2017年08月01日

民進党代表選2017の初期情勢

【<民進代表選>動き活発化 江田氏に出馬促す声】
 蓮舫代表の辞意表明に伴う民進党代表選で、前原誠司元外相と枝野幸男前幹事長は31日、それぞれ党重鎮と会って立候補への環境整備を進めるなど動きが活発化した。党内の一部には「第三の候補」を探る動きもあり、江田憲司代表代行に近い議員が「旧民主党のイメージ払拭(ふっしょく)が必要だ」として江田氏に出馬を促した。
 前原氏は31日、国会内で川端達夫衆院副議長と会談。枝野氏は野田佳彦幹事長と会ったほか、リベラル系議員で構成する赤松広隆元農相のグループが会合を開いた。
 「第三の候補」を巡り、江田氏ら約10人が同日、東京都内で会合して対応を協議した。一方、昨年9月の代表選に立候補した玉木雄一郎幹事長代理は同日、記者団に「幹事長や代表を支える立場だった自分が出るのは筋ではない。現時点では白紙だ」と述べるにとどめた。
 野田氏は同日の記者会見で、前原氏と枝野氏について「あえて厳しい局面でリーダーになろうとする方がいることに敬意を表する。働き盛りで素晴らしいリーダー候補だ」と語った。
 民進党は8月1日に常任幹事会を開き、代表選で党員・サポーター投票を実施するかや選挙日程を決める。ただ、党内では「代表選をやっている場合か」などの不満もあり、国会議員だけの投票による早期の新代表選出や、候補者一本化による無投票を求める声も出ている。
(8月1日、毎日新聞)

下っ端としては、毎年代表選挙をやるのは本当に勘弁して欲しい。去年の岡田氏にしても、今回の蓮舫氏にしても、やる気満々の姿勢を見せておきながら、突然意味不明な理由で辞任して他者に丸投げするとか、殆ど昭和前期の総理大臣である。
党代表の座が1年と務まらないのは、それだけ党の統制がままならず、何かと言えば下から足を引っ張る向きが強いことを示しており、同時に足を引っ張る者を抑えつけられない代表の弱さの表れでもある。つまり、岡田氏にしても蓮舫氏にしても、党内に強い基盤が無く、自前の戦力を持たないことが祟っている。言うなれば、関ヶ原戦役における石田三成で、当時三成が100万石、4万人の兵力を持って戦役に臨んでいたら、異なる結末もあっただろう。言い方を代えれば、小さい元手で賭博に臨むような話で、そもそも勝ち目が薄かった。カネを持っていない博打打ちは、ほぼほぼ負けるものなのだ。
民主党政権前の小沢・鳩山路線が安定していたのは、二大派閥が強い同盟関係にあったためだった。

今回の代表選挙は、現在のところ枝野氏と前原氏が出馬の意向を示し、第三勢力が候補擁立を模索しているが、20人の推薦人を集めるには至っていない。一部では、「推薦人20人はハードルが高すぎる」との批判があるが、仮に推薦人を10人しか集められなかったものが、選挙の妙で代表の座に就いたとしても、岡田氏や蓮舫氏と同様、党の統制に失敗する可能性が高い。推薦人は、いわば保証人のようなもので、20人の保証人も集められない者が、150人からの国会議員をまとめられるだろうか、という話である。

まだ2人が立候補意志を表明したばかりだが、党内の下馬評は「前原圧勝」である。上の喩えと同様、枝野氏はどこまでも一匹狼で、旧社会党系やリベラル派に依存しているが、前原氏は弱体化したとはいえ党内保守派の「顔」だからだ。しかも、党内の国会議員を始め、総支部長(議員候補)から自治体議員まで「もはや民進党のままでは戦えない」という認識が共有されつつあり、「前原代表の下で解党して小池新党に合流、保守新党の結成をめざそう」という流れが強まっている。
例えば、東京の場合、衆議院25選挙区の総支部長(空白あり)と参議院議員が2人いるが、このうち枝野氏に投票するのは5人いるかいないかだとされている。これは、先ごろ行われた都議選の大敗を受けて、「一刻も早く小池新党に合流すべき」という気運が高まっているためだ。また、愛知の場合、15人の総支部長と3人の参議院議員がいて、このうち枝野氏に投票するのは3、4人と見られている。こちらは、連合内の特に同盟系が強い選挙区で、連合が保守新党に舵を切ったことを受けての流れになっている。他も程度の差はあれど、似たようなものだろう。

結果、「前原圧勝」が明白であるため、前原支援の流れが加速する一方、リベラル派はすでに戦意を喪失、「何とか話し合いにして選挙は避けるべき」という不戦論(敗北主義)が蔓延している。下手をすると、枝野氏は20人の推薦人すら集められなくなるかもしれないほどだ。選挙をやる前から左派は自壊、選挙そのものが成立しない可能性もでてきている。

【追記】
一般論として「いま代表選をやっても党内に亀裂が残るだけ」というのは理解できるが、それはあくまでも身内にしか通用しない論理であり、公党である以上は、代表選挙を行うのが筋で、それを否定したらデモクラシーの正統性が揺らいでしまう。また、戦う意志すら見せないものに敵が妥協する必要もないわけで、民進党のリベラル派と言われる連中が政治家ではないことを示している。他方で毎年代表選挙が行われることで、党員・サポーターの士気や信頼は急低下しており、これも党崩壊への遠心力になっている。組織の統制という点では、蓮舫氏が辞任した場合、残りの任期は代表代行が代行すべきで、そうでなければ「代行」の意味が無い。民進党は組織としても非常に脆弱だと言える。

【追記2】
2人の主要候補については、一人はカク丸、もう一人はパソNA疑惑があり、暴露合戦に陥る恐れもある。
posted by ケン at 12:15| Comment(7) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

レンホー辞任は瓦解の序曲か

【蓮舫氏「統率する力が不足」、1年持たずに辞任】
 民進党の蓮舫代表が、就任から1年も持たずに辞任に追い込まれた。党内の各グループは代表選に向けて動き出したが、反転攻勢の糸口は見いだせず、野党再編の機運が高まりそうだ。「多様な声を持った議員を一つにまとめて動いていく。その部分で、統率する力が不足していた」27日、「勝負服」である白のジャケット姿で国会内の記者会見場に現れた蓮舫代表は、吹っ切れた様子で時折笑みを浮かべながら記者の質問に応じた。党関係者によると、蓮舫氏が辞任を決断したのは前日の26日夜。蓮舫氏は、すぐさま党職員に連絡し、翌日に臨時執行役員会を開くよう指示したという。執行役員会では、辞意を表明した蓮舫氏に対し、複数の出席者が思いとどまるよう求めたが、蓮舫氏は「出処進退は私自身が決める。私は揺るがない」と訴え、最後は押し切った。
(7月28日、読売新聞)

蓮舫氏が民進党代表を辞任。ケン先生は氏の資質について最初から疑問を呈していたし、都議選に際しては「敗北確定の党中央がクビを突っ込めば責任問題に発展する」と忠告、重国籍問題で突き上げが激しくなった際には「戸籍を開示したところで問題は解決しない」と提言していたが、全てその通りになった。

レンホーは党代表に相応しいか?
道徳的正統性をも失った民進党・続
そもそも自分たちの選挙の当落のために、自分たちで選んだ代表者を平気でスケープゴートにする連中が、どうして一般市民の人権や財産を守るだろうか、守るわけが無い。そのような基本的なことも理解していないことを露呈してしまっている。
(道徳的正統性をも失った民進党・続)

案の定、蓮舫氏に戸籍開示を求めていた連中は、代表辞任の表明をも受け流して慰留することは無かった。さらに蓮舫氏は、野田氏の幹事長辞任を受けて、党幹部の複数に幹事長就任を打診したものの、全て断られて完全に頓挫した。もっとも、蓮舫氏は記者会見で「人事には手を付けていない」などと虚偽答弁を行っており、重国籍問題での対応を含めて、どこまでも不誠実で代表の資質に欠けていたことを露呈した。

とかくマスゴミは蓮舫氏の対応や都議選の敗北に原因を置きたがるが、現実はそれほど単純な話では無い。
蓮舫執行部が、党の統制に失敗したのか、もともと「非自民、反共産」という非常に緩い枠組みで「選挙互助会」の役割のみを期待されて成立していたのが民進党だった。本来であれば、民進党は「緩い枠組み」であるが故に、根幹となるイデオロギーを持たないが故に、大まかな戦略と将来像(政策の方向性)を提示し続けないと、常に空中分解してしまう恐れがあった。それでも2000年代の民主党のように、上昇傾向にあったときは、「選挙互助会」の機能だけで何とか制御できていたところもあったが、支持率が一桁台で推移し、衆議院議員選挙で100議席も取れないとなると、「選挙互助会」としての価値は失われてしまう。

その意味で、「都議選の敗北」は大きな原因ではあるのだが、問題は敗北そのものではなく、前哨戦の段階で都連幹部(一門衆)を中心に半分が離党してしまい、「これでは戦えない」と泣きつかれて党中央が全面介入したところ、それでも「17→5」という結果に終わった点にこそ、問題の根源があった。それでも全面的に責任を認めて謝罪するのならまだしも、「当初はゼロとか1とか言われていたものが、党中央の健闘によって5議席も確保できた」「自民党の議席減の方が大きかった」と強弁して、幹事長の辞任表明が遅れたことも、不満を持つ議員たちに油を注ぐところとなった。

また、都連幹部が我先とこぞって離党し、都民ファーストに走ったのは、「民進党では選挙は戦えない」という判断が根底にあるが、有権者、直接的には後援者たちがこぞって「民進党はもう終わりだ」と離党を煽ったところが大きい。
その背景には、民進党が「もり・かけ」で政府批判を繰り返す一方で、「コンクリートから人へ」「国民の生活が第一」に象徴される小沢・鳩山路線のような「自民党政治に対するアンチテーゼ」を提示できていないことに対する不安と焦燥がある。
ところが、元々過剰適応症候群(ネトウヨ)の傾向がある蓮舫氏が代表になり、「自民党に入れなかった」野田氏が幹事長になったことで、民進党は完全に対抗軸を失い、ただ政府批判を繰り返すほかなくなってしまった。
結果、自民党員でありながら「都政改革」を繰り返した小池氏に圧倒的な支持が集まってしまったのである。そうなると、「別に民進である必要は無いよね」という議員が続出するのは避けられなかった。
例えば、蓮舫氏は辞任の記者会見で次のように述べている。
今の日本が抱えている課題はたくさんあると思います。この課題、財政再建、人口減少など、去年、おととし分かったことではなく、30年前から分かっていて、長く長く続いた自民党政権が放置していて、その問題が深くなっていた。それに対して安倍内閣は、財政再建なども含めて消費増税を2回先送り。本当に着手しなければならない財政再建には手を付けませんでした。蓋を開けてみれば、自分のお友達を優遇する、そのアンバランスさを見ているとしっかり対峙ができる、そういう民進党でいたいと思っています。

つまり、彼女にとって現代日本の政策課題は、貧困、低賃金、超長時間労働などではなく、「財政再建」や「人口減少」が優先されるという認識なのだ。同時に民進党内でそれが指摘されないこと自体、政治の腐敗なのではないか。

もう一つは連合の動きである。
連合としては「政府法案に反対する野党は百害あって一利無し」であり、連合の政府交渉をサポートしてくれるような「体制内野党」こそが望ましい。言い換えれば、TPPや共謀罪に反対する民進党は連合による交渉の足を引っ張るものでしかなく、これらに文句を言いつつも、譲歩を引き出しつつ、かつ連合の交渉をも有利にしてくれる「野党」が好ましいという話だ。
(中略)
それなりに勢力を持っていた頃の民主党であれば、自民党に対抗できるだけの勢力と交渉力を持っていたので、わざわざ労働組合が政府に秘密交渉を持ちかける必要も無かったのだが、ここまでパワーバランスが崩壊してしまうと、政府・資本側に従属することで、ごく狭い範囲の大企業正社員の既得権を保護してもらうのが、組織としては精一杯の課題になってしまっている。
従って、連合としては民進党に替わる、より対政府交渉力(懇願力)を有する保守新党をつくり、議席数を回復させつつ、政府に協力的な形でより大きな妥協を引き出せる衛星政党の創設へと舵を切るのが、合理的選択となっている。
労働者の期待を裏切る連合の何故

民進党の最大支援団体である連合は、すでに内部では保守新党結成に舵を切っている。こちらは、大企業正社員の特権を維持すべく、「自民党にお願いできる野党」の結成をめざしている。都議選で都民ファーストを支援したのは、その試金石であり、好結果が出た以上は、新党結成に向けて動きを本格化してゆくだろう。
民進党内の中間派や左派までもが揺らいでいるのは、連合が党を見限ったためである。

現状、今回の代表選は、枝野、前原、若手の三人で争うことになりそうだが、前原氏が勝てば左派を切って保守新党に合流、前原氏が負ければ、右派と中間派を引き連れて保守新党に合流する流れにあり、「枝野代表の民進党では選挙に勝てない」という認識が共有されつつある。すでに民進党は崩壊の過程に入っている。
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

大義を失った民進党に学ぶ新党に必要なもの

この間の数々の失態を経て民進党は瓦解しつつある。東京都議選の結果は、民進党が自民党の対抗軸や批判勢力として認められなかった証と言える。党内では、小池新党とポピュリズム(マスコミの煽動)に原因を見る向きが強いが、果たしてそうなのか。左派の視点から検討したい。

第一に、旧民主党は資本を代表する自民党の対抗軸として、勤労者を代表した社会党と民社党が主な母体となって誕生した。もちろん先にあるのは労働界の再編によって生まれた連合である。だが、階級意識の低い日本では、階級政党は成立しがたいため、「国民の生活が第一」などの標語によって代替された。
ところが、90年代以降の激変によって大企業正社員と中小企業社員や非正規社員との格差が拡大、労働者階級が分断され、上位層労働者を代表する連合は勢力を急激に弱め、資本との妥協によって存続を図ることを余儀なくされている。
その象徴が、今回の労働基本法改正への賛意表明で、これによって裁量労働制の大幅導入と労働時間規制の撤廃にナショナルセンターが「賛成」するという事態になった(後日再検討に転換)。これは、いかなる理由があれど、労働組合が労働者の権利を守れなくなったことを意味する。結果、その連合を最大の支援団体とする民進党もまた、「勤労者代表」としての正統性を失っている。

対案としては、まず「勤労者代表」の正統性を高く掲げる必要がある。具体的には、「週35時間労働制」「労働総時間規制の導入」「労基署の大幅増員と権限強化」「男女平等を尊重しない企業に対する罰金と刑事罰」「労基法に違反した企業の公表と公共調達禁止」「祝日減と有給休暇の増加と取得義務化」「公務員の労働三権法制化」などが考えられる。
民進党は「連合の支援を受けている」がために、こうした労働者の権利を守る主張ができないという陥穽に陥っている。

第二に、民主党は小沢・鳩山路線に転換するまでは、「財政規律」(小さな政府)と「規制緩和」(市場原理主義)を二枚看板に掲げていた。小沢・鳩山路線はこれを否定し、「ムダ撲滅」を掲げつつも、積極財政に舵を切ろうとしたが、鳩山氏の自爆と財務省の支援を受けた菅・野田氏のクーデターによって元に戻ってしまった。
緊縮財政は消費を萎縮させ、国内市場を縮小再生産する一方、規制緩和は弁護士、タクシー、派遣労働者などを見れば分かるとおり、業界に屍の山を築いている。現在の安倍政権は、中途半端な緊縮財政を年金の株式投入で誤魔化すという手法を採ったものの、成果は上がっていない。また、規制緩和は政権中枢の私腹を肥やす(パトロネージ)ばかりになっている。
これに対し、民進党は財政規律も規制緩和も「もっと進めろ、但し公平に」というスタンスを採っている。せっかく「もり・かけ」問題で追及しても、「規制緩和自体は良いが、やり方が拙い」という攻め方になってしまい、傍目には政権にいちゃもん付けているだけにしか見えない。

自民党は、小泉首相期に新自由主義を導入したため、民主党は対立軸の意味を失って低迷した。その後、小沢・鳩山路線で「積極財政」「権益保護」に舵を切ろうとしたものの失敗し、元の木阿弥になり、今日に至っている。つまり、「財政規律」「規制緩和」は民進党の専売特許ではない上に、労働者・大衆の利益に反するエリートの主張であるため、自民党の対立軸にはなり得ない。
民進党は共謀罪に反対すると同時に、「警察官を2割増やします」「老朽化した警察署を建て替えます」と言うべきだったのだ。

第三に、権威主義的な自民党と国家主義を標榜する安倍政権に対し、民進党はあくまでも自由主義と民主主義を掲げなければならなかった。ところが、民進党の党内には党員の意見を反映するシステムが皆無である上、代表の権限が極めて大きい権威主義的組織を誇っている。また、本来、多様性の象徴として重国籍者や身分差別を受ける社会的弱者の権利を守るべき立場にあった蓮舫代表は、自らの代表位を守るために、出自を否定して「日本人宣言」を行い、自らの戸籍を開示してしまった。これは、民進党が自由、人権、市民的権利といったものを守るべき立場を自ら否定してしまったことを意味する。

ソ連を始めとする東側陣営は、「プロレタリア独裁」を権力の正統性に掲げていたが、その彼らがストライキを弾圧し、労働者の権利を否定した瞬間に、その正統性は失墜し、崩壊が始まったのである。
自らの依って立つべきところを知らないものは、自らを滅ぼすのみである。
posted by ケン at 20:00| Comment(2) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

日時決定:ブログオフ会の開催について

今年2月、本ブログは開設から12年を迎え、13年目に突入しました。
来年は総選挙が予想されることから、3年ぶりにオフ会を開催したいと思います。
つきましては、会場確保の都合上、大体の参加人数を確認したいので、参加を希望される方は、都合の良い日をコメント欄かメール(kenuchka@ヤフー.co.jp、カナはアルファベット)にて匿名で結構ですので意思表示ください。
場所については後日個別にご連絡します。

日時:9月30日(土)17時〜20時
場所:東京の赤坂ないしは青山
会費:3500円程度

どしどしご参加ください!連絡お待ちしてます。
posted by ケン at 01:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

何でもタダでやらせる東京五輪

【木材公募「供出」「搾取だ」ネットで批判】
 2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会が選手村の交流施設「ビレッジプラザ」で使用する屋根や柱などの木材を全国の地方自治体から公募する方針を示したことが、インターネット上で批判されている。「五輪は搾取のための錦の御旗(みはた)ではない」などと無償で提供を受けることが否定的にとらえられたが、組織委は「全国各地の自治体から『無償でも』と申し出があった。双方に利益があるのだが」と思わぬ反応に困惑している。
 ビレッジプラザは各国・地域選手団が共用する選手用の飲食店や銀行などが並ぶ約6000平方メートルのスペースで、約2000立方メートルの木材が必要となる。国際オリンピック委員会(IOC)に提出した立候補ファイルでは「日本の文化を感じてもらうため、プラザの設計は日本の伝統的な建築様式を取り入れ、木材を使用する」とのコンセプトを掲げていた。このため、全国の自治体から提供の申し出があったという。
 そこで組織委は大会後に木材を各地に戻し、学校などで大会の遺産(レガシー)として活用してもらうことにした。組織委によると、カラマツ、スギなど各地の特産木材が集まれば、大会コンセプトの一つである「多様性と調和」を示すことにもなると判断した。
 大会後に会場の資材を再利用する取り組みは過去の五輪・パラリンピックでもあったが、今回のように設計段階で再利用先まで決めるのは史上初。事前に決めることで、各地での再利用がスムーズに運ぶメリットがある。
 組織委は24日の理事会でこの案を了承して、25日に公募要項を発表した。9月中旬に自治体からの応募を受け、10月上旬に決める予定。約45自治体の参加を想定しており、多数の応募があった場合は抽選で決める方針だ。
 組織委は今年4月から大会のメダルを製作するために「都市鉱山」と呼ばれる不要になった携帯電話や小型家電から回収した金属で大会メダルを作る事業を始めていた。5月までの2カ月で、NTTドコモの全国2400店舗を通じて約53万台の機器を回収したほか、全国の967自治体も(14日現在)が協力を表明しており、74自治体から約106トンが集まっている。
 このときはインターネット上で批判は目立たなかったが、今回は「金属の次は木材供出か」と反発が強い。いずれも盛り上がりを全国に広げることを目的とした事業とはいえ、今後は大会に向けた無償提供は慎重な対応が求められそうだ。
(7月25日、毎日新聞)

2020年8月に予定されている東京五輪の組織委員会は、すでに運営要員や観光案内要員を9万人の無償ボランティア(交通費、宿泊費も自腹)で賄うとしている。その応募条件として想定されているのは、「最低1日5時間以上かつ10日以上」「途中で辞めないことを宣誓する」「事前の研修に参加する」などであり、事前研修を有料化する方向でも検討が進んでいるとされる。敢えて強調するが、8月の東京は連日35度を上回るだろうし、実際の外気温やアスファルト上は40度前後にも達するだろう。

さらに通訳も無償ボランティアが3千人以上募集されるという。各地の大学が前向きに協力を検討しているというのは、狂気の沙汰である。英語の本を丸ごと一冊渡されて、「五輪だから無償で」と翻訳を求められるとすれば、少しは状況の異常性が理解されるだろうか。この他にもIT関係の多くもボランティアで賄われる予定だという。
こういうのは勤労動員と言うのであって、内的自発性に基づくボランタリーではない。

「強制じゃ無いからいいじゃん」というレスがありそうだが、問題はそれほど単純では無い。
例えば、東京マラソンの場合、約1万人のボランティアが運営を担っているが、そのうち自発的に応じたボランティアは半分程度で、残りの半分はスポンサー企業などからの勤労動員による「ボランティア」で賄われている。つまり、公募で足りない要員を、スポンサー企業が社員に強制的に有給休暇を取らせてボランティアに応じさせているのが実情なのだ。

東京マラソンが行われるのは2月下旬の東京で平均気温は6〜7度、もちろんプラスであり、北方の出身者や欧米に滞在した経験のあるものなら寒いうちに入らない。それを考えた場合、五輪のそれは9万人の募集に対して自発的市民は半数も集まらないと見込まれ、結果5〜6万人はスポンサー企業からの勤労動員となる可能性が高い。
つい先日、新国立競技場の現場監督を担っていた若者が月200時間を超える時間外労働を強要され、自決したとの報道があったが、五輪の関係企業はどこも過酷な労働環境にあり、勤労動員される社員も同様と思われるだけに、凄まじい屍の山が築かれることになるだろう。

話を本題に戻そう。木材の無償提供が、人的ボランティアと異なるのは労働力では無く、商品を無償提供するところにある。本来、市場価格のある、国際価格に比して高い国産木材が、大量に無償提供されるとなれば、木材価格の低下、デフレを加速させることになる。しかも、今年は大雨と洪水で被災地の復興が求められており、本来的には国産材は優先的に公共が調達して被災地に割り振られるべきであり、無償提供している場合ではない。
木材の他にも携帯やスマホなどの希少金属を目当てに無償提供を呼びかけている。

東京都は国内で圧倒的に裕福な、中規模国家並みの予算を持った自治体であり、これが大々的に金属も木材も労働力も高額で買い取ることこそが、デフレ脱却の最短ルートだった。ところが、現実には最も裕福な東京都が主催地でありながら、最もカネを出し渋り、最大規模の収奪を進めている。

そもそも2兆6千億円とも言われる予算を計上しながら、人件費や建設費はおろか、授与するメダルの製造費すら事欠くなど、恐ろしい額が中抜きされてパトロネージ(私腹)にされていることを物語っている。
東京五輪は国民と市場を殺すだけのイベントであり、今すぐに中止すべきである。
posted by ケン at 12:04| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月26日

二重国籍のまま議員も大臣もOKという政府答弁

予断を抱かないよう、前置きは最低限にしたい。KM党の飯田忠雄議員が、1984年8月2日の参議院法務委員会で重国籍者による被選挙権の適法性について質問している。飯田氏は、満州国勤務経験を持つ運輸官僚出身。以下を読むと、80年代の中曽根内閣期でも、霞ヶ関にはまだまだリベラリズムの残滓があったことが感じられる。KM党が重国籍問題で中曽根内閣を責め立てるという面白い構図。興味を持ったら、ぜひ国会会議録で全文を見て欲しい。

なお、答弁者は枇杷田泰助・法務省民事局長(政府委員)と浅野大三郎・自治省行政局選挙部選挙課長(説明員)。この国籍法改正によって、母親が自分の子に日本国籍を継承させることを認めない「父系優先血統主義」が改められ、母のみが日本国籍を有していているケースでも、子が日本国籍を継承できる「父母両系血統主義」が導入された。

「殊に非常に民主主義というものが強く打ち出されました新憲法下におきましては、そのようなもし他国籍もあわせ持つ者とか、あるいはかつて外国人であった方であっても、これは要するに国民の意思、そういうようなものによって重要な国権の作用を果たす者が選ばれていくということであります」

「今度の改正法におきましては選択の宣言をした人は外国の方の国籍の離脱に努めなければならないと規定いたしておりますが、しかし外国の国籍の方を離脱できるかどうかはこれは当該外国の国籍法の規定によって左右されるわけでございます。そういうことでございますので、離脱しなければそれによって直ちに日本の国籍の方を喪失させるとかというような効力を認めるということは適当ではございません。したがいまして、御本人の努力と、それから各国の法制とによってなるべく外国の国籍を早期に離脱するようにということを期待するということにとどめております。それ以上のことは酷なことにもなりますので、改正法におきましても要求はしておらないところでございます。」

「被選挙権につきましては公職選挙法第十条で規定しているわけでございまして、一定年齢以上の日本国民は衆議院議員または参議院議員の被選挙権を有するということを定めております。一方で二重国籍の者を排除するという規定もございませんから、日本国籍のほか他の国の国籍を有する二重国籍者が国会議員となるということも現行法上可能ということになっております」

「私どもといたしましては、これまでのところそういう二重国籍者が選挙権を行使する、あるいは選挙によって選ばれる、公職についたことによりまして何らかの障害が生じたという事例は承知しておらないところでございます」

戦前の旧国籍法は、国籍取得者やその子ども等が帝国議会議員や国務大臣などに就任することを禁止している(第16条)。つまり、自民党や保守の皆さんは堂々と国籍法の改正(戦前回帰)を主張されたらよろしいのデス。
「歸化人、歸化人ノ子ニシテ日本ノ國籍ヲ取得シタル者及ヒ日本人ノ養子又ハ入夫ト爲リタル者ハ左ニ掲ケタル權利ヲ有セス
一 國務大臣ト爲ルコト
二 樞密院ノ議長、副議長又ハ顧問官ト爲ルコト
三 宮内勅任官ト爲ルコト
四 特命全權公使ト爲ルコト
五 陸海軍ノ將官ト爲ルコト
六 大審院長、會計檢査院長又ハ行政裁判所長官ト爲ルコト
七 帝國議會ノ議員ト爲ルコト」
posted by ケン at 13:09| Comment(0) | 教育、法務、司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

君主と籠城の関係について

「リーダーは時として配下を切り捨てる冷酷さが求められる」旨のリーダーシップ論を読んで仰天。私の知る歴史にそんな原理は無かったからだ。

日本であれ欧州であれ、古来リーダーの資質は「部下を見捨てない」点に求められた。武田勝頼が父信玄よりも版図を広げながらあっという間に滅んだのは、包囲された遠江・高天神城に後詰めを出さず、あまつさえ降伏許可すら与えなかったことに起因した。
かねてより高天神城は、武田信玄が西上作戦の折りにも陥落させることができなかったこともあって、正式な後継者では無かった勝頼はその奪取に強く執着していた。だが、重臣たちは「遠すぎて補給線が維持できない」と反対するものが多かったとされる。にもかかわらず、勝頼は信玄の死の翌年(1574年、天正2年)に大軍を率いて遠江に侵攻、高天神城を落とした。この時は、籠城していた小笠原家の一族が内応して陥落したのだが、徳川家康は織田信長に救援を求め、陥落前日には三河吉田まで後詰軍が来ていた。

その翌年、長篠合戦で武田軍は大敗し、1580年(天正8年)には徳川家康は5千人を率いて高天神城を包囲した。古来、籠城は後詰めを前提として採られる作戦で、籠城単体では成立しない。家康は、城を包囲して武田方の後詰めが出てきたところを野戦で仕留めるか、勝頼が後詰めを出さなければ遠江、駿河における武田の権威を失墜させられると考えていたものと思われる。興味深いことに、信長は家康に対して「高天神城を降伏開城させるな」旨の書状を送っている。
当時、武田家は甲相同盟の破綻から北条家とも戦端を開いており、織田・徳川連合軍と野戦するリスクは冒せなかったものと推察されるが、後詰めを出さず、かといって降伏開城の許可も出さなかった結果、籠城中の城兵の大半が餓死した挙げ句、城主の岡部元信以下全員討ち死にという事態に終わった。
その結果、勝頼は「ブラック大名」の烙印を押されて、穴山、木曽、小山田などの一族重臣層からすら見捨てられ、翌81年の「武田攻め」を迎えるところとなった。戦国期にあっては、後詰めを出さなかった主君の権威は失墜し、籠城者の離反・降伏はおろか、ドミノ倒し的に他の武将の離反を誘発する恐れがあった。

逆に長篠合戦の場合、武田方(1万5千人)が奥三河の長篠城を包囲、徳川家の主力(8千人)を誘引して決戦を迫ろうとしたところ、織田家の援軍が3万人も同行しており、それに気づかなかった武田勝頼が逆に決戦を強いられてしまった形となった。この時、家康は別働隊を編成して武田方の鳶ヶ巣山砦を陥としているが、これは長篠解放のためであり、籠城する奥平家に対する配慮と設楽原に布陣した武田軍の後背を脅かす狙いがあった。

中世欧州では、王は街の統治権や徴税権を得る代償として、住民の生命と財産を守る義務を負った。そのため、街が敵軍に包囲されたときは、国王は救援の義務を負い、それが遂行できない場合は、その街に降伏開城する許可を与えることが求められた。青池保子の名作『アルカサル−王城』はその辺の事情を見事に描いている。解囲軍が届かない、間に合わないと分かっているのに、徒に死守籠城を命じる君主は「愚昧」「暴君」と評価されたのだ。但し、異教徒相手の戦争は事情が異なったようだ。

Velazquez-The_Surrender_of_Breda.jpg

ベラスケスの代表作『ブレダの開城』は、三十年戦争におけるスペイン軍によるオランダ・ブレダ攻囲戦の勝利を描いたものだが、スペイン軍を率いていたのは名将スピノラだった。オランダ軍は何度も解囲を試みるも、その都度撃退され、オラニエ公ヘンドリックはブレダ市に降伏開城許可を出し、スピノラは籠城兵の健闘をたたえて掠奪と捕虜虐待を禁じたとされる。これは、憎きプロテスタント相手に、カトリック側の将軍が慈悲を示したことを讃えた作品ではあったが、城と君主の関係とはそういうものだった。

根本的には、現代にあっても同じである。1942年11月にスターリングラードにいるドイツ第6軍がソ連軍の「天王星作戦」によって包囲されると、ドイツ側は12月12日に「冬の嵐作戦」を発動して解囲を試みる。だが、スターリングラード市まで40kmのところでソ連軍に阻止され、マンシュタインはヒトラーと第6軍に「雷鳴作戦」(包囲された第6軍による自力脱出)を要請するも、認められず、解囲に失敗した。さらにヒトラーは、第6軍に降伏を許さず、文字通り死守を命令するが、43年1月31日に降伏する。捕虜となったドイツ軍人は10万人に及んだ。
この際に、ヒトラーが脱出も降伏も認めなかったことは、翌44年7月のヒトラー暗殺事件の遠因となっている。また、「空中補給で第6軍を賄う」と豪語していたゲーリング空軍元帥も信頼を失った。

現代日本は例外的な環境にある。
太平洋戦争において、太平洋の島々に配された日本軍はことごとく死守、玉砕が要求され、一切の降伏が認められなかった。フィリピン(レイテ)、マリアナ(サイパンなど)、沖縄では、海上から解囲軍が送られ、それぞれ「レイテ沖海戦」「マリアナ沖海戦」「坊ノ岬沖海戦」が生起したものの、日本側は全て壊滅的打撃を受けて敗退した。
「伝統」に従えば、解囲軍が壊滅し、さらなる後詰めが出せない以上、君主は降伏許可を出すのが筋であり、名君の条件だった。ところが、昭和帝は降伏許可を出さず、最後の一兵まで戦って玉砕することを求めたため、破滅的な結果を招いた。
歴史的には、このような勝ち目の無い戦で臣下の生命を徒に使い潰す君主は「愚昧」「暴君」とされるはずなのだが、何故か日本では「御聖断によって戦争を終わらせた名君」として評価され、軍部の戦争指導と責任についても「解体された」ことでウヤムヤにされてしまった。その結果、今日に至るまで日本の学校(特に部活動)や企業では、生命や人権を軽視する(全く考慮しないと言っても良い)教育や文化がまかり通っている。
明治以降、3千万人の人口が4倍になったことと、明治体制下で全てが天皇の私物とされてしまったことが、大きく影響しているものと思われる。そして、明治体制を否定せぬまま、敗戦によって形式的にデモクラシーが導入された結果、非人道的な弊害が見えない形で温存されてしまったのだろう。

城ではないが、1979年にソ連がアフガニスタンに軍事介入したのは、「友党を見殺しにすべきではない」「アフガニスタンの混乱を放置すれば他の社会主義国も動揺する」というスースロフの意見に象徴されるように、「同志友邦の苦境を放置し、救難依頼を無視した場合、社会主義陣営の頭領としての権威が失墜する」という感覚が、共産党政治局で共有されていたことが大きい。
実際、「ベルリンの壁」崩壊前に東独でKGB要員として勤務していたプーチン氏は、「(ソ連共産党)党中央がSEDを見限って事態を放置した時に、党と国家(ソ連)を見限った」と回想している。
これらのことは、共産主義者ですら「同志・同胞を見殺しにすることは許されない」旨の倫理を持っていたことを示している。その意味でも、現代日本人だけがよほど特異な文化、社会環境に置かれていることを示唆している。
posted by ケン at 12:46| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする