2026年02月16日
機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を見る。
三部作の第二部になるが、第一部が公開されたのは2021年。
5年近く前なので、実は大半を忘れてた。。。
帰宅して配信されてる第一部を早速復習する有様。
すっかりお年寄り状態だ。
第一部を見ても説明が足りず、スマホで補足説明を検索しながらになってしまった。
内容的にはやはり富野節で、主人公はクズの上に迷走しまくりなのに、何故か人望がある。
まぁダメ人間なのに人気があるのは劉邦以来「ままあること」ではあるのだが。
ゲリラ戦の基本は「強いヤツとは戦わない」「敵の弱いところを叩く」が基本なのに、一番強いところと戦っちゃうし。
八路軍だって「日軍とは戦わず、傀儡軍を叩け」が基本だった。
今回見て思い返せば、主人公が迷走して女遊びにふけってる間に状況が悪化してやられちゃってるじゃん!
とはいえ、政治運動(リアル)や学生運動(体験談)を知ってるものとしては、この手の運動内では大概性関係がだらしなく、男女関係や金銭関係などに起因した裏切りが頻発するものであり、その意味では富野は学生運動経験者なだけに「よくわかっている」とも言える。
が、そんなものはドラマ化しなくてよいような気もする。
第二部を見て、改めて第一部が本当に導入だったことがわかったのだが、第二部でこれで第三部で終了となると、終わりの蛇尾っぷりが透けて見えてくる。
映像や戦闘シーンは豪華絢爛ではあるが、やはりストーリー的に燃えないし、登場人物に共感できない。
日本にはテロルに燃えさせる映画(日本暗殺秘録とか動乱とか)もあるだけに、もうちょっと何とかならんのかと。。。
とにかく今から見る人は第一部と逆シャアの復習からどうぞ。
2025年11月10日
初の富野節は「海のトリトン」だった
2025年10月18日
2025年05月22日
映画『ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男』
1933年のヒトラー首相就任から1945年にヒトラーが亡くなるまでの間、プロパガンダを主導する宣伝大臣として、国民を扇動してきたヨーゼフ・ゲッベルス。当初は平和を強調していたが、ユダヤ人の一掃と侵略戦争へと突き進むヒトラーから激しく批判され、ゲッベルスは信頼を失う。愛人との関係も断ち切られ、自身の地位を回復させるため、ヒトラーが望む反ユダヤ映画の製作、大衆を扇動する演説、綿密に計画された戦勝パレードを次々と企画し、国民の熱狂とヒトラーからの信頼を再び勝ち取るゲッベルス。独ソ戦でヒトラーの戦争は本格化し、ユダヤ人大量虐殺はピークに達する。スターリングラード敗戦後、ゲッベルスは国民の戦争参加をあおる“総力戦演説”を行う。しかし、状況がますます絶望的になっていく中、ゲッベルスはヒトラーとともに第三帝国のイメージを後世に残す最も過激なプロパガンダを仕掛ける。
手堅く作られており、それだけに派手な演出はなく、淡々とゲッベルスの軌跡を描いている感じ。
それだけに映画としては退屈とも言え、ドキュメンタリーの再現ドラマの部分が延々と続くような構成に終わっている。
色々作り込まれており、細部にまでこだわっている様子は伝わるのだが、映画らしさを排してしまうと微妙な出来に終わってしまう一例だろう。
全体主義学徒としては興味深く見られたものの、退屈という点で考えると、『ヒトラーのための虐殺会議』(ヴァン・ゼー会議)のほうが見応えがあったように思える。
演出の妙というヤツだろう。見比べればよく分かるはずだ。
2025年05月16日
映画『JOIKA』
世界最高峰のバレエ団“ボリショイ・バレエ”を舞台に、プリマになることに取りつかれたアメリカ人バレリーナの狂気に満ちた物語。
希望を持ちアカデミーに入学した主人公ジョイを待ち構えていたのは、常人には理解できない完璧さを求める伝説的な教師ヴォルコワの脅迫的なレッスンだった。 過激な減量やトレーニング、日々浴びせられる罵詈雑言、ライバル同士の蹴落とし合い。ジョイの精神は徐々に追い詰められていき・・・。
この壮絶な物語は、2012年にアメリカ人女性で初めてボリショイ・バレエ団とソリスト契約を結んだジョイ・ウーマックの実話がベースとなっている。華麗なバレエ界の裏側で、当時のダンサーたちが直面していた過酷な現実もセンセーショナルに描かれる。
主演は『17歳の瞳に映る世界』『ウェスト・サイド・ストーリー』など話題作に出演するハリウッドの超新星タリア・ライダー。純真無垢な少女から狂気のバレリーナへと変貌していく様を見事に演じている。そして共演には『女は二度決断する』や『イングロリアス・バスターズ』など多彩な作品に出演し、自身も英国ロイヤル・バレエ団でダンサーを目指していたダイアン・クルーガーが教師ヴォルコワを、『ホワイト・クロウ』に主演したダンサーのオレグ・イヴェンコがジョイのパートナー・ニコライを演じる。さらには世界的バレリーナのナタリア・オシポワが本人役で登場するなど、現役のダンサーたちが出演し華を添える。
闇に囚われてしまったジョイに待ち受けるのは希望か破滅か・・・。極限まで追い詰められたエゴむき出しの人間による、誰も見たことのないカタルシスに満ちたステージがいま幕を開ける!
よく比較されるが、「ブラックスワン」よりも舞踏シーンが良く作り込まれている。演出過剰気味ではあるが、ロシアやボリショイのダークな部分が上手く描かれており、でも闇ばかりでもないというところが良かった。
バレエ映画はそこそこ作られているが、あまり需要はなさそう。
そもそも古典バレエの需要が世界的に低下しており、厳しい状況に置かれている。
バレエ好きとしては、私もなにか貢献したいところだ。
2025年05月13日
映画『教皇選挙』
諸事情による短期間の帰国だったが、見たかった映画も何本か見られた。
『教皇選挙』もその一つ。
全世界に14億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派・カトリック教会。その最高指導者にしてバチカン市国の元首であるローマ教皇が、死去した。悲しみに暮れる暇もなく、ローレンス枢機卿は新教皇を決める教皇選挙<コンクラーベ>を執り仕切ることに。世界各国から100人を超える強力な候補者たちが集まり、システィーナ礼拝堂の扉の向こうで極秘の投票が始まった。票が割れるなか、舞台裏で蠢く陰謀、差別、スキャンダルの数々にローレンスの苦悩は深まっていく。
ローマ教皇が死去し、100人以上の枢機卿が全世界から集い、バチカンの特別宿舎に隔離され、次期教皇の選挙が行われる。
この選挙は現代の自由民主主義下の選挙とことなり、「多数派の総取り」ではない。
そもそも立候補制ではなく、全枢機卿(80歳以上は投票権が無いらしいが)が教皇にふさわしいものの名を紙に書いて投票する。そして、ある者が有権者の7割に達すれば指名が成立、新教皇が選出される。
だが、7割に達しない場合は、一からやり直しで、7割に達するまで日をまたいで(一日二回)延々と投票が繰り返される。
従って決まらないときは1週間、2週間とかかる。実際、2013年のベネディクト16世退位時には、新教皇の選出まで2週間が要されている。
映画は教皇の死去から新教皇の選出までを丹念に描いている。
その再現度はカトリック研究者も認めるほどらしい。
死去した教皇から指輪を抜き取り、破砕して一部を抜き取るシーンに始まり、正装した枢機卿の行列、宿舎での陰謀をめぐる話し合い、食堂における腹のさぐりあいと多数派工作など、「見せるシーン」と「会話劇」のバランスが非常に良く取れている。
神に奉職する聖職者による通俗劇ほど皮肉な話はないが、これを茶化すことなく真正面から描いているからこその迫力であろう。
しかも、教会の介入を防ぐためにバチカンの協力は一切得ず、システィーナ礼拝堂もスタジオで再現したと言うから驚きだ。
惜しむらくはラストが「そこまでは必要ないんじゃね?」と思った点だが、これは見る人によって異なるところだろう。
もう一つは、日本のドラマではないためどこまでも説明がなく、誰が誰だか最初は全然わからないことや、カトリックの基礎知識がないと何の話かサッパリわからない可能性があることだ。
私の場合は、中高大とカトリック系の学校に通っており、白柳枢機卿(故人)は中高大の大先輩だっただけに、最低限の知識はあり、見ていて不明な点はなかった。
だが、カトリック信者は日本に50万人ほどしかおらず、一般的なものではないだけに、多くの日本人にとっては見ても理解できない点が多いだろう。
にもかかわらず、上映する劇場は増え続け、今でも毎回満席に近い状況が続いている。
やはり現実にコンクラーベが行われるからだろうか。
2025年05月07日
士郎正宗展@世田谷文学館
士郎正宗展@世田谷文学館
中高生時は『AppleSeed』にはまり、大学生時には『攻殻機動隊』にはまったものとしては見逃せない。実際、来館者の3割は私と同年代のオジさんだった。
ちなみに同館の亀山郁夫館長は私のスターリン学の師でもある。

