2017年03月09日

Combat Commander: Pacificを初プレイ

ccp.jpg

購入して10年近く放置していた「Combat Commander : Pacific」を初プレイ。ドラマの『The Pacific』もそうだったが、どうも米国人の日本軍評価が恐ろしく高いような気がする。ジューコフですら「(独ソ戦を含めて)一番厄介だったのはノモンハン」と言っているくらいだから、どこか根本的に欧米の軍とは「かみ合わない」ものがあるようだ。

本ゲームの日本軍も他国軍に無いルールや特殊能力が満載で、「規格外」「常識外」と思われていたことがよく分かる。全ユニットが移動する「バンザイ突撃」、いきなり後方にユニットが現れる「浸透」、単独ユニットの狙撃兵、何よりも「指揮混乱」(無効カード)が無いのが強い。個々のユニットは、火力も射程も米英軍に比して見劣りするのだが、移動力と士気(モラル)が高く、非常に打たれ強いため、これが塹壕やトーチカに入っていると、相当に堅い。しかも、日本軍は「降伏」しないため、損害を無視して戦うことができる。現実には、損害過多の場合に、自軍の損害を上回る戦果が挙げられるパターンが、どれほどあるのか疑問なのだが。こうしたルールとシステムで色々規定されているため、日本軍プレイヤーは自然と当時の指揮官同様、歩兵による飽和攻撃と浸透戦術に誘導されてゆく。良くできていると言えば、良くできているのだが、プレイヤー=小隊長、中隊長としての選択肢はあまり多くないようにも思える。

基本の「ヨーロッパ」から若干のルール変更があり、スタック・オーバーによる「即死」がなくなり、「敗走」命令が無くなり、砲撃や武器故障についても変更が行われている。「ちょっとゲーム的な処理になったか」と思わなくも無いが、プレイ・アビリティはむしろ向上しているかもしれない。違和感と呼ぶほどのものは感じない。

P1250444.jpg

シナリオは「マニラ近郊戦(1945)」を3回と「イル川渡河戦(1942)」を1回プレイする。この日は10時間ほどプレイしたので、1プレイ2時間強。久しぶりなのと、新ルールの確認を行いながらだったのを考えれば、慣れれば1プレイ1時間半ほどになるのだろう。相変わらず良好なプレイ・アビリティである。

「マニラ近郊戦」は、まず2回をK先輩が攻撃側米軍、ケン先生が防御側日本軍を持ってプレイ。中央に見通しは悪いが(視線障害)、身を隠す場所の無い(掩蔽値ゼロ)麻畑が広がるマップで、米軍は両端から重要拠点に迫るが、そこには当然日本軍の陣地があり、火線を構築して待ち構えている。そして、案の定、米軍は陣地を抜くのに苦労し、片方の陣地を抜くことには成功しても、そこで時間切れになり、重要拠点には遠く及ばなかった。二度目は戦力を集中して、一方の突破に専念するも、これはこれで防衛側の戦力集中と火力集中を許し、結局激しい射撃戦が繰り返されるだけで終わってしまう。
本ゲームは、どうも攻撃側の難易度が高いらしい。攻撃側の方が選択肢が多く、最適解が出しにくいこと、「どこで得点するか」について柔軟な判断が求められること、必要に応じて損害覚悟で攻撃することが求められるが、この決断がなかなか難しいこと、などが挙げられる。

そこで攻守を替えて同じシナリオを試す。米軍は二つに分けて分進合撃を試み、陣地を突破した方から、機会射撃を顧みずに突撃、重要拠点に迫る。防御側は、機会射撃できると言っても、手札上限は4枚でしかなく、現実には「一回撃てるかどうか」でしかない。仮に射撃できたとしても、損害が無ければ前進し続けられるのだから、突撃は有効な戦術である。ただ米軍は移動カードが少ないため、そこがネックになるのは避けられない。それでも、重要拠点に辿り着いて射撃し始めたところで時間切れになってしまった。

P1250446.jpg

せっかくなので違うシナリオも、ということになり、敢えて日本軍が万歳突撃する「イル川渡河戦」(ガダルカナル、1942)をプレイ。私が日本軍(一木支隊)、K先輩が米海兵隊を担当した。配置を見る限り、川と鉄条網、さらに米軍陣地というガチガチの防衛線が敷かれており、「どんな無理ゲーだよ?」という印象。だが、実際にプレイしてみると、比較的火線の弱い海外線方面で、日本軍が損害無視のバンザイ突撃を図り、飽和攻撃をもって米火線を抜いて陣地に肉薄、スタック・オーバーの白兵戦をもって米軍を屠ると、その勢いで米陣地を一つずつ落とし、かつヘンダーソン飛行場への突破を進め、日本軍の勝利に終わった。
このシナリオの場合は、「日本軍の突撃をいかに効率よく足止めするか」が課題になり、逆に米軍側にテクニカルな防御術が求められるようだ。
それにしても、史実では日本軍が大損害を出しているだけに、米デザイナー氏に「これでいいんきゃ?」と聞いてみたくなる。まぁ一戦だけでは何とも言えないか。

【訂正:03/11】
最初のシナリオの「マニラ近郊」は「ミンダナオ島」の間違いでした。訂正します。
posted by ケン at 12:33| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

スウェーデンで徴兵制復活

【スウェーデン徴兵制復活 ロシアの脅威に対応、女性も対象】
 スウェーデン政府は2日、2010年に廃止していた徴兵制を復活させると発表した。18歳の男女を対象に来年から兵役に就かせる。ロシアがバルト海周辺で活動を活発化させるなど、世界的な安全保障環境の変化に対応する。
ペーテル・フルトクビスト国防相はAFPに対し「ロシアが(ウクライナの)クリミアを併合した現状がある」と指摘。さらに「ロシアはわが国のごく近傍での演習を増やしている」と警戒感を示した。
 スウェーデンは現代的な軍に必要な条件を満たせないとみて2010年に徴兵制を廃止。志願制に切り替えていた。今年7月1日から、1999年以降に生まれた男女全員が徴兵対象となる。スウェーデンで徴兵制が女性にも適用されるのは初めて。兵役に就くのは来年1月1日からで期間は11か月。7月1日以降、1999年以降生まれの国民は全員連絡を受け、質問票への回答を求められる。回答内容に基づいて1万3000人が招集され、毎年4000人ずつ徴集される。
(3月3日、AFP)

何でもロシアのせいにするのはいかがなものかと思うが、EUの統合力やNATOの統制力の低下が、相対的に個別自衛力の強化に向かわせているのは確か。

本来NATOは「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことを目的として設立された。ところが現状では、アメリカは覇権放棄で撤退近く、フランスは没落してドイツに従属、イギリスは「一抜けた」になりつつあり、第二次世界大戦後に目指された欧州統合の前提条件が瓦解しつつある。
その結果、現状はドイツの一人勝ちになっており、「嫌だけどロシアを引きずり込んでドイツとのバランスをとる」ことで、欧州の安定を保とうという力学が働いている。ハンガリー、ブルガリア、あるいはフィンランドが親露路線に舵を切りつつあるのは、その現れと見て良い。

他方、欧州各国が自衛力強化に走るのは、「ロシアが強いから」ではなく、「欧州の統合力、集団防衛力が弱くなったから」であるにもかかわらず、旧態依然たる「ロシアの脅威が〜」と言い立てるから、おかしいことになっている。この辺は、世界のマスゴミが英米仏に牛耳られ、その国家方針が反映された情報のみが流通していることに起因する。英米仏の意向に反するニュースが「フェイク・ニュース」などと呼ばれているに過ぎず、ニュースの信憑性などはしょせん程度問題に過ぎない。

現代の軍事力が工業力と資本に依存する以上、ロシアが軍事的に優位に立つことはない。例えばロシアのGDPは英仏を大きく下回り、イタリアと同レベル、日本の半分でしかなく(国土面積は日本の45倍)、そのロシアの軍事力を「NATO(欧米共通の)最大の脅威」と言い立てている時点で、「おかしいんじゃね?」と思う感覚こそが、「フェイク・ニュース」を見破る正常な判断を担保するのである。
但し、現状ロシアの合計特殊出生率は1.6を下回る程度だが、回復傾向にあり、これが続くとなると、今後は景気回復と相まって脅威度が上がってゆく可能性は否定できない。

また、この問題はヨーロッパに限った話では無い。むしろ極東地域で対米関係以外は孤立した国際環境にありながら、ロシアとも和解できないまま、反中路線を突っ走る日本こそ、相対的に国防力を低下させており、現状の外交路線を維持する限り、軍拡は避けられない。日本の場合、若年人口の減少が著しく、出生率回復の見込みも立たなでいる。果たして経済徴兵だけで間に合うのか、現状でも定員割れが深刻になっているだけに、徴兵制の現実性は高まりつつあると見て良い。
posted by ケン at 12:39| Comment(3) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月07日

反露政策は収束に向かうか

【フィンランドでロシア脅威論が後退】
 フィンランドでロシアを脅威と見なす国民が半分以下に減っている。世論調査会社タロウストゥトキムスが国営放送Yleの委託で実施したアンケートで、このような現状が明らかになった。それによると、ロシアを脅威と考える人は47%にとどまり、過去最高だった2014年の56%から9ポイント低下。ロシア脅威論を吹聴する地元メディアに、必ずしも同調していないことが浮き彫りとなった。背景には、ウクライナ政権と同国東部を実効支配する親露派勢力の軍事紛争が、フィンランドでさほど報道されなくなったことがあるようだ。またフィンランドでは北大西洋条約機構(NATO)への参加に懐疑的な意見も広がっている。タロウストゥトキムスの最新の世論調査によると、「加盟すべきか分からない」との回答が2014年の16%から28%に増加。加盟賛成は21%にとどまり、反対は51%に上った。
(2月20日、NNA)

欧州情勢は常にある種のバランスの上に成り立っている。「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」という、ヘイスティングス・イスメイNATO初代事務総長の言葉こそが、第二次世界大戦後のヨーロッパ統合の目的と戦略を表している。EUは政治経済、NATOは軍事を代表するもので、若干の相違はあるものの、基本的な構図は同じだ。
ところが、アメリカは勢力衰退に伴って欧州から撤退しつつあり、経済的にはドイツが「一人勝ち」の状態にある。本来は、アメリカの後ろ盾を得たイギリスとフランスが協同してドイツを抑え、統合欧州の核を担っていた。ところが、米の関与が弱まり、フランスは衰退著しく、「ドイツを抑える」ことが難しくなったのを見て、イギリスが「一抜けた!」と宣言したのが「Brexit」だった。
今日では、ドイツのメルケル首相が一人で「ヨーロッパ・リベラル」を守っているような格好になっているが、メルケル氏が一人で頑張れば頑張るほど、「ドイツを抑え込む」という欧州統合の原理が損なわれてゆく。
そして、ドイツの一人勝ちが目立てば目立つほど、「ロシアを締め出す」政策が価値を失い、愚劣に見えてくる。英仏が役に立たない以上、次に来るのは、「ロシアを引き込んで、ドイツを抑え込む」になるだろう。もちろん、現行のEUやNATOにロシアを入れるというのではない。アメリカの不在で、それらは陳腐化しているからだ。
欧州が再分裂を選ぶのか、異なる形での統合を求めるのか、そこはまだ分からない。だが、「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」という形での「戦後和解体制」は間もなく終焉を迎えるものと思われる。
posted by ケン at 12:07| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

どこまでも人に金を出さない国

【ボランティア数百万人…障害者支援で政府計画案】
2020年東京五輪・パラリンピックに向け、障害者が暮らしやすい社会の実現を図るため、政府が策定する行動計画案の概要が19日、分かった。障害者や高齢者を支援するボランティアを20年までに全国で数百万人育成することなどが柱だ。行動計画案は障害者への考え方を変える「心のバリアフリー」と、障害者や高齢者に配慮した「ユニバーサルデザイン」の街づくりの2本立て。20日に関係閣僚会議を開いて正式決定する。安倍首相は会議で、政策立案段階から障害者に参加してもらい、必要な法改正を行うよう指示する。
(2月20日、読売新聞)

もはやボランティアというよりも勤労動員色が濃くなっている。そもそも障害者を支援するボランティアを「オリンピックに向けて」育成するという説明からして意味不明だ。五輪が開催されなければ不要だったのだろうか。
すでに記事にしているが、東京五輪では外国語通訳もボランティアで賄おうとしており、どこまでも正当な報酬・対価を払わずに人に労働力を提供させようとする、政府・五輪委員会の醜悪なる姿勢、あるいは収奪の意志が見て取れる。

巨大な祭典は、祝祭によって市民の不満を逸らすことと、巨大な公共投資によって景気増大を狙うことを目途とする。東京五輪はもともと支持者が3〜4割程度しかいなかったものを、広告会社などを利用した情報操作によって6割程度に水増しすることで強行しているだけに、「市民の不満を逸らす」目的は十分には成立しがたい。自民党や霞ヶ関は後者の名目にかこつけて腐敗・汚職の機会を設けて自己利益の拡大に努めている。巨大な五輪施設の建設には、全く金に糸目を付けずにつぎ込む一方で、運営要員にはまったく利益配分するつもりがないところからも、連中の狙いがどこにあるか分かるだろう。

この結末はハッキリしている。五輪用に建設される巨大施設は、他に転用する術が無く、何の生産にも寄与しないまま、遊休施設となる。しかも、維持費や解体費ばかりが巨大な負債として残される。市民はただ無給のボランティアとして動員されるだけで、後日、巨大な財政赤字が増税あるいはインフレとなって、市民生活を直撃するだろう。まさに末期のローマである。

自民党員と官僚ばかりが肥太って、市民はひたすら収奪される。にもかかわらず、自民党が支持されるのだから、もはや破断界は免れないだろう。まぁ、民進党も五輪を支持している時点で選択肢すら無いわけだが。
posted by ケン at 12:50| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月05日

久しぶりにアンドールの伝説

戦線復帰を果たしたT後輩を交えて、久しぶりに「アンドールの伝説」をプレイする。
3人は何度かプレイしているので、「新たなる勇者たち」を試してみることにした。新たに加わるのは、アサシン?、精霊使い、狩猟者、バーバリアン?の4人で、既存の戦士、ドワーフ、弓手、魔法使いを加えて8人から4人を選ぶことになる。
ちなみにアサシンは、敵モンスターの攻撃力を下げる特殊能力(但し経験値が入らない)を持ち、精霊使いは「攻撃力+4」の精霊をゲストとし、狩猟者は「ちょっと使えるアイテム」を最初から所持、バーバリアンは意志力15以上の時に井戸水を飲むと「攻撃力+1」にできる特殊能力(但し武器防具が装備できない)といった感じ。

シナリオ1、2とプレイするが、1は導入シナリオなので良いとしても、初めてプレイした時は2度くらい挫折したはずのシナリオ2を意外とあっさりクリアしてしまい、「あれ、こんな(簡単)だったっけ?」みたいな印象。新勇者が「使える」こともあるが、やはりプレイ経験の有無がものをいうのだろう。次々とモンスターを倒して時間切れになることもなく、鷹を上手く使って無駄なく物品を運ぶなどプレイが非常に効率化されているため、だいたい1ターンくらい余裕を持ってクリアしていた。
新勇者は、バーバリアンは微妙な気がするが、他の3人はバランスを崩さない程度に「使える」ので、十分楽しめた。個人的には、体力が低いものの、「かゆいところに手が届く」アイテムを持っている狩猟者がお好み。

P1250442.jpg

時間が有り余っているので、続けてシナリオ4の洞窟編をプレイ。こちらは一回やり直したものの、2回目は余裕でクリアしてしまい、「昔の苦労は何だったのか」と話し合う事態に。まぁTVゲームのアクションゲームと同じで流れが分かっていて、プレイヤー間の協力が十分なら無理でも何でもないのかもしれない。続くシナリオ3は、「宿題」を一つ忘れていて、「もうダメか」と思われたが、「ワイン飲みまくって城に帰る」ことでクリア。無事、最終シナリオ「ドラゴン襲来」を残して全部クリアした。
全体的には余裕があったものの、あくまでも結果論に過ぎない。全員で「ここはこうだ」「そうじゃない」「こっちの方がいいんじゃないか」「相変わらずブラックな王様だ」などとワイワイやりながら、「黒王様」に仕えるのはとても面白い。
posted by ケン at 11:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月03日

戦力計算もできない民進党

【「30年原発ゼロ」連合会長が批判 民進、党内でも賛否】
 民進党の支持母体である連合の神津里季生会長は22日の記者会見で、同党執行部が検討する「2030年原発ゼロ」に対し、「深刻な疑問を持たざるを得ない」と改めて批判した。
(2月23日、朝日新聞抜粋)

【蓮舫氏、「2030年原発ゼロ」表明を断念 連合に配慮】
 民進党の蓮舫代表は27日、3月の党大会での「2030年原発ゼロ」方針表明を断念した。視察先の福島県飯舘村で記者団に「年限はメディアがこだわっている。私たちは中身にこだわりたい」と語った。党内の意見集約が進まず、支持母体の連合の猛反発に配慮した形だ。蓮舫氏はこの日、飯舘村長らと意見交換。その後、記者団に「将来的にゼロが可能だとはこれまでも訴えてきた。その思いを共有、認識できる大会にしたい」と述べた。野田佳彦幹事長も同日の記者会見で「決まっていないことを言うことは出来ない」と明言した。
(2月27日、朝日新聞)

民進党は全くコマンド・コントロールできないことを明らかにしてしまった。本件でも常にダメな選択肢を選んでいる。
まず党内の勢力図を考慮、調整せずに、「2030年原発ゼロ」を打ち出したことで、潜在的な党内対立を表面化させた(減点)上、その対立を解消させることもできない(減点)まま、掲げた方針を撤回したのである(減点)。これらの「減点」は現実には「獲得票の減少」という形で現れるだろう。
近々では6月に行われる東京都議選で、ただでさえ「小池への擦り寄り」と評判の悪い都議会民進党(自称:東京改革議員団)が大敗北を喫すると予想される。すでに内部では「5議席取れれば御の字」「1、2議席の可能性もある」と話されているが、ケン先生も自らの政治的良心に従って協力も投票も拒否を表明している。

「原発ゼロ」の方針は、いくつかの労働組合や業界団体と決して相容れない以上、「二者択一」「損切り」の判断が要求されるのは避けられない。この場合、イデオロギーを抜きにして、リアル・ポリティクス重視で考えるならば、「原発票」と「脱原発票」のどちらが多いかという判断になる。単純に全国平均の票数で考えた場合、民進党を支持する原発票(電力、電機系労組)は小選挙区あたり2千票前後だろう。もちろんこの数字は地域によって差があることは確かだが、ここでは省く。これに対して、民進党が「原発ゼロ」を掲げることで新たに獲得する票が2千を上回るかどうか、あるいは「原発ゼロ」放棄することで失う票が2千を上回るかどうか、が今回の判断基準になる。
他の要素としては、核推進労組による献金(パーティー券の購入)や選挙支援要員(ポスター貼り、電話がけ)もあるが、これも恩恵を受けているのは原発推進を明言している者だけなので、一般化することはできない。

だが、そもそも核推進論者は基本的に自民党に投票しているはずで、民進党内に核推進派がいるのは「野党第一党を拘束することで、自民党・霞ヶ関の核政策を円滑に進める」ために過ぎない。現実に、民進党が「原発ゼロ」を掲げられないことで、原発反対派の票は少数党に細かく分散してしまっている。つまり、連合の戦略は、野党第一党の足を引っ張ることで、政府の核政策を支援するというものだと考えられる。

結果的に民進党蓮舫執行部は、不採算部門の処理ができないまま、再建を図ろうとしている東芝のようになりつつある。中途半端に「2030年原発ゼロ」を掲げたことで、脱原発派の期待を裏切って失望に変えてしまった上、連合に屈したことで労働組合に否定的な層からも愛想をつかされた格好になっている。同時に連合からすれば、民進党は「潜在的反逆者」ということになり、今後はさらに政治統制を強化しようという話になるだろう。

もともと民進党には何の展望も無かったが、今回の件で挽回する(主導権を取り戻す)機会すら失われたのである。
また、連合は連合で一部の業界組合が自己利益の追求で暴走した挙げ句、完全に「業界団体の手先」と化してしまっており、労働団体としての機能を自ら否定してしまっている。連中は「全労働者の代表」を僭称しているが、現実には6千万人の内の6百万人を代弁しているに過ぎず、その中でも不和を生じさせている。連合は連合で、もはや自民党支持に舵を切って、しかも殆ど見向きもされないという選択肢に、自分を追いやりつつある。

どこまでも「バカばっか」である。
posted by ケン at 12:06| Comment(0) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月02日

FBやらずば殺られなかった?

【フェイスブックが命取りか=工作員が利用の可能性−正男氏暗殺】
 マレーシアで暗殺された金正男氏について、フェイスブックを利用していたため、北朝鮮の工作機関に居場所を突き止められた可能性があるとの見方が浮上している。英BBC放送やデーリー・メール紙などによると、正男氏は死亡時に所持していた旅券の名義と同じキム・チョルという名前でフェイスブックに登録。ホテルやカジノのそばに立つ自らの写真などを投稿していた。また、ジュネーブのインターナショナルスクールに通った経験があり、マカオ在住と記載。好きな歌手として五木ひろしさんを挙げていた。韓国の元情報当局高官は北朝鮮専門ニュースサイト「NKニューズ」に対し、「殺害の恐れがあった人物とは思えないほど隙のある行為。油断が死につながったのかもしれない」と指摘している。
(2月17日、時事通信)

まさに「キジも鳴かずば撃たれまい」を地で行く話。
画像や地図の検索精度が格段に上がったことで、いつ誰がどこで何をしているのか、わざわざ「ビッグ・ブラザー」を使わずとも、普通にSNSをチェックしていれば分かるようになっている。それだけに、稀にならともかく、「どこで何を食べた」とか「子どもと何をした」などという写真をネットにアップするのは、虚栄心を満たすだけで自分や家族の安全を犠牲にしていることに留意すべきだろう。
正男氏については、以前より治安関係者から「リスク管理が甘すぎる」と指摘されており、同時に北朝鮮当局などから暗殺の対象にされているという噂も流れていただけに、ハナから「カモネギ」の状態にあった。ただ、中国国内で暗殺すると、中共のメンツが潰れてしまうだけに、外交関係的に影響の小さい外国を狙っていたものと思われる。

本件に限らず、IT時代は利便性とプライバシーがトレードオフの関係になっている。伊藤計画的に言うならば、ある自由は他の自由を犠牲にすることで成り立っている。ネット通販で欲しいものを買うのは非常に容易かつ便利だが、趣味や消費傾向、あるいは住所や銀行口座、カード番号などが知られてしまい、あまつさえ「ビッグデータ」などとされて勝手に資本や国家に利用されてしまう。逆にネット時代にプレイバシーを守ろうとするなら、ネットに一切アクセスせず、監視カメラの視界外を歩かなければならない。
現実には個々人がバランスを考えながら取捨選択してゆくのだろうが、「水は低きに流れる」で、どうしても利便性に流れやすい。結果、人間は利便性の快楽に包まれつつ、急速に自由を失いつつある。

文学的に言うならば、正男氏は仮想空間に生を求めた結果、物理空間で抹消されたのである。
posted by ケン at 12:33| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする