2016年02月09日

英語教育におけるポピュリズム

【<英語力調査>中3「英検3級」7割届かず 文科省】
 文部科学省は2日、全国の国公立の中学3年生と高校3年生を対象にした、英語の「読む」「聞く」「書く」「話す」の4技能に関する2015年度の調査結果を公表した。初めて調査した中3は、「書く」以外で国が卒業時の目標に掲げる「英検3級程度」に届かない層が約7〜8割を占めた。「書く」は英検3級程度が約4割と比較的高い一方、0点が1割強とばらつきが見られた。14年度に続き2回目の調査の高校生は4技能とも依然低水準だった。
 調査は中学3年約6万人、高校3年約9万人を抽出して実施。授業内容や学習意欲を尋ねる質問紙調査も実施した。現在の中学3年は、小学5年以上で「外国語活動」が必修となった現行制度の1期生になる。身近な話題の質疑応答ができる「英検3級程度」に届かないレベル(A1下位)の割合は、「読む」が73.9%▽「聞く」79.8%▽「話す」67.4%と高かった。「書く」はこのレベルが56.7%、「英検3級程度」(A1上位)が43.1%と他の技能とは違う傾向が見られたが、「0点」も12.6%に上り、ばらつきが目立った。
 高校3年では、国が高校卒業時の目標とする「英検準2級程度」(A2)の割合が、「読む」は29.9%(前年度比6.4ポイント増)▽「聞く」24.2%(同3.9ポイント増)▽「書く」17.2%(同6.5ポイント増)と、前年度より改善したが依然低水準。「話す」は9.8%で前年度(9.5%)と横ばいだった。質問紙調査では、中高生とも「話す」の得点が高い生徒は、低い生徒と比べて「授業で英語による話し合いを取り入れている」と答えた割合が高く、授業内容と得点の相関関係がみられた。高校生の英語力がやや改善した理由について、文科省の担当者は「4技能を意識した授業の改善が進んだ結果ではないか」と指摘。中学生に関しては「どこにつまずきがあるのか詳細に分析したい」としている。
(2月3日、毎日新聞)

記事では、「国の目標」として「高校卒業時に英検準2級」「中学卒業時に英検3級」となっているが、これは「当面の目標」であり、長期的には「高卒時に英検準1級、中卒時に英検準2級」まで持って行くとしている。これが、いかに「無理ゲー」「実現不可能な目標」であるかは、過去の記事でも述べている。
文科省の計画では、中学卒業時における達成目標を現在の「英検3級程度」から「準2級程度」に引き上げる。高校では英語による発表や討論などを重視し、「準1級程度」を目指すという。これも現時点で中卒時の「英検3級」(約25%)と高卒時の「英検2級」がどの程度実現しているのかを考えれば、いかに空想的な目標設定であるか分かるだろう。
なお、準1級は「英語圏での社会生活を不自由なく送れる」レベルとされており、問題を見て見れば分かるが、その難易度は相当に高い。

それに対して、現実の公立中では英語の授業は週3コマしかなく、しかも一学級は40人前後で組まれている。直接法(英語のみによる英語教育)による外国語学習で成果を上げるためには、少なくとも一クラスを15人以下にする必要があり、その上で授業数も週に6〜8コマ程度は必要だろう。それは完全な英才教育であり、英語嫌いの子どもや外国語習得に難のある子どもにとっては地獄でしかない。
授業数を増やすためには全体の授業時間を大幅に増やすか、他の教科を犠牲にするほかないが、教員の労働時間だけ見ても日本は他国と比べて極めて多いことを考えても、実現性に乏しいと考えられる。
(「英語は英語で」という勘違い・続の補)

私の場合は、中等教育でフランス語を学習するという、超レア・ケースであったが、「中等教育における外国語習得」という点で同じである。エリート校とは言えないものの、有名私立の中高一貫校であり、フランス語を第一外国語、英語を第二外国語として学んだが、中1から高2まで一外が週6コマ、二外が週2コマあり、フランス語は20人弱のクラスで学んだ。優秀な同期の何人かは第二外国語でありながら在学中に英検2級を取得していた。私の場合は、せいぜいのところ「中の上」の成績だったが、フランス語検定3級は取得したが、2級についてはどうだったか覚えていない。受験勉強を優先したので後回しにしたままになったと思うのだが、能力的には水準に達していたような気がする。これも推測になってしまうが、当時、高校卒業時に仏検2級の水準に達していたのは同学年のせいぜい2〜3割(3割は無理?)という感じだった。

英検二級は、「高校卒業程度」「社会生活に必要な英語を理解し、使用できること」というものであり、準二級は「高校中級程度」「日常生活に必要な英語を理解し、使用できること」というもの。最近の過去問をサラッと見たところ、中等教育で週2コマしか学ばなかった私でも、準二級は「十分行けそう」だが、二級は「合格は難しい」というイメージだった。確かに、「高卒で準二級くらいは何とかしようよ」という「目標」は十分理解できる。
だが、教育現場の実態はどうだろうか。

現実における中等教育の標準カリキュラムでは、英語は週3コマだったものが、ようやく昨年(今年度)から4コマに増やされたものの、一教室の生徒数は相変わらず40人のままであり、2012年に文科省が行った調査では、全国の公立校の英語教員で英検準一級の取得者は中学で28%、高校で52%にとどまっている。
文科省が考えている直接法(英語のみによる英語教育)を導入するとなれば、少なくとも一クラスを15人以下にする必要があり、その上で授業数も週に6〜8コマ程度は必要だろう。それは完全な英才教育であり、英語嫌いの子どもや外国語習得に難のある子どもにとっては地獄でしかない。仮にこれが実現したとしても、国内の日常生活で英語を使う必要が殆ど無い日本で、政府が望む水準に達成するのは、やはり2〜3割以下になるだろう。
だが、初中等教育に求められるのは、「市民生活、社会生活に必要な能力」「デモクラシーを構成する一員としての素養」であり、そこに「英語がペラペラであること」が含まれるのかと言えば、疑問しか覚えない。
英語学習に高いハードルを求めるために、他の教科を犠牲にすることが、義務教育の本来目的に合目的であるか、今一度よく考える必要がある。

こうした「無理ゲー」が生じる原因として、「対米従属の強化」(冷戦期における東欧諸国のロシア語が同じ位置にあった)のほかに、「保護者からの要求」がある。ある民間の調査によれば、小学生の子を持つ親の9割以上が「小学三年生からの英語教育」に賛成しているほか、高卒時に英語四技能(読む書く聞く話す)の完全習得を目指すという文科省方針にも同じく9割以上が賛成しているという。これは、英語教育を担う会社の調査なので、中立性には欠くものの、私の印象でも大きく外していない。例えば、私が仕えるボスも「英語教育の強化の何が問題なの?」と聞いてくるくらいだ。
だが、これは設問自体に問題がある。例えば、「税金は安い方が良いですか」と聞けば、99%の人は「そりゃそうだ」と答えるのと同じである。ところが、現実には税金を下げれば、行政サービスやインフラ整備、あるいは社会保障が悪化するわけで、そのバランスを問わずに税金の額だけを議論するのは不公正なのだ。教育も同じで、英語教育を充実させるということは、他の教科を減らすか、全体の授業量を増やすしかなく、それが子どもや将来社会にとってプラスかどうかは、よくよく検討する必要がある。個人的経験で言えば、中学生にとって一週間に8コマの外国語授業があったことは苦痛でしかなかった。

子どもを持つ親は、教育についていま一歩踏み込んで考えて欲しい。そして、自分にできないことを、子どもに押しつけるようなことは止めた方が良い。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

司法取引優先だから甘利はやりません?

【<甘利氏金銭授受>東京地検特捜部がURに事情聴取要請】
 甘利明前経済再生担当相を巡る金銭授受問題で、都市再生機構(UR)は1日、東京地検特捜部から事情聴取の要請があったことを明らかにした。政治資金規正法やあっせん利得処罰法違反の疑いで東京地検に告発状を提出する動きがあり、特捜部は報酬を見返りとした違法な口利きがなかったかなどを見極めるため、慎重に事実関係を確認するとみられる。甘利氏の当時の秘書らは、千葉県の建設会社側から資金提供を受け、UR担当者と面談を重ねた。資金の一部は政治資金収支報告書に記載されていなかった。
(2月1日、毎日新聞)

小耳にはさんだ噂によれば、「ここまで来たら、さすがにやらないわけにはいかないか」と重い腰を上げた東京地検に対して、自民党側は「君たちが首を突っ込みすぎると、刑事訴訟法改正案が審議できなくなっちゃうかも」と凄んだらしく、検察上層部は「司法取引と通信傍受拡大が最優先」と判断、「ほどほどにして適当に切り上げろ」と現場に指示を下した、とのこと。やっぱ「全員悪人」の世界ですなぁ〜

いま少し詳しく述べると(あくまでも噂デス)、もともと地検の特捜は郵政不正事件などの不祥事を受けて、規模縮小や人員配転がなされ、まだ従前の権力を取り戻しておらず、「いま抱えている案件で手一杯」で、「甘利の件まで手が回らない」状態にあったという。だが、報道で問題が大きくなるにつれて、現場では「放置するわけにもいかない」という判断に傾いていった。
そこに、首相官邸ないし自民党国対幹部から、「甘利問題がこじれると、予算成立が遅れて一般法案の審議にも影響が出る」「当然、刑訴法改正案にも影響が出るだろうな」という「つぶやき」が検察幹部に向かってささやかれた。

この刑訴法改正案は、検察権力を戦前並みに拡大する「魔法の法案」で、その主な内容は「通信傍受の拡大(無制限化)」「司法取引の導入」であり、「対価」とされている「取調べの可視化」は一部可視化で、「検察側の証拠開示」は「一覧表の提示」でしかなく、被疑者側に一方的に不利な内容となっている。検察としては、自身の能力低下と犯罪の高度化に対して強い危惧を抱いており、「新たな武器」の獲得は「悲願」だった。
しかし、前国会は安保法制の審議が難航、刑訴法改正案も参議院で強い抵抗にあい、政権党側は「ヘイト・スピーチ規制法案とのバーター」を提案したものの、野党側に「全く割に合わない」と拒否されたまま時間切れ、継続審議となった。とはいえ、今国会は会期が6月初めまでの上、参院選の都合上、延長することができないタイトな日程にあり、さらに法案審議の優先順位的にTPPや軽減税率が上に来ているだけに、法務官僚たちは「気が気でない」状態にある。結果、「検察権力を維持するためには政権党に協力するほか無い」という判断に至ったものと推察される。

甘利問題は東京地検が形だけ捜査して不起訴、ないしは秘書が政治資金規正法違反(記載漏れ)で略式起訴されるくらいで済みそうだ。
全国武田ファンの皆さん、虎泰の子孫は安泰デス!

【参考】
全く不公正な司法改革 
posted by ケン at 12:19| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

文部科学省の制限主権論・続

【<高校生の政治活動>学校への届け出検討 9県・政令市】
 文部科学省が10月の通知で新たに認めた「高校生の校外での政治活動」について、宮城、愛知など6県と横浜など3政令市の教育委員会が、デモや集会に参加する際に学校へ届け出させるかを検討していることが取材で分かった。届け出制導入の判断を学校長に委ねる自治体も10道県と1市に上る。高校生の政治活動は選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられるのに伴い認められた。専門家は高校生の活動を萎縮させるマイナス効果を懸念している。
毎日新聞は12月中旬、47都道府県と20政令市の各教委に、「高校生が校外での政治活動(集会、デモなど)や選挙運動に参加する場合、事前もしくは事後に、参加届を提出させる考えがあるか」を聞いた。その結果、宮城▽茨城▽富山▽福井▽愛知▽三重の6県と仙台▽横浜▽神戸の3市が「検討中」と回答した。
 検討する理由について、愛知県の担当者は「デモに参加した生徒の身体に危険が及んだ場合、学校が全く把握しなくて良いのか。生徒の安全面の配慮から必要との考え方がある一方、思想・信条の自由の面から問題だとする考えもあり、どうしたらいいか悩ましい」と説明した。宮城県の担当者は「校外の政治活動は保護者の保護の下、自由に行うのが基本。しかし、文科省通知には『学業や生活に支障がある場合は必要かつ合理的な範囲内で制限または禁止する』とあり、その兼ね合いを時間をかけて検討したい」と話した。
 一方、北海道、秋田、熊本など10道県と札幌市は、教委として一律の指導は行わないが、届け出制を導入するかの判断を「学校長に委ねる」と回答した。秋田県の担当者は「これまでも生徒がバンド活動などで集まる際、『集会届』を提出させている学校が多い。選挙活動については、この集会届を見直して活用する学校が多くなりそうだ」という。また、「対応は未定」としたある県の担当者は「届け出制は、参政権や思想の自由を害してしまう可能性があり判断が難しい。できれば、国が一律で決めてほしいというのが本音だ」と語った。
(12月21日、毎日新聞)

行政府が一方的に国民の主権を制限してはならない。これは憲法に規定されていることであり、「若年者」であることを理由にこれを排除することは許されない。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
(日本国憲法前文)

日本国憲法は、権力の正統性の根拠を国民に求めており、それは当然未成年者を排除するものではない。つまり、未成年者といえども、主権者の一人であって、その主権行使を排除・規制することは何者にも許されていない。逆を言えば、「未成年者」を理由に、行政府が主権を制限できるとなれば、他のいかなる属性に基づく理由においても主権を制限できることになってしまう。極論すれば、認知障害を持つ高齢者や障害者、あるいは生活保護受給者であっても、主権行使を規制することが可能になってしまう。その意味では、本来的にはたとえ刑務所の中であっても、いかなる政治活動も許容されるべきであり、欧州諸国ではその権利が保障されているケースが多く、この点でも日本はデモクラシー後進国と言える。

そして、憲法前文に「権力は国民の代表者がこれを行使」とあるように、公選法の改正によって18歳以上が投票権を得た現在、高校生であっても国民の代表者を選出する権利を有するわけで、行政府が代表選出を阻害するようなことがあっては一切ならないし、そこにいかなる例外も許されない。

ここで届け出制などを認めてしまえば、まず「学校に届け出が必要」という時点で参加希望者のインセンティヴを奪ってしまう。届け出がなされるということは、学校側に記録が残ることを意味する。それはつまり「何年何組の某は、何月何日、『戦争法案反対』等を掲げる反政府デモに参加した」等のデータが治安当局に送付されると同時に、内申書に反映され大学入試や企業面接に利用される、という話なのだ。逆の視点に立てば、「自民党青年部の歴史検証会に参加」「国会議員と靖国神社に参拝する会に参加」などという記録が内申書に反映され、就職に利用される可能性を示している。こうなると政治信条、思想への介入あるいは差別と同義だろう。近い将来、「自民党の集会に参加すると就職に有利」などという話になるに違いない。これはまさに冷戦期のソ連や東ドイツと全く同じ社会になることを意味している。

噴飯なのは、上の記事にある某県担当者の「生徒の安全面の配慮から必要」という発言である。学校や教育委員会は、生徒の学校行事外の校外活動に責任を持つ必要は無く、校外で何が起ころうと、そこは「生徒の自己責任」と「保護者の保護責任」が問われるだけのはずだ。にもかかわらず、校外活動にまで責任を取ろうとするからこそ、「生徒管理」を強化せざるを得なくなるのだ。これもまた全体主義のなせる業だろう。

繰り返しになるが、未成年者あるいは教員であるという理由で主権を制限するのは違憲であり、戦後民主主義を否定する権威主義の現れである。文科省のそれは、「社会主義陣営全体の利益のためには、加盟国の主権は制限されることがある」としたブレジネフの「制限主権論」を彷彿とさせるものであり、全く西側の自由主義や民主主義にはそぐわないものだ。
デモクラシーを全く理解せず、憲法を否定する文部科学省は一刻も早く全面解体すべきである。
posted by ケン at 13:10| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

夫婦別姓は法改正で実現を!

【<最高裁>夫婦同姓規定「合憲」 再婚禁止6カ月「違憲」】
 夫婦別姓を認めず、女性だけに離婚後6カ月間の再婚禁止期間を定めた民法の規定が違憲かどうかが争われた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は16日、「100日を超えて再婚を禁じるのは過剰な制約で違憲」とし、「夫婦同姓規定には合理性があり合憲」とする初判断を示した。国の賠償責任は認めず、原告の上告はいずれも棄却した。最高裁が法律の規定を違憲としたのは10例目。
 両規定は「家」制度を定めた明治民法に盛り込まれ、戦後も引き継がれた。大法廷は夫婦同姓規定についても「制度の在り方は国会で判断されるべきだ」と言及し、家族制度全体の見直し論議を求めた。大法廷は、結婚や家族を巡る法的紛争は社会状況を踏まえ、それぞれの時代に応じて総合判断すべきだと指摘。再婚禁止期間の規定は「父親の推定の重複を避ける趣旨で設けられたもので合理性がある」とした。だが離婚や再婚の増加で「再婚の制約をできる限り少なくする要請が高まっている」と述べ、原告の女性が再婚を決断した2008年には「100日を超える部分は法の下の平等や結婚の自由を保障した憲法に違反していた」と判断した。国家賠償請求については「規定はこれまで違憲とはされておらず、国会が長期にわたり立法措置を怠ったとは評価できない」と退けた。
 一方、夫婦別姓訴訟で大法廷は、原告側が主張した「姓の変更を強制されない権利」を「憲法上保障されたものではない」と否定。同姓には家族の一員であることを実感できる利益があるとした。そのうえで「女性側が不利益を受ける場合が多いと推認できるが、通称使用の広がりで緩和されている」と指摘。夫婦同姓規定は「結婚を巡る法律に男女平等を求めた憲法には反しない」と結論付けた。そのうえで、選択的夫婦別姓制度について「合理性がないと断ずるものではない」と付言し、国会での議論を促した。
 再婚禁止期間は裁判官全15人が違憲とし、うち2人は禁止自体を違憲とした。夫婦同姓は10人が合憲とし、女性全3裁判官を含む5人が違憲とした。判決を受け、法務省は16日付で離婚後100日を超える婚姻届を受理するよう自治体に通知した。政府は早ければ来年の通常国会に再婚禁止期間を100日とする民法改正案を提出する。
(12月16日、毎日新聞)


夫婦別姓については、すでに見解を述べているが、日本では別姓が「伝統」であり、夫婦同姓こそが帝政時代の「イエ制度」創設に伴う新封建制とも言うべき存在だった。夫婦同姓の強制は、帝政期の権威主義の残滓であり、自由主義や民主主義に反する存在なのだ。

日本は第二次世界大戦の敗北により、国家構造の改変を求められたが、それは帝国憲法の改正という形で行われた。行政機関を始めとする国家の基本構造は、軍部の解体と内務省の分割が行われただけで、戦犯処理やファシスト等の公職追放も冷戦の勃発に伴って不十分に終わり、権威主義体制そのものは否定されないまま、戦後を迎えてしまった。その意味で、日本は「市民革命」を経ないまま、「外圧」と国際政治状況によってデモクラシーを導入しただけの話で、リベラリズムもデモクラシーも十分に浸透しておらず、権威主義の復活を許している。
裁判所も明治帝政の権威主義を構成する一部である以上、その思考源は帝政権威主義であって、リベラリズムやデモクラシーではなく、その判決に期待できるはずもない。確かに単純な法文上は、夫婦同姓をしてイコール違憲とすることは難しいかもしれないが、そもそも姓名の強制がリベラリズムやデモクラシー違背するものであることは明らかであり、司法の自立を考えても、厳格すぎる法解釈は避けるべきだった。とはいえ、判決は立法府に法改正を促すものと解釈できることも確かだ。

夫婦別姓は、裁判所による違憲判決ではなく、憲法によって国の最高機関と認められている立法府たる国会で、堂々と実現すべきであり、そのためには全ての権威主義者=自公ほかを選挙でことごとく落選させる必要がある。それが難しいというのは、日本においてリベラリズムとデモクラシーが全く定着しておらず、19世紀的な権威主義が残っていることを全世界に示すものでしかない。

権威主義者たちの主張はすでに破綻している。一方で労働力の不足から、女性の労働動員を最大化しようとして「女性活躍」だの「女性の管理職を30%に」とか叫んでいるのに、それを阻害するようなことしかしていないからだ。
第一次世界大戦後に欧州で女性の参政権が認められるようになったのは、女性の戦時動員が図られたためであり、一次大戦に本格参戦しなかった日本では女性参政権が認められなかった。二次大戦でも日本における女性の戦時動員は世界最低水準だったが、敗戦に伴う休戦条約の履行条件として女性参政権が認められた。つまり、日本における女性の権利は全て内発的な理由ではなく、外圧によって実現したものであるため、GHQ改革以上の権利譲渡は一切否定される傾向が強い。

日本は遠くない将来、一度は権威主義体制が復活してデモクラシーを否定しそうだが、今度こそは市民革命によってあらゆる権威主義を否定する必要があると、最近思うようになっている。
posted by ケン at 16:39| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

自由主義と決別するとき

【石破氏「共謀罪は必要」】
 石破茂地方創生担当相は20日のTBS番組収録で、パリ同時テロを受けて「共謀罪」創設を含む法整備を求める声が自民党内で上がっていることに関し、「テロは待ってくれない。丁寧で真摯な説明をして議論する。成立は必要なことだ」と訴えた。共謀罪の創設に当たっては「(対象を)重大な罪に限るとか、国民の権利を抑圧してはいけないとか、何重にも縛りをかけないといけない」と指摘した。
(時事通信、11月20日)

右傾化した自民党でも比較的自由主義寄りと思われていた石破氏が、この時期に共謀罪の必要性を訴えたことは大きい。だがこれまでに、共謀罪を含む「組織犯罪処罰法改正案」(犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案)が、内閣から三度提出されて三度とも審議未了で廃案(継続ですら無い)になっていることは、本法案に致命的な問題を抱えていることを示している。

共謀罪については、法務省も「組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪から国民をより良く守ることができるようになります」「国民の一般的な社会生活上の行為が本罪に当たることはあり得ません」(法務省HP)などと説明しているように、あたかもテロリストや暴力団を対象とするもので、一般市民には無縁のような印象を与えようとしているが、大ウソである。実際に内閣が提出した法案では、窃盗罪や詐欺罪を含む600を超える罪状に対して共謀罪に適用を可能としている。もちろん、共謀罪を成立させるためには、電話やメールなどの通信傍受が不可欠となるため、通信傍受法の改正が先行して進められている(現在継続審議中)。つまり、ラインでオレオレ詐欺の検討をしただけで共謀罪が適用できる構成となっており、法務省の説明は「法理上はそうだが、運用で一般市民には適用しない」というだけの話でしかない。

そもそも、犯罪を実行していない段階で、計画あるいは「検討した」というだけで罪に問うことは、当局の捜査権や裁判権を大幅に認め、甚だしく基本的人権を侵害する恐れがある。民主的な国家で市民から信頼されている場合は一部例外的に認められるケースもあるが、日本のように権威主義的で人権が不十分な社会体制の上、政府が市民から信頼されていない国での運用は、まずもって失敗に終わるだろう。

共謀罪の恐ろしさは、ソ連やナチス・ドイツのケースを挙げるまでも無く、日本の戦前に見ることができる。1910年の大逆事件では、明治天皇暗殺計画が発覚し、宮下太吉ら5人によるものであったにもかかわらず、幸徳秋水を始めとする24人が死刑に処せられた。当局は当初から5人の計画であったことを知っていたが、大逆罪を拡大適用した。事実が判明したのは戦後のことだった。なお、幸徳が死刑になったのは、公判で「いまの天子は、南朝の天子を暗殺して三種の神器をうばいとった北朝の天子ではないか」と述べたことによるとされている。

1923年の朴烈事件では、関東大震災直後に治安警察法による予防拘束(まだ事件を起こしてもいないし、計画も発覚していない段階での検束)を受けた朴烈が、拷問を受けて、愛人の金子某との「皇太子襲撃計画」について、特高の誘導尋問に同意したと見なされ(自白すらしてない)、大逆罪が適用され、死刑宣告された。後に恩赦で無期懲役になったものの、戦後の1945年10月末(8月15日でも9月3日でも無い)まで刑務所に収容されていた。

1937年12月に起きた人民戦線事件では、当時すでに共産党が非合法化されていた中で、「人民戦線(社共協力)を企てた」カドで日本無産党の議員や労農派学者グループ・活動家が一斉検挙された。その数は446人に及んだが、二審で有罪になったのはわずか3人で、量刑が確定しないまま戦後を迎えて免訴となっている。「共産党の次は労農派」という当局の思惑によってハナから組織解体を目指したものだった。その証拠になったのは、加藤勘十が訪米した際に、亡命中の野坂参三から渡されたコミンテルンのパンフレットだったが、帰国後は自宅で放置されていたという。この野坂は、三・一五事件の共産党一斉検挙で逮捕されたものの、「眼病治療のため」として保釈され、外国に渡っており、合法左翼撲滅のため内務省に協力した疑いが濃厚とされている。

戦時中に起きた横浜事件では、出版社の温泉旅行を共産党再建のための謀議と見なした特高によって治安維持法違反で60人以上を逮捕、拷問で4人が獄中死した。後に起訴されて、ポツダム宣言受諾後に「駆け込み判決」が下されて、30人余が執行猶予付き有罪となった。恐ろしいことに、この公判の記録は、戦争犯罪追及を恐れた政府・裁判所によって焼却処分されている。なお、裁判で検察が証拠として提出した写真は、全く別の機会に撮影されたものだったことが判明している。そもそも、戦時下で共産党再建の謀議を行っている者たちが、記念撮影をするとは考えがたい。

日本の現政府は、基礎骨格を明治帝政から継承し、連合国との戦争に敗れて休戦条約の条件として渋々「民主化」しただけの存在であるため、根源的に自由主義や民主主義を否定し、権威主義に傾く傾向を有している。その政府に共謀罪やら通信傍受やらを許せば、容易に戦前のおぞましい暴力支配を復活させるであろう。権威主義者に際限なき権力を与えることは、「狂人に刃物」であり、その刃先は近い将来、一般市民に向けられること間違いない。
真の民主化を実現しなければならないのは、中東などでは無く、この日本である。
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2015年11月12日

国籍法の改正を!:帰化とは何か

「在日一世・国籍取得一世が主権を有して投票したり、議員になったりするのはおかしい」旨のネトウヨの書き込みを見て、思わず笑ってしまった。まぁレンホー辺りを念頭に置いてのものらしいのだが、「国籍=主権」を否定するとなると、国籍取得後に選挙権等を取得するための条件を設定する必要が生じる。この場合、日本国籍を有する者の中に「選挙権等を有しない者」という「二等国民」をつくる構造になるわけだが、ネトウヨ的には歓迎されることなのだろう。それにしても、彼らはどのような社会や国家像を想定しているのだろうか。

戦前の帝国日本は一つの指標になり得るが、件のネトウヨ氏の主張するものとは少々異なる。例えば、日本本土では1873年に施行された徴兵令が、北海道では1887年まで、沖縄では1897年まで適用されなかった。そのため、徴兵を逃れるために、本籍を北海道や沖縄に「送籍」するものが続出した。夏目漱石は有名なケースの一つだろう(安倍政権が続けば夏目作品は教科書から削除されるかもしれない)。また、1890年に開設された帝国議会についても、北海道に選挙区が設定されたのは1902年、沖縄は1912年のことだった。これは参政権が戸籍とリンクしておらず、選挙法の適用が日本全国に共通するものでなかったことに起因している。つまり、同じ「帝国臣民」でも、アイヌや琉球人であれ、「大和人」であれ、北海道や沖縄に住んでいるというだけで選挙権を行使できなかった。もちろん、帝国憲法下では主権は天皇唯一人に帰属しており、帝国議会は天皇の立法権に対する「協賛機関」という位置づけだったわけだが。

帝国日本は、日清戦争を皮切りに侵略戦争と帝国主義政策を推し進め、台湾や朝鮮半島を筆頭に領土を拡大していった。新たに帝国支配下に置かれた土地に住むものは「帝国臣民」となったはずだが、内地の戸籍制度も選挙制度も適用されず、例えば朝鮮人の場合、内地への渡航を制限され、国籍変更の自由すら与えられないという差別待遇がなされた。台湾では、内地の戸籍に替わる「台湾戸籍」が1933年に施行されたものの、登録されたのは「本島人」のみで、原住民は「蕃社台帳」に記録された。つまり、「内地の戸籍」「植民地戸籍」「無戸籍・原住民登録」といった、三層・四層の差別構造こそが、大日本帝国を支えていた。
ちなみに日露戦争でロシアから割譲を受けた南樺太の場合、外地では唯一戸籍法が適用されたものの、原住民には適用されず、婚姻しても公的には認められず、生まれた子どもは全て私生児の扱いだった。その後、1933年にアイヌには戸籍編製が許されたものの、その他のウィルタやニヴフなどの部族には許さないという差別が横行していた。
こうした差別の存在は、「天皇の下での平等による諸民族の帝国への包摂」という大日本帝国の支配原理を脅かし続けた。大英帝国との違いを指摘しても良いだろう。

もっとも、参政権については興味深い現象も見られた。衆議院議員選挙法は、内地のみに適用されたものの、内地に一定の住所を持つ「日本臣民(男子)」が対象となったため、特に1925年の普通選挙法施行後は、内地に移住した植民地出身者も選挙権を有するところとなった。ただ、「一定の住所」という条件がネックとなり、短期工のような移動性の高い就業がメインだった植民地出身者が実際に選挙権を有するケースは稀だった。例えば、1931年9月末の在日朝鮮人30万人余中、有権者数は3万8913人でしかなかった。とはいえ、選挙権だけでなく被選挙権もあり、朴春琴は東京4区から衆院選に無所属で出馬して2度当選した。地方議会には相当数の朝鮮人がいたという。1945年4月には、選挙法が改正されて外地にも衆議院の定数が割り振られたものの、総選挙が実施されないまま終戦を迎えた。
いずれにせよ、安倍一派を筆頭とする右翼が称賛し、回帰を望む戦前体制下では、彼らが嫌悪する朝鮮人らが選挙権を有して、参政を果たしていたことは疑いようのない事実である。むしろ、彼らが嫌悪し脱却を図っている戦後民主主義体制こそが、在日朝鮮人たちの日本国籍と参政権を奪ったのである。この「ねじれ具合」を一体どのように評価すべきだろうか。

【参考】 『戸籍と国籍の近現代史』 遠藤正敬 明石書店(2013)

さて、ここで歴史を大きく遡ってみよう。京に遷都した桓武帝のことである。桓武帝の母である高野新笠は、和氏(やまとうじ)の出身で、その和氏は百済系渡来人の家系だった。この点について、平成帝は2001年12月18日の記者会見で、
私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。

と述べている。これに関連して、桓武帝の従兄である和家麻呂は中納言まで出世している。
さらに、以前の話になるが、百済亡命王家の末裔である敬福は、陸奥守、上総守、常陸守などを歴任、関東開拓の先頭に立つと同時に、東大寺大仏建立のための黄金供出において最大の功労者となった。敬福は一族を率いて称徳天皇の御前で百済舞を披露したこともあるとされる。今もなお関東各地に「コマ」の地名が山ほど見られるのは、関東開拓に渡来人が不可欠だったことの証である。

ここで現代に戻る。現行の国籍法は、外国人による日本国籍の取得を以下のように定めている。
【第4条】 日本国民でない者(以下「外国人」という。)は、帰化によつて、日本の国籍を取得することができる。
2 帰化をするには、法務大臣の許可を得なければならない。

ところが、肝心の「帰化」についていかなる定義付けもなされていない。帰化の語源は『後漢書』にある「(化外の蛮族が)君主の徳に教化・感化されて、その下に服して従うこと」という記述に求められる。ここから派生して、明治帝政に援用されるところとなり、「天皇の徳に目覚めて、忠義を誓う」ことを前提とする「帰化によって(のみ)、日本の国籍を取得できる」という新伝統が確立、二次大戦敗戦後のGHQの検閲を免れて戦後復活したものと考えられる。
興味深いことに、現行の国籍法は、日本人に認知された子どもの国籍取得や国籍喪失者の再取得については「届出による国籍取得」として、「帰化による国籍取得」と明確に区別している。つまり、霞ヶ関の法務省は意識的に「帰化」の概念を駆使しているのだ。
となると、レンホーを始めとする帰化日本人たちは、少なくとも制度上は「天皇の徳に目覚めて、忠義を誓う」という「帰化申請手続き」を経て、法務大臣が「貴公の天皇陛下に対する忠義は揺るぎないものがある」と認めて「許可」を出し、晴れて「日本人」になっていることを意味する。ただ、象徴天皇制であるが故に、アメリカやフランスのような「忠誠宣誓式」が行われていないため、国籍申請者の帰化や忠誠に対する意識を確認する術が存在しないことは否めない。
ここでようやく最初の話に繋がるのだが、「帰化手続き」を経て「日本人」になった者たちに対して、「お前らは帰化日本人一世だから主権付与しない」と言ってしまうことは、「天皇に対する忠誠宣誓」への疑義を意味し、帰化制度の根幹を否定することになってしまうのだ。
まぁネトウヨの言を真に受けるのもバカバカしいとは思うものの、言うべきことは言っておかないと。

そして、こちら側(レパブリカン、ソシアリスト)の立場からは、国籍法の改正を主張する。同法第4条の「帰化によって」を削除し、「以下の条件によって、国籍を取得することができる」とし、同時に「2」を削除、国籍取得上の条件を箇条書きにするというもの。その上で、条件を満たしたものは、「憲法遵守宣誓式」に参加して、日本国憲法に対する忠誠を明らかにすることで、日本国籍を取得するという仕組みである。将来的には「共和国に対する忠誠」としたいところだが、そこは段階を経る必要があるだろう。
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2015年11月10日

夫婦別姓は当たり前・続

【夫婦別姓訴訟で弁論=再婚禁止期間も―年内にも憲法判断へ・最高裁大法廷】
 夫婦別姓を認めず同姓を定めた民法の規定と、女性にだけ離婚後6カ月(約180日)間の再婚禁止を定めた規定について争われた2件の訴訟の上告審で、原告らと被告の国双方の意見を聞く弁論が4日、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)で開かれ、結審した。早ければ年内にも、二つの規定が合憲か違憲かの判断がそれぞれ示される見通し。判決期日は後日指定される。
 夫婦別姓訴訟の原告は東京都と富山市、京都府に住む39〜80歳の男女5人。弁論で原告側は「多くの女性は改姓を強いられたと実感している。規定は憲法13条に由来する氏(姓)の変更を強制されない自由を侵害し、婚姻の自由を保障する憲法24条にも反する」と主張。国側は「憲法を根拠に、国民に選択的夫婦別姓制度の創設を求める権利が保障されているとは言えない」と反論した。
 再婚禁止期間訴訟の原告は、岡山県総社市の30代女性。2008年3月に前夫と離婚し、同年10月に現在の夫と再婚した。法の下の平等を定めた憲法14条などに違反する規定のために再婚が遅れ、精神的損害を受けたと訴えている。弁論で原告側は「規定は性別による差別で、必要以上の制約を女性に課している。再婚禁止期間を設ける必要性自体が存在しない」と主張。国側は「父親推定の重複を回避し、争いを未然に防ぐという立法趣旨は合理性がある。6カ月間とされたのは、前夫の子の妊娠を知らずに再婚するのを防ぐためだ」と反論した。
(時事通信、11月4日)

「世界一の人権大国」を自称する日本が、選択的夫婦別姓すら導入できず、女性に夫の姓を強要する制度を放置しているというのは、客観的に見ると笑い話かアネクドートにしかならない。だが、政府も自民党も本気で「夫婦同姓が当然」と考えている辺り、やはり明治帝政に対する郷愁が強いのだろう。
これも過去ログで何度も触れていることだが、改めて保守派の主張に反論しておきたい。

「夫婦同姓は日本の伝統」:日本で夫婦同姓が制度化されたのは、明治31年の民法改正が起源。それまでは夫婦別姓が基本で、同姓を選択できただけだった。明治以前は夫婦別姓が基本で、武家に嫁いだ女性も姓は実家のものを名乗っていた。つまり、夫婦同姓の「伝統」はわずか100年のものでしかない。「同姓は日本の伝統」などというのは、「鎖国は日本の古法」と叫んでいた幕末のテロリストどもと同レベルの無教養だと言える。ちなみに源頼朝と結婚したのは「北条」政子であり、足利尊氏の母は「上杉」清子、同妻は「赤橋(北条)」登子、足利義政に嫁いだのは「日野」富子であることを思い出してもらいたい。皇室でも同様で、桓武帝の母は「高野」新笠、後醍醐帝の母は「五辻」忠子である。幕末の例で言えば、徳川慶喜の妻は「一条」美賀子だった。そもそも、明治9年に苗字使用を義務化するに際して、太政官法制局が夫婦別姓を採用したのは、「妻は夫の身分に従うとしても、姓氏と身分は異なる」「皇后藤原氏であるのに皇后を王氏とするのはおかしい」「歴史の沿革を無視」という理由からだった。さらに、明治31年の民法改正に際して、司法省がドイツ式の夫婦同姓案を提示したところ、当時の保守派から「日本古来の家父長制に反する」と大反発を受け、戸籍に絡めて「妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」とすることで折り合いを付ける始末だった。

「家族の一体性が失われる」:夫婦同姓が強制されている国は、いまやインドとトルコを残すのみとなっているが、そのトルコすらも制度改正されて、混合姓(ミドルネーム)の選択が可能になっている。インドの場合は慣習であって、法律で夫婦同姓が規定されているわけではないという。タイでは2005年に選択的夫婦別姓が導入された。フィリピンでは、混合姓が採用されていたが、2010年に法改正されて選択的夫婦別姓が導入された。右翼の論理が正しいとすれば、日本とインドがその他の国々に比して家族の一体感が強固であることが証明されなければならない。が、そんな分析は存在しない。あるいは、近年別姓が選択できるようになったタイやフィリピンで、以前に比して家族崩壊が進んだという事実も確認できない。むしろ日本における家族共同体は同姓制度にもかかわらず、弱体化の一途を辿っている。つまり、姓名の問題でないことは明らかだ。

夫婦同姓を導入しない国の主張は、「婚姻後に姓が変わると出自が分からなくなる」というものが大多数であり、家族共同体と出自は不可分のものという考え方である。これは非常に良く分かる。というのも、ケン先生の家の場合、祖母2人が養女となったため、祖父2家と祖母2人の実家と養家の計6家の系統があり、父が父方祖母の姓を引き継いだため、私も同じ姓を名乗っているものの、それは全く血統を表していないのだ。また、母方の叔母は、母方祖母の養家の姓を引き継いだため、母方家族と同居していたわが家の門は3つの姓が並んでいた。つまり、母方祖父の姓、母方祖母の養家の姓、そしてわが父方祖母の養家の姓である。これでは、誰がどこの出自なのか、よほどきちんと記録を残しておかないと分からない。要は、「姓の統一」と「家族共同体の護持」は何の関係も無い。

日本のように養子縁組が頻繁に行われる社会の場合、姓は血統を保証するものではなく、家業や家職の継承に力点が置かれている。小説やテレビの時代劇を見れば一目瞭然だが、家騒動の多くは「家業ないし家職の継承をどうするか」が原因となり、「誰に継がせるか」で争議が起きている。つまり、「血統の護持」よりも「暖簾の存続」や「何々組某家何十石の継承」こそが重要なのだ。むしろ明治後半から昭和にかけて日本社会を拘束したイエ制度の窮屈さと不自然さは、夫婦同姓という新制度が日本人に馴染まなかったことの現れと見るべきなのだ。

そもそも、我々が導入を主張しているのは姓選択制なのだから、同姓にしたい人は同姓にすれば良いのだから問題ないではないか。姓名の強制は人権侵害ではないのか。近代原理に反しないのか?むしろ夫婦別姓こそが日本古来の伝統である。
「姓の強制は個人の尊厳に反しない」と主張する「人権大国」など、まさに僭称でしかない。
posted by ケン at 12:30| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする