2019年04月01日

立民がまたもヘイト候補

まだ報道ベースには出ていないようだが、比例候補でヤメ検弁護士としてテレビに出ている落合氏が嫌韓感情丸出しなヘイトスピーチをツイッターで繰り返していただけでなく、過去にも他者に対する不快な暴力的言動を繰り返していたことが判明した。当人は「評論家的言動」であって、本意では無いとして一方的に謝罪して、当該ツイートを削除したが、魚拓がとられて出回っている。

TIさんには恐縮だが、これは秘書の問題では無い。
こんなものは調べればすぐに分かることで、私の場合はせいぜい「他の秘書より早く、深く探せる」程度の話でしかない。芸能人のツイートなど、見ればすぐに分かることだし、落合氏の場合は直近のツイートでもあるから、一目で十分なはずだった。

つまり、落合氏について、福山幹事長や長妻選対委員長は全く調べもせずに候補にしていたことのだろう。そして、調査すら命じなかったということだ。落合氏については、「幹事長の一存」という話もあり、個人的なツテで候補にしてもらったのかもしれない。
両事務所とも、秘書の人員は一年生議員レベルで(国会事務所に一人か二人)、とうてい野党第一党の大幹部を担うような態勢にない。また、立憲民主党の本部は「次で無くなるかもしれない」との認識から最低限の人数しか置いておらず、幹事長や選対委員長を支えるだけの十分な党職員もいない。
そして、この両者とも他者と相談するような人間ではなく、非常に独善的であるため、秘書や職員と相談するようなこともないため、こうしたつまらないミスが連発するものと思われる。この点でも、立民は自民党どころか旧民主党にすら及ばない組織(人的水準を含め)となっている。

この落合氏の場合、もともとは自民党からの出馬を希望して、内部選考で落ちているくらいなのだから、そもそも「自民党からお断りされた物件」なのである。それを拾って候補者に据えるのが立民であり、当選して民進からあぶれたものを掬い上げているのが自民党であることを考えれば、その戦力差は戦えば戦うほど拡大するのは明らかだ。

旧民主党も「自民党の二軍」と言われていたが、現在の立民の候補者や議員の中にも「自民党の公募に落ちた」人間が少なからずおり、そんな人物でも擁立しなければ「数が足りない」というのが実情だ。
この辺は私が永田町を去った副次的な要因と言える。

ネット上では「そうは言っても、投票先は立民しか無いじゃないか」という言説も稀に見られるが、なぜヘイトスピーチが見られないNK党や社民党ではダメなのか、彼らの主張は全く理解できない。「勝てそうなところを応援する」というゲーム的発想が、立民のような理念の無いキメラ(でも失敗作)のような政党をのさばらしているのだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(8) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月31日

EU離脱協定案で瓦解する英国の議会制民主主義

【「裏切るな」怒る英市民 EU離脱協定案、3回目の否決】
 英国が欧州連合(EU)から抜ける条件を定める協定案が29日、英議会下院で三たび、否決された。当初、同日午後11時(日本時間30日午前8時)に離脱するはずだった。離脱支持の市民は「約束が違う」と怒る。英政府・議会は、あと10日余りで英国が向かう道の最終決断を迫られる。
 下院は29日の採決で、メイ氏がEUと合意した離脱協定案を賛成286、反対344で否決した。58票差となり、1回目(1月15日)の230票差、2回目(3月12日)の149票差より負け幅は縮まった。
 今回、将来の通商関係の大枠を示す「政治宣言」を対象から外し、離脱後の移行期間などを定めた協定案に絞って採決。メイ氏は「可決されれば辞任する」と退路を断ち、反発する勢力の支持を得ようとした。それでも可決できなかった。協定案にある北アイルランドの国境管理の規定への反発のほか、EUとの合意なしの離脱でもいいという勢力が動かなかった。
 英国会議事堂周辺は29日、離脱を実現できない政治に、怒りと不満をぶつける人であふれかえった。「民意を尊重しろ」「裏切るな」などと書かれたプラカードを掲げた参加者が英国各地から集まった。
(3月31日、朝日新聞)

もう一つの問題は、国民投票自体の難しさである。「EUを離脱するか、残留するか」という重大な社会的選択を、「イエス、オア、ノー」二択で決めてしまい、しかも超僅差で決定しまったことは、今後の意思決定に重大な禍根を残す恐れがある。具体的には、スコットランドの独立が再燃したり、他のEU諸国でも離脱が加速したりする懸念がある。
国民投票は、デモクラシーを構成する重要な要素かもしれないが、その運用はごく慎重であるべきだと考える。
英国でもエリート不信、2016/06/25)

概ね私が指摘した通りになっている。
イギリスの場合、そもそもEUに加盟するメリットが小さかったにもかかわらず、「バスに乗り遅れるな」的なノリで加盟した結果、過大な供出が求められる一方で、移民やら難民やらを押しつけられ、安価な労働力を使用する資本家はボロ儲けしたが、それ以外の層は圧倒的に赤字超過に陥ってしまった。

本来、EUは「欧州大陸で戦争を起こさない」ためのシステムで、本質的には「独仏同盟」だったはずだが、フランスが衰退する中で、実質的に「ドイツ帝国」と化してしまっている。
また、安全保障面ではアメリカの影響力が大きすぎるNATOへの対抗手段としてEUに価値が求められた。だが、アメリカの権威を利用するイギリスにとってはNATOにさえ入っていれば、EUに入るメリットは無かったはずだが、そこを見誤ってしまった。

こうした問題は本来英国議会で調整されるべき課題だが、議会での調整が不可能になり、議会で主導権を得ようとした保守党のキャメロン氏が国民投票に踏み込んだ結果、完全に収拾が付かなくなってしまった。
今回の離脱案にしても、国民投票に従うなら、否決するのは「主権者に対する離反」になってしまうし、離脱案の内容に不備があるのであれば、議会内で調整すべきものであるはずだが、どちらも不可能になっている実情は、議会制民主主義の破綻を意味している。

もっとも、EUはEUで民主的正統性を持たないEU官僚が財政に絶対的権威を持っており、こちらはこちらでデモクラシーの根源が侵されつつある。東欧に権威主義政権が続々と誕生し、南欧が統治不全に陥りつつある現状は、日本では十分に報道されていないものの、非常に深刻な事態にある。

日本の場合は東欧型の権威主義政治をもって、危機の打開を図ろうとしているわけだが、排外主義の高まり、財政危機、政治的無関心と腐敗の蔓延など、それはそれで困難を抱えている。
英国の問題については、下記の記事で言い尽くしているので、参照して欲しい。

【参考】 英国でもエリート不信
posted by ケン at 10:33| Comment(0) | ロシア、中国、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

映画が1900円に

【TOHOシネマズが鑑賞料金を値上げ 一般1900円に】
 TOHOシネマズが3月18日、映画鑑賞料金の値上げを発表した。アルバイト人件費などの運営コストの増加を理由に、6月1日から料金を改定。TOHOシネマズ名の全国66拠点で、現在1800円の一般鑑賞料が1900円、1100円のファーストデイやレディースデイは1200円に変更される。
 TOHOシネマズは、以下のコメントを発表。「弊社では、デジタル映写機や自動券売機等の導入による運営の効率化を図るとともに、映画をより多くのお客様にお届けし楽しんでいただくために新規出店や鑑賞環境の改善などに努めて参りました。しかしながら、アルバイト人件費を中心とした運営コストの上昇や各種設備投資への負担増により、企業努力だけではこれらの吸収は極めて困難であると判断し、鑑賞料金を改定させていただきます。今後も更なる企業努力により、お客様にご満足いただけるようサービスの向上に努めて参りますので、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」。
 改定後は、現在1800円の一般鑑賞料金が1900円に。1100円のシニア、ファーストデイ、レディースデイ、TOHOシネマズデイは1200円、2200円の夫婦50割引(2人で)は2400円となる。大学・高校・中学・小学生、幼児、レイトショーの料金改定はなく、12月1日の「映画の日」は現行料金の1000円で実施される。
(3月18日、映画.com)

色々なものが少しずつ値上がりしているが、映画1900円は高すぎだろう。日本にいた時はさほど気にならなかったが、海外から帰ってみると強く感じる。
そもそも「アルバイト人件費を中心とした運営コストの上昇」ということだが、時給1000円程度でボーナスも社会保障費も無い人件費が経営を圧迫するだろうか。これが本当だとすれば、そもそも経営に失敗しているとしか思えない。
やはりMX4Dを始め、IMAX、TCX、ATMOSなどの映画そのものの上映費用ではなく、付加価値を高めるための投資があまりにも高くついていることが大きいのでは無かろうか。これらは個人的には「どうでもいい」ものであり、そのために値上げされるのは、いささか納得がいかない。

この傾向は2000年代前後に日本の家電メーカーが、中国・韓国ブランドと競争するために、価格競争では無く、付加価値を高めることで対応しようとした結果、使われない機能ばかりが増えて、ユーザーからそっぽを向かれ、ほぼ全滅してしまった(残るはパナと日立のみ)故事が思い出される。

今の時代、映画館での上映など止めて、ネット配信だけで良いのではなかろうか。それで価格が半分以下になるのであれば、その方が良いように思える。少なくとも、その選択肢は欲しいところだ。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月28日

「固有の領土」なる概念を放棄せよ!

【教科書明記でも言えない? =北方領土「固有」で政権ちぐはぐ】
 北方領土をめぐる安倍政権の対応のちぐはぐさが際立っている。2020年度から使われる小学校5、6年の社会の教科書全てが北方領土について日本の「固有の領土」と明記。しかし、こうした記述を主導してきた安倍政権は国会答弁などで「固有の領土」との表現を避け続けている。
 文部科学省が26日発表した教科書の検定結果によると、北方領土を「固有の領土」としたのは申請のあった6点全て。このうち3点がこの表現を初めて使った。17年告示の新学習指導要領が「竹島や北方領土、尖閣諸島がわが国の固有の領土であることに触れること」と求めているためだ。
 特に、東京書籍と日本文教出版の計2点は、申請段階で「北方領土の返還問題が残されています」などと記述。いずれも検定で「児童が誤解するおそれのある表現だ」との意見が付き、「日本固有の領土である北方領土の返還問題が残されています」などと修正に応じた。
 にもかかわらず、安倍政権は北方領土をめぐる日ロ交渉への影響を懸念し、昨秋ごろから「固有の領土」との表現を封印。27日の参院予算委員会で野党は「あまりに弱腰だ。固有の領土と言ってほしい」と迫ったが、河野太郎外相は「波静かな中で交渉を行わせてほしい」と応じなかった。
 こうした姿勢には「政府は児童を混乱させている」と批判の声が出ている。国民民主党の玉木雄一郎代表は27日の記者会見で「教科書に書いているなら、固有の領土と言うべきだ。今のままでは、領土は1島も返ってこない」と切り捨てた。
(3月28日、時事通信)

そもそも定義が存在しない「固有の領土」などという概念を使い続けているから、こういうことになる。
同時に、「固有の領土」と主張することによって外交交渉を一方的に拒否するため、外交関係も悪化の一途を辿る上、いざ交渉する段になると、今回のように「今まで言ってきたことと違うじゃねぇか!」と国内の反発を買って、交渉の障害をつくることになる。
また、国際的にも存在しない概念で、外務省が英文訳をでっち上げて和製英語で表現しているため、これまた国際社会の嘲笑を買うところとなっている。
何重にも愚かな話であり、この一点だけもってしても、外務省は即刻解体すべきであろう。
そして、政府のデマゴギーを信じた国民からの突き上げに乗っかって「固有の領土」論で政府を攻撃する野党やリベラル派も百害あって一利無い存在である。

外交や領土問題はその時々のパワーバランスや地政状況によって変化してくるものであって、交渉の手を自ら縛るようなことは愚の愚でしかない。

以下、補足。
1874年の日本による台湾出兵と79年の第二次琉球処分によって、日清間の緊張が高まり、清朝では出兵も検討されていたところ、米国のグラント元大統領が仲裁に乗り出して、北京で琉球帰属問題の交渉が持たれた。この時の裁定案は、沖縄本島以北を日本、先島諸島を清が領有するというもので、日本側も了承し合意に至ったものの、調印の直前に清朝内部で反対論が噴出、調印には至らなかった。最終的に琉球の帰属が確定するのは日清戦争を経て下関条約でのことであり、つまり沖縄諸島は1895年まで領土係争地だったことを意味する。明治を知るものであれば、沖縄が「日本固有」たりうるはずがないことは常識だったのである。なお、沖縄で徴兵が開始されたのは1898年、衆議院議員の定数が割り振られたのは1912年のことだった。
和平条件としての沖縄と「固有本土」

7月8日、東郷外相は軽井沢に滞在中の近衛元首相を訪ね、和平交渉の対ソ特使を依頼、内諾を取り付ける。9日には、昭和天皇が鈴木首相にソ連仲介による和平交渉の促進を督促。翌10日夜、最高戦争指導会議構成員会が開催され、「遣ソ使節派遣の件」が決定された。
12日には近衛が宮中に呼ばれ、天皇から直々に対ソ特使の要請がなされた。軍の反発を想定した鈴木首相と木戸内府による画策だった。
近衛はその日のうちに側近とも言える酒井鎬次中将を呼び出し、近衛を交えて数人で和平交渉案を作成した。交渉案は「要綱」と「解説」の二部からなり、前者は天皇に奏上して御璽を受け、後者は木戸の了解を得て印をもらう予定だった。

その和平案の条件は、第一に「国体の護持は絶対にして、一歩も譲らざること」とし、第二は「国土に就いては、なるべく他日の再起に便なることにつとむるも、やむを得ざれば固有本土を以て満足す」であった。
「解説」によれば、「国体の解釈については皇統を確保し天皇政治を行ふを主眼とす」とあり、但し最悪の場合は昭和帝の退位もやむを得ないとしながらも、それでも「自発の形式をと」るとした。
さらに領土について、「固有本土の解釈については、最下限沖縄、小笠原原島、樺太を捨て、千島は南半分を保有する程度とすること」と説明している。

この条件は、つまり天皇制と皇統の存続が認められない限り和平はあり得ず、本土決戦まで覚悟していたことと同時に、沖縄は日本の「固有本土」ではなく、和平条件として「捨て」うる存在であったことを意味している。
連合軍に占領された地域の返還を和平条件に入れることは、当事者の立場に立つならば現実的ではなかったのだろうが、少なくとも意識の上では沖縄は帝国の本土ではなく、あくまでも明治維新後の帝国主義戦争によって獲得した「帝国領外地」の一つに過ぎなかったことを示唆している。だからこそ和平条件の一つにすることができたのだ。
(同上)

そもそも「固有の領土」は日本語にしか存在しない、内向きの論理でしかない。欧州の歴史学で「固有の」と使われるのは、古代史における先住民との関係の場合であって、19世紀や20世紀に一国家が占拠した土地を「固有」とすることはあり得ない。例えば、”native american” という場合、移民や侵略者に対する「先住者の権利」という意味が持たれる。つまり、欧米の歴史学に準じるならば、「固有の」とは明治維新で成立した「日本人」に対するアイヌや琉球人に対してこそ用いられるべきものであり、その意味で成り立ちうるのは「北海道はアイヌの native territoryである」とか「沖縄は琉球人の native landである」といったものでしかない。

世界史を学んだことのある者ならば、少し想像してみれば分かる話だ。例えば、米国人が「ハワイはアメリカ固有の領土だ」、豪州人が「タスマニアはオーストラリア固有の領土だ」などと言おうものなら、ハワイアンやアボリジニが猛反発して非難轟々となるだろう。ロシアや中国に至っては領土の大半がそんなところであり、下手な言い方をすれば自らの支配の正当性に瑕疵を付するだけに終わるだろう。
「固有の領土」は英訳可能か?



posted by ケン at 12:00| Comment(7) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月27日

立民ヘイト候補擁立未遂事件

【立憲新顔の立候補予定者がヘイト投稿 神奈川県議選】
 立憲民主党は、神奈川県議選(29日告示、4月7日投開票)に横浜市戸塚区選挙区(定数3)から同党公認で立候補する予定だった新顔の飯田強(つよし)氏(43)の公認を取り消す方針を固めた。同党県連は「SNS上で過去にヘイトスピーチを繰り広げていたため」としている。
 飯田氏は、過去に繰り返しツイッター上に投稿されていた韓国人などに対する差別的な書き込みについて、朝日新聞の取材に、自身の投稿だと認めた。「面白おかしく投稿すると反応もあって楽しく、本心と違うことも投稿してしまった。党に迷惑をかけ、申し訳ない」と話した。
 飯田氏が県議選立候補に向けて報道各社に提供した経歴によると、会社員などを経て今年2月から立憲民主党衆院議員の事務所で秘書をしていた。党県連幹事長の青柳陽一郎衆院議員は立候補予定者の調査について、取材に「マンパワーもお金もそうないので、プロのようなきちんとしたものにはならない。足りない部分があったことは認めざるを得ない」と述べた。
(3月26日、朝日新聞)

この手の話は大体当事者たちが「黙っていればバレないだろう」と思っているケースが多く、青柳議員の弁明は永田町勤務経験者としてはいかにも苦しい言い訳にしか聞こえない。
と言うのも、私自身が秘書としてこの手の人物調査を担っていたからだ。自分の場合、まず議員に「この人についてちょっと調べておいて」と言われ、まずプロフィールと経歴を調べた後、ネット上での言説を見て、見当たらないときは文書の類いを探すという手順を踏んでいた。
基本的に議員になりたがる人間は、自意識が平均より過剰で、「何か言わないではいられない」自己顕示欲過剰な者が圧倒的多数を占めている。残念ながら、そういう人間でなければ、そもそも自分から立候補しようとは思わず、その傾向は近年ますます強まっている。これも代議制民主主義の限界の一つである。
結果、殆どの場合、また若い人ほどすぐにネット上の言説が確認でき、資料を集め、候補者の適不適について自分なりの評価をつけて、議員に報告することになる。前ボスの場合、自分が「ちょっとどうかな」と思う人だけ私の調査させていたようだが、殆ど「あたり」だったことは、さすがとしか言い様がない。

仮にこうした作業をしていないとすれば、それはそれで何のための幹事長や選対委員長であるのか、問われるだろう。また、この手の人間が「改心」するケースは少なく、仮に改心したとすれば過去の言説を恥じて、そうそう立候補しようとは思わないはずだ。つまり私の見立てでは、「青柳氏は知っていて擁立を試みた」ということになる。

立民は組織拡大のためにかなり怪しげな人物を取り込んでおり、候補者不足もあって、「立候補できるなら誰でも」に近い状態にあると見て良い。
posted by ケン at 12:00| Comment(10) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月26日

中国で「国防軍の夜2」

中国でまさかの「国防軍の夜2」をプレイ。
「国防軍の夜」をプレイして好評だったため、「ぜひ2もプレイしたい」との声が上がったためだ。
「2」は日本の軍閥を率いて十五年戦争を戦う大キャンペーンゲームなのだが、現代中国人は「ゲームはゲーム」と全く頓着しない模様。ただ、ルールが分かりづらく、色々整理できていない作品であるため、私自身も上手く説明できる自信が無く先延ばしにしてきた経緯がある。

一回目、ケン先生はマスター役に徹し、中国人プレイヤー4人でプレイ。
ズルズルと日中戦争を戦い続けるも、皆建艦競争に走っており、大陸進出は全然進まない。
そのため、日米関係もなかなか悪化せず、欧州情勢ばかりが進んで、あっという間にドイツがフランスを陥落させ、インドシナへの進出が可能になる。
「援蒋ライン」の阻止を図るためにインドシナに進出すると、さすがに日米関係が悪化するが、陸海両大臣の辞任でこれを回避、そうこうしているうちに海軍は大和どころか紀伊までつくって「掛かって来い!」状態に。
しかし自らは開戦せず、アメリカに宣戦布告させ、マッカーサーをマリアナで待ち伏せてボコボコにしてしまう。
その後、ソロモン、ギルバート諸島に進出、ギルバート諸島に攻め寄せたニミッツ艦隊を損害を出しつつも撃破したところで、アメリカの戦意が喪失(1D6の6)、ゲーム終了となった。
ある意味では、五十六案(真珠湾奇襲)ではない、伝統的な海軍の対米作戦に従って理想的に展開した形だったわけだが、現実にこれでアメリカが休戦するとは思えない。
しかし、中国人プレイヤーは大盛り上がりで、うるさいほどに騒いでいた。結局、艦隊派のプレイヤーが「保持戦艦最大」の追加1VP分上回って勝利していた。

私は一回マスターしただけで疲れてしまったのだが、「他にもやりたがっている人がいるから」とのことで、私も入ってもう1プレイ。
今度は陸軍がメインとなって、こぞって中国大陸に進出、「独断専行」技能を使って勝手に戦線を広げるものもおり、「長沙さえ取れれば重慶に行ける」というところで、満州がガラ空きになっていたため、ソ連が対日宣戦布告。一度はソ連軍を撃破してウラジオストクを占領するも、繰り返し攻めてくる極東ソ連軍に関東軍が敗北、中国戦線でも損害が重なり、日米関係の悪化で工業力が下がっているため、陸軍部隊の回復が追いつかず、ソ連軍に満州を占領され、本土決戦になってしまう。
本土決戦は艦隊が参加できるため、敗北することは無いのだが、以降、毎回ソ連軍が攻めてくることになるため、「これはもう無理」ということになり、全員で投了した。
欧州情勢のタイミングによっては、日本軍がウラジオストクを抑えていると、ドイツが独ソ戦に勝利してソ連が降伏することもあるのだが、今回は欧州情勢が全く進んでおらず、フランス戦役すら起きていなかったことが災いした。

「1」よりもかなり時間と労力と気力の要るゲームで、ルールがいささか分かりづらく、未整理な点で私的には面白いものの微妙な評価なのだが、中国の皆さん的には「何でこれが同人なんだ?市販されないのか?」と大人気だった。
中国人とマルチゲームをすると、すっごくうるさいデス。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

魯迅先生の墓参

日本語教師会のランチ交流会に出席するが、ちょうどすぐ脇に魯迅先生のお墓があり、墓参することにした。
どこかで行こうとは思っていたし、特に遠いわけでもなかったのだが、普段の行動範囲外だったため、つい失念していた。

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魯迅先生と言えば、やはり「同志小林の死を聞いて」(1933)の一文。
日本と支那との大衆はもとより兄弟である。資産階級は大衆をだまして其の血で界をゑがいた。又ゑがきつつある。
併し無産階級と其の先駆達は血でそれを洗って居る。
同志小林の死は其の実証の一だ。
我々は知って居る。我々は忘れない。
我々は堅く同志小林の血路に沿って前進し握手するのだ。

小林多喜二が特高によって撲殺された際に、魯迅が日本語で書いて中国から送った弔文である。
私は幸いにして公安によって撲殺されることはなかったが、今や同じことが起きてもおかしくない情勢にあり、日中関係も1933年ほどではないにせよ、衝突リスクは高まる一方にある。
それだけに、墓を前にして思うところも多かった。

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墓の周りは公園になっていて、魯迅記念館も併設されているのだが、いかんせん春の日曜日で凄まじい人出だったため、今回は墓参のみにして退散した。
改めて訪問したい。
posted by ケン at 15:25| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする