2020年04月04日

オンライン授業開始から一ヶ月

オンライン授業を開始してから一ヶ月。もともと順応性は高い方なので、二週目には慣れ、授業準備も効率化できた。
私の方はむしろ「このままオンラインで良くね?」くらいに思っているが、全く体を動かさず、ずっと家に座っているので、そちらの対策が求められている。
現実には、私の希望とは関係なく、中国は容赦なく国境を封鎖(3月28日)、居住許可証を持っていても入国できなくなった。まだ当分続くだろう。
教員にも「やはりオンラインは慣れない」という人も少なくなく、特に語学教員としては「生徒十人以上のオンライン授業とか無理」だとは思う。

ただ学生側はかなり飽きてきた模様。一日中家に籠もってパソコンやタブレットの前で勉強して、課題もパソコンという生活なのだから。殆ど修行僧か受験生で、せっかくの大学生活が台無しだ。
やはり学生や教員との交流が無いとキャンパスの意味は殆ど無い。中国でも少しずつ増えつつあるサークル活動も、学生同士の寮生活も全て「夢の話」になってしまっている。
改めて学校が「勉強するだけの場所では無い」と思い知らされるが、とはいえ日本の部活動は不要だろう。
やはりオンライン授業はあくまで代替であり、代替は代替でしかないということだ。
posted by ケン at 09:37| Comment(0) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

オンライン授業開始から一週間

オンライン授業開始から一週間が経過した。
とはいえ、後期は少し授業が少ない上、大学院の授業は一回目は課題を課しただけなので、まだ試運転中でしかない。

危惧された中国全土一斉授業によるサーバーの不調などはなく、各家庭における通信環境が影響した程度で、概ね良好のようだ。
少なくとも私のところには苦情や相談は来ていない。
これだけでも大したものだ。

考えてみれば、私は東京で授業を行い、学生は瀋陽あたりから甘粛省、四川省、広東省まで中国全土で受けているのだから、想像すると凄い話である。すでにインターネットができていたとはいえ、1990年代には想像もつかなかった事態だ。まして、私がそれをやるなどとは。

また、「オンライン授業なんて20〜30分で集中力切れちゃうよ」と思っていたが、今のところ杞憂のようで、むしろ対面式の教室でやってる時より良いかもと思わなくもないくらいだ。
この辺はあくまでも感覚で、実感があるわけではなく、今後も観察を続けたい。
恐らくは、オンライン授業の方が、少なくともやる気のある学生にとっては集中しやすい(他の情報が少ない)という面がありそうだ。
それに引きこもりがちな学生も参加できるメリットもある。

最大の問題は、学生の顔が見えないので、理解しているかどうか顔を見て確認できないことにある。
これが10人程度であれば、PCの画面に顔を写しながら進めることも可能だが、20人以上いるとそれもできない。
特に私の場合、名簿順やランダムではなく、学生の顔を見て「答えられそうな」者を指名する手法をとっているだけに苦しいところだ。
色々な作業に少しずつ時間がかかる上、話す速度もゆっくりめにしているので、授業進度もゆっくりになりがちだが、そこはやむを得まい。

いずれにせよ、オンライン授業の技術も教員のスキルも進化する中国と、単に休講して学力まで低下してしまう日本と、ますます教育格差が拡大していくことは間違いないだろう。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月24日

中国向けオンライン授業を準備中

後期の始業は1週間遅れで当面はオンラインで行うことになった。
早速システムが構築され、着々と準備が進められている。「1週間で病院建設」と同様、凄まじいパワーである。
日本であれば、それを決めるだけで何ヶ月もかかり、システムの構築には半年以上かかりそうなところだ。

とはいえ、オンライン授業の基盤はできても、実際に授業を行うのは教員であり、教員の方はそもそもオンライン授業の技術も経験もなく、その準備もしていないので、むしろこちらの方が大変で、自分も準備に追われている。
いかんせん教材も前年のデータも全て中国に置きっぱなしなので、一から構築する必要がある。
「今どきクラウドにアップしてないのか?」と笑われそうだが、中国経由のクラウドに挙げたくなかったためだ。
つまらないところで政治的指導を受けたくないと思うのは当然だろう。
まぁ、データ化して日本に持ち帰らなかったのは自分の落ち度だが。これはまさに想定外だった。

そんなわけで、ケン先生も突貫工事中である。
とにかく映像と画像を増やし、文字情報をできるだけ少なくするのだが、語学の授業では限界がある。
そもそもオンラインで多人数を相手に語学の授業など想像もつかない。
自分の持ち分は比較的オンラインでやりやすい科目(日本語では作文と聴解)なので良かったが、会話を担当していたら途方に暮れていただろう。
たとえ準備したところで、実践はぶっつけ本番になってしまうので、スピーチコントロール(話し方や速度など)から学生の反応まで、一から百まで手探りになってしまう。
この条件は他の先生も同じなので、とりあえず授業の不手際を責められることはないだろうが、大きな不安を抱えつつ、膨大な作業に取り組んでいる。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月27日

中国の大学は急速劣化中??

中国に来てまだ一年と一学期しか経っていないのだが、学生の質が急速に劣化している気がする。
去年の卒業生、今年の四年生と三年生を比べても、日本語の出来が年々悪くなっている。
試験は科目が変わらない限り、試験内容は前年に準拠して作られるため、難易度はほぼ変わらない。そのため、平均点の低下は、学生の出来が悪くなっていることを示している。もちろん、私の教え方がより下手になっている可能性もあるのだが、普通は一年目より二年目の方が向上しているはずだし、私自身もそう思っている。

先輩の先生によれば、実態はもっと深刻で、科目と教授内容は同じ場合でも、試験内容も年々簡単にせざるを得ない状況にあるという。これは中国においても、日本の大学と同じで、ほぼ落第者を出さないシステムになっているためだ。事実としては、合格するまで何度も試験することになるので、教員の方が面倒になり、追試を非常に簡単なものにするためだ。

同僚の先生に言わせると、「今年の四年生で一番良くできる学生の日本語レベルなら、数年前には一クラスに4、5人はいた」とのこと。仮にこの言葉をそのまま受け取らずとも、平均水準が低下していることは間違いない。
これだけなら、自分の大学の水準(偏差値)が低下して、学生の質が低下しただけとも考えられるが、他の大学の先生と話していても大なり小なり同様のことが起きているので、全国的な現象であると考えられる。

これにはいくつかの原因が考えられるが、最大の原因は1970年代の日本同様、「豊かになったから」なのだろう。景気こそ若干悪化傾向にあるとは言え、中国の就職状況は特に都市部では悪くなく、学生は「必死にがんばって競争に勝つ」必要は無い。そもそも日本企業への就職を望む学生が減っている上、さらには留学希望者も減っており、「こんなレベルで?」という学生が公費留学を決めている有様にある。

もう一つは、これも日本の1970〜80年代と同じで、「受験疲れ」に起因する大学の遊園地化にある。中国の場合、日本よりもはるかに受験熱が過熱しており、特に高校の三年間は寮に缶詰状態で勉強三昧させられるそうなので、大学に合格すると気が抜けて、何もしなくなってしまう者が続出するという。学生はほぼ全員「大学は楽園のようだ」と述べている。
つまり、あまりに勉強を強制されてきたため、自主的に勉強する習慣が無く、自発的に勉強あるいは学問する意欲に欠けている可能性がある。

三つ目は、語学の価値低下である。AIの普及などにより、言語教育の価値は低下の一途を辿っている。中国の場合、十年前であればN1(日本語能力試験1級)を持っていれば、「就職は引き手数多」だったというが、今では「数多あるスキルの一つ」になってしまっているという。これには、「中国人は試験と漢字に強いため、能力試験の合格率が高い」という要素もあるのだが、それを差し引いても、外国語能力の価値は低下傾向にあると言えるだろう。そのため、やる気のある学生はどうしても語学外のスキル(資格)獲得を優先させる傾向があり、能力の高い学生でも語学の優先度を下げる傾向が見られる。その結果、「そもそも日本あるいは日本語が好き」という学生以外は「試験に合格する程度で良い」という判断になっているようだ。

さらに中国の場合、入学試験の成績順で志望学科に「配属」されるため、外国語学部日本語科の場合、そもそも日本語科を志望しているのは2〜4割程度という有様で、「本当は語学なんてやりたくなかった」という学生が山ほどいる。そのため、どうしてもクラスの士気も低めになってしまうのだ。20年前なら、それでも皆真面目に勉強していたのだが、裕福に育った小皇帝たちは「じゃあ、もういいや」となってしまうようだ。

しかし、10年かけて質が低下していくならわかるが、目に見えて低下するというのは、どう考えるべきなのだろうか。これ以上レベルが下がると、ケン先生としても教えるのが苦痛になってくるかもしれないし、難しいところである。
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2019年10月10日

国士舘に留学?!

学科長殿が「一番出来の良い学生の留学が決まった」と憂い顔でおっしゃる。
確かに出来の良い学生ばかり留学するので、残された3、4年生のクラスは下手すると、クラスの平均水準がガタ落ちし、やる気の無い学生ばかりいるような感じになるところはある。
「まぁ仕方ないですよ、行くなとも言えませんし、良いことじゃ無いですか」と水を向けると、

「いえいえ、留学先は国士舘なんですよ。もっと上の大学に行けるはずなのに・・・・・・」

とのこと。あ〜〜それは、ねぇ、あれですねぇ・・・・・・

「ご愁傷様です」

というヤツだ。
話を聞くに、どうやら国士舘は留学生に対する待遇が非常に良いらしく(特に寮が良いとか)、大学のランキングに関係なく、最近中国の学生にも人気があるという。
いかんせん、中国の学生はみな「小皇帝」状態なので、昔ながらの汚らしい学生寮など耐えられないのかもしれない。

私のような昭和老人からすると、国士舘と言えば、こんなイメージしか無い。

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「応援団(どおくまん先生的な)」「民族派養成機関」「大卒ヤクザ養成所」などなど。
実際、言うまでも無いことだが、「国士=民族主義者」を養成する私塾から始まっているのだから、相当部分は正しいと言えるだろう。
拓殖大学が台湾統治のための植民政策のプロフェッショナルを養成するために設立されたのも同様で、「名は体を表す」なのだ。

しかも、厄介なことに日本の右翼は歴史的に中華革命を支援してきたところがある。当局が妨害する中で、孫文を始め、留学生や革命家を支援してきた歴史は、むしろ左翼では無く右翼の側にあった。
そこには、日本の左翼が歴史的に欧米崇拝=アジア蔑視の傾向が強かったところも否定できない。

それだけにケン先生的には、色々複雑な思いもあるのだが、でもやはり国士舘は無いよなぁ・・・・・・
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2019年07月23日

母校に挨拶

修士の母校に挨拶に行く。
修了後、10年以上経っているので、親しい先生で残っている方は多くない。

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大陸に渡って一年の報告と、中国で頼まれた日本人教員派遣についての相談である。
中国も北京や上海などは外国人教員に困らないが、ちょっと内陸に入ると、とたんに外国人の供給がなく、「外人枠は常に空席」みたいな学校が多い。なり手はいても、60歳前後だったり、「国語教員免許持っているだけ」な人も多く、それでもなり手があればかなりマシという状況。
修士における私の同級生も、成都に行ってみたものの、「食事がいつも激辛で耐えられない」と一年で帰ってきてしまっている。
自分も沿岸部の大都会だから大丈夫なだけで、内陸で孤独に耐える自信は無い。

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教員派遣もとりあえず協力を依頼するだけ。北京や上海のような大都会でも、最近は求められる人材の水準が上がっており、「資格さえあればOK」ではない。
もっとも、待遇も改善されつつあり、私などは住居費と光熱費無料で、月の基本給が13万円程度(税金はわずか)なので、贅沢を言わなければやっていけるし、特にキャリアの第一歩としては良い環境だろう。

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留日センターから眺める調布飛行場。かつては三式戦闘機の基地だった。
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2019年07月12日

一年目の後期課程を終えて

成績を提出、一年目の後期課程が終了した。
正確には落第必至の四年生の追試が残っているのだが、見ないことにする。

後期は授業数が一コマ少ない上、出勤数も1日分減っていたため、前期に比べて楽だった。
色々慣れてきたこともあるだろう。とはいえ、授業準備はやはり大変だった。
楽になった部分は、執筆や研究の仕事が入り、結局のところそれなりに多忙ではあった。
前期に比べると、かなり授業にも慣れ、学生の方も慣れてきた感じで、改善点はあるにせよ、大きな不満は無い。
学生からの反応を少し紹介すると、こんな感じ。ネット上でアンケートを作り、SNSを通じて匿名で回答してもらう。日本にいるよりも便利な感じがする。
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「日本事情」も「視聴覚」も十分な成果だろう。
あと作文もあるのだが、こちらは1クラス分だけの担当になるので、少しデータが異なるが、これも問題は無い。

細かいところで指摘も受けたが、おおむね満足してもらえたようで、一年目としては十分すぎる結果だったと考えたい。休暇を通じて、改善点を探っていきたいところだ。

研究分野では、レポートを二本執筆、一本は年末か来年初頭に共著として出版されるということで、中国における私の初業績となる。やはりアカデミズムの世界でも、良い親分に付けるかどうかが大きなカギとなる。
もう一本は、新聞に載せるはずだったが、政治コードに引っかかった模様で(なぜ引っかかるのかよく分からないが)、いまだ難渋している。この辺はやはり中国である。
研究分野は「まだまだこれから」ではあるが、十月には若手研究者の学会で日露関係について報告する機会を頂いているし、一年目として「畑を耕し、種をまく」ことにはまずまず成功したと総括したい。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする