2017年10月27日

大手メディアは権力に癒着してるだけ

【「日本メディア、政府圧力に弱い」 国連報告者が会見】
 国連の「表現の自由の促進」に関する特別報告者のデービッド・ケイ氏が25日、米ニューヨークの国連本部で会見し、報道機関の独立性について情勢を語った。日本については、記者が所属メディアを変える環境がないとして、政府の圧力に弱い「メディアの構造」を指摘した。日本の情勢について質問を受けたケイ氏は、日本の報道機関の問題として「大手に独占されている」と指摘。その上で「先進国では優れた記者が所属媒体を移る、一種の流動性があるが、日本には存在しない。そのため政府からの圧力が記者にも特別な影響を与える」と述べた。報道機関への圧力が、所属先への依存の大きい記者個人にも影響しやすい、という趣旨とみられる。
(10月26日、朝日新聞)

部分的には正しいのだが、全体の理解としては浅いように思われる。日本の大手メディアは、「記者クラブ」「クロスオーナーシップ」「再販制」「電波許可制」「軽減税率」などによって政府から得た独占的権利をもって市場を占有しており、これが他社の参入を拒んで権力との一体化をなしている。そのため、大手メディアは自らの利権に基づいて権力側についているのであって、安倍政権や自民党からの圧力の影響など微々たるものに過ぎない。集産主義的な市場構造(官民一体)こそが問題なのだ。
民主党政権はその大部分の期間でメディアからの攻撃にさらされ続けたが、これは民主党政権がメディアの既得権益に手を付けようとしたためだった。その特権とは、

・記者クラブ:政府から情報提供の独占的便宜
・再販制:独占禁止法の例外
・クロスオーナーシップ:印刷媒体と電波媒体の寡占
・電波許可制:政府による放送統制
・軽減税率:免税特権


が象徴的だ。メディアが寡占状態になるほど、公権力との癒着が進み、「一心同体」になるため、不利な報道は控えるところとなる。
分かりやすい例を挙げるなら、大手メディアがオリンピックのスポンサーとなった結果、オリンピック反対論やオリンピックに絡む不正については、殆ど報道されなくなっている。これも、メディアが寡占状態にあり、スポンサーになれるだけの資本と権力を有しているがためで、結果として公権力と一体化してしまっている。これが、秘密保護法や安倍政権の問題では無いことは明らかであり、あくまでも日本社会におけるメディアの在り方を問うてこなかったことに起因している。ただ、歴史的には、戦争中に報道統制を強化するために、政府がメディアの統合を図ったことが、無反省に戦後に引き継がれてしまったところはある。

要は、日本のメディア界自体が権威主義体制に極めて親和的であるため、権威主義体制が確立すると、自ら進んで一体化しようとするインセンティブが働いてしまう。安倍政権は確かに問題だが、これを替えたところで「首のすげ替え」にしかならない。本質的には、現在大手メディアが有する諸特権をことごとく廃し、寡占状態にある新聞社や
報道の自由が72位に
posted by ケン at 13:08| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

20世紀型選挙の終焉

今回の総選挙で後方本部を統括して強く感じたのは、従来型の選挙が実施不可能になると同時に、その効力も失いつつあることだった。

日本の公職選挙法は、いわゆる先進国では類を見ない厳しい規制を課している。大まかに言えば、「政府が認める活動しかできない」というもので、他国の「いくつかの禁止事項以外は何でもできる」の真逆を行く制度になっている。
具体的には、選挙はがきの収集と郵送、電話がけ、そして街頭宣伝であり、つい最近になってインターネットの使用が「解禁」されたものの、それでもメールなどによる投票依頼には厳しい規制が課されている。

このうち選挙はがきを見た場合、衆議院総選挙では候補者枠で3万5千枚(無償)、政党枠で2万枚(有償)の発送が認められているが、これは予め宛名を書いた候補者のはがきを選挙事務所が用意して発送しなければならない(分けることは可能)。そのため、候補者や地方議員が自分の名簿を使って宛名を書いたり、支援者に知り合いを紹介してもらうことになる。つまり、巨大組織がバックについているか、多数の地方議員の支持がないと、まともにはがきも送れないことになる。中選挙区制のシステムを縮小再生産したためだ。
ところが、個人情報保護法や核家族化、社会的分断などの原因から名簿の収集が困難になり、中間団体や地域ボスも力を失って「大口の集票」が難しくなっている。また、移動(引っ越し)が増えているのか、「宛先不明」で戻ってくるはがきも選挙毎に増えている気がする。
結果、5万5千枚ものはがきを送れるのは、自公共と大手労組の支援を受けた候補くらいのものになっているが、それもすでに名簿の確保自体が難しくなっている。

電話作戦も同様で、まず大量の電話番号を有している候補が圧倒的に有利で、少ないあるいは持っていないとなると、電話帳で片端から掛けるほか無くなる。そして、電話がけの要員(ボランティア)をどれだけ集められるかが勝敗を分けるところとなる。結果、狂信的な宗教団体やトップダウンで人を動員できる権威主義的団体を味方に付けた候補が圧倒的に有利となる。だが、電話番号の収集は年を追う毎に難しくなってきている上、電話帳も年々薄くなってきている。固定電話を持つ人が少なくなり、かつ電話帳に掲載しない人が増えているためだ。この分では10年後には「電話作戦」は成り立たなくなっている公算が高い。

電話とはがきが成り立たなくなると、残るのは街頭宣伝だけだが、恐ろしいことにここにも大きな規制がある。その最たるものは、選挙期間中、街宣車のスピーカーに許されているのは、走行中の「連呼」と停止中の「演説」のみという公職選挙法の規定である。
第140条の2(連呼行為の禁止)
何人も、選挙運動のため、連呼行為をすることができない。ただし、演説会場及び街頭演説(演説を含む。)の場所においてする場合並びに午前8時から午後8時までの間に限り、次条の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶の上においてする場合は、この限りでない。

第141条の3(車上の選挙運動の禁止)
何人も、第141条 (自動車、船舶及び拡声機の使用) の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第140条の2第1項 (連呼行為の禁止) ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。

自分もよく「選挙カーの連呼はうるさいだけで票が減るのでは」と言われるのだが、実は公職選挙法の規定で「走行中の街宣車は連呼以外できない」となっているためなのだ。
しかも、この選挙カーは広大な小選挙区の中で候補者一人につき一台しか認められていないため、期間中一人の居住地に来るのは一回か二回程度にとどまる。大きな駅を使って通勤している人を除けば、候補者の顔を見るのは稀だろう。

他にも挙げればキリがないので止めておくが、上記の理由から前世紀型の選挙手法と、それ以外の活動を一切許さない公職選挙法が、有権者の選挙離れを加速、政党や候補者はますます「風」に頼るほかないという悪循環に陥っている。
そう考えると、デモクラシーの自壊を狙う政府内の明治帝政復活論者(復古主義者)の陰謀のようにも思えてくるが(爆)
posted by ケン at 12:16| Comment(0) | 政治、社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

帰還報告

無事勝利し、帰京しました。
今回の選挙は短期決戦ではありましたが、可能性が低いと考えていた解散、同時に出馬すべき党が消失するという、不測の事態が重なりました。準備不足はどの陣営も同じ条件ですが、「政党が無くなる」「どの党から出るか分からない」というのは全くの想定外であり、公示直前までどうなるか分からないという暗中模索が続きました。

ボスの方針は明確でも、地元や支援団体との調整は困難を極め、立候補届けや選挙グッズなども「無所属」と「新党」の2パターンを用意し、どれも直前まで決まらない状態にありました。選挙はがきなどは、大量に刷った後、新党のシールを貼るという作業になり、その数は数万枚に及びました。結果、凄まじい人手が必要になるのですが、急な解散だったため、動員も思うように進まず、人員的にも苦しい状態が続きました。もっとも、動員不足は敵も同じだったようで、期間中何度か敵方の事務所に密偵を放ちましたが、「(夜10時前)もう閉まってました」「外から見えたのは3人だけでした」「駅立ちは随行秘書3人だけでした」など甚だしい人手不足が垣間見えました。

動員が遅れるというのは、人員だけの問題ではなく、物資機材や選挙事務所の土地、建物、駐車場から、他所から応援に来る人の宿泊先、そして選挙はがきの収集など、全ての準備が遅れることを意味します。
ベテラン議員や歴史ある大政党の場合、普段からの付き合いや伝手があるので、急な需要にも対処できるわけですが、新人などはどうにもならなかったでしょう。その意味でも、自民党の総理が解散権を自由に行使できることは、大富豪に強いカードを何枚も渡すような話になっています。
自分の担当部署でいえば、選挙はがきですが、これは予めはがきを用意して、支援者などに配って知り合いの住所氏名を書いてもらって、選挙事務所が一括収集して発送するわけですが、政党が決まらないのではがきが作れない、作っても配布する人員も時間も無いということで、前回の半分以下しか自前で収集、発送できず、半分は地方議員の名簿で出すことになりました。
電話がけの動員も非常に遅れ、フル稼働したのは最後の数日のみで、掛けた本数はこれも前回の半分以下となりました。

以上のことから、後方本部事務長の座にあったケン先生としては、「こんな戦力で勝てるわけが無い」と思っていたわけですが、前線からの報告は「勝った、勝った、また勝った」というものばかりで、「そんなはずね〜だろ〜」と叫びたい気持ちで一杯でした。実際、蓋を開けてみれば大勝していたわけですが、私的には「偶然プラス修正が付いて」「たまたま良いダイス目が出た」以上には思えなかったわけです。
こういう勝ち方をしてしまうと、「誤った成功体験」が生まれがちなので、そこをきちんと戒めることができるかが課題でしょう。

他にも色々あるのですが、まずは報告まで。
posted by ケン at 13:51| Comment(5) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

9月の読書(2017)

やっと代表選挙が終わって「臨時国会が始まるまでのつかの間」と思っていたところ、いきなり解散風が吹いて大忙しとなり、結局この夏はロクに本も読めなかった。国会議員の秘書が多忙と疲弊で本も読めないというのは、それだけ政治自体が疲弊し、劣化していることの傍証でもある。まぁそんなところを見るまでも無く、国会議員の不祥事や舌禍の数々を見れば、その質がもはや回復不能なまでに劣化していることなど一目瞭然とは思うが。

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『ブラッドランド−ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』 ティモシー・スタイナー 岩波書店(2015)
世界30カ国以上で翻訳、刊行され、数々の賞も得た国際的名著。これまでの研究でも、ソ連の大粛清やナチスのユダヤ人虐殺については個別に山ほどの書物が出ているが、ソ連の農業集団化に伴うウクライナ飢饉からナチスのホロコーストを経て、戦後のソ連におけるユダヤ人弾圧に至る経過を「大量虐殺史」として、一連の事件を関連づけて記述したものは無かっただけに、非常に貴重な作品となっている。例えば、アウシュヴィッツについてのみ語ると、アウシュヴィッツや他の収容所の外で殺害されたものについては語られなくなってしまう。ユダヤ人に限定すると、障がい者やジプシー(ロマ)はどうなんだという話になる。また、ただ虐殺に至るプロセスを記述するのではなく、その背景にある食糧問題や政治課題、重工業化や戦争経費の捻出など様々な要素も一つ一つ検証しているので、一見散漫にも思えるが、網羅することが目的である以上は欠かせないのだ。非常に辛い内容が続くのは確かだが、記述は淡々としながら、専門的すぎることもなく、普通に読める。

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『ヒトラーの国民国家−強奪・人種戦争・国民的社会主義』 ゲッツ・アリー 岩波書店(2012)
これは非常にヤバい一冊である。先に少し書いたが、1943年の日本陸軍二等兵の給与は6円だったが、銃後の家族の生活保障として「留守宅給与」が給付された。だが、それは応召前の給与の3分の1でしかなかった。例えば、当時の小学校教員の平均給与60円で計算した場合、支給額は20円でこれを本人と留守宅でほぼ折半された。実際には他にも手当がつくので、家族が受け取るのは20円程度だったものの、夫が召集された家族は困窮するのが普通だった。ちなみに当時の公定米価は10kgで3円36銭である。これに対し、ドイツの場合、この留守宅給与に相当する所得補償が、応召前職の給与の85%もあり、さらに児童手当などもあったため、銃後の夫人は「亭主元気で留守が良い」状態にあったという。結果、ナチス政権は常に広範な支持を受け、「ゲシュタポによる恐怖支配」はあったものの、国家保安本部の規模は後の東ドイツのシュタージの100分の1程度に過ぎなかった。つまり、国民を広範に監視して強制動員する必要などなかったのだ。この場合、当然ながら、物資不足と貨幣過剰となって大インフレが起こるはずだが、外地の独軍兵士には有利な為替レートで換金された現地通貨が渡されて「爆買い」が行われ、本国に郵送ないしは手持ちで持ち込まれた。そして、貨幣安定の原資となったのは、ユダヤ人などから収奪した資産だった。こうした仕組みを知らずに、ただ倫理的に「ナチズムの悪」を弾劾しても何の役にも立たないというのが、本書を記した著者の信念のようだ。二次大戦史に関心のある者は必読の一冊と言えるが、いかんせん高すぎるのが難である。
posted by ケン at 15:01| Comment(0) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

むずかしい選挙3 2017

今回の選挙は「先が見えない」「展開が読めない」という不確定要素が大きい点が苦しかった。私などは生来、人としての共感度が低いのか、常に一歩引いて物事を見てしまい、容易にコミュニティに同化しない性格なので、「駄目なら駄目で仕方あるまい」と高をくくっていた。だが、陣営内は「RMで行く」との最終決定がなされた後も、悲壮感たっぷりで、「日本のいちばん長い日」とまでは行かないまでも、それに近い一種のヒステリー状態にあった。

特に「RMで行くかどうか」という選対会議では、候補(ボス)が「落選してもいいから、今回はRMで出たい」と肺腑から絞り出すように懇願したのに対し、列席した地方議員たちからは「RMから出るなら支援できない」「ポスター貼りもハガキも電話がけも自分でやってもらうことになる」「無所属なら支援するのもやぶさかではない」などと反対、「RMでも支援する」とハッキリ述べたのは市会議員一人だった(それも忠誠心では無く小池嫌いだから)。発言を許された秘書の大半が「自分はボスの意向に従うのみ(承詔必謹あるのみ)」と曰う中、同僚は「土地柄を考えればRMでの選挙は苦しい。無所属なら自治体議員が支援するというなら無所属もやむを得ないのではないか。当選後に入党すれば良い」と述べ、ケン先生は「自分は、ボスがRMで出馬しても、我々がシグルイになれば、ギリギリ小選挙区で勝ち抜けると計算しますが、無所属でなら労組と地方議員の支援が確実に得られるというのであれば、無所属もアリかと愚考します」「次の世論調査でRMの支持率が一定程度確保できれば、組合や地方議員の意向も変わってくるかと」と意見具申した。

結局その場は「もう数日様子を見る」「支援労組の意向を確認する」として判断先送りとなった。現実には、世論調査でRMが希望に近い支持率を出し、労組がRM候補への支援を表明、地方議員も続々と態度を軟化させ、あたかも既定路線のようにRMからの出馬が決まった。
「国会議員なのに自分の意思で政党も選べないのか」との批判は当然だ。だが、現実の国会議員は、戦国期の戦国大名のようなもので、実際の選挙運動の相当部分を担う地方議員=国人衆の支援なくしては、100%無党派層頼みの空中戦になってしまい、まずもって当選はかなわない。
例えば、今川家の侵攻を受けたある家の当主が「自分は織田家に忠を尽くす」と宣言したところ、一族郎党が「家を滅ぼす気か、なぜ今川につかない?」と反対した場合、容易ではなく、下手に我を貫けば、幽閉されたり殺害されたりする恐れがある。極端な例を挙げれば、治承・寿永の乱(いわゆる源平合戦)において、最初に挙兵した源頼政は、以仁王を擁する摂津源氏当主(清和源氏嫡流)という最良の条件でありながら、本人が動員できたのはわずか150騎に過ぎなかった(50騎という数字もある)。一族郎党や地下人がこぞって反対したためである。

現実には日を経てRM党の支持が拡大すると同時に希望が失速、総評系組合はRM支持を決定して遅ればせながら動員を開始、地方議員の間でも「勝ち馬に乗る」空気が濃くなって、最終的には一人を除いて全面支援を決めた。そして、市民運動系の市民が選挙区の内外から続々と支援に入り、事務所は常に満員近い状態になっている。
つまり、ボスの信念と正義が状況を打破した格好だった。いまや自民党候補を圧倒、選挙戦中盤には自民党側は戦意を喪失するに至っている。
選対内で唯一「RMでもギリギリ勝てる」と進言した私の面目は半分だけ保てたものの、参謀役としては恥ずかしい気持ちもある。

とはいえ、盛り上がっているのは一部のリベラル層だけで、従来の支援者層は総じて冷淡であり、電話がけから得られる有権者一般の感触は「選挙には行かない」無関心が多いというもので、選対の盛り上がりに比して、後方本部事務長の私としては「これで勝っているというのが不思議」というのが実感だ。今回は何とか勝利できるとしても、風頼み選挙や従来型の選挙手法の限界を示すところも多々あり、今後の課題は少なくない。
posted by ケン at 20:31| Comment(8) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

序論 生活満足度って何?

物価水準を同じと仮定し、「平均年収25,000ドルの世界で、自分は5万ドル稼ぐ」「平均年収20万ドルの世界で、自分は10万ドル稼ぐ」という二つの選択肢を学生に選ばせたところ、大半の者が前者を選んだというハーバード大学の研究がある。幸福や満足度などの心理的要素が、所得の絶対値では無く、相対的なものであることを示している。
ドイツ統一後、絶対所得が上昇したはずの旧東独の労働者の大半が東独時代よりも不幸や不満を強くしている。
昭和初期に横行したテロリズム、あるいはその後の侵略戦争に対する熱狂の一因は、大正デフレや昭和恐慌によって生じた経済格差の拡大にあった。
今日政治を担う者はこれらのことを踏まえておく必要がある。

補足すると、現政権は国民の生活満足度の高さを喧伝しているが、米国のある研究によると、ハリケーン・カトリーナに被災したルイジアナ州で実施された生活満足度調査は、同満足度が被災前よりも被災後の方が高まったというデータが有り、こうした調査や統計の手法に疑義を呈している。
posted by ケン at 18:34| Comment(2) | 労働、経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

むずかしい選挙2 2017

中盤から終盤にかけて希望が失速し、ついには立憲に追い抜かれるまでに至っている。
それは良いのだが、現実には希望票が自民に逆流してしまい、弱い野党が分裂、小選挙区では自民の圧勝モードが確立しつつある。当初は自民候補に優勢を確保していた立憲の候補も接戦となる始末で、これはこれで苦しい展開。接戦区でいくつ勝てるかが、最終議席と選挙後の勢力図に大きく影響するだけに、最終盤ながら重要な局面に入っている。
特に圧倒的な少数野党とはいえ、第一野党になるか第二になるかでは、その後の展開が全く異なるからだ。立憲が第一野党になれば、連合内でも旧総評系の影響力が大きくなり、大手を振って立憲の支援ができるようになるだろう。それだけで今後の政局や選挙を大いに優位にできる。

逆に第一野党になった場合、またぞろ希望からの出戻り組や「議員になりたい病」の連中がもみてしながら近づいてくることは容易に想像されるだけに、早々に党の党是や理念を明確にし高く掲げておく必要がある。それに併行して地域組織を立ち上げて、選挙に協力してくれた市民に党に参加してもらう仕組みを整備する必要がある。それをしないと、またぞろ議員独裁党になって、前原のような売党奴を量産することになるだろう。
posted by ケン at 08:37| Comment(1) | 政局ほか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする