2018年12月01日

アメリカが中国製スマホの使用禁止を要請

【日本政府などに「リスクある」 米の使用中止要請にファーウェイ幹部は...】
 アメリカ政府による異例の使用中止呼びかけに、狙い撃ちされた中国企業が、企業活動の正当性を強調した。
ぬいぐるみをスマホのカメラで読み込むと、3Dスキャンされ、カメラで自分と一緒に映り込むことができる。
中国の通信機器大手、ファーウェイ。
 カメラ機能を大幅に強化した新型スマートフォンの日本発売を、28日に発表した。
ファーウェイ 日本・韓国リージョンプレジデントの呉波氏は「(この新型スマホはすでに)ドイツ・フランス・スウェーデン・スペイン・ノルウェーなど、各国のメディアで高い評価を得ています」と述べた。
 このファーウェイをめぐっては、2018年8月に、トランプ大統領が国防権限法に署名し、中国の2大通信企業である「ファーウェイ」と「ZTE」の製品を、アメリカの政府機関が使うことを禁止に。
また、11月22日には、アメリカの有力紙、ウォールストリート・ジャーナルが、アメリカ政府が日本を含む同盟国に対し、安全保障上のリスクがあるとして、ファーウェイの製品を使わないよう求めたと報じた。
 さらに、オーストラリアやニュージーランドにも、ファーウェイ排除の動きが拡大している。
 各国の締め付けが強まる中、ファーウェイの日本および韓国市場の責任者が、この問題について初めて「ファーウェイは、世界170数カ国で主な通信事業やトップ500企業、数億人の消費者に製品とソリューションを提供している。弊社は各国において、現地の通信事業に関する法規法令を厳格に守っています。また、国連やアメリカ、EU(ヨーロッパ連合)の国際輸出規制や制裁条例なども固く守っています。ファーウェイはこれまで通り、世界のユーザーにイノベーションとサービスを提供していきます」とコメントした。
(11月29日、FNN)

自分も華為技術のスマホ(正確にはタブレットだけど)を使っているけど、いまのところ領事館から何の通達もありません(爆)
アメリカの圧力に屈して、安倍総理が国民に「ファーウェイの使用自粛」を求める姿が見られるのだろうか。
逆に中国側からも物凄い圧力がかかっていて、AHゲーム「クレムリン」の政治局員よろしく、ストレスポイントが溜まりまくりとか、色々想像してしまう。

アメリカも「軍事的にはロシアとイスラム、経済的には中国」と敵を絞り込んではいるつもりなのだろうけど、どう見ても戦線が整理されているようには見えない。
報道を受けて中国人は「全世界で盗聴しているのはアメリカの方じゃないか!」といきり立っているし、あまり良い効果はないような気がする。いずれにしても最終的には、中国(人)が米国債を買わなくなったり、売りに出した途端に、アメリカの財政は破綻するのだから、「ほどほど」にしかできないと思うのだが、そのギリギリの線を探って、タイトロープの上で踊っているのがトランプ氏なのかもしれない。

ネトウヨと外務省は喜ぶかもしれないが、それ以外の人には迷惑千万な話である。
ホント自分は「卒業」できてよかったデスわ。



posted by ケン at 20:26| Comment(5) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月30日

外国人技能実習制度さらに拡充へ

【技能実習に「宿泊業」追加=新在留資格の人材確保狙う】
 政府は外国人が日本で職業訓練を受けるための在留資格「技能実習2号」の対象に、宿泊業を追加する方針だ。
 政府が今国会成立を目指す出入国管理法改正案は、技能実習2号を修了した外国人が新たな在留資格「特定技能1号」に無試験で移ることを認めている。技能実習2号の対象拡大で特定技能1号の人材を確保する狙いがある。
 技能実習は日本の技術を途上国に移転するため、外国人に日本で働いてもらう制度。入国1年目の技能実習1号、2〜3年目の2号、4〜5年目の3号がある。一方、衆院で審議中の入管法改正案は、技能実習2号の修了者は特定技能1号取得に必要な試験を免除すると定めている。
 ただ、特定技能1号の対象14業種のうち、宿泊業と外食業は技能実習2号の対象になっていない。このため、与党内から「技能実習2号の対象業種を拡大し、特定技能1号の人材供給源にすべきだ」との声が上がっていた。
 観光庁の金井昭彦審議官は21日の衆院法務委員会で「技能実習2号の対象に宿泊業を追加すべく、検討を重ねている」と説明。理由として「わが国の宿泊業はきめ細やかなサービスや清潔感が特徴。観光が重要な産業である場合が多い途上国では技能習得のニーズが高い」と語った。
 政府は、5年間で最大34万5000人と見込む特定技能1号取得者のうち、45%は技能実習2号からの移行組とみている。野党は、新在留資格は技能実習制度と「密接不可分」で、新資格の導入よりも失踪者が相次ぐ技能実習制度の問題の解決を優先すべきだと主張している。
(11月24日、時事通信) 

この問題はすでに何度も繰り返し論じているが、過去ログを再掲しながら触れたい。
日本の場合、労働基準法が形骸化しており、超長時間労働や残業代不払いなどのブラック労働が放置されているため、供給を抑制する仕組みが働きにくい。
仮に欧州標準の労働規制がある場合、コンビニや飲食店あるいは様々な分野のブラック企業は成立し得ず、低収益となって廃業あるいは倒産し、余剰労働力が生まれる構造になっているが、日本の場合、不採算の企業でも超長時間労働や残業代の不払いで延命できるため、生産性の低い企業が市場から淘汰されない仕組みになっている。
結果、低収益の企業が労働力も資本も握り続け、成長可能性のある新興企業が労働力の確保に難儀し、成長が抑制される構造に陥っている。これは、まさに1970年代以降のソ連や東欧で見られた現象である。

こうした状況を放置したまま超低賃金の外国人労働者(実質奴隷)だけ導入したのが、外国人技能実習制度だった。その結果、地方の低収益の既存企業が延命したという点では成功したかもしれないが、地場の雇用には何のプラスにも働かず、超低賃金であるために消費にも全く貢献せず、言うなればアナログのオートメーション工場が地方にできただけの話に過ぎなかった。それでも高収益であるならば、自治体に納税することで一定のプラス効果もあったかもしれないが、そもそも外国人奴隷の導入を必要とする企業は、超低賃金の労働力無しでは成立し得ない超低収益構造にあり、納税に期待などできないのが常だった。
人手不足で外国人は必要か

政府や財界が主張する「労働力不足」というのは、「低賃金で長時間働かせられて、かつ社会保険等の負担が必要ない労働力」のことであって、人道上の概念に相当する人間のことではない。
本来であれば、必要な労働力は賃金や待遇などを改善することで確保できるはずだが、高賃金が保障できない低収益・低生産性の企業がこぞって政府に圧力をかけ、自民党やKM党が同調したことで、「外国人奴隷制度」が成立している。

中国に来て思うのは、人海戦術的な部分も根強く残っているが、他方でキャッシュレス化を始め、自動化がものすごい勢いで進んでいるということである。ロクにキャッシュレス化も進まず、低賃金の前近代的な労働力動員に依存する日本と比較した場合、生産性の差は今後拡大する一方だろう。

つまり、日本では超低賃金労働に依拠しなければ採算が確保できない低収益産業と企業がどこまでも淘汰されること無く生き残り、資本と労働力を囲い続けることになる。そして、技術革新や構造改革が起きない社会となる。これは、一面で1970年代のソ連と同じ状態であることを意味する。
本来であれば、低収益で労働力を確保できない産業は衰退し、余剰した資本と労働力が新産業に流入することで、産業構造が変化し、成長が維持される。日本は自らこのサイクルを否定する流れにある。

コンビニや飲食店、小売業などは過剰供給にあるだけの話で、本来であれば、数を減らせば良いだけの話だろう。
宿泊業については欧米諸国に比して低すぎる価格設定が従業員の待遇を悪いものにすると同時に、「働き手不足」にしているわけだが、デフレ下で誰も価格を上げようとしないから悪循環に陥っている。民泊などを導入して、その傾向はさらに悪化していると言える。
農業や漁業については、本来自動化や大規模化を進めるべきところを、外国人奴隷制度などがあるために、従来の生産性の低い業態が存続してしまっている。これらは、本来はAIやロボットを導入して効率化すべきところを、「安価な労働力」があるために構造変化がもたらされること無く、前近代的な業態が存続することを意味する。

結果、特に地方を中心に市場価格の半分以下で雇える外国人奴隷によって産業が維持され、労働価格が超低レベルで維持される上、新産業が育たず(起業が発生しない)、奴隷を雇っている企業主まで含めて全員定収入であるため、税収も上がらず、数少ない若年層は都市部に流出、あるいは地元に戻る機会も与えられず、ひたすら衰退の一途を辿ることになる。技能実習制度は、利用者の低収益が故に、同制度なくしては事業の存続ができず、地元政治家や官僚との癒着を深めるほかない。
同時に、その低収益性が故に、事業が継承されることは無く、今の世代でほぼ壊滅するものと思われる。だが、その頃には地方には事業を再生産するだけの体力が残っておらず、ソ連崩壊後の廃墟が如き様相が日本全国で見られることになるだろう。

日本は明らかに誤った政策を採って、自ら衰退を招いている。それを糊塗するために、五輪や万博などで「起死回生の一発」を打とうとしているが、これは明らかに「負けが込んできたダメな博打打ち」の姿なのである。
posted by ケン at 12:00| Comment(4) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月28日

恐怖!PM2.5襲来!

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今回中国に来て初のPM2.5。目に見える形で、という意味でだが。
最初は私も「靄か?」と一瞬思ったのだが、「そんなわけねぇ〜〜」とすぐ気づいた。

「華東上空は汚染のため空の色が見えない!」

「ゴミが七分に空が三分、ゴミが七分に空が三分だ!」


全般的にはかなり改善されているようで、夏から秋にかけて気になることは一度もなかった。
だが、冬になると風向きが変わり、北風がPM2.5を持ってくるのだという。
やはり北部工業地帯がまだまだ問題なのだろうか。
とはいえ、「蘇州の方も酷い」という話もあり、都市対策が優先されているだけの可能性もある。

実際には、写真に写っているほど酷いものではなく、粒子のようなものを感じることはなかったのだが、注意するにこしたことはない。それこそ強い風が吹いたら、どうなるか分かったものではない。

取り急ぎ、「十元ショップ(大創)」でマスクを購入。ここはやはり日本製に限る。

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【追記】
PM2.5は普通のマスクでは防げず、N95規格が必要であるとの指摘を受けた。すっかり忘れていたので、急いでネットで注文。自分も焦りすぎである(汗)
posted by ケン at 15:47| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月27日

対米従属強化を望む立憲の陋習

【立憲・枝野氏「4島の主権、絶対に譲ってはいけない」】
 (ロシアとの北方領土交渉について)大事なことは、これは国家主権の問題だ。4島が歴史的にも法的にも日本固有の領土であるという主張は、どういう取引がもちかけられても変えてはいけない基本だ。不当に占拠していても時間が経てば取引に応じて半分くらいよこすんだ、なんていう前例をつくってしまったらとんでもないことになる。国を売るような話だ。
 4島の主権が我が国にあるということだけは絶対に譲ってはいけない。このことだけは厳しく言い続けながら、そのプロセスの中で2島先行ならいいが、2島ぽっきりではいけない。あくまでも4島とも主権は我が国にあるということを確認するのが、平和条約を締結する前提だ。(さいたま市での支援者集会で)
(11月18日、朝日新聞)

凄まじく「いまさら」観があるし、本件については二年前の記事「二島返還で決着??」で殆ど説明しているので、殆ど繰り返しになってしまうが、容赦されたい。

もともと1956年まで日本政府も国会も二島返還の線で考えており、「四島返還」など想定しなかった。これは、当時のパワーバランスから言って当然のことであり、二島返還は北海道の漁業にとって死活問題だっただけに、「何でもいいから早く妥結してくれ」という話だった。
ところが、「ダレスの恫喝」に象徴されるアメリカから横やりが入って、日ソ平和条約は断念された上、巧妙な形で「四島返還論」が偽装された。これは、政府からすれば、外交上の失敗を糊塗するためであり、対米的には「ソ連とは交渉しない」スタンスを示す意味があった。結果、日本が四島返還論を掲げている限り、日ソ・日ロ関係が良好になることはあり得ないところとなった。
しかし、アメリカのアジアからの撤退が時間の問題となり、日本にとっては対中外交の比重が高くなった結果、ロシアとの連携は日本の安全保障にとって重要な一部をなすに至っている。

安倍首相による「対米従属を基軸としつつも、対中対ロともバランスを取る」外交は、確かに「都合良すぎ」な面はあるものの、対米従属を絶対視する勢力の強さや在日米軍基地(実質占領軍)の存在を考えれば、現実的にやむを得ないところもあるのだ。

にもかかわず、対ロ交渉を全面拒否する立憲民主党のスタンスは、むしろ20世紀の冷戦思考に囚われた陋習でしかない。対ロ協調なしでは、中国と対峙することは不可能であり、それはさらなる対米従属しか生まないからだ。
アメリカはすでに、「対米従属を続けるつもりなら、アメリカの世界戦略に対する貢献度を高めろ」とあからさまな要求をするようになっており、今後はさらにその要求コストを上げてゆくだろう。立憲民主党は、一方で自衛隊の海外派兵に反対しておきながら、対米従属を強化せざるを得ない外交路線を提唱しており、そこにはいかなる現実味も無いのである。

立憲民主党あるいは枝野代表が掲げる「保守」がどこににあるのか、良くわかる話である。
同時に20世紀型のリベラリズムは、すでにオワコンと化しつつあるのに、そこにこだわるスタンスも、いかにも古くささしか感じられず、この点でもまるで魅力を感じない。
まぁどうでも良いことなのだが、投票に値する政党が存在しない時点で、日本の議会制民主主義は終焉を迎えつつあると言えよう。
posted by ケン at 12:00| Comment(5) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月26日

上海D&G騒動の顛末

【中国でD&Gの不買運動か】
 中国でイタリアの高級ブランド「ドルチェ&ガッバーナ」(D&G)の広告動画に「差別的」との非難が殺到した問題で、中国の大手インターネット通販サイトには22日までに同ブランドの商品が表示されなくなった。中国人有名女優も商品のボイコットを表明。不買運動が広がれば、D&Gの業績にも影響が及びかねない。ネット通販最大手アリババグループや2位の「京東集団」(JDドット・コム)のサイトではD&Gの商品を検索しても、関係ない別の商品が表示されるようになった。同様に非難されるのを恐れたサイト側が、D&G商品の表示を取りやめた可能性がある。
(11月22日、共同)

【D&Gデザイナーが謝罪=「中国侮辱」動画へ批判拡大】
 イタリアの高級ファッションブランド、ドルチェ&ガッバーナ(D&G)は23日、インターネット交流サイト(SNS)に投稿したショーの宣伝内容が中国を侮辱したとして批判が広がっていることを受け、創業者のデザイナー2人の謝罪動画を公開した。
 SNSに投稿された中国語字幕付きの動画では、ドメニコ・ドルチェ氏とステファノ・ガッバーナ氏が「自分たちの言動が及ぼしたすべてのことを残念に思う。世界中の中国人に謝罪する」と表明。「私たちは中国文化を深く愛している」と強調し、最後に2人で改めて中国語で謝った。
 D&Gは、箸で不器用にピザなどを食べるアジア系女性の短い宣伝動画を投稿。中国ではネット上で商品のボイコットを呼び掛ける書き込みが相次ぐなど、騒ぎが広がっている。店舗は営業を続けているが、大手電子商取引サイトでは商品が検索できない状況だ。
(11月23日、時事通信)

ケン先生の知り得た範囲で騒動を再構成したいと思う。
もともと「ドルチェ&ガッバーナ」が11月21日に上海でファッションショーを開催することになり、予告動画を制作、ネットにアップした。



これが「差別的」「侮蔑的」ということになり、中国国内で炎上、主催者であるD&G中国支社(に相当するもの)が動画を削除したところ、デザイナーのステファノ・ガッバーナ氏が「中国クソ」「バカ」「マフィア」「中国なんてもういらねぇ」などとツイッターで全開したところ、早速中国国内に紹介され、大炎上。

ショーに立つ予定だったモデル、女優を始め、招待客、スポンサーが次々と辞退。「今後D&Gとは仕事はしない」などの声明を発表。
当日のショーは全く準備できず、何の予告も無いまま中止。

時を前後して、デザイナーが「あれはアカウントが乗っ取られて発せられた陰謀」などとツイッターで呟いたため、さらに火に油を注いでしまう。
そして、大手通販サイトからD&Gの商品が全て削除されていった。
デザイナー氏自らが望んだように「そして何も無くなった」のである。

予告動画が掲載されたのは3日前。ステファノ氏の問題ツイートが発せられたのは、中国時間で21日午前6時頃と見られ、ショーは同日夜に開催予定だったことを考えれば、事態は「日本のいちばん長い日」並の速度で展開されたことが分かる。
もちろん当局が指導したものではなく、それだけに全体主義・愛国主義教育の恐ろしさが際立っている。
もっとも、現代日本人がヘイトスピーチなど差別に対する感覚を麻痺させているだけで、むしろ中国人の敏感さのほうが本来は真っ当なものであるという考え方もあるから、一概には言えないのかもしれない。この春には「日本人なんかがうちのデザイナーになったら、ドルガバも終わり」とのツイートもあったというからだ。

結局、騒動が大きくなり、中国市場から全商品が撤去されてから、D&Gはいやいや「謝罪」会見を行い、「私たちは中国文化を深く愛している」などと述べているが、もともと炎上商法で儲けてきた連中が白々しいにも程がある。というのも、D&Gは売上の三分の一を中国市場で賄っているため、中国市場を失うことは「本来ありえない」ものだという。であれば、最初から慎重であるべきで、ここまで自体を悪化させてからの謝罪は、「今さら中国市場が惜しくなったのかよ」「やるなら最後までやり通せ」「恥知らず」などと中国側を激昂させているが、時間が経てば収まるのかもしれない。
いずれにしてもお粗末な結果であり、ファッションブランドなど「無くても困らないもの」であるだけに、むしろ欧米デザイナーからの自立を促す良いきっかけになるのかもしれない。

【追記】
平素キャピキャピしている女子学生までもが、このときばかりは「欧米人の人種差別は許せない!」「不買運動なんて生ぬるい!」「侵略者のくせに!」などと人が変わったように(ネット上で)いきり立っており、さながら『ひぐらしのなく頃に』を眼前で見せられたような衝撃があった。
posted by ケン at 12:00| Comment(8) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月24日

大河ドラマ 静かなドン

年初に見たロシアドラマ「エカテリーナ」も、TVドラマとは思えないクオリティで、「とても日本は太刀打ちできない」と思ったものだが、本作は、好みこそ分かれるところかもしれないが、個人的にはエカテリーナを超える出来だと評価している。いや、TVドラマでここまで魂が揺さぶられるほど感動した経験は無いかもしれない。それくらいの完成度だった。

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『静かなドン』(日本語字幕付き) セルゲイ・ウルスリャック監督 ロシア1(2015) 

ソ連・ロシア学徒でも無い限り、『静かなドン(Тихий Дон)』を知っている人は稀だと思うので、先に説明したい。
同作は、ソ連期の作家ミハイル・アレクサンドロヴィチ・ショーロホフの代表作品で、一次大戦から革命を経て内戦に至る時期の、とあるドン・コサックの一族の末路を描いている。
コサックとは、本来、逃亡農奴や逃亡民、没落貴族などが自然的に集まって形成されたコミュニティを指し、民族などの概念では説明できない特殊な背景を持つので、日本人に一から説明するのは難しい。敢えて言えば、日本の「サンカ」に近いのかもしれないが、これも殆ど説明にならないだろうし、コサックには貴族がいることもどう説明すべきか難しすぎる問題だ。

それは一端放置するとして、コサックはある種「自由」の象徴であると同時に、「ロシアの何かを象徴するもの」として存在している。内戦期に白軍について戦ったため、徹底的な弾圧に遭い、コミュニティとしてはほぼ全滅させられたものの、今日でもロシア人の中にはある種の憧れや畏敬を覚える者が少なくない。いや、ロマンと言った方が良いかもしれない。

『静かなドン』は、トルストイの伝統を受け継ぐ長編小説で、ドン・コサックのタタールスキー部落を中心に何人かの主人公の視点からコサックの末路が描かれている。一次大戦における華やかな活躍を経て、革命が起き、部族は革命側と反革命側に分裂、長老が主導権を握って反革命側につくも、一進一退を繰り返す中で死人が続出、部族内部でも血で血を洗う抗争が繰り広げられ、やがて破滅してゆく。
日本では、後半の陰惨な情景が好まれなかったようで、人気は今ひとつだったようだが、そこには日本に共通する「滅びの美学」が感じられる。



もう一つ本作が凄いのは、反革命側の視点に立ち、政治的にはかなり中立的に描かれ、革命軍による虐殺なども書かれていたため、共産党の重鎮は当然のことながら、ソ連の文学人すら非難する始末だったにもかかわらず、スターリンの一声で擁護され、出版が認められた点にある(かなり検閲は入ったようだが)。そして、何よりもスターリンの愛読書で、スターリン自身何度も読み返したらしい。
また、文学人や学識者の非難は、「コサックの情景がリアルすぎる。日記か何かを剽窃したものに違いない」というものだった。知識人がそう考えるくらい、ロシア人からもリアルに見える作品なのだ。

本作は何度も映画化、ドラマ化されているが、本作は最新の2015年に「ロシア1」放送局が制作したもの。その完成度は、非常に高く、ロシア国内でも「最も原作に忠実」との評価が与えられている。45分のエピソードが14本あり、メレホフ家の次男であるグレゴリーの視点で描かれる(原作は複数主人公)。
セットも非常にリアルに再現されており、コサックの部落も「いかにも」な感じで、ドン川が原作通りの存在感を示している。しかし、映像美に頼ることなく、変に理想化して描くこともないところがまた良い。
何よりも全体の構成と脚本、そして演技が素晴らしく、そのどれ一つとっても、日本のテレビでは再現不能だろう。細かいところを言えば、現代のロシアの俳優が演じているので、「コサックぽくない」ところもあるのだが、そこは脳内補正するほかあるまいし、99.9%の日本人はコサックが何かを知らないだろうから、問題あるまい。
革命・内戦期の映像作品はあまり多くなく、この時期のコサック視点の映像は非常に貴重だ。戦闘シーンは多くないが、騎兵突撃から下馬戦闘に至る経緯も描かれていて、これも興味深い。



ロシア学徒的には、グレゴリーの「ロクでもない人格者」という説明が難しい人物像が見事に描写されているのが感動ものだし、父親であるパンテレイの「いかにもロシア」な蛮性には懐かしさを覚えるほどだ。
確かにドラマチックに描いているところもあって、リアリズムとは異なるのだが、かといってリアリズムを阻害するほどにはなっておらず、旧来のソ連・ロシア作品にありがちな「わかりにくい描写」も抑えられており、絶妙なバランスになっている。数々の音楽も非常に心を打つものがある。
ただ、相変わらず何の説明も無いため、私も部族内の人物関係(誰が誰か)を把握するのに前半部くらいかかってしまったところは、難点と言えよう。初心者向けには解説書が欲しいところではある。また、翻訳の都合だろうが、訳が簡略化されすぎていて惜しいことになっている。



ロシア・ソ連学徒、ソ連ファンは必見(&滂沱の涙)、絶対に見て損はしないと太鼓判を押したい。ロシア語を学んで良かったと思える名作である。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月22日

相次ぐ統計改竄とデータ操作が意味するもの

【政府統計、信頼に揺らぎ GDPなど日銀が不信感】
 日本の現状を映す統計を巡り、内閣府と日銀が綱引きしている。国内総生産(GDP)など基幹統計の信頼性に日銀が不信を募らせ、独自に算出しようと元データの提供を迫っているのだ。内閣府は業務負担などを理由に一部拒否しているが、統計の精度をどう高めるかは、日本経済の行く末にも響きかねない大きな問題をはらんでいる。
(11月13日、日本経済新聞から抜粋)

【雇用と企業収益の指標に「水膨れ」疑惑、揺らぐGDPの信認】
 個人消費に影響を与える「雇用者報酬」と設備投資に関連のある「企業収益」に関し、データ水膨れの疑念が民間エコノミストから浮上している。統計データが実態と乖離したまま「一人歩き」すれば、合理的な政策判断ができず、誤った方向に対策が実行されかねないとの危惧も出ている。
 消費と設備投資という国内総生産(GDP)を構成する大きな要素について、関連性の高い「雇用者報酬」と「企業収益」がともに過大積算されているということになれば、安倍晋三首相が目指すGDP600兆円へと近づいても、その信ぴょう性に「疑義」が生じかねない。
(9月26日、ロイターから抜粋)


ここに来て政府統計の改竄疑惑が次々と表面化している。
特に内閣府による雇用者報酬の大幅水増し問題については、大手マスコミが一度報道した後、早々にネット上の記事を削除しており、「誤報のお詫び」もないことから、政府による情報統制が掛けられていると見るのが妥当だろう。

経済統計というのは、殆どの場合、元となるデータが有る上、いくつもの指標があるので、一つの統計値だけが突出している場合、他の統計から「その数字はおかしいんじゃね?」という判断が容易に下せる。例えば、雇用者報酬について、内閣府の出した数字だけ突出して高い場合、その数値が明らかに異常であることは、研究者からすれば一目瞭然なのだ。
これがある企業が持つ特殊な研究データであれば、内部の限られたものにしか分からないかもしれないが、政府が出す統計の多くは、他から類推できるものが多く、統計数字の大幅な改ざんなどはすぐに明らかになってしまうものなのだ。

にもかかわらず、統計の改竄(一回だけならともかく、これだけ複数箇所で「ミス」は起こらない)が行われるのは、通常の方法で正当な統計値を出してその数字が「望ましくないもの」である場合、「政治・政権党側から圧力がかかる」「国家の威信と責任問題に関わることなので、官僚が自主的に隠蔽する」のどちらかになる。
例えば、戦時中の戦果や経済統計が隠蔽され、虚偽発表がなされたのは、後者が理由だった。

現在、ドイツのフォルクスワーゲンを始め、自動車業界でも数値の改竄が横行しているが、これらは経営側(政治)の要求に対して、技術者が正当な方法では応じられないため、数字を改ざんする他なくなったことに起因しているケースが多いようだ。

つまり、政治側からは「政権を維持するための数字」が要求され、官僚内部にあっては「敗戦の責任を隠蔽する」意図から、「特段の命令なき数値改竄」が横行しているものと推測される。

かつてゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任した際、それまで農業関係以外の統計を見たことがなかったことに加え、彼のイメージでは国防費・国防関連費がどう見ても過剰だったことから、国家予算全体のレクチャーを受けたところ、18〜20%との説明だった。しかし、ミーシャはこれに満足すること無く、ごく一部の側近を集めて政府統計を自ら精査したところ、30〜35%にも達することが判明、「ソ連には一日の猶予もない」ことを悟ったという。
もはや日本は末期状態に陥りつつあると見てよいだろう。

【追記】
ちょうど思い出したので補足しておきたい。日米開戦の直前、日本海軍では対米戦で利用される輸送船舶の損害をシミュレートした。すると、予想外に大きな損害を蒙り、開戦後数年で継戦能力が途絶する恐れがあることが判明したため、上層部から「これでは陛下に説明できない」「決定事項である開戦に支障が生じる」と現場チームに圧力がかかり、数字(シミュレート)の恣意的操作が行われた。その結果、「開戦後三年間は毎年約80万トン前後の損失が予想される」という報告になった。現実には開戦二年目には160万トン、三年目には380万トンが失われ、四年目には継戦能力が完全に途絶する事態となった。

posted by ケン at 12:00| Comment(5) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする