2016年08月13日

近藤良平版 ストラヴィンスキー『兵士の物語』

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ストラヴィンスキー『兵士の物語』
【演出・振付】 近藤良平
【出演】 川口覚 北尾亘 入手杏奈  近藤良平
【演奏】 三上亮(Vl) 谷口拓史(Cb) 西久保友広(Perc) 勝山大舗(Cl) 長哲也(Fg) 阿部一樹(Tp) 玉木優(Tb)

日本では「知る人ぞ知る」ストラヴィンスキーの名作。偶然発見して、「日本では珍しいな」と思い、チケットを衝動買いして見に行った。三軒茶屋のシアタートラムというのも、便利だった。どうやら大々的ではないが、日本でもたまに演じられているようだ。

朗読と演劇と舞踏を併用した、小編成オケによる音楽劇。ヴァイオリン、コントラバス、ファゴット、クラリネット、コルネット、トロンボーン、打楽器群(複数の太鼓、シンバル、タンバリンなどを一人で駆使する)という、面白い7人編成が特徴で、民族音楽と即興ジャズ的な要素を交えた音楽が印象的だ。7人編成にもかかわらず、小さな劇場ということもあって、かなりの迫力だった。

ロシアの民話を下敷きに、ファンタジー要素満載ながら、兵役の悲惨さが強調される作品になっている。1918年という、第一次世界大戦直後の時代背景が伺われるが、7人編成のオケというのも、戦争の影響で人手や楽器が足りなくなっていることが配慮されているという。

近藤氏の舞台は、衣装も演出も自由な発想でつくられており、映像や影絵のモチーフを上手に使いつつ、観客も巻き込んでライブ感を出していた。本来は、ロシア人らしい暗いラストなのだが、全体的に軽妙につくりつつ、ストラヴィンスキーの味わいを失うこと無く、良いバランスに仕上がっていたと思う。
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2016年08月08日

オールスター・バレエ・ガラ(2016) Bプロ

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時間が経ってしまったけど、一応報告だけ。
最近はバレエを観る頻度がやや下がっているけど、どうしても外せないものはある。それでも、ザハロワとレーピンの夢の共演は参院選の動員により行けなかった。が、このオールスター・ガラは、半年以上前から分かっていたので、月末の公演のチケットを取った。

「ラプソディ」 フェリ、コルネホ
「白鳥の湖」 アナニアシヴィリ、ゴメス
「Fragments of one's Biography」 ロパートキナ、エルマコフ
「ジゼル」 ザハロワ、ロブーヒン
「リーズの結婚」 マーフィー、エイマン
「プレリュード」 ロパートキナ、エルマコフ
「フー・ケアーズ?」 マーフィー、エイマン
「ディスタント・クライズ」 ザハロワ、ロブーヒン
「レクリ」 アナニアシヴィリ
「ル・パルク」 フェリ、コルネホ
「眠りの森の美女」 トレナリー、ゴメス

「オールスター」だから仕方ないとはいえ、演者の高齢化は否めない。53歳というフェリ女史の現役復帰という、大ネタもあるだけに尚更だ。確かに下手に若い人を出すと技術格差がハッキリしてしまうので、難しいのだろうが、そこを調整するのもプロデューサーの手腕だろう。
前半はオケによる演奏だったのに対し、後半は音源によるスピーカーの音出しとなったが、この音質がとにかく劣悪で、せっかくの世界トップによる舞踏を台無しにしていた。主催者側も納得していたのだろうか。

肝心の舞台演目は、クラシックとモダン系を交えたものだったが、全体的に「どこかで観たことがある」感のある無難な演出で、分量的にも物足りない感じで「もうおしまい?」と思ってしまったのが率直なところだった。恐らく興行が優先された格好なのだろうが、意外性や驚きといった要素が無いと飽きられてしまうのではなかろうか。

ダンサー的には、やはりザハロワとロパートキナが群を抜いており、特にザハロワ女史の超人性に拍車が掛かっており、スターの中でも圧倒的な存在感を示していた。逆に、ザハロワを前面に出したい主宰者側の意向なのか、ロパートキナの演出は抑え気味にされていたような気がする。気持ち的には、もっとガチでバチバチやって欲しかったのだが。とはいえ、男女のコンビとしては、ロパートキナとエルマコフの相性の方が勝っていたようにも見受けられた。
また、53歳のフェリが年齢的衰えを感じさせない、妖艶な支配力と存在感を見せて観客を沸き立たせていたのに対し、アナニアシヴィリは技術はともかく肉体的な衰えを見せてしまっており、全盛期を知るファンとしては寂しさを覚えずにはいられなかった。

今回はそれなりに前の方の良い席で観られて、スピーカーの音質以外に取り立てて不満があったわけではないのだが、「これでいいのきゃ?」という物足りなさ感が強く残った舞台だった。
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2016年02月16日

ロパートキナ−孤高の白鳥

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『ロパートキナ−孤高の白鳥』 マレーネ・イヨネスコ監督 フランス(2014)

ウリヤーナ・ロパートキナは、ロシア帝国の宮廷バレエ団が起源であるバレエ団マリインスキー・バレエの伝説のプリンシパル。母校ワガノワ・バレエ・アカデミーを訪れた彼女が、少女時代と向き合い、踊り始めた理由を語る。さらには、代表作「瀕死の白鳥」などで見せる素晴らしいパフォーマンスのほか、稽古場でのリハーサル風景やまな娘と過ごすプライベートにも密着する。

フランス人、どんだけロパ様好きなんだよ、というくらい「好き好きオーラ」にあふれているため、ドキュメンタリーとしては及第点は出せないものの、悪い印象は無く、バレエファンなら十分に楽しめるのでは無いかと。

ロパートキナ女史は、本作でも名だたる舞踏家や振付師が絶賛しているように「生きた伝説」であるのは間違いない。私は「白鳥の湖」も観たが、伝説を確信したのは「瀕死の白鳥」を観た時だった。世界バレエフェスタで2回連続して演じるくらいだから、一般的にもそういう評価で固まっているのだろう。
基本的には古典のイメージが強いものの、モダン作品も超絶クオリティで幅も広い。

ロパ様は、指の動き一つにも意味を見いださないと納得しないという求道家だった。一つ一つの踊りや動きに「意味」を見いだし、表現を重視するという点で、オールド・タイプのダンサーに分類されるのだろうが、その究極進化形態なのだと言える。ピアノなどのクラシック音楽もそうだが、ロシア芸術はテクニックを支える表現の厚みが段違いなのが魅力。
私は映像で舞踏を見るのは好きでは無いのだが、本作は稽古シーンだけでなく、舞踏シーンもそれなりに多いのだが、飽きずに見ることが出来た。

それにしてもロパ様の身長は公称で175cmとなっていたけど、絶対それ以上あるように思える。自分のパートナーが179cmだけに。バレリーナの上にそれだけの身長がありながら、普段から高いヒールの靴を履いているのにまたビックリ。映像で見ると、あらためて身体の細さと手足の長さにため息が出てしまう。あの細さのどこに筋肉がついているのかもナゾだ。しかも赤髪のベリーショートで、存在感がハンパ無い。
クリミアのケルチ生まれで、母親に連れられてワガノワを受験しにレニングラードまで出てきたというのも、ソ連好きには萌え萌えなエピソード。まぁケルチなんて、ゲーマーしか知らない地名だろうけど。

補足していくと、日本では「ワガノワ・バレエ学校」として知られているものの、実際には「職業学校」であり、日本人がイメージするバレエ教室とは全く異なる。要はバレエダンサー養成コースに特化した初中等学校なので、普通に国語(ロシア語)や数学、理科社会などの授業があり、教科が不合格だと進級できず、普通に授業の課題・宿題も課されている。つまり、「文舞両道」を実現できるものにしかワガノワは卒業できないわけで、日本の高校野球のような「バレエ・バカ」は自然淘汰されるエリート教育なのだ。そして、きちんとした基礎教育と「自分で理解し考えて行動する」校風が、ロシアのバレエダンサーの表現力をも支えている。
本作でもロパートキナ氏の言葉の端端にその辺が感じられるに違いない。
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2015年12月23日

シルヴィ・ギエム引退公演「ライフ・イン・プログレス」

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「イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」
振付:ウィリアム・フォーサイス  音楽:トム・ウィレムス

「ドリーム・タイム」
振付・演出 :イリ・キリアン  音楽:武満徹 オーケストラのための「夢の時」

「テクネ」
振付:アクラム・カーン 音楽:アリーズ・スルイター

「デュオ2015」
振付:ウィリアム・フォーサイス 音楽:トム・ウィレムス

「ヒア・アンド・アフター」
振付・演出:ラッセル・マリファント  

「バイ」
振付:マッツ・エック 音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン ピアノソナタ第32番 Op.111 第2楽章

ついにシルヴィ・ギエム嬢が引退。私は特別ファンというわけではないのだが、友人が誘ってくれたので観に行くことになった。上野の東京文化会館に行ってみると、一階の右手側2列目という凄い席だった。オーケストラのスペース(ピット)があるとはいえ、ダンサーの表情や筋肉の動きまでハッキリ見える距離である。
東京公演の四日間全て売り切れということで、超ラッキーだった。

あのサイボーグのような肉体と舞踏はさすがに50歳が限界ということなのだろうか。あるいは社会運動に目覚めてしまい、余生はそっちで生きて行くということなのか。
カーテンコールでは、オケスペースの上まで来てくれたので間近で見ることができたが、思っていたよりも小さかった(でも170cmないくらい?)のと、意外と可愛らしい顔だった(何せマドモアゼル・ノンだから)のが意外だった。存在の大きさが際立っていた証左かもしれない。
ギエム嬢の舞台は、大昔に偶然モスクワで「ボレロ」を見た以外、世界バレエフェスタで何度か見たくらいしかない。私がモダンやコンテンポラリーにさほど興味が無いからなのだが。

「イン・ザ・ミドル…」は昔世界バレエで見たと思うが、良く覚えていない。舞踏に特化した作品で、振付師が「やれるものならやってみろ」とダンサーに挑戦したかのような難易度がある。緻密に構成されており、ダンサー同士の息がピッタリ合わないと意味を失ってしまう。
ギエム嬢ではなく、東京バレエ団によるものだったが、なかなかにシャープでキレがあり、引き締まった舞台になっていた。相当練習したのだろう。川島麻実子さんカッコ良かったデス。もっとも、フォーサイス作品ということを考えれば、キレが良すぎることで「ねちっこさ」が失われているとは言えるかもしれない。
それにしても、前にも述べたと思うが、最近は日本の女性ダンサーもシルヴィばりに「サイボーグ化」しているなぁと。今回は舞台の目の前で見たから良く分かるが、とにかく背筋が凄い。筋肉が段々と盛り上がっているわ。一度どうなっているか触ってみたいくらいw

「テクネ」は、私がイメージするギエム嬢にピッタリの作品だった。インド人振付師の作品らしいが、一本の木の周りを虫のように這いずり、飛び跳ねる様は、自在であると同時に強靱であり、「さすが」と惚れ惚れさせられる。引退公演でも新作を演じようとする嬢のスタンスそれ自体が、彼女の有り様を物語っているように思える。本作をきっちり仕上げられる内に引退する、ということなのかもしれない。

「バイ」で終わる辺りも彼女の美学なのだろうか。映像との組み合わせが非常に美しく、敢えてダサいオバさん服で軽快に踊り上げるところがまた魅力的。何とはなしに哀しげな雰囲気が漂うのは、こちらが「最後」と思っていることも影響していたかもしれない。

カーテンコールでは客席が総立ちになり、ギエム嬢も何度もピットまで出てきて涙を浮かべながら手を振っていた。私もつられて涙が出そうに……ありがとうございました!
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2015年12月03日

マリインスキー劇場 愛の伝説

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バヌー:ウリヤナ・ロパートキナ
シリン:クリスティーナ・シャプラン
フェルハド:アンドレイ・エルマコフ
宰相:ユーリ・スメカロフ


マリインスキー・バレエ団による「愛の伝説」を観る。日本では無名に近い演目だが、有吉先生の『Swan』を読むくらいのバレエ好きなら知っているかもしれない。ロシアというよりもソ連の作品だけにさらにマイナーだ。だが、ホールはほぼ満席で、意外と男性(しかも私含めて一人客)が多かったのは興味深い。ロパートキナ効果かもしれない。

原作はトルコ共産党員にして詩人のヒクメット、作曲はアゼルバイジャン人にしてショスタコーヴィチの弟子筋に当たるメリコフ。この時点で、ソ連らしい国際色が見られる。そして、振付のグリゴローヴィチは90歳近くでまだ健在であり、現代作品なのだ。
ロシアでは今でも上演されるが、外国で上演されるのは珍しく、日本では初めてとなる。それどころか、マリインスキーが外国で本作を上演するのも初めてだというから、非常に名誉なことだろう。日本におけるバレエ人気(世界最大数のバレエ教室)、特にロシア・バレエへの支持を裏付けている。

内容的には、ぶっちゃけ、主人公が自己犠牲を捧げて民衆を救うも、本人たちは誰も救われない、みたいなトルコというよりはロシア・ソ連的な感じで、ビミョー感溢れているのだが、そこはバレエと割り切って見るべきだろう。まったくロシア人の不幸エンド好きにも困ったものだ。

本作は私も初めて観るのだが、とにかくダンサーに凄まじい体力と精神力を要求する演目だった。ただでさえ三幕八場で2時間超という長い作品なのに、激しい振り付けが多い上に、群舞に至るまで高度な技術が要求されるのだ。「コール・ド・バレエにそれは無いだろう。こんなの出来るバレエ団は、世界に数える位しかないんじゃね?」というのが素直な感想。しかも、『スパルタクス』も振り付けたグリゴローヴィチらしく、とにかく男性のみの群舞が次々と続き、随分とマッチョな仕上がりになっている。確かにこれははまる人ははまるだろう。ただ、本作の魅力を満喫するには、東京文化会館ですら手狭だったように思え、窮屈な感じは否めなかった。ロシアから男性群舞要員や管弦楽団まで連れて来ていることからも、どうやらこれは国策による、採算度外視の上演だったのだろう。

私的にはロパートキナ様が観られれば十分なのだが、こちらは絶対の安定感。身体の隅々までコントロールが行き届き、全てが滑らかに自然に動いて、ピタリと止まり、微動だにしない。その表現力も隔絶しており、バレエとは思えない演技力を見せていた。彼女の演技を観るために1年待ったと言っても過言ではない。
それでも本作のヒロイン役は出ずっぱりで、高難度の演技が続くだけに、40歳を超える彼女の肉体に掛かる負担は非常に大きかったように見受けられた。

男性としては、フェルハド役のエルマコフよりも、宰相役のスメカロフの方がイケてた気がする。非常に力強く、悪く言えば荒々しい暴風のように飛び回るのが私の好みに合っていた。ただ、やはり舞台がやや手狭で窮屈感が否めない。東京文化会館でも狭いとなると、日本で上演できる会場は無いのかもしれない。

これを期に、日本ではマイナーな演目をどんどん紹介して欲しいと思う。
次はギエムの引退公演〜〜
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2015年09月11日

サンクトペテルブルク・バレエシアター「眠りの森の美女」

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招待券を頂いての観劇。
ソ連崩壊後に設立された民間バレエ団で、日本では無名と言ってよいだろう。ロシアでは、90年代に無数の劇団や楽団が誕生したが、今日でも残っているのはほんのわずかに過ぎず、生き残ったということは一定の水準を保っていることを示している。
知名度の低さ故か、千秋楽の日曜日なのに、一階後方の席は空席が目立っていた。日本で私が行くバレエの公演でここまで空席があるのは珍しい。おかげで前列に人が居らず、遠目ながらも舞台全体を良く見回すことが出来た。

バレエ団としては小規模なようで、群舞も最大で十数人程度だった。会場がオーチャードホールなので、そもそもハコが小さくフルスペックのバレエが出来るところではないのだが、それでもバレエ公演としては手狭感が否めず、ハッキリ言えば迫力不足だった。ダンサーが本気で跳ぶと舞台の端に着地してしまうような環境では、致し方ない。そもそも高く跳べないのだから、バレエを見に来た者としては微妙感がある。全体の技術が、それなりに高く、舞台装置や衣装も華やかでゴージャスだっただけに惜しい限りだ。
プリマのイリーナ・コレスニコヴァは期待以上の安定性と強靱さを見せてくれたし、デニス・ニェダクの王子も堂々として安定感があったものの、やはりハコの小ささが災いして、舞踏公演としては迫力不足だった。
まぁ個人的には、「眠りの森の美女」はバレエの演目としても音楽的にも単調(退屈)なので、途中で眠くなってしまったのは否めない。ワルツとか好きな曲もあるのだが。

話は変わるが、現状では東京でフルスペックのバレエ公演ができるところは、新国立劇場と東京文化会館(東京都)に限られてしまっている。厚生年金と「ゆうぽうと」の両ホールが閉鎖されることになり、建て替えの予定が無いためだ。どちらも年金と簡保が原資であるだけに、今日では存在自体が認められないのはやむを得ないかもしれないが、バレエ好きとしては非常に厳しいところである。
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2015年08月20日

第14回世界バレエフェスタ Bプロ

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少し間を置いてしまったが、3年ぶりの世界バレエフェスタの報告。バレエ鑑賞自体、久々になってしまった。
今年も会期がずれ込んで早退できるか気が気でなかったが、幸いにして何事も無く、それでもギリギリでブザーが鳴っている最中に着席する有様だった。6時開演とか色々無理デス。
座ってみると、わずかに空席が確認され、ここ15年ほど見続けているが、満席で無かった記憶はない。相変わらず9割以上が女性という世界だが、1つ置いた隣が男性三人組で、同行したお姉様が非常に気になっていた模様。
何人か怪我人が出て、プログラムに変更が生じていたが、確認する前に開演してしまった。

前回同様、ロシアとドイツのダンサーが多くを占めている。中でもやはりロパートキナとヴィシニョワが素晴らしい。今回はザハロワ女史が参加されておらず、超残念。
前回に引き続いてロパートキナ女史が「瀕死の白鳥」を演じているが、相変わらずの完璧な白鳥ぶり。生と死、動と静の対比は、「これぞ正しく自分が見たかったもの」だった。神に選ばれたダンサーしか踊れない演目であることを再確認。11月の来日公演「愛の伝説」も超楽しみ。



ダニール・シムキンの「レ・ブルジョワ」も凄かった。何と言っても跳躍が高いし、あの斜めな態勢で跳んであの滞空時間を維持できるのは、中にバネでも入っているのでは無いかと。天才ですな。
アイシュバルトの「椿姫」もほれぼれする美しさ。華やかにして艶やかなイメージが椿姫にピッタリ。
サレンコのジュリエットもはまり役。小柄で可愛らしい感じが良いのだろうが、でもあれでもう30過ぎてるんだよな。演技力も凄いデス。

しかし、前回も同じ感慨を抱いたのだが、舞踏という点で「フェスティバル」の祭典的要素がやや薄くなっており、全体的にモダンを含めても教科書的な無難な振付と演技になっていた気がする。私的には、せっかくの祝祭なのだから、もっとはっちゃけて良いと思うのだが、次回に期待したい。
posted by ケン at 12:41| Comment(0) | バレエ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする