2026年05月13日

『アフガニスタン・ペーパーズ 隠蔽された真実,欺かれた勝利』岩波書店

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クレイグ・ウィットロック (著), 河野 純治 (翻訳) 『アフガニスタン・ペーパーズ 隠蔽された真実,欺かれた勝利』岩波書店(2022)

2019年12月、「ワシントン・ポスト」紙は米国政府のアフガニスタン戦争に関する機密文書を入手した。それは、米政府が長年にわたって同戦争に関するデータを改竄し、情報操作を行ってきたことを示すと同時に、各政権担当者たちが「勝利の後、名誉ある撤退」にこだわった結果、ズルズルと長期戦の沼にはまり込んだことを示すものでもあった。
この点、ベトナム戦争やペンタゴン・ペーパーズを思わせるものがある。

「アフガニスタン・ペーパーズ」は、米政府が政策判断を行う上での基礎資料として作成したもので、1000人以上からなる関係者へのインタビューや1万枚以上からなるラムズフェルド国務長官(当時)のメモなど、膨大な資料の上に成り立っている。この分量だけに、一冊の本にすること自体が超難作業だっただろう。

アメリカによるアフガニスタン戦争で、米政府は20年にわたって「我々は勝利した」「アルカイダ、タリバンは一掃された」などと主張してきたが、最終的には米軍が完全撤退する前に首都カーブルはタリバンによって制圧され、アメリカは「予定された敗走」を余儀なくされた。
その撤退も、膨大な数の「協力者」や亡命希望者を放置する形となり、歴代政権が主張してきた「名誉ある終焉」とは程遠いものとなった。
「アメリカは勝利した」「タリバンはもう力を失っている」という話はどこから来たのだろうか。

もともとアフガニスタン戦争は、「ビン・ラディンを逮捕してアルカイダのテロリストを一掃する」ことを目的に始められた。
とはいえ、アフガニスタンについての情報は殆ど無かったにもかかわらず、弱体化した地方軍閥などの協力が得られるという情報を元に楽観的な観測がなされ、「目的が手段を正当化する」とばかりに侵攻が決定された。
実際、米軍到着から1か月でカーブルは陥落し、2か月とかからずに作戦は終了した。
これにより、楽観的観測が正当化されるとともに、次の問題が発生した。
アフガニスタン統治をどうするかである。

米政府の戦争目的は「アルカイダの一掃・ビン・ラディン逮捕とそれを邪魔するタリバンの排除」であって、戦後のアフガニスタンをどうするかについては全く白紙だった。
この点は、日本を占領した時と大きく異なる点であり、ブッシュ政権は「それは俺の仕事じゃない」くらいに思っていた。ところが、実際にやってみるとそうもいかなかった。
放置すれば、あっという間にタリバンが復権しそうな上に、軍閥は全く統治者としては機能しなかった。
タリバンは、それを見越して徹底抗戦を避けて山に籠もったのだろう。

また、日本やドイツと異なり、アフガニスタンは長い戦乱によって統治システムが完全に瓦解しており、既存のシステムを利用することすらできなかった。
わずかに残る統治機構はタリバンのものであり、元タリバンを採用すれば、いつ寝返るかわからないという状況にあった。
この点、暴力機構をそのまま活用できた日本とは大きく異なる。
警察も軍隊もまるきり一から作り直しとなった。

実際にはゲームにもある通り、現地の警察官は訓練生の多くが任官前後で逃亡を図り、軍隊ではタリバン内通者や犯罪者が増加するという有り様で、殆ど機能しなかった。それは米軍が撤退するまで続いた「もう一つの戦争」でもあった。

肝心要のビン・ラディン逮捕のための「トラボラ作戦」では、「現地政府の設立に成功した」と宣伝したい政治的理由やイラク戦争遂行中であったこともあり、カーブル政権軍に多くを任せた結果、ビン・ラディンのパキスタン逃亡を許し、作戦は失敗に終わる。それでも、「アルカイダ勢力は一掃された」として勝利宣言してしまい、ますます泥沼にハマっていく。

さらにはアヘンとの戦い、腐敗との戦い、パキスタンとの戦い、タリバン復権など、続々と課題が持ち上がっていくも、ホワイトハウスは常に楽観論に終止すると同時に、歴代政権は「勝利の上で名誉ある撤退」にこだわったため、いつまでも撤退を決断できなかった。
この点は、選挙がある民主主義国家の弱点でもあるし、ベトナムの撤退が遅れた理由でもあった。
オバマ政権期には、「一勝して撤退」論にこだわった結果、一時は最大兵力となる9万人がアフガニスタンに駐留するも、「一時的なもの」として駐留施設は恐ろしく雑なものとなり、しかも敵となるタリバン兵はロクに発見できず、何の役にも立たなかった。

全般的にソ連によるアフガニスタン介入よりもはるかに雑で、ある意味「不真面目」さが露呈している。
いかにアメリカ人がアフガニスタンを軽視し、でもメンツ上無視できないからカネと兵だけは突っ込んでいた、というのがよくわかる。
その結果、米政府が20年間でアフガニスタンに投じた経費は最低でも2兆ドルを上回るとされる。

結局のところ、「テロリストの排除」から一国に対する侵攻を開始し、アルカイダ勢力を排除してビン・ラディンをパキスタンで殺害した後も撤退できず、ゲームの勝利条件=撤退条件を自ら設定できぬまま20年を経て、最終的にタリバンを勝たせてしまった格好だった。
逆を言えば、ここまで耐え抜いて勝利したタリバンは凄いわけだが、それは米政府もカーブル政権も無責任で、統治能力が全く無かったためでもあったのである。
序文
 アフガニスタン地図

第T部  誤った勝利の味  2001〜2002
 1 混乱した任務
 2 「悪者は誰だ?」
 3 国造りプロジェクト

第U部  大きな動揺  2003〜2005
 4 アフガニスタンは後回しになる
 5 灰の中から軍隊をよみがえらせる
 6 超初心者でもわかるイスラム教
 7 二枚舌

第V部  ターリバーンの復活  2006〜2008
 8 嘘と情報操作
 9 一貫性のない戦略
 10 軍閥
 11 アヘンとの戦争

第W部  手を広げすぎたオバマ  2009〜2010
 12 倍賭け
 13 無限の資金の暗い穴
 14 友人から敵へ
 15 腐敗にとりつかれて

第X部  崩壊  2011〜2016
 16 真実との戦い
 17 内なる敵
 18 大いなる幻想

第Y部  膠着状態  2017〜2021
 19 トランプの番
 20 麻薬国家
 21 ターリバーンとの対話

  謝辞
  情報源に関する注記
  注

 訳者あとがき

  参考文献
  索引(事項索引・人名索引)
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2026年03月16日

五味川純平『戦争と人間』

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この正月に配信で見かけた映画『戦争と人間』に感銘を受けて原作を読み進めている。
なにぶん大部で読了する見通しが立たないため、半分程度のところでこれを書いている。

五味川純平『戦争と人間』は張作霖爆殺(1928)から大戦終結(直後)までを描く大河小説。
成り上がりの伍代財閥を中心に多数の人間模様を描く。
手法的にはショーロホフ『静かなドン』を思わせるものがある。
伍代財閥は新興財閥ゆえに満州進出とその経営に前のめりだが、兄である本社の総帥と満州を任されている弟では温度差がある。
弟は山っ気が強く、とにかく関東軍の謀略を後押しして満州の植民地化を促進、大手財閥が進出する前に自己の権益を最大化しようと暗躍する。
息子は2人いて、自信過剰で軍部同調・ファッショが激しい兄と、大正リベラルの権化とも言える弟。
典型的ではあるものの、逆に時代を象徴していてわかりやすい。
特に弟の方は、私の祖父と被るところが多く、弟の親友が社会主義者だったりして、非常に親近感を覚える。

日中戦争後については小説を含めていろいろ読んでいるので、当時の空気感を含めて最近は理解を深めていると言えるが、1928年から37年あたりまでのこと、特に満州をめぐる情勢や空気感については、知識としてはあっても感覚的にはつかめないところが多かった。
空気感というのは、人々が何を考え、どう感じていたかというものの総体を指す。
五味川は何と言っても満州で生まれ、大学では治安維持法で検挙され、満州で働き、45年夏には招集されて手榴弾三個と旧式小銃でソ連軍の戦車と戦わされ、中隊は全滅し生存者数名で捕虜になったという当事者である。
それだけに当時の空気感がリアルに伝わってくる。
当時の満州については次の記事で書く。

ただ、非常に詳細な注があるにもかかわらず(小説らしくない)、当時に関する一定の知識がないと理解が及ばないところも多いだろう。
私が若いころに『人間の条件』で挫折したのもこれが原因だった。
逆に知識があると、登場人物の発言や行動の原理が理解できるようになり、急速に面白く感じるようになる。
映像だと単純化されているところも少なくなかったが、原作では重層的に描かれており、やはり原作のほうが読みごたえがある。
とはいえ、大部なので読み続けていくには理解できるだけの基礎知識や感覚が求められるかもしれない。
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2026年01月19日

後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2

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広中 一成『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2』 角川新書(2024)

華中における1941年以降の日中戦争を主題にした前作に対し、本作は華北を中心に41年以降の日中戦争を描く。
最も異なるのは、中国共産党とそのゲリラの存在である。
華北地域は単純に地図だけ見ると、日本軍の制圧下にあるように見えるが、実際には1941年の段階ですら、主要都市部を除くと、日本軍の支配下にあったのは2割以下で、残りの半分が混在地区、もう半分がゲリラ支配下という具合にあった。
帝国政府や陸軍の資料だけ見ていると、その実態は全く把握できない。
実際、大陸帰りの陸軍軍人たちは平気で「俺たちは負けてない(海軍が勝手に負けただけ)」みたいなことを述べているので、ますますネトウヨどもをイキらせる話になっている。
だが、44年後半には、日本軍支配地1、混在地3、ゲリラ支配下6とかになっている。

"A Distant Plain"や"Fire in the Lake"をプレイしている我々はこうした状況がよくイメージできる。
どちらのゲームでも、カーブルとサイゴンだけは米軍支配下にあるものの、その他は傀儡政権軍任せで全く頼りにならない。
その一方で、ゲリラは雲霞の如く湧いてきて、米プレイヤーは「俺になにしろと?」という状況に置かれる。
私としては、アメリカが勝つ図が全くイメージできない。
これと同じような状況にあったはずだが、「俺は負けてない!」と言える日本軍人は頭おかしい。

話を戻すと、本書のメインは中共八路軍によるゲリラ戦と日本軍による「治安戦」(現代に言うCOIN)である。
治安戦は多くの日本側兵士が回想を拒否するほど凄惨で、村を丸ごと焼き払い、虐殺し、奪いつくす。
ゲリラ戦は敵が見えにくいので、普通に毒ガスや細菌を使うので、さらに被害が増大する。
中国で公開された731部隊の映画は酷い代物だったようだが、日本人は先祖がBC兵器を中国で多用していた事実をよく知っておくべきだろう。

前作同様、日中戦争後半の知識は非常に少なく、特に体系的に書いたものは少ないだけに貴重な一冊である。

【目次】
はじめに
序章 「後期日中戦争」前の華北戦線
第一章 八路軍との容赦なき戦い――河北省
第二章 戦争犯罪の戦場――山東省
第三章 災害との戦い――河南省
第四章 「鬼」と「鬼」との化かしあい――山西省
第五章 終わらない「後期日中戦争」
おわりに
本書関連年表
参考文献一覧
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2025年12月17日

大江志乃夫『バルチック艦隊』

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大江志乃夫 『バルチック艦隊: 日本海海戦までの航跡』 中公新書(1999)

近代日本軍事史の大家によるバルチック艦隊史。
ピョートル大帝によるサンクトペテルブルクの建設から日本海海戦での壊滅までを描く。
ロシアは本来大陸志向の国だが、常に膨張志向を有する。
だが、東にはプロイセン・ドイツ、南にはオスマントルコ、英領インド、東には清国と日本があり、自ずから限界がある。
しかも、巨大な国土を支配するために巨大な軍隊を必要とする上に、どうしても分散配置になりがちだ。
にもかかわらず、巨大な艦隊を持ちたがる傾向もある。
特にクリミア戦争に敗北し、南進が途絶すると、東西の海に対する関心が高まってくる。
そこに絶対的な権力を持つ皇帝の嗜好や気まぐれが影響し、政策も二転三転する。

大家による新書だけに、変に奇をてらうことなく、丹念に基礎文献をあたり、必要な個所を引用してよくまとめている。
ロシア研究者以外の日本人は「バルチック艦隊に勝利した」との軍部の宣伝を真に受け、現代でもそれが基調になっている。
だが、現実にはバルチック艦隊は回航してきただけでも大事業だった一方で、現実の艦隊編成はとうてい連合艦隊に太刀打ちできるものではなく、日本海軍は「約束された勝利」を手にしただけだった。
戦後、日本海軍が「大勝利」を喧伝したことで、その戦略思想も戦術思想もすぐさま旧弊化してしまった。
その経緯を再検証するためにも、一読する価値があろう。

目次
序章 世界最北の不凍港
1章 北のヴェネチアに君臨したツァーリ
2章 ロシア海軍戦略とシベリア政略
3章 日露戦争と日本海海戦
終章 相手の敗因から学ばなかった日本海軍
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2025年12月01日

Netflix「第二次世界大戦 最前線より」

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二次大戦当時の記録映像をカラー化し、両陣営の証言を交えて第二次世界大戦を描いたドキュメンタリードラマ。
イギリスの制作なので、英国視点が中心になってしまうものの(チャーチルとモンティ成分多め)、一応世界の戦場をカバーしている。



当時のドキュメンタリーなどの映像をカラー化しているわけだが、そのカラー化具合が半端なく、解像度も上がっており、恐ろしくリアルな映像に仕上がっている。
現代の戦争映画も相当リアルに作り込まれているが、それとは一線を画す出来で、改めて本物が訴える力を感じさせる。

当事者たちの証言も上手く使っており、連合国と枢軸国、前線と後方の感じ方の違いもよく表している。
加入しても見る価値があるだろう。

どうせ加入するなら、「普通の人びと」「西部戦線異状なし」も見てほしいが。
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2025年11月08日

大学も歴史修正主義へ

【立命館が「戦争文言」削除検討 大学憲章に改正案、学生ら反発も】
 立命館大などを運営する学校法人立命館(京都市)が、学園の在り方を定めた立命館憲章から「戦争の痛苦の体験を踏まえ」などの文言を削除する改正案を検討していることが2日、関係者への取材で分かった。学生や教職員から「歴史的経緯や反省をうやむやにしている」と反対の声が上がり署名活動も始まった。
 立命館は戦時中、国家主義的な体質が強かったことへの反省から、1960年代の大学紛争の教訓も踏まえ、70年に「平和と民主主義」を教学理念に据えた。憲章は、2000年代に大学や小、中学の開学が続いて学園規模が拡大し、アイデンティティーを広く共有する必要があるとして06年に定められた。
 関係者によると、24年7月に学校法人の理事会が改正検討委員会を設置。学生側に意見聴取し、今年4月25日、改正案を学内向けに公表した。7月下旬の理事会で最終決定する。
 改正案は前半で学園の起源や教学理念を説明。後半は多様性の尊重や次世代研究大学を目指して「グローバルな平和」を実現すると締めくくっている。
(7月2日、共同通信)

>立命館大などを運営する学校法人立命館(京都市)が、学園の在り方を定めた立命館憲章から「戦争の痛苦の体験を踏まえ」などの文言を削除する改正案を検討している

どの大学も世の流れに敏感よな。
やはり軍隊を廃止して帝政を残して、一瞬にして再武装してしまった戦後の「逆コース」が効いているのだろうか。
やはり廃止すべきは軍隊ではなく帝政だったのだ。

一応今回は先送りにされたようだが、あくまでも先送りであり、高市戦時下で大学も総動員体制への移行が進むのだろう。
立命館の前身は1900年に設立された「京都法政学校」で、1913年に立命館大学と改称されました。戦争の時代になると1933年の京都大学滝川事件や1935年の美濃部達吉の「天皇機関説」に対する批判などを通じて、大学に対する軍国主義的なしめつけが厳しくなっていきました。すでに立命館大学は、1928年に昭和天皇の即位の式典が京都御所で行われたとき、「立命館禁衛隊」という武装部隊を組織し、御所の警備に当たりました。天皇から与えられた禁衛隊の旗が展示されていますが、1941年には大学に国防学研究所を設立し、陸軍中将の石原莞爾を初代所長にすえ、国防講座を開きました。学生たちは学徒出陣によって卒業を待たずに戦場に送られ、命を失った学生も少なくありませんでした。また、軍需工場に動員され、そこで被災した学生もいました。戦後の立命館大学は、こうした戦争の時代の悲痛な経験への深い反省から再出発することになります。
(立命館大学国際平和ミュージアム)
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2025年10月28日

家近亮子『蒋介石 ――「中華の復興」を実現した男』

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家近亮子『蒋介石 ――「中華の復興」を実現した男』

中国・東アジア近代史を専攻する家近氏による蒋介石評伝。
新書ではあるが500ページの大部。
学者ではあるが、やや小説風になっており、非常に読みやすい。
だが、小説ではなく評伝なので、最新の知見を踏まえて客観的に書かれており、安心感がある。
もっとも、その分蒋介石のロクでもない人物ぶり(ダメ人間っぷり)が遺憾なく発揮されており、特に女性関係の酷さは読んでいるだけでも結構辛いものがある。

何と言っても、基本が躁鬱で、気に入らないとすぐ辞職して故郷に籠もってしまい、懇願されて職場に戻るが、また嫌気をさしての繰り返し。
ただ、周囲も酷い人間が多く、中国人らしく自己主張が強すぎて、全然まとまらないし、誰も従わないという問題もある。
これでは、中共のように上から押さえつけて支配するしかないのがよくわかる。

蒋介石の視点から見た中国近代史、日中関係(普通に日本語ペラペラ)というのは非常に貴重で、内容充実していて読みやすいという点でもオススメである。

【目次】
第一章 生い立ちから少年期、革命心のめばえ
第二章 日本留学時代
第三章 辛亥革命から国民革命へ
第四章 国民革命期
第五章 宋美齢との再婚、陳潔如と蒋経国の苦難
第六章 奥地建設と西安事件
第七章 日中戦争
第八章 アジア太平洋戦争から終戦
第九章 国共内戦、大陸を追われる日
最終章 台湾時期
posted by ケン at 12:00| Comment(2) | 学問、文学、教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする