2017年06月20日

ロシア人の安保観を代弁する・中

前回の続き)
そして、一次大戦の延長上に、日本では「シベリア出兵」として知られる「極東介入戦争」がある。1917年の二月革命と十月革命によってロマノフ朝は瓦解し、ボリシェヴィキ政権が樹立する。ロシアの大戦からの脱落と東部戦線の崩壊を恐れた連合国は、ボリシェヴィキ政権を打倒すべく、軍事介入を決断する。日本は日本で、朝鮮と満州の利権を確立しつつ、シベリアに影響力を拡大、さらにロシアとの緩衝地帯を設けるべく、シベリアに傀儡政権を打ち立てることを視野に、宣戦布告無しでシベリアに侵攻した。日露戦争で排除しきれなかったロシアの軍事的脅威を完全に排除する目途もあった。
日本では学校でまともに教わることも無く、しかも「出兵」などとされているが、ロシア人的には全く言われ無き侵略であり、その死傷者は民間人を含めて50万人以上に上った。
ロシア人エリート的には、日本の国家イメージは「話し合いの通じない、いつ襲いかかってくるか分からない、鋭利な刃物を持った狂人」でしかない。これを理解せずに、日本固有のイメージで「ロシア人は凶暴で何を考えているか分からない」などと考えていると、日露関係に関わる時に大きな誤解が生じることになる。
また、極東以外でも内戦、介入戦争は1922年まで続き、連合国は白衛軍(反ボリシェヴィキ)を支援し続けた。このことは、現在でも民主化勢力を支援し続ける米欧列強に通じる。

極めつけは第二次世界大戦である。一次大戦後、ドイツはヴェルサイユ条約で過重な賠償金と軍備制限を課されたが、外交的に孤立していたソ連とラパロ条約を締結、蜜月時代に入る。両国はともに苦しい状況下にあって、ソ連は天然資源やドイツ軍用の実験場と訓練地を提供、ドイツは各種技術を提供した。この関係は、反共を掲げるナチズムの台頭によって途絶するものの、欧州情勢の緊迫化に伴い、独ソ不可侵条約となって復活する。ソ連はドイツとの資源貿易を再開するが、これはドイツを英仏と戦わせて双方を疲弊させるためでもあった。
ところが、バトルオブブリテン(英本土航空戦)で敗退すると、ヒトラーは「ソ連に背後を突かれる前にやってしまえ」との判断に傾き、バルバロッサ作戦(対ソ戦)を発令する。スターリンの下には、ドイツの対ソ開戦を示唆する様々な情報が集まるが、全て欺瞞情報として退け、逆に前線の軍事行動を制限して挑発行為を戒める有様だった。その結果、それだけが理由では無いものの、赤軍は緒戦で大敗北を喫し、レニングラードは包囲され、モスクワの郊外まで攻め立てられ、南はクリミア、コーカサス山地まで攻め込まれた。ソ連側の死者数は少なくとも2千万人以上に達した。

戦後、あるいはソ連崩壊後に資料が公開されて、「ソ連による先制攻撃計画があった」という話も流布されたが、どれも裏付けは弱く、せいぜいのところ「構想はあった」程度のものだった。つまり、ロシア人的には、今回も意味不明な理由で侵略を受け、数千万人が家を失い、国家滅亡の危機にさらされたとのイメージを強くした。
ソ連にとって二次大戦後の東側のブロック化は、「ナチズムに替わる反革命勢力による再侵攻」に備えるために必要不可欠の「緩衝地帯」「前進防御」だったが、それは一次大戦で一度は破綻したはずのドイツによって、ソ連が崩壊寸前にまで追い込まれた反省に基づいていた。

ところが、東欧諸国を陣営化して西側連合国との防衛線にするという構想は、「ベルリンの壁」崩壊によって瓦解する。
歴史に言う「ベルリンの壁崩壊」は1989年11月9日に起きるが、ドイツ社会主義統一党(SED)の独裁政権が同時に倒壊したわけではなかった。まず89年10月にホーネッカー書記長が辞任、改革派のモドロウ政権が樹立して、民主化と憲法改定を行い、一党独裁規定を削除した後、1990年3月18日に東ドイツ国内における最初で最後の自由選挙が行われた。ここでキリスト教民主同盟を中心とする保守系三派連合が多数を確保してデメジエール政権を樹立、西ドイツとの統一の方針が確認された。最終的には90年10月3日、東ドイツが西ドイツに吸収される形で統一が果たされた。

その際に最大の問題となったのは東ドイツに駐留する34万人(38万という数字もあり、さらに他に家族や軍属が20万人)からのソ連軍の扱いと統一後のドイツのNATO加盟問題だった。何と言ってもソ連の駐兵権は第二次世界大戦の戦勝によって得られた正当な権利であり、東独を吸収することはソ連の駐兵権を引き継ぐことをも意味していただけに、西ドイツにとっては重大な問題だった。
この件について、当時のコール西独首相とゲンシャー外相は、ブッシュ米大統領とベーカー国務長官と調整、「統一ドイツはNATOに帰属する、しかし東ドイツ領域はNATO管轄領域としない」ことで合意された。しかし、ドイツ国内には中立化論が根強く存在しており、他方でアメリカや近隣諸国は「ドイツ再軍備」を危惧して「NATOの拡大」を支持する向きが強かった。他方、ソ連ではドイツ統一そのものに反対するものが多かったようだ。現状を見る限り、現在ロシアが置かれている苦境の大半はドイツ統一を許したことに起因していることを考えれば、ロシア・エリートが欧州をどう見ているか想像できよう。

そして、90年2月9日、ベーカーはゴルバチョフと会見して、「統一ドイツがNATOから離脱するのと、統一ドイツはNATOに残るが、NATO現状から1インチたりとも東に入らないのと、どちら良いか?」と尋ねたところ、ゴルバチョフは「NATOの領域拡大は受け入れられない」と回答したという。
これを受けて、2月10日、コールはゴルバチョフに、「NATOは領域を東独まで拡大しない」と確約、ゲンシャーはシュワルナゼ・ソ連外相に「統一ドイツのNATO加盟は複雑な問題を生むが、一つだけ確実なことは、NATOは東に拡大しないということだ」と述べ、東独だけでなく東欧全体に適用されることを前提に「NATOの不拡大は、全般に適用される」と付け加えた。この「保証」を受けてゴルバチョフはドイツ統一とソ連軍の撤収に同意するが、この時に合意文書がつくられなかったことが後の禍根となる。
さらに同年10月、ソ連邦の維持すらも困難をきたし始めたゴルバチョフは、駐独ソ連軍の撤退保証金をドイツ政府に要求、コールは150億マルクの借款と引き替えに「NATOの東ドイツ部分への適用拡大」を要求し、ゴルバチョフはこれを呑んでしまい、これがさらに問題を複雑にしてしまった。

最終的に「ゴルバチョフ・コール合意」は幻となり、完全に反故にされた。1991年12月にソ連が崩壊すると、99年にはチェコ、ハンガリー、ポーランドがNATOに加盟、続いて2004年にはスロバキア、スロベニア、バルト三国、ブルガリア、ルーマニアが、09年にはクロアチア、アルバニアが加盟した。いまやロシアにとって西側との緩衝地帯はベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァだけであり、NATO加盟国のエストニアとは直接国境を接している。あとは、セルビアなどの旧ユーゴ地域の一部が未加盟な程度だ。つい最近モンテネグロのNATO加盟が決まり、ロシア人の警戒心はますます強まっている。
(以下続く)
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2017年06月19日

ロシア人の安保観を代弁する・上

どうやら安倍政権は内々に「第五次日露協商」に向けて舵を切っているが、対米従属の外務省や防衛省が激しく抵抗しており、財界の支持も弱く、必ずしも上手く行っていない。そのアメリカでも、親露派のトランプ氏が大統領になったものの、日本の鳩山政権よろしく激しい攻撃にさらされている。その根底にあるのは「ロシア脅威論」であり、その背景には軍産複合体の利益がある。

実際、プーチン大統領下のロシアでクリミアが併合され、ウクライナ内戦が起こり、極めつけは「デンマークに対する核攻撃脅迫」が行われた(ロシア側は否定)。こうした動きに対し、アメリカではオバマ政権のカーター国防長官が「冷戦時代は終わったが、ロシアを牽制するために核兵器が必要だ」と述べ(2016.9.28)、英メイ政権のファロン国防相は「ロシアに核の先制使用も辞さず」と宣言(2017.4)した。事実、ルーマニアではNATOのミサイル防衛システムが稼働を開始し、ポーランドでもミサイル基地の建設が進められている。これに対し、ロシアは飛び地であるカリーニングラードに長距離ミサイルの配備を進めている。
日本ではあまり報道されていないが、米欧とロシアの緊張度は冷戦以後、最高度に高まっている。米国あるいはNATOの脅威度認定は、1ロシア、2イスラム国、3イランの順で、中国は5位以下でしかない。そうした中で、ドイツのメルケル首相が緊張緩和を志向、アメリカでも対露対話路線のトランプ氏が当選、日本でも安倍政権が協調路線に舵を切っている。

日本の一般的な報道や解説だけ見ていると、「ロシア悪玉論」に誘導される傾向が強い。これは、日本の海外情勢報道や分析が、99%米英の情報源に依拠しているからだ。ロシアに滞在する日本人記者ですら現地の英文報道に基礎を置いているのだから話にならない。
日本の外交官や情報屋は口を揃えて「ロシアの報道は信用に値しない」と言うが、対ソ諜報の基本は「プラウダの裏を読む」ことにあるのはソ連学徒にとって基本中の基本であり、これも話にならない。

いずれにせよ、日本で流布されている視点はあくまでも「軍事的脅威を受ける側」のものであり、「ロシアの脅威」を前提に全てが論じられている。だが、ロシア側の視点に立ってみると、全く異なる風景が見えてくる。これは本ブログの主旨の1つで、「相手側の視点から見て考える」というもの。この視点からロシア人の安保観を大きく見てみたい。
最も重要なのは、ロシア以外の国では圧倒的に「侵略者としてのロシア」としてのイメージが確立しているのに対し、ロシア人は「常に外国の侵略にさらされてきた。そして今もさらされている」という一種の被害者意識を抱えている。これは、ロシア史を学んだものにとっては「常識」だが、欧米視点で世界史を学んだ者からすると「ロシア人の被害妄想」としか考えられない。ここから見てみよう。

近代以降、ロシアは東進政策と南下政策を推し進めたが、同時に欧州等からの侵略にさらされ続けている。まず19世紀初頭、フランス革命以降、ロシアは数次にわたってフランスと戦争を行っていたが、1806年のイエナ会戦でナポレオン軍に敗れ、同07年にティルジット条約を締結して和睦する。その条文には大陸封鎖令への参加が含まれていたが、イギリスに農産物を輸出して工業製品を輸入していたロシア経済はあっという間に行き詰まり、1810年には条約を反故にして対英貿易を再開する。この「大陸封鎖令違反」を理由に開戦したのが、1812年の「ロシア戦役」だった。確かに条約反故の非はロシアにあるのだが、「欧州全国が参加する全面侵略」を受けることは、ロシア人にとって全く想定外のことだった。同戦役によるロシア側の死者は約21万人。

クリミア戦争と露土戦争は、ロシア帝国の拡張主義に依るところが大きかったが、それでも汎スラヴ主義と「イスラムからの解放」という大義名分があった。クリミア戦争は、本来ロシアとオスマントルコ間の紛争だったが、英仏が軍事介入したことで敗北を喫した。もともとロシアは、英仏の外交的仲介を期待していただけに、「トルコ側で参戦」に大きなショックを受けた。

日本人的に全く理解できないのは日露戦争かもしれない。詳細は当該記事を読んで欲しいが、日本では日露戦争開戦は、司馬史観の流布により、「ロシアの伝統的南下政策に対して他に手段無く立ち上がった」なるイメージが定着している。だが近年、特にロシア側の資料が大量に公開されたことで、全く異なる実像が明らかにされた。
もともと日露交渉は、朝鮮支配をめぐる影響力の認定が最大の問題で、最終的にロシアは完全に日本側に譲歩、日本による単独支配を認めた。にもかかわらず、日本側は日英同盟の成立を受けて、要求水準を上げ、当初は交渉対象に無かった南満州の利権やロシア軍の撤退を要求、ロシア側がこれを拒否すると宣戦布告して奇襲をかけた。
ロシア側は「朝鮮問題は解決済み」「満州問題は議題外」と考えていたため、日本が宣戦布告して全面戦争に踏み切るなど全く想定外のことだった。
つまり、日本側とは全く逆で、ロシア人的には「日本人に難癖付けられた挙げ句、いきなり奇襲されて侵略された」というのが日露戦争のイメージなのだ。

・日露開戦の代償−開戦経緯を再検証する

そして第一次世界大戦。ロシアは汎スラヴ主義に従ってバルカン問題に介入、セルビア民族主義を支援していた。これがそもそもの問題の発端ではあったのだが、オーストリア二重帝国とセルビアの緊張が高まり、サラエボ事件で頂点に達すると、オーストリアはセルビアに最後通牒を送付、セルビアは国交断絶で応じたため、宣戦布告した。ロシアは、1909年にオーストリアのボスニア併合を認める代わりにセルビアに独立保証をしていたことから、軍の総動員令を命じた。これに対し、今度はドイツが三国同盟(独墺伊)に基づいてロシアに対して宣戦布告を行い(次いでフランスにも)、第一次世界大戦が勃発した。確かに当時の感覚としては「総動員令=最後通牒」であり、先制を取るために宣戦布告するのはイレギュラーな話ではないのだが、バルカン問題で仲裁に立つべきドイツが真っ先に宣戦布告してきたのは、ロシア人的には「おいこら、ちょっと待てよ!」という気分だった。
確かに、オーストリアは「三国同盟があるからロシアは参戦しない」と楽観視して限定戦争に邁進、ドイツも同様に考えていたが、ロシアは「露仏同盟があるからドイツは参戦しない」と高をくくっていたので、全員の誤算が原因だった。とはいえ、ロシア人の主観的には、バルカン紛争にドイツが介入して一方的に宣戦布告されたという思いを拭いきれなかった。ロシア人の死者は200万人に上った。
以下続く
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2017年06月17日

ボリショイ2017 パリの炎 

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日本初演となる「パリの炎」を観に行く。本来はマリインスキー(キーロフ)の演目であるはずだが、ボリショイが日本で初演してしまって良いのか気になるところではある。まぁラトマンスキー版が制作された時点で「ボリショイのレパートリー」になったと解釈すべきなのだろう。それでも何故いま「パリの炎」なのか、ひょっとしたら当局の指示があったのかもしれない。背景事情を聞けたら面白そうだ。

「パリの炎」はフランス革命賛歌のバレエ劇で、初演は1932年11月7日、つまり「十月革命15周年」を記念して制作された。当時、農業集団化政策によってウクライナで数百万人が餓死する「ホロドモール」が進行していたことを思えば、まさに亀山先生の言う『熱狂とユーフォリア』の祝祭的側面を象徴する演目と言える。

スターリン時代というと、一般的には粛清の嵐が吹き荒れ、人々は絶対的な絶望の中でただひたすら暴風が過ぎ去るのを待つだけの暗黒の時代だったように思われている。だが、現実には粛清の暗黒と同時に、「共産主義社会の建設」に向けた全体主義的な一体感、熱狂、ユーフォリア感覚が同居していた。

『熱狂とユーフォリア―スターリン学のための序章』 亀山郁夫 平凡社(2003)

時期は異なるが、「スパルタク」(ハチャトリアン)もボリショイの演目で革命賛歌だが、音楽的にも舞踏的にもあまり好きでは無かったため、「パリの炎」も「例のソヴィエト・バレエだろ」と「食わず嫌い」状態にあった。だが、縁あってチケットを一枚融通してもらえる機会があり、観てみることにした。日本人には馴染みの無い演目であるが故に、これが最初で最後になってしまうかもしれないからだ。

さて、肝心の舞台。「スパルタクもどき」を想像していたが、あに図らんや全く別物で、確かに革命賛歌ではあるのだが、そこには突き抜けた祝祭感が溢れていて、主催者が言う「圧巻のステージ」は決して誇張では無かった。「まぁここまでやるなら文句の付けようが無い」というくらい徹頭徹尾高揚感に満たされており、その点がスターリン死後の不安定な時期に制作された「スパルタク」との違いなのだろう。
その代わり細かい感情表現などは無きに等しいわけだが、「そんなものはどうでもいい」と思わせるほど、パワーと勢いで2時間を押し切ってしまう。舞台上のダンサーの多さも圧巻で、特に男性ダンサーが広い舞台を所狭しと飛び回るところが、大きな魅力になっている。

今回の場合、革命指導者フィリップ役のラントラートフ氏が、「これでもか」というくらい少女漫画に出てきそうな理想の男性ダンサーを演じている。とにかく線が細く、背もあまり高そうではないのだが、力強い跳躍とリフトアップで完全に観客を魅了していた。逆に、惜しいことにヒロイン・ジャンヌ役のクリサノワ女史が地味に見えて舞台に沈んでいた観があったくらい。
私などは、フィリップ役はもっとマッチョな方が良いのではと思うわけだが(舞踏的には非常に良いのだが、見た目的に)、それでは完全に一人舞台になってしまうし、女性ファンの大半はラントラートフ氏に熱狂していたに違いない。

全般的には、振付の基本はクラシックであるにもかかわらず、舞台としてはダンス、パフォーマンス、パントマイムの要素が強く、クラシック・バレエの舞台としては伝統的でも現代的でも無いという点で非常に中途半端なものになってしまっている。玄人的には「評価するにも値しない」と言いそうなレベルなのだが、舞台パフォーマンスとしては観客を熱くさせるに十分で、非常に満足度の高い演目に仕上がっている。結果、舞踏のプロからすると、「ケッ、あんなの邪道」と陰口を叩きながら、興行的には認めざるを得ないものになっているものと推察される。
実際、私が観た舞台も、ボリショイとしてはあり得ないくらい空席があったものの、観客の熱狂具合と満足度は非常に高かったように見受けられた。

もう一つロシアっぽいところは、劇中劇と言えるヴェルサイユ宮殿における夜会と、そこで演じられるバレエ劇で、シュライネル女史の熱演もあって舞踏的には一つの見せ場になっているのだが、本筋とは本来関係ないにもかかわらず、かなり長い時間が割かれていた。こうした「このシーンは一体何の意味が?」みたいなものの多さは、ロシアの映画や舞台でも一つの特徴と言える。

「パリの炎」は熱い舞台デス。
posted by ケン at 13:00| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

共謀罪成立を受けて

【「共謀罪」法が成立 与党が参院本会議で採決強行】
 犯罪を計画段階から処罰できるようにする「共謀罪」の趣旨を含む改正組織的犯罪処罰法が15日朝、参院本会議で成立した。自民、公明両党が参院法務委員会での審議を打ち切り、15日未明に始まった参院本会議で直接採決する「中間報告」を強行。与党や日本維新の会の賛成多数で可決した。投票総数235票のうち、賛成が165票、反対が70票だった。
共謀罪法案は、犯罪を実行に移した段階から処罰する日本の刑事法の原則を大きく変える内容で、過去3回廃案になった経緯がある。政府は今回、「テロ対策」を強調し、国際組織犯罪防止条約の締結に不可欠だと説明したが、国連の特別報告者が「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」と懸念を表明。民進、共産両党などが廃案を求めていた。
 中間報告は、通常の委員会採決を省く国会法が定める手続き。民進など野党4党は「強行採決以上の強行採決。審議を一方的に打ち切って本会議で採決するのは異常だ」(民進の小川敏夫参院議員会長)と猛反発し、安倍内閣不信任決議案を提出したが、15日未明の衆院本会議で否決。与党はその後の参院本会議で、共謀罪法案を可決した。
 審議時間は衆院の30時間25分に対し、参院では17時間50分。一般人が捜査対象になるかどうかや、捜査機関の判断次第で解釈が拡大される懸念など、多くの疑問や対立点が解消されていなかった。参院本会議での改正組織的犯罪処罰法の採決、成立後、自民党の松山政司参院国会対策委員長は、18日までの通常国会の会期を延長しない考えを記者団に述べた。
(6月15日、朝日新聞)

共謀罪というのはつまるところこういうもの。

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民主党政権なら民主党のための、自公政権なら自公のためのものになるだけ。
国際テロなど組織犯罪を防止するため、政府が5月末までに「共謀罪」を創設する方針を国際機関などに伝達したことが3日、分かった。中国によるサイバー攻撃やアルカーイダなどテロリスト集団の重大犯罪の実行前に、共謀段階で処罰するのが狙い。
(2012年1月4日、産経新聞、野田政権−現民進党幹事長)

野党第一党民進党の野田幹事長は、民主党政権で共謀罪を推進した張本人だった。もともと過去の自民党政権でも検討されていたが、諸々の理由から先送りになり、民主党鳩山政権で一度は凍結されたはずだった。ところが、菅政権で解除され、野田政権で成立させる方針だった。だが、当時の民主党内には少なからず反対派もいて、優先順位的にも後回しにされたため、12年末の消費税自爆解散が先に来た。

今回、安倍政権が共謀罪法案を提出するに至って、民進党は反対する方針を出したものの、党内の半分以上は本音では賛成で、「野党である以上はやむを得ない」という理由による反対だった。それは当然で、自民党議員に「貴方が作ろうとした法案を作ったまでです」と言われれば、ぐうの音も出ないからだ。
これとよく似たことは、盧溝橋事件が起きた際に起きている。積極介入派の武藤章参謀本部作戦課長を説得しに来た石原莞爾は、「閣下が満州事変でやられたことを見習っているまでであります」と言われて沈黙している。

民進党の野田幹事長は、この間、共謀罪について表舞台では殆ど言及することがなく、記者会見などでは、
各種世論調査を見ても、国民は「共謀罪」法案の今国会での成立を求めてはおりません。政府・与党にはあらためて丁寧な審議を求めていきたいと思います。仮に政府・与党が強引に法案の採決を進めるようであれば、あらゆる手段を講じてこれを阻止していきたいと考えています。
(6月12日、民進党本部記者会見)

と微温的なことしか述べていない。事実、「あらゆる手段を講じてこれを阻止」と言いながら、その二日後にはロクな抵抗を見せずに参院通過、成立を許している。
私が耳にしたところでは、衆議院で審議されていた折、森友・加計疑獄で若手中心に組まれた疑惑追及チームが何度も審議拒否を国対に言上したものの、その都度国対から「今はそのタイミングでは無い」と押しとどめられ、どうやら野田幹事長の指示があったものとされている。少なくとも野田氏に抗戦意思が皆無だったことは間違いない。そうでなければ、会期延長にすら持ち込めなかった無策は説明できない。

もっとも、野田氏に限らず、議会外闘争を試みている市民団体(共謀罪の成立により反政府団体に認定される可能性大)が応援演説を要請しても、来るのはNK党の議員ばかりで、民進党からは来ても1人か2人、下手すると主催者や要請を受けた党本部職員が片端から議員事務所に電話して断られまくるという状況にあった。これらは、野田政権時に推進していた共謀罪について、野党になった途端に反対するのが躊躇われたためで、人としては当然の対応だった。むしろある意味では、野田内閣を総括すること無く、堂々と反対できる議員の方が不誠実かもしれない。

つまり、民進党、少なくとも蓮舫執行部はハナから戦う意思などなく、自民党に上手(うわて)を行かれて戦う素振りすら見せられずに「ターン・エンド」にされてしまった格好だった。ゲーム・プレイヤーとしても最低だったと言えよう。むしろ、無数のリベラル系市民に何の根拠も無しに期待させて、利用しようとしながら利用することもできずに終わったのである。

ケン先生は引き続き個人攻撃を避けつつ、共和国と社会主義に邁進します!
posted by ケン at 12:18| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

まずは休日の削減を!

【有休取得3日増、企業に要請へ 休み方改革へ官民会議】
 働く人が年次有給休暇(有休)を取りやすくするため、政府は近く「休み方改革」の官民推進会議を開く。2018年度の有休の取得日数を前年度より3日増やすよう企業に要請し、実際に増えた企業を助成する仕組みも検討する。学校の長期休暇の一部を地域ごとに分散させる「キッズウィーク」と組み合わせ、消費拡大や観光振興につなげる狙いだ。菅義偉官房長官は5日の記者会見で、「大人と子どもが一緒に休むために学校や企業など多方面で共通理解が必要だ」と述べた。
 有休は働く人の疲労回復のための制度。政府は取得率を20年までに70%に引き上げるとの目標を10年に掲げた。しかし、16年調査では48・7%。労働者1人あたり年18・1日が付与されたが、実際に取れたのは8・8日だった。政府は「働き方改革」で掲げる長時間労働の是正には、取得率アップなどの「休み方改革」が必要と判断した。
(6月6日、朝日新聞)

相変わらず現実離れしている。これも何度も説明していることだが、繰り返す。
有給休暇の取得率は、公式統計上、全体平均で50%を切るくらいだが、就労者の7割を占める中小企業に限れば、40%弱でしかない。また、業種別で見た場合、飲食や宿泊などのサービス産業は30%程度でしかないという。さらに言えば、制度上は、パートやアルバイトも有給休暇を取得できるようになっているが、その取得率は20%強と言われ、有名無実化している。

一方、国民の祝日は2000年以降、「みどりの日」から最新の「山の日」に至るまで4日も増えている。祝日が増えた結果、振替休日も増加、公休日が増えて市場の稼働率が大きく低下している。国際的に見て祝日は年間7〜10日程度の国が大半であるところ、日本の17日というのは圧倒的に多い。
日本の年休法は、勤務期間によって10〜20日を最低日数として定めており、平均で18日となっている。これに違反して休暇を与えない使用者は罰せられることになっているが、実際には年休は「労働者の権利」として扱われているため、年休の約50%が行使しないまま放棄されている現状となっている。
これ以外にも、「病気休暇」が設定されているものの、「病休を取ると昇進や昇給に影響が出る」という空気が支配的なことが多く、手続きが面倒な場合もあったりして、実際には年休を取って済ます例が多い。そのため、取得年休のうちの10〜20%(2〜4日)は病気理由によると言われている。そうすると、実質的な年休取得率はわずか30%前後に過ぎない、という話になる。

日本の公休の多さは残業の多さとも関連があると考えられる。個々人が有給休暇を取得する場合は、ある程度は職場の同僚がカバーするだろうが、公休で全職務がストップしてしまうため、平日の作業量が増え、労働効率が悪化、残業が増える構造になっている。特に、海外との取引が急増している今日では、「日本だけ決済が遅れる」というケースが多くなり、外国取引に大きな支障が出ているだけでなく、外国と取引のある企業では休日出勤が常態化する傾向が強い。つまり、公休を増やすことは、グローバル競争力を低下させるだけで、実のところ政府の方針に反する結果しか生まない。
また、観光や各種文化活動が公休日に集中することでも、そのパフォーマンスを低下させている。欧米並みの有休取得率であれば、連休の観光地の超混雑や高価格は避けられ、観光業も飲食業も稼働率を上げることができるはずだ。

この場合、ただ政府が企業に対して有休取得を呼びかけたところで、企業側には何のインセンティブも無いため、「プレミアム・フライデー」同様、惨憺たる結果に終わるだろう。
解決策としては、まず国民の祝日を半分にし、その上で有給休暇そのものを増やしつつ、その取得率が90%以下の企業に対しては懲罰を科す(企業名の公表と罰金と公的調達の禁止)、あるいは余剰休暇の高額での買い上げを強制する仕組みをつくるべきだ。特に被雇用者の4割を占めるに至っているパート・アルバイトの有給休暇については、特段の配慮をなす必要があろう。

ヤクニンどもはマジで「仕事するフリ」を止めて欲しい。

【6月16日、追記】
病休規定は労基法で規定されたものではなく、公共機関、それに準じる機関と労使協議で規定された場合のみ設定されていることを補足しておく。
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2017年06月14日

メランション候補が訴えたもの・続

同志たちとの研究会でフランス大統領選の左派候補二人(社会党アモン氏と「不服従のフランス」のメランション氏)の政策について報告したので、その一端を紹介しておきたい。あくまでも中学、高校でフランス語を学んだだけの語学力なので、訳の精度については全く保証しない。まず今回は、メランション候補。

【メランション氏の経歴】
 Jean-Luc Mélenchon、ジャン=リュク=メランション。1951年、モロッコ生まれ。父は郵便局員、母は学校教員。フランシュ=コンテ大学(ブザンソン)で哲学を学ぶ。高校時代から学生運動に傾倒。卒業後は学校教員を始め、複数の職を転々とする。1977年に社会党に入党、83年にマッシー市議会議員(住民約4万)に当選、86年にはエソンヌ県から元老院(上院)に当選。2000年、ジョスパン内閣で職業教育大臣。党内左派を形成していたが、2008年にドレズらと共に社会党を離党、「左翼党」を結成して共同党首に就任、後に「緑の党」からの離党者も加わる。09年には、共産党などと「左翼戦線」を結成、同年の欧州議会議員選挙では6.48%の得票で5議席を獲得、メランションは南仏区から欧州議会に当選。2012年のフランス大統領選に出馬、第一回投票で約400万票を獲得するも4位に終わる。2017年の大統領選では、「左翼戦線」にエコロジストやLGBT運動を加えた「不服従のフランス」を結成、706万票(得票率19.58%)を獲得するも、同じく4位に終わった。第二回投票では、マクロン氏もルペン氏も支持しないと宣言した。
 余談だが、大統領選前のインタビューで「趣味は?」と問われて「全てを政治に捧げている」と答えていたが、2012年の「GALA」誌のインタビューで「日がな一日恋愛小説書いている時が至福」と述べていたことが「暴露」された(3月10日、パリ・マッチ誌)。どこまでもフランスである。

【メランション氏の政治的スタンス】
 社会党入党当初はミッテランを信奉、その死後はロカールらと党内左派を形成する。経済的にはマルクス主義者、政治的には民主主義者、社会的には自由主義者の側面が強い。欧州連合は新自由主義に冒されているとし、自由貿易とグローバル化は貧困と格差を助長して弱肉強食の社会をつくっていると主張している。政治的には、大統領権限を縮小する一方、国民議会の権限を強化、市民の投票義務を強化しつつ、ランダムで選ばれた市民を議員にする仕組みの創設を訴えている。同時に、富の再分配構造を強化し、労働基本権と福祉政策の拡大を主張している。だが、EU内では富や労働力の移動が容易であるため、金融や高所得層に対する課税強化が困難になっていることと同時に、税や社会保険を上げることも難しく、経済自由主義とグローバル化に引きずられて、一国で社会主義政策を行うことを困難にしているとして、国家主権の侵害と理解している。また、NATO軍が世界全体にとっての脅威になると同時に、フランスの平和外交を阻害するものとして、NATOからの離脱を主張している。

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大統領選挙パンフレット「人民の力」より
序文:私たちの集合知は、もし自分たちが公共善に力を注ぎ続ける限り、必ずやあらゆる困難を克服できるはずです。私たちの共和国のモットーである「自由、平等、博愛」は、私たちの進むべき道を示しています。私たちは、自分たちに対してのみならず、全人類に対し責任を負っています。だからこそ、私にはその覚悟があります。そして、皆さんにもその覚悟があると信じます。

[第六共和政]大統領権限の縮小、議会の強化、直接民主制の部分的導入

[労働者の権利強化]人員削減のための労使協議会に猶予拒否権を付与、経営危機時の配当金の支払いの禁止、様々な労働組合の権限強化

[治安対策]科学警察の強化、警察署の改修促進、対テロ戦争からの撤退、人身売買対策の強化

[経済]金融取引課税、経営陣や株主の法外な報酬の規制、脱税や不法投機対策としての資本移動の監視強化

[雇用]時短の実現による350万人の新規雇用、最低賃金の上昇、USやカナダとの自由貿易協定の拒否、輸入品に対する距離と炭素の課税。

[年金]40年間の年金拠出による60歳からの年金支給の確約、最低保障年金の増額

[ジェンダー]男女間の賃金や昇進差別を禁止する包括的社会契約、男女平等を尊重しない企業に対する罰金と刑事罰、公共調達のアクセス禁止

[住宅]代替地の提示なき立ち退き要求の禁止、ホームレス・ゼロ化、グリーン基準による百万戸の公共住宅の新築

[税金]高額所得者に対する課税強化、金融・不動産・相続課税の強化、居住住宅の非課税枠の拡大、脱税・資本逃避の対策強化

[エネルギー]2050年までに再生可能エネルギー100%を実現。化石燃料関連の補助金の停止。新規のシェールオイル、ガス調査の禁止。核融合炉計画の放棄。

[農業]遺伝子組み換え作物の禁止。有害殺虫剤の禁止。若年者の就農支援強化とCAP(欧州共通農業政策)の見直しにより30万人の新規雇用を実現。家畜を虐待する牧場の営業停止措置。

[欧州問題]EUが要求する公共サービスの民営化の停止。EU離脱のための国民投票の実施。財政赤字がGDPの3%を上回ってならないことを規定するEU協定への不服従。

[平和と独立]国連安保理決議無き軍事介入への不同意。NATOの軍事部門からの離脱。国連指導下における多国間交渉によるイラク、シリアの平和実現。パレスチナの国家承認による中東和平の推進。

[移民]難民を出さないための積極的な平和外交に注力。難民キャンプにおける人間の尊厳の尊重。保護者のいない未成年難民に対する支援強化、家庭生活の保証。

[健康]公立病院のサービス向上。予防医療の充実。農村部や地方における医療アクセスの保障。

[教育]3〜18歳までの義務教育化。給食、通学、文具などの無償化。5年間で6万人の教員雇用。幼稚園、保育園における少人数学級の実現。職業専門学校の充実。

[文化]GDPの1%を文化と創造(芸術)に。音楽、映画、文化コンテンツを合法的に提供するプラットフォームを有するオンライン公共図書館の設立。

[宇宙]火星に向けた惑星間ミッションの推進。月面の永久基地の設立を提案。

[自由権]検閲と監視の無い仮想空間の保証。(被疑者の)広範なフィリングの禁止と「誠実な人」のファイル削除(犯罪容疑者以外のプライバシー情報の収集蓄積の禁止)。個人データ保護と商業利用(ビッグ・データ)の規制。

【ケン先生の評価】
 メランション氏の政策は大統領選挙用のパンフレットを参照した。非常に読みやすく、その主張も分かりやすい一方、財源に大きな不安があり、ポピュリズム的要求の羅列になっている。ただ、「不服従のフランス」は大統領選や欧州議会選挙用の政党連合であり、社会党離党者を中心に緑の党、共産党から急進的農業運動、環境運動、LGBT運動など非常に幅広く連帯している。日本の場合、こうした政党連合は必ず「俺が俺が」となって全く機能せず、票も出ないが、メランション候補は700万票以上も獲得している。日本の市民運動や左翼は、むしろ運動論を学ぶべきかもしれない。同時に、多様な政党連合であるが故の強い独自性が政策にも反映されており、非常に独創的な政策も散見され、勉強になる。個人的には「宇宙」や「自由権」にグッとくるものがあった。また、序文の格調高い名文も「フランス」を感じさせるに十分だろう。
posted by ケン at 12:52| Comment(0) | ロシア、国際関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

日本社会の腐敗構造について・補

「日本社会の腐敗構造について」の補足になる。腐敗を無くすことは不可能としても、その影響を最小限にするためにできることはある。
政官業報の「腐敗テトラゴン」構造を理解すれば、その癒着関係を一つずつ絶ってゆくことが近道であると推定することができる。

最大の問題は選挙制度だ。政治家個人がカネと票を集めなければならない選挙区制度では、政治家が有権者に利益誘導(公共調達、公共事業、公的融資、補助金等)する代償としてカネと票をもらうシステムになっており、投票率の低さも相まって有効に機能している。
法律上は、公職選挙法、収賄罪、あっせん利得罪などがあるものの、殆ど機能していないことを鑑みても、これらの罰則を強化したところでまず効果は無いだろう。
政治家と有権者の個人的癒着を断ち切るためには、党員の事前投票によって党名簿の順位を決める単純比例代表制が望ましい。ただし、この場合でも、企業団体による政党への献金も禁止あるいは制限する必要はあろう。これにより政業の癒着を絶つ。

次に政官の癒着。これは、政権党が行政府の出す法律案を丸呑みする代償として、行政が利益誘導(公共調達、公共事業、公的融資、補助金等)することで成り立っている。立法府に行政監督権がある以上、「どこまでが監視でどこからが利益誘導か」という判断は常に残る。だが、英国のように政治家と官僚の接触を厳しく制限し、その交渉内容を必ず記録して公文書に残すようにすれば、政治側からの要求は全て明白となろう。もちろん公文書管理法や情報公開法の改善は不可欠だ。
これによって政治側からの不当要求を減らせば、逆に政治側は行政側の立法提案を丸呑みする必要は無く、少なくとも「貸し借り」の関係を弱めることはできるだろう。

そして官業。財界は政治家を通じて行政から利益誘導(公共調達、公共事業、公的融資、補助金等)を受ける代償として、官僚に天下りポストを用意する。民主党政権時に、天下り規制を強化したものの、自民党に政権が戻ってほぼ有耶無耶にされてしまったが、このこと自体が「癒着テトラゴン」の存在を示している。
これを抑止するためには、まず省庁に降格制度を設け、全員が定年まで勤め上げられるシステムを構築し、比較的早い段階から年金を受給できるようにする必要がある。この場合、「官優遇」の非難は起きようが、官僚の天下りによって生起される癒着構造が社会に与えているダメージを考えれば、やむを得ない措置だろう。

最後にマスゴミ。日本の大手メディアは、「記者クラブ」「クロスオーナーシップ」「再販制」「電波許可制」などによって政府から得た独占的権利をもって市場を占有しており、これが他社の参入を拒んで権力との一体化をなしている。従って、この4つの特権を廃止し、市場競争を促せば大半の問題は解決されるだろう。民主党政権は、これにメスを入れようとしたため、徹底的に攻撃された。それを考えると、現行システムでの漸進的改革は難しいかもしれない。

【追記】
政党は資本家の走狗であり、その腐敢は極度に達し、外交もまた追従妥協、不甲斐なきこと恰も外交者流は国際女郎の観あり
(橋本欣五郎の手記、陸軍、桜会、昭和5年)
posted by ケン at 13:10| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする