2026年05月31日

令和日本政府、奴隷貿易を否定せず

【「奴隷貿易は人道に対する罪」 国連総会「歴史的決議」日本棄権】
 国連総会が3月、過去の大西洋経由のアフリカ人奴隷貿易を「人道に対する最も重大な罪」と認定する決議を賛成多数で採択した。賠償や謝罪に向け国連加盟国に対話を求める内容で、アフリカ側は「歴史的」だと評価。日本は「議論が尽くされていない」として棄権した。専門家は賠償について「ハードルが高い」と指摘する。
 15〜19世紀の奴隷貿易でアフリカ大陸から米州大陸に多くの黒人が労働力として連行され、アフリカに現在まで続く深刻な影響を残した。決議はガーナが提出し中国やロシア、韓国を含む123カ国の賛成で3月25日に採択。ガーナのマハマ大統領は国連で「忘却を防ぐものになる」と意義を強調した。
(5月16日、共同通信)

16世紀後半から17世紀初頭にかけて、ポルトガルやスペインの商人がカトリック教会の仲介で日本人奴隷を海外に連行、売却した事実がある。
その数は1~20万人(概ね5万人説が有力)だが、当時の人口は1200万人なので、今なら10倍で計算すると理解しやすい。
豊臣秀吉、徳川家康がキリスト教を禁止して、南蛮貿易を停止したのは、奴隷と金銀の流出を止めるためだった(鉄砲に使う鉛や火薬は殆ど輸入)。

明らかに奴隷貿易の被害者であり、欧州諸国に謝罪と賠償を求めるべき日本が「奴隷貿易は人道に対する罪」の決議に棄権した。
これは明治帝政による植民地支配、戦時期などに数百万人の「奴隷」を本土に連行して強制労働に従事させたことを否定できない(肯定する)ためだと推察される。
この一点だけ見ても、令和帝政は根源的に否定されなければならない。

反対した国:アメリカ・イスラエル・アルゼンチン
棄権:日本・イギリス・欧州諸国など52カ国
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2026年04月19日

自民党が目指す政軍一致とは?

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>「戦前にもなかった政・軍一致だよ」とは自民党ベテラン議員

「総力戦体制=政軍一致」の確立は旧帝国陸軍のいわゆる統制派が目指したものだった。
明治憲法下では統帥権(軍権)が天皇に直結する形で独立していたが、同時にこれは行政権や立法権との分断をも意味していた。
現実の軍隊は、予算獲得でも徴兵業務でもインフラ整備でも行政や立法とは無縁ではいられない。
そして、明治期には「軍隊を誘致せよ!」に象徴されるように、全国各地で連隊誘致運動が生起し、軍隊と鉄道の誘致は当時の衆議院議員にとって最重要テーマの一つとなった。

だが、議会主導で連隊や鉄道の設置を進められたら困るため(議会による干渉を排除するため)、明治軍部はむしろ「政治からの独立(軍人は政治に関わらず)」を志向した。
他方、第一次世界大戦の欧州を見た大正期の軍人は「来たるべき世界戦争」に備えて「総力戦体制の確立」を志向するようになる。これが陸軍統制派の源流となるが、それは明治陸軍の考えとは対立するものだったため、激烈な派閥抗争に発展していく。

統制派は近衛文麿を使って一党独裁体制を目指すも(近衛新体制運動)、様々な妨害にあって失敗、大政翼賛会は設立されたものの一公事結社(「政治に関わらない」公共団体)に終わった。
結果、日本はファシスト党、ナチス、ソ連共産党のような強力な政治指導体制を構築できないまま、その戦争指導は迷走し続けた。

自民党はその反省があるからこそ、「来たるべき対中戦」に備えて軍に対する強力な指導体制の構築を目指しているのだろうが、それならばそのように明確に説明して欲しいところである(怒らないからw)。

参考:
・手嶋泰伸 『統帥権の独立 帝国日本「暴走」の実態』 中公選書(2024)
・松下孝昭 『軍隊を誘致せよ 陸海軍と都市形成』 吉川弘文館(2013)
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2026年03月14日

比例削減で形骸化進む議会制民主主義

政権党は衆議院の定数削減で比例区のみを削減する方向で調整が進められているという。
選挙区というのはいわば利権なので、政治の利権化が進む一方で、利権と関係が薄い比例代表が減ることでチェック機能が弱化することを意味する。
「比例復活」は批判が少なくないものの、比較的僅差で敗北した候補に「次の機会」を与え競争を促すメリットもあった。
比例復活がなくなれば、小選挙区内の競争はなくなり、ますます利権の固定化が進むだろう。

先にも述べたが、小選挙区制は公平性や民意反映を犠牲にして、「勝者総取り」にすることで意思決定の早期化やコスト削減を進めるシステムである。
今回の総選挙で自民党が小選挙区で得た得票率は49.2%だったが、議席占有率は86%に上った。
他方、中道は得票率21.6%に対し、議席占有率は2%となっている。参政党に至っては得票7%に対し小選挙区当選0だった。
小選挙区のみになった場合、今回の総選挙で言えば、自民と維新だけで全議席の93%を占めることになる。
まず独裁と言えるレベルだろう。

こうした議論が出て国民の支持を受ける背景には、独裁=意思決定の単純化を求める声が強まっていることがある。
もっとも、現実には自民党の比例得票は36.7%に留まっており、必ずしも国民の多数が独裁を求めているとは言えない状況にある。
だが、ワイマールドイツでも最後の民主的投票でナチスが獲得したのは44%であり、その後独裁が確立すると、国民の熱狂が高まっていった故事もある。

特に日本の場合、国民が自分たちの手で戦って獲得した制度ではないだけに、デモクラシーに対する思い入れも弱いのだろう。
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2025年01月06日

日本で汚職が少ないワケ

【自民裏金で国会議員ら計65人を一斉不起訴】
 自民党派閥裏金事件で東京地検特捜部は26日、政治資金規正法違反の疑いで告発された国会議員と秘書ら計65人を一斉に不起訴とした。うち議員や元議員計5人は起訴猶予だった。
(12月26日、共同通信)

数百、数千万円からの帳簿外のカネをつくって目的外使用を繰り返した上、脱税まで行ったにもかかわらず、ほぼ全員不起訴。
そりゃ「汚職が少ない国」と自称できるわ。
そもそも摘発されず、裁判にもならないんだから。
要は、政治家や官僚による犯罪そのものが検察によって「洗浄」され、公的に「無かった」ことにされているのだ。
戦後帝政の醜悪さもいよいよ極まってきた。

ただ、敢えて検察を擁護するなら、政治資金規正法そのものがザルであることも確かである。
要は法を作るのは国会議員であり、その過半数は殆どの場合、自民党であるため、公職選挙法や政治資金規正法あるいは収賄罪やあっせん利得罪は、常に抜け道が用意されているのだ。
自分たちが取締の対象になることは「あってはならない」が、かといって国民の手前「何もしない」わけにもいかないため、形式的に法律を作って、実際は皆で抜け道を利用しているわけである。
実際のところ、抜け道が多すぎて、裁判になっても無罪となる可能性が十分にあるだけに、検察としては起訴するのも躊躇されるということだろう。

要は、公職選挙法、政治資金規正法、収賄罪、あっせん利得罪などを議員に作らせてもダメということなのだが、かといって行政に作らせれば、ただでさえ圧倒的なパワーを有する行政がますます強くなってしまうため、これもダメだろう。
三権分立の弱点でもある。
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2024年12月14日

連中が緊急事態条項を入れたいワケ

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自民、維新、国民などが戒厳を可能とする緊急事態条項を憲法に盛り込もうとしているわけだが、その背景には戦後帝政が統治能力を失いつつあることがある。

現代デモクラシーは機能不全に陥りつつある。アメリカでも欧州でも、既存のエリートや政党に対する不信が強まると同時に、ポピュリズムが猛威を振るっている。だが、そのポピュリズム政党も政権を取ったところで、諸問題を解決できているわけではなく、政治不信と不満を増幅させるばかりとなっている。
これは、合意形成に重きを置きつつ、民意を最大限反映させることを主眼としたデモクラシーが、統治能力を失いつつあることを示している。
大阪や兵庫の混乱はその象徴だが、小池を都知事に選出し、都民ファーストに多くの議席を与えている東京も同じである。

国内市場が縮小し、自国通貨の価値が低下を続ける中、政府と資本を代表する右翼党は国内における収奪を強化するしか選択肢を持たない。
1990年代以降、支持を失いつつあった政府と右翼党は、中間層や労働者階級を分断し、あるいは選挙制度を都合良く改変することで、相対的優位を保ち続けてきた。
同時に左派は、その政策や理念に対する錯誤から(例えば護憲平和への傾倒)、本来の想定支持層(貧困層やリベラル・エリート)からの支持を失っている。
例えば、日本の貧困層は少なくとも1千万人以上、多く見積もれば2千万人はいるが、左翼党が獲得する票は500万票に満たない。

国内の収奪を強化すればするほど、民意が適切に反映されないデモクラシーに対する無関心あるいは不満が増大し、いつしか暴力的解決を望む声が強まる。無関心層の増大は、全員参加を大原則とするデモクラシーの正統性を損なうだけに、制度の根幹を融解させるものとなる。
「戦後帝政を護持するためには、民意の噴出や階級闘争を暴力的に鎮圧する装置と、外に敵を作り(具体的には中国など)内部の団結を図る国家主義・ナショナリズムが不可欠である」というのが、あの連中の考え方なのだろう。

もう一つ、この手の連中が市民や自国民に対する暴力行使に躊躇しないのは、デモやストライキを行うものを「中国から金をもらっているプロ市民」などと見て、「敵に付くものやスパイに容赦は不要」という認識に立っているためである。
結果、2015年の安保法制審議における国会前や辺野古基地などにおける警察による弾圧や暴力行為を支持するところとなっている。つまり、彼らにとっては「帝国への敵対者に対する暴力は容認される」という認識であり、連中の手による「緊急事態条項」が何を意味するのかは明確なのである。
私などは戒厳が発動した日に殺害されて多摩川に投げ込まれるであろう。

逆を言えば、連中が戦後帝政に対してそれだけ大きな危機感を抱いているということであり、天皇の権威による国民統合が限界を迎えつつあることの証左なのである。
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2024年11月27日

マイナ保険証はデモクラシー劣化の象徴

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マイナ保険証は日本のアノクラシー化やポピュリズム政党(維新、国民、れいわ、参政など)の伸長を許した政策的原因の一つである。

最大の理由は国民サービスの低下である。既存の保険証で不利益も不便もなかったのに、敢えて医療機関へのアクセスを制限しているためだ。

次いで、マイナ保険証が導入される背景には、個人の健康情報をデータ化・商品化して製薬会社などに販売、政治家や官僚がそのキックバックを受けている疑いがある。つまり、国民の個人情報が勝手に販売されることへの不信、そして汚職の原因になっていることへの不満が存在する。

最後に「なぜ不利益を前提に導入せねばならないのか」に対する説明責任が全く果たされておらず、既存の政府や制度に対する不信と不満を募らせる原因になっている。

『アメリカは内戦に向かうのか』のバーバラ・F・ウォルターは、アノクラシー(脱民主化)化の要因として、「国民サービスの低下」「腐敗」「説明責任の不在」を挙げている。

マイナ保険証、東京五輪、大阪万博などはその最たる例と言えよう。
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2024年11月16日

迷走するNK党

【共産、立民に再接近 対決姿勢一転、首相指名で協力】
 共産党が立憲民主党への再接近を図っている。衆院選での対決姿勢から一転し、特別国会の首相指名選挙は決選投票で立民の野田佳彦代表に投じる構えだ。背景には、自公政権打倒の目標に加え、党勢低迷への焦りがある。ただ、従来の共闘路線に戻っても議席増につながるとは限らず、当面は模索が続きそうだ。
 共産の田村智子委員長は10月30日、野田氏との会談で決選投票での協力要請を受け、事実上承諾した。政治改革推進などの一致点を挙げ、衆院選で批判していた野田氏の姿勢については記者団に「選挙結果が出た後ではおのずと対応が変わる」と釈明した。
 衆院選で共産は安全保障関連法の廃止に慎重な野田氏に反発し、立民との競合をいとわず小選挙区に213人を擁立。比例票の上積みを狙ったが、小選挙区1と合わせた議席数は8で2減。田村氏は「力不足を痛感する」と肩を落とす。
 一方、立民は142選挙区で共産と競合しながら、比例と計50議席増と躍進した。立民内には「共産と共闘する必要はなくなった」(ベテラン)と強気な声も上がる。
(11月4日、東京新聞)

NK党が迷走している。
衆院選で掲げた独自路線が敗北に終わった瞬間に方針を変えて保守リベラルにすり寄るさまは愚かとも、残念とも、お気の毒(かわいそう)とも取れる。

NK党の退潮は今に始まったことではなく、ここ二十年の傾向であり、特に前回の統一自治体選挙で100以上の地方議席を失ったことは非常に大きかった。
今回もその流れにある。
NK党は圧倒的な高齢化により、支部の主な活動家の平均年齢は70歳前後になっており、およそ有効な選挙運動や集票活動ができなくなっている。
その街宣・遊説活動を見ればわかるが、若いのは立候補者だけで、あとは高齢者ばかりなどというのはよく見られる。
集票活動というのは、派手な街宣ではなく、地道な声掛け(近所や知り合いに個人的に投票を依頼する)が最も有効なのだが、高齢化が進むとこれができなくなる。周囲も高齢者ばかりで人数も減っていくし、高齢化が進むと積極的に声を掛ける気力も失われるからだ。
NK党とKM党がともに票を減らしているのは、「友人・知人への声掛け」が圧倒的に減っていることが大きいと考えられる(20年以上の選挙の実務経験者として)。

また、今回のNK党の比例区減少幅は80万票だが、れいわ新選組は160万票伸びている(社民は8万減)。
概ねれいわあるいは国民に票を奪われたと見てよいだろう。
これは米大統領選挙と同じ構図で、近年のNK党は階級政党であることを忘れ、改憲反対、平和主義、人権と環境(ジェンダー)に傾斜してしまっている。その結果、「消費税廃止」のれいわや「課税最低額の引き上げ」を主張する国民に魅力を覚えるものが増えているのではないだろうか。
これは政策上(特に優先順位)のミスである。

つまり、NK党が敗北したのは、立民との協力の有無の問題ではなく、高齢化と政策(マニフェスト)上の問題であり、立民と協力したからと言って来夏の参院選で票が増える保証はどこにもないのである。
むしろ本来の問題に目を向けなければ、さらに票を減らすかもしれないのだ。

もちろん私はNK党の支持者ではないので、どうでも良いのだが。
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