2017年09月08日

予約締切迫る!ブログオフ会

今年2月、本ブログは開設から12年を迎え、13年目に突入しました。
来年は総選挙が予想されることから、3年ぶりにオフ会を開催したいと思います。
つきましては、会場確保の都合上、大体の参加人数を確認したいので、参加を希望される方は、都合の良い日をコメント欄かメール(kenuchka@ヤフー.co.jp、カナはアルファベット)にて匿名で結構ですので意思表示ください。
場所については後日個別にご連絡します。

日時:9月30日(土)17時〜20時
場所:東京の赤坂ないしは青山
会費:3500円程度
予約締切:9月15日(金)12時

どしどしご参加ください!連絡お待ちしてます。
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2017年09月07日

沖縄米軍基地視察

今回の沖縄研修は、米軍基地の視察。秘書が行くことはごく稀だが、良い機会となった。視察箇所は、辺野古キャンプ・シュワブの工事用ゲート前と嘉手納基地、そして個人的に嘉数高地から普天間基地を睥睨した。

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辺野古の工事用ゲート前は、この日座り込みをしていたのは20〜30人程度だったが、重点日は100人を超えるという。今はあまり緊迫していないようだ。
反対運動側も警察側も暗黙の了解があるようで、工事車両が到着する時間も大体決まっていて、直前になると日陰から人が出てきてゲート前に座り込み、同じ頃に機動隊も集まってきて、「ごぼう抜き」を行う。両者ともにヒートアップを避けるため、暴力的な排除は行われず、移動を拒否するものは警官に抱えられるように脇に連れて行かれる。
基本的に沖縄県警は「無理攻め」はせず、かなり抑制的に動いているように見えたが、本土の他県から派遣されてきた機動隊になると、対応はかなり暴力的で、差別的な暴言も普通に吐かれるという。また、運動員が多いときは、搬入を見合わせることも少なくないという。
それでも老婆が突然路上に出て、トラックを止めたりするので危険であることには変わらない。

これだけ見ると「馴れ合い」に見えなくも無いが、運動側としては反対をアピールして、一日でも作業を遅らせることが勝利条件であって、もし一斉検挙などされたら、後は「工事し放題」になってしまうから、これを避ける必要がある。
逆に警察、特に沖縄県警からすると、反対世論が強い沖縄で反対運動家を手荒に扱うことは、反対運動の激化に繋がるだけで何も良いことは無い。住民の半数以上を敵に回せば、沖縄の治安は守れなくなるだけに、避ける必要がある。だが、本土の機動隊は「そんなの関係ねぇ」の世界なので、政府の意向に従って武力弾圧も辞さない構図になっている。

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嘉手納飛行場は、3.8kmの滑走路を二本有している空軍基地としては極東最大の規模を誇る。但し敷地面積で言えば岩国の方が大きいが、こちらは米海兵隊と海上自衛隊の共用である。嘉手納は200機前後の航空機が常駐、平時から激しい訓練を行っており、基地としての稼働率も非常に高い。ベトナム戦争期には、ここから毎日150機からのB52が飛び立って北爆を実行した。その一つだけとっても、日本はベトナム戦争の加害者と言える。併設されている弾薬等貯蔵施設には、現在の劣化ウラン弾が置かれているという。
つい最近でも、2017年3月にうるま市の住民が夜間騒音の記録を取ったところ、同月の一カ月間の深夜帯に30回の爆音が確認され、うち21回は午前2時から4時までの間だったという。日本政府の見解では、1996年のSACO合意における「航空機騒音規制措置」で、午後10時から午前6時までの飛行、地上活動に規制がかけられているが、全く機能していないことが分かる。

道の駅「かでな」は、嘉手納基地の北隣にあり、展望台が付いているため、反基地運動家と航空機オタクのたまり場となっているが、確かに飛行場全体を見渡す絶好の場所と言える。私が訪れた際も、F15が頻繁に離着陸を行い、飛行場周辺を何度も旋回したり、アクロバティックな運動をしたりしており、居住地への隣接ぶりを見ても、その騒音被害と事故への恐怖は尋常のもので無いことは容易に想像できる。この辺もやはり現地を見て体感しなければ分からないことが多い。

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普天間基地は、辺野古への移設が予定されている米海兵隊の飛行場。こちらは時間の関係で嘉数高地から一望するだけとなったが、上から見下ろすだけに住宅地との近接具合が良く把握できた。那覇市の発展に伴い、宜野湾市も通勤圏となった関係で恐ろしく手狭になっている。確かに基地としての規模は小さい上に、住宅地が全周囲を囲んでおり、「世界で最も危険な基地」と言われるのもよく分かる。
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2017年09月06日

沖縄戦跡ツアー

研修で沖縄に行き、翌日はフリーだったので戦跡巡り。沖縄を一泊二日とはあまりにもったいないが、時期が時期なので、行かせてもらえただけで満足すべきだろう。映画『沖縄決戦』を見た者なら夢に出てきそうなところばかりで、私も近々復習用に見ることにしたい。

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【嘉手納】
1945年4月1日、米海兵師団と歩兵師団の計4個、6万人が嘉手納海岸に上陸、沖縄本島の戦闘が開始される。現在の嘉手納飛行場は当時「中飛行場」と呼ばれ、当時も最大の飛行場だった。32軍司令部は当初から長期持久を方針としていたため、沿岸での抵抗は行わなかった。そのため、米軍側は「エイプリールフールか?」といぶかしんだとされる。この方針は大本営も了承していたが、中飛行場が占領され、米軍機が離発着を始めると、32軍に反撃要請の作戦介入を行いはじめ、32軍司令部内でも積極派と慎重派の対立が生じた。

道の駅「かでな」は展望台があって、同飛行場を一望できる。飛行場の向こう側に見える高地にいわゆる「賀谷支隊」が配置され、名台詞「本島西海岸一帯は米艦艇のため海の色が見えない」「船が7分に海が3分」が吐かれた。残念なことに、道の駅の展望台からは建物が多く、海の色は殆ど見えない。米軍基地についての解説は次の機会に。

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反射面陣地跡

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嘉数高台北方、沖縄戦最大の戦車戦が繰り広げられた

【嘉数高台】
沖縄戦で最も激しい戦闘が繰り広げられた箇所の一つ。沖縄本島の「くびれ」部分に当たり、陸地が最も狭くなるのと、前後に高台が多いため、自然と「絶対防衛線」になる。特に嘉数は、背後が首里と那覇になるため、米軍にとっても「最短ルート」だった。また、沖縄は石灰岩が非常に多く、これを天然の要害とし、反対斜面に地下壕を掘って米軍の砲撃をやり過ごし、米兵が上ってきたり、回り込んできたりしたら反撃するという戦術を2週間にわたって繰り返した。この嘉数の南側に映画『ハクソーリッジ』の舞台となる前田高地があり、嘉数から退却してきた部隊を収容している。今回、前田高地は、那覇に戻るバイパス途上から眺めるだけに終わった。現在では嘉数高台は公園として整備され、展望台から普天間基地を見下ろす絶好地となっている。

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第32軍司令部壕入口

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【首里城】
第32軍司令部が置かれた場所で、市街地の那覇からは9kmほど内陸にあるが、那覇を見下ろす高台の絶好地にある。南部の中心点となるため、司令部を置くとなると確かに首里しかない感じ。実際の司令部は首里城の麓から掘られた地下壕になるが、現在では埋まってしまっていて、外から入口を眺めるだけになっている。その入口すら、首里城の観光案内地図には掲載されておらず、案内所で位置を確認した次第。外から眺めて、映画と八原参謀の回顧録で脳内補完しまくり。

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司令官室

【小禄】
那覇軍港と海軍飛行場を臨む丘に海軍根拠地隊司令部壕がつくられ、戦争で入口などが埋まってしまったものの、戦後復元して公開されている。映画『沖縄決戦』はそのままロケで使っているため、役者(大田中将役=池部良)の大熱演もあって臨場感がハンパ無い。中は意外と涼しかったが、所々地下水が湧いており、凄まじい湿気だった。玉砕前には負傷者や軍属を含めて数千人が立てこもり、立錐の余地も無く、立ったまま寝た者も少なくなかったという。実際に車で回ってみると、小半島なので首里防衛線が抜かれると容易に孤立してしまうことが分かる。

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平和祈念資料センターから摩文仁丘を眺む

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摩文仁丘から海岸線を眺む。崖から身投げした人も多かったという。

【摩文仁】
首里城を撤退した32軍司令部が最終防衛拠点に定め、天然洞窟を利用して司令部壕をつくるも、首里撤退後は指揮統制が大きく乱れ、避難民の流入も相まって、組織的な抵抗はかなり限定的なものになっていた。6月20日には摩文仁に米軍が到達するも、なおも抵抗を続け、各壕には爆雷が投げ込まれ、火炎放射器で攻撃され、海に繋がる崖から身投げするものは、女子生徒を始め、跡を絶たなかったという。6月23日に、牛島司令官を始め最高幹部が自決し、組織的抵抗は終了、この日が沖縄戦慰霊の日となっている。資料館の展示も、本土の戦争博物館とかなり色合いが異なり興味深かった。ただ、公園と丘はかなり広く、今回は時間が足りず、司令部壕入口までは間に合わなかった。
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2017年09月05日

民進党は前原新代表に

【<毎日新聞世論調査>「前原氏に期待せず」39%】
 毎日新聞は2、3両日、全国世論調査を実施した。1日の民進党代表選で選ばれた前原誠司代表に「期待しない」との回答は39%で、「期待する」の31%を上回り、「関心がない」も24%あった。同党の支持率は5%と低迷したままで、代表交代による浮揚効果は今のところ出ていない。
 今回の調査で「支持政党はない」と答えた無党派層は50%を占めた。無党派層は前原氏に「期待しない」37%、「期待する」30%で全体の傾向とほぼ同じだった。民進支持層では「期待する」が8割に上ったが、他党支持層や無党派層には期待が広がっていない。
 前原氏は代表選で、共産党との選挙協力見直しを主張した。民進党が次期衆院選で共産党と「選挙協力をする必要はない」は63%で、「選挙協力をすべきだ」は23%だった。しかし、民進支持層ではいずれも4割台で拮抗(きっこう)。共産支持層では「選挙協力をすべきだ」が上回った。
 核開発やミサイル実験を繰り返す北朝鮮に各国がどう対応すべきかを尋ねたところ、「外交努力を強める」が61%で、「軍事的な圧力を強める」の25%を大きく上回った。安倍内閣の支持率は39%、不支持率は36%、「関心がない」は22%だった。
 今回の調査から、これまでの固定電話に加えて携帯電話も対象にしたため、8月に実施した前回調査までの数値と単純に比較はできない。前回は支持率35%、不支持率47%、「関心がない」17%だった。ただ、無党派層では不支持率46%、支持率20%と差がついており、無党派層はなお安倍内閣に批判的だ。
 内閣支持層では「他に良い人や政党がない」という消極的な理由が47%で最多。逆に不支持層では「安倍さんを評価していない」が46%、「政策に期待できない」が39%に上った。学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設問題などに対する批判はなお強いとみられ、支持率の大幅な回復は現状では難しそうだ。
 民進党以外の主な政党支持率は、自民29%▽公明4%▽共産2%▽日本維新の会2%−−などだった。
(9月3日、毎日新聞)

民進党代表選挙2017は、大方の予想通り、前原氏が当選した。まずは結果と、ケン先生の予想を比べてみよう。
【二次予想】
国会議員票(290P):214p、76p
予定候補票(128P):86p、42p
地方議員票(209P):123p、86p
党員サポ票(231P):110p、121p
合計(858P):533p、325p

【結果】
国会議員票(268P):166p、102p
予定候補票(126P):84p、42p
地方議員票(209P):115p、94p
党員サポ票(231P):137p、94p
合計(858P):502p、332p

最終ポイントの合計が異なるのは、国会議員と予定候補者に棄権や無効票があったため。特に国会議員の棄権3、無効票8(ポイント換算は2倍)は、離党予備軍とも言われ、なかなかに深刻な数字だ。

総合ポイント的には、誤差を前原候補で5%、枝野候補で2%に抑えているので、自己評価ながら、政治技術者としては「及第点」だろう。だが、国会議員票と党員サポーター票で読み違えがあったことも確かで、結果的に外さなかっただけとも言える。

国会議員票では、後で各陣営の秘書に予想人数を確認したところ、前原陣営で96人、枝野陣営で37人だった。国会議員は1人2票なので、前原陣営で12人からの裏切りがあり、枝野陣営では「誰が入れたのか不明」が14人もいたことを示している。私の予想はむしろ各陣営の「票読み」に近い数字で、ゲーム的に言えば「ダイスが振れた」(期待値外の数字が出た)感じなのだろう。政治的には「前原陣営でタガが緩んでいた」「前原圧勝に中間派議員に危機感が生じた」という可能性が考えられるが、現時点でそれを裏付けるものはない。

党員サポーター票については、私自身が「良心的な左派・リベラル党員はすでに離党済み」とか言っておきながら、枝野氏に高評価を付けてしまったところに原因を求めるべきだろう。とはいえ、東京の党員票を見る限り、枝野4,242人、前原3,083人なので私個人の狭いアンテナに依拠してしまったことも敗因の一つと言える。やはり全体的には、連合や国会議員の意向に引きずられるということなのだろう。
また、党員・サポーターの投票率は全国平均で40%、最高の新潟で51%、最低の沖縄で23%と非常に深刻な数字となっている。これは、まだ党員・サポーターであり続けている者の中でもすでに「党の先行きを見限った」層が急増していることを示している。

今後の展望については稿を改めたいと思うが、先に述べたように「軍拡」「社会保障」「自由」の三兎を追おうという前原氏の方針は原理的に成立しがたい。また党運営の実務と組織の制御を担う幹事長任に当選二回の山尾氏を充てようとし、後に撤回するという失態を早々に演じており、党内に人材が枯渇していること、情報・組織の統制に難があることを示してしまった。これらにより、非常に不安定な党運営や国会対応になることが見込まれる。前原体制も次の総選挙まで保つかどうか、という話になりかねない。

【追記】
今週のセンテンススプリングにY尾スキャンダルが掲載されるとのこと。こりゃダメだ。
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2017年09月04日

Cross of Iron(戦争のはらわた)

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『戦争のはらわた』 サム・ペキンパー監督 英独ユーゴ(1977)
新宿シネマカリテでは9月中旬まで



『昼下がりの決闘』や『ワイルドバンチ』など西部劇映画の名手として知られるペキンパー監督が唯一撮った戦争映画にして、今日に至るまで戦争映画の金字塔と言える作品。
まだまだ連合国視点の戦争映画が主流だった時代に、ドイツ軍の小隊を舞台に末期的な戦闘(まだ43年夏だが)を、善も悪も無くひたすら残酷かつアナーキーに描き切ったことで、極めて鮮烈なイメージを作り出すことに成功している。
技術的には比較にならないほど進化した現在にあっても、『プライベート・ライアン』や『フューリー』のような英雄万歳的な作品が横行していることを考えれば、『戦争のはらわた』の先進性は今後も失われることは無いのでは無かろうか。

1943年夏、東部戦線タマン半島(クリミア半島からケルチ海峡を隔てて大陸側)。前年のブラウ作戦に失敗し、カフカス戦線から退却してきた部隊を収容しながらソ連軍と戦う偵察小隊が舞台となる。主人公のシュタイナーは、老伍長ながら実質的な小隊長で兵卒からの信頼も圧倒的な「頼りになる男」なのだが、とにかく反権力で権威を憎んでいる。そこにプロイセン貴族で「鉄十字章」欲しさにフランスから東部戦線に志願してきた中隊長が赴任してくる。圧倒的な物量と兵力で次々と襲いかかってくるソ連軍を前に、独軍内は士気が弛緩し、腐敗が蔓延していた。

本作の魅力は語り出すと止まらなくなってしまうが、何よりも人物造形と脚本が秀逸で、ジェームズ・コバーン扮するシュターナー伍長(後に軍曹)が、無敵のアンチ・ヒーローを演じ、それを「あり得ない」と思わせないところがまず凄い。
従来の戦争映画がどこまでも不自然なのは、責任感や使命感の強い主人公が無敵である点で、実際の戦場は責任感や使命感の強い「いいヤツ」から真っ先に死んでゆくものなのだ。例えば、「ここは俺に任せてお前は先に行け」とか「行方不明になった部下を助けに行く」などという兵士こそ最も死に近いところにある。戦争が本質的に邪悪であるのは、「いいヤツ」から死なせてしまうところにもあるのだ。

また、技術的にもカットやコマ割が細かく、「見づらい」という人もいるかもしれないが、これが刺激的な仕上がりになっている。今回はデジタル・リマスターできれいに再処理されており、あらためて実感させられた。撮影後も編集に力を割いた作品だったことが分かる。スローモーションの多用も、現在では「わざとらしい」と感じてしまうこともあるが、本作では非常に効果的に使われている。

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本作では、ドイツ軍人をイギリスの俳優が演じ、ソ連軍はユーゴスラヴィア軍の協力で演じられているため、今日見ると色々違和感を覚えるところはあるのだが、どれも「些末」で済まされるほどの名作なので許される事態になっている。
興味深いのは、70年代後半にあっても旧ユーゴ軍の備蓄兵器として、第二次世界大戦当時の赤軍装備が山積されており、本作の撮影で「大放出」された点にある。従って、本作に出てくるPPShからT34(85の方だが時代考証的には43年には実用化されていない)まで実戦使用可能な「本物」なのだ。主人公らが鹵獲兵器をどんどん使うあたりもリアリティがあって良い。

そして、内容もさながら、冒頭の記録映像に併せて流れる童謡「幼いハンス」(日本では何故か「蝶々」)と、ラストのシュターナー軍曹の高笑いだけでも、鑑賞後も頭にこびりついて夢にも出てきそうなほど強い印象を残してくれる。これだけ徹頭徹尾強烈な印象を残す戦争映画は、岡本喜八先生の『沖縄決戦』くらいではなかろうか。

なお蛇足だが、ブラント大佐役のJ・メイソンは実際の二次大戦では良心的兵役拒否者となり、一族から長いこと勘当されていたという。
posted by ケン at 12:34| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月03日

Twilight Struggleふたたび

T後輩とGMT「Twilight Struggle」(2005)をプレイ。彼は20年以上ブランクのあるゲーマーで、現在リハビリ中だが、20年もあると彼の知らない「新作」も山ほどあるだけにチョイスに悩む。まぁヘクスものは苦手なので限定はされるのだが。

そこで今回は「Twilight Struggle」を選択。何と言っても全世界を舞台に米ソ冷戦のキャンペーンができるというだけで大ロマンだろう。とはいえ、我々の間では「ソ連が有利すぎ」「全くアメリカが勝てない」という理由から、「面白いが、バランスが・・・・・・」という評価が確定し、私も10年近くプレイしていなかった。とはいえ、一般的にはかなり人気で、日本語版まで発売され、世界的にプレイされていることも確か。

記事にはし損ねたが、前回インストールを行って今回は二戦目になる。前回は2回プレイして、1度目はソ連のサドンデス勝利、2度目はベルリン崩壊前にソ連がヨーロッパの支配を失って投了した。

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2006年版カードを使い、ケン先生がソ連、T後輩がアメリカを持った。
序盤、アメリカの手札が悪く、(毎度ながら)ソ連が一方的に攻め立てる展開となる。欧州、中東で「優勢」を確立、アジアでも快進撃を続け、一時はイタリアやフランスまで赤化、中東を真っ赤に染める寸前に至り、2ターン目にはマイナス10VP(ソ連寄り)を超え、3ターンにもサドンデスとなる勢いだった。
だが、プラハ・サミットにおいてソ連側が+3修正でダイスを振って、USに勝てばサドンデス勝利という状況をつくりながら、ソ連1対US6となってしまい、サドンデスを逃すと、以後一転して苦しい展開になっていった。
ソ連は宇宙開発にことごとく失敗したことも災いした。

アメリカは宇宙開発で先行した優位を駆使しながら、南米や中南米で地道に得点を重ね、少しずつ挽回。他方、ソ連は現状を維持し、失点を重ねないようにするのが精一杯だった。序盤にソ連側イベントが出きってしまったことも影響している。
「後期カード」が入る第8ターンの冒頭でマイナス4点(ソ連寄り)というところで時間切れとなったが、本ゲームは遅くなるほどアメリカに有利であるため、残る3ターンでソ連が4点のリードを守れるかどうかは、なかなか厳しいところだった。勝算は35〜40%ほどだっただろう。

今回含めて約10年ぶりに3回プレイしたが、10年前に感じたほど「ソ連有利」とは思えなかった。確かに序盤はソ連が有利なのは相変わらずだが、ソ連が有利なのはソ連側イベントが出まくるせいで、それが無くなるとアメリカが有利になるためだ。
コツとしては、自分側のイベントはできるだけ作戦カードとして用いて先送りにし、相手が持ったときにイベント発動させるようにするのが望ましいわけだが、思うように行くとは限らず、コントロールは難しい。

久しぶりにプレイすると、やはり面白いゲームである。まぁ若い人にはカードのイベントが「何が何だか」の世界かもしれないが。
posted by ケン at 12:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月01日

民進党代表選で論じられないもの

「沈む船でも船長になりたがるのが人間さ」
(芝村裕吏『猟犬の旗』)

民進党代表選は、議員歴四半世紀に近い前原候補と枝野候補が互いに「それっぽい」ことを言って、保守派が前原、リベラル派が枝野を推し、「人柄で言ったら前原さんだよね」ということで前原氏の勝利が確実視されている。
だが、ケン先生に言わせれば、二人とも肝心なことには何も触れていない。

ソ連史と昭和史をかじったことのあるものなら、軍拡と社会保障と社会的自由(リベラリズム)の3つはトレードオフの関係にあり、うち1つは必ず犠牲にせざるを得ないことを知っている。

戦前の日本は前2つを採って社会統制を強化した。ファッショ体制とは、世界大戦を前提とした長期戦に向けて国家を最適化させようというもので、リソースを軍事と生産に集中させるため国民の動員率を上げることを目的とする。そのため市民的自由を国家の制限下に置くが、そのままでは国民不満が増大するので、社会保障を充実させることで不満を抑制すると同時に、国家への従属と社会参加を強化することになる。

戦前の帝国日本は世界大戦を想定、陸軍はソ連と海軍はアメリカと戦争することを前提に巨額の予算を獲得、軍国化を進めた。例えば、日中戦争前の1936年を見ても、国家財政に占める軍事費の割合は47.6%にも達していた。国際的に孤立していた日本は、外国からの借款や投資は期待できず、内国債と増税で賄うほか無かったため、軍事動員の強化もあって、社会統制を強化していった(1928年に治安維持法改正、35年に天皇機関説事件、37年に軍機保護法改正、)。だが、同時に社会的不満を抑制し、工場生産を安定させるため社会保障の充実が図られた。例えば、1931年には労働災害扶助法、35年には常時5人以上を使用する事業所に健康保険加入を強制する政府管掌健康保険制度、36年には退職金制度が制定された。これらは、当時「リベラル」とされた民政党が反対していた施策であった。同時に、社会大衆党の先輩方が親軍路線に傾倒していった理由でもある。
ところが、総力戦体制が全く整わないうちに日華事変が勃発、想定外の中国と全面戦争を始めてしまった挙げ句、中国との戦争が原因で米英にも宣戦布告して破滅的な結末を迎えた。もっとも、海軍の中枢にいた伯父上が何度も述懐しているとおり、当時の軍人や政治家は口では言っていても、総力戦とは何なのかを理解している者は殆どいなかったものと思われる。総力戦の問題については、また別途論じたい。

今日のロシアも同じ状況にある。米欧との経済力が隔絶する中で、さらに軍事、外交的圧力が強化され、ロシアはGDPの5%というあり得ない予算を投じて軍拡を余儀なくされている。同時にプーチン政権は1990年代に壊滅した社会保障制度の再建に取り組んでおり、まだまだ見劣りはするもののかなりの水準を取り戻しつつある。だが、その一方で社会統制を強化すると同時に、権力の集中を図っている。

ソ連史を見た場合、内戦と干渉戦争を経て長い国際的孤立に入り、さらにドイツの侵略を受けたソ連は、本来のボリシェヴィキの目的だった社会保障の充実を後回しにしてひたすら軍拡するほかなかった。二次大戦後すらも米ソ冷戦に突入したため、巨大な軍事力を維持したまま社会保障の充実を図るほか無く、市民的自由は犠牲にされ続けた。だが、軍備と社会保障に重点を置いた集産主義は経済成長を阻害、1960年代に経済改革(コスイギン改革)を志向するも失敗、70年代には経済成長が止まってしまった。そこで80年代にペレストロイカと称して、軍事力を抑制しつつ、社会保障制度の再編と社会的自由の拡大を図ったが、まず軍事費の抑制に失敗、社会的自由の拡大は党による国家統制を失わしめ、ソ連は崩壊していった。
80年代のアメリカは、軍拡を進めてソ連に圧力を掛けたが、それは社会保障を犠牲にすることで成り立っていた。

現代日本の場合、自民党は社会保障を少しと自由を半分削ることをめざしているが、民進党は3つ全て追求しようという前原氏と軍拡を否定する枝野氏が代表選を争う構図になっている。

前原氏は、「All For All」などと「それっぽい」ことを言っているが、要は大衆増税を行って社会保障を維持しつつ、対中北強硬路線に基づく軍拡路線を進めるという話で、しかも市民的自由は保障するという、原理的に無理筋な主張となっている。
デフレ下での大衆増税は、ただでさえこの15年間低下し続けている低中所得層の可処分所得をさらに低下させて経済格差を助長させることになる。これは社会的不満を増大させ、治安悪化の要因となるため、社会統制の強化(治安立法と警察力強化)で対応するほか無い。また、社会保障の充実は、現行制度がバケツの底に穴が空いている以上、消費増税程度では数年しか保たない。
2008年度一般会計予算の社会保障関係費は21.8兆円、一般会計予算83兆円の約26%、国債費と地方交付税交付金等を除いた政策的経費である一般歳出47.3兆円に対しては46%を占めていた。だが、2017年度のそれは、予算97.5兆円に対し、社会保障関係費32.4兆円で約33.3%、一般歳出58.4兆円に対しては55.5%を占めるに至っている。社会保障費はわずか9年間で10兆円以上も肥大化しているが、今後は自然増で毎年1兆円以上の増加が見込まれている。これは、基本的には長命による高齢層の増加に起因しているが、医療技術の進歩による医療費の高騰も一因になっている。
ちなみに今年度は前年比5千億円の増加で抑制されているが、これは自然増分を政策的に抑制しているだけで基本的には「一時凌ぎ」でしかない。野党はこれを批判するわけだが、野党側に社会保障費の肥大化に対する対案があるわけでもなく、無責任の誹りは免れないが、根本的な対応策が無いという点では自民党も政府も無策と言える。
日本型ペレストロイカに必要なもの、そして失敗する理由・下

つまり、「軍拡も社会保障も自由も」という前原路線は原理的に不可能で、強行しようとすれば2009年の鳩山内閣以上の惨事となろう。
付言すると、この点、連合は明確で「軍拡」「核政策」「正社員既得権益」が担保されれば、他は全て犠牲にして良いというスタンスなので、前原氏を全面的に支援している。故に前原氏が個人的には志向していると思われるリベラリズムは、新体制下で放棄されるだろう。

一方、枝野氏は軍拡路線を否定、社会保障の充実と市民的自由の護持を主張することで、原理的な無理は無い。だが、北朝鮮や中国からの「脅威」が煽られて国民大衆がタカ派路線に傾倒、社会的には排外主義が蔓延する中で、従来型のリベラリズム、社会民主主義路線は支持されにくくなっている。衆議院の選挙制度が小選挙区を基軸とし、参議院でも一人区が多くなっている中で、国会議員も候補者も少数派の主張に与すること自体が大きなリスクとなっている。結果、内心では枝野氏の政策に賛同しながら、「これでは当選できない」という理由(本音)で前原氏を支持する者が続出している。

他方、民進党はそもそも政党として完全に行き詰まっている。もともと民主党はオールド・リベラリズムと新自由主義の融合を掲げて成立したが、小泉政権時にネオ・リベラル論争に敗北(民主党こそが真の改革者)、小沢一郎氏の下で社会民主主義路線(国民の生活が第一)を進めたものの、政権交代を経て党の内紛が勃発、半年で鳩山内閣が倒壊し、菅内閣が成立すると政策理念も国家像も無いまま漂流するところとなった。野田内閣に至っては、従来の自民党と寸分かわらない政策となり、その反省をせぬまま今日に至っている。つまり、新自由主義でも社会民主義でもない路線が打ち出せない以上、何を言ったところでその場凌ぎにしかならない。

また、対外的には「Democratic Party」をうたいながら、支部会議すら開かれず、党員にいかなる権限もなく、国会議員に権力が集中する一種の民主集中制を採用していることは、民進党が本質的にデモクラシーを否定していることを意味する。
同時に、野田内閣で各種治安立法を企図しながら(社会統制の強化、市民的自由の制限)、野党に転じると反対し、しかも党内には連合を含めて「本音では賛成」という者が過半数を占めていたことは、自由を志向する国民大衆への背信行為と言える。

つまり、民進党は民主主義や自由を訴えるだけの正統性を欠いているのである。

【追記】
「ケン先生だったら何を訴えたか」については、以下の記事を参照して欲しい。
・日本型ペレストロイカに必要なもの、そして失敗する理由
posted by ケン at 12:15| Comment(0) | 憲法、政治思想、理念 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする