に合わなかった教員もいるという。
問題は個別の障害ではなく、「オンラインでやる」という意志決定を早々に行って断行する姿勢である。
結果、中国では約1億6千万人がオンライン授業を受けている。
なお、今週辺りから規制緩和され、対面授業が再開されたところもあるという。
オンライン授業開始にあたっては、自治体などが貧困層にタブレットを貸し出したり、購入補助を出しており、辺境部以外はあまり問題もなかったように見受けられる。

全体主義国との比較は容易ではないにせよ、「当面オンライン授業を行う」「PC/タブレットが無い家庭には補助する」という決定を下すことは民主主義国でも可能なはずだ。しかし、それができなかったところに戦後民主主義の限界と終焉を覚えざるを得ない。
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2020年02月27日

伊勢崎ゼミが差別を利用した炎上商法

【ゼミで不適切アンケート 学長「深くおわび」 東京外大】
 東京外国語大は18日までに、国際社会学部のゼミがインターネット交流サイト(SNS)を通じて行ったアンケート調査に不適切な内容があったとして、「不快な思いをされた方々に深くおわびする」とする林佳世子学長名の見解をホームページ上で発表した。
 東京外大によると、アンケートは今月5〜7日に実施。実在するスポーツ選手名を挙げた「見た目は外国人風の人を日本人と捉えるか」という質問や、「在日朝鮮人と日本人の間に生まれた子どもを日本人と捉えますか」という質問などをした。
 ゼミ内の留学生らが周囲から受けた質問から、問題意識を持ってアンケートを実施したという。林学長は「指導教員への対応を含め必要な措置を講じ、再発防止に努めていく」とした。 
(2月18日、時事通信)

この問題はすでに一ヶ月以上前から当該ゼミのSNS向け広告で問題が指摘されていたはず。
ケン先生もブログでは取り上げなかったが、SNSでは外大出身者として問題を指摘していた。
ところが、本人からの回答はこれだった。

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本人たちは炎上商法を自覚の上での行動だったのだ。
本人は「正しいことをしているのだから何が悪い!」というスタンスだが、それこそが「地獄への道は善意によって舗装されている」であろう。

外大は日本全体が内向き化する中で衰退傾向にあり、こうした芸能人を抱えることで何とか「人気」を保とうとしているのだろうが、本末転倒である。
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2020年02月20日

教育実習生に対するセクハラ問題

【教育実習先のセクハラ、後を絶たず 相手は評価者「泣き寝入り」も…】
 「性的な関係を迫られた」「食事や飲みにしつこく誘われた」−。大学生が教育実習先でセクハラを受けたケースは、日本教育学会の最近の調査でも後を絶たない。相手はベテランの教師で評価者でもあるだけに、声を上げにくい構造があり、専門家は警鐘を鳴らしている。
 調査者の一人、川村学園女子大の内海崎貴子教授(人権教育)によると、学会は2015年、教育実習を終えた全国の学生、男女594人を対象に調査。21人(3・54%)がセクハラ被害に遭い、35人(5・89%)が見聞きしていた。内海崎教授らは01年から継続的に調査しており、各年の被害者は2〜4%台、見聞きした人は4〜7%台で推移している。
 主な被害内容は、性的なからかいや不必要な性的な話題、身だしなみや化粧への注意や批評など。以前は宴席などで絡まれるケースも目立ったが、15年調査では、被害の半数が1対1になりやすい指導教師との「回避が難しい状況」(内海崎教授)で発生していた。
 被害者の大半は我慢したり、受け流したりしており、学校や大学に相談した例はわずかだった。約6割は精神的苦痛を感じたほか、約4割は実習への意欲が落ち、約3割は実習をやめたいと思うなど深刻な影響が出ている。
 一方、大学側の対策は十分とは言いがたい。14年に一部の大学に調査した結果、実習先でのセクハラに気を付けるように学生に注意喚起していたのは、4割程度にとどまる。
 内海崎教授は「学校現場ではセクハラが指導と一体化する場合がある」と指摘。弱い立場の児童生徒に触れたり、怒号を浴びせたりする指導がいまだに残り、その延長で大学生にも似た指導を行う教師がいるといい、「無自覚にセクハラを容認する風土、文化がある。危うい環境で実習が行われていると全ての大学は知るべきだ」と話す。
(2月13日、西日本新聞)

教育実習生に対するセクハラも以前から言われていたが、実態は闇の中にあった。
記事にもあるとおり、将来(教員資格)のかかった実習生と評価を下す学校・教員という圧倒的な上下関係が犯罪を誘発した上、闇に葬らせ、性被害の特殊性が沈黙を強制する悪循環にある。
しかも、今日では現場の教員不足から、仮に問題が発覚しても加害教員を免職にするケースは稀になっている。
部活動におけるセクハラや暴力行為を行った教員、いじめを容認あるいは加害者に加担していた教員も、多くのケースで免職されずに教職を続けているケースが散見される。
この辺はいかにも末期戦の様相で、犯罪行為を行った士官や下士官でも、戦争遂行上罷免できずに、使い続けざるを得ないのと似たような状態にある。
現実には学校教員は強度のストレスにさらされて、まともな人間から戦線を離脱してしまい、現場に残っているものほど、過重ストレスから逸脱に走りやすい構造にある。恐らくは、教育実習生に対するセクハラも、調査結果以上に深刻であることが想像される。

さらに苦しいのは、実習に送り出す側の大学においても「成果」が問われるあまり、質より量が要求され、たとえロクでも無い実習先であっても、受け入れてくれるのであれば送り出さざるを得ない状況にあるのだろう。
もはや日本社会のあらゆる面がストレスと暴力の上にのみ成り立っており、ますます社会全体を疲弊させ、衰退させていると言えよう。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする