2017年04月15日

塩山紀生先生逝く

【埼玉・三郷団地火災で亡くなった無職男性 人気アニメ「装甲騎兵ボトムズ」のキャラクターデザイナー、塩山紀生さんだった】
 埼玉県三郷市彦成で13日未明に起きた団地火災で、亡くなった無職男性が、アニメ「装甲騎兵ボトムズ」などのキャラクターデザインを手がけた塩山紀生さん(77)だったことが14日、県警吉川署への取材で分かった。同署は家族から確認を取ったとしている。火事は13日深夜、「UR都市機構みさと団地」8階の一室が全焼し、焼け跡から塩山さんと妻の時子さん(85)の遺体が発見された。同署によると、台所の焼け方が激しいといい、出火原因を調べている。塩山さんはアニメ「無敵鋼人ダイターン3」「太陽の牙ダグラム」「装甲騎兵ボトムズ」などのキャラクターデザインや作画監督を担当し、「ボトムズ」の主人公、キリコ・キュービィーなどには現在も根強いファンがいる。平成27年に東京・上野で開催された「メカニックデザイナー大河原邦男展」では、キャラクターデザイナーとしてギャラリートークに出席していた。
(4月14日、産経新聞)


あ〜塩山先生がまさかの焼死!心よりお悔やみ申し上げます。
先生の作画監督デビューは「人造人間キャシャーン」と「勇者ライディーン」。その後も「ザンボット3」「ダイターン3」「ダグラム」「ボトムズ」と、まさに私の青少年期のヲタク生活に不可欠の作品ばかりだったことが思い出されます。いや、実に名作ばかりで、どれもリメイクされる価値があります。
安らかにお眠りください。
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2017年04月14日

センス無い裏切り

【民進、長島氏を除名へ=「都議選控え敵前逃亡」】
 民進党は10日夕の執行役員会で、長島昭久元防衛副大臣の離党届を受理せず、除籍(除名)処分とする方針を決めた。11日の常任幹事会を経て正式決定する。執行部は長島氏が党東京都連幹事長だったことを重視し、「7月の都議選を控えた敵前逃亡であり責任は重大」(幹部)と判断した。昨年3月の民進党結党後、除籍処分となる国会議員は初めて。執行部は長島氏が務めている衆院東京21区の支部長の後任を速やかに選定する方針だ。
(4月10日、時事通信)

どうでもいい話だが、一応コメントしておこう。
政治を担う以上は、離合集散は避けられないし、反逆・裏切りも日常茶飯事、褒められたものではないが、評価は価値観次第なので(政治的良心に従った反逆は許されるか)、否定はしない。だが、この間、民主党・民進党からは櫛の歯が欠けるように1人ずつ離党しているが、これはいただけない。ハッキリ言って、政治的センスの無さを示している。

議会政治におけるパワーポリティクスが「数の勝負」である以上、離党するならある程度まとまって離党しない限り、その価値は最低限度まで下がってしまう。売り込み先が、自民党であれ「ファースト」であれ、議員単独では足下を見られて安く買いたたかれるのがオチだろう。せめて10人くらいはまとまって売り込まなければ、評価されない。評価されないというのは、裏切り先で影響力を保てないことを意味する。松永弾正ほどの才能があれば、誰からも歓迎されるかもしれないが、それは優れた調略能力や外交能力を有していたからだ。

長島氏で言えば、先の代表選に立候補しようとして、13人までは推薦人を集めたというのだから、その13人を引き連れて「ファースト」にでも行けば、いきなり政党要件を満たせるのだから歓迎された可能性が高い。反逆は、やる時には容赦なく徹底的にやるのでなければ、いっそやらない方が良い。マキャベリを読んでいないのだろうか。
同時に裏切りは決定的瞬間に実行してこそ、より大きな効果が得られる。安保法制や共謀罪の採決時に寝返ってこそ意味があるのであって、この時期の離反は単に「嫌になったから」としか見られない。

氏が中途半端に離党した結果、長島氏本人は「一匹狼」となってしまい、民進党内には離党予備軍が残ったまま、野田執行部の求心力は低下、マスゴミにネガティブなイメージを流布され、離党した方もされた方も不幸になっている。思想や政策の違いは明らかなのだから、きちんと協議離婚する方が皆にとって「まだマシ」だったはずだが、それすらも出来ないところに民進党の「先の無さ」があるのかもしれない。
自民党はかなり強力に個別に離党工作を進めているそうなので、関ヶ原戦役よろしく、民進党側が一方的に「調略されまくり」にあるのは確かなのだが。

まぁ個人的に同情するなら、長島氏的には「蓮舫・野田の保守系執行部なのに、どうしてこうなった!?」という思いがあったのだろう。それならばそれで堂々と非を鳴らして党内闘争を仕掛け、敗れて離党した方が格好がついた(説得力があった)であろうに、惜しいところだ。

【追記】
記事とは無関係だが、「民進党はなぜ森友疑獄を追及しきれないのか?」という質問があったので、取りあえずこの場で私の見解を述べておきたい。もともと野田幹事長は、財務省の支援を受けて総理の座を射止めた経緯があり、ゲーム的に言えば、野田氏は「調略済み」なので、攻撃許可を出さない、あるいはサボタージュしているものと見られる。
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2017年04月13日

行き当たりばったりのトランプ政権

【シリア攻撃、米国民の57%が支持…CBS調査】
 米CBSテレビが10日発表した世論調査で、トランプ政権が6日に行ったシリアへの攻撃について、米国民の57%が支持していることがわかった。反対は36%だった。党派別では、共和党支持者の84%が支持。無党派層でも過半数の52%の支持を得た。ただ、民主党支持者の支持は40%にとどまった。また、シリアにおけるさらなる軍事行動について議会の事前承認が必要かどうか尋ねたところ、69%が必要と答えた。共和党支持者でも過半数の53%に上った。トランプ氏の支持率は43%(不支持率49%)で、3月29日発表時の40%(同52%)からやや改善した。34%だった無党派層の支持が42%に上昇したことが主な要因だとしている。今回の攻撃によって支持率上昇の大きな効果は期待できないとの見方が出ている。
(4月11日、読売新聞)

どうにも行き当たりばったり観の強いトランプ政権。今回のミサイル攻撃も、どう見ても脊髄反射であり、それ以上には見えない。いかにも「国内政治が上手くいかないから、ちょっとした火遊びで威信を上げて人気も取ろう」的な思考が見え見えだ。まぁゲーム的と言えばゲーム的だが、およそ戦略的では無い。
もともとトランプ氏は、無人機や誘導ミサイルによる攻撃を推進したオバマ政権と、直接介入を指向したクリントン候補を否定して大統領に当選しており、本来は「ISを打倒した後、中東の覇権から手を引く」という方針だったはずだ。そのISに対して最大の脅威となっているのがアサド政権であり、ロシアとイランはアサド政権を支援してイスラム国を打倒するというスタンスを貫いている。米国防省にとっても、最大の脅威はイスラム国とロシアであり、アサド政権の脅威度などは中国や北朝鮮を下回ってかなり下の方にあった。ISに対して最大の戦力を有するアサド政権を叩いてしまっては、本来「元も子もない」はずだった。また、米ロ関係の悪化により、「ロシアの影響力を使って中東を安定化する」という戦略にも障害が生じている。

「アサド政権による化学兵器の使用」についても、報道写真と衛星写真を見ただけでアサド政権のせいにしてしまっているが、内戦の勝利がほぼ確定している段階にあるアサド側がリスク込みで禁止兵器を使う合理的理由はどこにもない。そもそもシリア政府が持つ化学兵器は、少なくとも公式的には国際監視団の下で廃棄されているはずであり、仮にいまだに保有していることが判明した場合、それこそ国連安保理で非難と武力行使を決議することも可能だったはずで、米国がきちんと証明できるなら、いくらロシアや中国といえども拒否権を行使するのは難しい状況にあった。つまり、アメリカは証明する術を持っていないが故に「やった者勝ち」と判断した可能性が高い。
また、「独裁政権だから何でもやるのは当然」という意見には首肯しかねる。何せ世界で唯一核兵器を実戦使用した上、戦線後方の都市に投下したのは民主国家であるアメリカであり、その米国はベトナム戦争で化学兵器を使用、現在も劣化ウラン弾を使い続けている。逆に中国は朝鮮戦争、ソ連はアフガニスタンでともに化学兵器等の使用を避けている。

そして、アフガニスタンやイラク侵攻に続いて、今回も国連決議を経ずに武力行使してしまったことで、国際秩序そのものがさらに揺らいでいる。今回は単純に「アメリカだから」黙認されただけの話で、仮に「禁止兵器を持っているかもしれない」程度の疑惑で隣国に先制攻撃を仕掛ける国が出てきたとしても、少なくとも公正な反論はできなくなっている。
組織や社会の規模にかかわらず、秩序とは「何となく皆が守っているから、自分からは破りづらい」空気感によって維持されるところが大きい。1930年代には、日本による満州国建設、イタリアによるエチオピア侵攻、ドイツによるヴェルサイユ条約破棄などが積み重なった結果、ヴェルサイユ体制は瓦解したのだ。ユーゴスラヴィア内戦も同じだろう。
米国は自らが「国連が認めない武力行使は認められない」というルールをつくっておきながら、次々と安保理決議を経ない武力行使を行って、自ら秩序の破壊者になってしまっている。「中露が反対すると国連決議は成立しないから、独自攻撃は致し方ない」という意見は、全く歴史を顧みないものだ。

シリア攻撃に戻れば、化学兵器の使用者の話を脇に置くとしても、今回のミサイル攻撃によってアサド政権が「ごめんなさい。僕が悪かったです。もう禁止兵器は使いません」と言うだろうか、いや言わないだろう。少なくともロシアやイランの後ろ盾がある限り、今回の攻撃を奇貨としてアラブの反米勢力からの支持を広め、国内秩序の強化に利用するのが、プレイヤーとして合理的な選択となる。
一方、アメリカ側は、アサド側が「ごめんなさい」すれば良いが、居直る、あるいは無視した場合、さらに大規模の攻撃を行うか、本格的な軍事介入をするかの選択肢しか無くなってしまい、どちらも米露関係を決定的に悪化させることになる。特に後者は、先にロシア軍を退去させない限り、全面戦争に至る恐れがあり、そもそも選択肢として成り立たない。つまり、ミサイルを撃ってはみたものの、「次の手」が無い。GMT「ラビリンス」でも、USプレイヤーが「とりあえず軍事侵攻(体制転換)」したものの、「次に打つ手が無い」という状況に陥ることが散見されるが、まさにこれだろう。

アメリカの攻撃によって、シリア内戦が再び激化し、イスラム国が勢力を取り戻した場合、どう見ても「誰得」な状況に陥るが、少なくとも米国の軍産複合体だけは得をするので、つい陰謀論を考えてしまう。
いずれにせよ、トランプ氏は自らの選択でゲームの難易度を上げつつあることは間違いない。
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2017年04月12日

保育所の需要が満たせないワケ

【保育所落選5万3000人…1次選考の28%】
 今年4月からの認可保育施設への入所を決める1次選考で、東京23区と全国20の政令市で少なくとも5万3000人が「落選通知」を受け取り、「落選率」は28・1%に上ることが、読売新聞社の調査でわかった。
 特に保育所の利用希望が多い東京23区のうち9区で、40%を超えた。2次選考を行う自治体も多く、全員が待機児童になるわけではないが、職場復帰できるかどうかわからないまま、保護者が保育所探し(保活)に苦労している実態が浮かび上がった。調査は3月末にアンケート形式で実施し、全自治体から回答を得た。
 未集計の3自治体を除く40自治体で、約19万人の申し込みに対し5万3346人に落選を通知した。落選率が最も高かったのは東京都台東区の51・9%。
(4月5日、読売新聞)

保育所は基本的に社会主義思想に基づいて設計されている。そのため、全て政府(自治体)が価格を決め、官主導で設置される。昨今では運営は民間に委託される傾向が強いものの、官が需給と価格を決定する仕組みに変わりは無い。結果、保育サービスは実際の市場価格よりもはるかに安い公定価格で提供される一方、サービスを受ける市民は子どもを廉価で預けて働けるため、「預け得」になっている。
こうした傾向は、医療や介護などの福祉サービスも同じで、ただでさえ安価に設定された公定価格である上に、窓口で自分が支払うのは公定価格の数分の1で済んでしまうため、「受診し得」になり、病院や診療所に大行列ができる有様になっている。薬局で受領する薬の3分の1以上が服用されずに廃棄されていることも、「前日のパンを捨てて毎日買い換えていた」という東側の実態に通じるものがある。子ども医療の無償化など、自分の首に縄を巻いているような話だが、小児科医以外、誰も気づいていない。
大行列は、別に1980年代末のソ連、東欧だけに見られる現象ではなく、原理的には平素日本の病院などで起きていることも全く同じなのだが、それを指摘する者はケン先生以外にいないという特異な状況にある。やはり日本人はすべからくソ連に留学すべきだったのだろう(爆)だからこそ「ソ連・東欧学を学ぼう」と呼びかけているのだが、残念ながら低調だ。

話を戻そう。上記の28%という数字には、当然ながら「どうせ通らないから」と申請していない層は含まれていないので、潜在需要を含めれば相当な数字になると思われる。保育所をつくればつくるほど財政赤字が増えるのに、増設すると需要も一緒に増えてしまうのだから、本質的に需要を満たせない構造になっている。
自治体からすれば、保育所を増設すればするほど財政赤字が増えるのだから、二の足を踏むのは当然だろう。安価に設置しようとすると、例えば交通の便の悪い場所につくることになるが、この場合、希望者がいなくなってしまうので意味が無い。
また、保育士からすると、子どもが増えれば増えるほど労働環境が悪化する。70万人からの有資格者が保育士に就いていない事実もまた、「公定価格=計画経済の無理」を物語っている。結果、建物だけ建てても保育士が確保できず、開業できないことになる。だが、保育士の給与を上げると、さらに赤字が増えてしまう。ゴルバチョフの苦悩が察せられる。


これを解決するためには、社会主義を止めて自由化するか、「社会保障であること」を止めるかの二択しかない。
前者の場合、保育サービスは市場原理に基づいた市場価格で提供されるため、サービスを希望するのは子どもを預けて働きに出ることで得られる賃金が、保育サービス料を上回るケースに限られる。そのため、中低所得層はそもそも希望しなくなり、需要そのものが低下、需給バランスが取られる。この場合、多数が自宅保育に切り替えると考えられ、労働力は失われる。同時に、「安かろう悪かろう」のサービスも増えると考えられるだけに、やはり完全な自由化は難しいだろう。

後者の場合、具体的には4〜5歳児の義務教育化(就学年齢の前倒し)が考えられる。この場合、保育所は基本的には2〜3歳児のみを引き受けることになり、大きく負担を減らせるだろう。しかし、自民党では幼稚園経営層が、民進党では日教組が大反対するので、どちらも政策化できないし、霞ヶ関は厚労省が抵抗するので実現できない。ちなみに自分の場合、4歳時点でまともに言葉を話せなかったので、入学は無理だろうと思われる。
就学年齢の前倒しは欧州では基本だが、残業無し、時短勤務ありというライフワークバランスも十分確保されているので、やはり日本とは前提が異なる。日本でそれを行う場合、放課後の居場所も確保する必要があり、ラーゲリ(本来の意味の)を新設して児童を保護する施策が不可欠になるので、どうしても課題が残る。
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2017年04月11日

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ

最近めっきりサブカルのレビューから遠ざかってしまっているので、久しぶりに書いてみたくなった。2015年秋と2016年冬の分割4クール(全50話)で放送された『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』である。
ネット上では、否が多めの賛否両論のようで、1クール目は相対的に高かった評価も2クール目で台無しになってしまった観がある。気持ちは分かるので、不肖ながら私も分析、評価してみたい。先に言っておくと、ケン先生の評価は「総論万歳、各論ブーブー」である。

以下ネタバレあり、注意!

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まず本作が最も斬新だったのは、「ガンダムで仁義なき戦い」を試みた点にあり、「ガンダムでヤクザ抗争?」に評価が集約される傾向がある。つまり、国家や崇高な理想に依らない点、どこまでも生臭い(死人が多い)点が、どのように描かれ、どのように受け取られたか、というところが大きかったと考えられる。
つまりかいつまんで言ってしまえば、その日暮らしのチンピラ少年たちが集まってMSを乗り回し、日銭を稼ぐために(結果的とはいえ)殺戮を行い、最終的にはヤクザの内部抗争と当局の介入によって死人の山を築きながらボコボコにされる、という身も蓋も無いストーリーなので、「ヤクザもの」という視点が無いと非常に感情移入しにくい作りになっている。そして同時に「じゃあ、ヤクザ映画のオマージュとしてはどうなの?」というと、そこも微妙に中途半端になってしまっている。それでも、第1部は「革命の乙女(ヒロイン)を地球に送り届ける」という大義名分があったから良かったが、第二部ではその大義も無くなり、ただの行き当たりばったりの抗争に終始してしまった。第二部におけるヒロインの扱いに大失敗したことも不評の原因かもしれない。

基本的な設定は現代に共通している。超大国アメリカが衰退する中で、周辺部の治安が乱れ、奴隷や少年兵が横行し、軍閥が跋扈する中東やアフリカがイメージされている。本作も、横暴な大人を追放して、奴隷と少年だけによる傭兵団を結成して、「火星一の軍閥を目指す」という構成になっているのだが、この時点で中東やアフリカの現状、あるいは清帝国崩壊以降の中国大陸についての知識が無いと、どうにも想像しづらいように見える。問題意識は分かるし、個人的には好意的に評価しているのだが、敷居が高いのは否めない。

同様に言えるのは、今どきの10代から30代の若者が『仁義なき戦い』を見て、登場人物にどこまで共感できるのか、という点だ。1973年に『仁義なき戦い』と第二作『広島死闘篇』が公開された時は、文字通り日本中の若者が熱狂して、映画館は連日超満員になったと言われるが、それは世代の中で共有されている精神や社会的背景に合致していたからだろう。その子ども世代(団塊ジュニア)である私などは、今見ても「凄い」と感じ、理解できる感性は持ち合わせているものの、そのさらに下の世代になり、ヤクザも暴走族も完全に下火という時代の感性にはそぐわないのかもしれない。この点が、若頭としてのオルガや鉄砲玉としての三日月に共感できるかどうかに関わってくる。まして、「ガンダムでやる必要あるのきゃ?」と言われれば、返す言葉も無い。
個人的には、アニキ的なオルガが好きだし、キリコ・キュービー的な三日月も歴代ガンダム主人公の中で最も相応しいと思うのだが、いかんせんアニメという形でやや客観的(二次元)に見てしまうと、「暴走するバカと追随するだけのバカ」になってしまうのかもしれず、惜しいところだ。『仁義なき戦い』の登場人物をバカにできないのは、ドキュメンタリー風のリアルな映像と迫真の演技が、観客をドラマの中に取り込んで、決して他人事とは思わせないからなのだろう。

では、ヤクザ・ガンダム、軍閥ガンダムとしては何がマズかったのか。主に二つの問題から説明される。一つは、裏主人公であるマクギリスが顔と口調の割に恐ろしく無能であった(にしてしまった)ことにある。ぶっちゃけ、「錦旗を掲げれば皆自分に従う(はず)」というのが唯一無二の「計画」で、本当にそれ以外何も無かったため、その話に乗ってしまった主人公たちも「タダの騙されたバカ」になってしまっている。「上手の陰謀にまんまとハメられた」というならまだしも、「錦旗を掲げたけど、誰も従いませんでした、終了」では、あまりに惨すぎる。まぁ織田信長を弑逆して朝廷のお墨付きは得たけど、誰も支持してくれなかった明智光秀をイメージしているのかもしれない。だとしても、光秀に味方する主人公ってどうよ。

もう一つは、テイワズのマクマード代表(大親分)が立派そうに見えて、これまた全く部下を統制できない無能だったことだ。それっぽい風貌にそれっぽいことを言いながら、実際には配下はみな勝手放題で、ナンバー2とされるジャスレイの暴走を止めようとすらしなかった。結果、「あの杯は何の意味があったのか?」という話になる。あれなら、「仁義なき」の山守組長(金子信雄)のように、配下同士を競わせる一癖も二癖もある「悪いヤツ」という設定にした方が説得力があった。これに関係して、タービンズが突然当局の手入れを食らっていきなり壊滅してしまったのも、いかにも「制作の都合」で杜撰だった。

この2つの意味するところは、「気前の良い親分と人の良いアニキに付いたはいいものの、美形なだけの無能な詐欺師に騙されて全て失いました」になってしまっているということだ。ヤクザ映画で若者が突っ走るのは「お約束」だが、人間関係に深みが無く、バカっぽさが前面に出てしまい、共感を呼びにくくなっている。人物造形や設定に失敗があったことは間違いないだろう。その結果、主人公たちが「それっぽいカッコイイ台詞」を言ってみても、「仁義なき」の登場人物たちが吐くような記憶に残る「名台詞」(ex. わしらどこで道間違えたんかのぅ、弾はまだ残っとるがよう)にはならなくなっている。説得力が無いからだろう。

私が見るところ、CGSの大人の一人で鉄華団に従うも後に裏切る「トド」は、「仁義なき」の槇原をモチーフにしていると思われるが、全く田中邦衛らしさ(偉大なる小物感)が再現されておらず、出すだけムダだったのではないかと思われるほどだった。これも惜しいところだが、若い脚本家に笠原和夫先生のコピーはできなかったということなのかもしれない。まぁ無理だよなぁ。ちなみに、誰がなんと言おうと、田中邦衛の最高傑作は『仁義なき戦い』である。
ちなみに「ラフタ」が玩具屋で殺されるのは、「仁義なき」の坂井(松方弘樹)へのオマージュだと思われるが、「とってつけた」感が否めない。

上記2点以外で問題点を挙げるなら、「カタルシスの欠如と否定」だろう。ラスボスが条約で禁止された兵器を大量駆使して主人公側をボコボコにした挙げ句、ラスボス側の登場人物は殆ど死なずに終わり、しかも、そのラスボスが主人公らが夢見た変革を実現してしまう。ラスボスは第二次世界大戦のアメリカをイメージしているのだろうが、爽快感の正反対にあるのは間違いない。

生き残った主人公周辺もいかにも微温的な生活を送るラストになっており、変に現実味を出して、「失ったものと得たもののバランスを取らない」(死体の山を築いて得たものこれだけ?)形にしたことが、これまた評価を分け、多数を悪い評価に傾けてしまっている。制作者側の意図は理解できるし、「仁義なき」もそうなのだが、ガンダムでそれをやるのは無理があったのではなかろうか。冲方丁作品なら「いつものこと」だが、それでも一般的な評価は厳しいものが多い。最終的に主人公側が敗北するにしても、「最後の一発」が無いと見る方としては非常に虚しいものに終わってしまいがちだ。敢えて「せめて一発」を外させたところに制作者側の強い意志を感じ、個人的には前向きに評価したいが、一般受けという点では厳しいだろう。
玄人向けの設定を、素人にも分かりやすい脚本にした結果、どちらからも厳しい評価にさらされる感じになっている。

細かいところで言えば、マーケットの要請なのか、脚本家の問題なのか、BLとショタ要素が濃厚に出ている点も気になる。あれは本当に必要だったのだろうか。そんなに前面に出さなくてもと思うが。

私的に高く評価したいのは、MSの設定について、銃砲ではMSの装甲は貫けないので、白兵戦で決着つけるしかない、とした点である。結果、重厚なMSが無骨にガンガン殴り合い、叩き合う形になっているが、デジタル化で描写水準が高まっているだけに重厚感が良く表れていて、発想の転換に成功したと言えるだろう。もっともその弊害として、パイロットの死に様が陰惨になっている気もする。

どうも否定的意見の羅列になってしまったが、全体的にはコペルニクスとまでは行かなくとも、大きな発想の転換を行い、作品化を試みた点について非常に高く評価しており、だからこそ最後まで見てこんな長いレビューも書いている。ただ、コンセプトが興味深いだけに、細部の演出や表現の失敗が必要以上に厳しい評価になってしまっている。スタッフの皆さんには、厳しい評価を受け止めて今後も前向きにガンダムに取り組んで欲しい。

【追記】
ネット上には「マリーにガンダムの脚本なんてムリだったんだ」旨のコメントが散見されたが、厳しいとは思うものの「むべなるかな」であろう。やはり虚淵氏や東出氏あたりが妥当だったのではないか。冲方氏は世界が違うだろう。
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2017年04月10日

雪崩事故は慢心故か

【<那須雪崩>「経験則」から慢心…歩行訓練、3教諭で決断】
「絶対安全だと思っていた」−−。栃木県那須町の那須温泉ファミリースキー場付近で起きた雪崩で県立高校生ら8人が死亡した事故で、現場責任者だった教諭が29日、公の場で初めて当時の状況を語った。安全と判断した根拠については自らの「経験則」という言葉を繰り返す一方、教え子を失った事実に声を震わせ、頭を下げて記者会見場を後にした。
 悪天候のために登山の実技講習を中止しながら、なぜ歩行訓練を実施したのか−−。「春山登山」講習会を主催した栃木県高校体育連盟で登山専門部委員長を務める県立大田原高の猪瀬修一教諭(50)が県庁で記者会見し、登山専門部の副委員長、参加校の山岳部の顧問教諭の計3人で話し合って決めたことを明かした。
 27日午前6時ごろ、現地本部となっていた町内の旅館にいた猪瀬教諭は、スキー場近くに設営したテントにいた副委員長の携帯電話を鳴らした。副委員長が、一緒にいた登山のキャリアが豊富な顧問教諭に相談したところ、顧問は「雪が降っているので登山は無理。ラッセル訓練はできるだろう」と語り、3人でゲレンデに出ることを決めたという。
 午前7時半ごろにスキー場の管理事務所に生徒らを集合させ、訓練について説明。同8時ごろ、生徒46人、副委員長と顧問教諭を含む教員9人の計55人が第2ゲレンデの方向に歩き出した。猪瀬教諭は送り出した後、本部に戻り待機した。
 講習会は毎年このスキー場で行われており、教諭らの「経験」で「雪崩が起きやすい地点に近付かないように」して山の斜面で訓練を開始。生徒らは10人前後の5班に分かれ、亡くなった大田原高校の生徒7人と教諭1人を含む「1班」計14人が先頭になり登っていた際、同8時半ごろに雪崩に見舞われた。副委員長を含む生徒ら40人が負傷した。
 猪瀬教諭が事故を知ったのは午前9時15分ごろ。参加者は無線機などを持参していたはずだが雪崩でなくしたのか、無事だった教諭の1人が本部に駆け付け猪瀬教諭に報告。同20分ごろ110番した。
 また、雪の中で位置情報を知らせる電波発信機(ビーコン)を装備していなかった点については「雪崩の危険性のある登山には必要だが高校生は(危険な山には)行かない。全国的にもそうだと認識している」と語った。
 「安全」の判断は「経験則」によるとの説明を繰り返す一方、結果的に慢心があったことを認め「正直あの時行かないという判断をできればこんなことにならなかった」と後悔の言葉も。本部で連絡係として待機していたが、午前9時ごろから約10分間は無線機から離れていたといい「その間に通報があった可能性はあり、今では不用意だったと思っている」と釈明した。
 反省の言葉も口にし、会見終盤には「取り返しがつかないこと」と涙ぐんで声を震わせ、28日の保護者説明会で「『こういうことになっていたたまれない。申し訳ない』と話した」と明かした。
 「私ができることは、知っていること、こういうことになってしまったことをうそをつかずに誠実に答えること。謝罪しても、すみませんと言っても……」。体調への配慮から県教委の幹部らを残し2時間余りで途中退席する際、深く頭を下げた。
(3月29日、毎日新聞)

不慣れな官僚答弁でボロを出しまくってしまった格好だが、要は「いつもやっていたことを、いつも通りやったら事故が起きてしまった。我々はいつも通り絶対安全と判断しただけ」ということらしい。福島原発事故に際しての東電側の無責任な答弁と被るところが多いと同時に、旧軍に共通する日本社会の伝統的なブラック体質をも露呈している。

まず現場で高校生を引率し、事故で死亡した教員は就任一年目の新人であるにもかかわらず、登山部の顧問をさせられていた上、冬山登山の経験はゼロだったという。少し前までなら、新人教員が担任や部活顧問を任せられることは無かったはずだが、人員不足が恒常化する中、新人かどうか関係なく強制させられている。担任はともかく、部活動は任意の活動である上、教員の本来業務でも無いが、地方に行くほど参加強制がまかり通り、教員も顧問就任を強制されるケースが殆どだとされる。特に若い教員ほど、「若い」というだけの理由でハードな運動部顧問を任せられる傾向が強く、離職率や疾病率を高めている。
経験豊かな「専門家」が後方のテントや旅館で待機していたのに対し、経験ゼロの最若年教員が最先頭に立っていたこと自体、ブラック体質を示している。
現地の救助隊にいる老人は、数十年前にも同じ場所で雪崩が起きていたことを証言しているが、「不都合な事実」は無視されたようだ。

また、事故に遭った高校生も引率教員もビーコンを持っておらず、教員が持っていたとされる無線機は機能しなかった。このことは、安全装備の多重性を無視して、「全電源喪失などという事態は起こりえない」と強弁し、世界最大級の核事故を引き起こした日本政府や東京電力に共通する。同時に、安全装備を全廃した零戦を主軸戦闘機にしてしまった旧軍の体質にも共通する。日本人は、どこまでも安全をケチる傾向にあるが、これは過剰な人口が生命の価値を下げているためかもしれない。この傾向は、日本の人口が3千万人くらいになれば、少しは見直されるかもしれない。

ちなみに日露戦争前の雪中行軍に際し、八甲田山で遭難した青森第五連隊第二大隊を率いた神成大尉は秋田生まれ特務上がりの大ベテランだった。にもかかわらず、状況把握も登山装備も不備のまま出発している。休息する予定すらなく、一気に歩き抜くという無謀すぎる「計画」だった。
これに対し、同じ訓練を行って遭難せずに完遂した弘前第三十一連隊第一大隊の福島大尉は、士官学校上がりのベテランだったが、こちらは群馬県の平野部の出身だったにもかかわらず、事前調査を十分に行い、装備も万全を期して慎重に進め、ビバークの準備も十分にしていた。
八甲田山の経験は、必ずしも冬山や登山の経験がなくとも、リーダーの慎重な行動や判断があれば、悲劇を回避できる可能性を示している。

八甲田山の事件も「悲劇」ばかりが強調されるが、「なぜ事故が避けられなかったのか」という経験は100年以上経ても全く活かされていないようだ。
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2017年04月09日

ラビリンス&CC@ノルマンディー

この日はK先輩と朝10時過ぎから夜8時半までガッツリプレイ。
とはいえ、ビッグ・ゲームでは無く、GMT「ラビリンス」と同「コンバット・コマンダー」という「いつもの」コース。そろそろビッグタイトルが懐かしくなってきたので、希望が合えばGWには「パスグロ」をやってみたい(幼女戦記の影響か)。

まずはラビリンスから。オーソドックスな9・11シナリオで、今回も先輩がUS、ケン先生がジハーディストを担当。
一回目、ジハーディスト(ケン師)は最初の手札に「アヘン」があり、いきなりアフガニスタンに全てのセルが登場してしまう。その米国は泥沼の戦争になるのを避けて軍事侵攻を躊躇、その間に中央アジアにセルが浸透して、あっという間にイスラム革命が起きた上、核兵器が流出してしまう。殆ど麻雀の天和のような配牌だった。しかも第3ターンには、イベントで米本土にセルが登場した上、USが「反戦運動高揚」イベントで手札を失ったところに核テロが発動、サドンデスに終わった。殆ど配牌だけの勝利で、これではアメリカは誰がやっても為す術が無い。見れば1時間も経ってない。

気を取り直しての2プレイ目。今度は同じセットアップながら、「もしゴアが当選していたら」という仮想戦。違うのは、USが「柔軟路線」で始まることだけ。この場合、アメリカは軍事介入ができなくなるが、その反面、威信が上がりやすく、イデオロギー戦争を進めやすい利点がある。
ケン師は、今度もまず中央アジアを攻め、2度目で原理主義国化に成功、さらにまた核兵器が流出する。他方、USも順調に援助外交を進め、良いダイス目で早々にパキスタンと湾岸諸国を「良好」にする。互いに独自の進行で穏やかなプレイとなる。
ケン師は、米外交を放置して、米本土でのテロとイラクでの革命の二兎を追うが、イラク革命に失敗したところで、USがインドネシアとエジプトを「良好」にした挙げ句、「石油価格の高騰」により勝利条件を満たし、USの勝利に終わった。

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2プレイしても12時を回った程度なので、ランチしてCCに移行することに。
今回は追加シナリオセット「ノルマンディー」を試すことにした。CCでノルマンディー上陸作戦を再現しようという企画だが、確かに『プライベート・ライアン』や『バンド・オブ・ブラザーズ』を再現する流れとなった。

1シナリオ目は、オマハ・ビーチに上陸、内陸に進む米軍に対する独352歩兵師団の反撃。ボカージュ・ヘクスサイドだらけで防御効果は低いのに、視線だけは妨害する難しい地形。ドイツ軍の方が戦力的にやや勝っている珍しいシナリオだが、対する米軍も十分に強く、ガチンコの遭遇戦になりそう。今度は、K先輩が独軍、私が米軍を担当。
ドイツ軍は数的優位をもって三班に分けて平押し、射撃戦となる。いかんせん地形の防御効果が低く、米軍は厳しい守りを強いられるが、必要なタイミングで士気回復カードが来たので、何とか耐えていた。逆に独軍の弱い徴集兵を狙い撃ちにして、漸減を図った。全体的には、ドイツ軍が押してはいたものの、決定打が出ないまま、時間切れ、米軍の勝利となった。米軍は一カ所でも陣地が突破されていたら、挽回は難しかったと思われるだけに、やはり戦力の集中運用が重要だ。

2シナリオ目は、オマハ・ビーチにおける米軍のトーチカ攻撃。ドイツ軍は、いくつかのチーム(半隊)があるだけの超少数にもかかわらず、装備だけは重機関銃3丁、歩兵砲、迫撃砲と凄まじい火力を誇る。対する米軍は、兵力だけはふんだんにあるものの、肝心の火炎放射器や爆雷のような陣地攻撃兵器が水に浸かって使用不能な上、砂浜の砂丘に隠れている状態から始まる。トーチカの周りには鉄条網、塹壕の切れ目には地雷原という、見ただけで萎える配置。
特別ルールで、米軍は爆薬筒を持っており、防御施設に隣接してアクション「Demolitions」か「Command confusion」を使えば、その施設を破壊できるようになっている。だが、一度地雷原を除去した後、全くカードが来なくなり、近づいては十字砲火を浴びせられ、一方的に損害が増すばかりとなった。米軍は、トーチカ以外の地点は抑え、戦線突破に成功した部隊もあったが、肝心のトーチカは攻略できず、時間切れ敗北となった。

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3シナリオ目は、上陸前夜、カーン郊外に降下した英第六空挺師団のグライダー部隊による、カーン運河橋攻略。独軍は両岸を鉄条網と塹壕で固めた上、橋には歩兵砲を据え付けて待ち構えているが、肝心の守備隊は徴集兵がメインで、援軍頼み。英軍は、兵数は多くないものの、エリート揃い。
夜間シナリオなので、射撃の射程分だけ火力が減衰する上、移動コストも全て1高くなっている。
英軍は、開始早々射撃と移動を上手く組み合わせて橋に接近、白兵戦で砲台を占拠した後、陣地に残る独軍部隊の掃討を進め、対岸の塹壕も抑えた。ドイツ軍の援軍が出てきた頃には、英空挺は両岸の陣地を固めており、激しい射撃戦を繰り返している内に時間切れとなり、英軍の勝利に終わった。
英側のカード回りが良かったため、理想的な展開となったが、なかなかバランスの良いシナリオのようだ。この「成功」に味をしめた英軍上層部がマーケットガーデン作戦を考え出したのだろう。

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【参考】
・戦跡散歩−ノルマンディ上陸作戦〜オマハビーチ〜 
・戦跡散歩−ノルマンディ上陸作戦〜英空挺師団の作戦〜 
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする