中東の戦争、定義を拡大すればアメリカによる戦争は終わらない。
第二次世界大戦は、ユダヤ人資産を収奪することで成立していたドイツ景気を維持するために、没収先を拡大するべく侵略先を拡大するほかなかったことで、戦火が拡大した。
ドイツ経済が生産力を低下させることなく1944年まで経済力を維持できたのは、外国資産の没収と外国人奴隷の徴用によるところが大きかった(『ナチス 破壊の経済』など)。
明治帝政は軍事費に全振りする先軍国家(平時でも予算の30~40%)であったため、軍隊を維持するためだけでも侵略し、植民地を増やすほか無かった。
満州事変はその最たるもので、陸軍力を保持することを目的に、ほぼ全陸軍による共同謀議だったが、現実には石原=板垣による陰謀と位置づけられてしまった。
主な侵略先である中国には、米英の利権が多くあり、日本はそれを侵害しつつ侵略を進めたため、米英との対立が避けられなくなった。
対日戦を強く主張したのは実はチャーチルで、ルーズベルトも蒋介石も本音では「今じゃないだろ」と思っていたが、日本側があまりにも強気すぎたこともあり、日中戦争や日米の開戦となった。
最近はまた「明治日本の軍事化は不可避だったか」旨の議論がなされている。が、明治帝政は初期段階で殖産興業を掲げたにも関わらず、日清戦争を皮切りに帝国化(軍事と植民地)に舵を切ってしまった。
ここは別の記事で説明したいが、軍事費を予算の10~15%、せめて20%以下に抑えておけば、残りを殖産興業や社会政策に割り当てられ、国内経済の発展に寄与したはずだった。
が、1894年という早い段階(経済成長が未熟な)で帝国化してしまったため、国内では靴を履いたこともなければ、鉄道に乗ったこともない国民が多数を占めたまま、20世紀、そして一次大戦と二次大戦を迎えてしまった。
例えば、日本では1940年前後でも、入隊するので初めて鉄道に乗ったとか、初めて靴を履いた(履き方から教わる)、まともにコメが食えるといった事例が無数にあったが、アメリカでは「パパ(あるいはママ)が車で兵舎(あるいは駅舎)まで送ってくれた」というレベルにあった。
話を戻すと、アメリカは戦争を続けることで資源価格や資源株・軍事株を高騰させつつ、ドルの価値を維持するほか選択肢がなくなっている。
戦争回避論者だったはずのトランプが戦争を開始したというのは、自分が大統領になってみて他に選択肢がないことに気づいた結果だったと見るべきである。
かといって、イランに陸上侵攻するほどの度胸はない。
イランは戦時下の明治帝政と同様で、ロシアや中国に攻め入られるまでは降伏するつもりなどないだろう。
日本とは異なり、細々ながら継戦能力も維持されるだろう。
一時的な停戦はあるとしても、(石油、ガスが出る限り)中東から戦争がなくなることはないと考えるべきである。
今回停戦したとしても、アメリカは戦争目的(核の排除と体制転換)を達成できず、イスラエルはやる気満々のまま停戦を強要される形となっており、中東における「戦争原因」は丸っ切り残されたままとなるのだから、「これで終わり」なわけはないのである。

