2016年05月16日

ヘイトと刑訴法のバーターとかあり得ない!

【ヘイトスピーチ対策法、成立へ=13日に衆院送付】
 人種や国籍などの差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)対策法案が今国会で成立する見通しとなった。同法案を審議する参院法務委員会が11日の理事懇談会で、12日の採決で合意。民進党など野党も賛成し、13日にも本会議で可決、衆院に送付される運びだ。法務委では、与党案と民進党などが提出した野党案が並行審議されている。12日に採決するのは与党提出の修正案。野党案を採決するかどうかは引き続き協議する。与党修正案は、ヘイトスピーチについて「生命や身体に危害を加える旨を告知し、著しく侮辱するなど、外国出身者であることを理由に、地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」と定義。野党の要求を受け、「侮辱」を追加した。その上で、政府に対し、こうした言動の解消に向けた教育などの推進を求めている。ただ、憲法の表現の自由との兼ね合いから、罰則は設けなかった。 
(5月11日、時事通信)

このヘイトスピーチ対策法は、野党が原案の「本邦外出身者」「適法に居住する」という、対象者の限定条項の削除を要求していたが、与党側は拒否、「著しく侮辱」の追加のみ応じた。この結果、「日本国内出身者」や「不法滞在外国人」に対する「不当な差別」は逆に「合法(脱法)」ということで、処罰されないことになった。具体的には、琉球諸部族、アイヌなどに対する「不当な差別」は、同法の「ヘイトスピーチ」に該当しないことを意味する。この点については、附帯決議を付けることで与野党間で合意されたものの、附帯決議には何の法的効力も無く、「気休め」にすらならない。つまり、「ザル法」である。

これに対し、民進党が、ヘイトスピーチ対策とのバーターで審議に応じた刑事訴訟法改正案は、これも修正を経て賛成することになった。ところが、この刑訴法改正案について、民主党(当時)は「司法取引と取調べ可視化の拡大のバーター」という方針で臨んでいたはずだが、現実には取調べ可視化対象者の拡大は見送られ、司法取引の協議に弁護士の関与を規定することと、通信傍受に際し通信業者の立ち会いに代わって「事件に関与しない警察官」が立ち会うことで合意がなされた。
司法取引の交渉に常に弁護士の同席を要求するならまだしも、「弁護士の関与」などという曖昧な表現では全く実効性が担保されないだろう。
また、通信傍受に際しての「事件に関与しない警察官」の立ち会いなど、紛争の停戦監視に「紛争に直接関与しない同国軍兵士」を監視者とするような話であり、より悪く言えば、戦争の略奪行為の取り締まりに、異なる部隊の兵士(憲兵ですら無い)を充てるようなもので、全く意味が無い。古来、警察というのは凄まじく閉鎖的なタテ社会で、同僚の悪行や不法・脱法行為を咎めることなどあり得ない。

全く不公正な司法改革 

与野党間の圧倒的な戦力差を考えれば、この辺が妥協点になってしまうのは分かるが、変に妥協して悪法に賛成したことで、後日「悪法に賛成した」と誹謗され、あるいは自らが賛成したが故に廃止法案や改正法案も出せないという呪縛に取り憑かれる恐れが強い。若干の修正を経て成立した治安維持法が、どのように猛威を振るい、日本人を恐怖のどん底に陥れたかは完全に忘れ去られている。近現代史教育の不備はこのように現れるのだろう。
法律解釈で自己の権限拡大を狙った司法省が治安立法に前のめりだったのに対して、実際に運用者となる内務省が「そこまでの緊急性は無い」「現場での適用が難しい」などの理由からやや消極的だったことも特筆に値する。今回の秘密保護法は警察主導で立案されているものの、警察官僚出身の亀井静香議員や小野次郎議員は慎重姿勢を示している。

ところが、治安維持法が実際に施行されてみると、「実際の運用(適用)が難しい」などの理由から改正が要望され、戦時体制への移行も相まって、適用範囲が段階的に拡大、厳罰化も図られた。その結果、3・15事件で共産党が一掃された後にも、合法左翼はおろか、労働運動家や反戦思想家、自由主義者や宗教団体にまで適用されるに至り、「天下の悪法」の名をほしいままにしたのである。
特高を指揮して取締の先頭に立った町村金五(特定秘密保護法案の作成責任者の父)あたりは確信犯だった可能性が高いが、リベラル色の強かった若槻礼次郎が人民戦線事件や大本事件を予想していたとは到底考えられない。
つまり歴史は、権力が暴走することを前提に法体系を構築しないと、いざという時に誰も止められなくなることを教えているのである。
治安維持法は言論弾圧法ではなかった?!

治安維持法の採決に際し、貴族院で唯一反対した徳川義親議員(侯爵、尾張徳川家当主)の反対討論を再掲しておこう。
司法大臣は、本案は極めて明瞭なるものであって、曖昧な点がない、之を用いるに当たって少しも疑いのあるはずがないと仰いましたけれども、果たしてさうであるかどうかと云ふことは、私は信じることが出来ないのでございます、之を立案いたしました方、立法者に於きましては成程明瞭で以て何等の疑を挿む所はございますまいが、之を実際に用いますのは立法者ではございませぬで、又必ずしも立法者と同じ心を持って居るものではないのでございます、実際此法を用います者は裁判官でも至って少いのでありまして、多くは警察官でございます、必ずしも之を誤って用いることなしとせないのでございます。外の法律と違ひまして、峻厳極まりないものでございまするが故に、一度誤って用いました其結果は誠に恐ろしいものでございます。

此法律がございませぬでも、新聞紙法、出版法、治安警察法等がありまして、朝憲及国憲の紊乱は、十分に取締まることが出来るものではないかと私は思ふのでございます。私の見ます所に依れば峻厳極まりない此法律の実際に当りまして、政府当局に果たして十分な用意がありや否や、細密な用意が欠ける所があるやうに思はれるので、私は茲に俄かに賛成出来兼ねるのでございます。

まさに歴史が繰り返されようとしている。
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2016年03月31日

苗字廃止論

江戸期における苗字は、現代人が考えるファミリーネームとはかなり異なるものだった。例えばわが先祖である幕臣S木家の場合、おおよそ「馬一頭、銃一丁、槍三本」とそれに付随する人員の常備が義務とされた。100石超の家禄は当主であるS木T吉の個人的給与では無く、装備の維持費や従者郎党の給与まで含んだものだった。大名家は恒常的に家禄を支給し、禄の世代継承を保障する対価として、各家は軍事的義務を負う、というのが封建的契約関係だった。

もっとも現実には、幕末の長州戦争に際し、将軍家は旗本に大動員令を下すが、旗本の多くは義務化されていたはずの装備や人員を用意できなかった。太平が長く続いて、諸物価が高騰していたため、みな兵具を売り払い、郎党や中間も身の回りの世話要員程度しか雇っていなかったのだ。その結果、動員令が下りると、古道具屋と口入れ屋に幕臣が殺到、その価格が急騰し、必要な兵具と人員を確保できたのは一部に過ぎなかった。義務を果たせなくなった旗本たちは、禄を返上するのでは無く、みな隠居届けを出すことで責務回避を図った。この時点で、江戸期の封建制度は実質空洞化していたことが分かる。

話を戻そう。例に挙げたS木家というのは、この一個の軍事的最小単位を指すものであって、今日のファミリーネームではあり得なかった。むしろ今日の法人名に近い。将軍家を大企業とすると、旗本はその傘下直系の中小企業群に相当する。
興味深いことに、かつてスターリンの息子が学校で「ボクはスターリンの息子なんだぞ」と威張った際、帰宅したスターリンに「スターリンなどと言う個人は存在しない。自分もお前もスターリンなんかじゃ無いんだ」と烈火のごとく怒鳴りつけられたというが、この感覚が分からないと、伝統的な苗字というものは理解できないのかもしれない。

大政奉還を経て明治政府が樹立すると、明治3年(1870)に「平民苗字許可令」、同8年(1875)に「苗字必称義務令」が発布される。当初、全国民に苗字使用の許可が下されたものの、苗字使用は普及せず、国家による強制が必要だったことは興味深い。つまり、庶民の多くにとって一般生活に無用のものだったのだ。
しかも、苗字導入時には夫婦別姓が原則(同姓選択制)であり、夫婦同姓が制度化されたのは、明治31年の民法改正によって夫婦同姓に基づく「イエ」制度が確立した。明治9年に苗字使用を義務化するに際して、太政官法制局が夫婦別姓を採用したのは、「妻は夫の身分に従うとしても、姓氏と身分は異なる」「皇后藤原氏であるのに皇后を王氏とするのはおかしい」「歴史の沿革を無視」という理由からだった。さらに、明治31年の民法改正に際して、司法省がドイツ式の夫婦同姓案を提示したところ、当時の保守派から「日本古来の家父長制に反する」と大反発を受け、戸籍に絡めて「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」とすることで折り合いを付ける始末だった。

明治維新を経て封建的身分制度が(完全ではないが)廃止されたのは、出自が個人の身分を規定し、職業を限定することで、労働力と能力開発を大きく自己規制してしまう点にあった。これは、ヨーロッパにおいて奴隷制や農奴制が廃止された理由と同じである。資本主義に基づく経済発展のためには、身分制の廃止と労働力使用の自由化は不可欠のものだった。現代においても、ソ連の農業集団化が経済成長を阻害したことや、インドで貧困問題が一向に解決できないことも、同じ理由から説明できる。
明治政府は、全国民(当時は臣民)に苗字の使用を強制したが、同時に家父長制に基づくイエ制度を創設した。その結果、今度は女性がイエに縛られ、女性の権利は家長に委ねられ、職業の自由と能力開発の機会を奪われた。戦前においては、結婚するのも家長の許可が必要だった。第二次世界大戦において、女性の戦時動員が最も少なかった日本とイタリアは、ともに敗戦国となった。

参政権、教育権、労働基本権など市民的権利が、日本女性に完全に認められたのは、全て占領軍の指示によるものだった。マッカーサー指令が下されたのが1945年10月11日で、幣原内閣の婦人参政権導入の閣議決定は前日の10月10日になされているが、これはGHQの意向を先読みしてポーズを取っただけの話であり、「八月革命」に伴う占領軍の指導が無かったら、果たして女性参政権がいつ実現したのか分からなかっただろう。
(日本の女性解放は「アメリカの押しつけ」ですから!)

戦後、GHQの主導により女性に一定の権利が付与されたものの、女性に対する姓の強制(夫婦同姓)は存続、職業や教育の自由は与えられたものの、採用や待遇の差別は今日に至るまで改善されていない。正規・非正規を含む女性の平均年収は、男性の約半分に過ぎないが、実はこの「50%」という数字は1970年代以降変わっていない。米国の場合、1980年に65%だったものが2005年には80%を超えている。日本では、80年代に女性の総合職進出が図られたものの、90年代に非正規職や派遣が急速に増え、非正規職の大半が女性で占められた結果、女性の対男性年収比が停滞しているものと見られる。

「労働力が足りない」などと言っている政府や財界は単純にバカ丸出しなだけで、要は女性差別が女性の労働力活用を阻害しているだけの話なのだ。そのバカを補おうとして、移民や外国人奴隷(研修生)を検討しているのが現状と言える。
その女性差別の根幹をなしている一つが、女性に対する姓の強制とその根本思想であるイエ制度であることを考えれば、夫婦同姓や家父長制を残したまま、日本はこれ以上の経済成長は望めないと見るべきだ。そして、夫婦同姓を止めることができないのであれば、むしろ苗字そのものを廃止することで、女性をイエから解放して労働力としての活用を図るのが望ましい。
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2016年03月11日

GPS捜査は法整備を

【GPS捜査 「新たな法整備が必要」…有識者指摘】
 令状なしのGPS(全地球測位システム)捜査について、大阪高裁は「重大な違法はなかった」として、1審・大阪地裁判決とは逆の判断を下した。捜査関係者によると、司法判断が分かれていることに対し、現場では少なからず影響が出ているといい、有識者からは「新たな法整備が必要」との声が上がる。
判決後、大阪市内で記者会見した弁護団は「1審から大きく後退し、GPSの特性を理解していない」と高裁の判断を批判。各地でGPS捜査の違法性が争われている中での判断だけに、「看過できず遺憾」と懸念を示した。今後被告と相談し、上告を検討するという。
 弁護側は控訴審でも「GPSは一回でも令状なく取り付けられれば重大なプライバシーの侵害」と主張したが、高裁は重大なプライバシー侵害はなかったと退けた。弁護団は「位置情報がきっかけで個人の思想や対人関係などプライバシーの根幹が揺らぐ」とGPS捜査の危険性を指摘。亀石倫子弁護士は、高裁が発信器を取り付けた回数や台数、期間などを考慮しながら検討したことについて「最初から任意捜査と位置づけているかのようだ」と不満をにじませた。
 GPS捜査には現在、法的規制がない。警察庁は内規で、裁判所の令状が不要な任意捜査と位置づけており、他の手段で追跡が難しい場合、犯罪行為をせずに発信器を取り付けるよう各都道府県警に求めている。しかし、違法とした3地裁(大阪、名古屋、水戸)の判断はいずれも、外部から目が届かない場所まで位置を把握されることなどは、重大なプライバシーの侵害に当たると指摘。令状が必要と断じた。
 ただ、刑事訴訟法は令状を行使する際は相手に示すよう定めており、捜査当局は「それでは秘匿捜査の意味がない」と懸念。これについて、水戸地裁は窃盗事件の審理で一つの見解を示した。捜査の必要性から事前に示さなくても、終了後に相手に内容を告げることなどを条件に、例外として認められるとした。
 指宿(いぶすき)信・成城大教授(刑事訴訟法)は、令状を得て通信を傍受した後、対象者に告知する通信傍受法に着目する。「GPS捜査を強制処分と位置づけ、同じように令状を捜査後に示す新たな法律が必要ではないか」と指摘。「警察の内規だけで運用されると、実態が表に出ず、チェックもできない」と語る。
 一方、総務省は、携帯電話会社などを対象にしたガイドラインについて、裁判所から令状が出れば、携帯電話の位置情報を利用者に通知せず捜査機関に提供できるよう、昨年6月に改正している。
(3月2日、毎日新聞)

これは確かに難しい問題。基本的には、技術革新に対して法整備が追いつかず、技術運用が先行してしまって人権侵害の疑義が生じている、という状態にある。現行憲法には、プライバシー権の記載こそ無いものの、13条で「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が明記され、移動の自由もある。だがこれらは、「公共の福祉に反しない限り」という前提があるため、刑事捜査によるプライバシーの侵害は一定程度認められている。それだけに、従来型の追跡調査は合法だが、GPSは著しくプライバシーを侵害するから令状が不可欠という、地裁の判断は、人権原理上は妥当だが、現行法の中ではやや無理があったと思われる。

とはいえ、位置情報は個人の重大なプライバシーであり、治安当局が無制限に把握できるとなれば、それはもはや旧東側諸国の「監視国家」と何ら変わらないものになる。現状は、技術的に可能で、実際に利用が進んでいるが、一切の法規制や制度整備がなされていない状態にあるだけに、「警察の暴走」が危惧されるのもまた当然なのだ。日本の警察がその気になれば、携帯電話を始め、市内の防犯カメラやNシステムを利用して、全市民の位置情報を把握するだけでなく、あらゆる通話やメールを傍受することも可能だからだ。そして、それは一部実現されている。

まずは最低限、裁判所の令状を取り、一定の条件下で事後にでも令状開示を可能にする法規制が必要だろう。だが、日本の裁判所は99%以上の確率で捜査令状を出している現状を考えると、果たして一定の歯止め・人権擁護になるのか疑問はぬぐえない。とはいえ、警察の独自判断で、無制限にGPS捜査が許されてしまっている現状は、早急に改善する必要があろう。
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2016年03月02日

教育の中央統制を望む地方

【名古屋市の新教育長、文科省から 初の外部登用】
 新教育長の外部登用を検討していた名古屋市の河村たかし市長は、文部科学省の課長級を充てる方針を固めた。市で教育長の外部登用は初めて。開会中の2月定例議会で同意を求める。いじめを苦に自殺する中学生が相次いだため、文科省と連携して対策を進める。
 2013年7月に南区の中学2年生がいじめなどを苦にマンションから転落死。昨年11月に西区の中学1年生もいじめを苦に自殺した。事態を重く見た河村市長は、3月末に定年退職する下田一幸教育長の後任で外部登用を探っていた。地方教育行政法改正による新制度で各自治体に「新教育長」が導入されており、教委で事務局トップだった教育長と、会議を仕切ってきた教育委員長を兼ねる立場になる。首長との関係は直接任命を受けることなどで強まるが、経過措置として旧教育長が最長で4年間、在任できる。
(2月25日、朝日新聞)

教育委員会制度は、もともと戦前の文部省を頂点とするピラミッド型の教育行政が権威主義とミリタリズムの推進力となったことの反省を踏まえ、教育の地方分権、民主化、独立・中立性の担保を目的として導入された。だが、教育委員選挙の低投票率が続き、教員組合による寡占状態が危惧されて、10年を経て委員の公選制は廃止、任命制へと移行された。
戦前の地方教育行政は、内務行政の一端と位置付けられており、官選の府県知事が教育行政官庁となって、市町村長(議会の推薦者を内務大臣が認可)が文部大臣(教育内容)と知事(行政実務)の指揮監督を受けつつ実務を担っていた。従って、文部省が存在しながら、実のところ地方教育行政の実務は内務官僚が行っていた。こうした中央集権システムが、国家主義・帝国主義・軍国主義教育への移行を容易にし、ミリタリズムを全国に波及してしまった。
その反省として1948年、教育の政治的中立を担保し、デモクラシーと地方分権を実現すべく、公選式の教育委員会が設置された。だが、公選によって多数の現職教員が教育委員に就任したり、単位の小さい旧市町村の全てに教育委員会を設置することが難しいなどの問題が発生、占領体制の終焉と55年体制の発足に伴い、1956年には大幅な改正がなされて、公選式から首長による官選式(要議会同意)へと改められた。
安倍政権で教育委員会廃止?

だが、任命制になったことで、今度は教育委員が既得権益化し、地方名士の名誉職になってしまったり、無責任な合議制体質の下で腐敗が進んだり、迅速な改革ができないなどの問題が生じた。すると、今度は「地方首長の権限を強化しよう」ということで、一昨年に改正地方教育行政法が成立、首長の権限が強化さてれ、教育委員長と一本化された新教育長の任免権が付与されて、教育長の権限も強化された。自民党の一部や維新が求めたような、制度そのものの廃止には至らなかったものの、教育の独立・中立性が脅かされている傾向は否めない。
とはいえ、組体操問題でも触れたが、年間8千件からの事故が起こっていたにもかかわらず、放置されていたのは、一義的には教育委員会制度が十分機能していないことを示しているだけに、従来のシステムに問題があったことも確かだ。特に、地方名士が担う教育委員長は、その立場故に中立的、公正な教育行政を担えず、調整に時間が掛かって迅速な対応ができない点は大きな障害となっていた。

ではあるが、首長、しかも日本最大級の政令市の首長が、自らの任命権をもって中央省庁の課長を教育長に据えるというのは、委員会本来の目的である「教育の地方分権」「民主化」「独立・中立性の担保」の全てに反し、中央統制と権威主義化を進めてしまうからだ。これは、可能性の問題では無く、確実に起こる危険に他ならない。戦前の官選知事と何ら変わらないものになるからだ。
さらに言えば、自民党や霞ヶ関が望んだことではなく、地方の首長が率先して中央のヤクニンを懇請している点が問題の深刻さを示している。
我々はいま一度、教育委員会制度の意義を考えなければならない。近い将来、取り返しの付かない事態を招くであろう。
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2016年03月01日

部活動の全面廃止に向けて

【部活顧問「ブラック過ぎ」 教員ら、改善求めネット署名】
 中学、高校の部活動を巡り、顧問を務める教員の多忙さ、休日返上の練習などの問題を改善しようと、若手教員らがネットで署名を集める活動を始めた。第一弾のテーマは「教員に部活顧問をするかどうかの選択権を」。既に1万8千人以上が署名した。一方、文部科学省も対策を進めつつある。署名を呼びかけたのは関東、中部、九州の30〜36歳の公立中教員ら6人。ツイッターなどで部活の問題を発信していて知り合った。この問題を社会に訴えようと、昨年末に署名集めを開始。同一人物が何度も署名できないよう、署名する際には電子メールを登録する仕組みだ。
 署名の呼びかけ文では「部活がブラック過ぎて倒れそう。顧問をする、しないの選択権を下さい!」と訴えた。来月上旬までに、馳浩・文科相ら宛てに提出し、教育委員会に指導してほしいと求める予定だ。部活は国語などの教科と違い、正規のカリキュラムに位置づけられていない。あくまで生徒の自主的、自発的活動とされている。だが、2001年の文科省の調査によると、中学校では、教員全員が顧問になることを原則とする学校が66%を占めていた。「全員顧問制」と呼ぶ地域もある。06年の調査では、中学の教諭の9割以上が部活指導を担っていた。
(2月13日、朝日新聞抜粋)

この問題もずっと追い続けているが、一向に改善される見込みは無い。
日本の初中等教育の水準が諸外国に比して急速に低下しているという統計は見当たらない。だが、大学を含む教員の殆どは、学力水準についてネガティブないし悲観的な感想を抱いているのは間違いない。その大きな要因は、学校が持つリソースを「学力向上」に集中できず、分散させてしまっている点にあると考えられる。

「労働時間における授業等の割合」という点でも、日本は世界的に見て群を抜いて低い水準にある。だいたい小学校で4割弱、高校になると2割強といった具合。つまり、授業(+準備)以外の業務があまりにも多すぎるのだ。その他の業務が増えれば増えるほど授業の質が低下するのは道理だろう。その一つが部活である。
教員の勤務時間に占める部活動の割合は10〜20%に上り、これに学校行事とクレーム対応を合わせると軽く30%を超える。日本における教員の平均勤務時間は週約55時間で、この30%を削除すると38時間になって、OECD諸国平均となる。同時に、勤務時間に占める授業関連の割合は5割超に達するが、これはまだOECD平均の65%には届かない。教員を授業に集中させるためには、まだまだ「ムダ」を排する必要があるのだ。

部活指導のブラックなところは、週末の拘束にある。ただでさえ土曜授業が再開されているところに、日曜日も下手をすると生徒の引率で早朝から夕方まで拘束され、さらにトラブルがあれば夜まで付ききりにならざるを得ないからだ。これは、部活動が盛んな学校ほど、教員のローテーションが悪く、パフォーマンスが低下することを意味する。部活動が無い学校の教員は日曜日に休養を取るか、研修を受けているのだから、部活動の有無で教職のパフォーマンスが大きく異なってくるのは当然だろう。子どもにまともに勉強をさせたい親は、部活動のある学校に子どもを入れるべきではない。

ちなみに、欧州の学校には日本の部活動に類するものはなく、授業が終わると生徒は学校から追い出されて校門を閉じられてしまう。授業を終えた教員は残務整理すると、さっさと「退社」する。日本の学校のように夜遅くまでは職員室に明かりが付いているなど決してあり得ない。休日も無く一日15時間も働かされる日本の教員と、週休二日の上に一日8時間労働がきっちり守られている欧米の教員を比べた場合、どちらのパフォーマンスが高いかという話である。
同様の話は太平洋戦争にも見られた。交替も無いまま、戦死するまで孤島に貼り付けられたままだった日本兵と、定期的にローテーションで後方に送られて豪州などで鋭気を養っていたアメリカ兵では、どちらのパフォーマンスが高いかなど比べるべくもないだろう。日本の「玉砕体質(Stand and die)」は戦後70年を経ても全く変わっていない。

そして、部活動指導は労働法上、明確に「職務外」である。実は、教員の部活動指導が「職務」であるかどうかについては、必ずしも明確では無い。唯一の根拠とされる学習指導要領は以下のように規定している。
生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること。その際,地域や学校の実態に応じ,地域の人々の協力,社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携などの運営上の工夫を行うようにすること。
(学習指導要領第1章4−13)

学習指導要領は、旭川学力調査事件の最高裁判決(1976年)により、法的基準性がある旨の判断が示されている。とはいえ、これは教育指導上の法的基準であって、教員の職務(労働)上の基準としてまで適用されるのかは疑問がある。大まかに言えば、職務時間内における部活動指導は「職務内」と認定されるだろうが、職務時間外の部活動指導まで「職務内」と認定するような「法的基準」とはたり得ない。
文部科学省は、一応理解しているらしく、「時間外勤務に関する法令上の根拠」として以下のように示している(参考)。
・原則として公務のために臨時の必要がある場合に時間外勤務を命じることはできないが、限定された場合に時間外勤務を命じることができる。

・時間外勤務を命じることができる場合は政令で定める基準に従い条例で定める。
政令の基準: いわゆる「超勤4項目」(1生徒の実習、2学校行事、3職員会議、4非常災害、児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合等)。

つまり、文科省は一応、部活指導では時間外勤務を命じることは出来ないと明示している。だが、現実には休日を含む時間外の部活指導が横行している。これは、教員の「自主的」「サービス残業」によって行われているためで、学校側は「あれは教員が善意で志願して自発的にやっていることだから、学校としては命じていないし、労働法上の問題は存在しない」という主張をしている。これも戦時中の特攻と同じで、圧倒的に強い立場にある上官が実質的に志願を強制している形だ。問題を複雑にしているのは、部活動指導そのものは「職務内」だが、時間外の指導については「自主的サービス」とされている点にある。
これは、民間企業も同じで、本来時間外労働は三六協定に基づいて業務命令が下されないと成立しないはずだが、現実には「命令に基づかない自主的残業」が横行している。

部活動は、実態としては「子どもを遊ばせておくと悪さしかしないから学校に拘束しておけ」という発想から生まれている。これは軍隊における「兵を遊ばせておくと士気が下がる」という発想に共通する。だが、現実には勉強に支障をきたす子どもが続出し、教員は過重労働でパフォーマンスを落とし、基礎教育の質を阻害してしまっている。本末転倒なのだ。

部活動は基本的に廃止、都道府県に数校、特別に許可された学校を設置し、そこでのみエリート的な部活を認めてリソースを集中するのが「よりマシ」な選択肢なのではなかろうか。現在ある部活動は地域活動に委ねられるべきである。

【参考】
・ブラック社会を象徴する学校の部活動 
・「朝練禁止」措置に見る日本の全体主義 
・教員の働き過ぎ−今更ながら 
・ブラック環境の現れ? 

【追記】
教員組合は、教職のブラック労働環境の根源である部活動と学校行事に対し、先頭に立って全廃を求めるべきである。それをやらないからこそ、組織率が3割を切るような事態になっていることに、自覚を持たねばならない。
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2016年02月25日

大学自治も終焉へ

【岐阜大が国歌斉唱しない方針 馳文科相「恥ずかしい」】
 馳浩文部科学相は21日、金沢市で記者団に、岐阜大学の森脇久隆学長が卒業式などで国歌「君が代」を斉唱しない方針を示したことについて、「国立大として運営費交付金が投入されている中であえてそういう表現をすることは、私の感覚からするとちょっと恥ずかしい」と述べた。卒業式や入学式での国歌斉唱は昨年6月、当時の下村博文・文科相が全国の国立大学長らに要請していた。岐阜大は前身の旧制学校の校歌を式で斉唱しており、森脇学長は今月17日の定例記者会見の質疑で、これまで通りの方針で臨む考えを示していた。馳氏は21日、金沢市内での講演で「岐阜大学の学長が国歌を斉唱しないと記者会見した」と指摘。その後、記者団に「(下村氏の要請は)大学の自主的な活動についてああしろ、こうしろと言うものでもない。学長が(斉唱しないことに)言及することはちょっと恥ずかしい」と語った。
(2月21日、朝日新聞)

日本国憲法第23条は、

学問の自由は、これを保障する。

と規定している。これは明治憲法には無かった項目で、戦後の新憲法制定(改憲)時に新たに盛り込まれた。それは、滝川事件(内乱罪や姦通罪に対する疑義提唱)、美濃部事件(天皇機関説)、矢内原事件(ミリタリズム批判)、河合栄治郎事件(ファッショ批判)などのたびに軍部や文部省の介入を許し、教授や学生が大学を追われ、ゼミが廃止されることでその分野の研究はストップしたことの反省に基づいている。
なお、憲法23条が謳う「学問の自由」の英訳は「Academic freedom」であり、「何者からも拘束されない大学・研究(者)の自由」を意味する。この「学問の自由」を制度的に担保するものの一つが「大学の自治」であるため、憲法上に明記されていないとはいえ、大学の自由は学問の自由と同一線上に存在する。
実は、国際的に見た場合、憲法で学問の自由を保障している国は非常に珍しい。それは少なくとも自由主義諸国では「当たり前すぎる」ことで明記するのも憚られるためであり、わざわざ新憲法に明記したのは、日本においてはリアルに考えられる「危険性」だったからだ。

そして、下村前大臣が国立大学における国歌斉唱を「要請」したことで、新憲法の起草者たちが抱いた危惧は現実のものとなった。下村氏も「最終的には各大学の判断」などと言っていたが、これはヤクザや金貸しが無理な要求を提示して「これはただのお願いで、決断するのはあくまでも貴方ですよ」と念押しするのと同じ構図だった。国立大学が運営資金を国に依存する以上、その力関係は圧倒的に国側に有利であり、そもそも対等な関係に無い以上、一般的な「お願い」は成立し得ず、大学側からすれば「国のお願い」は国家要求に等しいからだ。
あるいは、戦時中の士官が「特攻はあくまでも志願に基づくものであり、強制はしない(が何度でも強く要請する)」と言っていたのと同じで、圧倒的に強い立場にあるものの「要請」は、強い強制力が付与される以上、ほぼほぼ命令と同義になってしまう。むしろ「命令では無い」だけ責任が不明確でタチが悪い。
一連の戦前の事件から得られる教訓は、形式的に「大学の自治」が保たれても、内部者が国家の意思を汲んで自由の阻害に走ったのでは全く意味が無い、ということだった。教授会の権限が大きいのは、巨大権力に対抗するためでもあったわけだが、この間「大学改革」と称して教授会の権限が大幅に縮小されて、文科省からの天下りが経営陣に加わって「コミッサール」の役割を果たすに至り、外部権力に対抗できる勢力が失われた。そのため、国家から「要請」があった場合、それを拒否できるだけの権限が大学側にはすでに存在せず、助成金をちらつかされると、「国の要請に応えるが、あくまでも自主的に選択する形を採る」ことになる。これでは、美濃部、矢内原、河合らを追放した戦前の大学と何も変わらない。
本来であれば、「大学の自治」と「教員の身分保障と研究内容の保障」は不可分のものであるはずが、すでに「Academic freedom」の原則が崩壊していることが分かるだろう。これも安倍一派が主張する「戦後レジームの打破」の一環と言える。

確かに政府・自民党側は「今回大臣が求めたのは国旗掲揚と国歌斉唱であって、学問の自由とは関係ない」という批判をしてくるだろう。だが、1999年に国旗国歌法が審議された折、「強制するものではない」「教育現場で義務化するつもりはない」旨の答弁や談話が繰り返されたにもかかわらず、それから15年を経て全国の学校で強制されるようになり、今度は国立大学に至っている。今回の政府側の主張は、「税金が投入されている国立大学で国旗が掲揚され国歌が斉唱されるのは当然」というものだが、であるならば私学助成を受けている私立大学に対してもいずれ同じことが求められるはずである。そして、国旗と国歌を強制し、人文学部の廃止を強要する政府が、なぜ今後研究内容にまで踏み込まないと保障できるのだろうか。いや、科研費のあり方を考えれば、すでに国家が研究内容に介入しているとも言えるのである。
また、そもそも「君が代」は「帝の支配が永遠に続きますように」と祈願する呪歌であり、およそデモクラシーに相応しくない専制色の濃いものであることも付言しておく。
日本国憲法はありとあらゆる分野で浸食され、実質的な効力を失いつつある。同時に日本のデモクラシーと自由も、その実効性を失いつつある。やはり人は、失って初めて失ったものの価値を知る、ということなのだろうか。
大学にイデオロギーを強制する安倍政権

馳大臣は、安倍・自民党の中では「かなりマシ」な部類に入るだけに非常に惜しい。氏もまた、「学問の自由」が現行憲法にわざわざ明記された理由を知らないか、あるいは意図的にその廃絶と学問の統制を目指す国家主義者ということのようだ。
公立大学は、「文科大臣の要請があり、国から交付金を受ける以上、我々は国歌斉唱を強制しなければならない」旨を真摯に学生に説明すべきだろう。
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2016年02月10日

組体操問題に見る教育委員会制度の無責任

【馳文科相、「組み体操」中止を検討】
 馳浩文部科学相は5日の衆院予算委員会で、運動会での「組み体操」の中止について「重大な関心を持って、文科省として取り組まねばならない」と述べ、前向きな考えを表明した。維新の党の初鹿明博氏の質問に答えた。
(2月5日、産経新聞)

【タワー・ピラミッド禁止=組み体操、制限後も事故多発―大阪市教委】
 大阪市教育委員会は9日の会議で、市立小中高校の運動会で人気のある組み体操のうち、「タワー」と「ピラミッド」を2016年度から禁止することを決めた。事故を防ごうと高さ(段数)制限を設けたが、その後も事故が多発しているため。市教委によると、禁止は全国的に珍しいという。大森不二雄委員長は「段数制限は不十分で、見直さないといけない」と強調した。 
(2月9日、時事通信)

学校の運動会などで行われている組体操において、年間8千件もの事故が数年に渡って起きていたことが、ようやく問題になってきている。最近では死亡事故こそ起きていないものの、後遺症の残る重大事故はこの数年で20件近くも起きており、隠蔽されたものを考慮すれば、どれほどの事故が起きているのか分からない。

ただ、記事タイトルにある「文科大臣が中止を検討」はよろしくないと同時に、まさにこの点が一つのネックになっている。というのも、日本では教育の政治的中立性と地方自治の観点から、中央省庁の権限は限定されており、文科大臣の「鶴の一声で禁止」とは容易にいかないからだ。ただ、安倍政権以降、文科省が沖縄県の教科書選定に介入するなどの越権行為を強めているので、その流れでは「中央統制を進める良い機会」と捉える可能性も考えられる。

年間8千件もの事故が放置されている一因は、教育委員会制度にもある。建前上の「教育の独立」が故に、中央政府も自治体首長も個別の事案には介入できず、教育委員会は教育委員会で「教育は、地域住民にとって身近で関心の高い行政分野であり、専門家のみが担うのではなく、広く地域住民の意向を踏まえて行われることが必要」(文科省HP)との建前から、保護者・住民の「組体操の要望」を否定できない構造になっている。つまり、文科省と首長は「教育委員会の意向」「教育の独立」を理由に、教育委員会は「保護者・住民の意向」を理由に、問題解決を拒み、無責任を決め込んで、事故を放置しているのだ。また、保護者は保護者で、「組体操で感動を!」なるスローガンの下で同調圧力が強くなり、非常に反対しづらい環境におかれている。さらに、日本の教員は(若年層は分からないが)昔からマスゲームのような全体行動を好む傾向が強く、保護者から危険性を指摘されても「わが校の伝統行事」などと言って中止を検討すらしないと言われる。
これは、戦時中に「特攻は隊員の自主性に基づく」として指導部の責任を回避しつつ、大学生らを効果の低い特攻に行かせることを止めることができなかった構図と酷似している。

組体操問題は、日本の教育が「誰のためのものか」を如実に表している典型例である。少なくとも子どものためのものでないことは確かだろう。そして、誰の責任で組体操が行われ、誰の権限でこれを止めることができるのかも明確でない点にこそ、日本の社会システムの根源課題が潜んでいる。
posted by ケン at 12:25| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする