2018年03月19日

日露交渉さらに困難に

【色丹島で米企業が発電所建設へ】
 ロシア極東のサハリン州の知事は、北方領土の色丹島で新たに、アメリカ企業がディーゼル発電所を建設する計画を明らかにしました。これはサハリン州のコジェミャコ知事が12日、ユジノサハリンスクで、地元メディアなどに対して明らかにしたものです。
それによりますと色丹島では、ことし9月までに新しいディーゼル発電所が建設される予定で、当初の発電規模は5メガワット、来年には施設を拡大して30メガワットを目指すということです。発電所を建設するメーカーについて、コジェミャコ知事は「アメリカ企業が投資に合意した」と述べ、アメリカに拠点をおく大手機械メーカーの名前をあげました。この発電所で作られる電力は、色丹島で計画が進む、新たな水産加工場の建設や運営に利用されるということです。
ロシアは北方領土の開発にあたって日本以外の第三国の企業にも投資を呼びかけ、今回、アメリカの企業から投資を引き出すことで、日本からの投資だけに頼らない姿勢を強調する狙いがあるものと見られます。一方、日本政府は、北方領土で日本以外の第三国の企業が経済活動を行うことは、ロシアの実効支配を正当化しかねず容認できないという立場で、北方領土の開発に対する両国の方針には大きな隔たりがあります。
(3月13日、NHK)

日露外交は時間を掛ければ掛けるほど、こういう話になる。外務省はもちろんアメリカに「最大限の圧力」をかけるのだろうがw

東アジアをめぐる日本の外交環境はますます悪化している。北朝鮮をめぐる動向では、日本は完全に蚊帳の外に置かれ、外務大臣こそ「圧力の成果」などと強弁しているが、北朝鮮にとってはもはや日本は無視して良い対象になってしまっている。
日中関係は悪化こそしていないものの、国民の対中感情は悪化する一途にあり(悪い印象を持つ者が約9割)、いま日中間に紛争が勃発すれば、再び「暴支膺懲」などと国論が沸騰しかねない情勢にある。

他方、米中関係は良好で、米朝関係の改善が進んだ場合、中国・北朝鮮と険悪な関係にある日本の存在は、米国にとって不安要素となり、日米同盟のコストが上昇する。

日本が「せめてロシアに打開点を」との気持ちを持つのは自然な流れだが、これはいささか大戦末期の「ソ連の信義」とやらに似通ってしまっている。そして、ロシア側は日本の足下を見て、要求水準を上昇させようとしているのだろう。

ロシア側としては、仮に日米同盟が存在するまま北方四島を返還して、米軍基地でもつくられた日には、目も当てられない状況が現出する。ゴルバチョフが口約束を信じてソ連軍を撤兵した結果、ポーランド国境までNATOが進出、ウクライナを飲み込もうとしている悪夢が現出しているだけに、日露同盟が締結されるのでなければ、ロシアが日本を信じることはあり得ない。

まともなロシア研究者が排除された結果、誤った認識が定着、筋違いな政策が採られるという流れは、まさに戦前・戦時中のそれを彷彿させる。
posted by ケン at 12:18| Comment(2) | 外交、安全保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

マンション・オブ・マッドネス第2版 境界を越えて

『マンション・オブ・マッドネス』第二版の拡張セットを購入。本作はPCやスマホのアプリがマスター役を務めるハイブリッド作品なのだが、発売時点でアプリの日本語版が未完成で、2週間近く経てようやく稼働するという不始末が生じた。ネット上は罵声で溢れていた。
が、我々がテストする時にはちょうど日本語対応がなされたため、何とか予定通りプレイすることができた。
シナリオが二本分で、新規キャラ二人と新たな呪文やアイテムが加わるものの、これで4千円近くというのは、かなりコストパフォーマンスが悪い。

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二本あるシナリオのうち、簡単な方を試してみることに。プレイヤーは、O先輩とT後輩、それにケン先生の三人。キャラクターは、一回目は各々、神父、便利屋、超心理学者。相変わらず脈絡のない組み合わせだ。

ネタバレになるので詳細は述べられないが、今回は珍しく怪物が殆ど現れず、殺人事件の調査を基本とする心理サスペンス色が強い。にもかかわらず、証拠らしい証拠も無いまま「時間切れ」が近づき、初回は完全に憶測だけで「貴様が犯人だな!」と追及して破綻した。

二回目は、アイテムゲットに走りすぎた反省から、NPCに対する聞き込みを強化するも、皆「あいつが怪しい」と言うばかりで、相変わらず決定的な証拠は得られず、「比較的この二人が怪しい」というところから、「じゃあ、お前だ!」とやったものの、またしても失敗して破綻した。

モヤモヤ感がハンパ無かったので、精神力を振り絞って三度目に挑戦、残る一人に絞って追及するも、やはり決定的証拠は得られず、「お前だな!」とやったものの、これまた失敗するも、今度は大ボスを力技で倒し、犯人不明のまま「悪の野望は挫いた!」という、これまたモヤモヤ感を増やすだけの結果に終わった。

仕方なく解答だけ見てみると、我々が「最も白に近い」と考えていた者が犯人だったことが判明、「そんな証拠なにも無ぇじゃねぇか!」と全員が声を上げ、「これ、人間がマスターだったらボコボコにされてるぞ」という結論に至り、疲労感だけたっぷり味わって終了した。

もう一本のシナリオを試してみるのが恐い出来である。
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

黒棋士さまの武運長久を祈る

【<囲碁>準決勝の対局始まる ワールド碁女流最強戦】
 「SENKO CUP ワールド碁女流最強戦2018」の準決勝の対局が15日午前10時、始まった。準決勝は14日の1回戦を勝ち上がった藤沢里菜三段と黒嘉嘉七段(台湾)、於之瑩六段(中国)と崔精九段(韓国)の組み合わせ。持ち時間は2時間で、昼食休憩はない。日本棋院によると、日本で女流国際棋戦が開催されるのは初めて。
(3月15日、毎日新聞)

一日遅れとなってしまいましたが、黒嘉嘉さまの武運長久を祈念申し上げます!
準決勝の勝利もおめでとうございます!
posted by ケン at 14:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ニッポンスゴイ!天皇だけじゃ無い:どこまでも無答責の大日本

【<笹子トンネル事故>前社長ら過失問えず 全員不起訴へ】
 9人が死亡した山梨県大月市の中央自動車道笹子トンネルの天井板崩落事故で、甲府地検は、業務上過失致死傷容疑で書類送検された管理会社「中日本高速道路」と保守点検を行っていた子会社の両社長(当時)ら8人全員を不起訴とする方向で東京高検などと調整に入った模様だ。ただ、不起訴後に検察審査会の議決で強制起訴される可能性も残っており、地検は遺族の処罰感情も踏まえ、最終的な結論を出すとみられる。
 送検されたのは、中日本高速の金子剛一前社長と「中日本ハイウェイ・エンジニアリング東京」の岩田久志前社長ら当時の両社役員4人と点検担当者ら4人。中日本高速側が2012年9〜10月に実施した点検で、コンクリート製の天井板を固定していた、つり金具の最上部のアンカーボルトの緩みを見逃し、同年12月2日に発生した天井板崩落事故を招いたとされる。捜査関係者らによると、捜査で崩落はボルトの脱落が原因と判明した。
 一方で、施工段階ではボルトの強度が劣化する心配はないと考えられていた▽施工ミスでボルトの強度が当初から不足していた▽劣化を判断するのに有効とされていた、ハンマーで不具合を調べる打音検査は精度に限界があった−−ことも明らかになった。検察側は、事故約2カ月前の最後の点検に絞って過失が問えるかを検討。その結果、8人はボルトの劣化が進行しているとの認識が薄かったとみている模様だ。
(3月14日、毎日新聞)

【エレベーター事故無罪 「責任誰が…」遺族ら無念】
 エレベーター保守点検会社の3人を逆転無罪とした東京高裁判決。秋葉康弘裁判長が判決理由を読み上げる間、市川大輔さんの母、正子さん(66)はノートにメモをとりながらハンカチで目元を押さえた。閉廷後は東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開き、「息子に報告できない」と悔しさをにじませた。
 事故発生から11年余り。正子さんは行政や業界に原因究明を呼びかけてきた。国土交通省が再発防止策を打ち出すなど安全対策が前進する中で言い渡された無罪判決に、「これでいいのか。息子の命は誰が責任をとってくれるのか。問題は何一つ解決していない」と不満を口にした。
 会見に同席した前川雄司弁護士は判決が「点検時に異常が発生していた証拠がない」とした点に触れ、「いつ異常が発生したか、刑事裁判では分からずじまい。多くの問題を積み残したままの判決だ」と批判。中村雅人弁護士は「事故では点検時の記録がきちんと残されていなかった。記録があれば原因に迫れたはずで、万が一事故が起きたときの原因究明ができるよう、記録を詳細に残すことを業界全体に広げるべきだ」と語った。
(3月15日、産経新聞)

大日本帝国は、当時欧州で主流だった君主無答責原則を導入、同憲法第三条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」が明記された。これによって、天皇は統治権、立法権、軍事権、外交権などありとあらゆる権力を一手に有していたにもかかわらず、一切の責任が問われることがない無答責を定められ、さらに不敬罪が設定されて、過酷な国民弾圧の手段とされた。この君主無答責原則は、戦争裁判にも適用され、日本の侵略戦争によって300万人以上の自国民と、アジア太平洋地域では少なくとも2千万人以上の戦没者を出したにもかかわらず、昭和帝は起訴すらされず、かつ天皇の地位を保持した。

この君主無答責原則は、日本では国家全体にまで拡大適用され、戦前は中央政府も地方自治体もいかなる賠償責任も刑事責任も問われることは無かった。まさに統治者にとって理想的な環境にあったと言える。

この原理は戦後一度は否定され、連合国占領下で「国家賠償法」が制定、国または地方自治体による公権力行使の責任が認められ、被害が生じた場合には賠償責任が問われるところとなった。
ところが、実際の法律の運用では、閣僚を含む公務員個人が責任を問われることはなく、国賠訴訟で国側が敗訴したいくつかの判例は補償金を出すのみに止まっている。
確かに戦前と比較すれば進歩しているものの、公権力を用いて悪逆非道の限りを尽くした公務員や政治家個人の責任はいまだに問われないままにある。

微量の放射能を含めれば、全世界70億人を被ばくさせ、国内で16万人以上の避難者を出し、一歩間違えれば国土の半分が居住不能になるところだった東電福島第一原発事故に際しては、国側も東電側も誰の責任も一切問われていない。政治家、高級官僚、企業幹部の無答責原則が貫かれた結果、日本の核政策は継続されるところとなっている。

こうした無答責原則は、原発推進に限らず、貧困が蔓延する中で3兆円を使ってのスポーツ大会やカジノ解禁、核の脅威を無視した北朝鮮に対する先制攻撃の検討、あらゆる腐敗の蔓延となって、日本を蝕んでいる。

なお、イギリスは1947年に国王訴追法を制定、君主無答責原則を放棄している。日本は新憲法で「国民主権」を規定したものの、権力者の無答責原則は実質的に維持されている。人民主権への道のりは果てしなく遠い。
posted by ケン at 12:46| Comment(3) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月15日

勝ち馬は危険がいっぱい

【立民の地方議員急増…統一地方選へ駆け込み入党】
 立憲民主党の地方議員が急増している。6日の常任幹事会で67人の入党が承認され、計185人となった。来年春の統一地方選を見据え、駆け込みでの入党が相次いでいるためとみられる。
 67人の内訳は、北海道37人、神奈川県19人、東京都7人などとなっている。2月20日時点では118人だったが、2週間で1・5倍以上に増えた格好だ。福山幹事長は7日の記者会見で、「統一地方選を立憲民主党の公認、推薦で戦ってくれる方が、一人でも増えるよう広く全国的に呼びかけていきたい」と強調した。
 2月に投開票された東京都日野、町田両市議選では擁立した候補が上位当選しており、党関係者は「選挙に強いイメージが定着すれば、今後も他党からの移籍が増えるのではないか」と期待している。
(3月7日、読売新聞)

この期間に行われた自治体選挙で立憲民主党から候補者たちがことごとく上位、それも5位以内で当選したのを受けて、来年春に行われる統一自治体選挙に向けて雪崩現象が起きそうな勢いになっている。
これは2009年夏の総選挙で大勝した民主党が、翌10年の参院選に向けて候補者を公募したところ1000人以上も集まってしまい、選別が難しくなってしまったケースに似ている。維新の会が立ち上がったときにも、立候補希望者で溢れかえったことがある。

しかし、希望者が増えれば増えるほど、「勝ち馬に乗る」便乗型が増えるわけで、「議員になりたい」者ばかりになる傾向がある。結果、そのクオリティは著しく低下することになる。
ただでさえ、政治をめぐる様々な環境が悪化し、財政的にも厳しくなり、落選時の再就職も難しくなっている中で、冷静な判断を下せるものは議員に立候補したり、政治に関わろうとは思わなくなりつつある。それだけに、いま立候補しようというものは、「人生一発逆転」を狙う傾向が強まっている。

いささか内部告発的になってしまうが、(維新もそうだったが)立民の新人議員や候補者の質は、業界歴15年のケン先生の目から見ても恐ろしく低く、それらが上位当選してしまうことは、議会制民主主義が政治家の選別機能を果たしていないことを示している。但し、議員や候補の質が下がっているのは、自民党も同じで、自民党が候補者の公募が行うこと自体、政党として自前で候補者が出せなくなっていることを示している。そもそも一週間やそこらの選挙期間で、候補者の政治的素質を見極めろという、選抜システム自体に無理があるのだが。
いずれにせよ、「立民だから」「維新だから」というだけで投票するのは、自らの主権をドブに捨てて、後で議会政治に対して怨嗟を募らせるだけになりかねないので、重々戒めて欲しい次第。
posted by ケン at 12:24| Comment(4) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

国家ぐるみで文書改ざん

【<森友文書改ざん>新たに1件 財務省、3年前にも削除】
 財務省は13日、公表済みの14件約300カ所の文書改ざんとは別に、新たに1件の決裁文書の改ざんを確認したと明らかにした。14日に国会に報告、職員の処分も検討する。森友学園への国有地貸し付けに関する文書に添付した資料を近畿財務局の職員が決裁後の2015年6月に抜き取り削除した。時期などが違うため、財務省は一連の改ざん問題と関連ないとみている。
 賃料設定方法に関する新たな改ざん文書は森友学園が15年6月に近畿財務局に情報公開請求。財務省の考え方を森友学園に知られることを恐れた職員が抜き取ったとみられる。情報公開請求に都合の悪い書類を公務員が隠したもので、ずさんな公文書管理が改めて問われる。
(3月14日、毎日新聞)

財務省は省を挙げて公文書を改ざんしていた疑いが強まっている。
今のところ判明している限りにおいて、森友文書は相当詳細に交渉経緯が記載されており、通常の公文書の域を逸脱している。このことは、森友関連の交渉が「異常」であるが故に、「通常の交渉とは異なる」ことを詳細に記載する必要があったためだと推測される。同時に、「これは現場の独断では無く、上層部の指示で行ったものである」ことを証拠として残しておくことで、「尻尾切り」を避けようとする下級官吏の深謀遠慮もあったと考えられる。実際、交渉経緯が詳細に記載されていたからこそ、トップが責任逃れを行うために、改ざんを指示したものと見て良い。結果、何重にも悪事を重ね、リベラル・デモクラシーの根幹を揺るがしている。

ところが、日本の官僚は明治体制からスライドしただけの組織であるため、採用に際し、主権者である国民・人民や憲法に対する忠誠を誓う必要はなく、リベラリズムやデモクラシーの理念を熟知している必要もないため、単に組織に対する忠誠心のみが問われることになっている。政府内で公文書改ざんが大々的に行われ、検察では検事調書の改ざんが日常化していることは、この国の官僚がリベラリズムやデモクラシーに何の理解も忠誠も無いことを示している。今回の件でも、ある財務官僚が「親分(と夫人)を守るためには仕方が無い」などと言っているそうだが、その目には主権者=国民が一切入っていないことが分かる。「大臣の利益が第一」なのだろう。
にもかかわらず、表面上だけリベラル・デモクラシーを標榜し、例えば高級官僚が国連の会議で「わが国は世界一の人権大国である」などと宣言してしまうのだから、非常にタチの悪いことになっている。いっそのこと開発独裁国を自認し、欧米諸国と一線を置いてくれた方が分かりやすい。

ところで、安倍総理はいつになったら「みっともない憲法」と「インチキ裁判」の破棄・撤回を宣言して、連合国に宣戦布告してくれるのだろうか?
posted by ケン at 12:22| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

日本型組織のトップがダメなわけ

戦争中、日本軍に対する評価として「兵卒と下士官は優秀だが、上に行けば行くほど能力が低下する」というものがあった。現在でも、福島原発事故に際しての東電幹部の記者会見や、数々の疑獄における大臣や高級官僚の国会答弁を見ていると、若者が絶望的な未来しかイメージできないのも肯ける。永田町に勤務するケン先生が見ても、国会など「知性も教養も無い連中がバカ騒ぎしてるだけ」にしか思えず、「終わってる観」がハンパ無い。
もっとも、現代の場合、憲法や原発問題で陳情や意見具申してくる者たちも、殆ど岡本版『日本のいちばん長い日』の軍人たちのような狂騒状態にあり、ネトウヨも含めて昭和初期のような精神状態に陥りつつある気がする。永田町はモンスターどもの対応だけで手一杯で、とても落ち着いて何らかの政治課題を考えながら仕事する環境にはなく、自分が離職を決意した一因になっている。

日本型組織が「上に行けば行くほど能力が低下する」理由については、雇用や人事の面から説明すると分かりやすい。

日本の雇用慣行において、従業員は「職掌(ジョブ)」で雇用されるのではなく、全人格ごと雇用されるため、「作業効率が悪い」程度では解雇されない。司法判例も、まず他部署に配置して他の作業で試すことを要求している。これに対し、欧米の企業はジョブの能力で雇用しているため、その能力が会社の要求水準に達しない場合は、それを「正当な理由」として解雇できる。この結果、日本社会では正社員は、よほどの不祥事を起こさない限り解雇されない一方、企業は無能あるいは不適合な社員を囲い続けなければならない。同時に、日本の社員は職掌範囲が定められていないため、仕事の成果や能力が定量化、計測できず、公正に評価される基盤が無い。結果、個々の社員は生産性を上げるインセンティブが存在せず、企業側は無能な社員にも仕事を与えて人海戦術で対応せざるを得ず、組織としても生産性を向上させる術が無い。

日本型組織においては、仕事が定量化されず、職掌範囲も無限定であるがために、昇進のための公正な基準を設定することが不可能になっている。その結果、昇進基準は「部局に貢献した」「課を盛り上げた」「○○に際して頑張った」などの印象や主観によってしか定めようがなく、究極的には直系上司に対する忠誠度で計られることになる。
能力ではなく忠誠度で昇進が決められているということは、管理職は管理能力、マネージメント能力ではなく、組織に対する忠誠心を示さねばならず、結果・成果よりも「努力しているところを見せる」ことに長ける傾向が強くなる。その行き着くところは、「ガンバリズム」であり、精神主義でしかない。
有能な人間は、えてして組織の効率改善を求めて上層部に苦言を呈するため、忠誠心を疑われ、日本型組織ではまず昇進できない。結果、上に行けば行くほど、「忠誠心の高さ」だけが売りの人間しかいなくなるので、比例して無能度も高まってゆく構造になっている。

例えば、2009年に発覚した障害者郵便制度悪用事件に際して、大阪地検特捜部主任検事が検事調書を改ざんして冤罪を推進した件では、部長が「議員は無理でも、少なくとも高級官僚の一人も立件できなくてはメンツが立たん」と部下に(あいまいな)指示を行い、主任検事は忠誠を示すべく、調書の改ざんを行ったと言われている。なお、この部長は懲戒免職にこそなったものの、刑事裁判では執行猶予つきの判決が下されるに止まっている。
このように組織に対して無条件の「忠誠」を尽くし、なおかつ偶然悪事が発覚せず、「大過なく」組織生活を送ることができたもののみが、能力や成果に関係なく昇進してゆくのだから、トップが無能ばかりになるのは当然だろう。

また、日本の国会議員は、1990年代に小選挙区制に移行したことで急速に能力低下が進んでいる。これについては、過去ログから引用したい。
国会議員は、参議院の比例代表選出者や衆議院の比例単独選出者を除く大半が選挙区から選ばれている。日本の場合、有権者は候補者の政策や主張よりも、人柄や人物像を重視する傾向が強いため、候補者もそれを重視せざるを得ない。結果、実際の選挙時に掲げる政策や議会での活動実績よりも、日常活動で「顔を売る」ことが重要となる。具体的には、選挙区内の各種イベントや酒席にひたすら出席して、一人でも多くの有権者に「見知ってもらう」ことが活動の中心となる。とかく保守系の政治家が、軽薄な発言を繰り返すのは、少しでも有権者に自分を印象づけたいがために発せられる「サービス」の部分が大きい。そして、自分の当落が掛かっているだけに、議会活動よりも地元回りを優先することになる。実際、自民党であれ旧民主の小沢氏であれ、「1、2回生の仕事はひたすら地元を回ること」と教えている。

この「地回り」の中で、もう一つ重要となるのが「陳情受け」である。有権者から各種陳情を受け、処理することで支援者と献金を増やすことが目的となる。陳情と言えば聞こえが良いが、現実には行政に圧力を掛けて、特定の者に優先的にサービスを供与させる汚職でしかない。最近では甘利問題が有名だが、自民党では当たり前すぎて、何故それが問題にされるのかすら理解できないだろう。結果、当選回数の若い国会議員は、議会活動などせずにひたすら地元を回り、陳情を受けて処理し、御礼にカネや票をもらうことに専念する。これを当選回数で2回、当選前から数えれば10年近くもやるのだから、3回生になる頃には地元の有権者とズブズブの関係になり、腐敗システムが構築され、議員本人も秘書もそれが「当たり前」になって、正常な感覚を失ってしまうのだ。
要は、自民党や小沢氏の教えは、「腐敗体質が強いほど選挙に強い」ということであり、日本の政治制度はその前提の上に成り立っている。
地域代表制が政治と地域を腐敗させた?)

国会議員は「選挙に強い」と当選を繰り返し、当選を重ねると能力に関係なく、政権党にあれば閣僚になることができる。ところが、「選挙に強い」とは、政治調整能力や行政手腕とは無縁で、選挙区内の有権者とズブズブの関係になって集票マシーンを構築できるかどうかにかかっているため、行政手腕や統治力に関係なく腐敗臭の強い者しか当選を重ねられない構造にある。

日本はどこをどう切っても「お前はすでに死んでいる」のである。

【追記】
日本型システムは人事降格がなされないため、課長級で成果を上げた者が、部長になったらダメだった場合、無任所にするか社外に出すほか無くなってしまう。欧米型であれば、「課長に戻す」ことも可能だが、それができないため、あるポジションで有能だったものを有効活用し続けることができないシステムになっている。
象徴的な例としては、米軍の場合、戦時中を除いて誰もが少将までしか昇進できず、あとは師団長なら中将、軍司令官なら大将などとポストに付随して階級が上がるだけで、師団長として成果が上げられなかったら、旅団長に戻すことが可能なのだ。
ところが、日本では一回大将になってしまったら、中将には戻せないため、無能な上官やムダなポストを乱造してしまうのだ。私の大伯父などは、大戦末期の昭和20年5月、もはや指揮する艦隊も無いのに大将に昇進している。

【追記2】
新卒採用も同じ問題を抱えている。日本の雇用習慣は、職掌範囲を定めずに新卒者を一括採用するため、能力ではなく人格が採用基準となる。その人格も会社に対して従順で、どのような命令にも逆らうこと無く従い、無制限の残業や不合理な異動についても全く文句を言わないことが条件となる。結果、教養、理性、人道的精神、倫理観、社会道徳などの要素を持たない者が優先的に採用されることになる。
posted by ケン at 13:18| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする