2018年04月07日

久しぶりにエポックD-Day

今年に入って初となってしまった作戦級シミュレーションは、エポック社の名作『D-Day史上最大の作戦』、サンセットゲーム社の再版となる。ケン先生はエポック社製の現物も持っているが、新版の方がコンポーネントが充実している。ただ、ソフトマップなのと年寄りにはユニットが小さいところが難ではある。
本ブログにプレイ記事が無いところから、前回プレイした時から少なくとも13年以上経ていると推測される。
写真は取り損ねてしまい、今回は無し。

しかも、約20年ぶりに再会したH先輩が参戦、K先輩、O先輩との4人プレイ。もはや平均年齢は50歳近くになっており、諸行無常感が漂う。
H先輩が英軍、O先輩が米軍、K先輩がカーン方面独軍、自分はサン・ロー方面独軍を担当するも、K先輩は未プレイだったので、私が補佐する格好。

いかんせん超久しぶりだったため、ルールもユニットも確認しながらのプレイとなり、7時間かけて4ターンしか進まず、嵐にすら間に合わなかった。以前であれば、6ターンくらいまでは進めたのだが。それでも、1日で終わることはできないため、ケン先生が連合軍の勝利条件(シェルブールを落とした上で、南端から突破)を満たすまでプレイしたのは一度きりしかない。

空挺降下は、英軍が無傷で、米軍が半分ズレる結果となるも、風に流された部隊が道路を扼す形となり、上陸戦闘も順調に進み、ドイツ軍的には苦しい展開となる。さらに、第3ターンまで快晴が続き、ヤーボが常に上空を支配したことで、ドイツ軍の再編・集結が遅れてしまう。
特に米軍は歩兵師団を大量投入して平押しに攻めたて、第2ターンにはカランタンが陥落、ドイツ軍的には「手の打ちようが無い」感じ。一方、英軍は兵力を温存、海岸陣地を潰した後は、陣地をつくって後続を待つ格好。

本作におけるドイツ軍の弱点は、歩兵の絶対数が足りないことで、連合軍としては独軍戦線の弱いところを攻撃して、戦力をすり潰してゆけば、いずれドイツ軍は装甲部隊で戦線を張るような話になり、反撃能力を失うところとなる。ただ、時間を掛けすぎると最終ターンまでに間に合わないという問題はある。
そのため、ドイツ軍としては機会を見つけて反撃を行い、連合軍の攻撃力を減退させることで時間を稼ぐ必要がある。それも、可能な限り早い段階で行うのが肝要だ。

結果、通常であれば、航空攻撃や艦砲射撃の無い第5ターンの嵐に乗じて反撃するのが定石となる。だが、今回は米軍の進撃が早く、ケン先生の判断としては「このまま押し込まれるのはマズい」ということになり、第4ターンの天候が悪かったこともあって、同ターンに装甲教導師団と第1SS軍団をもって、カランタン方面で反撃を行い、アメリカの歩兵1.5個師団を吹き飛ばしたが、米軍側も果敢に反撃、教導師団も半壊してしまった。

O先輩的には「反撃は嵐を待っても良かったのでは」との評だったが、本作では嵐の到来時期が第5ターンに固定されているだけに、連合軍は満を持して陣地に籠もる傾向が強い。そのため、私としては、必ずしも天候に依拠せず、連合軍が攻撃して突出したところを叩くのが良いと考えている。
第5ターンに連合軍の戦線に隙間や弱点があれば、そこを叩くのがベストなのだが、上手く配置されて退却で損害を吸収されると、目的が達せない。本作のドイツ軍は時間を稼ぐことが重要で、装甲部隊の損失は勝利条件には影響しないため、「攻撃できるときにする」ことにしないと、「気づいてみたら歩兵がいなかった」みたいになりかねない。いささか日本軍的な発想であることは自覚しているのだが・・・・・・

超久しぶりにプレイしてみたが、面白さは相変わらずだが、今日の感覚からすると、やはりプレイ・アビリティに難があるように思える。考えてみれば、GMT「Normandy 44」も一回テストしただけなので、もう一度プレイして比較してみたいものだ。
posted by ケン at 13:00| Comment(0) | ゲーム、囲碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月06日

森友疑獄は不発終了?

【政党支持は自民36%、立民9%…読売世論調査】
読売新聞社が3月31日〜4月1日に実施した全国世論調査で、政党支持率は、自民党36%(前回38%)、立憲民主党9%(同9%)などの順。無党派層は41%(同38%)となった。
(4月1日、読売新聞)

佐川氏の証人喚問が終わって、内閣支持率は回復基調にある一方、政党支持率はこの期間を通じて大きな変化は無く、野党・立民の支持率もほぼ横ばいのままだった。
先に述べた通り、野党側はまともな証拠も無いまま、状況証拠のみで証人喚問を要求、与党側が応じて、佐川氏は証言法を盾に証言拒否を続けたことで、何も起きないまま終了した。

言うなれば、野党側は準備不十分のまま決戦を要求し、与党側は上手くいなして、互いにほぼ無傷のまま対峙しただけで終わったイメージである。野党は大言を吐いておきながら、何の成果も挙げられなかったのだから、支持率が下がらなかっただけマシだったかもしれない。
大きなチャンスを得ながら、本来の支持層から支持を拡大できなかったのは、基本的には国対(国会対策)に責任を帰せられる。しかし、立民の担当者は「国民の後押しが足りなかったから」などと責任を転嫁している。これは心得違いも甚だしく、野党が政府・政権党の腐敗の全貌を明らかにできたなら、自然と支持が集まるわけで、国民の支持があるから政府の腐敗が明らかにされるわけではない。これは、つまり彼らが従来の支持層の「顔を立てる」ためにスキャンダルを取り上げていただけに過ぎなかったことを示している。

立憲民主党の支持率が上がらない理由については、別途検討したいと思う一方で、「バカバカしい」と思わなくも無いので、どうしても筆が進まない。
ただ、本質的には「財政再建」「公務員の人件費削減」「連合の支持」に象徴されるように、階級に依拠しないプチブル・リベラル政党であるため、「なら自由民主党で良いじゃん」という話にしかならないのだろう。

その一方で、「森友疑惑解明は不十分」との意見も多数を占めており、野党の支持率が上がらないのに政府不信ばかりが募るという、「行き場のない不満」が強まる状況になっている。

【参考】
・マルキシズムは現在も有効
・メランション候補が訴えたもの・続
・民進党代表選で論じられないもの
posted by ケン at 12:57| Comment(0) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月05日

狛江市に見る地方自治の衰退

【<狛江市>高橋市長自ら減給提案 セクハラ疑惑に幕引きか】
 東京都狛江市の高橋都彦(くにひこ)市長は23日、自身の給与を2カ月20%減額する条例案を市議会定例会に提案した。女性職員へのセクハラ疑惑をめぐる混乱の引責とみられるが、市議会には減給で事態を幕引きしたい思惑があると指摘する声が上がっている。
 市企画財政部政策室によると、高橋市長は提案理由について「市政に混乱を生じさせたため」と説明。定例会最終日の27日、本会議で採決される予定になっている。可決されると、高橋市長には4、5月、本来の2割減の71万8400円の給与が支給される。
 共産党市議団は「減給でうやむやにできるものではない。一日も早くセクハラの事実を認め、市民と職員に謝罪し、辞職すべきだ」と批判している。
 セクハラ疑惑は共産市議が市議会で追及。女性職員の訴えをまとめた市の内部文書に基づき、「(2014年4月1日の歓送迎会で)口をつけたコップで何度も飲むことを強要された」との記載を踏まえ、「強要したのは市長では」とただした。高橋市長は「身に覚えがない」と否定し、強要したとされる人物が黒塗りにされた文書の再調査は「必要ない」と答弁した。
(3月24日、毎日新聞)

この狛江市というのは、戦前期から「風流な文人の住む郊外市」という評価がなされていたが、近年はスキャンダルまみれとなっている。
現職市長の前は4期16年(訂正済み)にわたってコミュニストが市長の座について福祉や文化事業を進め、道路や下水などの公共事業すら「自民党時代よりもスピーディーになった」と言われたほどの善政を敷いた。しかし、その彼が多選を自粛した結果、他の全野党が相乗りして、記事にある高橋氏を推薦、「財政赤字の悪化」を非難して、NK党が推薦した後継候補を下して当選させている。

そもそもコミュニスト市長が誕生したのは、前の市長が韓国のカジノに入り浸り(年間30日以上とか)、一般に言われるところでは16億円という大借金を個人で背負い、市税を滞納するに至って、市長本人が失踪、狛江市が市長の所有地を押収するという「伝説」(事実)ができた。
その出直し選挙では、保守派が割れ、コミュニスト市長が誕生、善政を進めて三選をなした。

この市の酷いところは、例えば民進党市議の場合、現職は「市内非在住」が指摘され、その前の市議は市税を滞納して辞職している。聞くところでは、生活者ネットの市議も自民党と歩調を同じくして、NK党以外がオール与党化しているという。

首長も自治体議員も恐ろしく劣化してしまい、「コミュニストの方がマシ」になってしまっている典型例の一つである。
posted by ケン at 12:25| Comment(2) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月04日

上海敵前上陸

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三好捷三 『上海敵前上陸』 図書出版社(1979)

他にあまり類を見ない、第二次上海事変に出征した下士官による戦場回顧録。
輸送船では切り干し大根のみ、上陸後は6日間補給無し、手渡された手榴弾と缶詰は日露戦争の残り物。上陸して10日後には、本人以外の分隊員は戦死傷などで全滅。伍長なのに一時は中隊長に(200人からの中隊が20人)。80日後、南京に向かって進撃する頃には、67kgあった体重が43kgになって野戦病院に収容、数ヶ月後、帰国除隊。

戦記物は小学生の頃から40年にわたって読み続けているが、日中戦争ネタは最近読み始めたばかりで、まだまだ気づかされることが多い。
日本軍の兵站軽視は十分に認識していたつもりだったが、日華事変勃発当初からロクに機能していなかったというのは驚かされる。筆者は、自分が直接戦闘を避けていたこともあるが、「次にいつ補給が来るか分からない」ことから弾薬を節約、要は小銃を撃たないように心がけ、上陸前に渡された200発の銃弾のうち、倒れて収容されるまでの80日間で使ったのは、わずか70発だったという。西南戦争の方がよほど撃っていただろう。

また、日本軍では白米を渡されて各自で自炊しなければならないため、上海戦のように2カ月間対峙が続くような状態に陥った場合、水を確保するためや炊事の火によって身を危険にさらすことになる。そのため、汚れた小川や池の水で、下手すると生米を水に漬けただけで食することになり、あっという間に赤痢が蔓延、コレラ、チフス、結核などの二次感染を引き起こし、戦う前に戦力を失ってしまう傾向があった。以下、参考。

日本軍歩兵は作戦時に20日分の食糧を携行するが、1日の白米配給量は6合(900グラム)であり、20日分で18kgになったという。これに対してドイツ軍歩兵は5食分を携行しただけだった。当時の日本人男性の標準体格が身長160cm強で体重60kg弱であったことを考えても、行軍時の負担は想像を絶するものがある。これは日本軍の兵站システムが脆弱であったことに起因する。一般的には近代的軍隊における戦闘部隊と兵站機能の割合は3対7から4対6であると言われ、赤軍はこれが5対5であったために1944年以降の対独反攻が何度も中断することになった。だが、日本軍に至っては、5対5以下の6対4に近いとされ、圧倒的に兵站機能が軽視された(現代の米軍は2対8に近づいているらしい)。日本軍の歩兵中隊の場合、戦闘員173名に対して後方支援要員はわずか7名に過ぎなかった。他方、ドイツ軍の1944年型歩兵中隊が、戦闘員115名に対して後方支援要員を53名も有していたことは、当時の日本軍人には想像もつかなかったに違いない。
しかも、日本軍で配給されたのは、現代的なレーションではなく、白米が直に支給され、兵士各自が自炊しなければならなかったため、戦場では炊飯時の煙が敵の砲爆撃を誘うことになり、水に漬けただけの米を食べざるを得ないなど極めて劣悪な環境におかれた。「勤務中に食事する時間など無いはずだ」という某ブラック社長の発言は旧軍の伝統を継承していると言える。また、日本軍には中隊レベルに靴や軍服を修理する機能が無く、靴や軍服の破損を直せずに裸足のままの兵が多数おり、劣悪な衛生環境が強いられ、破傷風や風土病に対して極めて脆弱だった。隊内で靴の盗難や強奪が頻発したことも良く知られている。大本営の拙劣な作戦指導も相まって、日本軍は戦没者の6割を占める140万人を餓死・戦病死させた。
野戦教範に見る日本のブラック性について


しかし、兵站の不備で大苦戦したにもかかわらず、杭州湾上陸という戦術的奇策によって中国軍を敗走、大勝した結果、この問題は全く顧みられることなく、終戦まで放置されるところとなった。なお、ゲーム的な表現を使うと、1937年7月に始まった日華事変・日中戦争は、1939年に入ると支那派遣軍の半分以上が補給不足となり、攻勢を中止、長期持久態勢に移行せざるを得なかった。
もともと、「上海居留民の保護」を名目に上陸したはずの上海派遣軍が、中国軍と全面交戦するところとなり、長期に渡る対峙状態に業を煮やした司令部が杭州湾上陸作戦を敢行したところ、「裏崩れ」によって中国軍は敗走したものの、今度は日本軍による追撃戦が始まってしまい、戦線拡大が止められなくなった側面もある。そして、停戦・休戦交渉が不調のまま南京攻略を行い、虐殺事件が生じたことで、ますます休戦する機会を失っていった。

著者は、九大出の民間エリートだったが、徴兵検査で「甲」と判定されてしまう。徴兵を回避するために、一年志願制度を利用して幹部候補過程に進むが、どうしても軍隊の権威主義になじめず、反抗的態度を繰り返し、将校認定されずに下士官に止められている。この辺りの事情が、いかにも大正リベラリズムと昭和ミリタリズムの相克を象徴しており、非常に興味深い。昭和一桁期は、まだまだ「軍隊何するものぞ」の空気が残っていたことが分かる。
ケン先生の祖父は大正一桁生まれだったが、大正リベラルの洗礼に浴したため、かなり現代人に近いリベラル感覚を持っていたが、その下の世代になると、初中等教育が軍国主義に染められてしまい、感覚的に別物の存在になっているようだ。
手元に置いておきたい一冊である

【追記】
マニアックなところでは、著者の部隊が「西住戦車隊」に窮地を救われるシーンがあり、分かる人は「軍神キターッ!」となるかもしれない。
posted by ケン at 12:27| Comment(2) | 日本語、日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月03日

機密を続々廃棄する政府

【<特定秘密>「1年未満」省庁が廃棄 政府にチェック要求】
 衆院の情報監視審査会は28日、昨年分の調査報告書を大島理森議長に提出した。重要な情報を指定している特定秘密文書にもかかわらず、保存期間を「1年未満」の扱いにすることで各省庁の判断だけで廃棄している現状は問題だと指摘し、政府内にチェック体制をつくるよう求めた。
 報告書によると、内閣官房、警察庁、防衛省など6省庁は2016年の1年間に特定秘密文書44万4877件を廃棄していた。いずれも保存期間1年未満だった。廃棄した文書の多くは、衛星写真など原本のある文書類の写しや暗号関連文書だったが、2万8272件は「別の文書に同様の情報が含まれる」ものの、写しではなかった。
 保存期間が「1年以上」の特定秘密文書を廃棄する場合には、政府内の独立公文書管理監と内閣府による二重のチェックを受ける。一方、「1年未満」は所管する省庁の判断で廃棄できる。
 審査会の会長の額賀福志郎・元財務相は1年未満の特定秘密文書の廃棄について「廃棄の際に一般の公文書と変わらない扱いになっており、特に慎重な判断がされていない可能性がある」と指摘した。
 報告書は特定秘密文書について(1)1年未満にできるのは別に原本のある文書の写しに限定し、それ以外の文書を1年未満にする時には省庁の内規に明記すること(2)1年未満の文書を廃棄する時も独立公文書管理監が検証・監察するよう運用を見直すこと−−を政府に求めた。
 ただ、独立公文書管理監が室長を務める内閣府情報保全監察室の担当者は取材に対し「権限以外のことはできない」と消極的な姿勢だ。政府の運用基準は1年未満のチェックを管理監の権限として明示していないが「独立公文書管理監は、必要があると認めるときは、特定秘密を含む資料の提出・説明を求めることができる」との記載もある。
(3月28日、毎日新聞)

法案審議中から懸念されていた「特定秘密の大量廃棄」が現実のものとなっている。
省庁は自分たちが所管する秘密文書について、一定のガイドラインはあるものの自分で保存期間を定められるので、これを「一年未満」にしてしまえば、実質「廃棄し放題」にできる。
もともと例外的運用を目途に設定されたルールが、拡大解釈されて一般化してしまうのはままあることだが、これは当初から指摘されていたものなだけに、「そんな使い方をされるとは思ってもみなかった」では済まされない。
むしろ一般公文書でも、「一年未満の特定秘密」に指定することで、廃棄することが可能になるだけに、いま問題になっている森友や加計関連文書もいくらでも廃棄することがルール的には可能になってしまっている。
自衛隊の日報が「保存期間一年未満」とされて、大量に廃棄され、海外派兵の実態が検証できなくなった問題が発生したのは、つい先日の話だ。
機密指定は数十年に及び、場合によっては永遠に秘匿され、後日研究者や市民が検証することすら許されない。現状ですら、外務省は北方四島をめぐるソ連とのあらゆる外交文書の開示を拒否しており、沖縄返還はおろか日米安保やサンフランシスコ講和条約をめぐるあらゆる密約文書の類は米国の公文書館で公開されているものでも、日本の外務省は「存在しない」と今日に至るまで秘匿を続けている。あらゆる密約文書を廃棄してきた外務省の行状を考えれば、この手の機密文書はあっという間に廃棄され、痕跡も残されない可能性が高い。
集団的自衛権と秘密保護法

NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の調査によれば、外務省が廃棄した文書は1997年度には約200トンだったものが、2000年度には約1280トンも廃棄されている。これは情報公開法の施行を前に、公開すると不都合が生じるであろう情報が記載されている公文書を急いで廃棄したと見て良い。また、2010年12月23日の朝日新聞によれば、沖縄返還交渉の過程で交わされた外務省の機密電報3通が焼却処分されていたことが、外交文書公開で判明している。この電報は沖縄返還をめぐる密約に関係するものである疑いが濃い。特定秘密に指定され、存在するかどうかも一般国民には分からない文書が、秘密指定解除される前に廃棄されたとしても、誰も確認できない仕組みであることを肝に銘じておくべきだ。
秘密保護法は修正後成立へ

44万5千件もの特定秘密が公表されないまま廃棄されているということは、その数だけ政府が国民・納税者に報告できない悪事・腐敗を抱えていると考えて良い。

この問題の背景には、首相と政権党に権限を集中させた結果、政府、官邸、政権党の癒着構造が強化されてしまったと同時に、国会でも政権党が絶対多数を有して少数野党からの追及が困難になって、行政に対するチェック機能や行政内の内部告発機能が機能しなくなっていることがある。
その政権党にしても、先の総選挙で自民党が得た1800万票に対して、野党第一党の立憲民主党は1100万票を得ているが、その議席数は300 vs.50と全く民意を反映しておらず、相対多数票を得た自民党が国会で絶対多数議席を持ち、その公認権は総理・総裁一人に帰属しているため、誰も逆らえない、要はチェック機能が働かない状況が現出している。
まさに先に挙げた足立先生の指摘が現代日本で生じているのだ。
皇帝への権力集中は、社会統治者集団としての官僚の独自性を消滅させ、彼らは皇帝の私的隷属者に成り下がっていく。皇帝の意を代行する最高の私的隷属者である宦官の下に、権力は集中することになる。(中略)明代に典型的に見られるようになった皇帝への権力集中と、行政の無責任化・統治能力の低下とが、じつは表裏一体の関係にある……
足立啓二『専制国家史論−中国史から世界史へ』(筑摩書房)

政治と政府に対する信頼失墜、そして民意を反映しない選挙制度は、今後急速に国政選挙の投票率を下げて行くものと見られる。戦後民主主義は遠からず終焉を迎えることになりそうだ。
posted by ケン at 12:28| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

民間委託のなれの果て

【“中国企業に個人情報”社長が謝罪】
 日本年金機構から個人情報の入力を委託された会社が、中国の業者に個人情報を渡していた問題で、この会社の社長が謝罪した。SAY企画・切田精一社長「関係者の皆さんにご迷惑をおかけし、深くおわび申し上げます」契約に違反して中国の業者に個人情報の入力を再委託していたのは、東京・豊島区にあるSAY企画。同社は「名前」と「ふりがな」500万人分の情報を渡したことを認めた上で、「中国の業者はグループ会社という認識で、再委託にあたらないと思った」「短期間で500万人分の入力が大量だった」と話している。加藤厚労相は20日午後、年金機構の理事長を呼び、委託業務の見直しなどを指示する方針。
(3月20日、日本テレビ系)

最悪の場合、500万人から1300万人分のマイナンバーが再発行となる可能性があるという。
民間委託のなれの果て。先日中国に行ったときに聞いた話では、中国ではクーポン欲しさに携帯番号などを登録すると、翌日には知らない人から電話が来るという。
多少なりとも中国の知識や注意があれば、個人情報を中国企業に丸投げするなど行わないはずだが、利益を出すことを目的とする民間企業では、個人情報も「商品」という認識しか無いのだから、利益を出すために海外委託するのはごく正当な行為と認識されるのだろう。

個人情報は放射能と同じで一旦流出すると回収する手段が無いため、「テヘペロ」で済ませるほか無く、ある意味では「ケツをまくる」のも楽なのかもしれない。個人情報流出に対する罰則も非常に緩いため、雑誌の名誉毀損などと同様、「やり得」になっている側面もある。

もともと年金事業は公共事業であって、営利事業ではないはずだが、公営だと不必要な事業に手を出して癒着・腐敗が生じ、民営にすると利益至上主義となって賭博化する傾向がある。今回の場合、委託料が非常に低く抑えられていたため、海外企業に丸投げすることでしか利益を上げられなかったものと考えられる。聞くところでは、委託されたデータ入力作業は一件4円とも言われ、とても日本で成立する事業では無かったことが想像される。
また、民間委託に踏み切った背景には、低金利の影響で「安全な運用」では利益が上がらなくなって、少子高齢化も相まって年金財政が急速に悪化していることもある。

本件でも年金機構側が隠蔽を図ったという指摘もあり、森友疑獄でかすんでしまっているが、非常に重大な案件である。

「再委託にあたらない」という答弁も官房長官の手法を学んだ跡が見られる。そして、謝罪して終了と。すでに終わってるな。

【追記】
事実確認できていないが、聞くところでは、中国企業に委託した500万件の入力はノーミスだったが、日本側つまり自分たちで入力したデータでは50万件以上の入力ミスが発覚したという。いかに深刻であるか分かる。
posted by ケン at 12:45| Comment(0) | 財政、社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

日本放映を期待したいロシアドラマ

先日紹介した『エカテリーナ』が象徴的だが、どうもロシアで制作されるテレビ・ドラマのクオリティが急上昇しているようだ。他にも非常に興味深いテーマが続々と放送されているので、是非とも日本公開して欲しい。いくつか紹介しておく。現代ロシアのソフト・パワーがいかに侮れないものであるか、分かるはずだ。


『ゾルゲ』 ロシア1(2017)
日本の南進政策をいち早くソ連に報告し、シベリア師団の西送によってモスクワ防衛に多大な貢献をなしたソ連の大スパイ・ゾルゲを描く。全12回。史実とフィクションを交えた作品で、撮影は上海なので日本人的には違和感もあるのだが、服装や文書などの小道具は綿密な時代考証がなされている模様。本ドラマもやはり演技が素晴らしく、映像も格好良い。現代ロシアのドラマ、映画技術の向上ぶりが分かる。日本人俳優のロシア語が上手すぎて、最初はブリヤート人かと思ったほど。


『トロツキー』 ロシア1(2017)
トロツキーの半生を描く。全8回。「ロシア革命100周年」を記念して制作されたドラマで、高視聴率を獲得、10以上の賞を受賞している。これも史実とフィクションを交えた作品で、特に歴史学者からの批判が多かった模様。ちょっと見た感じでは、確かに劇的に描きすぎているが、ロシア革命100周年記念であえてトロツキーをドラマにする制作者の積極性を評価したい。やはり映像美に優れている。


『オプティミスト』 ロシア1(2017)
1960年代、ソ連外務省内に新たに設置された情報分析班が、米国からの亡命者(アメリカ共産党の女性運動家)と協力しながら、党やKGBからの介入と戦いつつ、U2撃墜事件、キューバ危機など数々の難題と対峙する。全13回。部署も登場人物も架空の話だが、当時の東側エリートの仕事ぶりや生活ぶりを垣間見ることができ、非常に興味深い。
posted by ケン at 00:00| Comment(0) | サブカル、音楽、アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする