2018年10月29日

東亜同文書院大学を見学

戦時中、中国を支配するための要員を育成するために設置された東亜同文書院大学の建物が現存していると聞き、見学に訪れた。現在は、上海交通大学の校史博物館(兼愛国主義基地)となっている。
もともとは、南洋公学、上海工業専門学堂だったが、国民党政府の重慶移転に伴い、同学も移転したため、日本政府が接収し、同文書院校舎として使用した。敗戦後、再接収の後、交通大学として再建され、今日に至っている。江沢民の母校でもある。
建物は戦時中よりもさらに古く、一番古いのは1910年代のものまであり、外見だけでも見ごたえがある。

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先に書いた、陸軍第15師団に補充兵として動員された老兵士の中には、同文書院の教員や教授もいたそうで、その大半がインパールで死亡したという。全く他人事ではない。あらためて合掌。
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2018年10月27日

中国で動員されてインドに死した大先輩たち

1943年夏、中支戦線で警戒任務に当たっていた陸軍第15師団(豊橋、後の「祭」)は、ビルマ戦線への転進を命ぜられる。上海からタイに上陸するが、上海で物資集積中に現地居留民から補充兵500人を動員した。
当時上海には10万人以上の日本人が滞在していたが、すでに多くの壮年男子が動員済みだったため、新たに動員した者の中には、40代50代のものも少なくなく、学校教員や大学教授までいたという。
その15師は、バンコクからチェンマイを経て、シャム高原からビルマに入り、警戒任務に当たるはずだったが、かのインパール作戦に急遽参加するところとなり、1000kmの距離を強行軍した後、休む間もなく1944年3月8日に作戦開始となった。
その後は言うまでも無く、師団の半数以上が戦病死(戦死傷ではない)するという大損害を受けて撤退するわけだが、補充兵の場合、もともと年齢でも体力でも劣るものたちだっただけに、大半が亡くなったようだ。

いやはや、明治帝政がある限り、中国にいてもいつ動員されて殺されるか分かったものではない。
が、いまは大先輩方に合掌したい。

【追記】
大先輩方が送られたインパール作戦では、将兵のほぼ全員がマラリアとアメーバ赤痢に罹患したが、前線では「一日に下痢80回未満」は「戦闘可能」と見なされ、同80回以上でようやく「要休養」が認められたという。現在の学校における部活動や、ブラック企業の勤務環境はすべて旧軍の伝統を継いだものと言える。明治帝政の悪弊はむしろ今日に至って、悪化していると言えそうだ。全く先輩方に合わせる顔もない。
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2018年10月26日

150年前を見て政治する日本の権力者

【政府が明治維新150年を祝う式典 天皇陛下は出席せず】
 明治維新150年を祝う政府の記念式典が23日、東京・永田町の憲政記念館で開かれた。10月23日は元号が慶応から明治に改められた日にあたり、与野党の国会議員や各界の代表者ら約350人が出席した。
 安倍晋三首相は式辞で「明治の人々が勇気と英断、たゆまぬ努力、奮闘によって、世界に向けて大きく胸を開き、新しい時代の扉を開けた」と強調。そのうえで「若い世代の方々にはこの機会に、我が国の近代化に向けて生じた出来事に触れ、光と影、様々な側面を貴重な経験として学びとって欲しい」と述べた。
 佐藤栄作内閣のもとで開かれた明治100年式典の際は、昭和天皇と香淳皇后が出席したが、今回天皇、皇后両陛下は出席しなかった。宮内庁は「政府からお声がけがなかった」(西村泰彦次長)としている。共産党は「明治150年の前半は侵略戦争と植民地支配に向かった負の歴史。丸ごと祝い、肯定するような行事には参加できない」(小池晃書記局長)として欠席した。
(10月23日、朝日新聞)


欠席したのはNK党と社民党、それに「招待されていない」今上帝ということらしい。
つまり、その他の連中は明治帝政の礼賛者ということであり、現行の昭和帝政が明治帝政の後継であることを認め、反省も総括もないまま、明治期に郷愁を覚える連中であることを示している。こんな連中が政治をやっているのだから、自民だろうが立憲だろうが、「同じ穴のムジナ」だということである。

重要なのは、明治帝政がなぜ国内で秘密警察を使った政治弾圧を行いつつ、全世界に数千万人以上の犠牲者を出すような侵略と戦争を行い、かつ300万人以上の自国民を死に追いやって、国土を荒廃させたのか、そして日本の近代化の手法の是非を問うことである。
にもかかわらず、この連中は「明治帝政が日本をアジアに先駆けて近代化させた」と称賛するばかり。これでは、悪しき伝統と体制を残すばかりであり、何一つとして前向き・未来志向の議論がない。
やはり明治帝政に郷愁を覚えるような昭和帝政は全否定する他ないのかもしれない。

興味深いのは、政府が今上帝に出席を求めなかったことである。いくつかの解釈が考えられるが、「出席を求めて断られたら、祝典の権威が落ちる」「リベラルな平成帝はすでに用済みであり出席無用」あたりの可能性が高そうだ。恐らくは内々に出席の可否を伺ったところ、色よい返事がもらえなかったので、正式な要請を出さなかったのだろう。
この辺りも、いかにも安倍政権が「玉(ギョク)の替えなどどうにでもなる」と豪語した勤王志士の末裔であることを想像させるに難くない。

「夢は寝てから見ろ」と言いたいところだが、もはや過去の栄光にすがることしかできなくなっていることの証左と思えば、哀れな連中でもある。

【追記】
中国のエリート間には意外と「明治維新は日本の近代化の象徴ではないか、なぜ批判するのかわからない」という声があり、興味深い。いかに反日教育を受けても、そこはエリートらしい「良い子ちゃん」が多いようで、「侵略戦争を行ったのは昭和の軍人で、明治維新とは無関係」くらいに考えているフシがある。いわゆる司馬史観もこれと同じだが、近年の歴史研究はこれをほぼ全否定、遅くとも日清戦争期には拡張主義、植民地支配の明確な侵略意図を有していたことが判明している。本ブログでは何度も述べているが、アジア太平洋戦争・十五年戦争は決して「軍閥が勝手に始めた戦争」などではあり得ないし、日露戦争も「自国を守るためにやむを得ず立ち上がった戦争」などではないのである。
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2018年10月24日

プーチン提案を拒否した代償は?

【<露大統領>「今後も領土問題話し合う」 日露平和条約巡り】
 プーチン露大統領は18日、9月に安倍晋三首相に提案した年内の日露平和条約締結について「問題を棚上げにしたり、拒否したりするのではない。今後も領土問題を話し合っていく」と述べた。提案を受けた安倍首相が「今の日本では受け入れがたい」と拒否したことも明かした。ロシア南部ソチでの会合で語った。
 プーチン氏はロシアが1960年代から中国と交渉してきた過程で善隣友好条約を結び、その後、国境の画定で合意に達した経緯に触れ「我々は信頼できる環境を作ってから、(領土)問題を解決した」と言明。日本に対しても領土問題解決に先立ち、2国間の信頼醸成を求めていく考えを繰り返した。
 プーチン氏によると、平和条約締結の提案を受けた後、安倍首相は「領土に関する原則的な問題を解決してから、平和条約を話し合う」との立場を伝えてきたという。プーチン氏はこの返答について「我々は70年間も足踏みをしており、終わりを見渡せない」と批判的な考えをにじませた。安倍政権は11〜12月に開かれる国際会議を利用し、最大2回の日露首脳会談を開きたい意向だが、双方の隔たりを改めて示した格好だ。
(10月19日、毎日新聞)


プーチン大統領の提案を拒否するのは良いが、では他に何か手があるのかと言えば何もなく、従前どおり「四島の日本貴族を決めてから平和条約」を主張するのであれば、交渉は完全にストップするだろう。
何度も述べているが、日露関係は、国内世論を抑えるだけの権威を持つプーチン氏と安倍氏がトップに居る間にしか打開できないと考えられる。それだけに、安易に拒否してしまったのは惜しい。

ケン先生的には、択捉と国後の共同利用、開発や漁業権に関する大まかな合意だけ行った上で、「領土問題は後回し」にするのが「相場」だろうと思われる。現状は、対露関係の改善こそが優先すべきであり、中米に挟まれて首が回らなくなる状況こそ回避すべき課題だからだ。ロシアとの敵対関係は早急に終わらせる必要があり、安倍総理もそこは十二分に理解していると思われるのだが、安倍氏の権威をもってすら打開できないほど、「日米マフィア」が強いことを想像させる。

もっとも、プーチン氏もいきなりそんな提案をすれば、反発の方が強いことは想像できなかったのだろうかと思わなくもない。もっとも、彼的には「何をグダグダやっているんだ!総裁選に三選した今やらなければ、間もなくレームダック化するだろうに」という判断があったのかもしれない。
現状では安倍氏の規定を変えての四選はさすがに困難と見られ、さらに自民党が単独で改憲案を出した場合、政権内の合意が難しくなって来年中の改憲は失敗に終わる可能性が高い。さらに参院選で消費税を争点にされて自民党が敗北した場合なども考えられ、安倍総理はレームダック化する可能性がそれなりに高い(現状では3割から4割くらいか)。だからこそ、プーチン氏もせっついているのではなかろうか。

これらを安倍氏やプーチン氏の責任にするのは安直である。
ロシアからの満韓交換の提案を蹴って、満州の権益を求めて開戦を選択、奇襲攻撃をかけた明治帝政の末裔は、身の程を知るべきであろう。強欲は己を滅ぼすのみである。

【参考】
日露開戦の代償−開戦経緯を再検証する


posted by ケン at 12:00| Comment(7) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月22日

アベシはただの内弁慶?

【閣僚、靖国参拝ゼロ=安倍首相訪中を考慮か―秋季例大祭】
 靖国神社(東京・九段北)の秋季例大祭が20日まで4日間開催され、安倍晋三首相と全閣僚はこの間の参拝を見送った。首相は25日から中国を訪問し、習近平国家主席との首脳会談に臨む。日中関係改善の流れを加速させたい首相の意向が考慮されたとみられる。
 靖国神社には東条英機元首相らA級戦犯が合祀(ごうし)され、首相や閣僚が参拝すれば日中関係への影響は避けられない。首相は2012年12月の第2次内閣発足以降、13年12月に参拝した後、参拝を見合わせている。春と秋の例大祭では祭具の真榊(まさかき)を奉納するにとどめ、今回も同じ対応だった。
 安倍内閣の閣僚では17年の春季例大祭での高市早苗総務相(当時)の参拝を最後に、春と秋の例大祭や終戦記念日の参拝は確認されていない。閣僚以外の政府要人では今回、左藤章内閣府副大臣や衛藤晟一首相補佐官らが参拝した。
(10月20日、時事通信)

何だか狡い、セコい話だなぁ。
内向きには、内閣総理大臣名で奉納して、支配下にあるマスゴミに「私人として奉納」などと報道させておきながら、対外的には「参拝しない」という形をとる。ポツダム宣言、あるいはサンフランシスコ講和条約に違反するだけの度胸もないクセに、国内の右翼向けには一定のポーズをとるスタンス。

政治家とはそういうものだとも言えるし、微妙なさじ加減とも言えるかもしれないが、どこまでも狡いとしか思えない。信念があるなら、憲法改正と同時にA級戦犯の名誉回復(恩赦と国会決議で)をやればよいのに、そんな提案もしない。

リベラル派は目の敵にしているが、安倍氏などどれほどのものでも無い、ただの機会主義者である。より恐ろしいのは、それを支持する連中(民意)の方かもしれない。
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2018年10月20日

連合、今さら教員過剰労働を指摘

【過労死ライン超えの教員、公立校で半数 仕事持ち帰りも】
 連合は18日、公立学校教員を対象に緊急調査を実施した結果、半数が過労死ラインとされる週60時間以上の勤務を超えていたと発表した。「時間内に仕事が処理しきれないか」という質問には8割以上が「とてもそう思う」または「まあそう思う」と答え、20代と30代では9割以上に上った。
 調査は9月、公立学校教員1千人を対象にインターネット上で行われた。それによると、1週間の平均勤務時間は平日で約56時間、休日で約6時間で計約62時間だった。約6割の教員が管理職から「早く退勤するように」言われた経験があったが、このうち約7割は「仕事の量を減らしてから言ってほしい」と考え、4割以上が「持ち帰り仕事が増え、総労働時間は変わらない」と回答した。
(10月18日、朝日新聞)


何をいまさら!
本ブログでは、教員の過剰労働問題について2007年には取り上げている(教員の質が低下するわけ)。ブログを移転させた際に古い記事の一部が消失してしまい、確認が不十分だが、10年前から指摘していたことは間違いなく、その基礎資料はNK党系の全教の調査を参考にしていた。
ケン先生は、10年ほど連合系の野党で議員秘書を努め、連合系の教員組合とも浅からぬ接点があったものの、予算獲得や平和運動などで相談や陳情を受けたことはあっても、労働問題に関する陳情を受けたことは記憶にない。
こうした政治運動や既得権の保護に注力した教員組合、あるいはナショナルセンター「連合」のスタンスが、さらなる労働環境の悪化をもたらしたことは、想像に難くない。
結果、まともな教員から脱落、離職している上、教員志望者はますます減少、その質的低下は凄まじいものになっているという。

秘書だったおりには、とある自治体公務員からそこのJ治労が労働時間や職場環境の改善に全く取り組まない旨の愚痴を聞かされたことがあるが、労働組合が組合として機能せず、本来業務外の運動にばかり注力している現状は、政府や政党ばかりでなく、社会のすみずみにまで腐敗が及んでいることを示している。
既得権を守ることしか考えていない、労働人口の10%程度のエリート労働者しか組織していないナショナルセンターなど、害悪でしか無い。
posted by ケン at 12:00| Comment(6) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月18日

赴任一ヶ月での教育的感慨

国慶節休暇があったので、実質的に授業を始めて一ヶ月になる。
おおむね生活に慣れ、大学の授業もまだまだ試行錯誤の段階ではあるものの、大体の流れは把握した感じ。

いかんせん初年度である上、15年ぶりの教員業と初めての中国にあって、「何とかこなしてる」というところ。
授業自体は週に3日、7コマ=14時間ではあるが(後期は少し減るらしい)、語学にもかかわらず一クラスに30人もいるため、授業が終われば宿題や課題の山が待ち受けている。二クラス分の宿題があると、60人分になるだけに、思わず呆然としてしまう。
そのため、平日の授業がない日は、午前中は宿題のチェックで終わり(終われば十分なくらい)、午後は次の授業の準備に費やされる。初年度なので、講義ノートを一からつくらないとならないため、下手すると夕食を食べた後も続けることになる。
一ヶ月経て、ようやく効率化に取り組めそうな感じだが、一方で「これじゃダメだ」と思うところもあって、軌道修正の課題もある。まぁ一年目はロシアでも非常に苦労したから、こんなものだが、ロシアでは生徒は十人程度だったので、そこは楽なものだった。名前もすぐに覚えられたし。

学生の方は、かなり日本化が進んでいる印象だ。
私の場合、90年代に大学の学部を、00年代に大学院を出ているわけだが、中国人学生といえば、90年代のそれはアルバイトと学業に全力を費やし、「一体この人たちはいつ寝ているのだろうか?」くらいのイメージだった。戦国大名で言えば、島津とか上杉級である。00年代はさすがに余裕が出てきたように思えたが、それでも日本人から見れば、よほど勤勉で真面目だった。
これに対して、今の私が見ている学生は、概ね我々世代の学生と同じで、「言われたことはやるけど、卒業できれば十分」くらいのレベルになっている。授業中の居眠りもスマホも普通になっている。中学高校ではないので、それを咎めるようなことはしないが、この世代が社会の中枢を担う20年後、30年後にはもはや中国は脅威では無いと言えそうだ。これが確認できただけでも十分と言える。

もっとも、中国人に言わせると、「大都会で金持ちの子弟が多いから」「地方の学生はまだまだ真面目」とのことだが、そこは良くわからない。少なくとも日本語検定の結果などを見る限り、「地方の方が優秀」と言えるだけのデータは見当たらない。まぁこの辺も日本と同じなのかもしれない。

また日本と異なる点は、必ずしも日本語科を希望して入ってきた学生ばかりではなく、むしろ他学科を希望して選に漏れ、当局の差配で「日本語科で良ければ入学させてやる」ということで入学してきた者が少なくない、という点だ。私の見たところ、半分前後はそうした学生なので、どうしても士気が低い。「であれば、定員を減らせよ」と思うのだが・・・・・・

まぁ、それでも我々世代のロシア語科学生のロシア語水準よりは高いかもしれないが、まずはこんなところか。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 教育日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする