2018年07月27日

テロに賛同するリベラル

【決勝乱入者に禁錮15日=ロシアの反体制派バンド―サッカーW杯】
 15日に行われたサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会決勝で、ピッチに乱入して試合を中断させた男女4人に対して、モスクワの裁判所は16日、15日間の禁錮刑を言い渡した。向こう3年間のスポーツイベント訪問も禁じた。4人はロシアの反体制派パンクバンド「プッシー・ライオット」のメンバー。フランスとクロアチアが対戦した決勝の後半、警察官のような服装でピッチに乱入し、取り押さえられた。その後、同バンドは政治犯の解放などを求める声明を出した。
(7月17日、時事通信)

ワールドカップ・ロシア大会の決勝戦で会場に乱入、試合を中断させたロックバンド「プッシー・ライオット」のメンバーが早々に処断されたことに対し、日本を含む西側諸国ではロシア政府に対する非難の声が上がっている。私の周囲にも、彼らを支持する者が意外と多く、そのダブルスタンダードぶりに、「やはりこの連中とは一緒に戦えない」と思っている。

リベラル派は「人権を弾圧する国で人権擁護を主張することは正義である」との主張をなしているが、それはサッカーの国際試合を妨害することを正当化させる理由にはならない。これが、ロシア連邦議会に乱入して審議を止めたというなら、まだしも行為の正当性が認められるかもしれないが、サッカーの試合を止めるのはただの自己宣伝に過ぎない。
これが認められるのであれば、東京五輪で試合会場に乱入して日章旗を燃やしたり、国歌斉唱を妨害することも許されるだろう。少なくともケン先生はその立場を取らない。
そもそもサッカーの試合に乱入して、これを止め、クロアチアの勝利を妨害したかもしれない行為が、どうしてプーチン政権批判や人権擁護の主張に結びつくのだろうか。

仮に「権力に対する打撃」としてのテロリズムと考えても、全く意味をなさない。一般的にテロリズムと言えば、一連の9・11テロや中東における自爆テロ、あるいは日本の地下鉄サリン事件などが思い出され、社会に対して直接的被害を与えることが目的であるかのように考えられており、政府やマスコミもそのように捉えている。だが、本来のテロルの効用は、文字通り社会・大衆に「恐怖」を植え付け、熱狂を促進させ、価値観の変容を強制することにある。

オルテガ・イ・ガセは『大衆の反逆』で大衆社会を、ある価値観が社会を構成して大衆を啓蒙するのではなく、「何となく多数」の価値観が基準として「何となく」共有されている社会であると規定している。そこでは「皆が言っていること」が常識で、「皆が信じていること」が真理で、「皆が望んでいること」が希望、ということになる。
テロリズムは、この「何となく」と「皆」を強制的に変容させる力を持っている。昭和のテロリズムにおいては、何となく共有されていた天皇機関説は暴力的に否定され、リベラル派の知識人が沈黙することで天皇主権説が「皆」となり、軍拡と侵略が「希望」へと変わっていった。
9・11以後のアメリカでは、国際協調主義と寛容の精神が否定され、対テロ戦争の貫徹が「真理」となり、そのために市民的権利が制限されるのは「常識」となった。
1930年代のソ連における大粛清も、その発端は大衆的人気のあったキーロフが暗殺されたことで、スターリンが犯人捜しを始めたことにある。

プッシー・ライオットの行為は、日本では軽犯罪法違反に問われるものだが、その最高罰則は懲役一年であり、これを禁固15日で済ませたロシア司法は、むしろその寛容性を全世界に示してしまったことになる。同時に全世界のサッカーファンやクロアチア全国民を敵に回したという意味で、テロリズムとしても逆効果だったとすら評価できる。

昭和のテロルを生き延びた祖父、1960年代にテロルに従事した父を持ち、ソ連・東欧学徒として官憲テロルを研究、実際にテロルが吹き荒れた90年代ロシアを生きたケン先生としては、「自由とテロルをもてあそぶな!」としか言いようが無い。

【追記】
「ロシアの当局があんな小手先のテロを見逃したとは思えない、知っていて利用したのでは?」という専門家の方がいらしたが、1987年のルスト君事件(赤の広場セスナ機着陸事件)を失念されているようだ。同事件では軍関係者300人以上が解任されただけに、ロシア当局は顔を真っ青にしているだろう。とはいえ、今のところ警備関係者が処分されたという話を聞かないので、陰謀論の可能性も捨てきれないかもしれないが。なお、かのルスト君も犯行動機を「平和を呼びかけるため」と主張していた。彼の場合、禁固三年で後の恩赦で釈放されている。それと比べても、プーチン政権は相当に寛容である。
posted by ケン at 00:00| Comment(8) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月25日

奴隷育成システムとしての部活動

【「校舎80周走れ」生徒倒れ救急搬送 滋賀・中学部活顧問が指示】
 大津市の南郷中で、ソフトテニス部2年の男子生徒が部活動中に「校舎周囲を80周走れ」と顧問の教諭から指示され、途中で倒れて救急搬送されていたことが13日、同中や市教委への取材で分かった。生徒は熱中症と診断され、同中は「行き過ぎた指導だった」と謝罪した。
 同中と市教委によると、生徒は12日午後の部活動中、練習中にミスが目立ったことなどを理由に、30代の男性顧問から「校舎周囲を80周走ってこい」と命じられた。午後5時10分ごろ、生徒が倒れているのを校内で作業をしていた工事業者が見つけた。生徒は救急搬送され、その日の夜に退院し、13日は学校を休んで静養したという。
 生徒が走らされた校舎外周は1周約230メートルで、80周で18キロ超になる。生徒が倒れたのは9周目だったという。気象庁によると、大津市の12日午後5時の気温は30・1度だった。
 同中は、13日夜に保護者説明会を開き、経緯を説明した。平松靖之教頭は「行き過ぎた不適切な指導で、保護者におわびする。すでに顧問を指導した。今後は、安心した学校生活が送れるよう努めていく」とコメントした。
(7月14日、京都新聞)

ネットでは「軍隊でもこんな命令はされない」と話題になっているようだが、旧日本軍は20kgの生米と100発の銃弾を渡して、300kmの密林を抜け、4000m級の山を越えて2週間以内にポートモレスビーを攻略しろとか、チドウィン川を渡って2000m級の山を越えて密林を抜けて400km先のインド領内に飛び込めとか、あり得ない無茶な命令を下している。本当に恐ろしいのは、現実に辿り着くだけは辿り着いたということで、ポートモレスビーは街の灯りが見えるところまで進撃したところで後退命令が出たし、インド領内のコヒマに至っては2ヶ月近く保持して、さらにインパールから15kmの地点まで進んだ。だが、両作戦では、6割以上の損耗率(戦病死と行方不明)を出し、作戦目的未達成に終わった。

一般的にどの国の軍隊でも「しごき」が行われるのは、人格を否定し、何も考えずに指揮官に従う兵士をつくることで、戦闘参加や殺人行為の精神的ハードルを下げる目的がある。映画『フルメタルジャケット』が良い例だが、理論的には、グロスマン『戦争における人殺しの心理学』を一読することをお薦めしたい。
無意味な訓練を延々と繰り返し行い、兵を極度の疲弊状態にまで追い込むことで、「何も考えずに上官の命令に従う」精神状態を作り出すのだ。

日本の学校で行われている部活動も、目的は同じで、民間企業であれ公共団体であれ、上司に対して絶対的な忠誠を尽くし、膨大な仕事や無理な要求に対して文句を言うことなく、倒れるまでひたすら遂行する人材を育成するために存在する。民間企業であれ、公共団体であれ、採用に際しては圧倒的に体育会系人材が好まれるのは、そのためだ。

毎年、全国各地で同様の「業務上過失致死」が頻発しているにもかかわらず、何らの改善も行われないことは、現政府(後期明治帝政)が人命よりも奴隷育成を優先する姿勢を堅持していることを意味するが、それに対して何らの反発も起きない現状は、日本国民が天皇に隷属することに対して何らの疑問も覚えないほど洗脳されていることを示している。
posted by ケン at 12:28| Comment(2) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月24日

ますますちぐはぐになる霞ヶ関

【介護離職者9.9万人=女性が8割―17年総務省調査】
 2017年9月までの1年間に介護や看護のために離職した人が9万9100人に上ったことが、総務省が14日までに公表した17年の就業構造基本調査で分かった。前回12年調査の10万1100人からほぼ横ばいで、介護離職の実態に大きな改善がみられない状況がうかがえる。介護離職者のうち女性は7万5100人と全体の8割近くを占めた。調査は5年おきに実施。全国約52万世帯の15歳以上約108万人を対象に、17年10月1日現在の就業の状況を尋ね、全体を推計した。 
(7月14日、時事通信)

【「カエルボード」に退校時刻、残業教員に声かけ】
 林文部科学相は13日の閣議で2017年度版の文部科学白書を報告した。「学校での働き方改革」を特集し、「教員の負担軽減は喫緊の課題」と指摘している。
 白書はA4判441ページ。このうち23ページを働き方改革の特集に充てた。16年度の教員の勤務時間は10年前より増えており、長時間勤務は「看過できない深刻な状況」との認識を示した。さらに、外国人児童生徒の増加などで学校現場の役割は多様化・複雑化していると指摘。岡山県の小学校では職員室に退校予定時刻を記した「カエルボード」を設置し、それを過ぎても残っている教員には同僚が声をかけるなど、各地の取り組み事例も紹介しながら、改革の必要性を訴えた。
 一方、今春52年ぶりに新設された獣医学部については数行の紹介にとどめ、加計学園の名前も記述しなかった。文科省の担当者は「白書は文科省の施策を簡潔に紹介するものだから」と説明している。
(7月13日、読売新聞)

介護施設の新設を抑制し、在宅介護を推進しておいて、「介護離職者が減らない」とか一体何がしたいのかサッパリ分からない。
学校は学校で、部活動・各種行事やら事務員の削減やら給食費の徴収やら教員に授業以外の業務を山ほど押しつけておいて、しかも残業代を出すわけでもないのに、「学校で残業するな(自宅でやれ)」とか「Sねばいいのに!」というレベル。

介護離職を減らすなら施設介護を進めるほか無いし、教員の残業を減らすなら業務そのものを減らす他ない。中学校教員の労働時間は、部活動の廃止で約15〜20%、学校行事の廃止で約10%減らせる計算であり、これは文科省の決定で廃止できる。そのための中央統制ではないのか。
また、部活動や行事が肝心の学習時間を削り、学習効果をも減じさせている。その結果、中等教育では社会で必要な基礎知識が身につかず、大学で中等教育レベルを補習する始末になっている。

社会のあらゆる箇所が疲弊し、それを修復する意思も能力も無いことが見て取れる。

【参考】
日本の教育はなぜ空洞化したか
posted by ケン at 12:30| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月23日

気候変動から予測する明治帝政の終焉

古来、王朝の終焉に際しては天変地異が頻発するのが常だが、これは気候変動と大きく関係している。例えば平安時代と平氏政権の終焉は、温暖化に伴う西日本における連続干魃とマラリアの大流行に端を発している。詳細は「気候変動に見る源平合戦」を読んで欲しいが、大和朝期から平安初期にかけての日本は寒冷期にあったが、8世紀半ば頃から気温が上昇を始め、その後100年間で平均気温が2度前後も上がったとされている。その結果、西国では旱魃、洪水、蝗害が増える一方、関東や東北での収穫が増え、大量移住、大開墾期を迎えた。平将門の乱に象徴されるように、東国で反乱が頻発したのは、東国で開墾が進み、関東が「日本の穀倉地帯」としての地位を確立する一方で、西国では農業生産が減少したために国家収入が減り、その対処として朝廷が土地国有化と徴税強化を進めたことに対して、東国武士が独立の意志を固めたことに起因した。

ちなみにヴァイキングがグリーンランドに渡って農耕を始めたのは西暦1000前後とされるので、この頃は全世界的に温暖化傾向にあり、それは現代を上回るレベルだったと見て良い。
源平合戦として知られる「治承・寿永の乱」の発端となる以仁王の挙兵は治承4年6月(1180年)のことだが、この年は雨が極端に少なく、早くから旱魃が始まり、西日本では全面的に飢餓が発生する。鴨長明の『方丈記』にも「また、養和のころとか、久しくなりて、たしかにも覚えず。二年があひだ、世の中飢渇して、あさましき事侍りき。或は春・夏ひでり、秋・冬、大風・洪水など、よからぬ事どもうち続きて、五穀ことごとくならず」と記されている。そして、平清盛がマラリアで死んだことは象徴的だった。

平安後期における数々の戦乱は、温暖化に伴う西日本の不作と東日本の豊作、それに始まる東日本に対する収奪と経済格差の増大に起因するところが大きかった。この収奪と格差を是正するために暴力的手段がとられたのである。
だが、鎌倉幕府が成立した頃から温暖化が終わり、今度は13世紀後半あたりから寒冷化が始まる。その最たる影響が「蒙古襲来」だった。寒冷化によってモンゴル高原における牧畜が困難になったモンゴル族が南下を開始、ついには高麗を下して日本にまで手を伸ばしてきた。
ちょうどこの頃、グリーンランドに植民したヴァイキングが撤退、全滅しているので、全世界的に小氷河期に入っていることが分かる。
そして、鎌倉幕府は対元戦の戦費負担に耐えられなくなり、集権化することで秩序の維持を図るも、寒冷化の中で税収が上がらず、逆に寒冷化で農業が復活して経済力を付けた西日本の武士層が東国政府に強い不満を抱くようになっていったのである。政権交代を受けた足利氏が政府を鎌倉から京に移した所以でもある。

16から17世紀にかけて小氷河期(概ね14〜20世紀)が頂点に達するが、日本の戦国時代とドイツ三十年戦争、あるいは明朝の崩壊と清朝の勃興がその象徴である。これは有名な話なのでここではしない。

現代に通じるところを見た場合、前期明治帝政は、大正末から昭和初期にかけて寒冷化によって北日本で飢饉が起こり、国民が暴力的解決を望むようになったことから暴走が始まった。今では考えられないが、戦前には多摩川が河川凍結して普通に歩いて渡れたという。
もちろん、飢饉はあくまでも一因に過ぎず、日露戦争後の過剰な軍拡や世界恐慌の影響も大きいのだが、例えば2・26事件を起こした陸軍将校たちが「農村窮乏の救済」を掲げたことは重く見て良い。また、満州事変や日華事変の勃発に際して、国民の大半がこれを熱狂的に支持したことは、決して軽く見るべきでは無い。
これらの歴史は、平和的手段による貧困や経済格差の是正が達成困難になった場合、人々が容易に暴力的解決を支持する傾向があることを示している。

そして、今日は温暖化によって西日本で水害と干ばつが頻発、大型地震も増加傾向にあり、国家財政を圧迫している。政府中央の腐敗も含めて、後期明治帝政(戦後民主主義体制)は終焉に向かっていると見て良い。
今回の全国豪雨では、自民党が「これでスーパー堤防の予算が下りる」と祝杯を上げている一方、エコロジストは「ダム不要論」を声高に謳っている。この辺でも、デモクラシーに求められる合意形成能力が機能しなくなりつつことを予見させる。
スーパー堤防は、見積もりで30兆円とも40兆円とも言われるが、広大な地域で移住・再開発が必要となるため、建設業と不動産業に支持層の多い自民党としては、是が非でも実現したいところだろう。
逆にダム不要論は、豪雨がダムの許容量をオーバーさせてしまい、逆に「巨大水瓶」となって下流域の脅威となる危険を指摘している。

とはいえ、近年の水害で最も被害が大きかったのは、1940年代後半から50年代にかけてのもので、これは戦時中に日本中の木を切り倒して戦時徴用したことに起因している。戦国時代も、全国で木が切られた結果、そこら中はげ山だらけになってしまい、長篠の戦いに際して織田信長は馬防柵用の木を岐阜から輸送しなければならないほどだった。そのため、江戸期に入ると、徳川幕府は護林・植林に努めている。

他方、近年水害の被害額が大きくなっているのは都市に起因している。都市部の住宅化と舗装化が進んだことで地表の吸水力が極端に低下、雨水が全て下水管に流れて容量オーバーを起こし、排水溝やマンホールから水が溢れ出て洪水が起きるという現象になっているためだ。遠因としては、遊水地や貯水池・調整池を埋め立てて居住区画にしたことで都市部の保水力がゼロ近くなっていることが挙げられる。遊水池を埋め立てて多摩川住宅を建てたことは非常に象徴的だ。また、河川整備で大河の直線化が進んだことも、都市部への雨水の加速集中を促進している。さらに、80年代あるいは90年代以降に設置された下水管はコスト削減のため規格が小さくなっており、容量オーバーが起こりやすくなっているという指摘もある。この話も福島原発事故と同じで、「100年に一度の大雨を想定するのは合理的ではない」との理由で大型規格を却下した経緯があると言われる。

気候変動によって予見可能性を超えた災害が頻発し、既存インフラを破壊、大衆の生活を脅かす一方で、国家財政が圧迫され、国民の不満を抑制するために権力集中が図られるが、権力集中の結果、腐敗が蔓延する流れとなる。これは「デモクラシーだから」といって回避できる類いのものではない。むしろ利害調整が困難になって、政治不信が統治不全を促進する可能性が高い。
今後は、さらなる超規模の水害と、首都直下型地震、南海トラフ地震などの大災害が連発すると見られる。財政的に追い詰められ、国内の不穏が強まる中で明治帝政は、国民の不満をそらすために対外戦争を指向する可能性が高く、最終的には瓦解に向かってゆくと考えられる。
posted by ケン at 12:41| Comment(0) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月22日

東京五輪は打ち水でヲモテナシ

【真夏の東京五輪、暑さ対策に打ち水など検討へ】
 国土交通省は、真夏に開催される2020年東京五輪・パラリンピックの期間中、道路への打ち水など伝統的な「暑さ対策」を行う。17日にマラソン元五輪代表の瀬古利彦氏らによる有識者会議の初会合を開き、「道路のおもてなし」の具体策の検討を始める。東京五輪・パラリンピックは20年7月下旬から9月上旬に開催される。道路を利用する競技は、マラソンや競歩、自転車競技などがあり、選手や観客の熱中症予防策が重要となる。有識者会議は、打ち水のほか、浴衣、よしずの活用など日本ならではの対策を盛り込み、観光PRにも生かしたい考えだ。外国人観光客に快適に過ごしてもらうため、路上でオープンカフェを開きやすいよう規制を緩和することや、案内標識のデザインの見直しなども検討する。さらに、赤外線を反射する遮熱材を路面に施して温度を上がりにくくする舗装技術などの効果を検証する。 
(2015年4月17日、読売新聞)

3年前の記事ではあるが、この「始まる前から負けている」既視感たるやどうだろう。
内申書を盾に強制動員された中高生の「ボランティア」が、炎天下40度(アスファルトの上では50度前後)の下で打ち水を行い、バタバタと倒れて行く絵しか思い浮かばない。果たして彼らは、靖国神社に祀られるのであろうか。

この記事で思い出すのは、「竹槍でB29」もあるが、やはりインパール作戦である。
最初から直線距離で400km近く離れ、その間にある大河、密林、2000m級の山を越え、インド領内に侵攻する計画だが、補給計画の見込みはハナから立っていなかった。牟田口司令官は、「日本人はもともと草食動物なのである。これだけ青い山を周囲に抱えながら、食料に困るなどというのは、ありえないことだ」と述べ、ジャングルに生えている野草を食用にする研究を命じただけだった。最終的には、ビルマ領内で強制徴発した牛などの家畜に物資を載せて進軍し、その家畜を食用にする「計画」となったが、現実には大半が河に溺れ、山から落ち、空爆の攻撃にさらされてほぼ全滅、作戦開始から一カ月も経たないうちに食糧に事欠くところとなった。

そもそも作戦計画は、3週間の攻勢を前提に立てられたにもかかわらず、1944年3月8日の開始から3カ月が経とうという5月末まで攻勢が継続されていた。いわゆる「抗命」「独断退却」事件が起きたのはこの時で、第31師団の佐藤幸徳師団長は「軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつあり、即刻余の身をもって矯正せんとす」と宣言した。
当初の構想は、「先制攻撃を加えて英軍の予備戦力を漸減することで、当面の攻勢意思を挫く」というものであり、占領地を保持するという話では無かった。その目的は不十分ながらも攻勢開始一カ月で達成していたはずだったが、「達成不十分」「このまま占領地を保持できる」と判断してしまった結果、補給不足のまま雨期を迎えてしまい、英軍の反転攻勢を受けて最悪の状況の中で破断界に達した。第15軍司令部が作戦中止を決定したのは、そこからさらに一カ月後の7月3日のことだった。

あれから70年余を経て、再び国家は国民の骨までしゃぶる鬼畜と化しつつある。それは明治帝政の本質でもあるのだ。
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2018年07月20日

国際情勢を見る視点

第一流の知性とは、二つの相反する考え方を同時に抱きながら、なおかつ思考を機能させる能力を持つことである。(スコット・フィッツジェラルド)

原文:The test of a first-rate intelligence is the ability to hold two opposed ideas in mind at the same time and still retain the ability to function.

冷戦研究の泰斗であるジョン・ギャディス先生が紹介されていたのを読み、「我が意を得たり」と思った次第。

つい先日、大手紙でデスクを務める後輩が「ロシアに自由はあるか」という上から目線の記事を書いているのを見て、「やっちまったな」「よい子ちゃんにも困ったものだ」と思っていたところだっただけに、改めて自らの中に知性を構築すること、政治や歴史を公正な視点から分析することの重要性を確認させられた。
その記事は、はなから自由を人類固有の権利である善として扱い、現代ロシアにどこまでの自由が存在するのか、あるいは認められているのかを問うコンセプトの上に成り立っていた。しかし、このスタンスに立った場合、「ロシアには自由が無い」「プーチン政権が市民を弾圧」という記事にしかならず、大半のロシア人からすると、「それが何か?」という反応になってしまい、どこまでも西側知識人の自己満足に終わりかねない。
この視点は、ちょうどソ連期における「ハンガリー動乱」「プラハの春」「アフガニスタン介入」などに対する西側知識人の感情的(脊髄反射的)反応に見られた、「悪の帝国であるソ連が、小国の民族自決を踏みにじって弾圧した」に酷似している。
これに対し、本ブログでは、全体主義研究の最前線から現実に起きた事象を再構築して記事にする試みを続けているが、いまだに一つの反論も無い。

・「プラハの春」とカーダールの苦悩
 
・ソ連のアフガニスタン介入における意思決定過程 
・ポーランド危機をめぐる経済情勢 

これらに共通するのは、全体主義を悪とせず、同時に自由主義を善とせず、二つのイデオロギーを並立させつつ、価値判断を挟むことなく、事象を分析するスタンスである。仮に、ケン先生がチェコスロヴァキアの改革派やポーランドの連帯に強いシンパシーを抱き、共産党を敵視するスタンスを採っていたら、既存の読み物と何ら変わらない記事になっていただろう。

自国・日本の安全保障問題についても、ケン先生自身は左派・リベラル派に身を置きつつも、記事を書くにあたっては、可能な限り、タカ派・介入主義・改憲派とハト派・宥和主義・護憲派の二つの論理や価値観を並立させつつ、「何故これが議論になっているのか」を問うスタンスを堅持するよう努めてきた。

・集団的自衛権容認の閣議決定を受けて 
・同盟のジレンマと非対称性 
・自民党は本音で安保を語るべき 

歴史検証に際しても、例えば私は幕臣の末裔にして佐幕派ではあるが、近代と前近代の価値観を並立させつつ論じるよう心がけている。幕末や明治維新を論じる場合も、近代原理や統一国家(明治帝政)を絶対善とするスタンスからは本質を見落としてしまうだろう。

・西南戦争の原因を考える 
・長州人から見た明治維新150周年 
・幕末のインフレーション 

現代の北朝鮮や中国を論じるにしても、「大量殺戮と飢餓輸出によって核開発を進める悪の帝国」とか「言論を弾圧し、表現の自由を認めない独裁国家」といった視点だけで見ると、見えない部分ばかりが増えてしまう。

例えば、中国の場合、卑近な例を挙げるなら、今回の私の就職は一教授の推挙で決まり、旅券の更新に必要な書類を事務方に求めたところ、その日のうちにPDFで送られてきた。これは、中国の大学組織において教授の権限が大きい一方、事務レベルの内容のものは事務レベルで決済できることを示している。これが日本の大学であれば、採用選考には数ヶ月を擁し、私が求めた書類の用意には1〜2週間はかかったはずだ。このことは、日本の組織が中央集権化しすぎて、末端の自由裁量が失われ、組織が重くなりすぎている一方、中国の組織は末端の自由裁量が大きく、迅速な意思決定を下せるシステムになっていることを示している。少なくとも、中国における経済的自由は、日本よりもはるか前に行ってしまっていると言えるくらいなのだ。これは、自由の定義を「政治的自由」に限定してしまう西側知識人の視野狭窄を示している。

ジェンダーの自由を見た場合、確かに中国ではLGBT運動は弾圧されているが、民間企業における女性管理職の比率は35%にも達しており、日本の7%(別の統計では12%)を大きく上回っている。幹部職員の93%が男性という日本企業に、自由があるとは言えないだろう。

あらゆる組織における上下関係でも同じことが言える。中国には共産党という絶対的な権威がある一方で、その他の組織内における上下関係は非常に緩く、部下の上司に対する物言いなども容赦が無いケースが多く、日本人的には「儒教国だよね」と言いたくなってしまう。しかし、そこは逆で、もともと公の概念が弱く、同時に上下関係が希薄だからこそ、「礼」の価値が称揚されたと見るべきなのだ。
他方、日本では現代に至るまで、部活動で「相手をぶっ壊してこい」と監督に命令されて、その指示に唯々諾々と従ってしまった挙げ句、監督は「指示が正しく認識されていなかった」と弁解して許されてしまう社会になっている。頂点に立つ支配者のみがあらゆるルールや罰則から「自由」で、被支配者は絶対的な従属下に置かれてあらゆる自由が奪われている。

国際情勢を見極めるためには、一つの価値観を絶対視すること無く、複数の異なる価値観を併走させて考える必要がある。同時に、ある事象はそれが発生するに至る原因と経緯があることを踏まえ、日頃から歴史研究の基礎を抑えておく必要がある。
posted by ケン at 12:51| Comment(3) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月19日

自由貿易体制を盲信する日本政府

【自由貿易体制への挑戦=米保護主義を懸念―通商白書】
 世耕弘成経済産業相は10日の閣議に、2018年版の通商白書を報告した。「グローバル経済は、世界貿易機関(WTO)に基づく自由貿易体制に対する挑戦など(を受け)、大きな転換点にある」として、名指しを避けつつも保護主義的なトランプ米政権の貿易政策に懸念を表明。中国とのハイテク摩擦にも触れ、「自由で公正な高いレベルの通商ルールの構築の重要性が高まっている」と訴えた。白書は、安全保障上の脅威を理由に米国が発動した鉄鋼・アルミニウムの輸入制限措置について「日本製品は米国の安全保障に悪影響を与えず、米国の産業や雇用に貢献している」と反論、全面的な適用除外を求めていると説明した。 
(7月10日、時事通信)

政府の説明では、「安倍総理がトランプ大統領に対して懇切丁寧に自由貿易の重要性を説いてご理解いただく」とのことだったが、アメリカはますます保護貿易に突き進んでいる。そもそもトランプ大統領は、オバマ・クリントンのグローバリズム・覇権派に対するアンチテーゼを掲げて当選した経緯があるだけに、自由貿易支持に転じた場合、自らの正統性を失うことになる。国内の反グローバリズム勢力から支持を得ているからこそ、トランプ氏は大統領の権威を保持できるのであって、彼らからの支持を失えば、レームダックと化すだろう。事実、トランプ氏の保護貿易政策は国内から一定の支持を得ているが、ウォールストリートの支配下にあるアメリカの報道陣は批判的な視点からの記事しか書かないため、なかなか実像が伝わらない。

これまでリベラル・デモクラシーによる国際秩序が保たれていたのは、そのイデオロギーが優越していたからでは無く、西側陣営の軍事力が世界を圧倒していたからであり、その中心にいたのがアメリカだった。自由貿易体制を護持するためには、アメリカ(米帝)による覇権が不可欠なのだが、アメリカはその覇権が維持できなくなりつつある。覇権を維持するためには、他を圧倒する経済力と軍事力が必要だが、米中の経済力は拮抗しつつある一方、アメリカはその軍事力が維持できなくなっている。

同時に、自由貿易は、その交渉力の差から経済力の大きい国あるいは人が一方的に有利になるシステムであるため、貧困と経済格差を拡大させる効果があり、その矛盾は大国ほど深刻になる。
例えば、日本でも農業や漁業が産業として成立しがたいのは、価格の交渉単位が農漁業者が個人あるいは組合であるのに対して、食糧メジャーは国内に数社しかない大企業であり、自由交渉では圧倒的な不平等が生じているためだ。これは、世界レベルでも言えることで、西側自由貿易体制は、圧倒的な資金力を持ち、アメリカの軍事力を担保にしている資源メジャーが、旧植民地・第三世界から資源や労働力を不当に安く買い叩き、高い付加価値を付けて売りつけることで膨大な利潤を得ることによって成立していた。だが、中間国が工業化を遂げ、経済発展したことで、労働賃金や資源価格が相対的に上昇していった。同時に資金供給が常に過剰となり、利息が低下を続け、いまやマイナス金利すら当たり前となっている。そのため、先進国では利潤を上げ続けるためには、国内で労働力や資本を収奪するほかなくなっている。

アメリカの場合、資源価格の高騰を受けて、労働コストを削減するために工場を海外に移転させたことによって国内の疲弊が始まり、利潤低下を受けて国民を借金漬けにする政策が採られ、金融バブルと低所得層に対する住宅販売を組み合わせたサブプライム・ローン問題を引き起こした。結果、アメリカのある経済サイトの調査では市民8人のうち3人が破産寸前まで借金しているという。
資本主義と自由貿易は、必ず内部矛盾を抱え、その矛盾は解決する術が無く肥大化、崩壊して行くというマルクスの予言は150年以上の時を経て的中しつつある。

2017年の米中貿易におけるアメリカ側の赤字額は7962億ドル(約86兆8千億円)に上り、過去最高を更新している。「もはや自由貿易はアメリカにとって不利なシステムである」というのが、トランプ氏と支持者の認識であり、アメリカの多数派を占めている。だが、日中貿易もまた、2012年から16年まで5年連続で赤字が続いており、2017年には均衡を取り戻したものの、先行きは暗いだろう。少なくとも、日本にとって「日中間の自由貿易は絶対的に日本に有利である」とは言えなくなりつつある。
技術的優位を失いつつあると同時に、資源調達でも割高になっている日本は、輸出上の優位を失いつつある。その日本がこの期に及んで自由貿易を主張し続ければ、いざ不利になった時に看板を下ろしづらくなるだろう。
同時に、自由貿易と自由市場が国内の貧困や経済格差を助長している。政府呼称「働き方改革」は、労働規制の大幅緩和=自由化を意味するが、これも貧困と格差を助長するものでしかない。これが放置された場合、マルクスの予言が、日本でも実現する日は遠くなさそうだ。

自由が人を幸福にする時代は終わったのである。
posted by ケン at 14:35| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする